「·······うおおぉぉ、落ちたらどうなるんだコレ?」
トンキーの背中から少しだけ上半身を乗り出し、ヨツンヘイム中央にぽっかりと空いた『
クラインのその問いに答えたのは、彼の前にいるリーファだった。
「でもクラインさんだったら高いところから落ちても平気でしょ? なんだったら実験してみれば?」
「別に平気じゃねぇよ!? 何勝手な偏見を押し付けてんだよ!?」
「う~ん、高いところから落ちるならネコ化動物の方が向いてるんじゃないかな」
「·······へぇ? やっぱりキリトは鼻に火矢ぶっこまれたいクチ? だったら喜んでぶち込んであげるけど」
キリトの提案に対して氷点下の寒さを誇るヨツンヘイムにも劣らぬほどの冷たい視線と口調でシノンが言うと、キリトは慌てて頭を下げた。
「め、めめめ、滅相もございませんシノン様!」
「あははは! ウチのパーティーって本当に女尊男卑だよね〜、そう思わないクラウド?」
「·······俺に聞くな」
大笑いするユウキにクラウドは冷たい態度を取った。
さっきからパーティー全体が何かしら割りと絶対零度な感じで冷たいが、本当に攻略できるのだろうか。
そんなやり取りをしている間にも、トンキーは四対八枚の翼を順にゆっくり羽ばたかせ、空中を滑るように飛んでいく。向かう先は空中ダンジョン上部側面にある入り口のテラスだ。
願わくばこのままゆっくり浮遊したまま、なんて全員が思っていたところ、
「みんなー、そろそろ備えた方がいいよー」
リーファが謎の警告だけを残し、トンキーの頭にしがみつく。その動作がわからなかったキリトは首を傾げるが、
「え? 備えるって? もうダンジョン着くのか?」
「·······ッ!! 全員トンキーにしがみつけッ!!」
「「「「「「?」」」」」」」
リーファの警告を聞くなり頭の中で何かを思い出したかのようにクラウドがトンキーの背中の羽毛にしがみついた。
彼とリーファを除く七人は何が起こるのかと互いに視線を合わせ首を傾げていた次の瞬間。
「くおおおおおおーーん!」
「「「「「「「·······へ?」」」」」」」
いきなりトンキーが鳴き声を上げたと思ったら、
ゴオ!! と。
全ての翼を鋭角に畳み、急激なダイブに突入した。
「「うおおおおおおッ!?」」
「ッ!!」
野太い男二名の絶叫に、必死にしがみつくクラウド。
「「「「「いいっ!? いぃぃぃぃぃぃいやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?」」」」」
「いやっほぉぉぉぉおう!!」
と、一人を除いて女性陣は高い悲鳴を上げる。
そのあまりもの風圧に虚を突かれた七人は縋るようにトンキーの背中の毛を掴んだ。キリトの野太い悲鳴と女性陣の甲高い悲鳴が続けざまに上がったが、はしゃぐような声を上げていたのはリーファのみだったのは言うまでもない。
クラインは百メートルを全力で走ったかのような息切れを見せながら言う。
「し、死ぬかと思った·······今までで乗ったどんなアトラクションよりもタチ悪りぃぞ今の!?」
「き、キリトく〜ん! なんで教えてくれなかったの〜!?」
「ご、ごめんアスナ·······俺もすっかり前回来た時のこと忘れてたから」
「あ、やばいッ!! シリカが息してないよッ!?」
「·······ふわぁ~·······」
「きゅるぅ〜」
急降下が終わった時には一行はヨツンヘイムの大穴『ボイド』の南の縁あたりに着いていた。メンバーはそれぞれやつれたような顔を浮かべ、どっと疲れてしまっていた。
急激に受けた重力に耐えた一行は、邪神の背中にべたっと貼り付いていた。唯一無事なのはリーファとクラウドだけだった。
クラウドは以前の出来事を覚えていたのか、トンキーの行動を読んでいた。トンキーが折り畳んでいた翼を広げ、急降下にブレーキを掛けたのだ。少なくとも、荷物である自分達を地面に放り投げる気はないらしい。
全員がほっと息を吐きつつ、Gがかかった体を持ち上げる。
再び緩やかな水平運転へと入ったトンキーの背中から下界を見下ろすと、高度はおよそ五千メートルを切っていた。
そして、下界の様々な部分を全員が見下ろしていると、
「あッ!!」
と、リーファが唐突に鋭い声を上げた。彼女はトンキーの頭の上に立ち、地上の一点を指差すと、悲鳴のような声を上げる。
「お、お兄ちゃん、あれ見てッ!!」
「ん? どうした? ·······ってあれはッ!?」
途端、一行の遠く前方で鋭いライトエフェクトが立て続けに炸裂した。
