「·······落ち着いたか?」
「·······うん」
ヴィンセントに強く当たっていたシノンも今ではその疲れが表れ、ヴィンセントの膝に顔をうずめている。
ヴィンセントもシノンの心情を理解している為、シノンが落ち着くまでこうしているつもりだ。
「あんたのことは嫌いだけれど·········少しこのままでいさせて」
ほとんど囁き声で言った言葉に、ヴィンセントは無言で頷いた。シノンは体をずらし、前に投げ出されたヴィンセントの脚の上に横たえた。
キリトとクラウドは洞窟から出てサテライトスキャンを開き、今生存しているプレイヤーの数と位置を把握している。
BoBが始まって一時間半が経過している中、生存しているプレイヤーは指折りしかいなかった。
だが、それとは別に生存しているプレイヤー、脱落したプレイヤーを合わせても参加人数である三十人に満たない事に疑問に思いながら二人は会話する。
「いつから気付いていたんだ?」
「?」
「死銃が複数人いることに」
その質問にクラウドは平淡な声で告げる。
「最初に気付いたのは俺じゃない、ヴィンセントだ」
「?」
「アイツは元汚れ仕事のプロフェッショナルだからな、そういうのには敏感なんだ。ヴィンセントはキリトから話を聞いて考えた。条件が『死銃に撃たれる』なら、『死因』はと思って······それですぐに気づいたらしい。死因が心不全なら──────」
「第三者が無防備な被害者を殺した、というわけか」
その説明を聞いて頭の中で的確に分析を行いながら、同時に疑問に思ったことを口にする。
「でも待ってくれ。仮にそうだとしてもどこに住んでるのかも分からない人をどうやって見つけて殺すんだ?」
「ヴィンセントから聞いた話なんだが、奴には透明になれるアイテムを所持してるらしい。大会エントリー時の操作をする時に『視線』を感じたらしく、それからしばらくして大会が始まる前に、透明になった死銃がヴィンセントと接触したようなんだ。『お前を必ず殺す』、と言い残して········それで、ヴィンセントは考えたんだ。まさか姿を消しているプレイヤーがいるのでは? と。そう疑問に思ったそうだ」
あ、とキリトは不覚にもクラウドの言葉に不意を突かれた感覚に襲われた。
「そうか! BoBに参加する時、端末に現実世界の個人情報を入力する時がある。もし、死銃の持っているアイテムが圏内でも使えるのだとしたら、背後から盗み見る事も出来る·······!!」
「そういうことだ。それで奴らは標的となるものの住所を知ったんだ」
そうだった、とキリトは思う。
確かに考えてみれば単純だった。住所を知る唯一の手段は大会エントリー時の個人情報の入力の時だけだ。
しかし、この仮定を信じるのだとしたらまずいことになる。
死銃はあの時、シノンを撃とうとしていた。ヴィンセントが助けに入ったことによりシノンの命は助かったが、死銃はあの時シノンを撃ち殺す気だった。十字を切るそぶりを見せ、シノンを撃とうとしていた。
つまり。
さっき、死銃がシノンを狙ったっていう事はもうあちら側は準備が出来てるって事だ。もしかしたら今、寝ている朝田詩乃のすぐ近くに共犯者がいるかもしれない。
これはシノンには伝えてはならない。
伝えれば、視界の中央に警戒音と共に心拍数が急激に上がっていき、そのまま上がり続ければアミュスフィアのセーフティーが働き、強制ログアウトしてしまう。そうなってしまっては現実世界で目覚めた詩乃に共犯者の魔の手が及ぶ可能性が高い。
それだけは絶対に避けなければ。
しかし、それよりも。
「·········にしても、驚いたよ」
「何がだ?」
と、ここでキリトが意外そうな声でクラウドに告げた。
「まさかクラウドまで女型アバターになって、しかも女声にまで変声して────────」
ガチリという小さな音が聞こえた。
頬になにか押し付けられている感覚があるのだが、キリトは首を動かせない。しかし感触からして、何やら拳銃のようなものが見える。
「それ以上喋ると頬に穴が空くぞ」
「·········え?」
「アスナ達に喋るのもダメだ、喋ったが最後お前に明日はないと思った方がいい」
「あ、はい··········」
脅迫だった。
キリトの口の端が若干以上に引きつっていた。
<><><><><>
出入り口の監視はキリト達に任せて、ヴィンセントとシノンは二人寄り添い合ってしばらく沈黙していた。
シノンはヴィンセントの膝元で、まるで飽きて部屋の隅へ投げられた人形のような自分の手足を、彼女は首を動かさずぼんやりと眺めた。
「······」
試しに人差し指で引き金を引く動作を試してみると、人差し指はゆっくりと、死にかけの昆虫みたいに動いてくれた。目蓋を動かして瞬きすることもできた。浅いものの唇の隙間からは空気が肺へと吸い込まれ、吐き出されていくし、横たわっている体の中で、わずかに心臓の鼓動が聞こえた。
「·······私ね」
と、シノンは唇を動かした。
体はまだ動いてくれる。それならまだ戦うことができる。
だけど、
「人を、殺したの」
「······」
心だけはまだ弱まっていた。そんなシノンはヴィンセントの反応を待たずに一方的に吐露する。
