ユウキはアスナとティファを片手ずつ掴んで空を飛ぶと、アインクラッド外周の開口部から躊躇なく外へと飛び出した。濃密な雲の塊が空気を圧縮して息がしづらかったが、その雲の空間をさらに数秒間突き進むと、不意に雲が晴れ、目の前に青空が広がっていた。
するとユウキは二人の手を取って九十度ターンして垂直に上昇した。
「ちょっとユウキ! いったいどこまで行くの!?」
「もうちょっとだよアスナ! 目的地は最前線なんだ!!」
ユウキは階層をフロアの階段を使わずに空を飛ぶことでショートカットしようとしているようだった。
本来、巨大浮遊城アインクラッドの外周部を自由に出入りできるのは既に攻略された層に限られている。未踏破層の外周は見えない壁によって出入りすることは出来ず、その前の階層までしか出入りできない。
そして、
ユウキは宣言通り、最前線である二十七層に到着すると外壁の隙間を通り抜けて内部に入り込むと、その途端に世界は暗くなる。二十七層は常闇の国。たとえアルヴ・ヘイムが昼間だとしても、外周の陽の光は差し込むことはなく、夜の景色を保っている。
内部はごつごつとした岩山がいくつも上層のそこまで伸び、そこかしこから巨大な水晶の六角柱が生えていて、ぼんやりとした青い光を発して街中を照らしている。
ユウキはアスナとティファを連れて、街の中央広場を目指してゆっくりと降下していく。
安全圏内に入った証として穏やかなBGMが街中に鳴り響き、その地面に靴底が当たってようやく三人は地に足をつける。
「ここって、現状最前線の街の『ロンバール』だっけ? ここに何かあるの?」
ティファがそう聞くと、ユウキは二人の手を離さずにっこりと笑顔を浮かべて、
「その前に、ボクのギルド仲間を紹介するよ! こっち! ついてきて!!」
ついてきてと言いながら手を引かれて強引につれてかれてる二人は疑問だらけで頭の中が真っ白状態だった。ユウキは二人を連れて走り、アスナとティファはそれに遅れないように後を追いかける。すると、広場から放射状に伸びる狭い路地に潜り込んだ三人は小さな階段を登っては降り、橋を渡ってトンネルを潜っていくと、そこには宿があった。
大釜を象った鋳鉄製の吊り看板の真ん中には『INN』の文字が掘られている。
そこの出入口を入っていった三人は奥の酒場蒹レストランとなっている場所へと足を踏み入れる。
そこには、
「お帰りユウキ! 見つかったの!?」
はしゃぐような少年の声が三人を出迎えた。酒場の中央丸テープルに、ユウキ達以外の五人のプレイヤーが席についていた。レストランの中を見ると他は誰もいない。
完全に貸し切り状態の中、ユウキは二人をつれて彼らの方に歩み寄ると、彼女はアスナとティファの方に手で示して紹介を始める。
「みんな、紹介するよ。ボクの友達、アスナとティファ!!」
「ユウキの·······?」
「友達·······?」
ノームの巨漢がそう言うと続いてレプラコーンの青年がそう呟いた。
それを聞いたユウキのギルドメンバー達は互いに顔を合わせ、同時に皆笑顔を浮かべ、アスナとティファを歓迎する。
「僕は”ジュン“! よろしくアスナさん! ティファさん!!」
三人から見て一番左側に座っていた小柄なサラマンダーの少年がトマトが刺さったフォークとナイフを持ったまま勢いよく立ち上がって自己紹介した。
そしてサラマンダーの少年が食べ物を口にしている間、その隣にいるノームの巨漢の男性が優しそうなのんびりとした口調で名乗る。
「えーっと、“テッチ”と言います。どうぞよろしく二人とも」
続いて名乗ったのは、何故か赤面しておどおどしているレプラコーンの青年だった。アスナとティファの顔を見て、まるで恥ずかしがっているように見える。
「わ、ワタクシは、そっその·······“タルケン”って名前ですッ!! よっ、よろしくお願い·······イタッ!!」
「全く、女の子の前に出るとすぐこれなんだから·······いい加減その上がり性直しなよ、確かにアスナさんとティファさんの顔は美人すぎるからわかるけどさ」