それは無数のプレイヤーが放った魔法とソードスキルの閃光であり、トンキーと同じ姿をした動物型邪神に襲いかかっていた。
しかし、問題はそれだけには収まらず。
「な、なんで『人型邪神』はプレイヤーに攻撃しないでトンキーの仲間を襲ってんだ?」
『グオォォォォオッ!?』
そう、その側には動物型邪神とは別の四本の力強い腕とその手に巨大な剣を握った人型邪神がいるにも関わらず、その太い腕から振り下ろされる刃は一方的に動物型邪神へと向けられていた。
「ま、まさか·······誰かがあの『人型邪神』をテイムしたっていうの!?」
にわかには信じられないと震えた声で呟いたアスナに対して、ビーストテイマーであるシリカが彼女の疑問を強い口調で否定した。
「そ、そんな! あり得るはずありません! 邪神級モンスターのテイム成功率は最大スキル値に専用装備でフルブーストしても◯パーセントのはずです!」
シリカがそう言うと、今度はクラウドがその光景を見て考察する。
「いや、あれはテイムしてるというよりも、どちらかと言うと便乗してるって感じに見える。四つ腕の巨人が象水母を攻撃してるところに、他のプレイヤーも乗っかって攻撃してるって感じだ。つまりは、『縄張り争い』といったやつか」
「でも、そんなに都合よく『
「確かに、だがあれはどう見ても·······」
人型邪神の行動パターンを眺めてそんな考察を立てたクラウドだったが、その考察を崩すようにシノンがまた新たな疑問を抱いた。
そしてクラウドは一つの答えにたどり着く。
「もしかして、さっき上でアスナが言ってたヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系のクエストってヤツじゃないのか? 人型邪神と協力して動物型邪神を殲滅する·······といった感じの」
「「「「「「「「ッ!!」」」」」」」」
その惨状を見たクラウドの放った答えに残りの八人は揃って目を見開いた後に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
恐らく、そうに違いない。
クエスト進行中ならば特定のモンスターと共闘状態になることはままある。しかし、となればそのクエストの報酬が『聖剣エクスキャリバー』だというのはどういう理屈なのだろう。
あの剣は、人型邪神の本拠地である空中ダンジョンに封印されているのであって、つまりは人型邪神を倒さねば手に入らない代物はずなのに。
「·······こりゃとうとう穏やかな話じゃなくなってきたな。報酬がエクスキャリバーを提示してる時点で、それこそ同じくアスナが言ったようにヨツンヘイム全域がここと同じように殺伐としてるって考えてもおかしくない」
「で、でも待ってよ、お兄ちゃん! 前にエクスキャリバーが奥にあるダンジョンに潜った時は人型邪神がうじゃうじゃいたんだよ!?」
「つまり、エクスキャリバーを入手するには、その道を妨げる人型邪神を避けては通れない·······」
「でも、このクエストは人型邪神と闘うどころか共闘関係にある·······」
「訳が分からないな·······ってッ!?」
各々が現状の考察に思考を巡らせる中、ふと自分の頭上に広がる曇り空を見上げたクラウドが驚嘆の声を上げた。
「え? なに? どうしたのクラウド·······デッ!?」
続いてユウキもクラウドの視線を追いかけるように自分も空を見上げると、言葉を失った。
「なんだよ二人して·······って!?」
「キリト君? ·······えッ!?」
「なんだよ、キリの字もクラウドも空を見上げた途端に黙りやがって·······ってッ!?」
同じく振り向いたクラインの口から反射的に放った言葉は、女性好きの彼の口から出るようなものではなかった。
クラウド達の見上げた視線の先には、水を象徴したような青いローブを着飾り、背中から足元まで揺れる金髪をした、優雅で三メートル以上はあろうかという長大な背丈の美女が佇んでいた。
「「「「「「「「デ·······ッカアッ!?」」」」」」」」
クラウドを除く八人がその姿を目にして驚愕の表情を浮かべる。
無理もないだろう。
トンキーの背中の一番後ろ、誰も座っていない辺りに、なんの脈絡もなく光の粒が音もなく漂ったかと思うと凝縮し、一つの人影が作り出されていった。
それに気付いたクラウドは一番最初に言葉を失くし、唖然としてしまったが、すぐ切り替えるように頭を横に振って背中のアポカリプスへと手を伸ばす。
そして構え、いつでも戦闘を行えるように切っ先をその女性に向ける。
しかし、そんなクラウドに美女は気分を害した様子はなく、静謐な表情のまま唇を開いた。
