ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第8章

 

 

花は嫌いかどうかと聞かれたら、今は好きな方と答えるだろう。

 

特に黄色い花。名前は確か「ササユリ」だったか。

 

正確な名前は知らないが、その花の花言葉は“再会”。

 

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色鮮やかで、あの廃れた街では珍しく咲いていた花。土地が枯れている中で綺麗に咲き誇っていた花はとても美しく、見た者の心を清らかにしてくれた。

 

クラウドもその一人だった。

 

ほとんどのものに対して興味がない彼が見惚れてしまうほどの花。

 

あの時、“彼女”に出会って花をくれなかったら一生花に対して興味が湧いていなかったろう。あの引っ込み思案で人見知りでコミュ障陰キャな自分があそこまで変われたのは、彼女のおかげと言っても良いかもしれない。それくらいの影響力を彼女は持っていた。

 

今となってはいい思い出だ················いや、忘れてはいけない思い出だ。

 

一生、あの時のことは忘れない。

 

“あいつら”の分まで生きるために。

 

もう二度と················忘れない。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

『それ』はどこかを歩いていた。

 

腰まである長い髪の色は不自然な色················この世界ではそうでもないか?

 

要は、現実的な色ではなかった。

 

長い髪で整った顔立ちであるため女性のように見えるが体格からして違うだろう。明確な姿はよくわからなかったが明らかに不自然な見た目をしているそれは、どう考えても異常だった。しかし、それの姿は人の目を引く。スタイルの優れた姿であることよりも、もっと不自然な現象が注目を浴びる要因となる。

 

ノイズだ。

 

ひっそりと咲く小さな花のようにその場を歩くそれは、その輪郭を時々歪ませる。風に流される霧のように、受信状況の悪いテレビのように、ザザザと耳障りな音を立てて、グニャグニャとシルエットを崩してまた元に戻る。

 

ノイズがまた揺れたと思った時には、その姿は明確な形へと変貌した。

 

特徴を簡単に言えば、()()()()()()()()

 

胸元が開いている装備に身を包んだそれは尚も歩く。場所はどこか、具体的な特徴物がそこらに置いてない限り特定は難しい場所。

 

だが、そこには他にプレイヤーがいた。

通常のプレイヤーとは違って、オレンジ色の菱形を頭の上に浮かばせているプレイヤー達は急な出来事に困惑していた。

 

しかし、動揺はしていない。

 

通常なら大騒ぎになりそうな光景だが、周囲にいるプレイヤーの反応は『注目を浴びる』程度のものでしかない。

 

そこにいるやつらはこの世界では異端者、もしくは異常者か。それに加え、ここは仮想世界。通常の思考回路を持っていない連中からすれば、大抵の不自然な状況でさえも拒絶することなく受け入れられる。

 

バグか何かだと。

 

 

「おいおいなんだぁ? なんなんだこりゃあ?」

 

 

そう言って、それに向かって歩いてきたのはフードを被ったプレイヤーだった。全員がフードを被っているが、そいつの頬には入れ墨のようなものが入れられているため他の奴らよりも偉そうだった。どんな状況でも楽しむのが彼らのモットーであるため、彼らはニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながらそれに近づいて行く。

 

それの存在をただのイベントとして受け入れて、取り囲むようにしてそれぞれ配置に着く。

 

 

「まったく。こんなわけのわかんないイベントまで用意してるとは、随分と手の込んだことしやがるな開発者は」

 

 

そいつらの目はそれを捉えていない。

 

ただのイベントとして受け入れているというよりかは、“獲物”として見ているように見える。つまり、そこらにいる通常プレイヤーと同じように扱っている。

 

この世界での彼らは脅威。故に、彼らに怖いものなどない。

だからだろうか、目の前にいるそれをただの獲物として見てしまっていた。

 

得物を持てば自分たちは無敵だと思っているのか、それぞれが得意とする得物を取り出して弄ぶように揺らしている。挑発にも見えるそれは、長髪で整った顔立ちをしているそれに対して煽りを入れている。

 

自信満々、やる気満々といった感じで矛先をそれに向けている。

 

 

それは幸運なのか。

または不運なのか。

 

 

どう捉えるかは、その人達次第。

 

 

『········································』

 

 

それは小さく笑う。

歪ませて、哀れみを交えながらも愉快そうな視線で彼らを見ていた。

 

笑って。

 

嗤って。

 

咲って。

 

自分よりも背の低い連中を見つめて、にっこりと。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

辺り一面にどこまでも続いている色とりどりの花が咲き誇っているフィールドはとても美しく、プレイヤー達を虜にするほどの絶景が広がる四十七層の『フローリア』へ、クラウドは来ていた。

 

待ち合わせ場所である。

 

 

「················································」

 

 

あちこちで友人なり恋人なりが合流しては広場から離れていく景色の中、一人だけポツンと待ち続けるのは結構しんどいが、彼は気にしていない様子だった。

 

ここはカップルにとってはかなりのデートスポットらしく、イチャイチャした雰囲気が周りに漂っている。円形の広場を細い通路が十字に描かれ、レンガで囲まれた庭園のような場所だった。

 

そんな中でクラウドは、大きくて重量も相当な大剣を背負って腕を組んで佇んでいる。恋人同士が行き交うデートスポットの中でたった一人で佇んでいるクラウドに対して周りは小声でヒソヒソと何か言葉を交わしているが、気にする必要はない。というか気にしてしまっては負けである。

 

それに、自分はただ待っているだけ。

 

昨日会ったばかりの少女とこれからクエストに向かうために、敢えて早めに待ち合わせ場所にやって来たのだ。

 

