ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第5章

 

 

転送の間、彼は瞳を閉じたまま思考していたため、対戦相手の名前など知る由もなかった。

 

 

(さっきの奴は········一体?)

 

 

先程の声の主。

 

自分を倒すと言ってきた、『死銃(デス・ガン)』と名乗った謎の人物。三秒で考えついたような名を名乗った奴の姿を捉えきれなかったヴィンセントはずっとその事ばかり気にしていた。

 

何故自分を倒すだなんて言ってきたのか、一体何が目的でそんなことを言ったのか。

 

考えても考えても答えにはたどり着けない。情報不足の状態で何を考えても、結論が出るわけでもない。

 

ヴィンセントは何度も過るあの台詞を一分間も思い出していると、甲高い笛のような音が聞こえてきた。

 

空は黄昏。

 

黄砂でひどく乾いた、骸の果てにまで滅んだ終末の姿。灼熱の太陽に砂は焼け、自然という手の出しようもない敵が死へと誘う。

 

そこに立つ人々は、肥料となる。

 

花は咲くことはないが死んでいった者達の残された遺体が微塵に砕け、積もって、幾重にも積もって、荒廃した大地を覆い尽くす。

 

ここにあるのは、見渡す限りの死。

 

骸の大地。

 

空は黄色の雲で覆われている。

 

目を凝らせば、フィールドは草や樹皮の一つもない砂漠地帯だった。

 

砂漠はまさに死へと誘う地獄への入り口。灼熱の日差しに燃え上がった砂から発せられる熱によって、焼けついたフィルムの映像のように視界が溶け崩れていくのがわかる。

 

黄昏時でも、余熱を残した砂から暑さを感じ、厚着をしているヴィンセントは汗を拭う。

 

この光景を見て、彼は思った。

 

 

(タークス時代を思い出すな)

 

 

タークスとは、神羅カンパニー特殊工作部隊。諜報、調査、勧誘、誘拐、暗殺や要人護衛など会社の暗部を司る精鋭組織だ。

 

故に、いつ死んでも文句は言えないし、死んだ事実も消える。

 

正確には忘れ去られるといった方が正しいか。汚れ仕事を生業としているためか、入れ替りの激しいタークスは、死んだり抜けたりすればすぐに次の人材を確保する。

 

そう、タークスというのは砂のように死に、幾重の砂に紛れ、流砂に呑まれて消えていく。

 

砂を蹴散らすかのように殺し、砂のように吹き散らされて消える。暗部を司る精鋭組織という以上、ソルジャー並みに危険な任務に就かされ、最悪な場合は死に至る。

 

皆等しく無意味に、砂の中へ消える。

 

 

(······)

 

 

ヴィンセントはガントレットを着けた左手で足元の砂を掬う。

 

ただ、笑うしかない。

 

大企業神羅カンパニーは世界一の会社ため、人材も十分に足りている。人が足りなくなったなら、足せばよい。武器が足りなくなったなら、調達すればよい。

 

簡単に入れ替わる業界なのだ。

 

よって、前の従業員なんてすぐに忘れ去られる。

 

それが、神羅社員だ。

 

掌に掴んだ砂を、指の隙間から溢れ落ちるのを感じて、自分は社会からドロップアウトした存在なんだと理解する。

 

もう全ては過ぎ去った過去のはずなのに、あの時の思い出が頭から離れない。今もなお、あの時過ごしたタークス時代の日々を思い出す。

 

だからだろうか。

 

必然的に、『()()』のことまで思い出してしまうのは。

 

タークスという、暗部のプロフェッショナルの位置にいながら助けられなかった女性。今でもあの時のことを悔いている。だからこそ、その罪を今でも背負い続ける。

 

それが、報いになると思ったから。

 

自分の残酷なる運命に、せめてもの報いを希う。

 

と、そんなことを考えていた時割り込むような銃声があさっての方向から聞こえた。

 

 

「!」

 

 

ヴィンセントがそちらを見る前に気配で感じ取り、前転して空を切る弾丸を避ける。

 

ヴィンセントはそのまま砂まみれになって、ベルトから拳銃を引き抜くと遊底を引いて弾を発射出来るようにする。

 

大きく深呼吸して、頭をスッキリさせるために振りながら起き上がったヴィンセントは、そこでバン! バン! と銃声が立て続けに鳴り響いた。

 

このままこの場に留まっていれば、狙い撃ちにされるのがオチだ。

 

幸いにも、この砂漠地帯のフィールドには遮蔽物となり得る遺跡が残されている。砂に埋もれていて出入口は塞がれており、柱も半分まで埋められた状態ではあるが、銃弾から身を隠すには十分だった。

