一月末のあの緑豊かな森の家で賑やかな宴が催されてから、仮想世界における時間は瞬く間に流れていた。
その間、クラウドの現実の日常は過酷という言葉すら生温いほどの激務に支配されていた。
彼の現在の生業たる『運び屋』としての依頼が奇妙なほどに同時多発的に舞い込み、分刻みのスケジュールで各地を飛び回る日々が続いていたのだ。物理的な移動と交渉を繰り返す生活は、仮想世界へフルダイブして仲間達と共に過ごすという猶予を彼から無慈悲に奪い去っていた。
それでも、彼はユウキと交わした『依頼なら引き受ける』という確かな契約は片時も忘れてはいなかった。
どれほど肉体が疲弊していようとも、移動の合間や深夜の僅かな仮眠時間を削っては、生存報告と彼女の容態確認のためだけに『一応のログイン』を繰り返していた。じっくりと大剣を交えて特訓を施す時間は到底作れなかったが、それが彼なりに貫いた不器用な誠実さの証であった。
クラウドが現実で荷物を運ぶ任務に追われている間、このアルヴヘイムの世界では、少女達の驚異的な躍動が新たな伝説を刻み込んでいた。
アスナとスリーピング・ナイツのメンバーは、第二九層の迷宮区に君臨するボスモンスターをワンパーティーのみで撃破するという快挙を達成。それによって、彼女達の名は瞬く間にアルヴヘイム全土へと広がり、ユウキとそのギルドの名を知らぬ者はいないくらいに有名になった。
ユウキという少女はまさしく《絶剣》の名に相応しいプレイヤーになり、この世界では生きる伝説として語られているほどであった。
その熱狂の余韻が冷めぬまま、二月中旬に幕を開けた『統一デュエル・トーナメント』は、世界の歴史を大きく塗り替える壮絶な戦いの連続となった。
そして今。
『勝者、クラウド!! 西ブロック決勝戦、進出決定!!』
競技場の全天に設置された増幅魔法が付与されている巨大なスピーカーから、割れんばかりのアナウンスが響き渡った。
地鳴りのような大歓声が、すり鉢状の観客席から砂塵の舞う舞台へと降り注ぐ。
『運び屋』の激務を間一髪で片付け、大会当日に滑り込むようにログインを果たしたクラウドは、これまで一切のスキルを使わず、ただ背中の大剣を無造作に振るうだけで西ブロックの予選に集った各種族の精鋭達を叩き斬っていった。
異世界の戦闘技術から繰り出される重量感溢れる一撃は、こちらの世界のシステム的な補正を完全に超越しており、対戦相手はまともな受け流しすら叶わぬまま次々と敗北へと沈んでいったのだ。
そして。
観客達がその規格外の強さに驚愕し、新たな波乱の予感に色めき立つ中。
円形闘技場の中央には、次なる対戦相手がゆっくりと歩み出てきた。
「············この時をどれほど待ち望んでいたことか」
「················」
赤い鎧を揺らし、重厚な金属音を何度も鳴らしながらその大きな瞳に執念の炎をぎらぎらと宿らせたサラマンダーの将軍、ユージーン。
彼もまた、クラウドを迎え撃つために西ブロックの猛者達を全て蹴散らし、この舞台へと勝ち進んできたのだ。
一月末のあの日、クラウドに平然と拒絶され、自らのこれまでの努力を否定されたかのような苦い思いを抱いた猛将の身体からは、抑えきれない戦意の波動が立ち上っていた。いつかこの男と二人だけで手合わせをしたいという念願を叶えるため、全てのプレイヤーを退けて得た最高の機会。
二人が放つ気配の余韻が空気の密度を塗り替え、戦場の只中で静かに視線が交錯する。
「貴様とまた戦うことができて嬉しく思うぞ」
「·······」
「貴様も、同じ気持ちだろう?」
「·······別に」
クラウドの冷たい一蹴に対してユージーンは不敵な笑みを深く刻み、背にある巨大な魔剣の柄へと手を回す。
対するクラウドは背中の大剣、アポカリプスの柄へと静かに手を伸ばし、ただ嵐の到来を待つようにその言葉を受け止めていた。
<><><><><>
彼らの戦いが始まるその前、このコロシアムで行われた東ブロックの舞台では、
そのプレイヤーとは。
「やあ!!」
「はあ!!」
激しく空間を震わせる二つの咆哮が同時に交錯した瞬間、東ブロックの決勝戦という最高峰の舞台において、黒の剣士キリトと紫髪の少女ユウキの体が同時に爆発的な急加速を遂げた。
