【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか 作:れいが
「お、おい、ディックス!やべぇ事になってるぞ!」
「あぁ?何がだよ」
モンスターを檻に閉じ込め終え、ディックスは慌ただしく駆け寄って
きたグランに問いかける。
誰がどう見ても凶悪と思わせるその顔は蒼褪めており、冷や汗が
顔中から噴き出ていた。
只事ではないと察しつつ、檻に背を預けて答えるのを待つ。
「最近になってイヴィルスの残党が殺されまくってるって情報が流れてるだろ?
それで、さっき小耳に挟んだ話じゃ...
オリヴァスの野郎がリヴィラの街で殺されたってよ」
それを聞いたディックスは驚く、というよりも訝って眉間に皺を
寄せる。
オリヴァスが普通の人間ではない事は知っている。
強さもレベル3と決して弱い訳でもなく、更に体内に埋め込んでいる
魔石で強化していると聞いたので、自分より引けは取らないはずだ。
そのオリヴァスを殺したとなれば、かなり厄介な相手が現れたと
ディックスは舌打ちを打つ。
「ギルドがどこぞのファミリアを差し向けたのか?」
「それが...殺されたって情報はオラリオ中に知らされてる。だが、その殺した奴の事は誰も知らないみたいでよ...
どうやら、ギルドがそいつの事を隠してやがるんだ」
ギルドが公表しないという事は自分達と同じ、何かしらの隠匿な稼業を
しているファミリアの団員を雇っているとディックスは睨んだ。
そのファミリアの格差が上か下かわからない以上、自分達まで死ぬ目に
遭うのはごめんだと、判断しグランに指示を出した。
「なら、今日分の獲物をとっとと捕まえて、しばらく休業するしかないな。
そいつらの正体を突き止めてから、これ以上邪魔にならないよう消してやる」
「そ、そうだな...けど、しばらくは稼ぎが減っちまうかもしれねえな。くそっ...」
ディックスはグランの悪態に強く同感した。
これまで上手くやってきた事が台無しになれそうな予感がしたからだ。
15年もの間、自身を満たしてくれる快楽の邪魔はさせまいと、背を
預けていた檻から離れ、仲間を招集させる。
「お前ら!しばらく稼げなくなる前に適当なのを狩りに行くぞ!
狙いは...20階層だ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
リヴィラの街で様々な出来事が起きた、その翌日。
昼過ぎ頃にマリスと一緒にミィシャはエイナの自宅へ来ていた。
実は、昨日に異形死体の一報を知った矢先に、その場に倒れて
気を失ってしまうという事があった。
その為、本日は安静にするよう言われたので休暇を取っているのだ。
「エイナー?居るー?」
「ちょ、ちょっとマリスさん。
寝てるかもしれないんですから、もうちょっと静かに...」
ミィシャに注意され、マリスは小声で謝り口元を手で抑えた。
気を取り直しミィシャは呼び鈴を鳴らす。
1度目は数秒経っても反応が無かったので、2度目、3度目と鳴らして
みるが一向に出てくる気配がなかった。
ミィシャはまだ寝ているのかと思い、出直そうかと考えたが、ふと
ドアノブを見た。
無意識に手が動いて握る。軽く捻ったままドアを押すと開いた。
最初から鍵が掛かっていなかった様だ。
ミィシャはマリスと顔を合わせ、頷き合い入る事を決めた。
用心のためにとマリスは短刀に手を掛けながら、ミィシャの手を引いて
先導し玄関を通り過ぎる。
「...っ!」
「ぅ...!」
息を殺し、足音もなるべく立てず廊下を進んで行くと、2人の鼻孔を
ツンと鼻を刺す臭いが襲った。
紛れもなく酒の臭いだ。
普段であればこんな悪臭がする筈がないのに、と度々エイナの自宅へ
やって来る2人にとっては信じられない程の臭いが充満していた。
そして、リビングへ繋がるドアの前まで来ると、マリスはミィシャに
少しだけ離れるようにと言い、ドアノブに手を掛けた。
...バタンッ!
勢いよくドアを引いて中へ突入し、ナイフを構えて周囲を見渡す。
そこで目にしたのは...
「ヒック...ん゙ん゙...」
「...は?エ、エイナ?」
「ん゙ー?...あ゙ー、マリス~?何でぇ勝手に上がり込ん゙でん゙のぉー?」
見るからに酔いどれたエイナが窓際に座っていた。片足のみ曲げて。
足元には上着とズボンが空となった酒瓶と一緒に投げ捨てられており、
白いシャツだけを羽織っているという、友人としては何とも言い難い
格好だった。
よく見ればズボンの中に白い小さな布が覗いており、マリスは
思わず顔を引きつらせてしまう。
エイナは酒瓶を片手にマリスを見ていた。片足のみ上げながら座って。
それに、自分を見る目は虚ろだがどこか据わっている様にマリスは
思えた。
「エ、エイナ!?ちょちょちょ、ちょっとちょっと!?
どうしたって言うの!?」
「ミィシャまで、勝手に上がって、ヒッ...くるなん゙て不法侵入よー?
