【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか 作:れいが
「...リヴェリア。すまないが、もう一度教えてくれないかな?」
イレギュラーが発生してから少し経ち、18階層へ移動した
ロキ・ファミリア。
幹部専用に設置されたテントで、フィンを始めとする幹部会議が
行なわれている。
50階層で出現したヴィルガ、そのヴィルガを倒す術がなかった
ロキ・ファミリアに代って全て殺し尽くした人物について話して
いたのだ。
リヴェリアは何が起きたのか、彼女なりに1から全部まで説明したが
フィンはイマイチ理解が及ばず聞き返すしかなかった。
それにリヴェリアもため息をついて頭を抱える。
「はぁ...信じられないだろうが、何度でも事実を言うぞ」
「姿の見えない何者達かが、あのモンスターを斬り裂き、その後に魔法による砲撃で一掃した。
斬り裂いた武器は腐食液で溶ける事なく、投げ飛ばした人物の元に戻っていったのは他の団員達の何人かは見ていたはずだ。
そして...眼だけが光っていた。光を反射させてではなく、2つの眼がいくつも光っていたんだ」
リヴェリアの脳裏にその光景が鮮明に蘇った。
眼を光らせていた者達は、あの時の呼びかけに答えはせず消えて
しまった。
あの後アイズに続いてフィン達もクエストから戻ってきて、その直後に
地面が揺らいだ。
しかし、揺れただけで何も起きはしなかった。地面からモンスターが
飛び出してくる事もなく。
「姿が見えない...というのは魔道具を使ってそうしているから、だと私は思います」
「でも、もしかすると、そういうレアスキルを持っているとか?」
「確かに、どちらの意見も可能性としてはありそうだね」
レフィーヤは姿を消している仕掛けは魔道具にあると考え出した。
対してティオネはレアスキルで姿を消しているのではと答える。
フィンは2人の意見に共感していた。どちらの可能性もあり得なくは
ないからだ。
「ただ、その武器はとても興味深い。
アダマンタイト製の武器ですら溶けたのに、その武器は溶けなかったというのなら...
何か特別な素材を使っているか魔剣の一種なのかもしれない」
フィンの推理にティオネは頷いていると、隣に座っていたガレスが
軽く肘で突ついてきたのに気付く。
振り向くと、ガレスは黙ったままティオネの隣を指差している。
なので、ティオネは反対側を振り向く。
「うぅぅ~~~...」
その反対側にはティオナがしくしくと泣いていた。
その様子を見てガレスが心配したのだとティオネは察して小さく
ため息をつく。
「さっきからどうしたんじゃ?ティオナの奴は...」
「大双刀を溶かされたのを未だに引きずってるみたいね。
しょっちゅう壊してるのに今更って感じよ」
「そういう事か。やれやれ...じゃが、その者達はどこへ消えたんじゃ?
まさか、そのまま下へ降りたというのか?」
ガレスは心配事が無くなり、話しの内容について問いかけた。
リヴェリアは少し考えてからゆっくりと頷く。
「あり得なくは、ないな。姿が見えない上にあれだけ凄まじい攻撃手段を持っているのなら、そうするだろう」
「私個人が思う事だが...まるで...捕食者だ」
「捕食者、ですか...?」
「ああっ。強い獲物を求め、狩りをしているように思える...」
普段は浮かべない苦渋の表情を見て、レフィーヤは思わず固唾を飲む。
レフィーヤだけでなくフィンやガレス達も姿の見えない者の正体が
全くわからないという事に考え付かなくなった。
ティオナを除いて。
しかしそんな中、ベートは鼻で笑いつまらなそうに答えた。
「ハッ。何が捕食者だよ。姿消してるのは、雑魚相手にビビってるだけだろ」
「あの芋虫も結局は飛び道具の武器に頼って倒したんじゃねえか。強さもクソもねえよ」
それを言ってしまえば弓やボウガンの存在はどうなるのかと、
レフィーヤは心の中で反論した。
するとリヴェリアは顔を上げてベートに問いかける。
「ベート。戦いと、狩りは違う。...何故だかわかるか?」
「ああ?どっちも雑魚を倒す以外、違う所なんかねえだろ」
「いや、戦いとは相手が強くあろうが弱かろうが、自身の力によって優勢になるか劣勢になるかその差が決まる。
一方で狩りは、常に自身が優勢となる状況下で獲物を仕留める。
標的に気付かれないよう姿を消して潜み、多数の強力な武器を用いて倒すのも1つの強さと言えるな」
「ケッ...知った様な口ぶりで言ったって納得出来るかよ」
踏ん反り返るベートはもう話す気も失せた様で、それ以上は何も
言わなくなった。
リヴェリアはベートに言われた事に対して誰にも聞こえない声で呟く。
「...知っているからこそ、言えるんだ。私も趣味でやっているのだからな」
―――――――――――――――――――――――――――――――― ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
ヘルメットの内部に鳴り響くアラームで眠りから覚め、ガントレットを
操作する。
ウルフが自動操縦で偵察させていたファルコナーからの映像が即時に
送られてきた。
[ブ モ ォ オ オ オ オ !!]
