ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第8章

 

 

深夜◯時四◯分。

 

廃墟となった邸宅。

 

ヴィンセントの目蓋が片方だけ不気味に蠢く。眠りから覚めようとしているのだ。そうこうしている間にも、暗い部屋の一室のすぐ先には、あり得ない光景が広がっていた。

 

一人の女性。

 

さらさらとした長い茶髪、茶色い目、華奢な体躯、いつも同じように黄色いリボンでポニーテールにして髪を纏めており、どこかあの【英雄】を思い起こさせる髪型をしている。

 

ルクレツィア・クレシェント。

 

神羅の女科学者。

 

ジェノバ・プロジェクトに携わった研究者の一人であり、同じ研究者の宝条博士との間に出来た子、“セフィロス“を実験に捧げた。しかし、その結果彼女自身もジェノバ細胞に侵され、死ねない身体となり、最後はどこかへと姿を消す。

 

最後に見かけたのは、洞窟の奥で眠っており、我が子の命を案じていた姿だった。

 

タークス時代だったヴィンセント・ヴァレンタインが想いを寄せていた人が、何故か目の前にいる。

 

 

『ヴィンセント······』

 

 

もう消えたはずの女性の唇が、動く。

 

聞きなれた声で、吐息で、言葉を紡ぐ。

 

 

『消えてしまいたかった。みんなのそばにいられなかった·······死にたかった』

 

「······」

 

『でも私の中のジェノバが私を死なせてくれない』

 

 

腹を抱えて踞る。

 

まるで腹の中にいる赤ん坊を支えるように。

 

 

『最近、セフィロスの夢を見るの。()()()()()()()()······』

 

「······」

 

『でも、あの子が生まれてから私は一度も抱いてない。子供も抱けない·······母親だと言うことも出来ない·······それが私の罪』

 

「·······」

 

『ヴィンセント·······()()()()()()()()()?』

 

「·······何を?」

 

 

目を見開く。

彼女は悲痛な顔をしながら、ベッドに横たわっていたヴィンセントに近づいてくる。その手が、何かを握っている。彼女の首元に着けられていた綺麗な銀色のアクセサリー。それが今ではひどく輝いて見える。

 

 

『セフィロス········あの子は今どこなの?』

 

 

突き刺すような質問。

 

一歩、二歩、三歩。

 

ヴィンセントが彼女の性格を知っていれば、それが何を意味するのかわからないはずもない。にも拘らず、ルクレツィアの動きには迷いがない、脅えもない。

 

まるで。

 

詰問するかのように、彼女は近づいてきた。

 

 

『あの時、貴方は死んだと言った······けどそれは嘘だった。本当はまだ生きていて、貴方達が·····殺したんでしょ?』

 

 

彼我の距離、わずか五◯センチ。

 

更に顔を近づけ、ほとんど鼻と鼻を触れさせるほど近づけて、彼女はにこやかに微笑むのではなく、その口元を左右に引き裂く。

 

 

『ねぇ、どうして殺したの? 私の、たった一人の子供を·······かけがえのない、私の唯一の宝物を······』

 

 

囁くように。

 

そのまま顔にキスでもするかのように。

 

ルクレツィアはゆっくりとした声で告げる。

 

 

 

『何故、私の子供を殺したのヴィンセント?』

 

 

 

言って。

 

ルクレツィアはまるでキスの動作から顔を噛み千切るようにその恐ろしい牙を鋭く反射させ、ヴィンセントの顔面に喰らいつく。

 

その直前に。

 

 

バンッッッ!!!!!! と。

 

 

表情一つ変えず、ヴィンセントは躊躇なく彼女の顔面を粉々に吹き飛ばした。深夜の闇を吹き飛ばすほどの圧倒的な火力が、凄まじい勢いで解き放たれる。

 

彼の持つ拳銃から放たれた弾丸を受け、手に持つ銀細工のアクセサリーがバラバラに砕け散ったルクレツィアは、絶叫しながら錐揉み状に薙ぎ払われていく。

 

いや。

 

違う。

 

 

「······夢や幻に用はない」

 

 

厳密には撃ったのは廃墟の壁だった。

 

寝起きに見せた幻覚に惑わされなかったヴィンセントは強引にその幻を引き剥がす。

 

虚空を撃った弾丸を見つめてボリボリとヴィンセントは頭をかく。

 

