カームの町を斜めに貫く、無機質な鉄筋で補強された古い石造りの城壁。
その町の入り口に佇む漆黒の愛車、フェンリルの車体からは低く沈んだ地鳴りのようなアイドリング音が絶え間なく木霊していた。
街のあちこちに縦横無尽に張り巡らされた錆び付いた給水パイプラインや、巨大な排気ダクトの列。
それら無骨な神羅の工業遺構とニブルヘイム系の古き村の構造の面影を色濃く残す木組みの古い家屋や、尖塔を戴いた城郭風の洋館群が、互いの領域を侵食し合うようにして歪に調和している。それが、魔晄都市ミッドガルの崩壊を経てなお、力強い歩みを止めないこの町の現在の全貌であった。
元々ミッドガルに近かったからか、魔晄を吸い上げたことによる煤煙と年月によって黒ずんだ、煉瓦造りの狭隘な路地。そこへ滑り込ませた巨体を静かに停止させると、クラウド・ストライフは慣れた手つきでサイドスタンドを蹴り出した。
石畳をブーツの底で踏み締め、フェンリルから降り立つ。
新たに作ったリアキャリアスペースに堅牢なベルトで固定されていた四角いダンボールを大事に扱うような手つきで抱え上げる。何が入っているのかはわからないが、そのずっしりとした重量感を両腕に受け止めながら彼は石畳を踏み締め、目的地の玄関先へと歩み寄った。鉄格子の嵌められた重厚な木製の扉を、その無骨な拳で二度ノックする。
「ストライフ・デリバリーサービスだ。荷物を届けにきた」
それが彼の今の仕事。
元々はクラウドが何でも屋を継続している中、依頼主から荷物の配達を頼まれたことがきっかけで配達屋へと転身した。神羅カンパニーが崩壊して治安が悪化し、そして街の外はモンスターが徘徊する危険地帯なので、街から街への移動は一般人には危険すぎる。
だからこそ、モンスターに襲われても心配ないソルジャーの身体能力を持つクラウドの配達サービスはバイク便のため大きな荷物は運べないものの、ある意味確実に届けてくれるからということで評判もよく、そして需要もある。
やがて。
扉の内側からレンズを通して外の様子を見たであろうお客様の手によって、年季の入った鍵が擦れ合う重い金属音が響き、ゆっくりと扉が開かれた。
中から顔を出したのは、この街の片隅で神羅の旧式ジャンクパーツや日用雑貨を商う、顔に深い皺を刻んだ初老の男だった。
「待たせたな、サインを頼む」
クラウドは低く、だが驚くほど明瞭な声でそう告げると、片手でバインダーに挟まれた伝票と黒い万年筆を差し出した。
男は機能性を最優先にした厚手の作業着の袖をまくり、クラウドの顔を一瞥して『はい、ご苦労さん』とぶっきらぼうに呟いた。
手慣れた、力強い筆跡で受領欄にサインを書き込んでいく。
「ほら」
「確かに」
クラウドは手際よく伝票を回収し、それと引き換えに依頼の荷物を慎重に手渡した。
受け渡しの瞬間、開いたドアの隙間から男の背後に隠れるようにして幼い孫娘が顔を覗かせた。彼女の丸い瞳は、クラウドの腰のホルダーに背負われた合体剣の鈍い銀色の輝きを放つ大ぶりな刀身へと釘付けになっていた。
六つの剣を一つにすることで、圧倒的な質量を持つ大剣へと変貌するその武器。
本来ならば、愛車フェンリルの左右に備えられた専用の格納部分に分割して収められているものだ。しかし、モンスターの徘徊する荒野ならいざ知らず、こうした人の出入りがある街中での配達中、目を離した隙にバイクから盗難に遭うリスクを考慮し、最も中核となる『ファースト剣』だけは常に腰のホルダーへと収め、肌身離さず携帯している。
その純粋な視線に気付かぬ風を装いながら、クラウドは僅かに重心を動かし、不器用な口調のまま静かに言葉を付け加える。
「またの利用を待っている」
社交辞令とは程遠い、ぶっきらぼうで短いその挨拶に雑貨店の主人はふんと鼻を鳴らして苦笑いを浮かべた。
ここも随分と変わった。
ミッドガルに近いという立地も災いしたのだろう。あの究極魔法『メテオ』の直撃を受けた大都市の余波で、このカームもまた一部分が崩壊するという傷を負っていた。
そしてミッドガルは廃墟と化し、無人となり、新たな都市であるエッジをミッドガルの周囲の瓦礫を利用して建設されたわけだが、もう人々はミッドガル付近には近付きたくないと思う人々が多くなったこともあって、その影響でこのカームも観光客などが少なくなり、今では昔から住んでいる人くらいしか残っていない。
さっきの男も元々はそういう方面の商売はしていなかった。
だが、ミッドガルの崩壊、資源不足の影響もあって、神羅の旧式ジャンクパーツや日用雑貨はレア物として扱われる。それを売って生計を立てているのだろう。
それでもここの町の人々は前に進み続けることをやめず、今でも平和に暮らし続けている。
