【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか 作:れいが
「...フィルヴィス?」
「あ、はい?」
「ワインを味わって飲むにはどれくらいがいいのかは、以前に教えたはずだと思うんだが...」
「...あ!」
咄嗟にフィルヴィスはワインボトルの口を上に向かせ、注ぐのを
止める。
ディオニュソスが持っているグラスは、なみなみと芳醇な赤ワインで
満たされており注ぐのを止めなければ手やテーブルが汚れてしまって
いただろう。
そうなっていたらと思うとフィルヴィスは恐れ、ディオニュソスに
謝罪した。
「何かあったのだろう?
つい最近、落ち込んでいる様に見えるが...」
来た、とフィルヴィスは慌てずこの時のために考えた口実を
思い出そうとする。
ネフテュスとの約束を貫き通すと誓ったので、バレてしまう訳には
いかないのだ。
しかし、神は少しでも偽りがあれば、どのような口実でも事実では
ないと悟る。
なので、悟られないようになるべく事実を交えて口実を述べた。
「その、親しい友人がしばらくの間、旅へ出てしまっていて...
危険な目に遭うのは承知の上で向かったのはわかっているのですが、やはり心配になってしまうんです...」
「...その友人とは、男...なのか?」
「は...はい。そうです」
「...そうか...」
次にどこのファミリアかと聞かれれば、フィルヴィスは答えられないと
いう返答をするつもりでいた。
ディオニュソスの神格からして無理矢理に聞こうとする事はないと
信用しているからであった。
ところが、ディオニュソスから予想外の言葉が飛び出して来る。
「恋煩いになってしまったのなら仕方ないな。
治るまでは、大目に見てあげよう」
「はい。ありが...は?」
「ん?」
口を半開きにし、拍子抜ける。
誰が恋煩いに?とフィルヴィスの脳内では様々な思考が巡り、暫くして
自分がそうなっていると思われていると考えつく。
その瞬間、ボフッとフィルヴィスは首元から顔を真っ赤に染めて
ワインボトルをテーブルに置きながら反論する。
「ち、違います!な、何をおっしゃっているのですか!?」
「何を、と言われてもそのままの意味だが...
お前がその者に恋をして、離れ離れになってしまっている現状に思い悩んでいるんだろう?」
「後者は間違っていません!ですが!前者は全く違います!
わ、私は彼にそんな思いを抱いた事など...」
あり得ない、と言い切る前にまたしても予想外の言葉を告げられて
フィルヴィスは絶句する。
「神が嘘を見抜くというのは周知の事実のはずだ」
「...はい。それが何か?」
「恋煩いになってしまった、と言った際の返事でお前の魂は揺れなかった。
反対にそんな思いを抱いた事など、と言った際は揺れていた。
...つまり、どういう意味なのか...わかるな?」
「...おっ、お戯れを...
そもそも、彼に好意を抱いている女性が既にいます。
ですから!...決して彼にそんな思いを抱く事などあり得ません」
初めてここまで反論したとフィルヴィスは自覚した途端に、ハッと
我に返って冷静になりつつ咄嗟に謝罪する。
ディオニュソスは気にしなくていい、と言いエインと交代するよう
勧めた。
最初こそは断りを入れてまだ自分が傍に付こうとしていたが、背後から
現れたエインに押し退けられ、強引にディオニュソスの隣に立った。
フィルヴィスは怒り心頭となり、ティアー・ペインを引き抜こうに
なるも何とか怒りを飲み込んで指示通り、交代するのだった。
「...どうだったのですか?本当の所は」
「...面白いものだ。言っていた通り、初めは違っていたが...
後からは何故か揺れていたよ」
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ズカズカと地面を砕く様な強い足取りでフィルヴィスは行く宛てもなく
西のメインストリート沿いを進んでいた。
行き交う人々はその形相に驚き、恐れると道を開けてぶつかるのを
回避する。
フィルヴィスの思考は捕食者に対する思いの否定でいっぱいになって
いた。
「(確かに彼に対する恩は一生持ち続けると自覚はしている。
しかしっ...好意を寄せたりはしていないっ。絶対に...)」
やがて足を進めるのをゆっくりと止め始め、扉が開いている店の前で
立ち止まった。
今の頭に血が上り、熱くなっているのだと自分に言い聞かせて頭を
冷まそうと深く息を吸った。
その矢先、素っ頓狂な叫び声が横にある店内から聞こえてくる。
バッシャアアアァ...!