面倒臭そうに。

 

 

「そんなことをしても、私の罪は消えない。許されることはない」

 

 

ゾッ······と。

 

場の空気、雰囲気自体が、一気に冷えきっていく。得体のしれない、カオスな雰囲気が周囲を覆い尽くしていく。

 

 

「アイツが悪を為す時、その責任の一端は私にあることなどすでにわかっている。私にはセフィロスを亡き者にする機会があった。幾度か、その機会はあった。私はそれを逃した······だからいくつもの悲劇が生まれた。たとえもうアイツを殺したとしても、私の罪は消えない」

 

 

ヴィンセントは、冷たい夜風に当たりながらこっそりとため息をついた。

 

ハッピーエンドで締めくくられれば、そこで今までの罪が永遠に消えるわけではない。

 

ハッピーエンドの受け止め方次第で、それは大罪にも責任にも彩られる。

 

そして。

 

ヴィンセント・ヴァレンタインという人間の感性が、一般人のそれと同種だと考えてはいけないのだ。

 

自分は怪物。

 

人間としては生きられないモンスター。

 

たとえ元凶を殺したとしても、いきなり自分に背負わされた罪が綺麗さっぱり消えるわけではない。

 

ムクリ、と起き上がったヴィンセントは窓の外を見る。まだ明日にはなっていない。明日はいよいよ本大会だ。

 

そこで、アイツの痕跡が見つかるかもしれない。

 

汚れ仕事を請け負っていた性質だからか、ヴィンセントは夜も明けてないのに今回の依頼主でもあるリーブ・トゥエスティの元へと向かい出す。

 

去り際。

 

彼は廃墟となった邸宅で、異様に熱い吐息と共に何かを呟いた。

 

誰の耳にも届かない、しかし確かに誰かに対して言った言葉。

 

風に乗って窓の外へと流されていった言葉はこんな台詞だった。

 

 

「行ってくる·······」

 

 

と。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

「おにーいちゃん!」

 

 

唐突に、良く晴れた日曜日の昼食のテーブルで、愛する妹が朝から上機嫌な笑みを浮かべて自分の名を呼んできた。

 

その笑みの裏に隠された『何か』に嫌な気配を感じた桐ヶ谷和人は額に汗をかきながら口に運びかけていた朝食をピタリと停止させて、一体どうしたのかと問う。

 

 

「と······突然なんだよ、スグ」

 

「あのね、あたし今朝ネットでこんな記事を見つけたんだけどね?」

 

 

訊ねられて向かい側に座っている直葉は、誰も座っていない隣の席からA4版のプリントアウトを持ち出して、机の上にドンと置いた。

 

内容は国内最大級のVRMMOゲーム情報サイト、『MMOトゥモロー』。略してMトモのニュースコーナーをコピー用紙にコピーしたものらしい。

 

ヘッドラインには、『ガンゲイル・オンラインの最強者決定バトルロイヤル、第三回《バレット・オブ・バレッツ》本大会出場プレイヤー三十名決まる』と書かれている。

 

 

「それで、ここなんだけどね?」

 

 

そう言って、直葉は爪を短く整えた人差し指の先にある項目を指差す。

 

そこには、『Fブロック一位 : “Kiriko”(初)』という文章が書かれたのを見た和人は、横目で目を逸らしながら平然としたような態度で対応した。

 

少し声を詰まらせながら、

 

 

「へ、へぇ~、似たような名前の人がいるもんだなぁ~」

 

「似たようなじゃなくて、ほとんど同じだよねぇ」

 

 

その対応も空しく、完全にバレているのか彼女はまた不気味な微笑みを和人に突きつける。

 

直葉は高校一年生にしていきなりインターハイと玉竜旗の団体戦レギュラーに抜擢されるほどの剣道選手であり、貧弱な和人では現実世界では敵わない。

 

だからケンカにでも発展すれば速攻で謝るという手しかないわけではあるが、無論普段から仲良くしているためそんなことはいちいち気にしていなかった。

 

仮想世界から帰還した時なんか、泣いて近づいてきてくれたし、その一年間疎遠さも取り戻して一緒に笑い合える仲にまでなったのだから、なんの心配もないはずだ。

 

そう。

 

今日、この時までは。

 

明らかに『Kiriko』という名前を見た瞬間に目を逸らしたのを見て確信した直葉は口元だけ微笑ませて目だけは笑っていない笑みを見せつける。

 