絶望することなくここに留まり、最後まで生まれ育った町で過ごすという意思が、あちこちの排気ダクトから漏れ出る白い煙が証明している。
クラウドはそれ以上言葉を重ねることもなく踵を返し、中央広場に聳え立つ巨大な魔晄エネルギータンクを見上げながら、フェンリルの元へと歩調を進めた。
ゴーグルを目につけイグニッションキーを時計回りに回すと、車体の中枢に組み込まれた高出力エンジンから、密度のある通電音が鳴り響いた。スターターボタンを親指で押し込んだ瞬間、四つの独立した排気口を持つエンジンが猛獣の咆哮を思わせる鋭い鼓動を打って覚醒する。
腹の底を揺るがすような重低音の排気鳴動が、カームの入り組んだ石畳と歴史を物語る煉瓦壁の間に激しく反響した。クラウドはクラッチレバーを握り、シフトペダルを叩いてローギアへと叩き込む。左手の力を僅かに緩めると、フェンリルの巨体は滑るように滑らかに発進した。
町の境界線を示す城門から去っていくと、それまでの穏やかな風景は一気に一変し、眼前にはどこまでも荒涼とした乾いた大地が果てしなく広がっていた。
ほぼ獣道に等しい街道に出たと同時に、クラウドは右手を大きく捻り、スロットルを開放した。
フェンリルの前二輪・後一輪という特殊な接地形状を誇る極太のタイヤが、荒野の砂利を噛み締める。ド派手なマフラーから絶え間なく吐き出される重低音の排気鳴動は、一瞬にして爆発的な高音の咆哮へとその音響を変容させ、大気の壁を振動させる。
瞬時に跳ね上がる、規格外の加速G。
それがクラウドの衣服を激しく引き千切らんばかりになびかせ、乗り手の強靭な体幹へと圧倒的な風圧の負荷を齎した。
しかし、ハンドルを握る両腕には微塵の怯えもブレもない。
むしろ、地平線の彼方へと一直線に伸びる未舗装のハイウェイを見据える彼の瞳の奥には、純粋な走りの歓喜が静かに灯っていた。左右のフロントアクスルから複雑に突き出した独立サスペンションのアームが、路面の細かなでこぼこや陥没をミリ単位で瞬時に知覚し、車体の姿勢を常に完全な水平へと引き戻していく。
旧時代のハイウェイの残骸、亀裂の入ったアスファルトを踏み越えるたび、フェンリルのショックアブソーバーがしなやかに収縮し、次の瞬間には鉄の塊を宙へと軽々と跳ね上げそうなほどの凄まじい躍動感を生み出していく。
クラウドは腰の重心を僅かに内側へと移し、車体との完璧な人車一体のバランスを維持しながら、正面から吹き付ける猛烈な熱風を切り裂いた。
ゴーグルの向こう側を走馬灯のように超速度で通り過ぎていくのは、風化の進んだ大地の色彩と、かつてミッドガルを支えていた錆び付いた超巨大な鉄柱の列。
スピードメーターのデジタル表示が限界領域へと達しそうな中、幅が広いリアタイヤが巻き上げる強烈な砂煙が、後方へ向かって一筋の美しい尾を引くようにして鮮やかに広がっていった。
これは単なる物資の移動手段ではない。
自らの研ぎ澄まされた感覚と、この最高峰の愛車の挙動が、一切の乱れもなく完璧にシンクロする瞬間。
頭の中に纏わり付く過去の呪縛や余計な思索の全てが、速度の彼方へと瞬時に削ぎ落とされていく。この時間こそが、現在のクラウドにとって何物にも代えがたい精神の安定を覚える瞬間であった。
エンジンが発する強烈な高熱がふくらはぎを焦がすように伝わり、排気ガスの匂いが熱風の中に混ざり合う。
「·······」
その速度の只中でクラウドは微かに口元を緩め、さらに深くスロットルを絞り込んだ。
フェンリルは主の意志に応えて歓喜の叫びを上げるかのように、エンジン回転数を限界へと跳ね上げ、枯れた大地を真っ二つに切り裂きながら、ミッドガルに代わる新たな都市、エッジへと突進していった。
カームから荒野を瞬く間に走破し、長い傾斜を一気に駆け抜けたクラウドの視界に、ついに本拠地であるエッジの全貌がその全容を現した。
そこは以前と違い、青空とは無縁の常に重苦しい灰色の雲に覆われた街並みではなく、今も再生を象徴するために建設作業を進めている、ミッドガルっぽい無骨で超巨大な構造物が聳え立つ街だった。
視界の遥か彼方、大地の奥深くに巨大な楔を打ち込むようにして聳え立っているのは、かつてこの世界の覇権を握っていた神羅カンパニーの残骸、魔晄都市ミッドガルの巨大な遺構である。
空を覆い尽くすほどのスケールを持つ、その巨大な円盤状のプレートは各所が爆発によって引き裂かれ、鉄骨が骨組みのように無惨に剥き出しになり、半ば傾いた状態で沈黙を保っていた。
上層プレートの表面には、用途を失った巨大なドーム状の施設や、窓ガラスの割れ落ちた高層ビル群の残骸、そしてまるで巨大な墓標のように天を突くクレーンや排気塔のシルエットが、薄暗い空気の中に不気味に浮かび上がっている。
