【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか   作:れいが

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 ブチィッ... グチュッ ブチュッ...

 

 僕は角が生えた兎の肉に喰らい付き、顎の力だけで食い千切る。

 血の味が口内に広がる。唇から血が垂れそうになるが、僕はそれを

 啜って溢す事なく飲み干した。

 一滴でも血を補充しないと、途中で倒れてしまうかもしれないからだ。

 初めて得物を生で食べた時は、噛み切れなくて咀嚼もままならず、

 吐き出してしまったりもした。

 何とか飲み込んだものの、何日か気分が悪くなって腹を下し、吐き気が

 止らなくなるといった日々を送った事がある。

 何故、焼いて食べないのかというと焼く間にも獲物が現れた際に、

 素早く対処出来なければならないからだと教えられた。

 我が主神は無理はしなくていいと仰っていたが、僕は皆と同じ様に

 強くなりたいという思いがあって、何年もその食生活を続けた。

 そして、今では胃以外の内臓も当然の様に貪っている。

 以前に誤って胃も食べてしまい、その初めて食べた時以来の腹痛に

 襲われ、その日1日は狩りに苦労したのを思い出す。

 

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ

 

 ...誰か来た。

 僕は残り一切れとなった肉塊を口に放り込み、骨を皮に包むと

 クローキング機能で姿を消す。

 背後の木に素早く登り、足場となりそうな枝で待ち構えた。

 足音が遠方から聞こえ始め、ここへ近付いて来る。

 すると、現れたのは青い髪と瞳の女性だった。

 何しに来たのかと僕は怪しんで、観察する事にした。

 青い髪と瞳の女性は武器を構えながら、周辺を警戒し何かを

 探している様に思えた。

 

 「居ない...ここで誰かが襲われてたはずだと思うのに...」

 

 ...そうか。さっきの咀嚼していた音で、そうなっていると勘違い

 したんだ。

 迷惑をかけてしまったな...

 このまま放っておいてもいいが、恐らく彼女は居ないはずの救援者を

 見つけるまで離れないだろう。

 僕はどうするべきか考えた。

 ...彼女は僕らの事を知っている。それなら...

 皆に通信を入れ、僕は彼女をここから帰すために提案した。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 アーディは草陰を掻き分けて、誰かが倒れていないか確認してみる。

 やはり誰も倒れていないとわかると、次は樹陰も見てみた。

 しかし、どれだけ探しても見つからない。

 

 「(...気のせい、じゃないよね...?

   はっきりと聞こえていたんだから...)」

 

 ...ザザッ

 

 自身の察知能力に疑心を抱きそうになっていると、背後から

 草を踏みつける音が聞こえた。

 アーディはすぐに振り返るが、姿が見えない。

 気配も感じず、益々疑心感が増してきた時、それは聞こえた。

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者の鳴き声だ。それもすぐ目の前から聞こえた。

 アーディは咄嗟にセイクリッド・オースを構え、焦る気持ちを

 抑えながら問いかけた。

 

 「...そこに居るんだよね?私を誘き寄せるための罠だったの?」

 

 ...ヴゥウン...

 

 数秒の間を空けて、捕食者が姿を見せた。

 アーディは固唾を飲み、蘇る記憶によって敵愾心が強まると斬り掛かり

 そうな衝動に襲われる。

 だが、呼吸を整え歯を食い縛ると、何とか衝動を抑えられた。

 捕食者はアーディの問いかけに首を横に振り否定した。

 それにアーディは多少なりに安堵して、別の事について問いかける。

 

 「さっきの音は...まさか、また誰かの生皮を剥ぎ取ってたんじゃ」

 

 ...ドチャッ

 

 アーディは足元に投げ捨てられた、何かを見る。

 暗くてよく見えないが、辛うじて白い毛皮でモンスターの物だと

 確認した。

 それを自分に見せる事で否定しようとしているのだと、アーディは

 察した。

 

 「...それなら...一先ず、ホッとしたよ...」

 

 先程と同様にまた安堵すると、警戒を解く事を示すために鞘に

 セイクリッド・オースを収める。

 捕食者はそれを見て微動だにしなかった。

 

 「...貴方は、7年前に私を...私と会った事のある人じゃ、ないよね?

