ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第10章

 

 

合流したキリトとクラウド、ヴィンセントとシノンは北側の側面にぽっかり開いた大きな洞窟へとたどり着いた。

 

洞窟内部はそこそこ広く、入口から見通せない位置に物体を置いてもまだ畳二枚ぶんくらいのスペースがあった。奥は暗いが、壁に反射して仄かに届く夕日のおかげで、真っ暗というほどではない。

 

バイクから降り、首をゴキゴキと鳴らしながら自分の体調を確かめる。

 

するとキリトが話しかけてくる。

 

 

「すまない、プレイヤーに何度も出くわして遅れた。大丈夫だったか」

 

「ああ、大丈夫だ。問題ない」

 

「─────じゃない」

 

 

平然とキリトに答えるヴィンセントと、それに近づくシノン。シノンはわずかに体を震わせながら、ヴィンセントの両肩を掴むと、勢いよく頭突きをした。

 

 

「大丈夫じゃないわよこのバカッ!」

 

 

泣きながら叫び、何度も何度もヴィンセントを触る。

 

 

「し、シノン? どうした? なにがあった!?」

 

「彼·········死銃に、死銃に撃たれたの。変に挑発して」

 

「なっ········」

 

 

キリトも言葉を失い、何度も触るシノン。

 

 

「少し、慣れていないことをしたのがまずかったか」

 

「平気なの! ねえ平気なの!? ねえッ!?」

 

「落ち着いてくれ」

 

「落ち着けるはずないじゃない! わざと銃を受けてッ!!」

 

 

取り乱しているシノンはヴィンセントの体をペタペタと触りどこにも異常はないか調べている。

 

しかし、ヴィンセントはなんの問題もないように振る舞い、彼女を落ち着かせる。

 

 

「本当に落ち着け、シノン。私は大丈夫だ」

 

「何が大丈夫よ!? あの死銃に撃たれたのよ!? 平気なわけないでしょ!?」

 

「心配しなくても、私とライトニングだけはアイツに撃たれても平気だ」

 

「「え?」」

 

「·······ライトニング、真実を話してもいいか?」

 

 

そう言ってクラウドのことを見るヴィンセント。彼はしばしの沈黙の後腹を括って頷いた。了承を得た、と思ったヴィンセントは真実を語る。

 

 

「まず一つ目、私達は異世界から来た人間だ。だから撃たれてもなんともなかった」

 

「は? 異世界?」

 

 

シノンは思わず眼を点にした。

当然だ。いきなり非科学的なことを言われてそれを信用しろというのは無理がある。

 

だがしかし、信用してもらうためにライトニングは自らの意思で変声チョーカーを外した。

 

そして、キリトにとって馴染み深い声が聞こえてきた。

 

 

「久しぶりだなキリト」

 

「!?」

 

 

その声を聞いて、キリトは眼を見開く。女声だったライトニングが急に男声になったのだ。しかも聞き覚えのある声だ。キリトはライトニングの正体が誰なのかすぐに理解した。

 

 

「お前······まさか、クラウド!?」

 

 

驚きを隠せないキリトは意味がわからず、眉根を寄せた。クラウドは男。当然のごとく男性である。女性であるはずがない。

 

だが、今視界に展開された光景が、その思考を真っ向から否定していた。キリトの脳か目に異常があるのでなければ、その女性は間違いなくクラウドそのものだった。

 

それを見たキリトはこう思った

 

 

「なんでクラウドが女に!? しかも声も変声して化粧までして───」

 

「感想ハイラナイ他ニ方法ガナカッタ」

 

 

遮るように話すクラウドはキリトの言葉を完全に消し去る。背筋が凍るほど美しい貌を不満げな色に染めた青年は、頭をくしゃくしゃと掻くと変声チョーカーを首に付け直す。

 

そして話を戻そう。

 

何故ヴィンセントは死銃に撃たれても平気だったのか。その謎を解明するために、ヴィンセントの代わりにクラウドが語り出す。

 

 

「キリト、ソードアート・オンラインでの死因を思い出せ。あれはどうやって死んだ?」

 

「それは、HPが全部なくなって───」

 

「違う、それはただの切っ掛けだ」

 

 

その言葉にキリトがハッとなり、静かに、

 

 

「脳をナーヴギアに破壊されたから」

 

「そうだ。『SAO内でHPが全てなくなったら、現実世界で脳が破壊される』。それがソードアート・オンラインでの死因だ」

 

 

つまり、とクラウドは言葉を一拍おいて、

 

 

「SAOでも、実際は仮想世界で人は死んでいない。切っ掛けになっただけだ。故にここでのダメージは現実には何の影響もない。にもかかわらず、現実世界で人が死んでしまった。ならば、考えられる方法は一つだけだ」

 

 

その言葉にシノンとキリトの二人はハッとなり、クラウド静かに続けた。

 

