アスナとティファの二人は一度泊まっていた宿屋から出ると、再び第二十七層主街区『ロンバール』の宿屋を訪れ、ユウキ率いるスリーピング・ナイツのメンバーと再会を果たした。
目的は当然、ここにいるメンバーだけでこの層の迷宮区最上階を守備するボスモンスターを撃破するためだ。
と、その前に。
「ごめんねティファさん、急に抜けちゃったりして·······びっくりしましたよね?」
「ううん、ご家庭の事情なら仕方ないよ。でも良かった何事もなくって」
アスナとティファの二人は昨夜あった唐突のログアウトについて話し合っていた。一応アスナは、両親がいつまでもゲームをしてたから体調を気にして強制的にログアウトさせられたと説明した。親の心遣いにティファは仕方ないと言ってくれたが、本当は毒親による強制解除、しかも次破ったら機械を取り上げられ二度とゲームはできなくなるという条件まで付け加えられた。
アスナは一先ずログインすることができ、ティファによって近くの宿屋に眠らされていたためアバターは無事だった。ティファもそこでログアウトしたらしく、一人二部屋の部屋を借りて共にそこで寝泊まりすることにした。
「それで、ユウキ」
「うん! どうしたのアスナ!!」
そして、今回クエストのことについて作戦を練っておかなければならない。この人数でいきなり一発勝負で勝てるはずもない。
アスナは頤に指先を添え、武具防具を装備したユウキ達『スリーピング・ナイツ』の面々を見回すと、昨日とは違って全員エンシェント・ウェポン級の武装に身を固めている。
ユウキは初めて会った時から変わらない。同じ紺色のハーフアーマーに黒曜石のマクアフィテルを腰に備えている。
他の面子の武器は見たことがなかったが、サラマンダーのジュンは小さな体の割に不釣り合いとも言える赤銅色のフルプレートをガッチリ装備し、背中には身長と同じ大きさの大剣を吊っている。巨漢ノームのテッチはジュンと同じくプレートアーマーに、戸坂の如き巨大なタワーシールドを携えている。眼鏡をかけたレプラコーン・タルケンはひょろっとした体に真鍮色のライトアーマーに身を包み、素早く動けるように軽量化して恐ろしく長いスピアでモンスターにダメージを負わせられる。そしてその隣に立つ姉貴オーラが強いスプリガンのノリは金属を使ってない道着風のゆったりとした布防具を纏い、もはや天井を貫きそうなほどの鋼鉄の長棍を担ぐ。
そして。
アスナと同じウンディーネのシウネーは僧侶風の白と濃紺の法衣とブリオッシュのように丸く膨らんだ帽子を被り、アスナのようなバーサクヒーラーとは違って後衛らしく細長い銀色の長杖を携えていた。
更に。
スプリガンのティファはこの中で最も異質な存在と言ってもいい。彼女の手には武器がない。代わりに、彼女の全身が武器となり得る。彼女は格闘家である。上下前後左右どの位置からでも攻撃を繰り出せるように体を柔らかくして、回避から即攻撃に繋げれるほどの戦闘能力を持つ。
彼女は黒い格闘用のグローブをはめなおし、このクエストでのメインリーダー的存在のアスナの作戦を聞く。
「今回のポジションは、ユウキとジュンとティファさん、テッチが近接前衛型、タルケンとノリが中距離型、そしてシウネーが後方援護型ってことね」
腰のレイピアを魔力ブースト用の短杖に交換するために剣帯ごと外しながらアスナが言うと、ティファが手を上げて質問を投げ掛ける。
「アスナは? シウネーさんと同じくウンディーネだからバックアップ?」
「はい、そのつもりです。私じゃ盾役は出来ないし。その代わりに、ジュンとテッチにはバシバシとタゲ取ってもらって貰うから、覚悟してねー!」
悪い笑みを浮かべているように見えるのは気のせいか?