彼が悲鳴を上げたのは、彼の左側に座っていたスプリガンの女性が耳を引っ張ったからだ。彼女はぎゅむ、とタルケンと名乗った青年の左耳を引っ張ったまま右目を閉じてウィンクし、威勢のいい口調でにいっと笑いかけて名乗る。
「アタシは“ノリ”。合えて嬉しいよ、アスナさん、ティファさん」
そして、
最後の一人であるギルドメンバーは、クラウドと一度会ったことがある“シウネー”だ。彼女はアスナと同じでウンディーネの種族を選んだ女性プレイヤーだ。治療師としての能力に秀でるイメージにぴったりな見た目をしている。
ちょうど真ん中に座っていたため彼女の存在感は目立ち、この五人の中で一番落ち着いている印象だった。
彼女は優しい笑みを浮かべて、自己紹介をした。
「初めまして、私は“シウネー”です。ありがとうございます二人とも、わざわざここまで来て下さって」
「んで─────ボクが一応このギルド『スリーピング・ナイツ』のリーダーのユウキでーす!!」
最後にユウキが元気よくジャンプして名乗ると、再び二人の手を取り、
「というわけで、アスナ、ティファ! 一緒に頑張ろうッ!!」
「えっと·······」
「何を·······頑張るのユウキ?」
「·······あ!」
未だに事情が飲み込めていない二人は苦笑し、ユウキに訊ねると、彼女はハッ! とした表情をしたかと思えば次の瞬間にはきょとんとした顔になり、右手で自分の頭を軽くコツンと叩いて小さく舌を出してうっかりしたポーズを取る。
「そっか、ボク二人にまだなーんにも説明してなかった」
「「「「「ダァァァァアッ!!???」」」」」
お決まりのようにユウキのギルドメンバー五人は椅子の上に崩れ落ちる様子を見て、アスナとティファは互いに顔を合わせてつい吹き出してしまった。
「もう、ユウキったら」
「何も話さず私達を連れてきておいて、それはないでしょ」
「ごめんごめん! ついうっかりしてた!!」
てへっ! とまた舌を出して自分の頭を軽くコツンと叩くユウキに、アスナとティファはお腹を抱えて笑った。
そして二人と六人はしばらく笑い続けると、笑い終えたユウキが代表して申し訳なさそうに言う。
「ごめんね二人とも。何の事情も説明せず連れてきちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
「私達は別に気にしてないよ、ユウキ」
「ありがとう、アスナ、ティファ! それで二人に来てもらった理由なんだけど·······」
ユウキは改まって、自分の胸に手を置いて真剣な眼差しで二人を見つめながらこう言った。
「ボクに·······ボクたちに手を貸して欲しいんだ!!」
「·······手を?」
「·······貸す?」
二人は首を傾げながらどういうことなのか頭の中で考えていると、ユウキは唇をもごもごとさせながら上目遣いに二人を見つめ、思いもよらない言葉を口にする。
「ボクたち、笑われるかもしれないんだけど·······
「「え·······ええ!?」」
この層、つまりここ二十七層は現在の新アインクラッドにおける最前線であり、まだ未攻略の層である。
要するに現在のアインクラッドの頂点の中でも一番強いフロアボスをこの八人だけで倒そうと言うのだ、流石のアスナとティファも驚かないはずがなかった。
「えっと·······普通フロアボスってのは七人パーティーだよね? それで七人パーティーかける七の四十九人レイドで挑むのがセオリーだから·······」
「たとえ、いくら腕がたっても七人だけで挑むのはちょっと無理かなぁ·······って思うんだけど」
アスナとティファがそう言うと、ユウキはあははと乾いた笑みを浮かべながら言った。
「うん、全然無理だった。実は二十五層と二十六層のボスにも挑戦したんだ。ここにいる六人で」
「ええ!? 六人だけでッ!?」
「それはさすがに無謀すぎるよユウキ!!」
「そう。ボクたち的には結構頑張ったつもりだったんだけど·······どうしても
もはや度肝を抜かれた。
七人でも無謀だと分かっているのに、この人たちはそれよりも少ない六人で挑んだと言うのだ。旧アインクラッド攻略の最前線に立っていたアスナからしてみれば、自暴自棄になっているのではないかと思ってしまった。
