【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか 作:れいが
「ど、どうなってんだよ...!?」
「ヴェルフ殿!今は千草殿の元に!」
「っ!そ、そうだな!桜花!
あのデカブツをこっちに近付けないようにしてくれ!」
「っ、ああ!千草は任せたぞ!」
命とヴェルフは急いでリリルカと千草の元へ駆ける。
インファント・ドラゴンは視覚を失った事で暴走状態となり、
周辺の木々を手当たり次第に薙ぎ倒していく。
ザシュッ!
グ ア ァ ア ァ ア ア ォ ォ オ オ オ オ オ オ オッ !!
そこへまた銀色の矢が鼻に突き刺さりインファント・ドラゴンは
長い首を頭上へ突き上げ、天を仰いだ。
膝が崩れ、前のめりになると顔を勢いよく地面に擦り付けて鼻に
刺さっている銀色の矢を無理矢理にでも抜こうとする。
しかし、そうした事で余計に深々と刺さってしまい、激痛に悶えて
咆哮を上げる。
フィルヴィスはどこから射撃をしているのか突き止めようと、
階層全域を見渡すが、どこにも姿が見えない。
ブシュッ! ブシュッ ...ブシュッ!
すると、インファント・ドラゴンの片目と鼻の奥に突き刺さっていた
銀色の矢が引き抜かれ、浮遊しながらどこかへ飛んでいく。
それをフィルヴィスは見逃さず、エインをその場に置いて飛んでいく
方向へ走った。
もしかしたら銀色の矢を飛ばした人物が彼であると、思ったからだ。
エインは肩を竦め、観戦するかの様にその場に座った。
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「千草殿!大丈夫ですか!?」
「ぁ、ぅ...かはっ!ゲホッ!えぅ...!」
咳き込むと吐血してしまい、呼吸困難となっている状態になって
いた。
リリルカはバックパックから3本のポーションを取り出し、
着物を脱がせようとする。
しかし、極東の独特な着熟しのため脱がし難そうなのを見かねて
命は千草の小刀を鞘から引き抜き、脇腹から横腹を傷付けないように
して帯を斬る。
帯毎着物を払い退ける際、ヴェルフは思わず目を背けた。
「ヴェルフ様!今は見ても問題ありませんよ!」
「サラシを自分と同じ様に巻いてもいますから!」
「あ、そ、そうか。悪い...って、こりゃ...」
謝りつつヴェルフは視線を千草の体に戻す。
女性を見る事として問題ないとリリルカは言っていたが、
容態としてはとても問題があった。
脇腹から横腹、そして臍までが打撲した影響で白い肌が青紫色に
浸食されていた。
命はソッと横腹に手を添え、ほんの少しだけ押した途端に千草は
悲痛な叫びを上げた。
それを見てリリルカは最悪な状況だと察し、顔を更に青褪めさせ
2人に声を荒げながら問いかける。
「エリクサーはありませんか!?
肋骨が折れて、肺が潰れてしまっているかもしれません!」
「俺はポーションしかねぇな...命は?」
「自分もです...ですが、何とかこの傷だけでも治してみましょう!」
ヴェルフとリリルカは頷き、それぞれが所持しているポーションの
入った瓶の蓋を開けて打撲した箇所に振り掛ける。
エリクサー並の治癒効果はないにしろ、痣は見る見る内に消えて
いく。
痣が消えていくにつれ、打撲の痛みも引いていくと千草の呼吸は
先程より苦しそうではなくなっていた。
ドスンッ...!
バキャァァアアッ!
「ぐうぅうっ!?」
「っ!?桜花殿!」
背後から響く鈍い音に命は振り返る。
千草がやられた時と同様に振るってきた尻尾の攻撃を受け、木を
へし折る程の勢いでぶつかり、座り込む桜花の姿が見えた。
よく見ると、戦斧で自身を守る体勢になっていたようで、重傷と
まではいっていないようだ。
しかし、インファント・ドラゴンは木の折れた音を目印にしてか、
桜花が居る場所へ突進していく。
「っ...ここまでか...!」
そう呟きながらも桜花は戦斧を構え、迎え討つ気力を醸し出して
いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁっ...はぁっ...!」
フィルヴィスは崖の最上まで登り詰め、周囲を見渡した。
誰も居ないかに思われたが、ザザッと地を踏み締める音が聞こえ
その方を見据える。
...ギュオッ!
「っ...!」
見据えていた先で何かが飛び出した。先程とは異なる黒い矢だ。
一直線にインファント・ドラゴン目掛けて飛んでいき、胴体に深々と
突き刺さる。
核となる魔石に直撃したようで、インファント・ドラゴンは力無く
膝が崩れ、横倒れになると魔石と大量の鱗と残っていた片目の竜眼を
残し、全身が一瞬にして灰と化し消滅する。
武器を構えていた桜花は何が起きたのかわからず、呆然とするしか
なかった。
「...そこに居るんだろう?私の事は、わかるか?」
フィルヴィスは捕食者であると思い、声を掛けた。
以前に低い顫動音を鳴らして眼を光らせると思っていたのだが、
一向に返事がない事にフィルヴィスは首を傾げた。
「私だ。フィルヴィス・シャリアだ。
あの時助けてもらった者で...
