ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第9章

 

 

「な、何を言って··········ッ!?」

 

 

シリカは自分の耳を疑った。

ただでさえ良い印象を持たないロザリアが、更に印象を悪くする台詞を放ってきた。

 

苦労して手に入れたレアアイテムを大人しく渡せ。

 

彼女はそう言った。

まるでそうするのが当然とでも言うかのように平然と言い放ったのだ。

 

余裕そうな顔が作るその表情は、相も変わらず歪めている。

 

花がいくつも咲き誇るフィールドが異様な緊張に包まれる。殺伐としていて、話し合いでこの場が治るとは思えない空気が漂っている。

 

 

「聞こえなかったのかしら? さっさとその花を渡せって言ってるんだけど?」

 

 

もう一度、にへらと笑ってただそう言った。

その声を聞くだけでも不快なのに、もう一回ふざけた台詞を言いやがった。そこでようやくシリカは状況を飲み込めたらしい。この先の展開を想像してしまったが故に、シリカは冷え性に悩むように自分の両肩を抱いてクラウドの背後に身を隠す。

 

ロザリアは虚勢を張っているがクラウドは無視した。

 

表情を一切崩さず、真顔を貫いている。余裕そうにしているというよりも単にロザリアに対して興味を抱いていないといった様子だった。格下を見るような目で先ほどからロザリアを睨んでいるクラウドだったが、その時今まで無言だったキリトが進み出て、

 

 

「やっぱりそれが狙いだったようだな················オレンジギルド『タイタンズハンド』のリーダー、ロザリアさん」

 

「!?」

 

 

シリカはそれを聞いた瞬間、鼓動が異様に上昇した気がした。

ギルド名は先ほどクラウドが言っていたのと同じであったが、その前に付け加えられたものを聞いて驚愕していた。

 

『オレンジ』

 

それが何を意味するのか理解してしまったからか、シリカの指が小刻みに震えだしてうっすらと汗が湿る。

 

キリトの言う『オレンジ』とはいわゆるプレイヤーの頭上にあるカーソルの色である。

 

カーソルの色は二種類存在する。

 

最初は全てのプレイヤーのカーソルの色は『グリーン』。しかし、圏外で自分以外の他人のプレイヤーにダメージを与えると、カーソルの色がグリーンから『オレンジ』に変わる。その中でも『プレイヤーキル』通称『PK』を行なった者、つまりこの世界で殺人を犯した者はカーソルの色は『オレンジ』でも、ゲームの死が現実の死に直結するSAOで人殺しという最大の罪を犯したという経緯から『レッドプレイヤー』と呼ばれる。

 

そんな犯罪者集団が築き上げたギルドをオレンジギルドと通称されている。

 

知識としてはシリカも持ち合わせているものの実際に目にする機会はなかったので、今それが目の前に現れたことで気色の悪い恐怖心が生まれて心を鷲掴みにしている。

 

だが、

 

 

「で、でも···········だって! ロザリアさんは『グリーン』じゃ···········ッ!?」

 

 

目の前にいるロザリアの頭上に浮かんでいるのは疑うことなく緑色に染まっている。プレイヤーに手を出せば、誰であろうと例外なくオレンジ色に染まって他のプレイヤーから犯罪者だと認識されるはずなのに、ロザリアは普通のプレイヤーと同じような扱いになっている。

 

キリトは低い声でシリカに説明する。

 

 

「よくある手口さ。グリーンの何の犯罪にも手を染めていないプレイヤーが獲物を見つけて、オレンジが待ち受けているポイントまで誘い込むのさ。そうすることで、自分は犯罪を犯すことなくプレイヤーを殺せる。昨夜の俺たちの部屋で話を盗み聞きしてたのも、あいつのお仲間だよ」

 

「そ·········そんなッ!?」

 

 

つまり、だ。

 

シリカも殺されるところだったのだ。

 

あのままパーティーを組んでいたらオレンジがたくさん集まっているポイントまで誘導されて、そのまま攻撃されていた。運よくシリカはそこから抜けることができたようではあるが、たった今それが遅れて起ころうとしている。

 

 

「じゃあ·········ここ二週間·········ずっと私とパーティーを組んでたのは··················ッ!?」

 