故に自分は独りというわけではない、一人なだけなのだ。

 

なんのクエストなのかとかは具体的には聞いていなかったが、『思い出の丘』と言っていたことから恐らくは使い魔の蘇生であろう。だから、先にその『思い出の丘』がある四十七層の転移門前にやって来たのだが、

 

 

「················································」

 

 

来ないな、とクラウドは心の中で呆然と呟く。

 

本来なら時間までどっかで暇を潰していようと考えていたのだが、そもそも大前提の具体的な時間を知らせるのを忘れて明日の朝としか書いてなかったので、結果としてずっと立ちっ放しだ。

 

ブラックな企業にかつて所属していたせいで時間厳守することを身につけていた癖もあるのだが、待ち合わせ時刻を指定していなかったのもあり、遅刻しないようにあれこれ努力してかなり前からここに立っていたのだが、今のところ来る気配はない。

 

朝の六時からもうかれこれ四時間ほどここに立っている。もしかしてすっぽかされたか、場所間違えたか、なんてことまで考えてしまう始末。何時まで朝と呼ばれる時間帯なのかは具体的には知らないが、あっちが遅れてくるのでは何のための配慮だったんだろう、とため息を吐く。

 

かと言って悪いのは自分であり、今から一旦自分の拠点地に戻ったとしてもすでに待ち合わせ場所にいるし、ここを出た途端にすれ違いになるかもしれない。

 

クラウドは疲れたように肩を落として後悔する。あの時ちゃんと具体的な時間を伝えておけばよかった、予めすぐに連絡とかできるように連絡先とか何処にいるのかとか聞いておけばよかった、と。

 

まさかこんなところでもコミュニケーション不足に悩まされるとは··············立っているのも疲れて来たので花を囲う柵に腰を下ろす。

 

 

「················································」

 

 

たまに彼は考えてしまう、なぜ自分はここにいるのだろうかと。

ここに来た理由は調査のためだったはず、なのに今はこうして誰かの依頼を受けて生計を立てている日々が続いている。

 

それもネット空間に存在する仮想世界で、だ。

 

別に依頼を引き受けてお金を得ること自体が嫌なわけではない。現実世界でも昔やっていたわけだし、慣れているから気にしてはいない。

 

問題は、何故こんなことをしなければならないのかということだ。

 

自分は今頃、いつものように宅配の仕事をして、仲間達と静かに暮らしているはずだった。なのに、今は何故かネットに存在する偽物の世界に閉じ込められて、皆から救援プレイヤーだのチーターだのという肩書きで呼ばれて、勝手に讃えるわ恨まれるわで毎日苦労する羽目になっている。

 

それがなんとなくだがクラウドは嫌だった。

 

ここに来たのは、“あいつ”の痕跡を探すこと。そして事件解決に導くこと、ただそれだけの仕事であった。

 

それが今では一年近くこんなところで過ごしている。

 

一年あれば何が出来ただろう。少なくとも、こんな偽物の世界で偽物のお金を稼いで偽物の食事を摂るなんてことにはならなかったはずだ。満たされないものに苦しんでいる気がする。それがなんとも虚しく、なんとも言えない感情に包まれていて苦しい。

 

自分はこんなところで何してるんだろうかと、時々虚無感のような感情が胸の中から溢れ出て来て、いつもいつも苦しい想いをするのがたまらなく辛い。

 

························仲間に会いたい。

 

そんな気持ちが一日過ぎる毎に膨れ上がっていく。それがどうしようもなく疲れてしまう原因の一つ。昔はこんなこと思ったことなかったのに、何故かその思いが常に頭から離れない。

 

顔には出ていないがなんか徐々に精神がおかしくなっていっているような気がする。依頼を引き受けることで気を紛らわしているのだが、疲れは溜まっていく一方だ。体力というよりかは、精神的な疲れが目立っている気がする。その気持ち自体プログラムされた偽物の感情なんじゃないかと彼は思っていた。

 

というか、そう思いたかった。

 

そもそもこの体だって偽物なんだから疲れが溜まるはずないのにと、クラウドは重たくゆっくりとため息を吐く。

 

と、そんな疲労感漂うクラウドに、

 

 

「〜〜〜♪」

 

「?」

 

 

滑らかなメロディが聞こえて来た。

 

透き通るような歌声は女性のもの、そしてどこか幼さも混じった声色だった。

 

不思議と耳に入ってくる歌声にクラウドは顔をあげて周囲を見渡す。

 

すると、クラウドよりも小さな女の子が反対側の柵に腰をかけて歌を歌っていたのが目に入った。彼女は白く、白く、白い印象を持つ少女で骨董系価値がありそうな白いリュートを奏でている。楽器を調律するような音と少女の歌声は見事に一つの音楽を奏でており、この庭園をさらに美しくしている。

 

咲き誇る花たちがそれに応えるように揺れる。そよ風が彼女の肌を優しく撫でる。

 

詠唱のような歌詞ではあったが、その少女の歌声には感情があった。旋律を奏でながら人々を思いやる気持ちが伝わってきた気がした。

 

 

「······················································」

 

 

クラウドは歌に関してはあまり知識がない。

 

彼女の姿からして、恋愛歌や民衆的な歌を歌いながら諸国を遍歴した詩人音楽家の『吟遊詩人』といったところだろうか。

 

かつてミッドガルができる遥か昔、それも『古代種』と呼ばれる者たちがまだ多くいた時代まで遡るくらいにも、吟遊詩人と呼ばれる者達が詩曲を作って各地を訪れて歌っていたらしい。

 

