目を閉じ、集中力を極限まで高める。
周囲の障害物の位置、砂漠の
気配を感じられるように、音を聞き逃さないように、ヴィンセントは五感全てに神経を張り詰めた。
(今なら·······何だって出来る気がする·······)
右手の寒い感覚は今尚あり続けている。
ヴィンセントは、その感覚を知っている。
殺意だ。
それがヴィンセントの背中を支えてくれているような錯覚に陥っているが、頼もしい事この上ない。耳をすませば砂漠に吹く風の音が徐々に気にならなくなっていく。
すると、ジャリ·······ジャリ·······と砂がかき分けられる音が微かに聞こえてきた。
この足音が死銃だと確信するのに時間はかからなかった。
シノン曰く、死銃は
音が聞こえてもそれがどの方角からなのかは分からないが、銃弾が迫ってくればその軌道上に死銃がいるに違いない。
「·······スゥー、ハァー」
一つ息を吐いて先程よりも楽な姿勢に入る。弾道予測線が見えない初発を躱さなければならないヴィンセントにはこれが一番有効的だ。
けれど、集中力は先程の比じゃない。
かつて、セフィロスとの戦いの時ぶりに凄まじい集中力を見せている。
「そこにいるのはわかっている」
風を切る音が急激に高くなっていく。
それは背後から忍び寄っていき、ヴィンセントは振り返りながらその元凶である銃弾を捉えた。
予想以上に早い銃弾を頬を掠りながらも咄嗟に回避する。
そして、その軌道上に岩陰を発見したヴィンセントは腰からクイックシルバーを抜いて走り始めた。
「ッ!?」
それにいち早く気づいた死銃はスコープでヴィンセントの姿を捉えるが、狙い定めて撃つ前にヴィンセントのクイックシルバーが火を噴くだろう。
そう結論づけた死銃は岩陰から飛び出し、スナイパーライフルを抱えてヴィンセントと相対した。
瞬間、死銃の姿を捉えたヴィンセントは躊躇う事なくクイックシルバーの引き金を引いた。放たれた銃弾は死銃の体の至る所に貫く。
だが、致命傷になり得ない銃弾の雨に怯む事なく突撃をかけた。
グロックとスナイパーライフルとでは、そもそもの火力が全く違う。
クイックシルバーでいくら撃とうともHPを削り切るまでに時間がかかる。
逆にスナイパーライフルはどこを撃ってもその部位を破壊する程の火力を有しており、一発でも当たると形勢は一気に傾くだろう。
(まだだ·······限界を超えるッ!!)
神経を極限まで高めているヴィンセントは足の回転を上げ、死銃を翻弄させる。スナイパーライフルの欠点と言うべき、速射が出来ない点を上手くついたヴィンセントはクイックシルバーを放つ。
だが、死銃は慌てる素振りなど全く見せなかった。
急に立ち止まり、スナイパーライフルを下に向けた。
ヴィンセントの放った弾丸は死銃の頬を掠めた。
攻撃をすることをやめた死銃は、まるで対話を求めるかのように左手を出してヴィンセントを制止させる。
ヴィンセントは銃を下ろさず
「どういうつもりだ」
「簡単に、言えば、お前を殺しても、意味が、ない」
「だろうな。だが私にはある。お前は殺人者だ。故に、今すぐにこのゲームから退場してもらわねばならないからな」
「·······」
「だが、お前には聞きたいことがある。それを答えるか答えないかで、
「!?」
その提案に、死銃は目を見開いた。
当然だ。殺人者を逃がすと言っているようなものなのだから、正気を疑うくらいだ。
「!?」
岩陰に隠れていたクラウドも同様だった。
二人で一緒に倒すと決めたというのに、アイツは一体何を考えているんだ!?
