【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか   作:れいが

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 ザシュッ!

 

 ...ボトッ...

 

 空飛ぶ蟲を仕留め、石を拾い上げる。そろそろ袋も満杯になったので

 戻ろう。 

 僕は踵を返し上へと向かいながら、先程見かけた冒険者達の事を

 考える。

 ...獲物を生け捕りにしていた彼らは、調教でもするんだろうか?

 あの獲物は戦利品として申し分ないくらいだ。調教以外で生け捕りに

 するとしたら... 

 そう考えていると、ヒアリングデバイスが何かの音を拾った。

  

 ...~♪~♫~♬~♩~

 

 聴こえてくる方向を探知し追ってみると、地面に空いた穴からその音は

 響き渡ってきている。

 よく聴いてみると...これは...

 歌だ。とても綺麗な声で、誰かが歌っている...

 ここは危険と常に隣り合わせの狩り場だ。何故、歌っているのか...

  

 カカカカカカ...

 

 ゴーグルの視界をナイトビジョンへ切り替えると、僕はその穴へ

 飛び込み降りて行った。

 暗闇の中をランプを持たずに進むのはどれだけ熟練とされる冒険者で

 あっても危険な行為だ。

 だが、僕らは違う。暗闇そのものとなり、獲物を狩る事が出来る。

 

 ...ファサ...

 

 風圧は抑えられないがブーツの消音機能で着地する音は響かない。

 足音すら消すのだが、スカウト様から教わった狩りにおける移動の

 基本を忘れてはならない。

 横向きになり目線を低くするよう屈む。

 次に利き足からまず一歩踏み出し、もう一歩はその利き足の斜め横へ

 置き、また利き足を前へ踏み出した。

 この移動方法で足底が横を向いている事ですぐに着地し、即座に足を

 動かす事が出来る。

 岩陰を利用し、暗闇に身を潜め進んで行く。

 

 ♪~♫~♬~♩~

 

 歌声がより鮮明に聞こえてきた。

 ...あの岩からなら見えるはずだ。

 僕は全身を隠せる岩へ近付くと、体勢を崩さないよう腕を岩に乗せ

 覗き込む。

 ...前方に岩が多すぎて後頭部だけしか見えない。

 視野を拡大し、歌っている人物の特徴を観察した。

 薄い青色の長髪は、毛先が青みがかっている。肩は衣服なのか防具の

 一部なのかわからないが、羽毛のようなもので覆われていた。

 それと...女性であるという事も確認出来た。

 

 ♪~♫~♬~♩~

 

 ...美しいとしか、思えなかった。

 その歌声を我が主神にも聞かせて差し上げたいと思い、その場を

 動かないでいた。

 しかし、しばらくしてその歌声が止まってしまった。

 

 「そろそろ行きましょう、レイ。誰かに見つかる前に」

 「そうですね。わかりました」

 

 ...レイ、というんだ...

 その女性は他の女性とどこかへ行ってしまったようで、姿が

 見えなくなる。

 ...僕も地上へ戻ろう。

 そう思い、僕はその場を去った。

 

 「それにしても、レイの歌はいつ聞いても素敵ですね」

 「ありがとうございます。...ところで、フィア?先程の場所で...」

 「ん?何ですか?」

 「...いえ。さ、リド達の元へ行きましょう」

 「あ、はい...?」 

  

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ...ゴツンッ!

 

 「あいだ!?」

 

 ティオネが魔石やドロップアイテムを換金するという事で、ティオナは

 先にホームへの帰路を歩いていた。

 1人だけという事もあってか、また捕食者の事に思い耽ていたので

 魔石灯が目の前まで迫ってきているのに気付かなかったようだ。

 ぶつかった魔石灯は先端部を揺らしており、ティオナはその場に

 蹲っている。

 

 「...はぁー」

 「そこの貧乳なアマゾネスちゃん?何かお悩み事かな?」

 「んなっ!?誰が貧乳だ...って、アーディ、それに...」

 

 少し屈んでティオナを見つめているアーディと、その後ろにリューが

 立っていた。

 金色の長髪を纏めたウエイトレスの服装ではなく、アストレア・ファミリアの団員として活動をしている際の服装、そして髪を解いている姿をしている。

 先程、ぶつかっていた様子を目撃したようで、リューは心配そうに

 していた。

 

 「あの、大丈夫ですか?強く額をぶつけていましたが...」

 「あ、う、うん!大丈夫だよ。あはは...」

 

 ティオナは急いで立ち上がり、何事もなかったかのようにアピールする。

 その様子にアーディは微笑みながら、問いかける。

 

 「それならよかった。それで...何を悩んでいたの?」

 「...別に、大した事じゃないよ。ちょっとした事だから...」

 「まぁまぁ、そう言わず話してみてよ。それで、私と一緒に悩もう?

  リューも一緒にいいよね?」

 「...仕方ありませんね。ですが、答えを見つけ出すのは貴女自身に任せますよ?」

 

 2人の気遣いにティオナは、最初は口籠もっていたが徐々に言葉を

 並べ始める。

 捕食者に助けられた事、ベートのせいで捕食者ともう会えなくなって

 しまうのではないかという不安。

 それらを全て話し終え、ティオナは俯いた。

 ただネフテュスの眷族という事は伏せている。理由は察せる事だろう。

 

 「...とは言え、あそこまで痛めつける必要はなかったかと...」

 「いいんだよ。あれくらいでベートは死んだりしないし...ところでさ、リオン?