アストレア・ファミリアかぁガネーシャ・ファミリアに通報しちゃうわよー」
そう間違ってはいない脅し文句を言いつつ、エイナは酒瓶を口に
咥えると、グラスに注がず直飲みする。
これはマズイとミィシャはマリスに視線を送った。
マリスは呆れながらも、急いでキッチンへと向かい適当なカップを
掴み取って、蛇口から水を満杯に入れる。
腰のポーチからポーションを取り出し、数滴垂らし軽く混ぜる。
それを溢さない様に持ち運び、エイナに近寄る。
「はーいエイナ~?少し上を向いてー?」
「ん゙ぁ~~...」
「おら飲め」
「ごぼぐぼごぼ...ごぼぶごべぶご!?」
上を向かせて口にコップを押し込み、ポーションを混ぜた水を
ガボガボと飲ませていく。
何かを言っていた様だが、口内に水が入ってきた事でわからなくなり
やがて大量の水が食道に流れ込んでくる感覚に驚き、目を見開いて
暴れ始める。
マリスは反対の手をミィシャに押えさせて、もう片方の手は自分で
押さえつける。
暴れた事で、少し床に飛び散ったがコップの水を何とか飲み干させた。
「ケホッ!ケホッ!...こ、殺す気!?」
「違うよ、全く...少しは楽になった?」
「...ええ、お陰様でね...」
エイナはズボンを受け取ると、ズボンの中にある下着ごと足を股下に
通して履く。
立ち上がるとチャックを閉め、シャツのボタンを上から留めていくと
裾をズボンへ押し込む。
「これ、全部飲んでたの...?うわ、全部空っぽ...」
「...何があったって言うの?
昨日倒れたって聞いて、今日来てみればさっきの有様。
そんなにストレスが溜まってたって訳?」
マリスの質問にエイナは口籠ると、また窓際に座り込んだ。
質問に答えられない、というよりも答えてはいけないと指示があった
からだ。
ネフテュス・ファミリアの件についてウラノスは当然として、担当者の
エイナを含め、上司のレーメル、ギルドの最高権力者のロイマンのみが
事態を把握している。
ウラノス曰く、もしネフテュス・ファミリアが生じさせた事態を
冒険者やオラリオに住まう商人などの民が知れば、敵視する事は必至で
あり、担当者であるエイナも何かしらの被害が出る可能性もある。
そのため、ミィシャもあの時、エイナから話を聞かなかったため、
知らないのだ。
公開した情報もネフテュス・ファミリアは伏せてあるため、マリスも
当然知る余地もない。
ただ、あの時渡された白装束をミィシャは見ている。
なので、悟られないようマリスに答えた。
「まぁ、うん...色々上手くいかないな、って思い詰めてたかも...」
「それって...例の人のせい?」
「...それ以外ないでしょ。ホント、あの人は...」
ギクッとエイナは内心焦せりそうになるが、事態と結びつかせないよう
あえて捕食者に対し悪態をつく。
「誰の事?そいつのせいでストレス溜まってたっていうなら、今すぐ連れてきて謝らせてやっても」
「い、いいから、そんな事しなくても。...
それに...その人は悪気が全然ないし、上手くいかないって思うのも、私自身のメンタルの問題だから...」
それがエイナにとっての本心だった。
イヴィルスの残党が良からぬ事を企てている事を伝えて来た事に
関しては、未然に防ぐ事が出来ると感謝している。
まさか殺した使者を異形死体にした事だけは、信じられず卒倒して
しまったのだ。
その後、自宅に安静にするよう言われたのだが、室内で1人様々な
事を考えていたが、最終的に耐え切れず冷凍器から引っ張り出した
酒を只管煽り、忘れようとしていたと我ながらに呆れたと、思い返す。
「...とりあえず、少しは楽になったか。もう大丈夫よ」
「ホントに?そう言って無理が祟って、また倒れても知らないからね?」
「大丈夫よ。...ミィシャ、今どんな状況になってるの?」
エイナの問いかけに、今度はミィシャも口籠った。
マリスの言った通り、無理をさせてはいけないと思ったのだろうと
エイナは察して、眼鏡を掛け直すと仕事を始めるといった姿勢になる。
それを見て、ミィシャは重々しく話し始めた。
「その...今朝頃に戻ってきたアストレア・ファミリアの副団長さんが報告してくれたんだけど...」
昨日、異形死体の回収が全て済んだ直後に食人花がリヴィラの街に
出現し、更には巨大なモンスターが出現するというイレギュラーが
発生した事。
その巨大なモンスターを生み出した宝玉とそれを回収しようと
していた謎の人物。
それに加え、6年前に死亡したはずの【白髪鬼】ことオリヴァスが
不確実ではあるが極彩色の魔石を体内に宿した事で蘇っていた事。
そして、そのオリヴァスが殺された事などギルドが現在知り得ている
情報を全て話した。
エイナはオリヴァスが殺されたと言った時のミィシャの反応が、
前者に比べ、言い辛そうだった事を見抜く。
恐らく、その事を気遣って言い辛かったのだとエイナは感じ取った。