『私は、《湖の女王》”ウルズ”』
巨大な金髪の美女は、続けてクラウド達にこう呼び掛けた。
『我らが眷属と絆を結びし妖精達よ、そなたらに、私と二人の妹から一つの請願があります。どうかこの国を、【霜の巨人族】の攻撃から守ってほしい』
突如としてクラウド達の前に現れた巨大な美女は、少しエコーがかかったいかにも荘厳な声でそう告げた。
「け、眷属? あ、トンキーのことか?」
「じゃあ、『霜の巨人族』ってのはあの人型邪神のこと?」
「じゃあこの人が言いたいのは要するに、動物型邪神モンスターを人型邪神モンスターから守ってほしいってこと? 今から私達はまた別種のクエストに巻き込まれそうになってるってわけ?」
キリトが眷属のことに気が付くと、アスナがそれに続いて憶測を立てる。そして最後にリズベットがアスナのその憶測を確かなものにするためにまた新たな憶測を立てる。
一行は突然のことに戸惑いながらも一旦はウルズの話を飲み込むと、ウルズは真珠のような輝かしい右手をヨツンヘイムに向けて続けざまに言った。
『かつてこの【ヨツンヘイム】はそなたたちと同じように、世界樹、【イグドラシル】の恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。我々【丘の巨人族】とその眷属たる獣たちが穏やかに暮らしていたのです』
そう淡々と語るウルズの右手の先には、まるでホログラムのように景色が映り始め、昔のヨツンヘイムと思わしき緑に覆われた豊かな大地が映し出されていた。
「ま、マジかよ·······こんな極寒の地下世界がかぁ?」
クラインがそう言うが、ウルズは無視をするように続ける。
『ヨツンヘイムのさらなる下層には氷の国【
「ッ!?」
ウルズが今度は左手を持ち上げる。
再びホログラムのようなスクリーンが映し出され、そこに浮かぶ圧倒的な光景に、クラウド達は声もなく見入った。
巨大な湖、『ウルズの泉』の全面に伸びていた世界樹の根が浮き上がり、天蓋方向へと縮小していく。根の上に築かれていた町々は全てひとたまりもなく崩壊する。
同時にあらゆる木の葉は落ち、草木は枯れ、光は弱くなっていく。
川は凍りつき、霜が降り、吹雪が荒れ狂う。
『ウルズの泉』を満たしていた膨大な水も一瞬の内で凍結し、あまりに巨大な氷の塊となってしまったそれを、世界樹の根が包み込みながら上空へと引き上げていく。湖に生息してした無数の大型モンスター達が氷塊から弾き出され、バラバラと落下していく。その中には、トンキーと同タイプのモンスターも確認できた。
「·······」
そんな中、クラウドは先程の氷の国の名前を聞いてからというもの、どこか上の空だった。
『ニブルヘイム』
それはクラウドにとっての故郷であり、そして今では失われた場所である。
初めて魔晄炉ができた場所で、村の側のニブル山のてっぺんに『魔晄炉』が建っている。中には、宇宙からやって来た災厄、『ジェノバ』が居たり、モンスターが魔晄漬けになってたりと物騒なところであった。
あの時の出来事を思い出し、クラウドの視線はウルズが見せるスクリーンに固定されていた。
それに気付いたユウキがクラウドの腕を掴んで少しだけ揺らすと、
「クラウド大丈夫? さっきからずっと黙ってるけど?」
「·······ああ、いや。なんでもない」
クラウドはまた切り替えるように頭を横に振って話の内容に集中する。
『彼の地を支配する霜の巨人族の王【スリュム】は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛治の神【ヴェルンド】が鍛えた【全ての鉄と木を断つ剣】を、世界の中心たる【ウルズの泉】に投げ入れました』
「全ての鉄と木を断つ剣! それがエクスキャリバーってことだね!」
「まぁ、多分ユウキのその想定で合ってるんだろうけど·······でもどういうこと? 正史だとエクスカリバーはアーサー王に命じられたベディヴィエールが湖に投げ入れたって話なのに·······」
「きっと北欧神話の世界観に合わせて運営側がストーリーをちょこっと弄ってるんだよ」
ウルズの話を聞いてそんな疑問を抱いたシノンに、アスナがそう答えた。
『湖に投げ入れられた剣は世界樹のもっとも大切な根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵を失ってしまいました』
「なるほど·······それでこんなクソ寒い殺風景な土地になっちまったわけだ」
するとウルズは、再び虚空へ左手を差し向けた。