重装備に身を固めた二人を見つめると、ジュンとテッチは思わず悪寒が背筋を通り抜ける感触がした。しかし、それは頼られているという証拠。猛烈な体格差のあるサラマンダーとノームの二人は一瞬顔を見合わせて二人同時にその分厚い胸をアーマーごと叩いて威勢のいい声を聞かせた。
「お、おう! 任せとけ!!」
撤回、めちゃくちゃ心配です。
威勢はいいもののぎこちなさを含ませたジュンの言葉に、全員が愉快そうに笑い声を上げる。
現在皆がアスナに期待しているものは、戦闘技術ではなく、その聡明さだ。彼女は昔SAO時代に大手ギルドの副団長の座に就いていたこともあり、戦略を練るのは得意な方だ。
単純な強さだけで見れば、今一番強いのはユウキとティファだ。彼女らはたった一人だけでも多くのプレイヤーを薙ぎ倒すほどの実力を持っていると言って良い。
問題は他の面子だ。
皆はこのALOにコンバートしてきたばかりらしく、彼らにはこの世界の知識と経験が少ない。だから、そこでアスナはまず皆に能力構成と武器防具を詳細に確認し、基本となるパーティー陣形を決定したというわけだ。
いつもは前衛で戦うアスナが、今回は後衛に入る。
アスナは自分の相棒であるレイピアをアイテムウィンドウに格納すると、その代わりに短杖を取り出す。
先端に葉っぱを一枚残した生木そのままという見た目的に少々心許ないアイテムだが、これ実は凄いレアアイテムだったりする。ここだけの話、とあるクエストでの事故で世界樹の一番天辺の枝をキリトが折ったことで手に入ったのだが、これがもう伝説武器クラス。名前は『クレスト・オブ・イグドラシル』。所有権はキリトにあったが、後衛タイプではない彼には不向きと判断し、クエストに同行していたアスナに譲渡したのだ。
と、そんな話はさておき。
アスナは皆の前に歩いてくると杖をペン回しのようにくるくると回して微笑みながら声をかける。
「まずは下見。ちょっとボス部屋を覗きに行きますか!」
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集合場所であるロンバールの宿屋を出た八人は、そのまま常夜の空に飛び立った。ティファは社会人であるためまだ翅を使うには補助スティックがないと随意飛行ができないため、少々遅れ気味だった。
「ティファ、大丈夫?」
ユウキが心配そうに声をかけてくるも、ティファは手を振って大丈夫ということをアピールする。
「あはは········あんまりこっちにログインしてないからね。もっと練習しておくんだった」
「辛くなったら言ってくださいね、速度落としますから」
「ありがとうアスナ。でも大丈夫、なんとかついていくよ!」
ティファにだって生活はある。金を稼ぐために現実世界でオープンしているバーのマスターをしていることもあり、閉店時間は比較的遅くに設定されている。単純に考えれば戦闘能力はここにいる誰よりも強いのかもしれないが、飛行での戦闘では彼女は不利な立場になる。背中の翅を補助なしでやるともなると、使えるのは足くらいだし、お得意の格闘スタイルが上手く発揮できない。
だとしても、みんな慣れすぎではないだろうか?
