来年もよろしくお願いします。
この日、秀知院学園は憎悪と絶望に支配されていた。
事の始まりは天野秀一が早坂愛と(表向きは)恋人として付き合ったことにある。
秀知院の女子生徒の中、天野に好意を寄せている者たちは絶望していた。本日から通称”ハーレム法”という色狂いの男のための法律が施行された。普通ならこの法律に文句を言うところだが、秀知院の女子はこれを利用しようと考えていたのだ。対象に含まれる天野に対し、複数人で近づき色仕掛けで落とそうと計画するグループが多数存在していた。
この秀知院学園は幼等部から大学までの一貫校の為、一度出来上がったグループはそう簡単に崩壊しない。進学などで生徒が大きく入れ替わらないため仲間意識が強く、その中で出来上がったグループは世間一般で言う”仲良し集団”とは一線を画す。この秀知院は貴族の子息令嬢を育てるために造られたことから”小さい社交界”と言われる程だった。この”小さな社交界”を生き抜くために生徒たちは
―――――逆に言えば外部から入ってきた人間に対してはどこまでも冷酷になることを意味する。
このように秀知院の仲良しグループは派閥を意味し、その結束力は強い。その派閥で色仕掛けを仕掛けるならば、その効果は絶大となる。家の影響力や個人の人脈を駆使し派閥の人間同士で連携するため、天野ですら手を焼くことがあるのだ。
そのためハーレム法施行後、自信を持って色仕掛けができるように計画を練っていた。その計画決行日、ありえない情報が入ってきた。
『天野秀一に彼女ができた』
その情報は秀知院の生徒たちに激震をもたらした。
ついでとばかりに天野から
「彼女がいるから見合いは断る」
という連絡を受け、全ての計画が崩れた。
故に、彼女たちは誓った。その「阿婆擦れは確実に葬り去る!」と。
そんな失恋による絶望と阿婆擦れへの憎悪が秀知院を支配する中、天野に恋人ができたことで頭を抱える人間たちがいた。
(どうする?圭ちゃんが知ったら倒れるかもしれないし、いくらハーレム法があっても天野が拒否すればアウトだ)
妹の失恋が確定したと悟った白銀。
(どすればいいの?早坂とお兄ちゃんが結婚!?というより、いつの間に早坂はお兄ちゃんにハニートラップを仕掛けていたの!ま、まさか、もう子供ができるようなことまで!!)
姉同然で育ってきた早坂がお兄ちゃんにハニートラップを仕掛け朝帰りしてきたことに驚きを隠せないかぐや。
(そうですか。私から眞妃を奪っておきながら、自分だけは彼女と一緒にいようとするんですか)
自分から親友を奪いながら一人だけ幸せになろうとする天野に復讐を誓う柏木。
(どうしよう。想像以上に周りからの視線が……)
学園中から憎悪と嫉妬の目を向けられて頭を抱える早坂。
その他、数人は倒れてとある名医の元へ運び込まれた。
―――――――――――――――
地獄のような学園だが、午後からは今年度初の特別授業となるため教師陣は別の意味でも緊張していた。
特別授業は茶道や華道、剣道や柔道などそれぞれも家元や分家の子供たちが主催し、他の生徒が興味のある授業を受けることができる。例外もあるが基本的に教養を培うことが目的であり、この授業を受けることのメリットは内部推薦で秀知院大学に進学する者だけである。よって、参加するかしないかは生徒の自由である。多くの生徒は参加せずに帰宅するか部活を行うことが多い。
逆に言えば、特別授業に参加する生徒は真面目に授業を受けに来るため、意識の高い人間ばかりなのである。
「なぁ、ここは茶道の裏百家だぞ?表や武者小路はここじゃないぞ」
「知ってるよ。知っていて来てるんだよ」
「おかしいだろ。この裏百家は形式的に行っているだけで来る奴はいないはずだろ」
「俺と天野、石上は部員だし。四宮と藤原は生徒会関係で来てくれたんだ。後は…」
「私達が来ちゃいけないの?」
「迷惑だったかな?」
この特別授業の本質は「将来多くの人々を指導する宗家や家元の子供に指導する機会を与えることで指導者としての経験を積む」であり、主催する生徒は宗家や家元の関係者である。しかし