「そうよ~シリカちゃん。戦力を確認して、冒険でお金とアイテムが溜まるのを待ってたの。本当なら今日にもヤっちゃう予定だったんだけど·········一番楽しみにしていたあんたが急に抜けちゃったりするから予定が狂ってどうしようかと悩んでいたら·········」

 

 

ロザリアは唾液まみれになった舌で不気味に唇を舐めると、

 

 

「レアアイテムを取りに行くって言うじゃない? 『プネウマの花』って今が旬だから高く売れるのよねぇ、だから諦めずに跡をつけさせてもらうことにしたのよ。本当、情報収集は大事よねぇー」

 

 

糞野郎ロザリアが懇切丁寧に自分の目的を明かしてくれた。

こうも敵に対して自分の目的を包み隠さずベラベラと説明するあたり、確かに情報収集の重要さを理解しているようである。

 

情報提供をしてくれたお礼に思わず感謝したくなるが、こんな奴に渡すアイテムなぞねぇ。

 

と、ここでロザリアはキリトに視線を向けて肩をすくめると、馴れ馴れしく疑問を投げかけてきた。

 

 

「でもそこまで解っててその子に付き合ったそこのアンタ、馬鹿なの? 良い装備に身を包んでるからそこのツンツン頭の救援者さんよりも機転が利く坊やだと思ってたけど、思い違いだったのかしら」

 

 

キリトのついでにクラウドとシリカまでもさらっと侮辱する台詞を述べ、シリカは視界を赤くするほどの目頭が熱くなり強い憤りを覚える。

 

騙していただけでなく他人を卑下するような発言にいい加減うんんざりしてきたのか、我慢の限界で腰に下げている短剣に手を伸ばそうとした。

 

その時だった。

 

 

「くだらない話はもう済んだか?」

 

「「!?」」

 

「あ?」

 

「話す暇があるんならさっさとかかって来い。そうしてくれた方が、依頼が手早く済んでこっちは助かるんだがな」

 

 

シリカとキリトよりもさらに前に出て、今まで黙っていたクラウドが退屈そうにそう告げた。

 

今回シリカについてきた理由をさらっと軽く言っていたが、大したことでもなさそうにクラウドは冷静に、それでいて冷たく遇らうように右手を差し出す。追加でくだらないというこちらの心情を相手に伝えるために指を開き気味で曲げて、左手を腰に持ってくるポーズを取る。

 

そんなクラウドにロザリアは、くすくすと窺うような笑みを浮かべ、

 

 

「いやぁ、こっちとしてもあんたと会うのはお断りだったんだけどね。でもしょうがないじゃない、あんたがその子について行くとか言うから仕方なく機会を窺う羽目になったんだから。こっちの苦労も考えてよ、本当だったら話す間もなくアイテムを手に入れたその子を襲うはずだったのに、あんたみたいな『ビーター』がいるせいでそうもいかなくて、わざわざ臭い息撒き散らすモンスターを狩りながらこっちはずっと待ってたんだから」

 

「あんた達の事情とかこっちからしたらどうでもいいし興味もないね。いいからさっさと来い、隠れている連中全員まとめて相手をしてやるからとっとと出てこい。時間の無駄だ」

 

 

ロザリアが何言っていたのか数秒で忘れるくらいどうでもいいのか、クラウドは聞き流すと同時にだるそうにため息を吐く。

 

実際、何言ってんのかわからなかった。

悪役らしい台詞を並べて話しているのはわかったが、そもそも文章が意味不明すぎて常人が理解するには難しすぎる。展開を進めるための過程をすっ飛ばして次に行きたかったクラウドは、何の躊躇いもなく大剣を抜いてロザリアに剣先を向ける。

 

そのクラウドの態度に、ロザリアは顔に苛立ちを見せる。

 

苛立ちを見せたことで小物感を醸し出すことになるのだが、ロザリアは頭に血が登って思考が正常でなくなりつつあるのか、むしろ愉快そうに笑いながらクラウドに話しかける。

 

 

「あんた、状況わかってんの? それとも調子乗ってんの? たった一人で第一層のボス倒したくらいで、自分が特別だと思ってんの?」

 

「················え?」

 

 

その言葉に反応したのはクラウドではなく、シリカであった。

 

『大剣を背負ったツンツン頭のプレイヤーがたった一人で攻略した』

 

確かそんな噂だったはず。

 

