【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか 作:れいが
ネフテュスとイシュタルはそれぞれ眷族を背後に立たせ、部屋の
ソファに座り対面している。
応接室ではないが、防音となっているので話し声が漏れる事はないとの
事だ。
お互い足を組んだ姿勢でどちらが先に口を切るのか伺っている様だ。
イシュタルの背で用心しているアイシャは、相手側の眷族の1人を
一点に見つめていた。
鎧の下以外から覗く肌の色や、黒い何かが付いており人とは思えない
異形の肢体。
しかし、それが気にならない程に鍛え抜かれた筋骨隆々なその肢体に
本能が反応し、雄を求める渇望が堪らない。
喉が渇いてもいないのに何度も唾液を飲み込み、足を擦り合せ下半身の
奥が疼くのを何とか抑えようとするがどうにもならない。
徐々に彼女自身でも自覚出来るくらいまで、頬が熱くなってくるのを
感じた。
話し合いの内容を把握しようにも、脳内は完全に本能的な欲求で
満ちており聴く事もままならなくなっていた。
そんな様子をイシュタルは気にも留めず、ネフテュスを見ている。
やはり向こうから開口する事はない、そう思った様で観念したのか
先に話し掛け始めた。
「何用で私に会いに来たのだろうか?
...私が不正を働いた事を餌に、気に食わない女神共を強制送還させた件か?
フレイヤを打ち負かすために進めている算段の事か?
それとも...」
イシュタルは思い当たる節を淡々と述べ、ネフテュスに問いかけた。
最後に述べようとした言葉が詰ると、その反応に何かを見極めたかの
様にネフテュスは組んでいた足を下ろし、肘を机の上につく。
「ええ、そうよ。貴女がイヴィルスに関与している事...
それを確かめたかったの。
私の眷族はね、奴らのせいで名誉を穢されてしまったの。
だから...イヴィルスもそれに関与しているファミリアも潰すつもりよ。
前述の2つは知らなかったのだけど...珍しく墓穴を掘ったわね?」
「...どちらにせよ、私の目の前に姿を現したのであれば処罰を下すのだろう。
それなら口が滑ってそうなったという事にしてもいい」
「そう...まぁ、それはどうだっていいわ...
どうしてイヴィルスに関与しているのか、それを教えなさい」
ネフテュスは問いかけではなく命令形で理由を述べさせようとする。
瞳の色はイケロスとの会話でなっていた赤ではなく、白く濁った冷淡に
相手を見る色へと変色していた。
イシュタルがイヴィルスに加担してまで何かを企んでいる事に呆れて
いるのだろう。
それを察してイシュタルは目を伏せ、薄く開けた唇に煙管を差し込むと
煙を一服する。
腹を括って話す気になったのか、その煙管を灰皿に置きネフテュスを
見据えた。
「5年前。そう...5年前から奴らに私は莫大な資金を投資している。
フレイヤに一泡吹かせようと、あるものを用意させるためにな」
「...これの元になる素体をかしら?」
ネフテュスはガントレットを操作し、立体映像を映し出す。
あの時、リヴィラの街に出現したデミ・スピリットと宝玉の姿を。
映し出された映像か、それともデミ・スピリットの事を
言い当てられたのに驚いたのか、イシュタルは目を少し剥いて驚くが
すぐに頷くと述べ続けた。
「これさえ手に入れば、必ずフレイヤを打倒出来ると確信があった。
奴の眷族を皆殺しにし、奴を消せば私こそが唯一無二の美の女神となる...と。
...が、どうやらそうでもなくなったようだな?」
「ええ。私とロキとディオニュソスの子供達が倒したわ。
多分...でもなくて、フレイヤの子供ならもっと早く始末していたでしょうね」
「...其方の眷族でもか?」
それに答えないネフテュス。言わずともと言った具合だろう。
イシュタルはそれを察して両手を広げお手上げであると表現し、
ソファに凭れ掛かった。
「...私を強制送還させるのか?」
「いいえ。しない事にするわ」
即答された事にイシュタルは訝ると眉間に皺を寄せた。
最初辺りの会話からして、潰すつもりでいたというのに何故、
そうしない事にしたのか意図が読めないからだ。
「何故だ?私はフレイヤもその眷族も殺そうと思っていた。
それだけではない。算段の件では自分の眷族の命も犠牲にするつもりでいる。
其方なら...それを許すはずがないだろう?」
「そうね。でも、まだ未遂なのでしょう?それなら大目に見てあげるわ」
イシュタルは明らかに不自然だと思った。
自己中心的な目的を打ち明けたのにも関わらず、何故そこまで寛大に
許しているのか理解不能となる。
「...どういうつもりだ。私に何を要求する気なんだ?」
汗が噴き出て蟀谷から頬を伝う。
あちらも何かを企んでいるのでは、とイシュタルは思った。
ネフテュスは微笑みなら答える。
「ここを続けていてほしいの。今まで通りにね」
「...何?」
「だって、ここでならアス...恋人と思う存分に楽しめるじゃないの。