その超巨大な建造物の足元に縋り付くようにして人々が作り上げた境界線こそが、新都市エッジであった。
クラウドがフェンリルの速度を落としながら見下ろしたその市街地は、今では希望の象徴となっていながらも、どこか混沌とした異様な密度を持っていた。
四角く区切られたプレハブやコンクリートの構造物がどこまでも平地に連なり、灰色の壁面や錆びた屋根が隙間なくひしめき合っている。プレート落下の衝撃による莫大な瓦礫を片付け、あるいはその廃材をそのまま壁材や支柱として再利用しながら建てられた細長い建造物群が、まるで巨大な迷路のような網の目を形成していた。整然と伸びる直線道路には物資を運ぶ大型トラックや人々の往来が豆粒のように小さく見え、あちこちの家々の隙間からは、夕飯の支度を示す薄い白煙が細く立ち上っている。
希望の象徴と言ったが、それはある意味皮肉にも捉えられる。
そもそもミッドガルの残骸で作った街だ。ゴミを再利用して作った街並みは廃れているようで、世紀末のようにも感じられるのは仕方のないことだった。
だが。
都市の残骸という圧倒的な過去の遺物の影で、人々が静かに、執念深く生き抜こうとしている力強い息遣いが、その密集した灰色の街並み全体から肌を刺すような現実感をもって伝わってくるようだった。
クラウドはさらにスピードを緩め、フェンリルのエンジン音を静かなアイドリングへと鎮めながら、それらの建物の隙間を縫うように走る狭い舗装路へと滑り込んだ。タイヤが奏でるロードノイズがアスファルトのそれに変わり、小刻みな振動が収まった車体から蓄積された熱気がふわりと大気へと逃げていく。
デリバリーサービスの拠点であり、彼らの帰るべき場所である自宅兼店舗の裏手まで正確に走り寄せ、クラウドは静かにフェンリルを停止させた。サイドスタンドを力強く蹴り出し、キルスイッチを切って長旅を共にしたエンジンを完全に沈黙させる。
「フゥ·······」
静寂の戻った空間で、ゴーグルを頭の上に跳ね上げた。
頬を撫でるエッジの生温かい風には、かすかに酒場の厨房から漂うスパイスの効いた煮込みの匂いと、排気ガスの匂いが混ざり合っている。
居住スペースの裏口のドアノブを潜る。
家の中は、やはり昼下がり特有の気だるい静けさに包まれていた。
マリンとデンゼルはまだ学校の授業の最中であり、廊下には足音一つ聞こえない。
革手袋を片手ずつ丁寧に外し、そして背中から大剣を下ろし、長年の習慣となった無駄のない手つきで壁に設置された所定の鉄製ラックへと置いて預けてから、そのまま酒場のフロアへと直結している重い内扉に手をかけた。
ティファがこの新しい街で再びその名を誇り高く掲げ、ゼロから蘇らせた酒場────セブンスヘブン。
きい、という乾いた木肌の擦れる音を立てて扉を開けると、昼を過ぎたばかりの店内には予想通り客の姿はまだなかった。
店の中はほとんどコンクリで出来ており、感覚としては地下ライブ会場のような作りである。壁にはいくつもの写真、絵が四角い額縁の中に収められて飾られており、そして午後の淡い光が斜めに差し込んだカウンターの奥では背後の棚に整然と並ぶボトルがアルコールらしく琥珀色の鈍い輝きを返している。
その静まり返ったフロアの片隅。
カウンターの向こう側で、ティファは夜の本格的な営業へ向けた仕込みの真っ最中であった。
白い布巾でガラスのタンブラーを丁寧に拭き上げる彼女の細い背中。
しかしクラウドの目は、その背中に纏わり付く、いつもとは違う決定的な異物感を見逃さなかった。
「ティファ········?」
「!!」
クラウドがいつもの低い声で呼び掛けると、ティファは手を止めて弾むような動作でくるりと振り返った。
その美しい容貌にはいつもと変わらない、旅人を労うような穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「あ、おかえりクラウド」
「あ、あぁ·······ただいま」
変わらない表情、だからいつもの対応で終わるはずだった。
しかし。
彼女の姿を捉えたクラウドの鋭い視線は、反射的にその『右肩のパーツ』へと釘付けになった。
黒い特殊合成繊維で編み込まれた細いハーネス、それがティファの柔らかな肩から胸元にかけてしっかりと固定されている。
そして。
その小さな土台の上にまるで鎮座するようにして載っていたのは、アルミを寸分の狂いもなく精密に削り出して作られた、直径七センチほどの半球形の奇妙なデバイスだった。
上部を覆う透明なアクリル製のドームは、店内の僅かな照明を浴びて、まるで生き物の瞳のように怪しく光を反射している。