その噂はシリカの耳にも届いていたが正直信憑性も全くないし、一種の都市伝説か何かだと思っていた。ボスは複数で挑んでようやく倒せるように設定されていると思っていたため、たった一人で攻略ができるわけないと思っていたシリカは、攻略組にいた誰かがラストアタックを華麗に決めてことで、そこにいた別の誰かが大袈裟に噂を流したんだと適当に思っていた。

 

だが、ロザリアがクラウドに対してビーターだの救援者だのと言ったことで、その噂は本当だったことを今理解した。だからロザリアはクラウドの装備を初期装備と言っていたのだ。初対面にも関わらずクラウドの装備が初期から身につけているものだとわかった理由は、彼が有名人だったからだ。

 

ロザリアはそんな奴を前にしても一切動じず、変わらずに余裕そうにしている。

 

 

「みんなから救援者だとか呼ばれて調子乗って、さらに運よく一人で攻略できたくらいで最強気取ってるってこと? だとしたらあんたもうダメね。つかさ」

 

 

ロザリアは中指をこめかみの辺りに当てながらその指をツンツンとつつくと、

 

 

「本当に頭イかれてんの? そんな初期装備で私たちに挑んで、本気で勝てると思ってんの? イカサマで勝ったあんた如き眼中にないのはこっちも同じなんだよ。多少うまく攻略出来たからって付け上がんのも大概にしな」

 

 

その自信がどこから来てるのかわからないが、クラウドを見下す言葉を幾度も投げかけると満足したかのようにこめかみに当てている指を離して、そのまま親指と合わせると勢いよく弾くことで、パチン! という音を放った。

 

それが辺りに響いた途端に、あちこちに置かれている木のオブジェクトからのっそりと無数の人影が姿を現した。どいつもこいつも頭の上に禍々しくオレンジ色に染まったカーソルを浮かばせている。

 

その数は十人程度。そのほとんどが男性プレイヤー。顔とか装備とかいちいち特徴を言っていたら日が暮れそうなので、適当にモブA、モブB、なんならまとめて男達と呼んでも全く問題ないだろう。意味は通るし、実際そんな顔した奴らばかりが並んでいる。これといって特徴らしい特徴もないし、声もみんな同じで判断しづらいし、よくて銀のアクセサリーやサブ装備で重く身を固めている程度なので、細かく紹介する必要もない。

 

量産型の面子ばかりが小物っぽくニヤニヤと笑っている。

 

これだけ人がいれば、そう思っているんだろう。

 

赤信号みんなで渡れば怖くないといった感じで、集団であればどんなものでも楽々倒せるなんて幼稚な考えを抱いているようだ。

 

いくつもの剣先がクラウドに向けられる。

 

逃げられないように取り囲み、男達の持つ得物達がクラウドの命を刈り取ろうと凶悪に光を放っている。

 

 

「く、クラウドさん!!」

 

 

シリカは必死に叫ぶが、クラウドの表情は先ほどから一切変わってない。

 

動揺どころか何の感情も浮かんでいない。

 

 

「···························」

 

 

付き合いきれん、とばかりにクラウドはため息を吐いて、

 

 

「来い」

 

 

そう言った途端、周囲にいた男達の一班が一斉に剣を構えて走り出した。

 

 

「オラァァァ!!」

 

「死ねやァァァ!!」

 

 

無謀にも男どもは唇の端を歪めて襲いかかってくる。

救援者だろうがチーターだろうが、ビーターだろうが男どもは気にも留めない。

 

第一層のボスを倒した? それがどうした?

 

今の自分達ならそんな奴軽々と倒せる。序盤のボスなんて今の自分達には脅威にもならない。そんな奴を倒したプレイヤーが相手であっても、自分達の敵ではない。しかも、初期装備のままでいる相手なんて雑魚でしかない。弱い部分しかない奴に遅れを取るなんてあり得ない。

 

クラウドが襲いかかってこようが、逆に血祭りに上げてやれば良いだけの話だった。

 

だった、のに。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ブォンッ!! という新たな音が炸裂する。

 

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

 

一瞬だった。

 

クラウドの腕が真下へと動いた瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

何が起きたのか、そこにいた全員が理解できていなかった。

 

見たままを説明すれば、クラウドの持つ大剣が下から上に一回転しながら振り上げた瞬間に“竜巻”が発生し、周りにいた連中を空中へと吹き飛ばしたのだ。周りにいた男どもは空中へと投げ出されるも、宙で体をひねってバランスを取り戻して着地点を探すために視線を地面へ走らせる。