「········」
四角く切り取られ、正確に積み上げて作られたコロシアムのスタンド席から少し離れた、薄暗い柱の陰。
背中に巨大な大剣を背負ったクラウドは腕を組んだまま、すり鉢状の競技場の中央で繰り広げられているその激突を、そのソルジャー特有の緑がかった不思議な輝きを帯びている瞳に静かに映し出していた。
本当はティファも、この大会を見届けるために一緒に来るはずだったのだ。
いつもならば人見知りなクラウドの背中を優しく押し、仲間達の輪へと自然に導いてくれる彼女の姿が、今日は彼の隣にはなかった。今回の二月の大会を迎えるにあたり、クラウドの運び屋としての任務が常軌を逸した頻度で立て込んだ際、現実世界においてその莫大な物流のスケジュール管理や、物理的な手配の裏方を一手に引き受けてくれたのが他ならぬティファであった。
『クラウドはユウキとの約束があるでしょう? 運び屋の仕事は私がこっちで何とか調整しておくから、今日だけは自分の戦いに集中して大丈夫だよ?』
出発の朝、彼女が残していったその力強い言葉と、細かい気配り。
現実の運び屋という別の意味での戦場で、今もなお自分のために戦い続けてくれている彼女がいたからこそ、クラウドはこうして間一髪で大会へとエントリーを果たし、西ブロックの枠に入ることができたのだ。
ただ、そのせいでキリトとユウキとは別のブロックになってしまった。
しかし、その不本意な割り振りすらも、現在のクラウドにとっては些細な事に過ぎなかった。自身がダイブできた理由が、背中を押してくれた彼女の献身にあるならば、やるべきことはただ一つ。
何でも屋としての『依頼』を完遂し、この背中の大剣を以て、目の前の全てのプレイヤー達を斬り倒して行くだけである。
クラウドは改めて目の前で行われている試合に集中する。
金属同士が超高速でぶつかり合う、甲高く激しい連続音が競技場全土を幾度も激しく震わせる。
一振りの黒い片手剣を縦横無尽に操るキリトの猛攻に対し、ユウキは細身の片手剣を驚異的な反応速度で翻し、その一撃の全てを正面から正確に受け流していた。空中に身を躍らせ、互いの刃が激突して火花が周囲へと飛び散るたびに、仮想空間のシステムが描画する眩いエフェクトの光が二人の顔を交互に照らし出す。
それは一瞬の瞬きすら許されぬほどの高速度で展開される、空中の一騎打ちであった。
(ユウキ········ここまで動けるようになったのか)
その光景を視線に捉えていたクラウドの胸に、言葉にならない驚きと深い敬意が静かに湧き上がっていた。
一ヶ月ほど前、森の家で見た彼女の足取りは過酷な病を退け始めたばかりで、再び外の世界を歩もうとする意思はあれど、まだ繊細な状態であった。自由にならぬ現実の肉体を取り戻すためのリハビリは、常人であれば耐え難いほどの苦痛を伴っていたはずだ。たとえ仮想空間では現実の痛みや苦しみは一時的に解放されるとはいえ、その足取りをここまで確実なものへと鍛え上げるためには、こちらのシステム上の数値だけでは説明のつかない計り知れない精神的な執念があったに違いない。
与えられた未来に安住せず、次なる障壁に毅然と臨んだ少女の輝きが、そこに証明されていた。
戦いは、どちらの集中力が先に切れてもおかしくはない、限界の領域へと突入する。
キリトの鋭い突きを上空へと跳ね上げたユウキは即座に前へと踏み出し、その剣先に紫色の眩い光を爆発的に収束させた。
「やあァァァアアアアアッ!!!!!」
これこそが。
彼女が手に入れた未来の象徴であり、この世界の頂点を極めようとする絶技。
オリジナル・ソードスキル────マザーズ・ロザリオ。
システムのアシストが放つ光の尾を引きながら、ユウキの細身の剣が空間を切り刻むような超高速の十一連撃となってキリトへと襲いかかった。
「ッ!!」
一撃、二撃、三撃。
あまりの神速の連撃に、防戦に回ったキリトの剣筋が微かに崩れる。
四撃、五撃、六撃。
多方向な軌道から繰り出し、光の矢と化した刃が、黒衣の防御を一枚ずつ確実に剥ぎ取っていく。
七、八、九、十。
一撃ごとに威力を増していく無慈悲な突きの嵐がキリトの持つ片手剣の受け流しを完全に上回り、その肉体を容赦なく切り刻んでいった。