ユウキ含め、スリーピング・ナイツのメンバーはコンバートしてきたばかりと聞く。なのにもう随意飛行をものとしている。その姿を見るだけでもうわかると思うが、これはVRMMOゲームに対する慣れというよりも、その根幹を成すフルダイブ技術そのものへと親和性が高いと見るへきだろう。確かに、ごく稀にたった数分で体で感じて随意飛行をものにする天才プレイヤーがいるのは確かだが、長くゲームプレイをしていたアスナからして見ても、スリーピング・ナイツのメンバーの適応力の高さはずば抜けている。
彼女らは一体どれほどゲームにログインしていたんだろう。
そう思っていたのも束の間、前方を飛ぶユウキが持ち前の元気な声で皆に叫んだ。
「見えたよ! 迷宮区!!」
全員がはっとしてそちらを向くと、連なる岩山の向こうに、一際巨大な塔が見えた。円筒形のそれは地上から上層部の底まで真っ直ぐに伸びており、根本からは一つが小さな家ほどもありそうな水晶の六角柱がいくつも突き出し、青い燐光を放って闇にそびえる塔をぼんやりと照らし出している。
その迷宮の入り口は、塔の下部に黒々と開いていた。
しばしホバリングし、入口の周囲にモンスターや対人特化した戦闘プレイヤーがいないか確認する。今回のボス攻略はキリト達以外には黙っている。ティファ含め、アスナと共にユウキが設立したギルドに参加してボスを攻略しに行くということは既に話している。ユウキの思い出作りのための少人数でのボス攻略に驚いていたが、キリト達は自分達にも何か出来ることはないかとさえ言ってくれていた。
アスナとティファは気持ちだけで充分だよと答え、二人は手を取り合ってユウキ達に最大の思い出を残そうと作戦を練り始めた。
用意周到。
準備万全。
皆が迷宮区の入口付近へと足を踏み入れると、七人に続いて巨大な塔を見上げる。こうして上層へと続くタワーを望むのは、旧SAO時代から数えればもう何十度ではきかないが、空中から俯瞰するのとはまた異なる。威容と呼ぶべき圧力に、皆が息を呑む。
「······じゃあ、打ち合わせ通り、通常モンスターが出たら戦闘は極力回避しましょう。体力温存、それを頭にいれておいて」
戦略家のアスナがそう言うと、ユウキ達は無言で頷く。そして、交戦準備を怠らないように、それぞれが腰や背中に納めていた得物に手を伸ばし、戦闘に備える。
支援魔術に長けたシウネーが銀のロッドを掲げ、立て続けに幾つもの支援スペルを詠唱して八人のパーティーに鮮やかなライトエフェクトを包み込ませ、視界の左上に表示されているHPバーの下に複数のステータスアイコンが点灯する。
それに続いてスプリガンのノリが、全員に暗視魔法を掛けていく。ティファも魔法のいくつかを習得しているが、近接戦闘を得意とした彼女はそもそもスペルを覚えてない。殴れば充分なのだから、それ以上の支援は必要ないと考えている脳筋タイプなのだ。
それぞれにバフをかけ、準備が整ったところで、皆が皆顔を見合わせて頷き合い、前衛のユウキとティファに続いて迷宮区に入り込んだ。
実はティファはニブルヘイムでのガイドを任されたことがある。よってどこをどう進めば効率的に進めるか観察してわかるのである。
入口からしばらく続いた天然の洞窟が、石畳を組み合わせた人工の迷宮に変わると、場面転換するかのように空気が変わり、湿った冷気が空気と共に肺を満たす。
迷宮区内はうんざりするほど広く、そしてここに出現するモンスターのレベルも、フィールドに出てくる奴らとは比べ物にならないほど強く設定されている。
何より、ここでは翅を広げることは出来ない。空中からの攻撃、または回避をさせないように予めここは無効化エリアとして設定されているのだ。
マップデータを情報屋から事前に購入していたとはいえ、それでもボス部屋まで最短で三時間はかかるだろう。
なんて思ったのも束の間。
アスナが考えている予定よりも早く、ボス部屋前の長い回廊のところまでやって来ていた。
「······え? 早くない?」
アスナがそう言うのも無理はない。わずか一時間少しでボス部屋の扉が見える回廊までやって来たのだから、予想外の展開に思わず開いた口が塞がらなかった。
それもこれも、ユウキとティファ、それにスリーピング・ナイツ達の連携のおかげだ。彼女らは華麗なる連携術で、言葉も交わさず、小さな身振り手振りだけで仲間達がこれから繰り出すスキルを予想し、それの邪魔にならないように配慮しながら雑魚敵達を一掃していった。
もはや体力の余裕なんて考える必要もなかった。
アスナに至っては最後尾でただついていくだけで終わってしまい、スペルのスの字も言葉に出すことはなかった。
ボス部屋へ続く回廊を前進しながら、アスナは弱気というかぼやきを呟きながら傍ら同じウンディーネのシウネーに囁きかけた。
「なんだか·······私、本当に必要だったのかな? ティファさんに至ってはユウキと肩を並べて戦ってたし、あなた達を手助けできる余地なんてほとんどないような気がするんだけど」