  その人は処罰されたって聞いたけど...」

 

 カカカカカカ...

 

 「...そう...。...喋れないみたいだから、頷くか首を振って教えてほしいんだけど...

  どうして、イヴィルスの使者になった人を容赦無く殺すの?

  そこまで恨んでいるなら...私が何とかしてみせるから...

  もう...あんな事をするのは、やめて...」

 

 拳を握り締め、抑えていた捕食者を許せないという感情が、沸々と

 怒りとなって湧いてくる。

 そして、ありったけの声量でアーディは捕食者に向かって叫んだ。

 

 「あんな殺し方をして、何になるって言うの!?

  人として...道徳的に考えてみなよ!

  あの人達だって、悪意があって自爆しているんじゃなくて...」

 

 ...カサ

 

 アーディの言葉を遮る様に何かが足元に落ちた。

 見ると、捕食者が投げ付けた後の構えをしていて、アーディは

 開きかけていた口を閉ざし、それを拾い上げる。

 それはクシャクシャに丸めた紙で、広げてみると何か書かれて

 いるのに気付き、アーディはそれを読んだ。

 

 [奴らの好きにはさせないと、そちらを助けた先達の意思を引き継いだ。

  自ら選ぶ死はこちらとしては重大な掟であり、狩りの中で戦死する事は名誉となる。

  それを軽視し、他者を巻き添えに自爆する奴らは万死に値する。

  道徳的に考え、それを唱えるべきなのは奴らではないのかと提示する。

  幾年経とうとも思想が変わっていない奴らには意味が無いと思われるが]

 

 最後の一文で、アーディは膝から崩れ落ちた。

 指摘でも反論でもなく、正論を突き付けられたからだ。

 残党が存在するという時点で事実、使者の思想は変わっていない。

 寧ろ、新種のモンスターを操ろうとしていたり、体内に魔石を宿した

 人間も加わっていたりなど以前より凶暴性が増している。

 アーディは初めて、根本的に間違えていた事に気付いた。

 捕食者を説得しようと、イヴィルスの残党が止まらない限りオラリオに

 再び暗黒期が訪れてしまうのだからだ。

 自分はイヴィルスに従う使者を救いたい。

 そう思っていたが、今、その気持ちさえも芽生えなくなった様に

 思えた。

 捕食者の言った通り、イヴィルスの使者は変わらないと自分がそう

 決めつけてしまったからだと。

 自分が汚れを知ってしまったからなのかとも思った。

 放心状態になりかけているアーディを余所に捕食者は、姿を消して

 その場から去ろうとした。

 しかし、アーディに呼び止められ、顔だけ振り向かせる。

 

 「...掟とか、そういうのと関係無かったら...

  あんな殺し方は、しないっていうの...?」

 

 本来なら聞き返す程の、か細い声で問いかける。

 しばらくして、また丸められた紙が足元に落ちてきた。

 俯いたままのアーディは、それが視界に入ると拾い上げて読む。

 

 [掟が無くとも奴らは殺す。狩りの邪魔となる害毒として駆除する]  

 

 読み終えたアーディは力無く、紙を握ったまま手を膝の上に落とした。

 捕食者は気にせず姿を消し、その場から去っていく。

 静まり返った森の中、アーディは虚空を見つめてとうとう放心状態と 

 なった。

 その時、アーディを呼ぶ声が響き渡る。ティオナとリューの声だ。

 

 「アーディ!?どうしたの!?大丈夫!?」

 「...外傷は見当たりませんね。何があったんですか?」

 

 アーディは無言で捕食者から渡された2枚の紙を2人に差し出した。

 それをティオナが受け取り、すぐに捕食者が渡してくるのと同じ紙だと

 気づく。

 リューにも見せる様に持って内容を読んだ。

 ティオナは文面だけなので理解が及んでいなかったが、リューは

 アーディの様子からして察していた。

 手紙に書かれている事は間違っておらず、正しいと思えたからだ。

 つまり、イヴィルスの使者を助ける事はもう手遅れなのだという事も。

 

 「...リオン、ティオナ...私...