 

「そう、死銃は一人じゃない。()()()()()()()。一人目、つまりあのぼろマントのアバターがゲーム内でターゲットを撃ち、それが合図となって、同時に現実世界のターゲットに侵入した二人目が無抵抗のプレイヤーを殺す、というひどく単純な手口だ」

 

 

クラウドの言葉の意味を、シノンにはすぐには理解できなかった。しかし、事情を知っているキリトからすればそれがどういう意味なのかすぐにわかった。

 

 

「クラウド達は別世界の住人だから現実世界でプレイヤーを殺すことはできない、というわけか」

 

「そう、だから私は敢えて避けずに真正面から攻撃を仕掛けに行った」

 

 

クラウドの代わりにヴィンセントが答える。

 

そう、だからクラウドとヴィンセントは死銃にとって天敵なのだ。撃たれたとしても肉体は別世界にあるから殺せない。

 

 

「だからここからは俺達だけでやる。二人はここに隠れていてくれ」

 

「な、何言ってんだよ! 俺達もいくに決まって────」

 

 

そこで言葉は途切れた。

頭蓋骨にガチリ、という小さな金属音が聞こえた。キリトは額の方に視線を上げた。そこには、ヴィンセントが愛用している銃があった。ただし引き金に指は触れられていないためまだ撃つ気はないようだ。

 

ヴィンセントは言う。

 

 

「ここはバトルロイヤル。戦場のど真ん中だ。今撃っても誰も文句は言えない。今は私の慈悲でお前達を生かしているだけに過ぎない。いざとなればお前達二人とも即脱落させてやってもいいんだぞ?」

 

「「ッ!!」」

 

 

ヴィンセントはそう言うと構えていた拳銃をホルスターに戻した。

 

故にクラウドは意図して、一度だけ深呼吸した。

 

それから尋ねる。

 

 

「さて、どう片付ける」

 

「お前が今頭に思い浮かべたことを全部。私もそうしよう」

 

 

青年達は切り裂くような荒野に支配された外の世界へと足を向ける。奴を捕まえる、そしてセフィロスについて知ってることを全部話してもらう。

 

そうして、洞窟の出口まで二人で歩いていたところ、

 

 

「·········待って」

 

 

背後から少女の声が聞こえた。

 

 

「·····私······」

 

 

シノンはヴィンセントから目を逸らし、呟くように言った。

 

 

「やっぱり············私も戦う」

 

「·····何?」

 

「逃げない、ここに隠れない。私も外に出て、あの男と戦う!!」

 

 

ヴィンセントはため息をつきなからシノンに近づいて低い声で囁いた。

 

 

「言ったはずだ。死銃は複数人いると。今この瞬間にも、現実世界のお前の部屋に死銃の共犯者が侵入して、大会の中継を見てお前があの銃に撃たれるのを待っている········可能性がある」

 

「ッ!!」

 

「お前が一発でもあの銃に撃たれれば、真っ先に死ぬのはお前だ。そんな奴を連れていくわけにはいかない」

 

 

告げられた言葉が、意味を成す形となってシノンの意識に浸透するのには長い時間を要した。

 

しかし、それでも彼女は揺らがなかった。

 

シノンはしばらく唇を閉じた後、静かに囁いた。

 

 

「死んでも············構わない」

 

「······なんだと?」

 

 

眼光を鋭くするヴィンセントはシノンに対して少し低い声で話しかける。

 

 

「············死ぬのが怖くないのか?」

 

「怖いわよ。私、さっき、すごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。五年前の私よりも弱くなって······情けなく、悲鳴を上げて············でも、そんなんじゃダメなの。そんな私のまま生き続けるくらいなら死んだ方がいい!!」

 

 

でも、と一拍置くと、

 

 

「嫌なの、怖いのは。もう怯えて生きるのは······疲れた。別にあんた達に力を貸してくれなんて言わない。一人でも戦えるから」

 

 

言って、シノンは弱まっていた心を強引に強く動かして立ち上がる。そうして、シノンは改めてヴィンセントと向かい合った。

 

 

「さあ、わかったらそこをどきなさいよ。私はこれから死銃の元へ行く。私の部屋に共犯者がいる可能性があるなら、まずは私を最優先に狙ってくるでしょう」

 

 

だからそこをどきなさい、とシノンは改めて言った。

 

 

「·······」

 

 

ヴィンセントは、歯を食いしばる。

 

シノンは足を一本踏み出しながらヴィンセントとクラウドの横を通りすぎようとする。

 

が。

 

ガシッと、強い力で掴んだヴィンセントはシノンの足を強制的に止めさせる。

 

 

「何するの!? 離して! 私、行かないと············ッ!!」

 

 

