【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか   作:れいが

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 カチッ

 プシューッ...

 

 捕食者が徐にヘルメットに繋がれていたパイプを引き抜くと、白い煙が

 接続口から噴き出た。

 アイシャはその行動に目を丸くしつつも構えは解かなかった。

 彼女だけでなく、その場に居る全員もヘルメットを脱ぐのだと

 察した。

   

 「...認めたのね、彼女を強いと」

 

 ネフテュスが捕食者に語り掛ける様に呟き、それに答えるかの様に

 捕食者はヘルメットに手を掛け、顔から引き剥がす様に外した。

 重厚なヘルメットの下から晒された顔に、ネフテュスともう1人の

 捕食者以外は全員絶句する。

 

 グルルルルルッ...

 

 イシュタルが抱いた第一印象はバーベラ達も同じ様なものだった。

 フリュネが可愛く見える、と。

 険しい顔や厳つい顔など、一見で判断し警戒するのが生物の本能であり

 大抵の冒険者は相手の力量を測る事が出来る。

 しかし、捕食者に関してはそれ以前の問題だった。

 人ではない。それが理由だ。

 鋭い4本の牙を開いて別の生物かの様に動かし、窪んでいる目元から

 覗く眼がアイシャを睨んでいる。

 バーベラ達が戸惑い、混乱する中、意外な事にアイシャは平然と

 構えたままだった。

 

 「...それであたしがビビるとでも思ったのかい?

  まぁ、確かに少しは驚いたけどさ...

  まさか、故郷の伝承に出てくる悪魔をこの目で見るなんてね...」

 「(あら。ヤウージャ達の事を知ってる口みたいね...)」

 「ま、何でもいいさ。悪魔でも怪物でも、あんたに惚れたんだから...」

  

 拳を更に強く握り締め、骨の節々がメキメキと鳴る。

 

 「言った通り、くたばるまで楽しませてもらうよっ!」

 

 ガァァァァアアアアアアッ!

 

 左の拳を突き出し、それを受け止められると透かさず右脚を低く振るい

 ローキックを捕食者の左脚に叩き込む。

 並みの冒険者であれば膝が崩れるのだが、捕食者は立ったままで

 ビクともしていない。

 やり返す様に捕食者は右拳を腹部に叩き込もうとする。

 アイシャは空いている右手を腹部に持っていき防ごうとした。

 

 ドゴォッ! 

 

 「ぐっ!?カハッ...!」

 

 ッパァァン!

 

 ところが、防いだはずの拳がズンッと2段階で突き上げてきて

 強引に腹部を貫いた。

 背中を曲げ、宙を浮くアイシャに捕食者は彼女の頬を張る。

 完全に無防備となっていたため、鈍い音が立ちながらアイシャは

 1M程突き飛ばされた。

 床を転がり、止まった所ですぐに起き上がる。

 口の中が唾液とも違うヌルッとした粘液に満たされ、それが血であると

 アイシャは気付いてそれを吐き出す。

 吐血はビシャッと床に赤黒い染みとなる。

 下唇のみに塗っていた口紅毎、唾液と血を拭って立ち上がる。

 捕食者は4本の牙を大きく広げ、威嚇しながら向かって行きアイシャは

 迎え撃つ姿勢を取る。

 

 グオォォォオオオオオッ!

 

 「シッ...!」

 

 発展アビリティの拳打によって強化され、目にも止まらぬ速度の

 右ストレートを放つ。

 胸部は鎧で守られているため先程やられた腹部を殴打し、動きを

 止めさせると続けてボディブローを連続で叩き込んだ。

 時折狙いが逸れ鎧にぶつかるが、構わず殴打し続けていく。

 捕食者が腕を掴もうとしてくるとアイシャは腕を引くと同時に、

 ローキックのフェイントを織り交ぜハイキックで顔面を蹴り付けた。

 

 バキャアッ!

 

 「ッハハハハハ!これでお相子だねっ!」

 

 捕食者が蹌踉めき、一矢報いてやったとアイシャは心の底から

 喜んだ。

 歓声が静まり返っている周囲では、ネフテュスだけがアイシャに

 小さく拍手を送り称賛していた。

 眉に負った裂傷部から黄緑色の液体が滲み出て、捕食者は拭うと 

 仕切り直しといった様に距離を開けながら独特な構えを取る。

 アイシャも妖艶な笑みを浮かべ同じく構えた。

 これで勝負が決まると察してレナが沈黙を破り、アイシャにもう一度

 声援を送り始めた。

 隣に立っていたサミラも同調して声援を送り、次々とバーベラ達も

 声援を送る。

 イシュタルも自分の眷族が強者に挑む姿に感極まり叫んだ。

 

 「アイシャ!いけぇっ!」

 

 声援が響く中でアイシャと捕食者は徐々に詰め寄り、互いに目の前まで

 近付くと動きを止めた。

 どちらかが先に手を出せば有効打を与える事が出来る。

 悟られず、息を吸って呼吸を止めたアイシャが先に動いた。

 小細工などせず、ただ一点を狙う拳が一直線に向かっていく。

 拳が眉間を捉えた、そう思った矢先、捕食者が上体を屈ませ

 位置がズレた事で前頭部で受け止める。

 

 メキィッ...!

 

 骨が折れる音が鳴り響き、アイシャが後退して右手の痛みに顔を

 歪ませた。

 指全体と根元の皮膚がズル剥け、血が滴っている。

 それでも尚、アイシャは残った左手で拳をつくり仕掛けようとした。

 しかし、それよりも早く捕食者の拳がアイシャの蟀谷に叩き込まれた。

 人体の急所であったため、アイシャは数秒耐えて立っていたが目から

 光が消え、意識が途切れたようで前のめりに体が傾いていく。

 しかし、目の前に立っている捕食者に凭れ掛かった事で倒れる事は

 なかった。

 

 カカカカカカ...

