橫一列に低空で飛行し、言われた通り二十四層の主街区のちょっと北にある世界樹を小型化させたような大樹のある小島を目指す。
その根本の一角に、沢山のプレイヤー達が集まり、まるで闘技場の観覧席のようになっていた。既に誰かデュエルを申し込んでいるのか、周囲のプレイヤーは大盛況だった。
「ここからじゃちょっと見えないな」
「ちょっと、失礼」
アスナとティファが人混みを掻い潜って混雑の輪の中へと入っていく。ようやくギャラリー席の中で空きスペースを見つけたアスナ達一行はちょうどその瞬間、遥か上空から喚き声を上げながら誰か一人落下してきた。
見た感じ赤い装備だったのでおそらくサラマンダーだろうが、その剣士は大の字になって地面へと激突し、そのプレイヤーの型が地面に出来上がる。しばらくの間そのプレイヤーは衝撃を受けてなのか意識が飛んでいたが、やがて大の字の型から抜けると、
「参った! 降参! リザインッ!!」
途端、デュエル終了のファンファーレが鳴り響き、大きな拍手と歓声も沸き上がった。
「すげぇ、もう六十人も越えたよな?」
「誰か止める奴はいないのかよ」
と、ギャラリーの誰かの声が届いてくる。そのほとんどが賞賛とぼやきの言葉で、それを聞きながらアスナとティファはデュエルの勝者であろうユウキの姿を探す。
すると、大樹の枝が作り出す木漏れ日の光の中をくるくると螺旋軌道を描きながら降下してくるユウキの姿があった。
「やったー! これで六十七人目!!」
と声を上げて喜ぶユウキ。
その姿を見て唖然とするアスナとティファは互いに顔を合わせ、信じられないような目でユウキを見つめる。
「いやー参った参った。君強いねー」
「ううん、お兄さんも強かったよ!!」
そう言いながら挑戦してきたサラマンダーのプレイヤーと笑顔で握手を交わし、頭を掻きながらギャラリーの輪の中へと戻っていった。
そして。
ユウキは次の挑戦者を募集するため、ごく低位のヒール魔法を自分に掛けながら、くるりと周囲を見回して人差し指一本立てながら、
「えーっと、次に挑戦する人、いませんか~?」
そう周囲のギャラリー達に声をかけるユウキに、周りはガヤガヤと騒ぎ出す。
「ほら、次お前行けよ」
「えー、やだよ、どうせ即死だよ」
「お前今日挑むんだって言ってたろ?」
「負けんの分かっててわざわざ挑むかよ」
何て声が飛び交う中、ティファはアスナに声をかける。
「じゃあ、私、先行くね」
「うん! 頑張ってティファさん!!」
そう言ってギャラリーの輪の中から外れたスプリガンの女性ティファは、ユウキに向かって手を振りながら言う。
「次、いいかな?」
「うんいいよー·······って、ティファじゃん!? なんでこんなところに!?」
「あなたに挑戦するために決まってるでしょ。他にもみんな来てるよ」
「あ、本当だ。よく見たらアスナやキリトまで·······う~ん、なんだか知り合いがいると恥ずかしいな~」
知っている顔がいて調子が狂うユウキだったが、すぐに切り替え、ティファの目を見てデュエル申請を申し込む。
「おっけー! じゃあやろうティファ!!」
「うん。でもその前に、ルールは? 何か決めてるの?」
「ううん、特には。魔法もアイテムもなんでも使っていいよ·······ボクは、
そう言いながらユウキは左手で剣の柄を軽く叩いた。随分と自信がおありのようだ。ティファはそんなユウキに微笑み、こちらもといわんばかりにグローブを嵌め直す。
「じゃあ、私も
「え?」
「どうしたの? 何か問題ある?」
「いや·······そういうわけじゃ」
ティファのその言葉にユウキだけでなく周りの観客達まで騒ぎ始める。あの人素手でやるのか? とか、命知らずにもほどがあるぞとか、そんな声が殺到していたが、ティファは問題なく背伸びをし、前方にいるユウキを見据え、告げる。
「やるからには勝つよ。絶対に!!」
「ッ!! ·······うん、そうだね。ならこっちも手加減はしないよティファ!!」
その空気に、ギャラリーは息を飲む。ユウキは慣れた様子でギャラリーに手を振ってから腰にある剣、マクアフィテルを抜き放つ。
ティファと似て、ユウキの綺麗な赤い瞳が真っ直ぐこちらを見つめてくる。にこりと微笑み、右手を振る。出現したシステムウィンドウを手慣れた手付きで操作し、ティファの視界に、勇ましいSEと共にデュエル申し込み窓が出現した。
『Yuuki is challenging you』
そう表示されたウィンドウにティファは【YES】をタップし、そのまま『全損決着モード』へと指を動かした。
十、九、八·······とカウントダウンが始まる。