 

砂煙が舞う中、ヴィンセントは走り抜ける。

 

彼は瓦礫や柱の陰へ次々と位置を変えていき、細かい移動を繰り返すことで対戦相手の追撃から逃げていく。可能な限り遮蔽物によって射線から逃れる動きをとっているものの、それでも断続的に発砲音が炸裂する。

 

どうやら、相手も撃ちながら追いかけてきているようだった。こちらが手を出さずに逃げているのをいいことに、確実に仕留めるためにゼロ距離にまで迫って撃ち抜こうという作戦か。

 

できるだけ平坦な地面は避け、廃墟となった遺跡の柱が倒れて横倒しになっていたり、いくつものブロックが重ねて積み上げられた壁が風化して崩壊した場所などを選んで進んでいくが、

 

 

(相手の武器は恐らくスナイパーライフル。それなのにこうも素早く追ってこれるのか)

 

 

体勢と状態を固定して放つ狙撃銃を持っていると読んでいたが、相手の挙動には少しの狂いもない。相当の手練れだと思われる。

 

チェックメイトは時間の問題だった。

 

ヴィンセントは砂漠の真ん中で立ち止まる。左右にある背の高い遺跡が大きく崩れ、土砂崩れのように道を塞いでいた。

 

どうやら、ここまでがマップの限界のようだった。

 

ゲームのバトルフィールドには限界地点がある。遠くに逃げられないように決められたエリアの内側に見えない壁だったり、強制的に引き戻されたりするように、ゲームはプレイヤーに進んではいけない場所をシステムによって伝えなくてはならない。

 

フィールドは一キロ四方の正方形、地形やタイプや天候、時間はランダムだ。

 

今回の場合は瓦礫と砂嵐。

 

瓦礫はかなり大きなものなので、破片の突起を掴みながらよじ登ることもできなくはないが、その場合はおそらくゲームシステム側はヴィンセントを負け扱いにするだろう。

 

何より、たとえ壁に張り付いよじ登ろうとしても、その間に背中を撃たれるのがオチだ。

 

 

「······仕方ない」

 

 

ヴィンセントは諦めたように肩を竦めて敵がいる方向へと振り返る。

 

前方からキラン! とした輝きが網膜に焼き付く。

 

スナイパーライフルに取り付けられたスコープから反射した光だろうと判断するのも束の間、敵が構える銃から伸びる一本の赤いラインが、ヴィンセントの眉間を貫いていた。

 

 

(来る!)

 

 

引き金が引かれる瞬間を勘で感じ取ったヴィンセントは真横へ全力で跳ぶ。弾丸は空を切り、今まで行き先を封じていた土砂崩れの瓦礫の山へと貫通する。

 

一発の衝撃は相当なもので、十二㎜ほどの円形の風穴が開いていた。

 

当たれば致命傷だっただろう。

 

だが、敵の居場所がわかったヴィンセントはジロリと眼球を動かして敵のいる位置を確認する。

 

 

「······あそこか······」

 

 

それがわかった瞬間、砂嵐の中でヴィンセントの体が低く沈む。

 

轟!! と黄砂すら蹴散らして、赤いマントは砲弾のように敵へ向かって駆け出した。両者の距離は何十メートルとあったのに、そんなものは関係ないというかのようにゼロまで一気に縮められた。

 

まるで水面を跳ねる飛び石のような動きで、ヴィンセントは敵の懐へと潜り込む。

 

 

「───────なッ!?」

 

 

敵だった男の胃袋から喉の先まで、ぞわりとした緊張が一気に這い上がる。

 

そこで、彼の意識は途切れた。

 

ドン! という一発の銃声が周囲を震わせた。

 

ヴィンセントの持つクイックシルバーから放たれた弾丸は敵の眉間を突き進み、そして男の顔面が消失した。

 

ぼちょり、という生々しい音が地面に落ちる。

引きちぎれたパーツは縁の欠けた丼のようだった。脳を収めただけの、皮膚と髪のついた粗雑な入れ物に。

 

ヴィンセントはたった一発の銃弾で勝利を勝ち取った。

 

それを証明するように、敵の身体は無数のポリゴン片に変えて四散し、黄昏の空の下にcongratulationの表示が浮かび上がっている。

 

一回戦は突破した。

 

呆気なく終わってしまった試合に物足りなさを感じながら転送エフェクトの青い光に導かれて、待機エリアへと戻されていった。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

場所は転送時と同じく壁際の付近だった。

 