クラウドは歌自体はそんなに聞いたことがないし、歌ったことがない。軍歌というか社歌みたいなものは歌ったことはあるが、あんなものとは比べものにならないほど芸術的で幻想的な歌声だった。聞いている者達の心に人肌のような優しい温もりが伝わり、耳元には聞き惚れる柔らかい歌声、奏でられる楽器からは緩やかな音色を響かせている。

 

歌は嫌いじゃないが興味がなかった。音色に合わせて歌詞を読むことにどんな意味があるのか自体深く考えたことはなかった。

 

しかし、彼は今日初めて知る。

 

歌には緊張や不安といったものをほぐす効果があるということを、クラウドはこの時初めて知った。

 

このデスゲームの中で奏でられる歌声は、プレイヤー達の抱えている不安を和らげている。

 

立派な救いだった。少女の滑らかな歌は尚も続いている。

 

温かい光の中にあるような詠唱、恐らくは本来の世界ではそんな効力すら発せれないのかもしれない。だが、それでも彼女の歌は美しかった。

 

クラウドはただそれを聞いていた。ろくな考えしか浮かばなかった頭で、自分には絶対出せない歌声を。

 

そうした中、

 

 

「あ、いた! クラウドさ〜ん!!」

 

「!」

 

 

また別の少女の声がクラウドの元へと飛びかかってきた。

クラウドがそちらへ振り返ると、少年少女の二人がこちらに接近してくるところだった。

 

昨日会ったばかりの少女シリカと、その隣にいる少年は。

 

隣にいる················少年は·······················

 

 

「·························?」

 

「な、なんだよ?」

 

 

誰だろう? と、クラウドはわかっていないのか首を傾げている。

 

見覚えはあった。

だが、よく考えたら少年の方は名前を聞き忘れていたなとこの時思い出した。

 

日常会話の中で幾度も少年の名前は出てきたはずなのだが、どうやらクラウドは覚えていないみたいである。クラウドは目線を少年の頭の方に持って行くと、そこには《kirito》と表記されていた。名前は分かったものの、これからその名前を呼べるかどうかはクラウド次第のため、成り行きを見守る他ない。

 

ところでシリカの方だが、以前見た時とは違った装備でやって来ていた。

 

肩まである茶色い髪を両側で束ねているのは変わらないが、今までの黄色い装備とは違って赤い防具に身を包んでいた。

 

レベルが短期間で上げられない分、装備でその差を埋めるという戦法か。昨日の今日でもう装備を変えたようだが、なぜかその装備はシリカにすごく似合っていた。戦闘スタイル的に見れば動きに無駄がないように軽量化されていて、短剣を使うシリカにはぴったりだった。防御力としては片手剣や大剣スタイルのプレイヤーには劣るかもしれないが、俊敏性のあるシリカであれば問題ないだろう。

 

たとえ危機に陥っても、こっちがサポートすればいいだけだ。

 

というわけで、

 

 

「行くぞ」

 

「会って早々いきなり!?」

 

 

無事合流できたんでクラウドは足に力を込めて立ち上がる。

 

まだ会ったばかりなんですからもう少しお話しましょうよー! なんて甲高い抗議の台詞が後ろから聞こえてくるが、彼は問答無用で先に歩いて行く。

 

 

「ああもう、なんでいつもあんなにマイペースに動くんですかあの人は!! 私たちも行きますよキリトさん!!」

 

「え、ちょ!?」

 

 

シリカは言い終えると同時にキリトの手をガシィ!! と掴み、ズルズルと引き摺って先に行ったクラウドを追いかけて行く。キリトはシリカの急な行動に戸惑って何度も瞬きをしているが、やれやれといった感じでそのまま流されるようについて行った。

 

マイペースだと言っていたが、彼はいつも通り平常運転だ。

空気が読めないというわけでもない。むしろこれでも読んでる方だと思っている。

 

いつまでもこんなところにいられないのだ。というか、いたくないのだ。

 

ここはデートスポットであるため、男一人でいたクラウドはすでに周りから浮いて見えてしまっている。そしてそこに二人の男女がやって来たことによって、少年少女のお二人はカップルだと周りは認識していることだろう。そんな中に、パーティーメンバーとはいえ一人でポツンと待っていた奴の所に、男と女の二人でやって来たシリカとキリトが合流してきたことによって、周りからはどう見られているか。

 

想像したくない。想像した瞬間、自分が惨めになりそうだった。

だからこそ、周りから哀れな目で見られることを避けるために彼は先に歩き始めた。

 

何やら頬を膨らませているシリカと、苦笑いをしているキリト。密かに手を繋いで歩いて行っている状態なのだが、幸か不幸か二人とも自覚がないままクラウドを追いかけてくる。

 

クラウドはそんな二人を気にしていないかのように先に歩いて行く。まるで、気にしては負けと言うかのように。

 

だが、クラウドには申し訳ないがすでに遅かった。

だってもう周りにいたカップル達は手を繋いでいる二人を見た後、その先を歩いているクラウドに対して、

 

 

『あんなにイケメンなのに················いつかあの人にもいい出会いが訪れますように』みたいな憐れみに満ちた目を向けていたのだから。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

花で埋め尽くされた道を三人は歩んで行く。

 

普通のフィールドとは違って計画段階から景観を意識して作られたせいだろうか、統一の取れた風景は他のフィールドとは違って若干の窮屈さを感じるものの、全体としてはやはり綺麗なものだった。

 

そう、綺麗さが目立つ故にここが戦場であるということを意識させてくれないのだ。剣を振るうにはあまりにも場違いに見える景観に、クラウドは落ち着かなかった。モンスターが出るというのはわかっていても、なんというか景色がその意識を途切れさせる。