そう思ったときには、クラウドは岩陰から顔を出し、ヴィンセントに聞こえる声で言う。
「どういうつもりだヴィンセント」
「すまないライトニング·······これが私の仕事なんでな」
「止めないだなんて聞いてないぞ」
「私に託された仕事はセフィロスの探索だ。コイツを倒すことは含まれていない」
ヴィンセントの仕事、それはセフィロスの残滓の探索。それを達成さえすれば自分的にはどうでもいい。そう考えているのだと判断したクラウドは、デュアルウェポンをヴィンセントに向ける。
「正気か」
「いたって正気だ。私はコイツに聞きたいことがある」
「·······タークスとしての、仕事か」
「·······いいや」
両者の距離は三メートル強。完全に互いの間合いの中でヴィンセントは極めて語気を強くして、
「私情だ」
ドン! という壮絶なヴィンセントの足音。
ヴィンセントは一瞬で三メートルの距離を詰める。だが、その足音は地面を踏みつける音ではない。
足。
死銃の足の親指を踏み潰す、壮絶な反則技。
「な·······ッ!?」
足に釘を打ち付けるような壮絶な激痛に死銃は後ろへ下がろうとするが、足は縫い止められている。ガクン、と止まる己の体に、死銃は思わず踏みつけられた自分の足に視線を落とす。
だが、それは致命的な間違い。
真下に落とした死銃の視界の死角になるように、真上からヴィンセントの頭突きが振り下ろされた。その硬い額が、骸骨のマスクを貫いて頭蓋骨のてっぺんを強打する。
ガゴン!! という激突音に死銃の足が崩れそうになる。まるでコンクリートブロックかガラスの灰皿でも思い切り振り下ろされたような衝撃だった。
しかし、ヴィンセントは止まらない。
その右手がようやく動く。大きく外側へ向かうヴィンセントの拳銃を持つ手が、死銃の側頭部を狙うのが辛うじて見えた。ボクシングで言うなら右フック。水平にカーブする軌道で、死銃のこめかみを狙う必殺必中の拳闘技。
足は踏まれて後ろへ下がれない。朦朧とする頭ではあれを見切って避ける事など考えられない。
死銃はスナイパーライフルでとっさに側頭部を守るようにガードして、
シュン! と拳が空振りした。
「?」
一秒にも満たない空白だが、死銃は困惑した。鼻と鼻がぶつかり合うほどの近距離で、拳を外すも何もない。なのに、何故この近距離でヴィンセントは拳を外したんだろう。
いや、違う。
外れたのではなく外したのか。
その答えは一秒も待たずにやって来た。死銃の側頭部を通り越したヴィンセントの拳が、回り込むように死銃の後頭部へ向かったのだ。
ちょうど、首に手を回して抱き締めるように。
後頭部。
空手やボクシングでさえ、後遺症が残る危険があるとして反則技に認定している急所へ。
ドン! という壮絶な銃撃。
「が·······ばぁ、アッ!?」
その瞬間、一撃で死銃の全身から力が消し飛んだ。その体が真下に沈むように崩れ落ちる。さらなるヴィンセントの拳が、偶然にも崩れ落ちた死銃の真上を空振りする。
だが、死銃は何も出来ない。そのチャンスを活かせない。
あまりにも反則的に凶暴な強打のせいで、持ち直すことも出来ずに地面に倒れてしまう。二本の腕が不規則に震えた。
バランス感覚を失ってどの方向へ立ち上がっていいのかもわからず、腹から力を抜くと胃袋の中身が逆流しそうになる。
ヴィンセントは元タークスだ。
任務のためならなんだってする、ヴィンセントの一撃は人体の骨格上必ず生まれる急所の奥深くに鉄の杭を叩き込むようなものだった。
「三秒も保たなかったか」
ヴィンセントはそう言うと、クイックシルバーのスライドを引き、銃口を向けて言う。
「
「ッ!?」
「!?」
どうやらヴィンセントは最初からそのつもりだったらしい。
敵相手に容赦はしない。それがヴィンセントの戦闘スタイルだ。
「·······ぅッ!!」
死銃は、己を見下ろす強大な敵を見上げる。
対して、ヴィンセントは場違いなほどの笑みをもって死銃を見下ろした。
そして、こう質問する。
「セフィロスについて知っていることを話せ、全部」
ヴィンセントがそう聞いても、死銃からの返答はない。
よって、
バン! と。
彼の右足に銃弾を埋め込んだ。
「が·······ぁあッ!!」
「言え、さっさと」
死銃はそれでも必死に立ち上がろうとする。
指一本動かすのがやっとの状況で、それでもなお立ち上がろうとしている。
「俺、は·······」
匍匐前進をするかのように手を伸ばす死銃。
「真なる力で、裁きを─────ッ!!」