『あの流派の授業をしているのに、何故我が流派の授業をしないんだ!!』
というクレームがあるため、有名な流派の授業はどうにかして開講する。あくまで開講するだけであり、その授業を受けに来る生徒は皆無なのだが……
「ここは学園上層部が裏百家に媚びを売るために開講しているところだ。まともな授業はしないぞ」
「おい、流石に言い過ぎだぞ」
「言い過ぎじゃねぇよ。大体、裏百家ほど有名な流派が『秀知院学園の特別授業で裏百家の授業が開講されていない!』なんて文句言う訳ないだろ。裏百家に限らず秀知院出身の宗家や家元の人間は多いから特別授業について良く知ってる人達ばかりだ。そもそも秀知院の生徒の多くが裏百家に限らず有名な流派の習い事してるんだからやる意味ねぇよ」
白銀が天野に注意するが、天野はそれを拒絶した。そもそも秀知院の生徒なら茶華道や武道などの有名な流派でお世話になった者が大半であり、今更学園内での評判など気にする必要はない。文句を言う人間は有名な流派から生徒の引き抜きたいマイナーな流派、騒ぐことで宗家や家元の評判を落としたい一部のバカだけだ。
「でも生徒の前で言わなくてもいいでしょ」
「親切心で言ってんだ」
「もういいいじゃないですか。早く始めましょうよ」
「その通りです。他の人達は集まっているのでしょ?」
生徒会女子組からの言葉もあり、天野たちは茶室内に案内する。
「一応必要な道具は準備したけど大丈夫かな?」
「最悪私のを貸してあげるし、茶道部なら予備くらいあるでしょ。そもそも初回は道具についても説明するはずだし」
「やめろ石上。トイレットペーパーを構えるな。というかそれで何をするつもりだ」
「安心してください。プロは武器を選びません。ボールペンでもハエ叩きでも武器にするのがプロの仕事death……!」
「お前はプロじゃないだろ」
「ゲームで培った僕の知識とリア充への憎しみなら可能death」
「……石上君はゲームの世界と現実世界の区別がついていないようですね」
「……そういえば『僕に落とせない女はいません!』って言っていましたね、ゲームの世界だけですけど」
「……ゲームの世界なら完璧超人ですか」
「「石上君はゲームの世界に生まれるべきでしたね」」
「止めろ。優が隅で泣いてるだろ」
リア充への憎悪で覚醒する石上だったが、女子からの心無い言葉の数々に撃沈した。
戦闘不能になった石上を担ぎながら一行は他のメンバーが待つ茶室へ入る。
「それじゃあ紹介するぞ。講師役は俺と白銀御行、サポートに石上優」
「生徒は生徒会の四宮かぐや・藤原千花、マスメディア部の紀かれん・巨瀬エリカ、2年B組の四条眞妃・田沼翼・柏木渚」
「後は3年の子安つばめ先輩ですね」
「それと中等部の生徒会の人間も時々来るそうだ。ここは暇だし迷惑にならないからな」
「たしか会長と秀さんと藤原先輩の妹ですよね」
「白銀がねじ込んだだけだろ。顧問や俺の妹まで味方につけて」
そもそもこの特別授業は一部の生徒以外は関係ないモノであり、授業の進み具合や課外活動と重なった場合は最優先で潰れる程度のモノである。そこに中等部の生徒会が来る理由がない。
それも白銀が妹の圭の恋を応援するためだ。
圭は天野に対して恋心を抱いていた。その圭が「天野に彼女が出来た」という話を聞き倒れたのだ。そこから壊れた圭が
『私がその女狐から秀にぃを寝取れば良いんだ!』
という結論に至ったのである。
白銀も最初は反対した。しかし自分はそのまま関係を続ければ良い訳で、モラルを無視しなければ効率的な方法だと考え、最終手段としてはありだと考えた。妹が本気ならば手段を選ぶ必要はない、と。
「会長。あの、色々と聞きたいことはあるのですが」
「会長が越権行為したとか言いたいことはたくさんありますが」
「「あそこの布団で寝ている人は誰ですか!!?」」
「誰も何もうちの顧問だ」
和室内に敷かれた1つの布団。そこに眠る女性こそが茶道部裏百家顧問である。
「教師ですよね?なんで寝てるんですか!」
「こいつはいつもここで寝るかお菓子を食べているぞ」
「教師としてどうなんでしょうか……」