  間違ってたのかな...イヴィルスになった人を、助けたいって事...」

 「そ、そんな事はありません!決してアーディは間違っていないです!

  ...ですが、許されるはずがないというのは、捕食者も...

  イヴィルスを恨む者全員が思っている事です」

 

 リューは言葉を濁さず、率直に答えた。

 アーディの思いは間違ってはいないが、圧倒的に他者が思っている事と

 差が大きく、下手をすればアーディの身に何が起きるかわからない。

 それを踏まえてリューはそう答えたのだ。

 ティオナはリューの発言で、ようやくアーディの心情を理解する。

 そして、アーディを抱きしめた。

 

 「リオンの言う通りだよ。間違ってなんかないよ。

  アーディは優しいから、そう思っていたんだよね?

  それなら...アーディが自分を責める事なんて何もないよ」

 

 ティオナの言葉を聞き、アーディは抱きしめている腕を掴むと

 大粒の涙を流し泣いた。

 リューも、せめてもの慰めになればとアーディの肩に手を置き、

 泣いているアーディを見つめた。 

 

 

 「ヘルメス様、本心から言っていいですか?

  というか言ってしまいますが、もう無理です。

  ただでさえギルドにも情報が無いというのにこれ以上どう調べればいいんですか?

  見ての通り、手を上げてお手上げです」

 「ぷふっ。あはははは!アスフィも中々面白いシャレを思いつくなぁ」

 「ホントホント~。あ、もしかしてそのために考えたの?」

 「笑って誤魔化さないでください!まったく...

  それと団長!断じて違いますからね!?」

 

 リディスはアスフィに指を指され、お道化る。

 対してヘルメスは帽子のつばを摘まみながら、目を隠す様にした。

 

 「あぁ、悪かった。そう拗ねないでくれよ。...だけど、アスフィ。

  これは他に重大な事を無視してでも、突き止めたいんだ。

  ネフテュス先輩が何時、何故、オラリオ...いや、地上に来ていたのかを」

 「...神々のよくある気まぐれ、という線は全く視野に入れていない様ですね」

 「あの方に至っては、気まぐれも皆無だから...

  何かあるのは間違いない。相当な理由があるか、或いは厄介事が起きるかも」

 

 しれないと、言い終わる前に誰かがドアをノックした。

 アスフィがヘルメスに視線を送って、頷くのを確認しリディスが入室を

 許可する。

 入ってきたのは、手に何かを持っているローリエだった。

 

 「あの、ヘルメス様?ポストに手紙が届いてましたよ。

  差出人は...ヒエログリフで書かれてます」

 「...そうか。どうもありがとう、ローリエ」

 

 お礼を述べてローリエから手紙を受け取る。

 封蝋を剥がし開けると、手紙を取り出して読み始めた。

 内容を読んでいくにつれ、目を細めていくのにアスフィは気づいた。

 しばらくして読み終えると、その手紙をポケットに仕舞い込んで

 アスフィの方へ向き直った。

 

 「アスフィ、とりあえず調べるのは中断して19階層へ向かってくれ。

  そこで案内人と合流してから、20階層に行くんだ。 

  途中で18階層に居るルルネを拾う事。あと...ローリエも一緒に頼む」

 「...色々と質問したいのですが、何故ローリエを含めた3人でないといけないのですか?」

 「いや、ついでにと思って」

 「ついでって!?」

 

 エルフの割にはオーバーリアクションをするローリエにリディスは、

 爆笑して机を数回叩く。

 アスフィは呆れながらも、改めてもう一度問いかけようとしたが、

 ヘルメスはそれを察したのか先に答えた。

 

 「ゼノスも関係しているからって意味さ。

  ローリエには、それを任せてるんだから」

 

 その返答を聞き、アスフィとローリエ、リディスは納得する。

 しかし、18階層に何故ルルネが居るのか、事情を聞くと

 アスフィの眼鏡に罅が入るのだった。


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