和人は震える手でフォークに刺さったプチトマトを口に運びながら続ける。

 

 

「······ま、まあ、同じかな、ウン」

 

「·······」

 

「で、でもまあ、ありがちな名前だしな。俺だって本名の省略だしさ。きっとそのGGOのキリコちゃんも、えっと······きり、霧ヶ峰小五郎とか、桐ケ谷小崎、そんな名前なんだよウン」

 

 

早口でなんとか言い訳を述べる和人だが、後にやってくる罪悪感に胸を苦しくする。最愛の妹に嘘をつくのは抵抗がある。

 

そう。

 

直葉の読み通り、彼女が示すKirikoは紛れもなく桐ヶ谷和人本人のアバターだ。

 

何故それを隠さねばならないのかというと、今回の件には『殺人』という物騒なワードが関わっているからだ。

 

GGO世界内部の市街地で、とあるプレイヤーがテレビに生放送で出演していた他のプレイヤーを『裁き』という言葉と共に銃殺するという奇怪な事件があった。

 

テレビに撃っただけでは弾丸はただモニターにめり込むだけで、何ということもない悪戯にしかならない。

 

なのに。

 

生放送中に銃撃されたプレイヤーがまさにその瞬間、現実世界で生身の身体が心臓発作で死亡したというのだ。

 

ただの偶然では片付けられなかった。

 

ほとんどそう思っていても、『何か』が引っ掛かってただの偶然とは思えなかった。よって、和人にGGO世界に於いてその事件の調査を依頼してきた人物がいる。

 

名は、“菊岡誠二郎”。

 

かつて政府の『SAO事件対策チーム』に所属し、現在は総務省のVRワールド管轄部門、通称『仮想課』に籍を置く国家公務員。

 

その人物からGGO世界にダイブして件の銃撃者と接触してほしいという物騒な依頼を和人は承諾してしまったのだ。

 

『殺人』というワードが関わっている以上、接触した場合、新規のアバターでは簡単に殺されてしまう可能性もあるため和人はALOのキリトをコンバートし、その銃撃者に接触するために昨日行われたBoB予選トーナメントに出場し、キリトという名を揚げた。

 

元々剣の世界を冒険していたキリトにとって、銃世界は不慣れであり大いに手こずったものの、その世界に降り立って始めに出会った『女性プレイヤー』が手解きしてくれたことによってなんとか予選を勝ち抜いていき、そこでついに件の銃撃者と思われる者との接触に成功した。

 

そいつの名前は『死銃』。

 

そいつが本当に仮想ゲーム内から現実世界に影響をもたらす力を持っているのかどうかは不明だが、実際に生身のプレイヤーを殺したという事実は既に確認されている。

 

一体どういうトリックなのかわからない。

 

わからない、が。

 

とある新事実が判明した。

 

奴は、自分と同じSAO生還者だったのだ。それだけじゃない、奴の腕にはレッドギルドの『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の刺青が刻まれていた。

 

深い因縁があることに気付いたキリトは過去のトラウマが蘇り一時は腑抜けになるまでメンタルがやられてしまっていたが、その時、始めて出会った女性プレイヤーと一緒にいた『赤マントのプレイヤー』の手を握ったことにより、一時的にだが恐怖は消え去った。

 

しかし、問題はまだ解決されていない。

 

キリトと死銃はおそらく、かつて実際に剣を交えて互いの命を懸けて戦ったことがある。

 

その事実が、キリトの心を弱らせる。

 

だってつまり、あの時殺しあった奴が別の世界で再び再会したということだ。

 

また命を狙われる、なんて事態になったらと思うと·······。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

「ッ!!」

 

「······大丈夫?」

 

 

直葉の呼び声に、和人はビクッと体を震わせた。いつの間にか意識は別のところにあり、現実世界から離れてしまっていたようだ。虚ろに見ていた視界を現実へと戻すと、その先には気遣わしそうに眉を寄せてこちらを眺めている直葉の顔があった。

 

もうMトモのニュースコーナーをコピー用紙にコピーした紙は隣に置き、和人の手を握ってじっと見つめてきていた。

 

 

「······あのね、あたし、ほんとはもうお兄ちゃんが······“キリト君”がALOからGGOにコンバートしたことを知ってるの」

 

 