その手の先には再び新しい光景が浮かび上がり、現在の雪原となったヨツンヘイムが映し出され、世界樹と切り離された湖はヨツンヘイム中央の大穴『ボイド』へと様変わりしており、その遥か上空に巨大な逆ピラミッド型の氷塊が浮かび上がっていた。
『王スリュム配下の霜の巨人族は、【ニブルヘイム】から【ヨツンヘイム】へと大挙して攻め込み、多くの砦や城を築いて我々丘の巨人族を捕らえ幽閉しました。王は、かつてウルズの泉だった大氷塊に居城【スリュムヘイム】を築き上げ、この地を支配したのです。私と二人の妹は凍りついたとある泉の底に逃げ延びましたが、最早かつての力は残っていません』
「つまり、俺がリーファと挑んだあのダンジョンは元々はウルズさん達がいた泉で、あのダンジョンがその『スリュムヘイム』なわけか」
『しかし、霜の巨人族はそれだけには飽き足らず、この地にも今生き延びる我らが眷属の獣たちをも皆殺しにしようとしています。そうすれば私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムを上層のアルヴ・ヘイムまで浮かび上がらせることが出来るからです』
「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」
「? どういうことだ?」
ウルズの話を聞き、それが現実となった時を想像するなり、クラウドを除く全員は驚愕のあまり生唾を飲み込んだが、クラウドはその意味が掴めず真顔でそう尋ねた。
その質問に、リーファが答える。
「いい、クラウド? このヨツンヘイムのちょうど真上には『アルンの街』があるんだ」
「·······なるほど、つまり」
リーファの言いたいことがそれだけで掴めたクラウドはほとんど理解し頷くも、リーファは続ける。
「そう、元々はあの氷塊がグレードボイドを開けたんだよ? つまり、あの氷塊がここからさらに浮かび上がってその上にあるものを壊しながら進むとしたら·······」
「
「そういうこと」
リーファの説明を聞いてようやっと話の全容を飲み込んだクラウドは、静かに腕を組むだけだった。まるで興味がないというかのように。
ウルズは話を続ける。
『王スリュムの目的は、そなたらのアルヴ・ヘイムもまた氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢にまで攻め込み、そこに実るという【黄金の果実】を手に入れることなのです』
「ね、ねぇ? これ一介のクエストにしては話が出来すぎてない? 他のクエストの事情まで巻き込んでその上にまた新しい王がどうのこうのって·······挙句の果てにはこれクエに失敗したら事実上アルンが崩壊するってことでしょ?」
「いや、一旦考えるのは後にしようユウキ。まだ話に続きがあるみたいだ」
このクエストの作り込みの深さに何かあるのではと勘ぐったユウキが皆にそう問いたが、ウルズの眉がさらに悲しげにひそめられたのを見たキリトがユウキに手の平をかざして待ったをかけた。
『我が眷属を中々滅せないことに苛立ったスリュムと巨人族の将軍たちはとうとう痺れを切らし、ついにそなたたち妖精の力をも利用し始めました。【エクスキャリバー】を褒美に与えると誘いかけ、眷属を狩りつくさせようとしているのです』
「それが例の出回り始めたクエストで間違いなさそうですね」
「きゅる!」
シリカがそう言うと、ピナがそれに応えるように鳴き声を上げる。
『しかし、スリュムがかの剣を余人に与えるなどあり得ません。スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われる時、再びイグドラシルの恩寵は戻り、あの氷の居城は溶け落ちてしまうのですから』
「えっ!? じゃ、じゃあエクスキャリバーが報酬ってのは全部嘘ってこと!? そんなクエストありぃッ!?」
リズベットが素っ頓狂な声をあげ、ウルズはそれにコクリと静かに頷くと、それに応えるべくもう一度その口を開いた。
『おそらく、鍛治の神ヴェルンドがかの剣を鍛えた時、槌を一回打ち損じたために投げ捨てた見た目はエクスキャリバーと似通った『偽剣カリバーン』を妖精に与えるつもりでしょう。それも充分に強力な剣ですが、それはエクスキャリバーとは別の、真の力を持たない剣です』
「そ、それじゃ本当にインチキじゃねぇか!!」
