『妖精達よ、見事に成し遂げてくれましたね』
クラウド達は顔をはっと正面に向ける。トンキーの大きな頭の向こうに、金色の光に包まれた人影が陽炎のように浮いていた。
まだ一日も経っていないのに、一週間ぶりに出会ったような錯覚を覚える一行は、今回のクエストの依頼主である身の丈三メートルの金髪美女『湖の女王ウルズ』と再び再会した。
前回はどこかおぼろげに透き通っていて実体を隠していたが、スリュムの手から逃れる必要性がなくなったため本当の姿を現した。
不思議な青緑色の瞳を穏やかに細め、ウルズは再び唇を開いた。
『【全ての鉄と木を斬る剣】エクスキャリバーが取り除かれたことにより、イグドラシルから断たれた『霊根』は母のもとに還りました。樹の恩寵は再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全て、そなた達のお陰です』
「いや·······そんな。スリュムは、ギルガメッシュの助けがなかったら到底倒せなかったと思うし·······」
キリトの言葉に、ウルズは眉を顰めた。
『ギルガメッシュ·······かの英雄王の名を冠した者の気配は私も感じておりましたが、気をつけなさい、妖精達よ。彼は言葉通り、
「あの·······私てっきりフレイヤさんの正体は雷神トールだと思っていたんですけど、なんでメソポタミア神話に出てくる英雄王だったんでしょうか? それも日本昔話の平家物語に出てくる弁慶のような格好で·······?」
トンキーの仲間達を救って涙を流していたリーファが目をごしごしと拭ってからそう訊ねた。しかしその曖昧な質問は、カーディナルの自動応答エンジンには認識されなかったのか、ウルズは無言のままわずかに高度を上げた。
『─────私の妹達からも、そなたらに礼があるようです』
そんな言葉と共に、ウルズの右側が陽炎のように揺れ、人影が一つ現れた。慎重は姉のウルズよりも小さく、と言ってもクラウド達からしたら充分でかいが、違う部分が多々あった。まず、髪色はウルズと同じく金髪だが、こちらも少し短く、長衣の色は深い青。顔つきは、姉が『高貴』だとするならば妹の方は『優美』と表現すべきか。
『私の名は“ベルザンディ”。ありがとう、妖精の剣士達よ。もう一度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて·······夢のようです』
スイートボイスでそう囁かれると、ベルザンディはふわりとしなやかな右手を振った。その直後、クラウド達の目の前にアイテムだのユルド通貨だのが雨のように降りだし、ストレージに勝手に納まっていく。
そして、ウルズの左側。そこからつむじ風が巻き起こり、三人目の姉妹が登場した。
可憐な彼女達とは違って鎧兜姿をした勇ましい顔が特徴的だった。そして、もう一つ驚くべきところが、三人目の妹は自分達と同じくらいのサイズだったのだ。
その姿を見て、クラインが喉の奥で唾を思いっきり呑み込んだ音が聞こえてきた。
『我が名は“スクルド”!! 礼を言おう、勇敢なる戦士達よ!!』
凛と張った声で短く叫び、スクルドもまたベルザンディと同じように大きく手をかざした。そして再度降り始める報酬の雨。メッセージエリアにはついに許容量の限界を知らせる通知がやって来る。
妹二人が左右に退くと、もう一度ウルズが歩み出た。これで彼女も妹達と同じく大量の報酬を与えたら、間違いなく許容量は超えて、アイテムが勝手にオブジェクト化し、トンキーの背中に積み上がってしまうだろう。
しかし、ウルズは微かに微笑んで、クラウドを見ながら口を開いた。
『私からは、その聖剣を授けましょう。しかし、ゆめゆめ【ウルズの泉】には投げ込まぬように』
「·······わかった」
簡単に返事をすると、肩に背負っていたエクスキャリバーがすっとその姿を消した。クラウドのストレージに格納されたのだ。
キリトはそれを羨ましそうに見てきていたが、それに気付いたクラウドは一言言う。
「前回約束した報酬の額を払えばエクスキャリバーを譲ってやる」
「わ、わかってるよ」
どこまでも何でも屋としてのプライドを持つクラウドはそこだけは絶対譲らない。
すると、三人の乙女達はふわりと距離を取り、声を揃えて言った。
『『『ありがとう、妖精達。また会いましょう』』』
それと同時に、視界中央に凝ったフォントによるシステムメッセージ、クエストクリアを告げる一文が現れると、三人は身を翻し、飛び去ろうとした。
その直前。
トンキーの頭の上をどたたっと飛び出たクラインが叫んだ。
「す、すすす、スクルドさん! 連絡先をぉぉぉおッ!!」
「「「「「「「「·······」」」」」」」」
全員が全員クラインを白い目で見つめ、はぁ、とため息をついた。
しかし、クラインの言葉が届いたのか、姉二人はその姿を消してしまったというのに、末妹のスクルドはくるりと振り向くと、まるで感情があるかのように面白がる表情を作り、もう一度小さく手を振った。すると、何かきらきらしたものが宙を流れ、クラインの手にすぽりと飛び込んだ。
直後、今度こそ末妹はその姿を虚空へと消し去り、あとは沈黙と微風だけが残された。
そして、クラインの勇敢な告白にリズベットが小刻みに首を振りながら囁いた。
「クライン。あたし今、アンタのことを心から尊敬してる」
満場一致で全員が共感した。
ともあれ、
二◯二五年十二月二十八日の朝に突発的に始まった聖剣を巡るクラウド達の冒険は、こうして幕を閉じた。
<><><><><>
翌日。
ALO内に新たにオープンした『セブンスヘブン』にて。
「みんな、クエストお疲れ様。今日は私の奢りよ!!」
と、スプリガンの女性が言った。