その言葉に驚愕する間もなく、直葉は和人を見て、全てお見通しと言わんばかりの大人びた笑みを浮かべている。

 

 

「フレンドリストからキリト君の名前が消えているのに、あたしが気付かないわけないでしょ」

 

 

言われてみれば当たり前のことだった。ゲーム内から消えていればフレンドリストからもその名は消えていることになる。

 

しかし、この土日が終わったらまたALOに再コンバートする予定だったし、リストなんてそう毎日見るものでもないはず。

 

それを指摘した和人は直葉に指摘し返された。

 

 

「見なくても感じるもん」

 

「!」

 

「あたし······昨日の夜にキリト君の名前がフレンドリストから消えているのに気付いてすぐログアウトしてどういうことなのか聞こうとお兄ちゃんの部屋に突撃しようとしたんだ。でも、お兄ちゃんが何の理由もなしにあたし達に黙ってALOからいなくなるなんてあり得ないよね。何か事情があるんだろうなって思ったから、まずアスナさんに連絡して聞いてみたの」

 

「そう······か」

 

 

気まずさ故に目を逸らす和人だが、直葉は穏やかに語りかけてくる。

 

目を伏せ、今もなお口ごもったままの和人の耳に椅子がかたりと鳴る音が響いた。小さな足音に続いて、自分の両肩に暖かい手が二つ置かれる。

 

 

「······お兄ちゃん」

 

 

和人の背中に体を預け、直葉は囁く。

 

 

「アスナさんは、『いつもみたいに、GGOで一暴れしたらすぐ戻ってくるよ』って言ってたけど、本心では不安に思ってるみたいだった。あたしもそう。だって······だって、昨日遅くに帰ってきた時、お兄ちゃんすごく怖い顔してたもん」

 

「そう········かな」

 

 

この場で相応しい言葉を言おうにも頭が働かず、そんなことしか言えない和人であったが、左耳側で直葉が吐息交じりの言葉が生まれる。

 

 

「ねぇ······危ないことは、何もないんだよね? 嫌だよ、またどこか遠くに行っちゃったりしたら·······」

 

「······行かないよ」

 

 

それは本心だった。

今度こそハッキリとそう告げ、左肩に乗る小さな手に自分の右手を重ねた。

 

 

「約束する。今夜のGGOの大会イベントが終わったら、ちゃんと帰ってくるよ。ALOと······この家に」

 

「······うん」

 

 

首を縦に振る動作が何となく伝わってきたが、直葉はそのまま上体を預け、しばらくそこから動こうとはしなかった。

 

SAO時代を思い出しているのかもしれない。何かヤバイことに首を突っ込んでいることを察した直葉は、またいなくなってしまうのではないかと不安になってしまっている。

 

このまま、菊岡さんに依頼をやっぱりキャンセルするという選択肢もあるが、予選トーナメントを経た今、あらゆる理由があってそれは難しいと判断した。

 

一つは、キリトを女性プレイヤーだと信じてあれこれレクチャーしてくれた恐ろしく巨大なライフルを操る女の子『シノン』との決着。

 

そしてもう一つは、キリトと死銃との因縁を断ち切ることだ。

 

桐ヶ谷和人は、確かめなければいけない責任がある。二◯二四年八月、ゲーム攻略が後半にさしかかったところで、ラフィン・コフィンの悪行を見かねると共にゲーム攻略の妨害を懸念した攻略組が『血盟騎士団』と『聖竜連合』を始めとした討伐隊を編成。

 

そこに、キリトとアスナもこの戦いに参加していた。

 

提供された情報を元にアジトへ向かい、捕縛しようと試みるが、奴らのアジトはもう半壊したあとだった。奴らが根城にしていた場所には人っ子一人おらず、すでにもぬけの殻だった。一体何があったのか、誰が奴らを壊滅させたのか、結局真相は闇の中だ。

 

だが、あの刺青を見た以上、確かめねばならない。奴の『本当の名』を。

 

和人は肩に乗せられた直葉の手を軽く握り、優しく応えた。

 

 

「大丈夫、必ず帰ってくるよ。さ、食べようぜ。冷めちゃうよ」

 

「······うん!」

 

 

さっきよりも元気な声で頷き、直葉は一瞬強く和人を抱いてから離れていく。自分の椅子に戻り、腰掛けた直葉の顔にはいつもの笑顔が戻っており、朝御飯をすくい上げ、ゆっくりと口に頬張ってから、彼女はスプーンを軽く振って言う。