「あ! そうだティファ、聞くの忘れてた。空中戦と地上戦どっちがいい?」
「え? 選ばせてくれるの?」
「うん! ボク両方得意だし!!」
「·······それじゃあ地上戦で」
「オッケー。ジャンプはあり、でも翅を使うのはなしね!」
そこまで余裕綽々で言われると、流石のティファも戦闘意識にカチリとスイッチが入った。
「·······」
「·······」
二人の瞳が同時に真っ赤に赤熱、力を解放する。
『DUEL』の文字が一瞬の閃光を発すると同時に、ユウキは言った。
「さあ行くよティファッ!!」
その言葉を合図に、ユウキが真正面から突っ込んでくる。彼女の性格通り、姑息な手を使わない直情的な責め手。
長期戦は不利だ。武器を持った相手に拳と蹴りで戦うのはさすがに無謀すぎるとギャラリー達は思う。
しかし。
ティファはそんなユウキに仕掛けるため、こちらも地を蹴り一瞬で間合いを詰める。
小手調べだ。
「ハアッ!」
ユウキはティファの腕くらいの細さの剣を振りかぶり、ティファもそれに合わせる。
「ヤアッ!!」
「ハァァァアッ!!」
打ち合わされたティファの拳打とユウキの突き刺しに、周囲に衝撃を振動させる。
ティファが装備しているグローブはミスリルで出来た戦闘用手袋。筋力に任せた重い一撃にティファのグローブからビリビリと痺れが広がり、思わず片目を瞑る。
ユウキの戦闘スタイルは片手剣ではあるが、どこかレイピアにも似たスタイルであった。斬るというよりかは突きに特化した武器、マクアフィテルはキラリと光り、ティファの胸目掛けて突進してくる。
ティファはそれを見切り、打ち合わせたミスリルクローがそれを削り取る。
「ッ!!」
「どんどん行くよティファ!!」
恐ろしい速度で突きのラッシュをかけてくるユウキ。ティファはバックステップを踏みながら紙一重で三連発のソードスキルを避けると、ユウキは縦に一閃振り下ろしてくる。それを避けて上段回し蹴りを繰り出したティファだったが、ユウキはすぐにマクアフィテルを縦に構えてガードし、後方へ一歩下がる。
その時ユウキはジャンプして、落下の勢いをつけてティファに突き攻撃を繰り出してくる。瞬間的に全身のバネを使ってしゃがみ、あわやというところでユウキの落下突進を回避。耳元をユウキのマクアフィテルが掠め過ぎるが、ダメージは一桁だった。
そして反射的に拳を上げ、次いで襲い来るマクアフィテルの突きを右手のミスリルクローで止める。マクアフィテルがその衝撃で弾き返され、ティファはがら空きとなったユウキのボディーに向けて、右手拳による右ストレートを放った。《拳術》スキルによる攻撃。専用ナックルを装備したティファの一撃は重く、ユウキはくの字になりながら後ろへと吹き飛ばされる。
凄まじい加速音で音速の壁を越えたティファは、左足で制動をかけながらユウキの背後に一瞬で回る。
「なッ!?」
ユウキの驚愕の表情。
ティファは間髪入れずにローキックで彼女のふくらはぎを強打。たまらずうめいて膝をつくユウキを尻目に、ティファは右足を高々と振り上げ、束の間、直上でピタリと静止させる。
「行くよユウキ!!」
「ッ!?」
ギロチンの速度で振り下ろされる踵落としが、ユウキの後頭部を直撃。ドゴォ! と轟音がして、彼女の顔面が地面にめり込む。
「·······ふぅ」
勝利の手応えを感じながらティファは息を吐き、静かに呼吸を整え、心を整える。
ギャラリーは絶句した。
ティファは構えを解くと、頬を掻きながらユウキを見下ろした。
─────────ちょっとやりすぎちゃったかな?
と、思いながら苦笑するティファに、ユウキの体がピクリと動いたと思いきや、両手を地面についてめり込んだ顔面を引き抜き、にっこり笑顔の形相でティファに詰め寄ってくる。
「す、凄いよティファッ!! よくもあんなに早く動けたね! 反射神経も凄いし、ボク全然反応できなかったよッ!!」
「え、あ、うん·······ありがとう」
裂けんばかりに見開いたユウキの瞳を見ながら、ティファは綺麗な微笑みを浮かべる。
「えっと、デュエルは続ける·······んだよね?」
そうティファが確認を取るがユウキは首を橫に振り、
「ううん、今の一撃を受けてわかった。ティファはボクより強い」
「え?」
「だから降参! リザイン!!」
大きくそう宣言し、ユウキVSティファの勝負はティファが勝利したことで終わった。ティファはハッと我に返ったかと思うと、どういうことなのかユウキに訊ねる。
「どうして!? まだゲージ全部削りきってないのに!!」
「う~ん、その答えは後ででもいいかな?