「もういい」
そんな死銃に向かって、不意に声がかけられた。
ヴィンセントのものではない。
もっと高く、それでいてどこか可憐で呆れたような声は、
「·······時間の無駄だった·······」
ドン! という銃声が周囲を震わせた。
クラウドの方針に例外はない。無駄だと感じたものは全て排除する。
放たれた弾丸は髑髏を模したゴーグルを貫き、頭蓋骨へ飛び込み、そして死銃の顔面が消失した。
ぼちょり、という生々しい音が地面に落ちる。引きちぎれたパーツは、縁の欠けた丼のように見えた。脳みそを収めただけの、皮膚と髪のついた粗雑な容れ物に。
誰よりも近い距離で、
「·······」
パリィン! と。
死銃の体が四散した。
<><><><><>
一方で。
優勝候補だった闇風を二人の力で倒したシノンとキリコちゃんはというと。
「あの二人は!?」
「今確認するッ!!」
サーチが始まり確認すると、ヴィンセントとライトニングと死銃がいる。
そしてしぱらくすると、一つのマークがゆっくりと消えていった。
それを確認した二人は拳をぶつけ合う。
「やった、のね」
「ああ、ヴィンセント達のお陰だ」
二人は笑いあい、危険は去ったことを喜ぶ。
「この大会に於ける危険はとりあえず去った。死銃が倒された今、君を狙っていた共犯者も消えたはずだ」
「うん」
「だからログアウトしても平気だと思うけど、念のためすぐに警察を呼んだ方がいい」
「でも、一一◯番してなんて説明するの? ゲーム内と外で同時殺人を企んでる人達がいるって言っても絶対に信じてもらえないでしょう?」
シノンのその正確な分析に、キリコちゃんは頷く。
「それもそうだな·······俺の依頼主は公務員だから奴に動いてもらう手もあるけど·······まさかここで君の住所や名前は訊けないし」
「いいわ、教える」
「·······え!?」
あっさりと教えることにしたシノンのその判断力に、キリコちゃんは動揺する。
「いや、普通そこは隠すべきだろ!? リアルのことを打ち明けるなんて、ネットでは危険なことなんだぞ!?」
「だって何だか今更って感じがするもの。私·······昔の事件のことを話したの初めてだったから·······今そいつと戦いたいところだけど、今は身の安全を確保したいしね」
そう言ってシノンはヘカートを肩に掛けると一歩踏み出してキリコちゃんの耳元で誰にも聞こえないボリュームで囁いた。
「湯島!? 驚いたな·······俺がダイブしてるのは千代田区御茶ノ水だ」
「え、ええ!? 目と鼻の先じゃないッ!!」
二人の距離が近かったことに仰天し、思わず叫びそうになったがなんとか堪えた。
「そっか、ならすぐに飛んでいけるな」
「え? こっちに来るの?」
「うん、警察の人と一緒に駆けつけるよ」
「そう·······」
ゲーム内で初めて会った人とリアルで会うなんてことなかったから動揺を隠せないシノンだったが、彼ならば安心だろう。
なにより、
「アンタだったら、信用できるしね」
「そう言ってくれてありがとう、シノン」
さて、本題に戻ろう。
ログアウトの問題だ。今現在はバトルロイヤル中。誰か一人残るまでバトルは続いている。
「俺はもう優勝とかいいから、シノンに譲るよ」
「·······いいえ」
「え?」
「手を出して」
「?」
言われた通りに手を出すキリコちゃん。
そしてシノンはポーチに手をやり取り出したグレネードをキリコちゃんに置くと、シノンは両腕をキリコちゃんの背中に回して強く固定した。
瞬間。
二人のアバターがいた場所が強烈な光に包まれた。
<><><><><>
それをサーチで確認していたヴィンセントとクラウド。
もうやるべき仕事を終えた二人はその場で立ち尽くし、どうしようか考えることになった。
「·······」
クラウドは思考する。
実のところ、勝っても負けても賞品は貰えない。だって別世界に自分達はいるのだから、優勝してもなんの意味もない。
そう考えたクラウドはキリコとシノンがやった同時爆撃を自分達もやろうと提案しようとした。
その時だった。
「すまないな·······クラウド」
「?」
言いながらヴィンセントは、愛機であるクイックシルバーを自分のこめかみに向けて、
「私の仕事はこれで終わりだ」
バン! と。
クラウドが何か思う前に、ヴィンセントは迷わず引き金を引いた。
試合時間、二時間七分十秒。
第三回バレット・オブ・バレッツ本大会バトルロイヤル、終了。
リザルト─────【Lightning】優勝。