「何を言うんですかアスナさん。貴女の指示があったからトラップも一度も踏みませんでしたし、戦闘も凄く僅かで済みましたし。前回のボス攻略なんて皆道に迷いっぱなしで遭遇する敵と全部戦っちゃってましたので、ボス部屋につく頃には随分消耗しちゃって、挑むことすら出来なかったんですよ?」
「いや、それはそれで凄いけどね·······っと、待ってユウキ」
アスナが少し高めた声でユウキを呼び止めると、拳を構えていたティファもゆっくりとした動作で姿勢を崩した。既にボス部屋前の長い回廊も半ば以上を踏破し、突き当たりのおどろおどろしい装飾を施された石扉の細部まで見て取れる。回廊の両脇には一定間隔で円柱が立っているが、その陰を含めてモンスターの姿はなかった。
「どうしたのアスナ?」
「しっ!」
口に人差し指を当てて静かにするように皆に言うアスナは、右手の短杖を掲げて、早口で少し長めのスペルワードを組み立てながら左手の平を胸の前で上向ける。
詠唱が完成し、手の平の上に胸鰭を翼のように長く伸ばした小さな魚が五匹出現し、青く透き通るその魚達に顔を寄せ、目指す方向に向かって軽く息を吹き掛ける。
サーチャー。
隠蔽呪文を看破するために特化した魔法。誰かが潜んでいるとわかった途端、魚達はぴちちっと跳ねてから、隠蔽呪文を使っている標的に向けて飛んでいく。五匹のうち二匹がアスナの目に止まった空気の揺らぎの中に突入した。
ぱっと青い光が広がった。
サーチャーが消滅し、その奥に出現した空気の膜が、たちまち崩れるように消えた。
「あっ!!」
ユウキが驚きの声を上げた。さっきまでなにもなかった円柱の向こうに、忽然と三人のプレイヤーが出現したのだ。
「ッ!!」
一番素早く動いたのはティファだった。一番近い相手の腕を引っ張り間接技を決めた瞬間武器を振り翳すのを妨害し、鳩尾にボディーブローをお見舞いし、魔法の詠唱を防ぐ。そして二人目、そいつに至ってはシンプルにかかと上段裏回し蹴りで頬を蹴り飛ばし、脳を揺さぶらせて混乱させる。
最後の一人、ティファは懐に潜り込むと一番強い一撃を突き刺そうとした瞬間、予想に反して慌てたように両手を上げて必死に叫んだ。
「ちょっ!? タイムタイム!! 戦う気はない!!」
焦ったような声に眉を顰めるも、ティファの拳はそいつの顔面、目と鼻の先で止まっていた。ティファがいつでも攻撃できるとわかったアスナは、彼女の隣に立ち詰問する。
「だったら何で武器なんて構えてるの!? ハイドまで使っておいて、後からやって来た私達を襲うためなんじゃないの!?」
「ご、誤解だって! ただの待ち合わせだよ。仲間が来るまでMobにタゲられると面倒だから隠れてたんだよ」
「·······」
それらしい言い訳を述べているが、怪しい点がいくつもある。そもそも隠蔽呪文の使用中は馬鹿にならない速度でマナが消費されるため、数十秒ごとに高価なポーションを飲み続ける必要がある。それをこんな迷宮区の最奥で隠れ続けていたなんて、どうも怪しい。
アスナに代わって、今もなお目の前に拳を構えているティファが言う。
「どうも怪しいね。最もらしいことを述べてるけど」
「だから本当だって、信じてくれよ!!」
「もし仮にそれが嘘じゃなかったとして·······まさかとは思うけど、
ティファはこれでも死線を乗り越えた歴戦の戦士である。相手の思い浮かべることなんてすぐに想像がつく。
ティファはこう考えていた。
先行プレイヤーがボスに挑んでいる間に、扉の付近からその様子をチラ見して、後から来た仲間達にその攻撃パターンを共有して必要な人材やアイテムを持ってこさせるといった戦法を取るのではないか、と。
警戒を解かないティファに、プレイヤーは続ける。
「ひ、被害妄想も大概にしてほしいな。流石にそんな後出しじゃんけんみたいなことはしないよ」
「······」
どうも怪しい。
ことによると、更にボス攻略中に妨害を仕掛けてきてラストアタックを自分達のものにするという考えまで浮かんでしまう。
すると、ティファの隣に立っていたアスナが彼女の肩に手を置き、首を横に振る。
これ以上話し合っていても仕方がないと判断したのだろう。この攻略のリーダーは実質的にアスナだ。最後に決めるのは自分ではない、アスナ自身だ。
よってティファは拳を下ろすとゆっくりと背中を向けずに一歩下がっていく。
「さっきティファさんが言った可能性を捨てきれないけど·······邪魔する気はないんでしょうね?」
「勿論、なんなら俺達はこのまま一度引き下がるから、その間に先に挑んでくれや。それなら安心だろ?」
「·······」
「おいおい、いつまでもそんなに警戒してんじゃねぇよ。俺は仲間を待っているだけ、本当にただそれだけさ、じゃあな」
そう言って回廊を後にするプレイヤー達。
本当にただの考えすぎか?