 

そういう意味では難易度が高いフィールドと言ってもいい。

 

綺麗な景色に気を取られて戦意を削がれた所をモンスター達が襲撃してくる。これがこのフィールドの特徴だ。一見平和そうに見える場所だからこそプレイヤーは油断してしまうのだ。綺麗な風景を目にした瞬間人間は注意力を失う、それを狙って設計されたんだろう。

 

大袈裟に聞こえるかもしれないが、美しい光景に目を奪われて命を落とした事例なんていくらでもある。危険な絶景スポットと検索すれば、美しい光景に目を奪われて命を落としてしまったという事例がいくらでも出てくる。

 

だからここでの攻略法はただ一つ、油断しないこと。

 

常に周りを見ていつでも交戦できるように気を配れば、いつ襲われても対処できる。

 

そう思っていたのだが、

 

 

「すごい········っ!!」

 

「この層は『フラワーガーデン』って呼ばれていて、見てわかる通り街だけじゃなくてこのフィールド全体が花だらけなんだ」

 

「そうなんですね················とっても、綺麗ですっ!!」

 

 

目の前の景色に感動するあまり語彙力が欠如してしまっているシリカは、遥か彼方まで広がるお花畑に目を奪われてしまっている。

 

確かに、この光景を見れば誰もが美しいと思って立ち止まってしまうだろう。偽物とはいえ驚くほど精密に作り込まれたグラフィックに、今目の前にある花畑は本物だと錯覚してしまう。

 

だが、一応ここはフィールド。

 

モンスターが出るエリア。

 

危険地帯。

 

それをちゃんとわかっているんだろうかと、危機感があまりないように見える二人にクラウドは呆れたように目を細めている。のんびりと話しながら二人は歩いているため忘れそうになるが目的は使い魔の蘇生。二人の高レベルプレイヤーが応援について頼もしそうではあるが、もうちょっと緊張感は持って欲しいものだと思う。

 

心ゆくまで風景を楽しみながら先に歩いて行く二人の後を、クラウドは後ろから腕を組んでついて行っている。

 

シリカから人のペースも考えて動いてください! と頬を膨らませて言って来たので、クラウドは二人に合わせるように大人しく後ろからついて行くことにしたのだ。

 

 

「あの···············キリトさん。妹さんのこと聞いていいですか?」

 

「ど、どうしたんだい急に?」

 

「私に似てるって言ってたじゃないですか、それで気になっちゃって──────」

 

 

話題が変わると、それだけで風景の質が変わったような気もした。

クラウドはその会話に参加していないので別にどうでもいいのだが、確か現実世界の話題はここでは最大のタブーとなるのではなかったか。シリカは恐る恐るといった感じで躊躇しながらもそんな話題を振ったのを見ると、一応それがいけないことだとは理解しているようである。

 

キリトは若干渋っていたが、やがて自らポツリポツリと話し出した。その会話自体クラウドは興味はないのか聞き流している。そもそも後ろにいるため会話は途切れ途切れで断片的にしか聞こえない。聞こえたのは、仲はそんなに良くない、妹ではなく従姉妹、普段そんなに会話はしていないとか、そういう話が耳に入って来た。

 

明らかに重たい会話であったが故にクラウドは聞き流していた。

 

その会話にどう反応していいのかわからないのだろう、質問したシリカは何か返そうと努力しているものの口調がどこかふらふらとしている。そこから察するに、シリカにとってその会話は完全に理解ができないものだったのだと察せれる。彼女に兄や姉、弟や妹といったものがいないのかもしれない。だから言葉を詰まらせて、キリトの言葉にどう返したらいいのか迷っているのだろう。

 

それでも彼女は一生懸命に言葉を探して、慰めるような言葉をキリトに言っていた。

 

キリトはその言葉を聞いて笑顔になって、シリカの方もキリトが抱えていたものを自分に打ち明けてくれたことが嬉しかったのか微笑んでいた。

 

 

「··········································」

 

 

仲がいいのは結構なのだが、一応ここにもパーティーメンバーがいることを忘れてないか?

 

おかしい。

こんなの絶対おかしい。

 

フィールド上で何気ない会話を楽しむこと自体、緊張感が欠けていてどこかおかしく思えてしまうがそれ以上にその二人の輪の中に入れていない自分もおかしいと思う。せめて自分も参加できそうな話題であれば救われたものを、そんな重い話題についていくのは専門外だ。

 

··············馴染めない。

 

どうしたって無理だ。やはりコミュ障=決して相容れぬ敵、という図式が出来つつある。この攻略は、厳しい戦いになる。

 

昨日会ったばかりの奴らと仲良くならなければならないという難関に、クラウドは胸を苦しくする。

 

 

「? どうしたんですか、クラウドさん?」

 

 

そんなことを考えているのが悪かったのだろう。勝手に足が止まってしまっていた。

 

シリカがそんなクラウドに対して声をかけてくるも、クラウドはどこか上の空。あの輪の中に入っていくのがクラウドにとってはどのクエストよりも高難易度だった。昨日会ったばかりの奴らとパーティーを組んだのはいいが、彼らとどう接したらいいのかわからない。

 

どうやったら彼らと上手く話せるのか、そればかり考えてしまっている。

 

よって多少は注意散漫だったのも仕方なかったのかもしれない。

 

心配して声をかけてきてくれた少女の足元に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あ」

 

「え?」

 

 

クラウドはそれを見て思わず変な声を溢してしまったが、静かに忍び寄ったツタはシリカの足に絡まり、勢いよく引っ張られた。

 

よって、少女の悲鳴が炸裂した。

 