「え? え·······?」
いまいち事情が飲み込めないティファに、ユウキ大きく頷き、右手を差し出してくる。
「感服したよ、ティファの拳! 一先ず次の対戦者で最後にするからさ、その間待っててくれる?」
「·······」
ユウキの考えがよくわからないティファは、とりあえず右手を差し出してきた手を握ると、ユウキが大きく振った。
ぱち、という拍手の音がして首を巡らせると、ギャラリーの一人がティファ達の健闘に手を叩いている。
拍手はやがて、一人増え二人増え、素手で挑戦とは命知らずだと思い込んでいたプレイヤー達でさえ、最後は根負けしたように手を叩く。
音はみるみる膨れ上がっていき、小島を押し包むほどの万雷の拍手となって、いつ果てることもなく続いた。
<><><><><>
「はい、今日は次で最後! 最後に挑戦する人いませんか~!」
さっき負けたというのに、もう次の対戦者を求めるように切り替えている。その様子にギャラリー達はまたもやガヤガヤと騒ぐだけで、誰も前に一歩踏み出さない。
しかし、
その中から一人、勇敢な剣士が腰にレイピアを下げて前に出てくる。
そう、アスナだ。
「アスナ! アスナもボクと戦ってくれるの!?」
「えぇ、さっきの戦いを見て私も燃えてきちゃった」
「えへへ、そっかー!」
そう言うとユウキはぱちんと音を鳴らすと、その手でウィンドウを操作し、アスナの目の前にデュエル申請の窓が出現する。
それでアスナは迷うことなく【YES】をタップし、ティファと同じく『全損決着モード』を選択した。するとデュエルウィンドウが自動で消滅し、代わりに十秒のカウントダウンが開始される。
アスナは純粋に興味があった。何故ユウキは《絶剣》と呼ばれるまでデュエルを申し込んでいたのか。
オリジナル・ソードスキルを賭けているから?
それともただ強い人と戦いたいだけ?
なんにしても、アスナとユウキはまったく同時に左腰に納めている剣の柄を右手で握り、勢いよく抜き放った。
「ルールはティファさんと同じく地上戦で」
「オッケー! それじゃあ─────」
二人は大きく息を吸い、吐いたところで進行していたカウントがゼロになった。
「全力で行くよアスナ!!」
「ええッ!!」
アスナは地面を砕くほどの力で地を蹴り、約七メートルの距離を瞬時に駆け抜けながら、体を右方向にきゅっと捻る。
短い気合いと共に弓から打ち出される矢の如く右手を真っ直ぐ突き出した。ソードスキルではないのでスピードはさほどではないが、代わりに照準は精密だ。最初の二発を右に避けてしまうと、続く一発の回避はほとんど不可能となる。
ユウキはアスナの思惑通り、体をスッと右に振って初撃の二撃目を避けた。その動きが止まった所に、狙い違わず三撃目が繰り出される。
しかし、剣先がユウキのアーマーを捉える直前、ユウキの右手が煙るように動いて、それと同時にアスナのレイピアの右側面に小さな火花が弾け、突きの軌道が微妙にズレた。
「ッ!!」
アスナはカウンターの反撃を予想し、自身のうなじの皮膚がちりちりと痺れるのを感じた。しかし今ここで剣を戻そうとすれば体勢が硬直してしまう。技の慣性に逆らわず、思い切り体を左回転させる。同時に、首もと目掛けて跳ね上がってくる黒い輝きがアスナの視界に入ってきた。
「ヤアッ!!」
「くッ!!」
電光石火と言っても良い剣速に、鋭い戦慄が全身を駆け抜ける。
アスナはグリップの回復したブーツで地面を蹴り飛ばし、大きく右にジャンプした。左足でもう一度跳び、充分な距離を取ってそこに留まる。
そして腰を落とし、右手のレイピアをユウキの体の中目掛けて思い切り突き込もうとし、ユウキはそれに反応し、剣を下から切り上げようとした。その瞬間を逃さず、アスナは左拳によるパンチングを放った。拳自体、ティファほどの威力はないけれど、一瞬の一時行動不能が発生する。
これが最初で最後のチャンス。
アスナはチャンスだと思い込み、躊躇いもなくソードスキル《カドラプル・ペイン》四連撃を発動させた。レイピアが眩い赤に発光し、同時に右手がシステムの見えざる手に後押しされて、稲妻のように宙を裂いた。
だが、
「甘いよアスナ!」
ユウキは大きく両眼を見開いて、その赤い瞳には驚愕の色がなかった。その瞳は正確に、ピタリとレイピアの先端に焦点を合わせていた。
(ま、まさか·······ッ!?)