「ゲームの中でじゃないよ······現実世界で、本当に、人を殺したんだ。五年前、東北の小さな街で起きた郵便局の強盗事件で········報道だと、犯人は銃の暴発で死んだとなっていたけどほんとは·······その場にいた私が拳銃を奪って殺したの」
「·········」
「私······それからずっと銃を見ると吐いたり倒れたりしちゃうんだ。テレビや漫画とかでも·······手でピストルの真似をされるだけでも駄目。銃を見ると······目の前に殺した時のあの男の顔が浮かんできて······怖いの。すごく、怖い」
「······だがこの世界なら───」
「うんそう。この世界でなら大丈夫だった。だから思ったの。この世界で一番強くなれたらきっと······あの記憶を忘れることができるはずだって」
少女の声は震えていた。
ぱたぱた、と膝元に透明な雫が落ちた。それは春の雨みたいに温かかった。
「死ぬのはそりゃ怖いよ。でもね······それと同じくらい怯えたまま生きるのは辛いんだ」
「·······」
「死銃と·······あの記憶と戦わないで逃げたら私·········前よりもっと弱くなっちゃう···だから────ッ!!」
「·········」
ヴィンセントはその言葉をじっと聞いてきた。
すぐそばで少女は震えて泣いているのに、彼はその頭を撫でることすらしない。
だからこそ、彼は告げる。
「苦しいのか?」
「ッ!!」
「哀しいのか?」
「·········うぅ」
シノンは涙腺から溢れ出る涙で、上体を起こし、子供のように彼の赤いマントを掴んだ。噛み殺そうとして失敗した嗚咽が、引き結んだ唇の隙間からこぼれるように漏れていく。
ただ。
ヴィンセントはそんなシノンにこう告げた。
「そう思えるなら、お前は化け物じゃない。月並みではっきりしない言葉かもしれないが、お前は普通の人間だ。化け物であるこの私が保証してやる」
それに、とヴィンセントは一度言葉を切ってから、
「
え? とシノンは良く分からない表情を浮かべて顔を上げた。
対して、ヴィンセントはいかにもつまらなそうにため息をついて、
「確かにお前は人とは違った人生を歩んできたのかもしれない········だがしかし」
当たり前のことを聞くなと言わんばかりの声で、
「
その言葉に、シノンは涙をこぼして膝から崩れ落ちる。シノンは泣きながら彼の胸へ飛び込み、勢いに負けて二人は砂の上に倒れ込む。
シノンは、恐る恐るヴィンセントの背中に手を回して彼の体を抱き締めた。
そんな彼らの姿を見て、クラウドとキリトは小さく笑っていた。
<><><><><>
「とりあえず、私が撃たれて死なないことで、奴らの力は否定された」
「だとしても、危険な状況には変わりない·······もう、死銃を倒す以外に道はない」
「あぁ·········だが、死銃だけならいいが、まだ優勝候補の闇風が残ってる。ソイツを先に倒さなければ彼も危ない。そこでキリトとシノンには闇風を倒してほしい」
「アンタはどうするんだ? まさか単体で死銃に挑もうっていうんじゃ」
「勘違いするな。一人で挑むわけじゃない。私の考えは変わらないが、今は死銃を倒す事が最優先なんだ。だから天敵である私とライトニングと共に死銃へと挑むつもりだ。その為には他の出場者······闇風を倒さない事には始まらない。彼も死銃の標的だからな」
ヴィンセントとクラウドはゆっくりその場に立ち上がり、出口へと歩いていく。キリトとシノンも思う所があるが、ヴィンセントの言った事は事実であり、バトルロイヤルのBoBでは何が起きるか分からない。
闇風らを倒し、死銃だけに集中出来る状況を作り出さなければならないのだ。
「······分かったわ。私達は闇風を追う。でもヴィンセントもライトニングも無茶だけはしないで。私にあんな事言っておいてアンタが情けない態度取るなんて、絶対に許さないから!」
「「······あぁ」」
洞窟から出てきたヴィンセントとクラウド、シノンとキリトはサテライトスキャンの情報を頼りに二手に別れる事にした。
死銃はメタマテリアル光歪曲迷彩でサテライトスキャンに映らない事からヴィンセント達は拓けた場所まで移動する。
空は既に暗くなっており、星がちらほら瞬いている。夜間の戦闘になる為、視界の悪さを予感していたが、予想以上に星が地上を照らしているおかげで戦闘に関しては問題なさそうだ。
「··········」
集中しなくてはならないこの状況でヴィンセントの心はどこか上の空だ。理由は簡単な事で、闇風を倒しに向かったシノンについてだ。
シノンは弱りきった自分を奮い立たせてまで皆を支えてくれている。
感謝してもし切れない程の恩を受けたというのに、ヴィンセントにはそれを返す術を知らない。
いや、知っているのにそれが出来ないのだ。
化け物である彼に人としての尊厳はとうに失われている。そんな彼に人間性を求めること事態間違っているのだ。
「······すまない」
この戦いにキリトとシノンを巻き込むつもりは毛頭ない。先程はあのように言ったが、死銃から離すにはああ言う他なかったのも、否定出来ない。
そしてふと、右手が仄かに寒く感じた。
殺気立っているのだろう。彼の殺意が表に出てきて、止められない。ヴィンセントは危険を承知で背を向けた。
とにかくこれ以上の死は増やしたくない。
クラウドと共に、死銃の思惑を止めるために荒廃しきった世界を走り抜ける。