「大丈夫だ。そもそも裏百家の顧問なんて大体茶道素人で名ばかりの事が多いからな」
ここ秀知院学園には多くの宗家や家元の関係者の子供が通っている。茶道で言えば裏百家・表百家・武者小路百家であり、裏百家は茶道人口の大半が所属すると言われる流派だ。つまり秀知院学園にいる生徒や卒業生の多くが裏百家を習ったことのある者が多い。
「裏百家は家元なんかの子供がいなくても習い事で習得している人間が多いからな。顧問は適当で良いんだよ」
「指導者が必要なのは他の細々とした流派だからな。下手すると1人で10以上の流派を見ないといけない訳だし」
「僕も驚きましたよ。会長と秀さんに無理矢理入部させられて、お堅い印象の茶道部が予想以上に緩かったんで」
「秀知院の茶道部は裏百家・表百家・武者小路百家・その他に分けられる。力関係だと裏百家が一番強い。だが顧問の茶道の知識や経験だと裏百家が一番下でその他が上だ。今の茶道部全体の顧問はその他の人だし」
なお、その顧問は500以上あるという流派の内100以上の流派で免許皆伝という化け物である。
「よって寝ていても務まるのが裏百家の顧問なんだよ」
『『『だからって寝るのはおかしいでしょ/よね!!?』』』
「仕方ないだろ。お前らの知っての通りウサミミは仕事から逃げる天才だし」
ウサミミこと兎田みみ、秀知院学園高等部に所属する教師。秀知院大学を首席卒業、ミス秀知院の4年連続優勝、17ヶ国語を話すマルチリンガル、取得困難と言われる資格試験を次々合格するという才色兼備。特に政界・財界の子供に家庭教師として指導した結果、偏差値を20以上も上げ、国内外の難関大学に合格させた手腕を見込まれ秀知院に教員としてスカウトされた逸材である。
「経歴は凄いが尊敬する必要はないぞ」
「いやいや凄い人よね?」
「生徒からの人気も高いと記憶していますが」
「こいつの真実を知れば話が変わるぞ……」
そう、確かに能力や経歴は凄い。しかし、それは決して褒められることではなかった。
出席日数は代弁や公欠などを使い、テストは過去の傾向から問題を推測し答える。ミスコンは優勝特典欲しさに裏工作を行うことで優勝。資格などで単位を取得できると知ったことで17ヶ国語を話せる様になる。家庭教師のバイトも遊ぶ金欲しさに行い、試験問題を予測することで合格させていた問題児なのだ。さらに子供達に悪い遊びを教えたことで留年、実力以上の大学に入ったことで退学する生徒が続出した最悪の教師でもある。
教員として働くことになると楽な裏百家の顧問に立候補し、面倒な雑務は白銀や天野に丸投げしている様な反面教師の筆頭なのである。
「罰として生徒会顧問まで兼任させられた女だ。気にしなくていい」
「まぁ…教師としてどうかと思うが…」
「それでも経歴や能力、ルックスで乗り切っている女だ」
去年、赴任したばかりの兎田はか弱い女性を演じ引っ掛かる人間を探した。それに引っ掛かったのは人の良い白銀であった。
「見た目は良いし、能力は本物、実績も十分……なのに尊敬できない不思議な存在、それがウサミミだ」
『『『本当に教師なんですか!?!?』』』
「残念ながら教師だぞ。ちなみに俺の家庭教師をしていたこともある。即日解雇したが」
「それはともかく、さっさと始めよう。今日はコーヒーとショートケーキを用意してあるからな」
「茶道部ですよね?」
「お前らもゲームしていてもいいぞ。本気で茶道をしたいなら表か武者小路に行け。それかちゃんとした教室に行くといい」
「せめて何かしなさいよ」
「四条、お前が彼氏に教えたら喜ぶと思うぞ?」
「私が教えるわ!こいつらより腕は確かよ!」
四条は悪魔のささやきに堕ちた。
(会長は現役の茶道部。私が教える大義名分はない)
「言っておくが、ここに居る連中で茶道できないのは優と翼だけだから。他は最低限はできるからな」
「僕は秀さんに教わるので…(四宮先輩は怖い)」
こうして茶道部の特別授業は始まった。
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