振りほどこうとしても子供と大人じゃ力の差がありすぎる。赤い眼がぎらりと光る。寡黙で他人のことなんてどうでもいいヴィンセントが静かに、しかしどこか怒り気味に言葉を放つ。

 

 

「お前は間違っている」

 

「ッ!?」

 

「死ぬ気の奴に未来なんかない。戦いは生きるためにやるものだ。確かにお前一人が死んだところで何も変わらないかもしれない。だが、シノンという人間がいなくなるだけで悲しむ奴だっている」

 

「誰が······誰が悲しむっていうのよ!! 私は、私の命を誰かに預けたことなんかない!!」

 

「············本当にそうか?」

 

 

そう叫ぶシノンに、ヴィンセントはぐいっと引っ張って眼前に突きつけた。

 

そしてヴィンセントは小さな声でこう言った。

 

 

「もう、目の前にいるじゃないか」

 

 

シノンはわなわなと肩を震わせた。心の奥底に閉じ込めていた感情が今にも爆発しそうで、ついにはヴィンセントの赤マントを掴みかかる。

 

 

「·········そう·········なら·········ッ!」

 

 

心底疲れきったように、しかしどこか悲しそうに唇を震わせながら、そして戸惑いながら混乱しながら、あらゆる感情が合わさって出来た言葉を、ヴィンセントの眼にぶつけ、シノンは叫んだ。

 

 

「なら、あなたが私を一生守ってよ!!」

 

 

まるでその眼は、道に迷った小さな子供のように揺らいでいた。シノンは、これ以上はヴィンセント達に自分の身勝手なわがままに踏み込んでほしくなかった。

 

握られていた右手を強引に振り払い、涙腺から溢れ出る涙が止まらなくて上手く息ができなかった。

 

 

「何も知らないくせに·······何も出来ないくせに、勝手なこと言わないで!! こ、これは、私の、私だけの戦いなのよ! 例え負けても、死んでも、誰にも私を責める権利なんかない!! それとも、あなたが一緒に背負ってくれるの!? この─────ッ!!」

 

 

シノンは右手を開いてヴィンセントの前に突き出す。かつて血に塗れた拳銃のトリガーを引き、一人の人間の命を奪った手。

 

その手を見せつけこう言った。

 

 

「この、ひ·············『人殺し』の手を、あなたが握ってくれるの!?」

 

「·······」

 

 

思い出の中に封じ込めていたシノンを罵るいくつもの言葉が甦る。学校で、そこら辺のものを触ろうとするもんならたちまち、触るな人殺しが、と罵られ、足を蹴られ、背中を突き飛ばされた。

 

いじめ、差別。

 

あれ以来、シノンの心は閉ざされたままだ。

 

 

「·········」

 

 

ヴィンセントは何も言わない。ただ俯いているシノンを見つめているだけだ。

 

彼は無表情のまま、シノンをまっすぐに見つめていた。

 

そして、しばしの沈黙の後、ヴィンセントはこう言った。

 

 

「だったら············」

 

 

ヴィンセントは腕を組んで、

 

 

「何故、私はまだ生きている?」

 

 

············え? とシノンは思わず呟いた。

 

 

「私は言ったはずだ。ここはバトルロイヤル。戦場だ。今は私の慈悲でお前達を生かしているだけに過ぎない。いざとなれば、お前を即脱落させてやってもいいんだぞ? と」

 

「!」

 

「そしてその逆も然り、バトルロイヤルなら、私の命を奪えばいい。邪魔だというのなら、銃弾を私に撃ち込めばいい·········なのにお前はそうしない。何故だ?」

 

「·······!?」

 

 

シノンは思わず黙り込んだ。

そうだ、バトルロイヤルなら銃で撃ってしまえば簡単に殺せる。なのにそれが出来ない。何故出来ないのか、答えはシノンの代わりにヴィンセントが答えてくれた。

 

 

「─────結局は、それでも。最後に残った自分の希望を奪おうとした男さえ殺せないほど、善人だったというだけではないのか」

 

 

その言葉を切っ掛けに突然視界が歪んだ。頬に熱い一筋の線が流れた。涙腺から溢れ出る涙が重く、歯を食い縛って一歩ずつゆっくりと歩いていき、固く拳を握ってヴィンセントの胸に打ちかかる。

 

二度、三度と、力任せにどんどんと叩きつける。

 

 

「う········うぅ··········」

 

 

抑えようもなくどんどんと涙が溢れ落ちる。泣き顔見られたくなかったのだろう、頭突きをするように勢いよく俯くと、額がヴィンセントの胸にトンとぶつかった。

 

 

「嫌い········大嫌いよ、あんたなんか」

 

 

少女の声は震えていた。それはガンゲイル・オンラインのプレイヤーとか、BoB予選通過者とか、そんなものではなかった。一人暗闇で震え続ける、何でもない女の子の声だった。

 

 

 

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