 

爆心地────男達全員といくつもの赤レンガを吹き飛ばしたその中心点には、三秒前と同じ格好で平然と彼は突っ立っていた。

 

彼の瞳は鮮やかに緑がかった不思議な輝きを帯びており、その目で宙に浮かぶ男達を睨む。彼は一言すらも発さず、宙に浮く男達へと無言のまま襲いかかる。

 

やっていることは単純だ。宙に浮いて、足場がなく、身動きが取れなくなった男達へと一人ずつ攻撃を加えているだけ。しかも刃による斬撃ではなく、ご丁寧にもその逆側による打撃だった。

 

だが、極端に速い。速すぎる。

 

バスターソードは見るからに相当な重量があるはずなのに、その常識をも超える速度でクラウドは振り回している。

 

男達が実際に浮いている時間は、たった一秒もない。なのに、彼らにはまるで自分達が空中でピタリと固定されてしまっているような錯覚を覚えた。それほどまでに、クラウドの動きは速かった。視認すらも許さない、まるで止まった時間の中を唯一自在に動き回っているかのごとく。

 

正常に時間を見る者達、すなわちキリトとシリカ、そしてロザリアには爆心地を中心とした見えざる嵐が巻き起こっているように映ったはずだ。

 

刃の部分を自分に向け、峰の部分による一撃を受けた連中は地面へと叩きつけられ、花畑の中へとめり込み、あるいは橋の下に流れている水面に飛び石のように水面の上を滑っていった。

 

都合十人程度の男達を薙ぎ払うと、クラウドは静かに橋の上へと着地する。

 

湿ったそよ風が彼の頬を撫でた後、宙に舞い上げられた男どもの最後の一人がようやく地面へと落下した。

 

地面に激突する音が花畑に鳴り響く。

 

 

「加減はしたつもりだ。この程度なら死者が出ることはないだろう。そっちが頑丈になるように大層な装備で身を固めていてくれたおかげで、こっちとしてもやりやすくて助かった」

 

「な、な·············ッ!?」

 

 

その静かな声が侮辱だとわかっていても、ロザリアは一言も発せなかった。

周りにいた男達の命は奪っていない。が、体の芯を完全に揺さぶられ、指先を動かすのが精一杯だった。あんなにいたのに、一瞬で再起不能にさせられた。その事実がロザリアの思考を混乱させる。

 

 

「川に吹き飛ばした奴もいたが·············まぁ、意外と浅いようだから溺死することはないだろうな」

 

 

クラウドは一度だけ橋の下に流れている川に目をやってポツリと呟いたが、

 

 

「··························っ!!」

 

 

苛立ちを含みながらも声を発せなくなったロザリアはただ震えている。

 

あの余裕そうで、それでいてウザさに重点的にステ振りし、相手を見下すような発言をすることしか取り柄がないロザリアが、たったの数秒でそれら全てを崩壊させた。振り払って逃げようともした。先ほどまであったはずの余裕そうな表情は消え去り、今は逃げるということしか頭にない。

 

自惚れていたなんて考えはなかった。何かの因果が狂ったとか、予想外だったとか、とにかく自分の見る目がなかったということにはしたくないらしい。

 

だがもはや恐怖を得る資格すらも奪われていた。

 

自分の作戦は完璧、いつものように大軍で襲えば余裕で倒せると思っていたものが一瞬で打ち砕かれて、現実逃避を起こしていると見える。

 

展開が早すぎる気もするが、あまりの驚愕にロザリアの感覚は麻痺していた。舌打ちだけを残し、腰から転移結晶を掴み出して天に向かって口を開く。

 

 

「て、転移───ッ!!」

 

 

だが、最後まで言葉は続かなかった。

 

原因はクラウドにあった。

 

アイテムなぞ使ってんじゃねぇの如く、クラウドはそこらにあった石というか岩のオブジェクトにバスターソードを突っ込んだ。正確には、岩の根元の地面にぶっ刺した。そして、そのまま持ち上げるように岩を掘り起こすと腕を乱暴に振り回した。強引に抉り出した岩は大剣から離れ、恐るべき速度で投げ放たれる。

 