飛び散る火花と眩い光の粒子が周囲の空間を白く染め上げていく。
そして、最後の十一撃目。
全出力を乗せた一気の一閃がキリトの胸元を深く貫いた瞬間、会場全体を揺るがすほどの激しい閃光が爆発した。
「グ········ッ!!」
だが驚異的な耐久力を持つ黒の剣士は、その大技の直撃を受けてなお闘志の火を消してはいなかった。
深い光の余韻がコロシアムの全方向へと霧散していく中、キリトは大きく後方へと弾き飛ばされながらも、その背中に黒の半透明な翅を力強く広げた。
アバターの耐久値を示すヒットポイントゲージは風前の灯火の如く削り取られていたが、その瞳にあるのは敗北ではなく、勝負の終わりまで足掻き続けるという剣士としての意地だった。
「うおぉぉぉぉおおおおッ!!」
「ッ!?」
キリトは雄叫びを上げ、翅を羽ばたかせて前方のユウキへ向かって再び猛烈な急加速で突撃を開始した。
手にした片手剣を構え直し、残された全ての気力を一撃へと変えて肉薄する。
対するユウキは大技の硬直によって動けないまま。
その一撃が決まればユウキの敗北は確定する。
二人の距離がゼロになり、まさにその瞬間であった。
ピィィィィィィ!!
二人の視界に、『TIME UP』の文字と目覚時計のようなアイコンが表示される。
そして次の瞬間、競技場全体に試合の終わりを告げる非情な電子音が響き渡った。
規定時間の終了。
タイムアップのシステムメッセージが空間を覆い、二人のアバターは強制的にその動きを凍結させられる。
「········」
「········」
キリトの剣の切っ先が、ユウキの肌に触れるかという極限の間合いで停止した。ユウキは防御の姿勢を取れず、地面に尻餅をついたまま戦闘の結果が出るのを見守る。
数万人の観客が静まり返る中、空間の中央に大きな二つの体力ゲージが並んで表示される。
僅かに、本当に僅かの差────
その明確なシステム上の数値の差が、激闘の結果を証明していた。
『タイムアップ!! 残り体力ゲージの判定により········勝者、ユウキ!! 東ブロック優勝、最終決戦進出決定!!』
「「「「「「「「「「ウワアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」」
割れんばかりの歓声が全天に響き渡り、会場は大いに盛り上がった。
「········ッ!!」
ユウキは限界まで引き絞っていた緊張が弾けたかのように、小さく肩を上下させた。
コロシアムの上に尻餅をついた姿勢のまま、自らの上に輝く『WINNER』の文字を見上げ、それから呆然とした表情を少しずつ綻ばせていく。
自身の限界を捩じ伏せ、過酷な運命の全てを乗り越えて掴み取った東ブロックの頂点。
その重みを噛み締めるように、彼女は自らの小さな手のひらをそっと握り締めた。
「あはは·······やった、やったよッ!!」
こみ上げる歓喜を抑えきれず、ユウキは観客席にいるアスナ達に向かって、今日一番の眩い笑みを咲かせていた。
「··············」
その東ブロックの熱狂の全てを薄暗い柱の陰から静かに見届けたクラウドは、組んでいた腕をゆっくりと解いた。
あのキリトと苛烈な戦いを繰り広げた少女の果敢な前進、そして約束を果たしてみせたその意志が、彼の胸中に眠る『ソルジャー』としての誇りをより一層熱く燃え上がらせていた。
(次は········俺の番だな)
クラウドは踵を返し、これから行われる西ブロックの舞台へと、静かに移動を開始した。
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死闘を終えてシステムによる拘束から解放されたキリトとユウキの二人は、未だ地鳴りのような余韻が残る競技場の舞台を後にし、仲間達が待つ観客席へと移動していた。
そこにはアスナを筆頭に、リーファとシノン、リズベットにシリカ、クラインやエギルといったお馴染みの面子が、先程の歴史的な一戦への興奮を隠せぬ様子で二人を出迎えた。
二人が皆の前に姿を現した瞬間、一同の視線が一斉にキリトとユウキに集まる。
「二人ともお疲れ様!! 凄い戦いだったよ!!」
