第1章
「はあッ!!」
「ッ!!」
キリトがクラウドに向かって吼えた。勝つために持てる力を振り絞る。前足を使って、クラウドを薙ぎ払おうとしてきた。鋭い片手剣の軌跡が大気を切り裂く。
クラウドはそれを見切り、少しずつバックステップを繰り返す。
キリトがソードスキルをして硬直するのを見計らって、アポカリプスを振る準備を整えている。
一撃、二撃、三撃──────キリトの武器が空を斬る。
「フッ!!」
三撃目が空振りした瞬間、クラウドは逆に前へと脚を踏み込む。
キリトのシステム外スキルのスキルコネクトが放たれるのは三度まで。これまでの経験からもたらされた、的確な反撃行動だった。
ガキン! と。
弾かれたキリトの剣から火花が飛び散る。
「ッ!?」
「こっちの番だ!!」
叫んだ時にはクラウドは既に動いていた。疲れを知らぬ風のような動きで岩場を駆け回り、アポカリプスで的確にキリトの背後に回り斬りつける。
「くっ!!」
キリトとて負けてはいられなかった。クラウドから譲り受けた『エクスキャリバー』を握り締め、クラウドを牽制しつつ背後に回る機会を伺う。
(負けられないッ!!)
キリトは無意識のうちに心の中で呟いていた。冷静さを取り戻すための呼吸法。どんな事態でも動揺しない、そんな存在になりたいという願いを込めて心の中で叫ぶ。
雑念が消え、戦うことだけに精神が集中していく。最初にクラウドに勝負をしてほしいとお願いをしたときはそんなことを思い付く余裕もないほど焦燥感でいっぱいであったが、今は違った。
戦うのが純粋に楽しかった。
「まだまだこれからだぜクラウドッ!!」
「········フッ」
その言葉にクラウドは笑い、アポカリプスを持ちながら走り出す。
クラウドなりの冷静の取り戻し方だ。心が研ぎ澄まされていくにつれ、疲労していたはずの体が再び軽さを取り戻す。
「ハァァァァアッ!!」
クラウドはアポカリプスを握り締め、地を這うような叫びと共に力強く大地を踏み締めると、掲げた両腕を振り下ろしつつ飛びかかってきた。
キリトは動きを読んでいた。
跳躍してくるのを見澄まして体を捻る。クラウドがアポカリプスを振り下ろした時にはその脇腹に潜り込み、エクスキャリバーを突き立てていた。
「正面からは立ち向かわない」
脚を止めずに側面から背後に回り込む。躊躇いのない動きにクラウドは数瞬遅れを取ったが、すぐに振り返ってアポカリプスで弾き返す。
一撃、二撃、三撃。
心の中で数えながら、両者共々決して引き時を誤らない。
「悪いが」
「ッ!?」
「負けるわけにはいかない!!」
クラウドのアポカリプスが炸裂する。剣を振ることに精神を集中させていたキリトは不意を突かれ、体をくの字にして弾き飛ばされる。
それを追いかけるように、クラウドは空を飛んでるんじゃないかというくらいの跳躍で距離を縮める。
雑念を振り払い、必ず勝つという気持ちをアポカリプスの刃に乗り移らせて斬り込んでいく。
斬る、斬る、斬る。
切れ味が鈍っても止まらずに、体ごとぶつけるようにアポカリプスを叩きつける。限界を超えてまでも、大剣を振るい続ける。
クラウドの感情が勝るか。
キリトの生への執念が上回るか。
果てしない我慢比べが続くかと思われたその時。
クラウドの武器はキリトの首元で停止した。
キリトは自分のゲージを見ると、もうあと一撃でやられる寸前だった。赤くなったHPゲージを見て、キリトはため息をついた。
「また負けたか」
今回の勝負も負けた。
キリトは潔く降参と囁き、デュエルを終わらせる。
クラウドは勝利したことを確認すると、アポカリプスを三回ほど回し、背中に納めた。キリトも汗で滑るエクスキャリバーを背中に納めると、頭をポリポリと掻きながらクラウドに近付いていく。
「さすが、元ソルジャーなだけはあるな」
「自称、な」
何故キリトとクラウドは戦っていたのか。それは先日手に入れた『聖剣エクスキャリバー』を使い慣らせるためだ。
キリトは一刻も早くエクスキャリバーを使用できるようにステータス上げをし、そして、クラウドに充分なほどの報酬を与えたことによってエクスキャリバーの所有権はキリトに移ったのである。
折角の
そして今日、そのエクスキャリバーの性能を試すためにクラウドに報酬を払って一緒にデュエルをしてほしいと依頼した。
よってクラウド達は広いところで勝負をし、
「まだまだ踏み込みが甘いな、それなりに振るえる程度までスキルをアップさせたみたいだが、まだ足りない」
「ああ、俺もそう思ってるよ。だからこそ、早く使いこなせるように努力してるんだ」
「あまり無理をしすぎるな。酷使しすぎて脳に障害を与えたら大変なことになる」
「わかってるよ。だから今日の修行という試合はおしまい。付き合ってくれてありがとな、クラウド」