その殺めた人物も、何となく察して。
「...わかったわ。教えてくれてありがとう」
「う、うん...その、大丈夫?また気が遠くなったりしてない?」
「大丈夫だってば。...じゃあ、ちょっとシャワー浴びてくるわね。
その間に、ちょっとだけ床に散らばってる物、拾っておいてもらえる?」
「はいはい。胃の中の物が無いみたいだからやっとくわよ」
マリスはため息をつきながら拾い始める。
ミィシャも拾い始めると、エイナはバスルームへ向かうのだった。
「(...今度こそ、キチンと話し合わないとね...)」
――――――――――――――――――――――――――――――――
その頃、星屑の庭では地上へ戻ってきて早々にアリーゼ達は
召集を掛けられた。
アリーゼ達は、休んでからにしようとうんざりした様子だったのだが、
セシルに今すぐにと言われたため、会議室に集められた。
会議室に入ると、そこにはアストレアとリリルカ、そして命が
待っていた。
アリーゼ達はそれぞれ席に座り、事情聴取が始められる。
最初は頑なに、口を閉ざしていたリリルカだったが、命に手を握られ
小声で何かを呟かれると、たどたどしく窃盗行為をした理由は話し
始めた。
一切、偽らず事実のみを話していき、そして最後にはこう言い切った
「だから...リリはどんな罰でも受けます。
終身刑でも構いませんから...どうか、情けをかけてください」
その言葉に誰もが、リリルカの荒んだ心情を表していると思った。
異形死体を見つけてしまい、抜け殻の様になってしまっていた
アリーゼは、話を聞くにつれて真剣な面持ちとなっていた。
「...事情はわかったわ。ライラと同じくらい苦労してたのね」
「ま...同情はしてやるよ。同族としてもな」
「...ど、どうもです」
ライラはリリルカの肩に手を置き、苦笑いに似た微笑みを浮かべて
いた。
リリルカは戸惑いつつ頷いて、返答した。
「それにしても...余りにも外道なファミリアですねぇ」
「見過ごしてしまっていたのがために、貴女には酷い目に遭わせしまいましたね。
申し訳ございません...」
「お、お顔を上げてください!皆さんがは、決して悪くないのですから...」
「いいえ、これは私達にとって最大級のミスよ!
だから...ホームに乗り込んで、今までしてきた悪事を吐かせてやるわ!」
アリーゼはすっかり元気を取り戻したのか、鼻息を荒くしてやる気に
満ち溢れていた。
リリルカはその様子にまた戸惑い、本当にそんな事になってしまって
いいのか不安になる。
何故なら、自分がソーマ・ファミリアを裏切った事となり報復されると
思ったからだ。
すると、アストレアがそばに寄って来て、リリルカの手を取る。
「リリルカ・アーデ、貴女は勇気を振り絞って話してくれた。
払わないといけない代償のほんの一部にしか過ぎないかもしれないけれど...
まずは1つ、私達の前で償ったわ。それは...とても勇敢に正しい事をしたという事よ」
優しくリリルカの頭を撫でながら、褒め称える。
悪事を行い、自分自身の意思で反省するために、真実を話す事は
誰もが口を紡ぐ程難しいものだ。
だが、リリルカは諦めの心境で真実を話し、自身の処罰を求めた。
アストレアは、それがリリルカの本心であるのを悟り、寛恕して
リリルカを諭した。
「貴女をもう二度と傷つけさせたりはしないと、あの子達が守ってくれるわ。
だから...心配しなくて、大丈夫よ。
...ね?」
「...っ...っ、うぅぅ...」
今まで聞いた事も無い、感情が込められた言葉にリリルカは感極まって
泣き始める。
アストレアはそんなリリルカを抱きしめ、まるで赤子をあやすかの様に
宥めていた。
泣いているリリルカにつられて、命も目尻に涙を浮かべていたが、
すぐに拭うとアリーゼに申し出た。
「あの、ローヴェル殿。私は...リリルカ殿に責任を持つと約束しました。
なので...私も1つ、ご協力させてください!」
「もっちろんいいわよ!乙女を穢した輩をぶちのめしてやりましょ!
でーもっ!...無茶だけはしないでね?」
「はい。気を付けます」
リリルカは危険だと命を止めるために声を掛けようとしたが、逆に
声を掛けられて、口を紡いでしまう。
命がリリルカに近寄ってくると、アストレアはそっと離してあげ、
2人だけで話す様にと促した。
リリルカは緊張気味に頷き、命と向かい合った。
「...ヤマト様、どうして...
そこまで、リリを気遣ってくださるんですか...?」
「言ったではありませんか。あの時会ったのは縁であり、きっと出会った意味があります。
なので、私は最後まで責任を取り...
貴女を傷つけた、ソーマ・ファミリアを成敗してみせましょう」
最初に出会った時と同じ様に、命は力強く言った。
リリルカはその言葉に、また泣きそうになるが顔を振って、何とか
堪えると頷いて答えた。
「何も出来ないリリの分まで...懲らしめてください!」