それがただの安価な飾りでも、神羅の残した兵器の産物でもないことは彼の直感が一目で看破していた。
この街の中でそんなデバイス、あまり見かけないというのが逆に怪しいポイントとなり、つまりは誰が作ったのかすぐに分かった。
────チャドリーか。
とはいえ、今それについて一体なんなのかを一番詳しいティファに聞くのが手っ取り早い。
「ティファ、それは?」
「あぁ、これはね────」
クラウドがそのデバイスを指差し、その異質な機械へと冷徹なまでの視線を注いでいた、まさにその時だった。
ウィーン。
ティファが説明しようとした瞬間、店内の張り詰めた静寂を切り裂くように、滑らかなモーター音が店内に響き渡った。
空間に浮かぶ微細な塵を払うかのように、ドームの奥で格納されていた極小のレンズが僅かに角度を変え、クラウドの顔が見える座標へと正確にピントを合わせて固定される。
驚きに僅かに目を細めたクラウドの耳に、その小さな金属の塊の底面に仕込まれたスピーカーから、空気の震えを伴って。
そして驚くほど鮮烈で、透明な声が飛び込んできた。
この星には物理的にも、論理的にも絶対に存在するはずのない、しかしあまりにも深く脳裏に刻み込まれている、あの“天真爛漫な少女”の響き。
『
それは遥か彼方。
「な·······ッ!?」
予想だにしなかった時空の超越と、あまりにも唐突な展開。
クラウドは一瞬、肺の空気を全て搾り取られたかのように呼吸を忘れ、その場で僅かに眉間を険しく歪めたまま、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
<><><><><>
時計の針をほんの数日ほど巻き戻す。
場所はアルヴヘイム・オンラインの内部。
そこで知る人ぞ知るという、謂わば穴場スポットという立ち位置でひっそりと経営している、酒場『セブンスヘブン』でのことだった。
現実世界で母親との和解を果たして帰還したアスナが酒場へとやってきた時、室内はすでに張り詰めた熱気と電子ウインドウの放つ淡い燐光によって満たされていた。
部屋の中央に据えられたテーブルの上には、数多のシステムログや未知の数式が複雑に絡み合う半透明のモニターが幾重にも展開している。
その中心に鎮座していたのは、キリトが現実世界の学校におけるメカトロニクスコースの課題として、幾度もの試行錯誤を重ねて組み上げた直径七センチほどの半球形ガジェット。
《視聴覚双方向通信プローブ》の設計図面であった。
アルミから寸分の狂いもなく削り出された堅牢な基部。その内部の精密なセンサー基盤を保護するように被せられた、滑らかな湾曲を描く透明なアクリル製のドーム。
そのガジェットを挟み込むようにして、黒の剣士キリトと、神羅カンパニーのマッドサイエンティストが生み出したサイボーグのチャドリーが、互いの視線を交錯させながら極めて難解で高度な技術の理論についての意見交換を行なっていた。
キリトの傍らでは小さな妖精の姿をしたナビゲーション・ピクシーのユイがその可憐な翅を細かく震わせながら、二つの異なる世界のシステム言語をリアルタイムで翻訳し、制御ウインドウを器用に書き換えている。
「キリトさん、このドームの内部に格納された集光レンズの同調レートですが、波長の収束率を最低でもあと二パーセントは引き上げるべきです。こちらの環境、星のエネルギーである『魔晄』の固有振動数は僕達の想像以上に不規則な影響力を持っています。現行の補正値では、高深度での空間接続を確立した瞬間、レンズの信号に致命的な遅延が生じ、映像の同期が崩壊しかねません」
チャドリーが手元の演算モニターに表示された複雑な回路を指差すと、キリトは入力端末のキーを叩き、その指摘を構造図の最適化メモとして書き込んでいく。
「言いたいことは分かるよチャドリー。でもその魔晄っていうものの干渉波を力技で押さえ込もうとすると、今度はアミュスフィア側のセーフティがバグとして通信を遮断してしまうんだ。だからこそ、ユイが設定してくれた自動翻訳システムの最深部に、変調フィルターを二重に配置する構造を思いついた。向こうの環境音や気候のノイズをただ排除するんじゃなく、こちらのオブジェクト信号に擬似的に逆転写して同調させる。これならアミュスフィアとネットワーク、そしてそっちの通信への負荷を最小限に分散できるはずだろ?」
キリトが修正を施した図面データを空間上にスライドさせると、チャドリーはそれを視線で受け止め、深く感嘆するように小さく息を吐いた。
「なるほど、システム言語の翻訳ではなく、オブジェクトそのものを偽装して中継点にするわけですか。その発想は僕のデータベースにはありませんでした。仮想世界の開拓者としてのあなたの発想には敬意を表せざるを得ませんね」