こうして二人の修行は終わり、ログアウトをするためにキリトのホームへと帰ろうとした、その時だった。
「あれ? クラウドにキリトじゃん!!」
元気な声が耳に届いた。
その声の主に振り返ると、そこには長い紫色の髪を伸ばしたユウキがいた。
ユウキは二人の存在に気付くと駆け足で近寄ってきて、にっこり笑顔を見せつけてきた。
「二人で何してたの?」
「ああ、前に手に入れたエクスキャリバーを性能を試すためにクラウドに手伝ってもらってたんだ·······負けちゃったけどな」
「へぇ~そうなんだ! でも
「キリトがまだ
「謙遜しなくていいよクラウド。俺はお前よりは弱いって思ってるから」
「謙遜じゃない、事実を述べただけだ」
そう言ってプイッと顔を横に向ける。
それを見たユウキが何故か目を輝かせて、クラウドの腕を掴んでこう言った。
「だったらさ、ボクとも模擬戦しない!?」
「え?」
「実は最近、自分だけの『オリジナル・ソードスキル』を作ってみたんだ! それを試してみたいから付き合ってよ!!」
『オリジナル・ソードスキル』
その名の通り、『独自の剣技』である。動き全てがあらかじめ設定されている剣技ではなく、プレイヤーが自らが編み出し、登録することのできるソードスキル。
これが導入され直後、多くのプレイヤー達は、ド派手でカッコいい自分だけの必殺技を手に入れようと街中やフィールドで我先にと得物を構えた。
そして。
一様に深い挫折を味わった。
『オリジナル・ソードスキル』、略して『OSS』の登録手順は非常に単純だ。
まずウィンドウを開き、OSSタブに移動して、剣技記録モードに入って記録開始ボタンを押す。その後、心の赴くままに武器を振り回し、技が終わった時点で記録終了ボタンを押す。
たったそれだけなのに、非常に厳しい条件をクリアする必要があった。
斬撃と刺突の単発技はほぼ全てのバリエーションが既存の剣技として登録されている。故に、OSSを編み出そうと思ったら、それは必然的に連続技とならざるを得ない。しかし一連の動きに於いて、重心移動や攻撃軌道、その他もろもろに無理がわずかにもあってはならず、また全体のスピードは完成度ソードスキルに迫るものではなくてはならない。
説明だけ聞けば自分で連撃を考えるのなんて簡単だろう、と思われがちだが、これがそうもいかなかった。既存のソードスキルに勝るとも劣らないものを完成させなくてはいけない上に、その一連の動きに無理が生じてはいけないのだ。つまり本来システムアシストなしには実現不可能な連続技をシステムアシストなしで一から実行していくのだから、それは当然骨が折れる。だからこそクラウドはユウキの口から飛び出したオリジナル・ソードスキルを編み出したということに素直に驚いた。
すぐクラウドの隣にいたキリトはユウキにその事について問う。
「作ったのか? あんなに厳しい条件をクリアして?」
「まあね。確かに気が遠くなるほどの回数の反復練習に耐えきれなくて一瞬だけ心が折れかけたけど、でも、全プレイヤー達に勝ちたいと思ったらあっという間にできちゃった!!」
「そうなのか·······ちなみに何連撃のソードスキルなんだ?」
そうキリトが訊ねると、ユウキはふふんと鼻を鳴らして胸を張り、右手でピースポーズを取り自慢するように告げる。
「聞いたら驚くよ、なんとびっくり『十一連撃』のソードスキルを編み出しちゃった!!」
「じゅ、十一ッ!?」
「·······そうなのか」
「えへへ、クラウドのオリジナル・ソードスキル『クライムハザード』を超えちゃったね! ·······と言ってもモンスターにも他のプレイヤーにも、まだ誰にも使ってないから威力はまだ弱いし、名前もまだ決めてないけど」
「·······」
キリトはユウキの連撃数を聞いて目を見開いたが、クラウドは平常心で聞いていた。
OSSというものは、対プレイヤーはもちろん、対モンスターとの戦いでも絶大な効果を発揮する。現在知られている中でももっとも強力なOSSは、サラマンダー将軍のユージーン将軍が編み出した『ヴォルカニック・ブレイザー』と、クラウドの『クライムハザード』の八連撃であるが、二人は金に困ってないから誰にも伝授させていない。
だが今はそれよりも、そのユウキが編み出したオリジナル・ソードスキルに純粋に興味があったクラウドはウィンドウを操作し、ユウキにデュエルを申し込む。
『初撃決着モード』
勝利条件は『初めの一撃』を相手にヒットさせること。又は初撃が当たらなかった場合、その後相手のHPを先に半減させたほうが勝ちとなる。
「悪いがこの後仕事が入ってるんだ。だから初撃決着モードで戦わせてくれ」
「うんわかった! それじゃあ地上戦でいいかな? ジャンプはありだけど、翅を使うのはなしね!」
ユウキは即座に応じると、クラウドからのデュエル申請に◯ボタンを押す。