(でも·······)
(それでも········)
それでもアスナは、そのユウキ達の気概そのものは嫌いではなかった。ゲームに慣れ切ったプレイヤーは、出来ることと出来ないことにすぐに見切りをつけてしまうものだ。ユウキ率いるこのギルド、『スリーピング・ナイツ』面々が漲らせている挑戦心は、アスナだけでなく、ティファすらもユウキ達のその勇敢な行為に心が打たれた。
しかし、疑問はまだ晴れない。
「でも·······何で? どうして他のギルドと共同じゃなくて、単独でボスを倒したいの?」
アスナがそう聞くと、ユウキはもどかしそうな表情で俯いてしまった。無論、一ギルドだけでフロアボスを倒せれば尋常ではない額のお金と、希少な装備やアイテムを大量に手に入れることが出来る。
しかし、ティファはこう思った。
「お金とかレアアイテムが目的·······ってわけじゃないみたいだね」
「うん·······」
ティファの鋭い考察にユウキは頷く。
ユウキのその幾度も唇を開いたり閉じたりする様子に、さすがにアスナとティファも見逃せないのか、真剣な表情になる。
二人は互いに頷いて、詳しい事情を聞くためにテーブルの椅子に座る。
「詳しく聞かせてもらえる?」
「みんなが何で一ギルドだけで倒したいのか」
アスナとティファを含めた八人がテーブルにつき、NPCのウェイトレスにドリンクをオーダーして飲み物が並んだところで、もじもじとしているユウキに助け舟を出すように声を発した。
「アスナさんはもうお察しかもしれませんが、私達はこの世界で知り合ったのではないんです。私達は、とあるゲームのネットコミュニティーで出会って、すぐに意気投合して友達になったんです。そして色々な仮想世界で冒険を共にして来ました。もう二年にもなります」
するとシウネーは過去のことを懐かしく感じるように目を閉じ、
「最高の仲間です。みんなで色々な世界に行って、色々な冒険をしました·······ですが私達が一緒に旅を出来るのもこの春までなんです·······みんな忙しくなってしまいますから」
「「·······」」
「そこで私達は『一つ絶対に消えることのない思い出を作ろう』と決めました。無数にあるVRMMOの中で一番楽しく美しい心踊る世界を探して、そこで力を合わせて何かをやり遂げようって·······そしてコンバートを繰り返して辿り着いたのが、このALOなのです」
そこでシウネー仲間達を順番に見回した。ユウキ達五人はそれぞれ顔を輝かせて大きく頷く。シウネーもそれにつられて微笑み、続ける。
「この世界は────素晴らしい所です。皆で連れだって飛んだ思い出は永遠に忘れることはないでしょう。望みはあと一つ·······この世界に私達の足跡を残すこと」
「なるほど」
アスナが理解したように頷くと、ティファも察したように頷いた。
「それでフロアボスを倒して·······
「そうです。ですが問題があります。ボスを攻略したのが一パーティーならその全員の名前が記録されますが、複数パーティーだと碑に残るのはギルドリーダーの名前だけになってしまうのです」
「「·······」」
「つまり碑に『スリーピング・ナイツ』全員の名を刻むには、この一パーティーのみでボスに挑まなければなりません。二十五層も二十六層も一生懸命頑張ったんですが、あと少し及ばなくて·······そこで皆で相談して決めたのです。パーティーの上限は七人なのであと一人分空きがあります。ですがそれだけではまだ足りず、あと一人ソロプレイヤーも入れようということにしたのです。僭越な話ですけど、私達の中で最強のユウキと同じかそれ以上に強い人を探して、パーティーに加わって欲しいのとソロプレイヤーにも手伝ってもらおうということにしたんです。ソロプレイヤー一人だけなら、碑に全員分の名前が入りますから」
「·······そうだったんですか」
アスナは黒鉄宮の内部を思い描きながら相づちを打った。