「...ぶふぷ...」
頭から水を被らされ全身まで冷まされた。
目元を覆う様にに貼り付く前髪を掻き分けて横を向く。
「...やっちゃったニャ」
「こんの馬鹿猫共~~~~!」
「ンニャア~~~!ミャーは悪くないのニャ~~~~!」
見ればアーニャとクロエの頭頂部を両手で鷲掴みにし、ミシミシと
締め付けているルノアの姿があった。
何が起きたのか理解出来ず、呆然としているフィルヴィスに
駆け寄って来るリューの姿が見えたかと思えば、いきなり頭を下げて
きた。
それにはフィルヴィスも面喰ってしまい、戸惑う。
「申し訳ありません!同僚の者がご無礼を!」
「...いや、寧ろ好都合だったっと思える」
「え?...あ、と、ともかく、店内へお入りください。
濡れたままでは風邪を引いてしまいますので...」
そう言われ、フィルヴィスはお言葉に甘える事にし豊饒の女主人へと
入っていった。
従業員の自室が並ぶ2階へ上がる途中に聞こえてくる悲鳴は無視して。
シルと共有している部屋に入ったフィルヴィスはウェイトレスの服を
貸してもらい、着替え終えると下へ戻りカウンターに座って謝罪を
受けた。
悪気があっての事ではないのは理解しているので、2人を咎める事は
しないとフィルヴィスが言うと、アーニャとクロエは安堵して大いに
フィルヴィスに感謝するのだった。
事が無事に収まり、服が乾くまで待つフィルヴィスにリューが話し
かける。
名前など素性は隠した会話で初めは武者修行へ出たという捕食者に
ついてや、ゼノス達と楽しんだ宴での一幕、それから互いの主神の
あれこれを話していると、フィルヴィスがふと眉をひそめたのを
リューは見逃さなかった。
差し支えが無ければという前提で問いかけた所、フィルヴィスは
少しの間、悩んでいたがリューに打ち明けた。
「...そ、その、貴女はその自覚があるのですか?」
「わからない。だが...
戯れとは思えない様子だったので、私自身気付いていないだけなのかもしれない...」
紅茶を一口啜り、ため息混じりに吐息をつく。
体が冷めてはいけないと、シルが気遣ってくれたものである。
尚、砂糖をどれほど入れたのかわからないが、一瞬にして口内が
甘ったるくなりフィルヴィスは思わず咽そうになった。
「ま、まぁ、安心してくれ。
私は恋を奪うなどという愚かな女ではないからな」
「そう、ですか...
...実は、ティオナ・ヒリュテもそうだったんです」
「ん?というと?」
ティオナが捕食者に好意を抱いた経緯、所謂、馴れ初めをなるべく
簡潔に話すリュー。
ポンコツながらもある意味ではリューの手助けによってティオナを
自覚させたのだとフィルヴィスは納得した。
「...リオン。お前はどうなんだ?」
「はい!?わ、私も、貴女と同じように恩義を持っているに過ぎません!
それに好意を抱いているのなら顔が熱くなり呼吸も苦しくなるはずです。
そうならないので、私にはそういった」
「...そ、そうだな」
何とも言い難いリューの思う単純過ぎる恋愛感情の表現に、答えようも
なく、頭を抱えるのだった。
しばらくして服が乾いたので着替えようとした時、ミアが戻ってきた。
リュー達がお帰りなさい、と挨拶を交わす中、すぐにフィルヴィスの
存在に気付いてルノアが説明をする。
当然ながらアーニャとクロエの頭頂部にポコッと大きなたん瘤を
作ると、若干引いているフィルヴィスにミアは謝った。
謝礼としてワインを手渡され、恐縮しつつフィルヴィスは受け取ると
悪いのはこっちだよ、と言い残しミアは店の奥へと去って行く。
着替え終わったフィルヴィスは紙袋を用意してもらい、それにワインを
入れてリュー達に暇乞いをし、豊饒の女主人を後にした。
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「...こ、断れずに受け取ってしまったが、これは...」
酒に疎いフィルヴィスでも、そのワインの銘柄が有名な一級品であると
わかった。
デメテル・ファミリアのみが育てられる葡萄を使用した、ソーマの
酒の次に値段の張るヴィンテージ物であると。
ディオニュソスへの手土産には十分過ぎる程の物だが、謝礼とはいえ
タダで貰ってしまっていいのかと今更になって戸惑うフィルヴィス。
すると、どこからかとても深いため息が聞こえてくる。
周囲を見渡すと、階段の踊り場にある手摺りに突っ伏す見覚えのある
山吹色の髪をした同胞の姿があった。
「ウィリディス?」
「え?あ、フィルヴィスさん?」
「奇遇だな、こんな所で会うとは」
「は、はい。そうですね...」
「...何かあったのか?随分と深いため息をついていたようだが...?」
そう問いかけるフィルヴィスに一度背を向けて、何かを呟いてから
直ぐさま向き直る。
それに驚くフィルヴィスを余所にレフィーヤは唐突にこう言った。
「お願いですフィルヴィスさん!