アスナが真っ先に立ち上がり、両手を胸の前で合わせながら心からの敬意と労いを込めて二人を迎え入れた。その言葉を皮切りにするかのように、周囲にいた仲間達からも熱い称賛の言葉が次々と投げかけられていく。
「本当、言葉を失ったぜ!! 特にあの最後の突撃!! やっぱキリトでもあれは受けきれなかったか」
クラインが大きく身振りを交えながら太い声を張り上げ、そしてその隣でシノンもまた静かに、だが確かな興奮を瞳に宿らせて頷いた。
「ええ、ここから見ていても息が止まりそうだったわ。二人とも、こちらの予測を遥かに超える速度で戦っていたもの」
「ユウキさん、本当におめでとうございます!! 何度見てもまるでお星様が流れるみたいで、とっても綺麗でした!!」
シリカが小さい竜のピナを肩に止めたまま目を輝かせ、リーファも『お兄ちゃんも負けちゃったけど、最高に格好良かったよ!!』と、悔しさと誇らしさが入り混じった笑みをキリトに向ける。リズベットは『どっちが勝ってもおかしくはなかったけど、本当眼が離せない戦いだったわ』と素直に褒め、エギルは巨躯を揺らして『良い勝負だったぞ二人とも。店を休みにしてまで見に来た甲斐があったな』と深く満足げに笑っていた。
周囲からの一斉の絶賛を浴びた二人は、それまでの剣士としての張り詰めた気配を崩し、頬を赤く染めていた。
「えへへ!! みんなありがと! ボク、本当に無我夢中だったから·······勝てて本当に嬉しいよ!!」
「最後の最後まで足掻くつもりだったんだけど、あと一歩時間が足りなかったな。やっぱユウキは強いな」
ユウキが頬の横で細い指先を組みながら天真爛漫に笑えば、キリトは苦笑いを浮かべて頭を掻き、互いに照れくさそうな様子を隠せない。
二人は促されるまま、アスナの両隣へと並んで腰を下ろした。
限界まで引き絞っていた精神の疲労を和らげるように深く観覧席に座りこみ、これから始まるもう一つの激闘を見届けるべく、視線を競技場の中心へと向ける。
東ブロックの興奮が未だ冷めやらぬ観客達の熱気を他所に始まろうとしている西ブロックの舞台には、すでに幾重もの熱い視線が集中していた。
同じ一つの巨大な円形闘技場の、まさに目と鼻の先にある中央の舞台。
そこで次に行われる試合を待ち侘びるようにクラインは腕を組み、眼下の戦場を見下ろしながら期待に満ちた声を漏らした。
「さぁて、次はいよいよクラウドの番だな。アイツはどんな戦いを見せてくれるんだろうな」
その言葉にアスナの隣に腰を下ろしたキリトが、手元で自身の剣の感触を思い出すように微かに指先を動かしながら応じる。
「クラウドは俺達みたいなシステムによるアシストとか一切使わないからな。SAOの頃からアイツは大剣を一振りするだけでフィールドを渡ってきたんだ。俺達の戦い方とは根本から前提が違う。きっと、この大会でもそのスタイルは変わらないんじゃないかな」
「システムに頼らない、純粋な技量だけの剣筋·······か。本当、別の意味でおかしいわよね彼」
シノンが冷静な洞察の眼光を眼下の舞台へと向けながら感嘆の息を漏らせば、リズベットも『本当よね。あの大剣の重量をあんなに軽々と振り回すなんて、アバターの筋力値の設定を疑いたくなっちゃうわ』と、鍛冶師としての視点から苦笑いを浮かべた。
その会話を隣で聞いていたユウキは、瞳を夜空に咲く星々の如く輝かせていた。
「ボク、クラウドが戦うところを見るの本当に楽しみにしてたんだ!! だって、ボクのオリジナル・ソードスキルを初めて破ったんだもん。この大会で集まった凄腕プレイヤー達相手にクラウドがどんな凄い剣技を見せてくれるのか、今からでもドキドキしちゃうよ!!」
ユウキの無邪気でありながらも剣士としての強い信頼が籠もった言葉に、アスナがその紫色の長い髪を優しく撫でながら微笑む。
「そうだねユウキ。クラウドさんはいつだって私達の想像を遥かに超えるものを見せてくれる。あの人がいてくれたから、私もこうやってこの世界にいられる。絶対に眼が離せない戦いになると思う。みんな、しっかり見届けようね!!」
エギルにリーファやシリカも『おう!!』『はい!!』『応援しなきゃですね!!』と声を弾ませ、観覧席の全員がまもなくフィールドの中央に現れるであろう金髪の剣士の勇姿に、これ以上ないほどの期待を寄せて正面の舞台を見つめていた。