「はい!! パパのその設計であれば、私が提案した演算領域を一時的にバッファとして割り当てるだけで、データ損失の確率は理論上ゼロに近くなります!!」
キリトの肩から小さな妖精の姿をしたナビゲーション・ピクシーのユイがパッと両手を叩いて嬉しそうに賛同の意を示した。
「········キリト君達が何言ってるのかチンプンカンプンなんだけど」
「確かに、私達には難しい話だよね」
アスナはその一連の白熱した議論を静かに見守りながら、ティファの淹れたてのコーヒーが入った陶器のマグカップをそっとテーブルの端へと差し置いた。
現実世界の抑圧から解き放たれ、自分らしくあることを認められた今の彼女にとって、目の前で繰り広げられている『世界を繋ぐ奇跡』の光景は、何物にも代えがたい未来への希望そのものであった。
だが言っていることが難しすぎて、もはや呪文にしか聞こえない。かれこれ三◯分以上話し合っているが、今どこら辺まで進んでいるのかさっぱり分からない。
「じゃ、あとはこれで」
「はい。僕のところでキリトさんの作った視聴覚双方向通信プローブを再現し、テストするだけです」
そこでようやく開発の最終段階に入ったのか。
これ以上の難解なシステム理論の構築は必要とせず、デバイスの改修作業が事実上の最終段階へと突入したその瞬間。
カチャリと静かな音響を立てて、酒場の入り口の扉が内側へと押し開かれた。
「おっ、やっぱり何かやってる!! 何だか外にまで楽しそうな話声が漏れてたから、気になって覗きにきちゃったよ!」
鈴を転がすような滑らかな声を響かせながら軽快な足取りで中に入ってきたのは、スリーピング・ナイツのリーダーであり、この世界の住人と呼ぶに相応しいほどに絶対的な剣技を身につけた少女、ユウキであった。
彼女は長い紫の髪を軽やかに靡かせながらテーブルの側へと歩み寄り、キリトが指でホログラムウインドウを叩いて修正メモを書き加え終えたばかりの図面を、興味津々といった眼差しで覗き込む。
「へぇ、何これ? 画面に複雑な線がいっぱいあってボクにはちょっとよく分からないや。キリトもチャドリーも何のゲームをしてるの?」
場を和ませるようなユウキの冗談めかした問いかけに対し、キリトは作業の手を止め、画面上の明滅が安定したのを見届けてから、真剣でありながらもどこか弾んだ声色で彼女の方へ振り返った。
「ああ、ユウキ。チャドリーの助言のおかげで向こうの環境特有のノイズを相殺する仕組みの目処が立ったところなんだ。これで、あっちの世界········クラウド達のいる世界へ通信できるシステムの設計が整ったんだよ」
「ふぅ〜ん、そうなんだ········································え?」
聞き間違いだろうか。
そんな感じでユウキは異様に間を開け、そして目を丸くし、何度も何度も瞬きを繰り返している。
だが今一度キリトが作っていたその図面を食い入るように見て、これがとんでもないものであると理解していくごとに、ユウキは思わず大声で叫んでいた。
「えぇッ!? これでクラウドの世界に行けるのッ!?」
予想だにしなかった壮大で衝撃的な事実に、ユウキは再び驚きのあまり目を丸くしたものの、次の瞬間にはいつもの眩いばかりの満面の笑顔をその表情に咲かせ、身を乗り出すようにして声を弾ませた。
「す、凄いや! 本当にあっちの世界と繋がっちゃうんだね!! それじゃあ今すぐその機械を動かして、みんなでクラウドのところに遊びに行こうよ!!」
興奮を隠しきれない様子のユウキであったが、その隣でホログラムウインドウを見つめていたチャドリーが静かに首を横に振ってその熱を宥めるように告げた。
「いえ、ユウキさん。僕達が今完成させたのは、設計の基礎となる図面だけです。この接続実験を本格的に開始するためには、まず僕がこの図面データを僕自身のラボへと持ち帰り、現実世界の技術、マテリアなどを用いて実際にこの視聴覚双方向通信プローブを製造、調整しなければなりません。実物を作って各種のハードウェアチェックを済ませてから、ようやく本当のテストが始まります」
「あ、なーんだそっかぁ。クラウド達の方の世界で作ってからじゃないとダメなんだね。ちょっと残念」
ユウキは少しだけ唇を尖らせたものの、すぐにその知的好奇心に満ちた視線をチャドリーへと戻した。
チャドリーはキリトから送られた設計図の完成データを手元の端末へと格納し、そしてキリトはチャドリーへと完成した図面データを厳重に転送し終えると自身の胸を力強く叩いて前へと踏み出した。