シウネーの言った『剣士の碑』は、仮想世界の3Dオブジェクトであるがゆえに面積には限りがある。最終的に第百層にまで達するはずのフロアの全攻略者名を記載するスペースはない。一層につき、刻めるプレイヤーの名前は七つだが、そこにソロプレイヤーが一人だけなら最大で八人まで碑に刻まれる。
故にアスナとティファが選ばれたのだろう。
ユウキに勝ったティファ、引き分けの勝負をしたアスナ。この二人なら絶対にフロアボスに勝てると。
ネットゲームというものはプレイヤーに多くの時間を要求するため、進学や就職といった理由によって、春頃には引退してしまう人も多い。そうなると必然的に何年も存続してきた親密なギルドが解散を余儀なくされることもあるだろう。だからその思い出を、この世界が存在し続ける限り、記念碑に名を刻んでおきたいと考えるのは自然なことだ。
他ならぬアスナも、そしてティファもいつまでこのゲームを続けられるかわからない状況だ。アスナにだって進学やら勉強をしなくてはいけない時間も必要だ。
何よりアスナの母親には少し問題がある。仮想空間というもの自体をよく思っていないのだ。二年もの時間を無駄にしたと考えているアスナの母親は、VRMMOは危険な遊び、そして無駄な時間を過ごすだけのものと考えている。
ティファに至っては、彼女はそもそも社会人であるため、現実世界での商売もあるのだ。フルダイブする時間も限られている。
「·······どうでしょう? 二人とも引き受けてはもらえませんか?」
「「·······」」
「もちろん、お礼は致します。二層の攻略のためにお金を使ってしまったの手持ちは乏しいですが·······」
「いえ、どうせ経費が山ほどかかりますから、手持ちのお金はそっちに回したほうがいいです」
「それに報酬は、ボスから出たものを何か貰えればそれで·······」
「「「「「「!?」」」」」」
アスナとティファの言葉に、ユウキ達六人は表情がぱっと輝く。
「じゃあ引き受けて頂けるんですか、お二人とも!?」
シウネーの言葉に、ユウキ達はごくりと喉を鳴らす。二人の回答を待っているのだ。これで断られたらさすがに落ち込む。
アスナとティファはもう息を合わせるように同時に頷いて、みんなを見回して答える。
「やるだけやってみよう」
「この際、成功率とかは置いておいて」
二人のその言葉に、ユウキが可憐な顔を眩しいほどに輝かせて二人の手を掴んだ。
「ありがとうアスナ、ティファ!! もう二人と戦ったときからそう言ってくれると思ってたんだよッ!!」
ユウキの純粋な笑顔に、二人も笑いかける。
そして、他の五人も我先にと手を差し出しては固く握手を交わし、そしてお礼を言われる。それで大いに盛り上がったのか、ユウキはNPCのウェイトレスに新たに大ジョッキをオーダーしたことで乾杯する。
タルケンはノリに無理やり酒を飲まされて酔い潰れそうになっており、ジュンは新たに追加された料理を口に放り込み、テッチは大ジョッキの酒を一気飲みして、シウネーはそんなみんなの様子を見て微笑んでいた。
そんな時だった。
アスナはふと浮かんできた疑問をユウキに訊ねてみることにした。
「そういえばユウキはさ、デュエルをして自分より強い人か対等に渡り合える人を探してたんだよね?」
「うん、それでアスナとティファを入れることにしたんだ!」
その言葉に、ティファも疑問を抱く。
「それなら、私の前にも強い人はいっぱいいたと思うんだけどなぁ。例えばキリトとか、あとはユウキのOSSを防いで勝ったっていうクラウドとか。あの二人なら私達よりよっぽど助けになると思うんだけど·······?」
「あー·······」
そう言われて、ユウキは何故かガクンと肩を落とした。そして顔を上げると難しい顔で腕を組んで首を傾ける。
「うん·······あの二人にもそうしてもらおうと思ったんだけど、やっぱりキリトとクラウドには頼めないよ」
「どうして?」
「まず、クラウドは現実の方が忙しくて都合が合わないでしょ?」
「あー、確かに。今日も遠くの方まで宅配の仕事に行くって言ってたし」
ティファは納得したような顔で頷いた。