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結果はどうだったか。
一言で言えば·······『予想通り』だった。
一足遅れて予選に臨んだクラウドの戦いぶりは、案の定各種族の精鋭達を震撼させるに充分なものであった。
運び屋としての過酷な激務を間一髪で片付け、休む間もなくこの世界へとダイブした彼は、キリトの予想通りこちらの世界の戦闘スキルによる補正を一切使用せず、ただ大剣アポカリプスを無造作に振るうだけの戦闘方法を貫いていた。
異世界の過酷な戦場で培われたその身のこなしは、システムのアシストによる光跡すら伴わない。
ソードスキルも使用せず、彼に挑んだプレイヤーは塵芥の如く斬り捨てられる。
彼が描く鋭い刃の軌道は対戦相手のまともな受け流しを力任せに弾き、武器ごと防具を叩き斬るような凄まじい威力を発揮していた。ALOの猛者達がその異次元の剣技の前に翻弄され、成す術なく次々と敗北の光へと変わっていく。
それを見ていたキリト達は、予想通りすぎてもはや呆れるしかなかった。
「·······なぁキリの字よ。一応確認なんだけどよ、クラウドの奴本当にアシストとかソードスキルを一つも使ってねぇんだよな?」
クラインが頬を盛大に引きつらせ、半開きの口から乾いた声を漏らした。
隣に座るキリトは、深くため息をつきながら両手で顔を覆い、あきらめに似た苦笑を浮かべる。
「あぁ、ほとんど使ってないよ。ただ自分の身体能力だけで相手の動きを見切ってる。だからこそ自由に動けるんだろうな、縛りプレイのメリットとして硬直の隙ないという利点を活かして戦ってるんだ」
「本当、何度見ても呆れるのを通り越して笑えてくるわね。鍛冶師として言わせてもらえば、あんなに乱暴に動いても武器の耐久値を全然減らさないクラウドの技量には、感服を通り越して呆れるしかないわ」
リズベットが頭を抱えて肩を竦めれば、その隣でシノンもいつもの冷静な表情を微かに崩して小さく首を振った。
「えぇ。私の弓であっても、あの間合いに踏み込まれたら矢を放つ前に確実にやられているわ。技の発生速度とかいう次元の戦いじゃない。ただ、彼が剣を振るったという事実だけが、そのまま結果として反映されてる」
仲間達が異口同音にその規格外の戦闘力に言葉を失う中、ユウキだけは違った。
彼女はアスナの隣で身を乗り出すようにしてクラウドの戦闘の様子を見つめ、その顔に純粋な歓喜と興奮の色を輝かせていた。
「凄い、凄いよクラウド!! あの剣筋を一番近くで見たことがあるから分かるけど·······クラウド全然本気を出してない。クラウドにとってはただ当たり前のことを当たり前にやってるだけなんだよ!!」
「そうね·······クラウドさんにとってはこの予選すら本気を出すような場面じゃないんだと思う。あの人が今まで渡ってきた戦いに比べたら、これだけのプレイヤーが相手でもただの通過点に過ぎないのかも。私達がどれだけ目を凝らしても、あの人の限界がどこにあるのか、きっと誰にも分からないんじゃないかな」
アスナがユウキの興奮を受け止めるようにして今日一番の確信に満ちた顔をすると、観客席の仲間達もそれぞれの表情で深く深く頷いた。
「実に見事という他ないな。武器の性能やスキルに依存せず、自分の力だけで圧倒する。あんな戦い見せられちゃ、対戦相手が可哀想に思えてくるな」
エギルが商売人としての計算を放棄したような、深い感嘆の笑みを零す。
リーファやシリカも『本当、次元が違いますね·······』と、ただただ圧倒された様子で正面の舞台を見つめていた。観客席の全員が彼の強さに呆れつつも、そこに秘められた計り知れない強さに改めて深い畏敬を抱いていたのである。
しかし。
「でも、次の相手はそうはいかないぞ·······クラウド」
キリトの言う通り、その西ブロックの舞台は決してクラウド一人の独壇場となるわけではなかった。
「流石のお前でも、スキル無しに敵う相手じゃないぞ·······ユージーン将軍は」
彼らの熱い期待と畏怖を一身に背負うクラウドの前に、いま一人の影がゆっくりと歩み出る。
『将軍』という高名な名に恥じない圧倒的な成果を示し、立ち塞がる全てのプレイヤーを魔剣の錆にして突き進む《紅蓮の剣士》────サラマンダーの両手剣使い、ユージーン将軍。