『その狡さこそがスリュムのもっとも強力な武器なのです。しかし彼は、我が眷属を滅ぼすのに焦るあまり一つの過ちを犯しました。配下の巨人のほとんどを、巧言によって集めた妖精の戦士たちに強力させるため、スリュムヘイムから地上に降ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど軽薄になっています』
「なるほど! それならなんとかいけるかもしれない!」
ウルズのその言葉を聞いたキリトは自らの手の平と拳を打ち合わせ、その口角を少しだけ緩ませた
『妖精達よ、どうかお願いします。彼のスリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを【要の台座】より引き抜いて下さい』
<><><><><>
「正直、もうこれは只事じゃないね」
「ああ、街一つ崩壊するなんてこと、普通のクエストにしては大がかりすぎる」
ウルズから提示されたクエストをキリトが承認すると、トンキーはスリュムヘイムへと向かって上昇を始め、その背中に乗りながらユウキはそう言って話を切り出した。
クラウドがそれに頷き、キリトもまた頷いた。
「そうだな·······さっきユウキとクラウドが言ってたように普通のクエストにしては話がどうにも大がかりすぎるというか·······それに動物型邪神を殲滅したら今度は地上まで占領するって言ってたよな?」
「·······言っていたな」
「でも、運営側がなんのアップデートもイベント告知もなしにここまでするかな? 他のMMOでも『街をボスが襲撃するイベント』はあるけど、最低でも一週間前には告知があるはず·······」
顎に手を当てながらそう語ったアスナだったが、彼女の肩にいるユイが突然浮かび上がり、何やらバツの悪そうな顔で口を開いた。
「あの、皆さん·······これは百パーセントの確度はない推測の話なんですが…」
「遠慮せずに言ってくれ。お前の言うことはチャドリーよりも信用できて、間違ってることなんてほとんどないんだからな」
クラウドがユイにそう優しく諭すと、ユイは一度静かに頷いて自分の言う推測の話を始めた。
「·······この新生ALOには、『カーディナル・システム』が採用されているのは皆さんもご存知だと思います。しかし、『新生ALO』が『旧ALO』と異なる点はそのカーディナルが旧ALOで採用されていた機能縮小版ではなく、『ソードアート・オンライン』で使われていたフルスペック版の複製だという点です」
「へえ。でも、そのカーディナルがなんの問題になるのユイちゃん?」
ユウキがそう尋ねると、ユイは目を瞑って、
「今回問題にすべきなのは、『クエスト自動生成機能』です。ネットワークを介して世界各地の伝説や伝承を収集し、それらの固有名詞やストーリー・パターンを利用、翻案してクエストを無限にジェネレートする機能がカーディナルには備わっているんです」
「へぇ、ってことは俺たちが散々アインクラッドでパシらされたあのクエは全部コンピュータが自動的に作ってたってことか·······」
「なるほどねぇ、妙に多すぎると思ったのよ。七十五層時点で情報屋のクエスト・データベースに載ってるだけでも一万件は軽く超えてたもの」
キリトとアスナがようやく理解する。
当時ギルド運営資金を稼ぐためにかなり真面目にクエストを受けていたKoB副団長を務めていたアスナはぷるぷると首を振る。
するとリズベットが遠い目をして呟いた。
「それに話が時々妙にちくりんだったのよねぇ·······三十何層だったかしら、変なマスクをつけてノコギリを持ったオーガを倒すクエがあってさ、殺しても殺しても翌週にはまた掲示板に出てんのよ、全くなんの伝説を元にしたんだか·······」
そういうことならキリトにも山ほど思い当たる記憶があるが、このままでは氷のピラミッドにつくまで延々と旧アインクラッドの愚痴を吐き続けることになりそうなので、話の軌道を元に戻す。
「まぁつまるところ、今回のクエストもまたカーディナルが自動生成したクエストってことなのかユイ?」
「先ほどのNPCの挙動からして、その可能性が非常に高いですパパ。もしかしたら、運営側から何らかの操作によって、今まで停止していた自動クエスト・ジェネレータが起動したのかもしれません。だとすれば、ストーリーの展開のいかんでは、行き着くところまで行き着く可能性もあり得ます」
「行き着くところって·······アルンの崩壊のその先ってことだよね·······?」
ウルズの話で語られていたその全貌を想像し、囁くような声で聞いたリーファにユイは静かに頷き、何かを怖れるような顔で語り始めた