クラウドがいないかどうか確かめるために左右に首を振るが、それらしい姿は見当たらない。あの女性的な格好をしたクラウドの姿はどこにもいない。

 

何故あんな格好をしているのか、正直気になるところではあるが、初対面のフリをしてほしいと頼まれている以上、そう簡単にその話題を出してはならない。

 

クラウドがここにいないということは、まだ戦闘中だということ。ヴィンセントはライブ映像が映し出されている天井のマルチモニタを見上げてクラウドらしき人を探す。

 

ジャングルや砂漠、あるいは都会の廃墟に拳銃やライフル、もしくはマシンガンなどからいくつもの火を噴き、戦争映画さながらの世紀末さが感じられる。

 

と、そこで丸みを帯びた髪型をした金髪の女性的なプレイヤーが戦う姿が映像で確認できた。おそらく、あれがクラウドだろう。

 

画面上では、『ライトニングVSスノウマン』と表示されており、彼らは今雪原地帯のフィールドで予選を行っていた。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

火花の弾ける音が、雪の中で炸裂した。

 

予選第一回戦。

 

相手の手の中には全長一二七・◯cm程度の長いスナイパーライフルが躍っていた。時折、乾いた音と共に、弾丸が音速以上の速度で射出されてくる。

 

だが、

 

 

(ルーファウスと比べたら全然遅いな)

 

 

状況に追い詰められ混乱しかかった頭を必死に動かし、クラウドは分析を行う。

 

そうしながら脚力の筋力を操作し、小刻みな超高速移動を使って敵の照準から逸れるための回避行動を取っている。

 

ルーファウスが放つコインによる超電磁砲なんかよりもずっと遅く、クラウドの目には止まって見えてしまう。よって簡単に避けられ、すぐに安全地帯である瓦礫の陰に身を隠すことができた。

 

身を隠しながら、クラウドはチャドリーが用意したであろう新装備に目をやる。

 

いくつものギミックが取り付けられた、普段はコンパクトに折りたたんで携帯することができる武器。使いようによっては銃にもなるし、剣にもなる。

 

まだ使ったことはないが、剣にも変形する以上、勝機が見える。

 

故に、躊躇わなかった。

 

 

「ッ!!」

 

 

彼は無言で陰から飛び出すと共に思い切り雪の地面を蹴飛ばし、敵の潜む位置へと一直線に走っていった。

 

雪原地帯、雪が降り注ぐ中で匍匐の体勢でいれば雪に埋もれて自分の位置を把握しづらいと思っているようだが、クラウドは敵の位置を察知するのが得意だ。

 

何の迷いもなく、こちらに向かってくるクラウドを目にしたスノウマンという名を持つ男は驚愕しながら身体を起こし、片膝を地面につけて膝立ち体勢でスナイパーライフルを構えるようになった。

 

奴の持つスナイパーライフルから伸びる一本の着弾予測線が表示された。それを見て、大雑把な予測はできた。

 

つまり、前兆の感知。

 

今までは反射的に逃げてしまっていたが、今度はこちらが仕掛ける番だ。クラウドは走り抜ける。音速の壁を越え、一気に敵が潜む雪原地帯へと向かっていく。

 

 

「ッ!?」

 

 

敵は明らかに動揺し、幾度も弾を放つが、クラウドは予測線を感知して右左へと首を動かすだけでそれを避ける。

 

スノウマンは、ゴクリと喉を鳴らす。

 

 

(この至近距離で俺の照準を予測したってのか!?)

 

 

目と鼻の先にまでやって来ているのに、クラウドは簡単に避けた。

 

故にスノウマンは恐怖を抱く。

 

避けられたから、ではない。

 

そんなことなど関係ない。

 

恐怖の根底は、些細な理屈などではない。

 

今ここで重要なのは、銃では手に負えないほどの恐ろしい敵が、これから自分の命を狩り取ろうと間近に迫っているということ。

 

クラウドは形状が拳銃状態の初期武器を構え、男の肩辺りに照準を定めた。

 

引き金に指が振れた途端に、敵の肩部分を中心に薄い緑色の円が表示されて驚かされるが、構わずクラウドは威嚇射撃を幾度も放ち、そのうちの一本が敵の肩に命中する。

 

当たった衝撃で敵は銃を手放し、丸腰状態になったところで、クラウドは自らの手に持つ拳銃のスイッチを親指でスライドさせる。

 

彼の持つ拳銃がガチャガチャと音を立てて大きく形を変形し、剣へと形状を変えた武器は対象を殺す用意ができた合図である。

 