アスナは嫌な予感を感じた。そう思った時には遅く、ユウキの右手が閃いた。剣を回転砥石に当てた時のような硬質の擦過音が四つ、立て続けに響いた。
(見抜かれてるッ!?)
アスナの放ったソードスキル四連撃は、上下左右に正確に弾かれ、一撃もユウキに当てることはできなかった。
最後の一撃が受け流され、右手を前に伸ばしたまま硬直し、ユウキに隙を与えてしまう。
ぎゅん、と引き戻されたマクアフィテルが青紫色の光を帯びた。
カウンター、そのソードスキル。
「ヤアッ!!」
直後、恐らく硬直中でなくても回避することは叶わないであろうスピードの直突きがアスナの左肩を捉えた。そのまま、斜め右下へと息もつかせぬ五連撃を全て綺麗に受け、ゲージが一気に減少して黄色へと変わる。
アスナの記憶にはない片手直剣カテゴリにはない技。
(ということはこれが·······ッ!!)
ユウキが編み出したという、オリジナル・ソードスキル。
これほどの速度の五連突きを編み出すとは·······ッ!!
アスナはそのソードスキルに呆気に取られてしまったが、ユウキの剣にはまだ鮮やかなライトエフェクトが宿っている。今度は左上に構えられた。
ようやく硬直が解けた体を引き起こしながら、アスナは残りのソードスキルを防ぐためにレイピアを振るう。
回避は不可能だ。
無駄な逃げ動作をして斬られるくらいなら、わずかな可能性に賭けた方がいい。アスナはレイピアを握る右手に力を込め、もう一回ソードスキルを発動させる。今度はアスナが唯一編み出すことが出来た五連撃のOSS《スターリィ・ティアー》を放つ。
赤と青の閃光が眩く交錯する。
ユウキはアスナの右肩から左下に向けて、エックス字を描くように剣先を叩き込む。
そして。
アスナのレイピアもユウキのアーマーを捉えた。小さな星型の頂点を辿りながら五連発の突き技がユウキのゲージを削っていく。
二人のカウンターは終わるも、どちらも倒れてはいない。どちらもゲージは赤。あと一撃でも喰らえばそれで勝負がつく。
しかし、勝負は既に決まっていたと言っても過言ではない。ユウキのマクアフィテルには、尚もライトエフェクトが宿っていた。ソードスキルはまだ終わってなかったのだ。
「しま·······ッ!?」
もう一度大きく引き戻された剣が、アスナの胸の中心、エックス字を描くダメージエフェクトの交差点をぴたりと照準した。
これが、十一連撃のOSS。
とてつもない威力にスピード。そして何より美しい軌道を描いた技だ。アスナは、それで満足だった。クラウド以外使ったことがないOSSを使用させたことが何より嬉しかった。
そして、最後の一撃がアスナの胸を貫通する直前。
ぴたり、と。
全てのゲージを吹き飛ばす前にソードスキルは停止していた。硬直しているユウキは、にっこりと輝くような笑みを浮かべて見せて、マクアフィテルを鞘へと納め、こう言った。
「まさかOSSを使わせるなんてね。クラウド以外で初めてだよ·······
「え? え·······?」
思わずティファと同じ反応をしてしまったアスナだったが、ユウキは笑みを浮かべたまま言う。
「これだけ戦えばボクはもう満足だよ。それともアスナはもっとやりたかった?」
笑顔でそう言われてしまっては、アスナも首を橫に振るしかない。どちらにしてもアスナのHPゲージはあと一撃でゼロになる直前だったんだ。勝負はついたようなもの。
するとユウキは、後ろで待機していたティファを呼び出す。
「ティファ! ちょっとこっちに来て!」
「?」
ティファはわけもわからずユウキに近づいていくと、ユウキは両手でアスナとティファの手を片方ずつ掴んだ。
「ね、二人とも! この後まだ時間ある?」
その質問にアスナとティファは互いに顔を合わせ首を傾げるが、二人とも揃って縦に頷く。
「良かった! じゃあボクにちょっと付き合って!!」
「え!? ちょっ!?」
「待ってよユウキ! まず説明を────」
「ごめん、それは後。まずはボクについて来て!!」
有無を言わさずユウキは肩甲骨を開き、翅を出すと地を蹴った。そんなユウキに引かれるように、アスナとティファも翅を広げると、ユウキは手を握ったまま身を翻し、ロケットのような勢いで急上昇していく。
「ちょっと! 三人ともどこ行くのよ!!」
「え、えっと·······あとで連絡する!!」
アスナはリズベットにそう答え、先に立つユウキが両の翅を紫色に輝かせて猛ダッシュに入った。
「ちょっ! 早すぎるよユウキ!?」
「ごめんティファ、ちょっと急いでるんだ!!」
もはや拒否権はなく、アスナとティファはユウキに手を引かれつつ、小島を離れていった。