 

 

「そ~いえばお兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「アスナさんから聞いたんだけど、今回の『お仕事』、何かスッゴいバイト料が出るんだってねぇ~?」

 

「うっ!?」

 

 

それを言われて和人の脳裏に菊岡との密約内容が思い起こされる。金はもちろん、その使途たる最新スペックPCの仕様一覧が崩れ行く音と共に脳内に鳴り響く。

 

妹を不安がらせている以上、何もないなんてことはさすがに許されない。和人はやむなしと判断し、しかしどこか哀しげな表情で胸をドンと叩く。

 

 

「お、おう! 何でも好きなのおごってやるから楽しみにしとけよ」

 

「やった!! あのね、あたし、前から欲しかったナノカーボン竹刀があるんだ!」

 

 

どうやら、和人が欲しいものが手に入るのはまだまだ先になりそうだった。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

クレハの頭の中はモヤモヤしたものでいっぱいだった。

 

BoB予選トーナメントに敗北して以来、ずっとこうだった。どれだけ考えても解決しない。時間が経っても解決しない。まるで答えのなき問題を解けと言われたように、いつまでもいつまでも思考は空転を続けるばかりだった。

 

 

「·······」

 

 

クレハはGGO世界の橋の一端で硬直していた。

 

ある事柄。

 

すなわち、敗北。

 

たった数文字の単語に、クレハの心は大きく揺らぐ。

 

何故負けたのか。どうして勝てなかったのか。その辺りも含めて、もう歯噛みするしかない。何しろ、もう負けていることは確定しているのだから、何をどう足掻いてもその事実は覆らない。

 

そしてクレハの脳裏には負けた際に相手選手が放った言葉がいつまで経っても離れることはなかった。

 

 

『生き残ってこそ、意味がある』

 

『······え?』

 

『今回のことで、様々なことを学べたはずだ······それを次に活かせ』

 

 

相手選手はクレハ背を向ける。背を向けたまま、彼は最後にもう一度言った。

 

 

『励むことだ·······お前はもっと強くなれる』

 

 

その言葉を聞いた時クレハの胸に沸き起こってきた感情は、感動でも何でもなく。ただただ、己との力の差を思い知った絶望感だけであった。

 

 

「······悔しい」

 

 

クレハは鉄橋の手すりに顔を埋めたまま、自分の無力感に倦厭する。

 

 

(だぁーっ!! もう! そもそも何で私が負けたことよりもあの言葉にこんなに頭を悩ませなくちゃいけないわけ!? 何か下手に焦って頭が回らなくなってるし、そのせいで余計に焦りまくってるし、一度全部リフレッシュして考え直した方が良いのかしら)

 

 

とはいえ、そう簡単に思考を切り替えられれば苦労はしない。そんな感じでクレハが重たい息を吐いた時だった。

 

強い劣等感に襲われ、それでも少しずつショック状態から脱してきたクレハは、今度こそ唇を動かす。動かし、自分の尻を両手で叩きつけながら、気合いを入れるようにこう宣言した。

 

 

「私に勝ったんだから、他の奴にやられたなんてことになったら許さないわよ、ヴィンセント!! それにクラウドさんも! 私に代わって絶対に優勝してねッ!!」

 

 

二人を応援する側に回ったクレハは、全ての悩みを打ち消すかのように大声で叫んだ。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

そんな件のクラウドは、既にGGOにログインしていた。

 

女装姿で街中を歩くクラウドは、周囲からの変な視線を無視しながら携帯端末をいじる。この数日で、クラウドの心境には徐々に変化が生じていた。

 

意気消沈の底から、焦燥感が湧き出しているのだ。

 

BoB予選トーナメントの終盤、ヴィンセントとの戦いで負けてしまって以降、クラウドは自分の弱さにまた向き合わなければならなくなった。

 

本当のクラウド・ストライフは、ソルジャーではない。

 

ただの一般兵だった自分に支給されたのはアサルトライフルであったが、銃の扱いには慣れておらず、任務先ではほぼ足手まといでしかなかった。

 

ソルジャー大量脱走事件でホランダー博士を取り逃がしたり、ニブルヘイム山での魔晄炉の調査でティファを守るどころかモンスターに襲われて気絶。

 