関与していた事も許すし支払いはするから...ね?お願い」
隠さずともアストレアと恋人である事は、イシュタルだけでなく神々の
誰もが知っている。
ネフテュスが神々の戦いを停めさせたのもアストレアの願いであると、
高らかに宣言した際に堂々とアストレアの口付けを見せつけたからだ。
衝撃と別の意味での興奮、それによって興奮で神々は昂ぶっていた
戦意が削がれた事で戦いは終わった。
しかし、その後にとんだ問題が起きた。
あのとてつもなく堅物な恋愛アンチのアルテミスがまさかの自分も
ネフテュスに恋心を抱いていたとカミングアウトしたのだ。
更にはアテナまでも同じ様にネフテュスに告白してきて、何故か
アフロディーテがヘファイストスにプロポーズをするという始末。
ヘスティアを含め処女神のスリートップである内の2柱が、
まさかの同性愛に目覚めていた。
その事実に神々の阿鼻叫喚と歓喜が交わった叫び声が天界を
埋め尽くしたのは忘れられない。
尚、後者は置いとくとして、アルテミスとアテナに至っては
その2柱による闘争が起きそうになったが、ネフテュスがフった事で
事なきを得ている。
但し、フラれたアルテミスとアテナはしばらくの間、自身の神殿に
引き籠もってソーマが造った100年分の神酒を飲み干したとされる。
飽くまでも噂であるため、真相は神のみぞ知る。
...つまり本人のみしか答えられないという事だ。
話は戻り、何故ネフテュスが許してくれるというのか、それは
恋人との目合い目的でここを使いたいがために、強制送還はしないと
いう事だとイシュタルは話の流れから理解する。
自己満足という点では、自己中心的な目的を達成しようとしていた
自分と同一であると思い思わず吹いてしまった。
「なるほど...私が居なければここが無くなるがために、見逃すという事か」
「そういう事にしていいわ。
...ちなみにだけど、貴女は自分の子供を犠牲に何をしようとしていたのかしら?」
「...今更隠す必要もないか」
イシュタルは置いていた煙管を手に取り、話し始めた。
ルナールを生け贄とし、殺生石に魂を封じ込める儀。
魂を封じ込めた殺生石によって妖術を思いのままに使用する事が
可能となり団員達を強化する事が出来る。
強化するのはフレイヤ・ファミリアと抗争で勝利するためであり、
宝玉も団員達の対策として入手しようとしていたそうだ。
そのためにイシュタルはイヴィルスに資金を投資していたという。
フレイヤ・ファミリアを壊滅させる事が出来れば、イシュタルが
下界において美の女神を高らかに名乗れると、理想を抱いていたのだ。
「...イシュタル。イヴィルスの件は別として...
フレイヤとの抗争はやめなさい。結果は目に見えてるもの...
第一...美の女神を名乗ってるのは彼女だけでもないし、競い合うだけ...
意味がないわ。それぞれが個性的に1番と思えばいいじゃない」
「...プライドというものがあるんだ。
それだけはお前からの説得であっても、聞く耳は持たぬぞ」
「じゃあ、何故...美の女神のフレイヤが貴女よりも上なのか、言っていい?」
「...言ってみろ」
ネフテュスはチョイチョイと顔を近付けるように手招きをする。
それにイシュタルはズイッと机に身を乗り出して、耳を傾けた。
イシュタルの耳元で潤った瑞々しい唇が粘膜の音を立てながら、
開かれる。
「品性がちょっと...って、彼女もそう言うでしょうね。
それから化粧が厚いのが良くないわ。スッピンになったら?」
「...素顔を晒したぐらいで変わるとでもいうのか?」
「逆に聞くけど、化粧ぐらいで変わったりするの?
美の女神であるからには、着飾る必要はないと自負すればいいの。
そもそも...素顔の時点で綺麗なのだから、そうしなさい」
ネフテュスはイシュタルの片方の手を取り、瞳の色をイシュタルと
同じ金色へ変色させた。
まるで鏡に写っている自分の顔を見せる様に。
イシュタルはネフテュスの顔を見つめ、美の女神としての在り方を
改めて考える。
幾多の美の女神を名乗る女神達の中で頂点となって何になるのかを。
そして、握られていない方の片手でネフテュスの手を包む様に覆った。
それが返事だとネフテュスは微笑む。
「じゃあ、皆と話し合いする機会を設けるから、その日を楽しみにしてるわ。
貴女以外にソーマとイケロスとニョルズも呼ぶ予定よ」
「あぁ、もうそこまで把握してたのか...タナトスの事はまだ知らないようだな?」
「...フーン、彼もそうなの」
「というよりも...アイツがイヴィルスの主神となっている。
会った事があるのだから、間違いない」
「そう...教えてくれてありがとう」
そう答えたイシュタルに頷いて微笑んだ。
その微笑みは優しさが溢れる分、タナトスに対する感情を露わにしない
冷たさを感じさせる異常さをイシュタルは覚えた。
最古の女神を怒らせてはならない。それが神々の暗黙の了解であると、
改めて思うのだった。