しかし、ティファはそう思わなかったらしい。その僅かな笑みに隠されている本当の狙いに気づいていたからだ。仲間のシルフが両手を掲げて、慣れた口調でハイドスペルを唱えると、その術者の足元から緑色の空気の渦巻きが巻き起こり、三人の体を包む膜となった。これで、三人のプレイヤー達の姿は確認できない。回廊を後にする歩き方をしていたから恐らくは後退したんだろうが、いつ引き返してくるのかわからない。
ともあれ、今そんなことを考えても仕方ない。
今はボス攻略に専念しよう。
「とりあえず、予定どおり一度中の様子を見てみましょう」
アスナが言うと、ユウキは笑顔いっぱいで頷いた。
「いよいよだね! さあ、頑張ろうみんな!!」
手を大きく掲げてやる気を見せるユウキに、スリーピング・ナイツの面子は声を出して賛同した。
その間、ティファはアスナに助言する。
「アスナ」
「わかってます、ティファさん·······恐らくあの人達は偵察部隊です。どんな手段を使っているかはわかりませんが、盗み見している可能性があると思います」
「だったら······」
「でももう引き返せません。今できるのはボスの攻略パターンを覚えることと、最悪の場合、倒されてもすぐにここに戻ってくることだけです」
ならばそれ以上考えるのはよそう。
黒光りする岩で出来た二枚扉は、抵抗するかのように軋みの声を上げて、雷鳴のようにゴロゴロと回廊全体を響かせる。
内部は完全な漆黒に染まっていた。
かと思いきや、侵入者を知らせるように青白いかがり火が二つ、ぼっと吹き上がった。続いてその左右の二つ、僅かな時間差を置いて無数の炎が輪を描くように立ち上っていく。
ボス攻略にありがちな派手な照明演出。
見た感じ、ボス部屋は完全な円形だった。床面は磨かれた黒い石敷き、広さも相当なものだ。一番奥の壁に、ボスがいるであろう上層へと繋がる階段を隠す扉が見える。
「みんな、行くわよ!」
それを合図に、ジュンとテッチが思い切り良く部屋の中へと走り込んだ。そしてティファもスライディングするように部屋の中へと立つと、すぐさま周囲を見回す。
全員がアスナに指示されたポジションにつくと、それぞれが得物を構えて交戦準備に取りかかる。と、同時に、部屋の中央に荒削りの巨大なポリゴン塊がポップした。黒いキューブ状のそれらは複雑に絡み合い、ガキゴキと音を鳴らして、それは次第に人型へと変貌する。
データの集合体。
最後に無数の破片を宙に散らしてその姿を実体化させると、身の丈四メートルはあると思われる黒い巨人の姿が現れた。
見た目どおり、一歩踏み出すだけで地震のような揺れがパーティー全体の足を揺らす。そして、二つの頭と四本の腕を容赦なく加減もなく、自らの領地へ侵入してきた者達を赤く光る四つの眼で睨み付け、ユウキ達目掛けてその二つの巨大なハンマーを叩きつけた。
<><><><><>
「ちっくしょおおおおお! やっぱダメか!!」
最後に倒されて転移してきたノリが床に倒れて深いため息をついている。
八人がいるのはセーブクリスタルの周囲。なぜそんなところに一瞬で移動してきたのか、そんなの二十七層のボスの猛攻に全滅させられたからである。
「うぅ~、頑張ったのになぁ~」
無念そうに肩を落とすユウキだったが、ティファの一声で全員がすぐさま飛び起きる。
「みんな!!」
「「「「「!?」」」」」