 

「き、キャアアアアアッ!? な、なにこれ気持ち悪いぃぃぃぃぃいいいッッッ!!!!」

 

 

急な出来事にシリカは混乱している。

 

草むらから伸びて来ていたツタはシリカを宙吊りにすると、そのツタの主が草むらから姿を現した。大きさは大体人間の二倍程度の身長でどんなものでも丸呑みにしてしまいそうな大口を持った食人植物型モンスター。鋭い牙を無数に生え揃えた大口はシリカを丸呑みにしようと口を大きく開ける。

 

その時、その口からそのモンスターが放つ口臭がシリカを直撃するのだが、

 

 

「くっさあああああああああああいッッッ!!!!!!」

 

 

尋常でないほど臭かった。

 

鼻が曲がるほどの悪臭。呼吸をするので精一杯。

 

その臭いが鼻の中へと侵入した瞬間に一瞬目の前が暗闇になり、臭さで頭の中が混乱してなにも考えられなくなるという異常状態に陥っていた。

 

シリカは涙を浮かべながら鼻を塞ぐ。

臭いをこれ以上嗅がないようにするためというのもあったが、何より見た目が生理的に受け付けなくて激しい吐き気を催していた。

 

イソギンチャクのような、先端が目にも見える触手に覆われた醜悪な姿。そして不快感を抱かせるためなのか、植物性を目立たせるために濃い緑系の配色がさらにグロテスクな見た目にさせている。とにかく、その食人植物が放つくさい息が嫌悪感を抱かせる。くさい息を吸わないように片手で口ごと鼻を塞ぎながら、シリカは目をつぶって短剣を無我夢中で振り回している。

 

 

「おい! 落ち着けシリカ! こいつそんなに強くない! お前でも余裕持って倒せる!」

 

「きっ、キリトさん! クラウドさん! 助けて!! 見ないで助けてぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「·············それは、ちょっと無理だよ」

 

 

顔を真っ赤にしながら救いを求めてくるものの、無茶な事を言うものだ。見ずに攻撃を当てろというのか。

 

キリトの言葉は届いていないのか、シリカは悲鳴をあげるように必死に叫んでいた。

足を上にして宙吊りにされているせいで重力を受けたスカートがどうしても下がって来てしまう。片方の手は鼻を塞ぎ、もう片方でスカートの裾を押さえるシリカであったが、モンスターは弄ぶようにシリカの体を左右に揺らしているせいでうまく押さえられない。おかげで彼女のパンツは二人からは丸見えだ。

 

言われた通り見ないように左手で目を覆うキリトだが、クラウドは気抜けしたように呆然としていた。

 

クラウドの瞳はシリカを捉えていない。むしろモンスターにだけ注目していた。

 

·············見覚えがあったのだ。

 

現実世界で幾度も戦ったモンスターがこの世界にも現れたことにどう思えばいいのかわからなくなっていた。

 

何せ、そのモンスターはクラウドにとってもトラウマだったからだ。

 

キリトは強くないと言っていたが、こいつは確か相当手強かったはずだ。このモンスターの放つ「臭い息」にどれだけ苦しめられたことか。味方全員がその息を嗅いだ瞬間に毒、沈黙、睡眠、混乱、ミニマム、トードといった何らかのステータス異常を負うことになったため、クラウドはそのモンスターが苦手だった。

 

特にトードが最悪だった。カエルの姿にされた時はマジで心が折れそうになった。

 

だがそうも言ってられない。

このままではシリカがこいつに食べられてしまう。

 

ゴバッ!! という轟音が炸裂した。

 

クラウドは最大の速度で間合いを詰めるため、足元のレンガの小道を爆発させて一気に駆けた。

 

激突まで、時間にして二秒もない。鼻が曲がるような臭いがクラウドにまで届く距離まで来ると、次の瞬間には膨大な悪臭が場の空気を一気に殺伐としたものへと変貌させる。横薙ぎに一閃、その瞬間に体中の粘液が放たれ、超やばい空気が辺りに充満する。

 

確かに、キリトの言った通り弱かった。一撃で倒せるほど弱かったが、臭いは現実世界の奴と変わらないほど強烈。

 

豊かな香りを漂わせる綺麗な花がいくつも咲くお花畑に、顔を顰めるほどの悪臭が三人の鼻を襲う。

 

鼻がひん曲がりそうな悪臭に三人が苦しみながらも、クラウドはモンスターを倒した後シリカを無事受け止める。もっと空気が良ければ青春のワンシーンのような雰囲気になっていたのだが、周りの空気がそれをダメにしてしまっている。

 

クラウドはシリカをゆっくりと下ろす。

 

シリカは変わらず鼻を押さえ、涙が溢れそうになりながらもクラウドの方に振り向き、

 

 

「た、助けてくれてありがとうございます························あ、あの············クラウドさん」

 

「·········································?」

 

「························見ました?」

 

「?」

 

 

ぺたりと座り込んでしまっているシリカと目が合うが、クラウドは何をだ? といった顔をする。

 

ブルブルと小刻みに震える彼女の顔は真っ赤になり、目尻にやや涙が浮かびかけている。

 

しかし、クラウドは本気で何のことなのかわかっていなかった。ずっとあのモルボルもどきに注目していて、どうやってシリカを助けるかということしか頭になかった。なので、何を見たのか尋ねられたらモンスターにしか注目していなかったとしか答えられない。

 

だが、このまま何も答えなければおそらく彼女をさらに不安にさせてしまう。

 