周りへの配慮とかもちゃんと考えていたんだろうか。岩は綺麗な曲線を描いて、標的へと直撃する。

 

 

「ゴバッ!?」

 

 

見事に、岩は彼女の腹に直撃した。

声の代わりに、ごぽっ、という水っぽい音が発せられた。唾液のようなものがぼたぼたとこぼれていく。その拍子に、手に持っていた転移結晶を落としてしまう。

 

キリトは逃げようとするロザリアを逃すまいと抜剣の準備をしていたようだが、目の前の光景を前に剣を引き抜いて駆け出そうとする体制で思わず立ち止まっていた。そしてシリカもまた、彼と同様に驚愕した表情で固まってしまっていた。

 

二人は、今まで勝ち誇っていたロザリアの無様な姿を呆然と見るだけでいた。

 

 

「ごっ···········!?」

 

 

彼女は体をくの字に折り曲げ、口に両手を当てて、ごほごほと短く咳き込んだ。その度に、指の隙間からぬめっとした透明な液体がこぼれていく。

 

 

「が、はぁっ!?」

 

 

あの一撃を食らって立っていられるなんて、彼女は相当に体幹を鍛えていると見える。

 

倒れてはいないが、ふらふらとした動きで、一歩、二歩と後ろへ下がる。その仕草に、これまでの余裕はなかった。演技をしているようには到底見えない。本当に苦しんでいるように見える。

 

 

「「················っ!?」」

 

 

一連の流れを見ていたというのに、それがあまりにも規格外でこのゲームでの常識をも超える出来事を目の当たりにして、キリトとシリカは冷水を浴びせられたように思考が遮断されかけたが、

 

 

「ッ!!」

 

 

キリトはチャンスだと思ったんだろう、意識が戻った。

 

苦しんで身動きが取れなくなっている今なら捕まえられる、と。苦しんでいる人間に剣先を向けるのは若干抵抗があるが、はっきり言えば綺麗事を並べているだけの余裕などない。捕まえられる時に捕まえなければ、こいつはさらに多くの犠牲を遊び半分で巻き起こすことだろう。

 

キリトは歯を食いしばり、覚悟を決めると抜剣して近づこうとする。

 

 

「クソがっ!!」

 

「「!?」」

 

 

だが、その前にロザリアの方が先に動いていた。ロザリアはまた腰のポーチからまた別のアイテムを取り出した。

 

茶色い球体。

 

それだけで、ここから抜け出すには十分だった。

 

真下に思いっきり振り下ろされると球体は一撃で爆発し、周囲に火花を散らして煙を撒き散らした。

 

 

「なっ!?」

 

 

キリトは煙で視界がゼロになった状況で、それだけ叫ぶ。

ロザリアが行なった動作は忍者映画などでよく目にする雲隠れの術のようなもの。一瞬の出来事で理解が遅れてしまったが、彼女のあの表情に今までの軽々しい雰囲気はなかった。

 

まるで、酔っ払いが殴りかかるような乱暴で暴力的な動きだった。

 

あの表情からして、かなりこちらに恨みを持っていることだろう。下手に動けば見えない中で攻撃されてしまう。何も見えないという状況は余計に焦りを助長させて行く。

 

すぐ近くにいるはずのクラウドの顔さえも見えない。

 

その状況で、バタバタという足音が遠ざかって行くのが聞こえた。

 

近づいてくるのではなく、遠ざかる。それが何を意味するのか、それがわからないほどキリトだって馬鹿ではない。

 

 

「ま、待てッ!!」

 

 

何も見えない状況で、それでもキリトは当てずっぽうに声を投げかける。

足音が聞こえる方に追いすがるキリトだったが、そんなキリトに牽制の攻撃を二発、三発と小さな短剣が飛んできた。

 

 

「!?」

 

「っ!!」

 

 

キリトは見えない中で攻撃されてきたことに目を見開き、一瞬硬直してしまったものの、クラウドが視界の悪い中でキリトの目の前に現れて大剣を盾にして防いでくれた。

 

 

「無事か?」

 

「あ、ああ················」

 

 

時間にして十秒程度で煙の発生時間は途切れ、ようやく視界は再び綺麗な花畑を映し出した。

 

そう、そこにはいつもと変わらない絶景だけが広がっていた。視界を塞いでいた煙が収まって、変わらず美しく花が咲き誇る中にあのロザリアの姿はない。

 