 

 捕食者は振り払おうとはせず、アイシャの肩を掴んで首が後ろへ

 垂れる様にし、ゆっくりと寝かせた。

 

 ヴオオォォオオオオオオオオオオオッ!!

 

 乱れた黒い長髪が顔に掛かっているのを指先で退かしアイシャの顔を

 ほんの少しだけ見つめ、目を逸らし立ち上がると勝利した事を

 誇示するべく雄叫びを上げる。

 バーベラ達はその雄叫びに負けない程の歓声を上げ、捕食者の勝利を

 称えた。

 

 「...完敗か。まぁ、アイシャには最高の戦いを見させてもらった。

  感謝しよう、ネフテュスとその眷族よ」

 「どういたしまして。...イシュタル、やっぱり支払う事にするわ。

  2人も傷付けてしまったのはいただけないもの。

  治療費と身請けのを相応に、ね?」

 「そうか。では、手続きなどを今すぐ用意するのも無理があるので...

  明日までに用意しよう」

 「わかったわ。じゃあ、私達は...あら?」

 

 イシュタルは途中で言葉を止めたネフテュスが何かに気付いたのに

 首を傾げ自身も振り返った。

 見ると、少数のバーベラ達はアイシャにポーションを掛けたりなど

 手当てをしているが、大半は捕食者達に我先にと群がっていた。

 しまった、とイシュタルは額に手を当て頭を抱える。

 あれ程の激闘を繰り広げ勝者となった捕食者にアマゾネスの習性として

 見過ごすはずがなく、歯止めが利かなくなったと思われるからだ。

 たとえ、人でなくても...

 事実、アイシャの手当てが済んで回復した事を確認するや否や、

 あっという間に少数のバーベラ達も捕食者に駆け寄っていく。

 

 「どっちも強いんだから、大歓迎だよ!」 

 「ねぇねぇ!私を指名してみない!?」

 「ちょっと待ちな!こいつより俺ならお前を満足させてやれるぜ?」

 「アンタみたいな男勝りなのより私にしなよ!」

 「そんなツルペタより私の方が!」

 「いいえ!私の方がいいに決まってるわ!」

 

 ネフテュスに少し待つように言い、イシュタルはズカズカと

 近付いていき煙管を突き出して一喝する。

 

 「お前達!今すぐに離れろ!その眷族と目合うは許さん!」

 「「「「「ええぇぇええええ~~~~~~~~!?」」」」」

 

 当然ながら不服そうにするバーベラ達はイシュタルに文句を言って

 捕食者から離れようとしない。

 一方で捕食者の方は気にしていないのか、先に拾い上げていた

 ヘルメットを付け直している。

 もう1人はただジッとしており、抱き着かれているがやはり気にせずに

 いた。

 ネフテュスはイシュタルにその場を任せると、アイシャの元へ

 近寄っていった。

 まだ気を失っているアイシャの傍にしゃがみ込み、頬を撫でる。

 すると、瞑っている目が動き薄っすら開くと数回瞬きをして、完全に

 目を開きアイシャは意識を取り戻した。

 横の方から聞こえてくる喧騒に目を向けようとしたが、そこで

 ネフテュスが自分の顔を覗き込んでいると気付く。

 

 「すごいわね、あの子に血を流させるなんて。

  とっても勇ましい戦いを見せてもらったわ」

 「...それはどうも。けど...負けてしまったのだから、ここにはもう居られないだろうね」

 「そんな事ないわよ?イシュタルが最高の戦いを見せてもらったって、褒めてたんだから」

 「...へぇー?そうなのかい...それなら、ここに居られるんだね」

 

 アイシャは起き上がるとネフテュスの背後で仲間達が自身の主人に

 懇願している光景を眺めた。

 その中に巻き込まれている様にしか見えない捕食者を見つけると、

 急いで向かおうと立ち上がる。

 

 「アイシャ。彼は貴女の事を認めてヘルメットを脱いだの。

  周りの皆にも見せたのは...貴女だけでなく、皆にも自らを知らしめるため。

  つまり...許嫁になれる権利を与えてあげられるわ」

 「!?」

 「よかったわね。相思相愛っていうのかしら?」

 

 アイシャは振り返り、優しく微笑みを浮かべるネフテュスを見た。

 ふざけて言っている様子はなく、本当にそう言っているのだとわかると

 俯きながら頭を掻いた。

 まさか、言ってもいない事を見抜かれていたとは思ってもみなかった

 からだ。

 

 「...なら、アイツの...名前を教えてもらえるかい?」

 「ええ。...彼の名前はケルティックって言うの」

 「ケルティック、ねぇ...良い名前じゃないか。気に入ったよ

  全部が好きになったって思えた事も含めてね」

 

 そう答えると、アイシャはケルティックの元へ歩み寄って行った。

 バーベラ達を押し退け、軽く投げ飛ばしケルティックに抱き着く。

 ケルティックは視線を下に向け、アイシャを見つめた。

 それにアイシャは顔を上げて微笑むと腰に腕を回したまま宣言する。

 

 「アンタ達!諦めな!こいつは...ケルティックは誰にも渡さないよ。

 あたしはこいつに惚れちまったんだからね。それに...

 こいつの主神様直々に許嫁になれる権利をいただいたんだ!文句は言わせないよ!」

 「「「「「...はぁぁあああ~~~~~~~!?」」」」」

 「...はぁ?」

 

 イシュタルとバーベラ達が驚いている最中、ネフテュスは

 ガントレットを操作して何かをしていた。

  

 「...ええ、構わないわよ。一網打尽にして」


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