沈黙は肯定を意味する。何を肯定したのかはわからないが、おそらくシリカにとってそれは自分自身のプライドに大きく関わるものだ。あそこまで目尻に涙を浮かばせているのを見ると、彼女自身の問題の解答を求めているということであろう。かと言って今更見てないと言っても、あれからだいぶ時間が経っているため説得力に欠けて余計に彼女を傷つけてしまう。

 

結局シリカに何を言ってもどうにもならないと考えたクラウドは、予想外ながらも予想通りの面倒な展開に進まないように、この場にふさわしい言葉を素直に告げる。

 

 

「すまない」

 

「〜〜〜っ///」

 

 

それを聞いた瞬間、さらに顔を真っ赤にさせたシリカは泣きながらダメージにならない攻撃をクラウドの胸に連続させる。

 

ポカポカという効果音だけが、しばらくの間辺りに響いていたんだそうな。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

それからというもの、何回も臭い息を吐くモンスターと五回もエンカウント。

先へ先へと進むごとに、奴らのリスポーンする回数が増えていく。思い出の丘にそう簡単にはたどり着けないようにしているのはわかるが、マジでゴキブリみたいにどこからでも湧いてくる。

 

鬱陶しく何回も現れるモンスターに三人が不快に思う。

 

そもそも臭い息撒き散らしてしかもグロテスクで生理的に受け付けない見た目をしている奴らなんかに良い要素などない。

 

何かしらの美点を見つけようとしても、よくて弱いというのと、リスポーンされるのがほぼ同種であることからテクスチャの処理を気にして使い回しにされているという点だろう。

 

比較対象を誤った。ゴキブリみたいにわらわらと湧いてくるモンスター達は実にしつこい雑草そのもの。

 

やってもやっても生えてくる、誰か雑草処理業者連れてこい。

 

さて、ここでの攻略法はもう大体慣れたはずだ。

 

故に、キリトとクラウドは手を出していない。リスポンされればシリカが刈っている。経験値を効率的に稼ぐためだ。この中で一番レベルが低いのはシリカだ、なので彼女が率先的に倒すことで普段よりも早く経験値が貯まっていき、レベルがすぐに上がる。

 

実際、この短時間でレベルが一ほど上がってしまった。少しずつ落ち着いてきたのか最初シリカの体はカチコチに固まっていたが、戦闘の動きを見ると緊張の色が削げていっている。慣れてきたという証拠だろう、これならもうアシスト無しでも攻略できそうだ。

 

自分の身は自分で守りながら三人は赤レンガの小道を進んでいくと、色とりどりの花が咲き乱れる登り道が見えてきた。

 

一際小高い丘。

 

おそらくあそこが今回の目的地、『思い出の丘』であろう。

 

 

「あれが『思い出の丘』。あそこで使い魔を蘇生させるためのアイテムが手に入るんだ」

 

「·············あれが」

 

「ただ登るだけの一本道だけど、ここからさらにモンスターは多くなる。気を引き締めていこう」

 

「··························はい!」

 

 

目的地が見えたことで一瞬安堵してしまったが最後まで油断してはいけないとキリトが念を押す。

 

もうすぐ生き返らせられる喜びで自然と引っ張られるように思い出の丘へと足を進めるが、キリトの言う通りリスポン数が異常に増えた。先に助言されていたこともあって、シリカは既に交戦準備を終えている。キリトから渡された黒い短剣は不思議と自分の手に合ったおかげか、今では指先を動かすくらいのレベルで扱える。

 

威力も高く、加えて連撃に優れた戦闘スタイルであったため、シリカは大概の敵は一人で落とせるくらいまで成長していた。

 

キリトとクラウドの方はどうかというと、それぞれが得意とする得物を自分の体の一部と認識しているかのように、軽々と武器を振ってモンスター達を撃破していっている。キリトは片手剣であるため一体一体丁寧に倒していっているが、クラウドは身の丈ほどの大きさの大剣を軽々と振るうことで、複数のモンスターをまとめて撃破している。

 

 

(桁が·············違い過ぎる)

 

 

シリカは二人を見てそう思った。

 

主にクラウドを見て、だ。

 

見ていればなんとなくだがわかる。彼は普通のプレイヤーとは違う。人と人の実力差ではない何かを彼から感じ取った。

 

なんて言い現せば良いのか、言葉で説明すること自体難しい。強いて言うならまるでネットワークRPGでレベルが百以上違うキャラクターを相手にしているように感じる。何かトリックがあって攻撃が効かないのではなく、単純に『経験と実力』が凄すぎて比較にはならない。

 

キリトも、隣で戦う彼を見てそう思ったらしい。

あの武器を何年も使っているように見えた。それこそ、このゲームが始まる前から。

 

しかし、だからこそ疑問に思う。

 

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ハイレベルな戦いをしている奴がわざわざこんなことをしているのはおかしい。シリカとは昨日初めて会ったばかりだというのに、彼は一緒について行くと自ら申し出てきた。理由はわからないが、少なくともキリトと同じ理由なわけがない。妹に似てるからとか、そんな都合よく理由が被る訳が無い。

 

そういえば他にも疑問に思うところがある。初めて会った時も彼はハイレベルのプレイヤーでありながら、それよりも下のレベルの階層で彼は攻略していた。目的があってあそこにいたのは確かだが、そんな高レベルのプレイヤーがなんでレベルの低い場所で攻略していたんだろうか。

 

装備についてもそう、彼の装備は一階層から全然変わっていない。シリカは知らないだろうが、キリトは第一層の攻略時に彼を見ている。その時のことはまだ鮮明に覚えている。故に、彼があの時どんな姿だったかもすぐに思い出せる。今この場にいる彼も、あの時と同じ初期装備でいる。