このALOの全プレイヤー中最強として呼び声高い彼もまた、ただ己の宿敵と再び戦うためだけに、この決勝の舞台へと這い上がってきた。
<><><><><>
ようやく訪れた、絶好の機会。
「貴様とまた戦うことができて嬉しく思うぞ」
「·······」
「貴様も、同じ気持ちだろう?」
「·······別に」
フン、と。
ユージーンは鼻を鳴らすと、太い腕を背後へと回した。
「相変わらずだな。だが、その減らず口を叩いていられるのも今のうちだけだぞ!!」
その背に固定されていた鞘から音を立てて引き抜かれたのは、この世界にただ一振りしか存在しないレジェンダリーウェポン。
魔剣グラム。
暗い赤の輝きを放つその刃が周囲の空間に晒された瞬間、競技場全体を包む熱気が一瞬にして皮膚を刺すような緊張感へと変貌を遂げた。
クラウドに負けて以降、自らのこれまでを否定されたかのような苦い思いを抱き、この瞬間のためだけに過酷な鍛錬を課してきた猛将の身体からは、抑えきれない紅蓮の闘志が陽炎のように立ち上っている。
「··············」
対するクラウドは。
正面のユージーンが放つ威圧感を全身に受け止めながらも、その瞳に宿る光を微塵も揺らがせることはなかった。
(前よりもおそらく強くなってるな··············)
言葉には出さない。
だが、相手の手首の角度や大地を踏み締める鎧の重心の置き方を見れば、この短い期間にユージーンがどれほどの執念を燃やして己の剣を磨き上げてきたか、その事実だけは容易に察することができた。
だが。
何でも屋としてユウキの依頼を果たすため、そして現実の戦場で自らの背中を支えてくれているティファに応えるためにも、ここで足を止めるわけにはいかない。
「··············」
クラウドは肩の力を抜くと、背負っていた大剣アポカリプスの柄へと手を回す。
ゆっくりと引き抜かれる深みのある赤の重厚な刃。
それを無造作に、且つ一切の隙もない独特の構えへと移行させる。
「貴様と再戦したい一心でここまで来たんだ」
「················」
強者が放つ独特の気配の余韻が空気の密度を塗り替え、二人の間の空間が爆発寸前の導火線のように張り詰めていく。
特等席で見守るユウキやキリト達の視線が敏感に突き刺さる中、ついに西ブロックの頂点を懸けた一騎打ちの火蓋が切って落とされた。
「さぁ、楽しませてくれよ!! クラウドッ!!」
<><><><><>
先に動いたのは、やはりユージーンだった。
「おおおおおッ!!」
地響きのような咆哮と共に、その巨躯が信じ難い俊敏さで大地を爆発的に蹴り上げた。
彼の手にする魔剣グラムが虚空を歪めるような軌跡を描いて、最速の一閃として振り抜かれる。
この魔剣が有する特殊能力、『非実体化することで刃を届かせる』というエクストラ効果の脅威が、クラウドの首を捉えるべく空間を鋭く切り裂いた。
「ッ!!」
その直撃の未来をあらかじめ予測していたかのように、クラウドは驚異的な反応速度で上半身をさらに深く沈み込ませていた。
本来であれば物理的な距離に関わらず防具ごと肉体を両断するはずの魔剣の刃が、クラウドの金髪を僅かに掠め、何もない空間を虚しく通り抜けていく。
非実体化された刃が通り過ぎた直後、クラウドは低空を滑走するようなスライディングの動きでユージーンの足元へと潜り込んだ。
「フンッ!!」
だがユージーンは驚愕の声を漏らすどころか、不敵に唇を歪めて笑った。
かつて一度手合わせをし、あの日敗北してからというもの、クラウドの規格外の身のこなしを誰よりも研究し尽くしてきたのは他ならぬこのユージーンである。
足元への鋭い潜り込みなど、すでに想定の範疇であった。
ユージーンは即座に右足に全出力を注ぎ込み、地表の砂を爆発的に跳ね上げながら振り抜いたばかりの魔剣グラムを凄まじい速度で下方へと引き戻した。
スライディングを敢行しながらアポカリプスを跳ね上げようとしたクラウドの軌道をユージーンは地面に魔剣を直接突き立てるかのような、荒々しくも一切の迷いのない上段の一閃で真正面から力任せに叩き潰しにいく。
ガギィィィィィンッ!!