「チャドリー、そっちの世界での実機の製造と調整は任せる。それでなんだけど··········視聴覚双方向通信プローブが完成したら、最初のテストプレイヤーは俺にやらせてくれ。発案者として、もしものトラブルには俺が一番迅速に対応できるはずだ」
ある意味当然の提案だった。
開発の主導者はキリトであり、チャドリーの助言を受けながら幾度も試行錯誤を重ねてきたのだ。
完成の瞬間に立ち会うテストプレイヤーとして、自らが真っ先に名乗りを上げるのは技術者として当然の、そして抑えきれない衝動だった。
しかし。
キリトが強く志願したその瞬間。
「いいえ、キリトさん。申し訳ないですが、テストプレイヤーはあなたではありません」
チャドリーは冷静な、しかし一切の忖度や妥協を許さない眼差しで少年の言葉を遮った。
その無慈悲なまでの拒否反応に、キリトの表情が固まった。
設計の基礎を組み上げ、システム負荷の分散まで私生活を削って用意してきた自負がある。
黙って引き下がれるわけがなかった。
「な、なんでだよ!? 構造の隅々まで知り尽くしている俺以上に最初のダイブに向いてる奴なんていないだろ!?」
納得がいかず、思わず声を荒らげるキリト。
だがチャドリーはその気迫に微塵も揺らぐことなく、どこまでも合理的な正論を淡々と紡ぐ。
「技術的なエラーの解析や修正だけであればキリトさんの言う通りです。しかし、これは未知の異世界ネットワークへの人類史上初となる“超空間接続実験”。単なる映像データの送受信ではなく、次元の壁を突破するために、プレイヤーの生体量子そのものを向こう側のプローブへ直接同調させます。万が一、接続の瞬間に予期せぬシステム異常や過度な精神的負荷、あるいは二つの世界における『時間の揺らぎ』の拒絶反応に直面した時、超感覚的な機転によって情報の激流を受け流し、自己の精神を維持・防衛できるのは、あなたのような技術者ではありません。このフルダイブ環境において誰よりも長い時間を過ごし、精神のあり方を仮想空間そのものと同化させている人間······すなわち、みなさんの中で最も『精神力が高い者』でなければならないのです」
そう言うチャドリーの合理的な視線が、キリトの反論を完全に封じ込めたまま。
「ユウキさん、お願いできますか?」
「「「!?」」」
「え·······? ボ、ボク·······?」
突如として指名されたユウキは一瞬だけ言葉を失い、戸惑うように自身の胸を小さな手で指差した。
キリトとアスナも思わず目を見開いていた。ティファに至っては洗っていたマグカップを落としてしまったくらいだ。
だが。
その驚愕するユウキの姿を見つめるうち、キリトの脳裏に電撃のような納得感が駆け巡った。
(確かに·······ユウキなら納得せざるを得ない)
医療用フルダイブ機器『メディキュボイド』による、気が遠くなるほどに過酷で圧倒的な滞在時間。
そしてそこから得た、仮想世界そのものと同化するような凄まじい精神の適応力。
それだけは開発者であるキリトであっても、逆立ちしたって絶対に敵わないのだ。
そして、指名されたユウキ。
いつもならどんな強敵相手でも真っ先に飛び出していく彼女の身体が、微かに強張っている。
それは無理もないことだった。
今から行おうとしているのは、VRゲームへのフルダイブではない。まだ誰も足を踏み入れたことのない、この世界の論理すら通用しないかもしれない未知の『異世界』への旅路なのだ。
もしシステムが暴走したら、自分の精神はどうなってしまうのか。
予測不可能な事態に呑み込まれてしまうのではないか。
全身の細胞が、これまでに経験したことのない未知の緊張感に震えていた。
「·········ッ!!」
しかし。
ユウキの瞳の奥で燻っていた心の灯火は、その恐怖を瞬時に焼き尽くすようにして燃え上がった。
誰も見たことのない世界。
クラウド達が生きる星の息吹が流れる次元。
そこへ、疑似的とはいえ人類で一番最初に飛び込めるのだ。
恐怖による震えはいつしか、身体の内側から湧き上がってくる抑えきれないほどの強烈なワクワク感へと塗り替えられていく。
鼓動が激しく刻まれるたび、胸の奥から突き上げてくる未知への歓喜が、彼女の表情をいつもの元気一杯なものへと変えていった。
「へ、へへっ········何だかとんでもない大役を任されちゃったみたいだね。何が起こるか分からないなんてちょっと怖い気もするけど·······でも、そんな面白そうな特等席、他の誰にも譲りたくないや!! 仮想世界での滞在時間とこの環境への順応力なら、確かに誰にも負ける気はしないからね」
「ユウキ···········」
アスナは素直に言って心配だった。