 

普通ならあり得ない。

 

初期の装備に身を包んで攻略なんて、正気ではない。攻略組じゃない奴らでさえも、お金を貯めて上の層でレベルの高い防具や武器を買っているというのに、彼は今日まで初期の装備のまま攻略している。明らかに異常だ、何故もっといい装備にしないのか理解できない。

 

疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 

問い詰めたいところだが幾度もそのチャンスを逃し、そして今はモンスターの襲撃を退けることで精一杯でそれどころではない。なので今はそのことは置いといて攻略に集中しようと、そして攻略が終わった後に聞いてみようと、二人はそう思っていた。

 

クラウドのアシストもあって、いつの間にか思い出の丘までもう目と鼻の先の距離まで近づいていた。

 

というか、丘の頂上にすでに足をつけていた。

 

 

「うわぁ·············!!」

 

 

ようやくたどり着いた頂上は、空中の花畑。

辺り一面に咲き誇る花を一望できるその場所はまさに空中庭園と呼ぶに相応しかった。

 

美しい光景に目を奪われるが、目的を見失ってはいけない。

 

 

「こ、ここに··················蘇生の花が··················」

 

「ああ。ほら、あそこだ」

 

 

キリトが剣を背中に収めながら指をさす。

その先には、花畑の中央に白く輝く大きな岩があった。

 

岩というよりかは大理石で出来た台座。

 

シリカはそれを見ると二人を置いて勝手にそこに向かって走り出していた。

 

四角く切り取られて綺麗に磨かれた台座へと近づき、覗き込んだ瞬間に台座が光を放ち、その光の中から一輪の花を咲かす直前の蕾が現れた。

 

シリカはその蕾を恐る恐る手に取る。

 

その花の茎に触れた瞬間それは優しく砕け散り、シリカの手の中には鮮やかな光だけが残されていた。光は徐々に弱まって行き、視認できるくらいの光まで収まると、種子が芽吹いて一輪の花を咲かせた。

 

美しい花に息を飲むシリカは、そっとその花の表面に触れる。

 

 

『プネウマの花』

 

 

と、書かれたネームウィンドウが表示される。

 

その花は辺り一面に咲いているどの花よりも美しく、幻想的で心が奪われるようだった。

 

 

「これで····················ピナが生き返るんですよね?」

 

「ああ」

 

「良かったぁ····················」

 

「でも、この辺はまだモンスターが湧く場所だから一旦街に戻ってから生き返らせた方がいい。その方がピナも喜ぶさ」

 

「はい!」

 

 

キリトの言葉に賛成すると、シリカはメインウィンドウを開いて花をそこにそっと乗せた。失くしたりしないようにアイテム欄の中に無事に格納されたことを確認すると、それを閉じる。

 

 

(ピナにまた会える!!)

 

 

そう思うと自然と高揚感に包まれる。

 

あとは帰って蘇生すればいいだけ。キリトから事前にどこか安全な街に即帰れるように転移結晶を渡されているが、使うまでもない。一気に帰還してしまえばすぐに生き返らせてあげられるが、これは緊急用に渡されたもの。命の危険を感じた場合のみに使用すると決めている。

 

今はまだその時ではない。

 

よって、三人は歩いて帰ることに決める。

 

幸運なことに、丘を降りるのは簡単だった。モンスター達が襲ってくることもなく、楽に麓まで辿り着けそうであった。

 

シリカは駆け下りるように先に麓まで降りて行き、その後を二人も追いかけて行く。

 

 

「························なぁ、あんた」

 

「?」

 

 

と、その時。

 

不意に隣からキリトが声をかけて来た。

妙に焦ったというか慎重そうな音色を秘めていた。クラウドはただ平然となんだ? とだけ返すと、キリトはそんなクラウドを睨みつけながら、

 

 

「あんた、一体なんなんだ? 一体何を企んでる?」

 

「?」

 

 

質問の意味がわからなかった。

よくわからない質問にクラウドが首を傾げていると、キリトは声のトーンを低くして、

 

 

「ずっとあんたに聞きたかった。なんでログアウトできないと既に報道されているのにログインして来たんだとか················聞きたいことが山ほどあるんだ」

 

 

その質問に、クラウドは眉をひそめた。

 

 

「あんたはどう考えても異常すぎるし不可解な点がありすぎる。装備も初期の頃から全く変わってないし、そんな状態で第一層のボスをたった一人で攻略するなんて明らかに無謀だし馬鹿げてる。ボスは複数のプレイヤーが協力して挑まれることを想定してHPも攻撃力も高く設定されているのに、アンタはたった一人で攻略した」

 

「それがなんだ? 別に一人じゃ絶対に倒せないと設定されているわけじゃないだろう。パーティーを組まなきゃ絶対に攻略できないなんて誰が決めたんだ?」

 

「確かにそうかもしれない。でも、普通はそんなことは実質不可能なはずなんだ。雑魚も湧いてくる中に攻撃力の高いボスに真っ先に狙われたら捌くのは至難の業だ。さらにはHPも高く設定されていて、一人のプレイヤーの攻撃で全部削るには時間がかかりすぎる。だから複数で挑んで雑魚の処理を担当するチーム、ボスに攻撃を加えるチームという風にいくつものチームに分かれて役割分担をして攻略するんだ。そうしないとすぐ死ぬからな。なのに、あんたは違った。普通のプレイヤーなら即HPを削られて命を落とすのに、あんたは何故かほぼ無傷であそこに立っていた」

 

「································」

 