金属同士が超高速度で激突し、耳を突き刺すような轟音が競技場の中心から四方八方へと炸裂した。
衝突の凄まじい風圧によって、周囲の砂塵が一瞬にして円形に吹き飛ばされる。
「ッ!!」
クラウドはアポカリプスから伝わるパワーを、刃の角度を微かに傾けることで斜め上方へと受け流し、その反動をそのまま自身の推進力へと変換した。
クラウドは地面を蹴り、残像すら残さないほどの高速機動でジグザグに急加速し、猛攻を仕掛ける。
ユージーンは相変わらず不敵に笑いながら体を回転させ、魔剣グラムを嵐のように振り回してあらゆる空間を切り刻んでその進路を遮断。
あの日からの地獄のような鍛錬で練り上げた一撃が、クラウドを追い詰めていく。
ユージーンの猛烈な回転連撃が放つ空間そのものを切り刻むような風切り音が、競技場の石壁に反響して不気味な地鳴りへと変わっていく。
「ハハハッ! どうした!? 防戦一方とはお前らしくもない!!」
ユージーンは紅蓮の闘志を全身から噴き上げ、さらに腕の振りを加速させた。
非実体化のエクストラ効果を纏った魔剣グラムの軌道はすでに一本の線ではなく、クラウドの体を全方位から包み込む無数の光の檻と化していた。刃の風圧だけで周囲の砂塵が竜巻のように巻き上がり、視界を完全に遮断していく。
だが。
クラウドはその視界不良の嵐の只中にあっても、ソルジャー特有の星の血の輝きを帯びた瞳の光は微塵も失ってはいなかった。
(·········動きは見える)
システムのアシストなど、彼には必要なかった。
相手の肩の筋肉の微かな収縮、大鎧の足元が砂を踏み締める際のわずかな重心移動。
その全てを長年の実戦経験だけで察知し、紙一重の回避を連続させていく。
ガキンッ、チチチィンッ!!
大剣アポカリプスの深みのある赤の刃が、空間を歪めて迫るグラムの刃を側面から何度も叩き、その軌道を外していく。クラウドは地面を鋭く蹴り上げると、今度は横方向への慣性を完全に無視し、地面すれすれの低空を滑走するようなアクロバティックな超高速跳躍を敢行した。
右へ、左へ、そして真上へ。
コロシアムの空間を縦横無尽に乱反射するように駆け抜けるクラウドの影に、ユージーンの部下であるサラマンダー達を含む数万人の観客はもはや言葉を失って、正面で繰り広げられている戦いへと目を凝らす。
「行くぞ、クラウドォッ!!」
ユージーンの執念がここで最高潮に達した。
彼は深く腰を沈めると、魔剣グラムを両手で引き絞り、この一ヶ月の鍛錬の全てを注ぎ込んだ最大出力の斬撃を放つ。
視認すら難しい速度で斬り込み、そしてもう透過させる必要もないほどにクラウドに肉薄していた。
キリトが観覧席から思わず立ち上がる。
「クラ────ッ!!???」
誰もがクラウドの敗北、あるいは甚大な被害を予感した。
その瞬間。
「········悪く思うな」
「ッ!?」
その言葉がクラウドの唇から微かに漏れた瞬間、彼を取り巻いていた時間の流れが、まるで別の物理法則に支配されたかのように劇的な変化を遂げた。
これまで大会の初戦から、ただ自らの腕力と間合いだけで大剣を無造作に振り回し、こちらの世界のシステムアシストを頑なに拒み続けていたクラウドが、
瞬間。
彼が両手で握り締めていたアポカリプスへ、
それはクラウドがこの世界のシステムに適応させ、この世界に登録した、
システムアシストの限界を置き去りにする、目にも止まらぬ猛攻が、始まる。
「
ユージーンの瞳が驚愕に大きく見開かれる。
彼が手にする魔剣グラムの一閃がクラウドの肉体を捉える、まさにその寸前。
魔剣グラムの一閃を間一髪で凌いだクラウドの、蒼い光の粒子を纏ったアポカリプスが咆哮する。
オリジナル・ソードスキルの発動により、クラウドの動作はシステム補正の限界を超えた。
一撃目。
低く構えた状態からの豪快な振り上げがグラムの刃を弾き飛ばし、アポカリプスがユージーンの重厚な鎧の胸当てを捉える。
ドガアッッッ!!!!!