彼女は病気だ。
そのせいで自分達よりも長く仮想空間にいるわけだが、病を持っている状態の彼女に無理はさせたくなかった。
でも。
その彼女の笑顔。
そしてやる気。
それを見てしまったら止めようにも止められなかった。
「よし!! キリト達みんなが作ってくれたその最高のフルダイブ技術、ベータテストはボクに任せてよ!!」
彼女の迷いのない、そして未知の恐怖を並外れた高揚感へと昇華させたその言葉は。
周囲の僅かな不安を瞬時に吹き飛ばした。
<><><><><>
それからしばらく経ち。
キリト達の手によって作成された異世界を跨ぐ機器の設計図面は、チャドリーという最高のサイボーグの手によって現実世界で実体化されていた。
舞台は再び崩壊したミッドガルの隣に作られたエッジへと移行する。
お昼を過ぎたばかりの静まり返ったラボで、チャドリーは慎重な手つきで完成した《視聴覚双方向通信プローブ》をティファの衣服の上へと装着させていた。
黒い特殊合成繊維で編み込まれた細いハーネスによって、彼女のしなやかな肩の特等席に厳重に固定されたその機械は、直径七センチほどの半球形をしていた。
今のこの世界では古い技術にも思えるが、その機械には目には見えない次元の糸をユウキのいる仮想空間へと伸ばし、微かな熱を帯び始めていた。
ネットに常時繋げるのは、チャドリーが自ら開発した独自の通信用小型デバイス。
それは異世界間をも光速で連結し、大容量のデータを一切の遅延なく受信・暗号化する超高性能な情報端末であった。ティファはその薄型のデバイスをポケットへと滑り込ませ、機械が装着されている肩の重みを僅かに感じながら、チャドリーの手元を凝視した。
仮想世界側でアミュスフィアを介して意識を送り込んでいるはずのユウキの精神を迎え入れるため、チャドリーは手元の小型端末のコンソールへと鋭い視線を注ぐ。
接続同期シークエンスが完全な定着を示すのを見届け、彼はドーム型の装置に向かって低く落ち着いた声で呼びかけた。
「どうでしょうかユウキさん? 聞こえてますか?」
次元の壁を越えた通信の最終チェック。
張り詰めた緊張感が周囲を満たす。
『··············』
しかし、デバイスに組み込まれた極小のスピーカーからは、期待していたような声は返ってこなかった。
ただ、電子のノイズだけが微かに空間を震わせる。
「「?」」
ユウキの無反応にティファ達だけでなく、ここにはいない、向こう側でおそらく静かに無事を祈ってるであろうキリトやアスナ達の焦燥が、ネットワークの微弱な揺らぎとなって伝わってくるようだった。
何せ、全ての責任はこちら側にあるのだ。だからか彼らの意識が第六感で伝わってきた。
装着者であるティファもまた、胸の奥に沸き起こる不安を押し殺すようにして、優しく語りかけるように声をかけた。
「ユ、ユウキ? 大丈夫·········?」
沈黙が数秒、まるで永遠の長さを持って引き延ばされたかのように感じられた。
その時だった。
ドームの奥、プローブ内部に設置されていた小さなレンズがウィーンという音を立て始め、まるで周囲を見るように左右に動いた。
スピーカーの振動板を震わせて響いてきたのは、いつもの天真爛漫な叫びではなく、どこか吐息の漏れるような、唖然とした少女の声だった。
『ここが·········クラウド達の、世界·········?』
それは恐怖でもなく、不具合による苦痛でもない。
圧倒的な驚愕と感動のあまりに声を失っていた、テストプレイヤーの呟きであった。
プローブのレンズを通じてユウキの脳内へとリアルタイムで投影されているのは、中世ヨーロッパのような建物が立ち並ぶアインクラッドの美しい景色とも異なる、無骨なコンクリートと鉄筋がひしめくエッジの全貌。
そして。
かつてこの世界を救うために戦ったあのティファが今まさに現実の体を持って目の前で微笑みかけているという、信じ難い現実の光景そのものだった。
疑似的とはいえ、ついに時空の法則を破り、本当に異世界の大地へと降り立ったという事実が、絶剣と呼ばれた少女の心を激しく揺さぶっていた。
「ふぅ·········よかった」
ユウキのその感動に包まれた声を聞き、ティファは安堵のあまりに深く胸を撫で下ろし、深いため息を漏らした。
通信線が正常にかつ極めて高い同調率で機能していることを確認したチャドリーもまた、片眼鏡の奥の瞳を僅かに緩め、満足げな手つきで調整端末の接続を解除した。