「つまりあんた自体がおかしい。その装備だってそうだ。初期装備にしては変わりすぎてるし、何よりアンタが使っていたソードスキルの方も見たことがない。斬撃を飛ばすなんて、今の所使ってるのはあんただけだ。俺が知る限りでは、そんな技は実装されていないはずだ。実装されてもいないものをなんであんたは使ってる? というより、なんであんただけが使ってる?」

 

「································」

 

「もし隠し武器とかそういうのがあるんだったら、みんなの生存率をあげるために公開するべきだろう。公開してより強い武器をみんなに共有するべきなのに、何故かそれをしない。それはつまり隠しているか、もしくは自分にしか使えないか、あとはその武器の出所が自分にもわからないからだ。違うか?」

 

「································」

 

「今までの質問に何か答えられない理由があるならこれ以上は強引に深入りする気はない······················でも、これだけは聞かせてくれ」

 

「?」

 

「あんたは···········()()()()()()()()()()()?」

 

 

うざったい尋問でどこか言葉が足りていないようにも聞こえるものに、クラウドはめんどくさそうにする。

 

キリトの質問の意味がわからなかったクラウドはなんて答えたらいいのかわからなかった。本当にプレイヤーなのかと聞かれたら、一応プレイヤーということになる。この世界でゲームを攻略している者達のことをプレイヤーと呼ぶのなら、クラウドは歴としたプレイヤーである。

 

だがそもそも何故それを今聞く。

 

それを聞いて何になる。

 

それはどういう意味だ。

 

と、そればかりがこっちは気になる。

 

正直もううんざりだ。こういう展開を予想していなかった訳ではないが、何で今このタイミングでそれを聞く。

 

だが、答える義理はない。答えたところでこっちには何のメリットもない。答えた見返りに何かもらえる訳でもないし、他のプレイヤー達に代わりに弁明してくれるわけでもない。

 

素直にここに飛ばされたなんて説明してもどうせ信じない。気づいたらこの装備だったし、自分にもわからないが何故か使えていたなんて言っても、そんな都合のいい話なんてあるかと言ってくるに違いない。ここで何か説明したところで余計な誤解を生むだけ、また面倒な噂話が広まるだけだ。

 

そう思ってしばしの沈黙を貫くクラウドだったが、

 

 

「························!」

 

 

麓まで降りて来た瞬間、不穏な気配を感じ取った。

一見すると何も無いように思えるが、短い橋の先にある木陰から何人ものプレイヤーの気配を感じる。

 

その数人から感じ取れたのは敵意············いや殺意か。

 

それを感じた瞬間、クラウドの顔から一気に表情が消えた。キリトはまだ気づいていないようでこちらを睨んでいるが、クラウドは取り合わない。

 

明確にこちらに対して殺意を向けている連中にクラウドは警戒する。

 

 

「?」

 

 

キリトもそんなクラウドの表情を見て疑問に思ったのか、橋の向こうに注目する。

 

 

「っ!?」

 

 

と、ようやく気づいたのか、彼も表情を険しくさせて木陰に隠れている連中に警戒しだす。

 

 

「? キリトさん? クラウドさん?」

 

 

だがシリカだけはまだ気づいていなかった。

彼女は橋を渡ろうとしている。その先はデッドゾーンになりつつあることに彼女はまだ気づいていない。

 

クラウド達が急に立ち止まった事に疑問に思ったおかげで彼女は足を止めてくれたが、危機は今にも訪れようとしている。

 

首を傾げているシリカにクラウドは近づき、

 

 

「························退がれ」

 

「え?」

 

「出てこい。もうとっくに気付いているぞ、『()()()()()()()()』」

 

 

クラウドはそう言うと、シリカを自分の背中に隠すようにして自分の位置を調整する。ついでに目の前の景色に向かって、第三者に呼びかけるような台詞を投げかける。

 

端的に、それでいて率直に誰かに対して呼びかけると不意に気色の悪い風が吹いた。

 

そのタイミングを見計らったかのように、橋の向こうから一人のプレイヤーの影が現れる。

 

 

「え!?」

 

 

驚くことに、シリカはそのプレイヤーに対して見覚えがあった。

前回シリカはそのプレイヤーと一時的にパーティーを組み、彼女からの陰湿な嫌がらせに耐えきれなくなって自ら抜けたことがある。彼女はとにかくいい印象を持たない。昨日だって初対面のクラウドに対してウザく接してきた。

 

そんな奴が、何故か目の前に現れた。

 

隠れていたのを見破られたら素直に出てきて、自らを強烈に自己主張するように口を歪める。

 

そして見下すような視線でクラウド達を見つめて、シリカの動揺や警戒などお構い無しといった調子であっけらかんとした声で、

 

 

「アタシのハイディングを見破るどころかギルド名まで特定しているなんて················やっぱり侮れないわね、()()()()()

 

 

元からクラウドのことを知っているような口調で静かに告げると、イタズラのように口角を上げる。

 

 

「その様子だと首尾よく『プネウマの花』をゲットできたみたいねぇ?」

 

「言っただろ、今にわかると」

 

 

対して、クラウドも最初からわかっていたかのような口調で返す。

どういうことなのかわかってないのか、シリカもキリトも疑問の表情を浮かべている。

 

 

「あ〜、そんなこと言ってたわね。意味わかんなかったから二秒で忘れたけど············まぁ、一先ずはおめでとう、シリカちゃん。じゃ早速──────」

 

 

真っ赤な髪に十字の槍を装備している女性プレイヤー、ロザリアは相変わらずのウザさで自分を象徴するように、口元をばっくりと愉快に引き裂いた笑みを見せつけてこう言った。

 

 

 

 

「その花を大人しく渡しなさい」

 

 

 

 

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