金属音が響き渡る中、下段からの強烈極まる斬り上げの圧倒的な衝撃力によって、ユージーンの肉体は垂直方向へと激しく弾き飛ばされ、ステージ上空の中央へと強制的に打ち上げられた。
その直後、クラウドの身体もまた弾丸のように地面を蹴って空中へと跳躍する。
重力の設定を一時的に消滅させたかのような高度の領域で、宙に浮く標的を追撃する空中連撃の幕が上がった。
二撃目、三撃目、四撃目。
宙で身動きの取れない相手に対し、クラウドは空中に不可視の足場が存在するかのような超高速の方向転換を実行する。右から左へ、左から斜め下へ、大剣が虚空を裂くたびに一般的なソードスキルの光跡とは異なる、蒼く鋭い残光の線が空間そのものに刻み込まれていった。
五撃目から十四撃目。
多方向からの超高速の斬り抜けは、攻撃を重ねるごとにその回転速度を増していく。
右斜め上からの袈裟斬り、反転しての横一文字、さらに身を翻しての垂直の斬り下ろし。
あらゆる角度から放たれる刃の軌跡は、空中の一点に固定された相手の肉体を蹂躙する。
斬撃が重なるたびにユージーンの周囲には蒼い光の障壁が何層も形成され、その光の檻の中に標的の身体が完全に縫い止められていく。逃れることの叶わぬ空中の結界の中で、絶え間ない斬撃の残光が火花となって飛び散り続けた。
最終────十五撃目。
十四発の超高速連撃を全て叩き込み、空中の只中に固定されたユージーンの遥か上空へと到達したクラウドは、大剣の柄を両手で引き絞るようにして握り直した。
そして。
「はあああああああッ!!!」
「ッ!!???」
「とりゃあああああああああッ!!!!!!!!」
垂直に地表へと向かって、全体重と全出力を乗せた一閃が一気に振り下ろされる。
大剣の切っ先がユージーンの肉体を道連れにして闘技場の地面へと激突したその瞬間、空中の檻に蓄積されていた十四発分の残光が一斉に臨界を迎え、狂暴な光の奔流となって大爆発を起こした。
轟音が円形劇場全体を激しく揺らし、眩い閃光と共に巨大な砂塵の渦が立ち上る。
「··············」
空中に刻まれていた光の障壁が粉々に砕け散り、その破片が粒子となって降り注ぐ中、クラウドは砂塵の向こう側で引き抜いた大剣を無造作に振り回して背に戻す。
直後。
ユージーンが落ちた場所には巨大なエンドフレイムが灯り、あの巨躯のアバターはどこにも見当たらない。
そう。
それは───つまり。
『WINNER!! 《cloud》!!』
「「「「「「「「「「ワァァァアアアアアアアアアッッッ!!!!!」」」」」」」」」」
デュエルの終了と勝者の名を告げる文字列がフラッシュし、何万人もの歓声が湧き起こる。
見たこともないスキル。
華麗な高速剣技。
そして。
ユウキの持つOSS、マザーズ・ロザリオの十一連撃をも超える。
“超究武神覇斬”
このALOに刻まれた十五連撃という限界突破の事実に、なおも会場は沸き立っていた。