  あの時言ってたけど...リオンも助けられた事があるって事だよね?」

 

 ティオナの問いかけにリューは腕を組んで目を伏せながら答えた。

 対して、アーディは無言のまま難しそうな表情で何かを考えている。

 

 「そうだとは思いますが...実のところ、わからないとしか言いようが...

  あの時、私達は死を覚悟していました。ですが、怪物の両腕が切断され、目を砕かれ、最後は首を刎ねられた...

  その時、姿は見えませんでしたが、何者かによって倒されたのは間違いありません」

 「そっか...あたしは多分、捕食者が倒したんだと思うな。

  すごく強くて...一度狙ったら絶対に狩るって、思うから」

 「そうですか...私達も捕食者に感謝すべきなのでしょうか...」  

 「(しかし、生皮を剥いで吊るすというのは...何年も前にアリーゼが)」

 

 リューが当時の記憶を思い出そうとしていると、それを遮るように

 アーディが口を開く。

 普段の彼女からは想像つかないほど、重々しい様子で。

 

 「...その人達に、私も会った事があるよ...」

 「え!?アーディも!?」

 「それは、最近の事ですか?それとも...暗黒期の頃に?」

 「うん。暗黒期にね...でも...」

 

 アーディは拳を硬く握り締めて俯く。その様子にティオナとリューは

 小さく首を傾げた。

 しばらくするとアーディは答える。

 

 「...その人達を、私は一生許さないよ」

 「え...?」

 「アーディ、それは一体どういう...?」

 

 リューが問いかけるや否や、アーディは背を向ける。

 

 「私を助けるための代償が...大きすぎたから...」

 

 顔を合わせず、そう言い残しアーディは去って行った。

 慌ててリューは呼びかけるがそれを無視して、アーディは歩み続け

 段々と背中が、見えなくなりそうになる。

 リューはティオナに別れを告げして、アーディの後を追いかけた。

 残されたティオナは少しの間呆然としていたが、鐘の音を聞いてハッと

 我に返り、黄昏の館へと走った。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 「アーディ!待ってください!いきなりどうしたのですか?

  何故、あの様な事を?それに代償とは、一体...?」

 「...暗黒期に1人の男の子がね、自爆しようとしていたの」

 

 リューはアーディの肩から手を離し、彼女の語る言葉を黙って

 聞き入れる。

 背を向けたままで表情は読み取れないが、苦渋の面持ちで話しているのは感じ取れた。

 

 「その子がね...お父さんとお母さんに会わせてください、って言ってきて自爆しようとした。

  そうしたら...」

 

 アーディの体が震え始める。その異変にリューが気付くと同時に、

 自身をアーディは抱きしめるように両手で肩を抑える。

 

 「男の子の胸が破裂して、飛び散った血と肉片が私の体にへばりついて...!

  それだけじゃない。周囲にいた人達も、殺されていったの...

  私は、何が起きたのかわからなかったけど、とにかく必死で顔や首、腕や足に付いた血まみれの肉片を拭ったよ...」

 「...捕食者が...そんな、事を...?」

 

 リューの問いかけが聴こえていないのか、アーディは答えずに

 語り続ける。

 

 「血が周りに広がって、足音が聞こえたの。血溜まりを踏んで...

  私は姿を見ようとしたけど、全然見えないから錯覚でも起こしてるのかと思ったよ。

  でも...そうじゃなくて、姿を消してたんだ。景色に溶け込むように...」

 

 少しの間、アーディが口を閉ざした。そして体の震えがいつの間にか

 止まっており肩を抑えていた両手を、力が抜けたかのように下す。

 

 「それから、いきなりこう言ってきた。大丈夫か、って...大丈夫に見えてた方がおかしいよ。

  血塗れになって、目の前で助けようとしてた男の子が惨い死に方をしたのに...!

  私は、何でこんな事をしたのか問い詰めた。...そうしたら...」

 「...なんと、返したのですか?」

 「...私を助けるための、致し方ない犠牲だ、って...」

 

 その言葉にリューは怒りでも驚きでもなく、ただ恐怖を感じた。

 命を守るために別の命を奪い取る、それはリュー自身も経験した事が

 ある事だ。

 しかし、その行いを言葉にして表す事などした事はない。矛盾している

 からだ。

 正義を信条する身として、その言葉は自身の正義を裏切るのも同然だと

 リューは思った。

 

 「...リューも、助けられたみたいだけど...その人に感謝できる?

  人を助けるための犠牲を、仕方ないって思ってる人を...」

 

 どう言葉を選ぼうとも、人殺しという事に変わりはない。

 しかし、衝動的、快楽的などの理由ではなく、助けるためという

 過剰防衛を捕食者は行っている。

 リューにとって言える事は、1つしかなかった...わからない。

 それだけだった。

 それを聞き、アーディは何も言わずにリューを置いて去ろうとする。 

 リューは言い返す言葉が見つからないまま、アーディの背中を

 見送るしかなかった。

 

 ゴォーーーンッ...

 

 夕暮れに染まったオラリオに鐘の音が響き渡り、夜になる事を告げる。

 アーディの姿が見えなくなり、リューは重い足取りで自身のホームへ

 戻っていくのだった。


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