「すぐに戻るよ!! このままじゃボス攻略を他のプレイヤーかギルドに先を越されちゃうッ!!」
「「「「「え!?」」」」」
宿屋へ戻って作戦会議とか、そんな暇はなかった。ティファに続いてアスナが繋げる。
「皆も見たでしょ!? ボス部屋前にいたプレイヤー達を! あれは絶対に偵察部隊、私達が挑んでいる間にボスの攻撃パターンを見て今頃他の仲間達に伝わってるはずだよ!!」
「で、でも、あの人達はただの待ち合わせだって」
「そう思うのも無理はないけど、あれはボス攻略専門ギルドの斥候隊。同盟ギルド以外のプレイヤーがボスに挑戦するのを監視してるのよ。多分前の層でも、その前も、みんながボス部屋に入るところからずっと見られていたに違いないわ!!」
「え!?」
アスナがそう言うも、丸眼鏡のタルケンが、指先まで伸ばした右手をぴっと上げてから口を開いた。
「し、しかし、ワタクシ達がボス部屋に入った後、すぐに扉は閉まったんですよ。情報収集と言っても、戦闘そのものはほとんど見られなかったのでは?」
「えぇ、だから私、ボスだけじゃなく皆のことも観察していたの。それでわかったの。戦闘の終盤でジュンの足元に小さな灰色のトカゲがちょろちょろしているのに。あれは闇魔法の『
「········ってことは、つまり」
顎に手を当てていたユウキが眼を丸くして驚いたように大声で叫んでいた。
「二十五層と二十六層でボク達が全滅した後、すぐにボスが攻略されちゃったのは偶然じゃなかったってこと!?」
その声に反応したのはティファだった。
「そういうこと。つまり今回も私達は噛ませ犬役を演じさせられたってこと。だから急いで戻らないと!!」
「けど、そんな短時間に人を集められるかな? 今現実世界では昼の二時半。こんな時間に何十人も集めるのは、いくら大規模なギルド同盟でも大変なはずだよね?」
「そう、だからそれを逆手に取るんだよユウキ。少なく見積もっても一時間はかかると思う。その間隙を突く。よく聞いてみんな、あと五分でミーティングを終えて、三十分でボス部屋まで戻る!! それが最短で効率よく行える攻略法だわ!!」
「えぇ!?」
「私達ならできる! この人数でも、あのボスを倒せる!」
「ほ、ほんとに?」
「私を信じてユウキ! 私も皆を信じるから、皆も私を信じて!!」
こんな短時間の作戦会議は初めてだ。
間違いなく、SAO時代の血盟騎士団の副団長としての頭角が現れたのだろう。最短ですぐさま作戦を練る。まさに智将、アスナはそんなことなど思わずにたったの四分でレクチャーを終わらせたあと、アイテム欄を開いて攻略予算で買い込んでいた大量の回復ポーション類を実体化させる。
休んでいる暇はない。
みんなには飲みながら走るように指示し、一分一秒でもあの場所に戻ろうと駆け抜けていく。
そんな中、ユウキがアスナとティファの横に並ぶように走って微笑みながら言う。
「ボクの勘は間違ってなかったよ! やっぱり二人に頼んでおいてよかった!! もし攻略が上手く行かなくても、ボクの気持ちは変わらないからね。だから先に言っておくよ·······ありがとう、アスナ、ティファ!!」
その言葉にアスナとティファは互いに顔を合わせるも、二人揃って笑顔になり、ユウキにこう告げる。
「お礼はまだ早いよユウキ」
「え?」
「その言葉は祝勝会の時まで取っておいてね。それじゃあ、もう一度頑張ってみよう!!」