並行詠唱について色々と教えてください!」
「...あ、ああ。構わないが...?」
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その頃、フィンとロキはヘファイストスと椿と遠征の打ち合わせを
していた。
スミスとして冒険者として腕利きの団員を椿を含め、総勢20名を
貸してくれる事となり、更にデュランダルの武器も椿が主力となる
5人がそれぞれ得物とする5振りをしっかり用意してくれていると
伝えられる。
その際、椿はフィンにベートの小言を漏らし、ヘファイストスは
魔剣をローンを組んでも用意していたのにと意地悪く言ってきて
ロキは苦笑いを浮かべながら値段を理由に陳謝するのだった。
「魔剣か...ヴェル吉もレベル2にさえなっていれば、連れて行ってやってたのになぁ」
「ヴェル吉?」
「ヴェルフって子の事よ。鍛冶の腕はそれなりにあるけど...
まだレベル1だから、タケミカヅチとヘスティアの子供達とパーティーを組んで頑張ってる所なの」
「ふーん、そないなんか。将来有望株って感じなん?」
「有望も何もあやつは魔剣を打てる。手前よりも凄まじい魔剣をな。
こと魔剣に関してはあやつの方が全くもって上だ」
その発言にフィンとロキは目を見開いた。
椿よりも強力な魔剣を、それもレベル1にして打てるという
スミス系ファミリアに関してはっきりと詳しくないにしろ、
前代未聞のスミスが居るという事に驚いたからだ。
フィンはヴェルフがどのような人物なのか問いかけようとするが
椿は首を横に振り、返答を拒否する。
「あやつの事はそこまでしか話せん。本人からも主神様からも止められておっての。
まぁ、何れ知る時が来るまで待っておれ」
「そういう事だから、名前と魔剣を打てるって事だけ覚えておいてほしいわな」
「わかったで。...ちなみにファイたん?ネフテュス先輩の件は...?」
ヘファイストスはロキと目を合わせてすぐに頷き、状況を
把握していると伝えた。
「実はね、ネフテュス先輩の眷族がヴェルフにドロップアイテムを無償で贈呈してくれているらしいの。
それで、この間一悶着あって...」
「信じられん事にアダマンタイトと同等の硬さを誇る、モンスターの嘴をだぞ?
恐らくギルドでさえ認定されていないレアドロップアイテムであるなら、筋は通さねばならない、と手前もついらしくない事を言ったものだ」
「あー...あんな、ファイたん。ネフテュス先輩の眷族から
ドロップアイテムをタダで貰うてるファミリアは他にも居るねん」
「え?そうなの?」
意外な事実を知って驚くへファイストスにフィンが頷いて答える。
「僕らが把握しているのはディアンケト・ファミリアだけだが、恐らく同じように贈呈してもらっているファミリアも居ると十分考えられる」
「ぬぅ。それなら何故、ヴェル吉ばかりに...
手前とて貰える物なら貰いたいのが正直な所なんだが...」
肘をついて不貞腐れる椿に逃げ笑いを浮かべるフィン。
一方でヘファイストスは神妙な面持ちでロキと話を続けた。
「ネフテュス先輩、イケロスやソーマをどうするのかしらね...」
「さぁ...子供が絡んどるから、只では済まさんやろな。
ウチらも一歩間違えとったら...おぉー怖っ」
わざとだはなく本当に悪寒が走り、ロキは震えた。
天界で何かしら迷惑をかけたからこそ、ネフテュスの恐ろしさを
知っているだろう。
「まぁ、それは当日にわかる事だから、待ちましょうか。
それで話を戻すけど、物資の方は私達も半分持ってあげるわ。
ここまで来たら、一蓮托生だしね」
「助かるよ、神ヘファイストス。
けど、ダンジョン内の戦闘は基本こちらに任せてくれ」
「...そんじゃ、4日後...遠征当日はバベルの前で合流。
そのまま突入してや」
「ああっ」
「久方ぶりに胸が高鳴るなぁ...!」