キリトもクラウドも結局、これといっていい身動きは取れなかった。

 

 

「························」

 

 

クラウドはただ目の前の景色に視線を向けている。

正直追うべきなのか、それともまた現れるのを待つべきなのか、よくわからない状況だった。

 

短剣の投げ具合からして、あまりいい腕前とは言えなかった。一直線にダーツのように投げるのではなく、回転させて投げてきたのでおそらく無我夢中で投げたのだろう。そして、ロザリアは視界を塞がれているクラウド達にこれ以上の奇襲を仕掛けるという事もしなかった。

 

おそらく、自分が危機的な状況に置かれていることでそれに対処するのが精一杯で、他のことまで頭が回っていないのだろう。

 

なんにしても、逃がしてしまったのには変わりはない。

 

 

「················すまない」

 

「?」

 

 

と、キリトが小さな声でそう言った。

それと同時に、握り締めた掌から力がこもったような音が聞こえてくる。

 

 

「俺が足引っ張ったせいで········」

 

「·····················································」

 

 

それに対してクラウドは返事をしない。

 

数秒の沈黙だけが、二人を包み込む。キリトは何も役に立てなかったと思っていることで自分に対して苛立ちを覚えているようだが、クラウドは無表情のまま黙っている。そこに怒りも悔しさもない。

 

キリトが悔しがっているのを察してはいたクラウドは、それに対して吐き捨てるように言った。

 

 

「お前が気にすることじゃない」

 

「え?」

 

「顔はわかったんだ、見つかるさ。それに、あいつは俺たちに対して相当な恨みを抱いただろう。ほうっておいてもあっちから姿を現す」

 

 

そこまで言うと、言うだけ言ってキリトの横を通り過ぎて行く。

そこらに散らばっているオレンジプレイヤーを適当に掴むと、呆然と橋の上で見ていたシリカの方へとぞんざいに次々と放り投げる。

 

シリカは一瞬ビクッと肩を上げて震えてしまったが、クラウドはそんなシリカの方を見ようともせず、バスターソードを背中に戻すと、転移門がある方向へと向かいながら再びキリトの横を通り過ぎて、素っ気ない調子で言った。

 

 

「そいつらをどうするかはお前次第だ。お前が引き受けている依頼を達成するのもよし、なんなら二度と犯罪を起こさないために殺すのもいいだろう」

 

「!?」

 

「どちらにしても俺の依頼も達成される。あとは任せたぞ」

 

「························ッ!!」

 

 

軽々と告げたクラウドはそのまま歩き出す。

 

今までろくに反応を示さなかったキリトは、ゆっくりと首を動かしてクラウドの背中を見た。彼は悔しさのあまりずっと噛んでいたせいで赤く染まった唇を動かし、ポツリと呟くように改めてこう尋ねた。

 

 

「あんた················一体何なんだ?」

 

「何でも屋だ」

 

 

クラウドは歩き出しながら、からかうような気軽さでこう答える。

 

 

 

「何でも屋をやっているただの傭兵だ」

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

静寂だけが残された。

クラウドが去った後、キリトは依頼主から全財産をはたいて渡された濃紺の結晶を使用して、打ち倒されていた男どもをそこへ乱暴に放り込んだ。

 

それを終えた後、キリトは緊張状態を解除して疲れがどっと押し寄せてきたのかふらついてしまった。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

そして、ただ見ることしかできなかったシリカも硬直状態を解除してパタパタと走ってくる。

 

キリトは疲れのあまり、意識が集中できていないようだ。今日だけでいろんなことがありすぎて頭が混乱しているみたいである。今のキリトには、シリカが何となく心配して近づいてきてくれたということしか掴めなかった。シリカは傷とかがないかキリトの体をあちこち見つめているが、ようやくキリトは落ち着いたのかやがて囁くようにシリカを見つめて言った。

 

 

「················ごめんな」

 

「え?」

 

「結果的に、君を囮にするような役回りをさせちゃって················」

 

 

その言葉に、シリカはただ首を横に振ることしかできなかった。

恨んでいるかと聞かれたら、多少は怒りは抱いている。何も教えてくれなかったことで、自分は何もできなかったのだ。事前に教えてくれれば、自分も何か役に立つために準備をしていただろう。

 