今手にしている武器は剣にも変形するが、銃戦闘に於いてはやはり扱いなれているヴィンセントには劣る。先の戦いで負けたのがちょっとだけ悔しかったクラウドは、本大会前にログインし、射撃演習場で少しだけ訓練を行っていた。

 

結局、銃の扱いには慣れなかったが、剣と銃に変形するこの武器を上手く扱えるほどにまでは成長した。

 

そして本大会までの時間が迫ってきたので総督府タワーを目指して、クラウドは国道で律儀に信号待ち

をしながら辺りを見渡すが、通行人はやはりというかクラウドの方を見てきている。

 

それほどまでの美貌であるという証拠だが、クラウドにとっては嫌がらせでしかない。

 

やがて、注目の苛立ちからかブーツの底で激しく路面を蹴りつけながら彼は行く手に見えてきた巨大な総督府タワーへと続く広い階段を登り終えた。

 

 

「何をそんなに焦っているクラウド」

 

 

その時だった。

 

反射的にデュアルウェポンをドロウし、声の方に向けた。ゆっくり後ろを向くとクラウドの鼻先にも拳銃が突きつけられていた。

 

だが、引き金には指は触れられておらず、撃つ気はないと判断したクラウドは鼻で笑いながら銃を突きつけている張本人に言う。

 

 

「仲間を撃つ趣味はないんじゃなかったか?」

 

「背中ががら空きだったからな、いつものお前なら声をかける前に私の存在に気付いていたはずだ。そんな調子では本大会で負けてしまうぞ」

 

 

赤マントにガントレットを身に付けたヴィンセントは、すっと銃を下ろす。それに合わせるように、クラウドもデュアルウェポンを下ろす。

 

 

「何度も言っているが、本名で呼ぶのは避けてくれ。今の俺はライトニング。大会でもその名前で登録しているんだ」

 

「そうだったな、すまない。それよりも、お前に話したいことがある」

 

 

急に真剣な顔になったヴィンセントは銃を仕舞うと、話せるかと言うかのように壁の方を指差す。

 

それについて、どういうつもりなのか訊ねようとしたが、ヴィンセントの表情を読み取ってただ事ではないと判断したクラウドは、黙ったまま首を縦に振って壁の方へと歩いていく。

 

二人は壁の方にたどり着くと、互いに背中を壁に預け、両腕を組み、顔も見もしないで話し始める。

 

 

「話ってなんだ?」

 

「······」

 

 

数秒間、ヴィンセントは黙ったままだった。

 

だがしばらくして、ヴィンセントは下を向いたままクラウドに訊ねる。

 

 

「······“死銃”·······という奴に心当たりはあるか?」

 

「死銃?」

 

「大会が始まる前、透明になれる能力でも持っているのか、そう名乗る奴が私に接触してきた。声しか聞こえなかったから姿は確認できなかった」

 

「······」

 

「喋り方も独特でな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、クラウドは慌てるようにヴィンセントの方を見る。視線だけで気付いていたヴィンセントは顔を前に向けたまま話を続ける。

 

 

「その様子だと、お前も接触したようだな」

 

「······ああ」

 

「姿は、お前の前では現したか?」

 

「ああ、見た。全身を覆うボロボロのマントに顔を完全に覆い隠すドクロのようなフェイスマスクという異様な風貌をしていた」

 

 

その特徴を聞いて、ヴィンセントは顎を擦る。

 

 

「予選当日、私はそいつに殺すと言われた。お前の方はどうだった?」

 

「······俺の方も同じだ。だが一つ気になることを言っていた」

 

「それは?」

 

「······SAO時代、俺を探していた【銀髪の男】が、俺の居所を聞き出すためだけに、自分達の組織を根絶やしにした、と」

 

「······【銀髪の男】······それはつまり」

 

「ああ、十中八九セフィロスのことだろう。そいつが何者なのか知らないが、何にしてもセフィロスと何か深く関わっているかもしれない」

 

 

自分達が追いかけている存在の手がかりがようやく掴めた気がした。クラウドとヴィンセントはその死銃についてお互いが知っている情報をあらいざらい話す。

 

しばらく沈黙が訪れた。

 

ヴィンセントは顎に手を当てて見たこともないような厳しい表情をしている。

 

 

「その死銃という奴を探す必要があるな」

 

「ああ、だがトーナメント表を確認してもその死銃らしき名前は確認できなかった。予選で負けた可能性もあるが、アイツがそう簡単にやられるとは思えない」

 