「·······私がアーカイブしているデータによれば、当該クエスト及びALOそのものの原形となっている北欧神話には、いわゆる『最終戦争』も含まれているんです。ヨツンヘイムやニブルヘイムから霜の巨人族が侵攻してくるだけでなく、更にその下層にある『ムスプルヘイム』という灼熱の世界から『炎の巨人族』までもが現れ、世界樹を焼き尽くす·······という·······」
「·······『
昔話や神話などが好きで、現実世界の自室にその手の本を貯蔵しているリーファが北欧神話で語り継がれる最終戦争の名をぽつりと呟いた。
そしてその直後に強い口調で続けざまに言った。
「でも! そんな·······! 幾らなんでもゲームシステムが自分の管理してるマップを丸ごと崩壊させるようなマネ出来るはずが·······ッ!!」
大いにごもっともな話だ。しかしユイは静かに首を横に振る。
「それが出来るんです。オリジナルのカーディナル・システムには、ワールドマップを全て破壊し尽くす権限があるんです。なぜなら、大元のカーディナルが担っていた最後の役目は、『浮遊城アインクラッド』を崩壊させることだったんですから·······」
「「·······」」
ユイのその言葉を聞いて、七十五層を生き延びてその最後の光景を目の当たりにしたキリト、アスナの二人はその時を彷彿とさせたような暗い表情を浮かべていた
「·······もし仮に、その『ラグナロク』が起こったとして、運営側の意図せざる結果ならデータの巻き戻しは可能なんじゃないの?」
SAOの話に関しては何が何やらと思い口を閉ざしていたシノンだったが、そう思い至ったままに口を開いた。当然の処置といえば当然の処置といえるシノンの意見だったが、あろうことかユイはその問いにすら首を振った。
「運営サイドが、手動でバックアップデータを取り、物理的に分割されたメディアに保管していれば可能です。ですがカーディナルの自動バックアップ機能を利用していた場合は、設定次第では巻き戻せるのはプレイヤーデータだけでフィールドは含まれないかもしれないんです······」
「「「「「「「「「·······」」」」」」」」」
一行は自分たちが事態の重大さを思い知り、二秒ほど沈黙し、クラウドはその間に内心でかつてキリト達と共に激闘を繰り広げた『銀髪の剣士』を思い浮かべ、ため息を吐いた。
すると、お目当ての氷の逆ピラミッドは目前へと迫っており、トンキーはその入り口でホバリングし、一行の出発を促した。
「·······こうなったらやるしかないよ、お兄ちゃん」
内に秘めた決意を露わにしたリーファの胸元には大きなメダリオンが輝いていた。
『湖の女王ウルズ』より託されたそのメダリオンにはめ込まれた石は、すでに六割以上が光を失っており、闇に沈んでいた。
この石が全て闇に呑まれた時、ヨツンヘイムの動物型邪神は全て狩り尽くされたことを意味し、ウルズの力が失われ、スリュムヘイムがアルヴ・ヘイムへと侵攻を始めてしまうのだ。
キリトは頷き、ウィンドウを開くと、装備フィギュアを短く操作した。
背中に吊った、リズベットから受け取ったロングソードと交差して、過日に新アインクラッド十五層のボスからドロップした剣が背中に出現する。
二刀流スタイルになったキリトはみんなを見て強く頷きながら、
「·······そうだな、元々今日はエクスキャリバーを取りに来たんだ。クエストクリアをしなきゃ何も始まらない! 城の護りも手薄になってるんなら願ったり叶ったりだ! ついでにこの世界も救っちまおうぜみんな!」
「「「「「「「おおーっ!!!」」」」」」」
「·······」
みんなが唱和する中、ついていけてなかったクラウドだけはそれに参加しなかった。
それを見たユウキが一言。
「どうしたのクラウド!? クラウドもほら!!」
ユウキに促されて、クラウドは半強制的に腕を上に上げられ、『オー·······』と静かに呟いた。
一行はトンキーから氷のテラスに飛び移り、リーファがトンキーの大きな耳を撫でながら言った。
「待っててねトンキー。絶対にあなたの国を取り戻してあげるからね!!」
振り向き、腰から緩く湾曲した長刀を抜くところを見た全員が、各々の得物を抜き放った。
前衛にキリトにユウキとクライン、それにクラウド。中衛にはリーファ、リズ、シリカ。後衛にアスナとシノンというフォーメーションを組むと、キリトは一つの剣を天に掲げると大声でみんなに聞こえる声で言った。
「行こうぜ、みんな!!」
「「「「「「「「おおー!」」」」」」」」
そして一行は氷の床を蹴り飛ばして、巨城『スリュムヘイム』へと足を踏み入れた。