彼女の名はティファ。
クラウドの幼馴染みで、現実世界でも店を開いている。余談だが、ティファはクラウドよりも一つ下の歳だ。
彼女はALOでも店を開きたいと思い、コツコツとお金を貯めていたのだが、昨日のウルズ達からの報酬とキリトからの報酬によって得たお金をクラウドはティファへと全額寄付し、ティファは念願の店を開くことができたのだ。
そして。
みんなでそこで忘年会をやろうということになり、キリト達が初めてのお客さんだった。
キリト、アスナ、ユウキ、リーファ、シリカ、リズベット、シノン、クライン、エギル·······そしてクラウドが集まり、料理と飲み物をみんなで協力してテーブルに並べていっている。
そして最後に、ティファ特製のスペアリブの大皿が出てくると、全員で店主に拍手をした。
最後の料理を出しきったティファもエプロンを脱いで席につき、ノンアルコールとシャンパンやカクテルがグラスに注がれ、キリトが代表してマイクを持って言う。
「祝、『聖剣エクスキャリバー』と、ついでにティファの店が開店したのを祝って────乾杯!!」
「「「「「「「「「「乾杯ッ!!」」」」」」」」」」
キリトの言葉を音頭に、全員が大きく唱和した。
<><><><><>
「それにしても、さ」
「ん? どうしたのシノのん?」
シノンがそう呟いたのは、一時間半をかけてテーブルのご馳走があらかた片付いた頃だった。
「どうして『エクスキャリバー』なの?」
「へ、どうしてって?」
シノンの質問の意味が分からず小首を傾げながら聞いたキリトに対し、シノンはケーキを食べ進めるフォークを器用にくるくると回しながら補足して質問し直した。
「普通は·······っていうか大抵のファンタジー小説とかマンガなら表記は『カリバー』でしょ。『エクスカリバー』。あの弁慶みたいな格好をした人もエクスカリバーを求めてやって来たみたいなこと言ってたし······クラウドはどう思う?」
「興味ないね」
「もう! クラウド! 話題を振られたらちゃんと喋らないと!! そんなことだと友達ができないよ!!」
「ユウキの言う通りだよクラウド。もっと愛想よくしなきゃ」
「·······はい」
シノンの質問に本当に興味がなかったクラウドはついいつもの癖で冷たい態度で一蹴してしまったが、ユウキとティファがそれについて指摘してきた。
「まぁその話は一旦置いといて。シノのんってその手の小説をよく読んだりするの?」
「ちゅ、中学の時は図書室のヌシだったから。アーサー王伝説の本も大体は制覇したかなぁ·······」
セブンスヘブン名物である『コスモキャニオン』の注がれたグラスを弄びながらアスナがそう聞くと、シノンは恥ずかしげに頬を掻きながらそう答えた。
「それに、『キャリバー』って聞くと私には別の意味に聞こえちゃうし」
「へぇ、別の意味って?」
「銃の口径のことを英語でキャリバーって言うのよ。例えば私のヘカートIIは五◯口径だから『フィフティ・キャリバー』。まぁ英字の綴りとかは違うだろうけどね」
「へぇ〜·······五◯口径ってのは大きさ的にはそれなりに大きいの?」
「まあ、な。一般的な拳銃の口径の大半は三十八ミリ口径だからヘカートは中々デカイ方だ。その分威力も折り紙付きだ」
「クラウド·······よく知ってるわね」
「昔、剣じゃなく銃を使ってた時期があったからな、その辺の知識は少しだけだがある」
「ほげー、やっぱGGOプレイヤーはその辺の知識がちげーなおい。俺にはさっぱり分かんねーわ」
シノンの説明を聞いたアスナの疑問に対し、昔一般兵だったクラウドが丁寧な説明で答えると、クラインがあんぐりと口を開けて言った。
「後はそこから転じて『人の器』って意味もあるの。『a man of high caliber』で『器の大きい人』なんて言ったりもする。まぁ元のエクスカリバーを持ってたアーサー王も器の大きい人だったから、エクスキャリバーでもあながち間違いじゃないのかもね」
「へぇ〜、覚えておこっと」
「多分テストには出ないと思うけどね」
シノンの説明に唸るほど興味を引かれたリーファは感心しながら言ったが、シノンはそんなリーファを見て笑いながらそう言った。
「ってーことはつまり? エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないとダメってことよね。そりゃーそんだけの人なら極寒の大地を歩いて超極悪難易度のクエストを遣って退けた、あたし達に労いの意味もこめてご飯の一回や二回奢ってくれるわよね〜?」
「ウ·······ッ!!」
「「「「「じぃぃぃぃぃい·······」」」」」
テーブルの端の方に座るリズが悪戯っぽく笑いながら言うと、キリトに今回のパーティーのお代を期待するような視線が向けられ、キリトは数秒視線をあちこちに泳がせた後に口を開いた。
「いや、実際のところ今現在のエクスキャリバーの所有者はクラウドだし。奢るなら·······クラウドが奢るべきだよな」
「·······なんだって?」
「じ、冗談だって」
「ほら、キリトもクラウドも喧嘩しない」
「喧嘩じゃない」
ティファが追加の料理を持ってくると、鋭い眼光をキリトにぶつけてるのを見て、クラウドを鎮めるように優しげな口調で言う。
「それに言ったでしょ? 今日は私の奢りだって。だからほら、追加の料理を運ぶの手伝って。パーっと楽しみましょ!!」
「うおおおお! ティファ様、ありがとうございますッ!!」
途端、四方から盛大な拍手とクラインの口笛が響いた。
「·······」
それを見ながらクラウドはグラスに入ったカクテルを飲み干し、追加で運ばれてきた料理へと手を伸ばした。