「·······その理由は?」

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の生き残りの可能性があるからだ」

 

 

それからクラウドは語った。腕に巻かれた包帯の下、手首の部分に何かエンブレムのようなものが見えたということを。目を凝らして観察してみると、悪魔が不敵に笑っている刺青が彫られていた。

 

そのエンブレムは、SAO時代に存在した殺人者ギルドの紋章だった。

 

奴らは己の欲望のために殺人を行ってきた。罪のない人々を何人も殺してきたのだ。レアアイテムの強奪、トッププレイヤーの暗殺などの悪行を繰り返していた。

 

クラウドは参加していなかったが、その殺人者集団を捕獲するために大規模なチームが組まれアジトへと向かったが、踏み込んだ時には既にもぬけの殻だった。

 

何者かが既に壊滅させていたという噂をアルゴから聞いたが、その時は正直どうでも良くて今日の今日まで忘れていた。

 

しかし。

 

その生き残りらしき人物との接触により、セフィロスが関わっているかもしれないとわかった瞬間、クラウドの目の色が変わった。

 

その事実がわかった時、急いでヴィンセントの合流したかったが、二回戦目に飛ばされて情報共有はできなかった。

 

だが今ようやく情報を共有したことで、その死銃を追うことに決めた二人はこれからどうするのか話し合う。

 

 

「しかし、死銃を追おうにも本戦に出場しているのかわからないのであれば追跡は不可能だ。そもそも私は姿すら見ていないからな、どんな奴かも知らない相手を探そうなんて最初から無理な話だ」

 

「確かに」

 

 

クラウドは左手を振ってメニューウィンドウを呼び出し、運営がBoB本戦出場者に送ってきたメールの中の選手三十名の名前を列挙したページを表示させる。

 

その中にはもちろん予選通過者であるクラウド(ライトニング)とヴィンセントの名前もある。

 

 

「この中に死銃がいる可能性は低いか」

 

 

独り言のように呟くクラウドだったが、ヴィンセントは尚も顎に手を当てて見たこともないような厳しい表情をしている。

 

ヴィンセントは顎に手を当てたままクラウドの方に振り返る。

 

 

「······そいつがもし、別の名前で出場していたら?」

 

「え?」

 

「······お前と同じように別の名前で大会に登録しているという可能性はないか?」

 

 

ヴィンセントの声は平坦に告げるが、その言葉を聞いてクラウドは目を見開く。

 

確かに、その可能性はある。

 

クラウドの場合は自分だと知人にバレないように偽名で登録したが、その死銃も別のアバター名で大会に参加した可能性はある。

 

 

「この中の誰かが死銃ということか?」

 

「私の勝手な想像に過ぎないがな。その可能性があると思っただけだ」

 

「いや、あり得るかもしれない。俺もバレないように違う名前で登録したんだ。俺一人だけが別のアバター名で登録したとは考えにくい。他にもいると思う。俺と同じように、別名で大会に参加したプレイヤーが」

 

 

そうでも思わなきゃ、死銃にたどり着けない。とでも言うかのようにクラウドは力説した。

 

 

「だとしても、どいつが死銃なのかわからないな。せめて本戦に何度も出場している選手が誰なのかわかれば絞れるんだが」

 

 

クラウドは困ったように額に手を当てるが、その時ヴィンセントが言う。

 

 

「なら、この大会に詳しい奴に聞けばいいだけの話だろう。ちょうど、私の知人でそういうのに詳しい奴がいる。そいつに聞こう」

 

 

ついてこい、とヴィンセントは背中を預けていた壁から離れ、クラウドの前を歩き出す。

 

ヴィンセントに知人? とクラウドは意外そうな顔をしながら、彼の後をついていく。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

夢であって欲しかった。

 

だが、ネガティブな頭と全身の緊張感が今起きていることは現実であるとしっかりと証明してくれている。

 

 

「······」

 

 

本当に、ただの悪夢だったら良かったのに、現実はそう甘くないらしい。

 

 

「紹介しよう、ク······ライトニング。“シノン”と“キリト”だ」

 

「シノンよ、初めまして」

 

「俺はキリコだ。よろしくな、ライトニングさん」

 

 

姿は違っても、かつての戦友である少年と願ってもない最悪な形で再会してしまったのだから。

 

 

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