「どうやら上手くいったようですね。ですがユウキさん、ティファさん、どうか用心してください。この機械はまだ再現したばかりの試作段階であり、各種の制御パラメータにはまだまだ改良の余地が残されています。ティファさん、スタビライザーによる姿勢制御は組み込んでありますが、機材への余計な負荷を避けるため、極力激しい動きは避けてください。ユウキさんも向こうの干渉波が乱れる原因になりますので、あまり大声は出さないようにお願い致します。繊細な音声フィルターの故障の原因にもなりかねませんので」
「了解。気をつけるね、チャドリー」
ティファは肩のプローブを庇うようにして背筋を伸ばし、悪戯っぽく微笑みながら返答した。
そして。
肩に乗っかっている通信プローブに向かって、ティファは初めてやって来たお客さんを迎え入れるようなトーンで語りかける。
「じゃあユウキ、まずは私の店まで行こっか。その間にこの世界の景色も観れるだろうし。とは言っても、歩いて三分くらいの距離だけどね」
『うん!! 行こう行こう!! 早く行こう!!』
大興奮のあまりスピーカーの許容音量を僅かに超えそうなほどの勢い。
その無邪気な叫びにティファは思わず楽しげな苦笑を漏らし、繋がっている充電ケーブルを抜いたチャドリーは少しだけ呆れたように肩を竦めた。
しかし。
その制御しきれない喜びの響きこそが、ユウキの意識が確かに異世界の『目』としてそこに存在しているという、何よりの証拠でもあった。
<><><><><>
『────ってことがあったんだ!』
ティファの肩に鎮座する直径七センチのドーム型デバイスから、仮想世界の熱気をそのまま連れてきたかのような、ユウキの快活な声が弾けた。
事の経緯を一気に説明し終えたスピーカーが、微かな余韻を残して静まる。
「·········」
そんなクラウド。
あまりにも突飛で、物理的な法則を根底から覆すような異世界の事情を一方的に聞かされ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
常人であれば正気を疑うような次元超越の顛末。
しかし。
かつて共に戦い、剣を交わした少女の確かな気配が、その小さなドーム型の機械の奥から伝わってくる。
驚愕のあまり喉の奥を強張らせ、しばらくの間は完全に声を失っていたクラウドだったが、その鋭い瞳の奥に宿る困惑は、徐々に諦念とも納得ともつかない落ち着きへと形を変えていった。
彼は深く溜息を吐き出すと、身に纏うソルジャーとしての強靭な即応性を発揮し、眼前の驚異をそのまま受け入れるようにして短く言葉を零した。
「·········そうか」
不器用で、だがそれ以上の詮索を放棄して現実を受け止めるクラウドらしい静かな呟き。
その様子を見ていたティファは、開店に備えて食器を洗っていた作業を止め、カウンターにそっと両手を置きながら優しく声を掛けた。
「クラウド、もう今日の仕事は終わりでしょ?」
「あぁ、荷物は全て届けたからな。他にも何でも屋としての依頼もなかったからな。配達依頼が何も追加されなければ、今日はもう終わりだ」
クラウドはカウンターの席に座ろうとし、長旅からの疲弊を含んだ空気を吐き出しながら淡々と応じた。
デリバリーサービスとしての業務を遂行し終えた彼に対し、ティファは肩のプローブを壊れ物を扱うようにそっと手で庇いながら、こんな提案を口にする。
「じゃあ、これから三人で散歩に行かない? ユウキもこの世界に来て、色んなところを回ってみたいだろうし。それにチャドリーからも、この機械の初期同調の具合や動作の調子のことを後で詳しく報告してほしいって頼まれているらしいから」
「え?」
ティファの細い指先が、衣服に固定されたプローブへと差される。
未知のデバイスが齎す技術的な実証チェックを兼ねつつも、その本質は時空を越えて巡り合った大切な友人をもてなしたいという、彼女ならではの細やかな気配りであった。
その魅力的な誘い。
それをユウキは我慢ができないと言わんばかりに、チャドリーの言葉を忘れたように再びスピーカーの許容限界を超えるほどの声で叫んだ。
『いいね!! 行こうよクラウド!!』
空間の障壁を軽々と飛び越えて響き渡る、どこまでも澄み切った歓喜の残響。
通信の切断や繊細な音声フィルターの破損リスクを孕んだ精密な試作機であることなど、今のユウキにとっては些細な問題でしかなかった。
「········」
クラウドは再び眉間を僅かに険しく歪めたものの、ティファの穏やかな微笑みと、肩の上で楽しげにモーター音を発するユウキを前にしては、それ以上何かを言い出すことはできなかった。
機械端末を通じた、二つの異なる時空の疑似的な邂逅。
未だ誰も成し遂げたことのない、そしていかなる歴史にも記されることのない。
前代未聞の奇妙な冒険の第一歩が、異界の少女と共に確かに踏み出されようとしていた。