十秒のカウントダウンが始まると同時に、ユウキは腰に下げていたマクアフィテルを抜く。クラウドも背中に背負っていたアポカリプスを構える。
ユウキは片手剣を中段に構え、自然な半身の姿勢を取った。
対してクラウドはいつも通り右手と左手の両手で剣の柄を握り締め、左足を後ろに、右足を前に出して構える。
「そういえば、クラウドと戦うのはこれで二度目だね」
「ああ·······そうだったな」
「今度は負けないよクラウド。ボクはもうあの時とは違うんだ」
両者がそう会話すると、進行していたカウントがゼロになった。
『DUEL』の文字が表示されると同時に、二人はほぼ同時に全力で地を蹴った。
<><><><><>
クラウドとユウキの視線が交わし合う。
お互い一目見たら忘れられない姿をしているが、何よりも特徴的なのは戦闘スタイルだ。クラウドは大剣をまるで片手剣のように軽々と振り回せる。対してユウキはクラウドに負けず劣らずの素早さで、更には得物もクラウドのものよりは軽いので隙を見つけたら即そこに突き刺せる。
目の前にいる相手は、お互いに一筋縄ではいかない。
ユウキは速やかに策を変えて、相手に向けて走り込んでいく。クラウドと一度対決したときにわかったことがあるので、正面からの突撃は避けるべきだと判断した。
しかも今はクラウドは顎を引いている状態だ。油断をしていないという証拠だ。
そのためユウキは右側面から駆け込んだ。マクアフィテルで突進斬り上げを敢行。
しかしクラウドは体を横に捻りつつ、回転斬りを放ってユウキに斬りかかる。
「はあ!」
しかしユウキはそれを事前に予測して、マクアフィテルを盾にしガードしながら後退する。クラウドのアポカリプスの鋭牙が風を切り裂きながらマクアフィテルの表面をかすめてユウキの目の前を通りすぎていく。
「くっ!!」
クラウドのアポカリプスが通過した直後のタイミングを見澄まして、ユウキは反撃に移る。
「やあッ!!」
ユウキがこの試合で初めての凛とした気合いを発する。直後、恐らく硬直中でなくとも回避は難しかったであろうスピードの直突きが、クラウドの左肩を捉えた。そのまま斜め右下へと呼吸すらも忘れる五連撃。
クラウドはそれらを防いでなんとかやり過ごすが、すぐに気付く。
(これがユウキの言っていたOSSか)
クラウドは油断せずに防御の構えを取ったままユウキのOSSの衝撃に備える。ユウキの剣が鮮やかなライトエフェクトを失わぬまま今度は左上に構えられた。
五発で終わりではない。まだその先がある。それに気付いていたクラウドは、防御に集中した。大剣は文字通り大きく、刀身も太い。故にユウキの細い剣はクラウドに当たりにくい。
そして最後、驚異的な十一連撃がクラウドのアポカリプスに突き刺さる。その衝撃は凄まじいもので、クラウドは思わず後ろへと吹き飛ばされそうになる。
「いい技だ·······だがッ!!」
そう称賛するも、クラウドは負けるわけにはいかない。クラウドにだってプライドがあるのだ。よってクラウドはソードスキルを放ったことによる硬直を狙って、ユウキの腹部へと磨き抜かれた刃を食い込ませる。
「ハァァァァアッ!!」
「ッ!?」
力強い手応えを全身に感じる。
アポカリプスの持っている攻撃力がユウキの防具に当たり、ゲージを一撃で半分まで減らされた。その間、アポカリプスの刃は眩いばかりの青白い火花を放っていた。
《Yuuki》VS《Cloud》
出現したシステムウィンドウが勝利を示したのはクラウドの方だった。
ユウキは空中へと吹き飛ばされ数秒経って地面に落ちてきた。クラウドはユウキの側まで近付き、片膝を着いて手を差しのべる。
ユウキはハハハッ、と乾いた笑みを浮かべクラウドの手を握る。
「やっぱり強いね、クラウドは。あっという間に勝負がついちゃった」
「ユウキも充分強かった。あのOSSは間違いなく他のプレイヤーを圧倒するだろう。それほどの価値のある剣技だった」
「結構本気でやったんだけどな·······」
「だからこっちも本気で応えた。少しでも油断していたら、負けていたのは俺の方だ」
そう言ってユウキを立たせるクラウドは、アポカリプスを背中へと納める。ユウキもちょっとだけ肩を落としながらマクアフィテルを腰にある鞘へと納め、そしてクラウドの目を見て真っ直ぐに告げる。
「次戦う時は負けないよクラウド!! ボクはこのOSSをもっと鍛え上げて、もっともっと強くなって、最後にはクラウドに勝ってみせるから!!」
「ああ、期待している」
「それじゃ、またねクラウド!! キリト!!」
そう言って立ち去っていくユウキ。
二人はその背中を見送ると、それぞれのホームへと帰ってログアウトした。
その数ヵ月後。
ユウキの評判は《絶剣》という通り名と共にALO内に瞬く間に広まっていった。