昨日からクラウドはちょっと遠いミディールの方へと宅配に出掛けている。帰りは今日の夜になると言っていたため、フルダイブしてこれるのは明日以降ということになる。
するとアスナは何故キリトはダメなのか訊ねる。
「じゃあ、キリト君を誘わなかった理由は?」
「·······」
「「?」」
それを聞かれて、ユウキは黙ってしまう。まるで言うべきか言わないべきか悩むかのように、彼女は口をまたもごもごとさせる。
が、
決心したのか、その固く閉ざしていた口を開く。
「ボクさ·······病気なんだよ」
「「·······え?」」
その時のユウキの表情はまるで悲しそうな、それでも笑いを崩さないように偽りの笑みを浮かべているように見えた。
「名前は『後天性免疫不全症候群』·······通称『AIDS』」
「「そんな·······ッ!?」」
「けどね、ボクの場合は運が良かったんだ。早期に治療を始めることが出来たから発症を抑えることも可能でね。生後すぐに多剤併用療法を開始してさ、沢山の薬を飲むのは辛かったけど、そのお陰で免疫力は多少上がって、今ではボクの身体はだいぶ回復はしてるけど、まだまだ腕も足も凄く細いし、筋力もない。リハビリが始まったら精一杯頑張るつもりだよ。でもこの先体力面でみんなに追い付けるかどうかもわからないんだ」
「·······それがキリトを誘えない訳と、何の関係が?」
アスナが心配そうにしながらそう聞くと、ユウキは目を瞑りながら答えた。
「二人は『メディキュボイド』っていう医療用フルダイブ機のことは知ってる?」
「「·······」」
二人は揃って首を横に振った。それを見たユウキは話を続ける。
「『メディキュボイド』っていうのはね、現在国レベルで開発が急がされている世界初のフルダイブ機のコードネームのことでね、アミュスフィアは直接脳に映像や音を送り込めるわけだけど、あれはそういった信号伝達機能だけじゃないんだ。アミュスフィアには体感覚キャンセル機能もあるよね? 脊髄に電磁パルスを送ることである程度全身麻酔と同じ効果がある。で、メディキュボイドはその電磁パルスの出力を強化して、脳から脊髄全体をカバーできるようにベッドと一体化してるんだ」
ユウキは大ジョッキに入った飲み物を飲むと、一呼吸分間を空けて言う。
「これが実用化されたら麻酔はほとんど手術で必要なくなるし、脳の活動が正常であるにも拘わらず肉体の麻痺によって意思があることを示せない患者さんともコミュニケーションが取れるようになる。それでボクはメディキュボイド試作機がバイオクリーン室に設置された時、被験者にならないかって提案されたんだ。バイオクリーン室には入ればAIDS患者が何よりも恐れねばならない、日和見感染リスクを大幅に低減できる。だからボクはその提案を了承して、それ以来ボクはほぼ仮想空間の住人。バーチャルワールドでほとんど暮らしているからか、皆より自由に動ける。ボクの強さの秘密はそれ、皆より多くの時間ダイブしてるから。キリトは戦っている最中にそれに気付いてしまったから誘いにくくなったんだ」
「「·······」」
アスナとティファはユウキのその説明を聞いて視線を下に落とした。まず、ユウキがそんな難病を抱えていたこと自体知らなかったため驚いたのもあるが、それ以上の衝撃を受けて、言葉を失ってしまった。
アスナとティファはスリーピング・ナイツのメンバーを初めて見た時に直感していた。
このギルドのメンバーは皆、常人と比べて明らかに『VR慣れ』していることに。何気ない仕草、表情、挙動、その全てが現実の人間そのものであった。そしてその理由が今、ユウキの説明によって嫌でも分かってしまった。
デュエルの中でユウキの完成された動き、圧倒的な反応速度、そして何より常軌を逸した強さ、それをキリトは肌で感じて分かってしまった。ユウキはきっと、途方も無い時間をこの世界で過ごしていたはずだろう。
恐らく、アスナ達よりも多くの時間を。
それを知ってしまったキリトをユウキは誘いづらかった。変な気を遣わせてしまうのではないか、と。
では何故、今それをユウキはアスナとティファに明かしてくれたのだろうか?