しかし、今はそれよりも心の中にありとあらゆる感情が入り混じっていて、もはやどう思えばいいのかすらまともに判断できなくなっていた。

 

 

「街まで送るよ」

 

 

それだけを言って、キリトも転移門がある方へと歩き出す。

 

クラウドの姿はもうない。景色の奥を見つめても、彼の姿は既になかった。

 

 

「あ、えっと········」

 

「?」

 

「足が················うまく動かせなくて················」

 

 

と、シリカが足を震わせてそう言った。

あれだけのことがあったのだ。正常でいられるのも難しいだろう。

 

そんなシリカにキリトは軽く笑って右手を差し出す。その手を握ると不思議と緊張は消え去り、少しだけだがやっとシリカの顔に笑顔が戻った。

 

二人は三十五層の宿屋を目指して歩いて行く。

 

結局、彼についてはあまりわからなかったが、収穫はあった。

 

キリトが守るべきもの、そして全ての人々がこのゲームから解放するには、彼の力が必要だと確信した。彼が何であるかはわからないが、みすみす彼を野放しにするわけにはいかない。どんなやつであろうが、彼はやはりこの世界をクリアするためには必要不可欠な存在だ。

 

結局の所、進むべき道は一つだ。

 

 

(何でも屋········クラウド)

 

 

キリトは降りかかってきた新たな問題を、少しずつ整理して行く。

 

救援者。

 

何でも屋。

 

そして················クラウド。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

ロザリアは森の中にいた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

その動きは遅い。口元に当てた手の指の隙間から尚も唾液がこぼれ出ている。時折、腹からの痛みでごほごほと咳き込み、苦しみのあまり膝をついたりしている。

 

 

「っざけやがってッ!!」

 

 

あと少しで獲物を殺害できたのに、と悔しさのあまり奥歯を噛み締めている。

 

そんな彼女を、人工の光が照らしていた。それに加え、人工の木、風、音が彼女の周りに響いている。電脳空間に作られた全てのものが、今の彼女にとっては不快だった。ここなら自分は現実とは違った生き方ができると思ったのに、ここなら自分は別の自分になれると思っていたのに、全てが台無しになった。

 

 

「が、ぁ········」

 

 

体の内側からの痛みと寒気で、全てが不愉快極まりない。木立がプログラムされた風で優しく静かに揺れる音でさえも、彼女にとっては不愉快なノイズでしかない。

 

それでも彼女は必死に体を動かす。

 

 

(あいつら········どう調理してやろうかな)

 

 

恨み。

 

恨みの塊。

 

それだけが彼女の脳内を支配していた。あいつら次に会ったらどうやって殺してやろうか、どんな風に苦しませてやろうか、それだけしか考えていなかった。どんなに苦しんでも許してやらない。苦しませて苦しませて、このゲームがたとえ終わったとしても現実世界でも必ず見つけ出して永遠に苦しませる。

 

終わらない悲鳴を聞かせてもらう。

 

それを考える度に、ロザリアの唇の端が曲がる。

 

と、そこで彼女の思考は途切れた。

 

 

「················?」

 

 

ふと、目の前から異様な気配を感じ取ったのだ。

 

闇の向こうに浮かぶ一つの人影。

 

そいつに近づく度に、より明確な姿が彼女の瞳に映し出されて行く。

 

銀色の長い髪。

 

光り輝くような長身と、その肢体を包む黒い装束。胸元だけが開いており、正確な性別などは全くわからないが、少なくとも外観の見た目だけなら女性的にも見える。喜怒哀楽の全てがあり、それでいて人の持つ感情とは明らかに異質なものを根幹に秘めた、極めて整った顔つき。

 

 

「何よあんた」

 

 

苛立ちを含ませた問いかけを投げるも、それは応じない。

正面から向かい合うロザリアはただイライラとしながらそいつを観察する。

 

対して、そいつもロザリアのことを観察する。

 

瞳の色がおかしく、翠玉色だった。その中にある瞳孔は人間とは思えないほど異様だった。

 

猫の瞳みたいに、縦に伸びていた。それが持つ銀髪の髪は、それ自体がうっすらと光を放っているように見える。

 

だが、そんなことはどうでもよかった。

 

行く手を塞いでいるそいつに対して、ロザリアは徐々に怒りを増幅させている。

 

しかし、それにしては笑っているようにも見える。

 