お前の名前はわからないが私の恩人だ。今でも恩義は忘れていない。
...それでも、お前はわからないか...?」
...ヴゥウン...
フィルヴィスは目の前の光景に息を呑む。
何故ならあの時は眼を光らせるだけだった捕食者が、姿を現わした
からだ。
しかし、以前に見た時の姿と違う事に疑問を抱く。
金属製のようだったはずの仮面は虫の顔をした様な赤黒い物で、
鎧らしき防具も生物の骨格をそのままにした様な形状をしている。
網状の服ではなく動きやすさを重視してた、体のラインがハッキリと
見える黒いボディースーツを着用しており、更にはスカートを
履いているとわかった。
よく見れば豊満な胸の膨らみもある事から女性であると判断出来る。
どういう事なのか、とフィルヴィスは混乱しそうになっていると
今度はその人物の方から話しかけてきた。
『貴女は...本当にフィルヴィス・シャリアなの?』
「っ!?あ、ああ...そうだ。嘘は言っていない。
...お前は私の知っている、恩人の...仲間か?」
フィルヴィスは恐る恐る問いかけると、数分間を空けてその人物は
何と虫の顔をした仮面に両手を添えて脱ぎ始めた。
突然の行動にフィルヴィスは慌てふためき、見ていいのか戸惑いつつも
好奇心には敵わず凝視してしまっている。
そして、素顔が晒された。
ハーフアップにした茶髪から覗く垂れた犬耳。
シアンスロープの名も知れている女性だった。
「ナ、ナァーザ・エリスイス...?」
「うん...貴女の言う恩人との関係は数日前に主神様から聞いてる。
だから説明してあげてもいいんだけど...」
ナァーザは仮面を着け直し、下の様子を見始める。
インファント・ドラゴンという脅威が去ったので、桜花達は千草の
手当てに掛かろうとしていた。
『...彼女の容態の方が心配だから、後でって事でもいい?
これを渡してきてほしいから』
フィルヴィスはナァーザが差し出している試験管を見る。
中身はポーションとは違う色彩をしたエリクサーだと気付き、
あの少女の容態が深刻だと知らせているように思えた。
「...いいだろう。では...ここに必ず待っているんだぞ?」
『わかった。どこにも行かない。
ついでにインファント・ドラゴンの魔石とドロップアイテムも拾ってもらえる?』
「...あ、あの鱗全部か?」
『...持てるだけでいいよ』
そう答えるナァーザの声は少し沈んでいたが、フィルヴィスは試験管を
受け取り、急いで登って来た道を下って行った。
ナァーザは背後にあった岩に背を預け、待つ事にした様だ。
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「千草!しっかりしろ!」
「ハァ...ハァ...」
「千草様...リリのせいで...っ」
「おい、今後悔してる暇はないだろ!もうポーションは無いのか!?」
「さっきので最後です!右側は直りましたが、まだ左側の肋骨が...」
命は触診して骨が沈む感覚でそう判断し、歯軋りをする。
このままではマズイと誰もが思っていたその時、近付いて来る足音が
聞こえヴェルフは顔を上げる。
「おい!何も聞かずこれを使え!エリクサーだ!」
「なっ...ありがとうございます!」
命は受け取ったエリクサーを千草の左胸付近に振り掛け、残った分を
ゆっくりと飲ませる。
飲み終えて、数秒経つと千草の呼吸が安定し始め虚ろだった目を開け、
意識が戻った。
「命、桜花...皆...」
「千草殿...!」
「千草様ぁ!うわぁあああああん!よかったですぅ~~~!」
「い、痛いよ、アーデさん...」
苦笑いを浮かべつつも千草は強く抱きしめるリリルカの頭を優しく
撫でてやった。
ヴェルフは危機を乗り越えた安堵感で腰が抜けたかのように、
その場に座り込んだ。桜花達も同じ様に安堵していた。
今まで味わった事もない緊張感による脱力感は、相当なものだった
ようだ。
ふと、エリクサーを渡してきたエルフの少女の姿が無い事に気付く。
ヴェルフは何者だったのかと、疑問に思っていたが助けてくれた事に
変わりないと思い彼女に感謝するのだった。
「一先ず、地上へ戻りましょう。
治療院へ行って診察はしてもらった方がいいでしょうから」
「そうだな。千草、ほら」
「え?い、いいよ、自分で歩けるか、ひゃあっ!?」
遠慮している千草を桜花は無理矢理、背負うと恥ずかしさのあまり
千草が暴れて桜花が転んだ拍子に目の前に立っていたリリルカに
頭突きをしてしまって、お互い悶絶してするのだった。