牛の群れがこっちへ向かって来ていた。
あの蟲が居る階層へ辿り着くまでに、何匹かをケルティックと
チョッパーが戦利品にしている。
2人が戦利品にするくらいなら...僕も手に入れたい。
起き上がって僕だけで行く事を伝えて、牛が向かって来る通路へ
先回りする。
ド ド ド ド ド !!
通路に来ると、地鳴りのように大きな足音が鳴り響いてきた。
ガントレットを操作し、バーナーを起動させる。
僕の場合は皆と違い、瞬きを2回続ける動作がトリガーとなり
プラズマバレットを発射する事が出来る。
段々と音が近付いてくる。ヘルメットからレーザーサイトを予め
照射しておこう。
まずは数を減らしていき、残った牛を戦利品にしようと思いついた。
ブ モオ ォオ オ オ オ!!
来た。十分な距離があり、照準を合わせる前に連射しても当てられる。
しかし妙だ。牛からは何かに怯え、逃げているように見えた。
「ドッリャァアアッ!!」
それが何故かすぐに理解出来た。狩られる最中だったからだ。
横取りするのは良くないのは当然わかっている。
なのでレーザーサイトを切り、バーナーも停止させた。
群れを飛び越えるように着地する褐色の少女は先頭を走っていた牛の
頭を柔軟な体を活かした蹴りを見舞う。
牛の首が1周して骨がねじ切れる音が聞こえた。
褐色の少女は続けて身軽に移動し、牛の前に立つと顎を砕く程の勢いで
拳を突き上げ牛を殺す。
ブ モ ォォ オオ オッ!
「おっと!逃がすもんかぁ!」
牛は先程通ってきた通路へ戻ろうとするが、褐色の少女はそれを許さず
次々と牛を仕留めていく。
細い身体でありながら牛を仕留める褐色の少女を僕は見続けた。
皆が見ても称賛すると思うほど、強いと思った。
しばらくして最後の1匹を通路の壁に叩き付けると、褐色の少女は息を
ついて額の汗を拭く。
「こんな上まで登るなんて...早く皆のところに戻らないと!」
踵を返した褐色の少女。また下へ降りるのだろうと思い、僕も皆の所へ
戻ろうと思った。
しかし僕の耳には聞こえて来た。唸り声、というより呻き声が。
僕は足を止め、振り返る。
ヴヴ... ブモ゙ォ゙オ゙...ッ
地面に倒れていた手負いの牛が起き上がり、背を向けている褐色の少女
目掛けて飛びかかろうとしていた。
呻き声が聞こえず、1匹残らず仕留めたと油断していた褐色の少女は
気付いていない。
...情けをかけるか。
ブ モ゙ ォ゙ ォ゙ オ゙ オ゙ オ゙ オ゙ッ!!
「え...?」
ティオナは振り返って、目の前までミノタウロスが迫って来ているのに
気付く。
下級冒険者が殴られれば、当然死ぬ。
しかし、第一級冒険者のティオナであれば殴られようが耐久は
段違いなため1発程度なら問題ない。
それでも本能的にティオナは両腕を頭上で交差させ、防御しようと
する。
ド ス ン゙ッ!
ビシャァアアッ...!
「わぶっ...!?」
だが、ミノタウロスの拳の代わりに真っ赤な鮮血が褐色の肌と髪の毛を
汚す。
何が起きたのか一歩下がり、襲い掛かってきたミノタウロスを見る。
ミノタウロスは全身を前のめりにさせ、ダラリと腕を垂らし奇妙な
体勢で止っていた。
口の中に入った血をペッペッと吐き出したティオナは首を傾げつつ、
近付こうとした次の瞬間。
バキィッ! ベキベキベキッ!
ブ ヂィッ!!
ミノタウロスの首だけが浮かび上がるように体からもぎ取られた。
頭部から垂れ下がる背骨の一部がブラブラと揺れている。
ティオナはそれを見て硬直した。恐怖心なのか、衝撃的な光景に
驚いたからなのかは彼女自身でもわからなかった。
こめかみから垂れた汗に、付着していた血が混ざり合い顎先まで伝うと
地面に落ちていった。
ミノタウロスの頭部は地面に降りるかのように下がったが、その瞬間
消えてしまう。
「...誰か、いるの?」
それはリヴェリアが取った行動と全く同じだった。
なので返事をする事もなく、姿を消したまま去るはずである。
しかし、今回は違っていた。
ティオナの目の前で2つの眼が光り、そして消していた姿を現した
からだ。
カカカカカカッ...
異形の姿をした捕食者は低い顫動音を鳴らし、邂逅した。