 

「················三つ数えるからとっととそこを退きなさい。退かないんならそのムカつく顔面に風穴開けるわよ」

 

 

そう言ってロザリアはカウントする。

 

彼女のカウントは、ありがちな間延びしたものではなかった。

 

むしろ、

 

 

「はいさんにーいちドーンッ!!」

 

 

早口言葉のような無茶苦茶なカウントを終えると、背中にあった槍を引き抜いて爆発的にそいつに向かって前へ出る。

 

正直、退こうが退かまいがどっちでもよかった。どちらを選択しても、ロザリアはそいつに対して攻撃する気満々だった。オレンジになっても構わないから誰かを殺してやりたいほどロザリアは苛立っていた。八つ当たりできるなら誰でもいい、オレンジになろうが構わない。

 

誰だか知らないが自分の前からとっとと消え失せろ、死んでな!! みたいに突っ込む彼女だったが、そいつは回避しようとも思わなかった。

 

むしろ、両手をゆっくり広げたまま口を歪めてロザリアを眺めていた。その懐へ飛び込んだロザリアの槍はそいつの顔面を突き刺す寸前まで近づいた。

 

しかし、

 

 

ザシュッ!! と。

 

 

直後に、原因不明の衝撃がロザリアの上半身を一直線に貫いた。

 

 

「···························ぁ?」

 

 

重たい刀のようなもので貫かれた。いや、実際刀だった。

 

ただその刃は通常の刀よりも長く作られており、ロザリアの胸を貫いた刀はそのまま真後ろの木立にもぶっ刺さるほど異様に長かった。

 

まるでマグロの一本釣りのように貫かれたと知覚した直後にはロザリアの体は地面に叩きつけられ、後ろへ二回、三回と転がされ、信じられないほどの苦しみが彼女を襲った。それは上半身の傷口からだけでなく、口や鼻からも溢れた。洒落や冗談ではなく、傷口から内臓がこぼれ出ないのが不思議なほどの大きさの傷口が、彼女の胸元にあった。

 

 

「がっ、ァァあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!??」

 

 

何が起きたのかわからなかった。

わからないが、その瞬間辺りに響いたのは彼女の絶叫だった。

 

獣のような、人間らしい叫び。

 

何が起こったのか分析する前に、第二波がやってきた。

 

 

「や、やめッ!! た、助け、ぎっ、がぁあ、ああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!??」

 

 

ザシュッ!! ドシュッ!! バシュッ!!

 

 

という何かを貫く音と共に、張りのあるウインナーを鋭利なもので切り千切るような音まで響いていた。何が起きているのか、やられているロザリアですらわからなかった。

 

ここには誰もいない。よって何が起きているのかは『それ』にしかわからない。

 

何が起きているのか、それを引き起こしている『モノ』が人間なのか猛獣なのかも判別できない。不気味でグロテスクな音が幾度も鳴り響く。近いものを挙げるならミンチ機のようなものだった。骨も血もこの世界ではただのプログラムのはずなのに、湿っぽい音がぐちゃぐちゃと繰り返し鳴っている。

 

 

『·································』

 

 

それは笑う。

 

楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、面白そうに。

 

辛うじて地面を這っているロザリアの顔に刃を幾度も突っ込んでいる。絶叫が気分を盛り上げるBGMとなり、それがさらに気分を高揚させている。既に戦闘不能になっているロザリアに無限に刀を刺し込んでいる。

 

五回刺して十回刺して十五回刺して二十回刺して··························としている内に、不意に女の体が砕け散った。見るとHPバーがいつの間にか赤くなっており、それを超えた途端にロザリアの体は空中にフッと消えていった。

 

 

『······················フltu』

 

 

『それ』はもはやそちらを眺めずに、熱い吐息を漏らしながら徘徊を再開する。

 

 

『······················どkojwiskwkojhed、くrあgehvsdewuqvド』

 

 

音の聞こえ方がおかしかった。

それの声が発せられる度に何度もブレて、その瞬間に音源の方向までもズレている。まるでステレオのヘッドホンを左右逆さまにつけているような、不自然な音を広げながら再び暗闇へと消えて行く。

 

そこには、誰もいなかった。どこを見回してもいなかった。

 

あったのは、少量のアイテムと、あのロザリアが愛用していた十字の槍だけ。

 

 

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