クラウドはどちらかというと接近戦の方が得意。銃は単なる時の音、これからお前に刃を突き刺すという宣言でしかない。

 

クラウドもといライトニングの手で解き放たれた一撃は過たず対象の心臓へと貫通し、数瞬後に体が大きく膨れ上がって内側からポリゴン片となって弾け飛んだ。

 

断末魔すら残らぬ無慈悲なトドメ。

 

クラウドは特に何も思わなかった。

 

彼はただ、手の中にある銃や剣に変形する武器を両手で握り締めたまま、誇りを思い出すように剣となった武器の刃の腹におでこを押し付ける。

 

まるで、信者が神に祈りでも捧げているかのような格好だった。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

クラウドは勝利を勝ち取った。

 

実はクラウドとヴィンセントは同じブロックである。

 

このまま順当にいけば、ヴィンセントは予選の決勝戦へと勝ち上ることができる。そして、クラウドも順調に勝ち進めば、彼らは決勝戦で戦うことになるだろう。

 

そして、ヴィンセントは次の対戦相手は誰なのか、天井のマルチモニタに表示されているトーナメント表の名前を見る。

 

ヴィンセントの次の対戦相手は、

 

 

 

クレハ。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

初戦を数分程度で終わらせ、待機ドームへと戻って仲間のクラウドの戦いを見届けたヴィンセントは次の戦いに備えるためにまた壁の隅に行こうとする。

 

途中で、

 

ベンチシートに、あのシノンと名乗った少女と一緒にいた少年が、まるで怯える子猫のようにきつく膝を抱えて座り、俯いた状態で寒さに耐えるかのように小刻みにその身体を震わせていた。

 

一体どうしたのか、ヴィンセントは無意識のうちに左手を伸ばし、彼の震える肩をそっと叩いてこう言った。

 

 

「大丈夫か?」

 

「!?」

 

 

その途端、少年はビクッ!! と全身を一瞬硬直させてから、恐る恐るとした挙動で俯いていた頭を持ち上げてヴィンセントの顔を見る。

 

 

「あ、あんたはたしか······」

 

「ヴィンセント・ヴァレンタインだ。お前と二人で話すのは初めてだったな。お前の名は?」

 

「······キリト、だ」

 

 

結論から言うと、少年は変わらなかった。

 

少年はヴィンセントを見た瞬間に安堵したような表情を一瞬見せたが、すぐにまた絶望に染まったような顔になった。

 

まるで、深い恐怖に彩られているかのような。

 

 

「······何があった」

 

「─────────べ、別に」

 

 

反応が返ってくるまで、三秒以上も間が空いていた。

 

それでいて、少年は笑っていた。まるで熱病に浮かされたように大量の汗を噴き出し、それでも作り笑いとはいえ笑いかけてくれた。

 

ヴィンセントの顔から、感情が欠落していくように表情が失われていく。

 

彼に何があったのか知らないが、こんな場面に出くわしたって自分にできることなど何もない。彼にあるのはタークスで培った汚れ仕事のやり方くらいだ。

 

そんなものじゃ、何も役に立てない。

 

助けを求められても惨めッたらしくいるしかないのだから、少年に何をしてやれるわけでもない。

 

 

「·······そうか」

 

 

ヴィンセントは黙ってそのまま立ち去ろうとする。少年は黙ったまま、しかし視線だけを彼に向ける。

 

そして、

 

 

「ッ!!」

 

 

唐突に、少年の手がヴィンセントの左手を掴んだ。そのまま強引に引き寄せられ、引き剥がそうにもそれ以上の力で手を離さまいとヴィンセントの手を抱き続けていた。

 

 

「······どうした?」

 

 

ヴィンセントがそう訊ねるも、少年は答えない。

 

尋常ではないことだけは読みとれたが、情報不足で彼の前後に何があったのかは全くわからない。震えたまま、口を一切動かさず、ヴィンセントの左手を静かに掴んでいる。

 

そして。

 

そして。

 

ヴィンセントを掴んでいた少年の身体が淡い光に包まれると、そのまま消え去っていった。予選二回戦の相手が決まったのだろう。二回戦のフィールドに転送されたようだ。

 

先ほどの様子ではまともに戦えそうにないだろうが、ヴィンセントは気付いていた。

 

 

(······死に急がなければいいな)

 

 

ヴィンセントは冷めた表情のまま、掴まれていた手を振り払って二回戦の準備に取りかかった。

 

消えた少年のことなど、もはや気にしていなかった。

 

ただ、無事に生き残ることを祈るばかりだ。

 

 

 

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