「なんで·······」
「アスナ?」
「なんで黙ってたの!? そんな大事なことを!?」
アスナは声を荒げて叫ぶようについそう言ってしまった。その大声に、スリーピング・ナイツの面々はびっくりしたように硬直していた。
ユウキはそんなアスナに、静かに、落ち着いた口調で話した。
「心配させたくなかったんだ·······アスナ達、みんなに」
囁くように言い、ユウキは微笑んだ。
「今の話はクラウド達には内緒にしておいてね。特にクラウドには、知られたくないからさ」
「「·······」」
アスナとティファはそれを聞いて黙ってしまったが、二人はユウキの両手を片方ずつ持って、強い口調で言う。
「わかった、でもこれだけは約束して」
アスナが言い、ティファが続ける。
「絶対に無理だけはしないで·······お願いだから」
二人のその言葉に、ユウキは上手く頷けなかった。けど、偽りであっても、ユウキは微笑んで二人に言った。
「うん、無理だけはしない。約束するよ」
信憑性がない言葉だった。けれど、それが聞けただけでも二人は束の間の安心感を得れた。ユウキの言葉を聞いたアスナとティファはユウキの手を強く握り締め、よし! と気合いを入れたように、
「じゃあ絶対に成功させよう。このボス攻略を!!」
「みんなで力を合わせてね!!」
喉元に引っ掛かっていた疑問は晴れ、これで集中して攻略できるとわかったアスナは、人差し指を立てた。
「まず大事なのは『ボスの攻撃パターンをきっちり把握すること』! 回避するべきところは避け、護るべきは護り、攻めるべきところを全力で攻めれば、勝機が見えるかもしれない。問題は、その情報をどうやって得ることかってところだけど·······多分、ボス攻略専門の大ギルドや情報屋に聞いても無駄でしょうね。一度は全滅を前提に挑戦してみる必要があると思う」
「うん、ボクたちはそれで大丈夫だよ。ただ·······前の層でもその前でも、ぶっつけ本番で全滅した後、すぐに他のギルドに攻略されちゃったんだ」
ユウキが肩を落とすと、テーブルで食事をしていたサラマンダーの少年ジュンが言葉を繋いで言う。
「三時間後に出直したらもう終わってたんだよなー。気のせいかもしれないけど、なんか僕らが失敗するのを待っていたかのような感じで」
それを聞いたティファは目を鋭くして言う。
「·······気のせいじゃないかも、それ」
「え?」
「アルゴから噂で聞いたんだけど、ボス攻略専門のギルドには斥候隊がいるって聞いたよ。情報収集のために、言い方は悪いけど小規模ギルドの挑戦を露払いに利用してボスの攻撃パターンや弱点位置を割り出してるんだと思う」
けど、とティファは続ける。
「ボス部屋に入ってしまえば、すぐに扉が閉じて戦闘そのものは見られないと思うんだけど·······う~ん、どうだろうな」
アスナはティファのその言葉を聞いて口許に手を当てて考えた。確かに最近ボス攻略に関して色々なトラブルが発生しているという噂は聞いた。大ギルドによる管理が過ぎるというのが主な内容だが、ティファの言う通り、ユウキ達のような小規模ギルドにまで目を光らせるだろうか。とはいえ、ティファの情報は無視できない内容である。
「じゃあ念を入れてすぐ再挑戦できるように準備を整えておきましょう。みんな都合がいいのはいつなのかな?」
「あ、ゴメン。アタシとタルケンは夜ダメなんだ。明日の午後一時からはどうかな?」
スプリガンのノリが黒髪を掻きながらそう言うと、ティファもその時間でオーケーと言うかのように、アスナにウィンクする。
そしてアスナはみんなに聞こえる精一杯な大きな声で言う。
「うん、じゃあみんな明日は一時にこの宿屋に集合ね! みんな、頑張ろうッ!!」
「「「「「「「おおー!!」」」」」」」