【第一部完】ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうか 作:れいが
『彼女は?』
「...無事に回復した様だ。それと...約束の物だ」
『ありがとう。...じゃあ、話してあげる。
...但し、貴女の主神にも仲間にも、誰にも言わない事』
「やはり、そうだろうな...いいだろう。
誓って誰にも言わない」
ポーチに受け取った鱗数枚と竜眼を入れ、虫の仮面を脱ぐナァーザ。
一体何を話すのか、無意識にフィルヴィスは固唾を飲む。
「私が彼らと出会ったのはまだ私がレベル2の頃。
仲間とはぐれて、モンスターの大群に遭遇してしまった時に助けてくれた。
貴女と同じ感じかな」
「...そうだな」
意外にもあっさりとした簡潔な体験談だった。
しかし、同じ境遇を経験した者なのだとわかり、フィルヴィスは頷く。
ナァーザはガントレットを装着している右腕を擦りながら続けた。
「私はその時、片腕を失ってしまったんだけど...
彼らのおかげで元通りになった。それも一瞬でね。
この装備は治してもらった代償を交換条件として与えられた物」
「...誰にも言わないでもらう、といったものか?」
「そう。彼らの主神様の存在を他言無用にする事と...
何かあった時のために協力をする事って。
ミアハ様が何度も頭を下げてお礼を言いながら条件を呑んで、私は使わせてもらってる」
手術痕も一切見えないので事実なのだろう。
ナァーザは腕から装備へ手を移動させ、撫でるように触っていく。
ふとインファント・ドラゴンを倒した矢を放つための武器を2つ
背負っているのを見てフィルヴィスは問いかける。
「階層主ではないにしろ、同等の力を持つモンスターを倒す程の威力を持っているが...
随分とその...何と言うか...原始的、だな?」
「お古だから仕方ない。それに今の彼らが使ってるのも試したけど...
肩が外れた事があって、使うのはこれとこれを選んだ。
元々弓を扱うのが得意だったからね」
「なるほど、それなら納得だ」
弓とボウガンは冒険者が扱う一般的な物と全く異なる形状をしていた。
木製ではなく金属製で捕食者の武器だと一目でわかる。
「...彼らは一体、何者なんだ?
人間でないのはわかるが、どこかの部族に思えるだが」
「それは教えられていないからわからない。
でも...彼らは私を助けてくれたから、恩人である事に間違いはない。
貴女もそうでしょう?」
ナァーザはフィルヴィス微笑みかけ、問いかける。
フィルヴィスは頷いて微笑み返す。
「ああ、私もその通りだと思っている。
...他にまだ話していない事はあるか?」
ナァーザは口元に手を添えて、何かを思い出そうとする。
そして数秒も経たずポンッと片方の掌に拳を乗せて話し始めた。
「私とミアハ様、それと...
どこかの主神様とその眷族、あともう2人くらい同じファミリアに所属する冒険者が彼らの存在をずっと前から知っているらしいよ。
2人は当人達の主神様には存在を教えないようにって口止めしたそうだよ」
零細か中堅かあるいは大手派閥の主神か。
大手派閥であるロキ・ファミリアの主神は知らなかったとすれば、
零細の可能性もある。
ずっと前からというのは助けられた以前よりもという事なのかと思い、
その3人の冒険者についてフィルヴィスは聞き出そうとする。
「その冒険者達の名前やファミリアは?」
「ごめん。教えられてないから、わからない」
「...そうか。何か理由がありそうなのか?」
「さぁ...もしかしたら貴女と同じような理由なだけかもしれないけどね。
ミアハ様曰わく、温厚だけど気紛れだからって...」
「気紛れか...神らしくて寧ろ安心感がある気がするな」
世界の次に気紛れと言われる神の性質。
それは眷族にとって不思議でも何でもない事なので、納得するのは
当然であった。
フィルヴィスがそう答えると、ナァーザは仮面を被り直してどこかへ
向かおうとする素振りを見せた。
『話したい事はそれで全部だよ。私はまだ潜るから』
「そうか。気をつけるんだぞ」
『かかかかかか...』
明らかに声を発して真似ているのに、フィルヴィスは沈黙して
言うべきか言わないべきか迷った。
「...何となくそれっぽいが、それは声で言っているよな?」
『難しいから出来ないんだよね、あれ...それじゃ』
「...ッカカ...確かにな」
つい真似をしたフィルヴィスは頬を赤らめながら咳払いをして、
誤魔化しその場を後にした。
尚、エインは隠れて待っていたようで階段の影から現われたため
フィルヴィスが思わず驚いたのは言うまでもない。
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地上のオラリオへ視点を移す。
第三区画にある歓楽街に訪れたネフテュスは、ベーレト・バビリに
赴いていた。
春姫を引き取るためだ。
今回は男性への免疫力が滅法弱いため、女性の捕食者を護衛に
連れていた。
誓約書に署名し治療費と共に身請けの料金を渡し終え、春姫の身請けは
成立した。
後はファルナを解除し、改宗するのみとなる。
「...私の気のせいだといいんだが...
あの袋の中身はこの金額より上回っていないんだろうな?」
「ちゃんと数えて入れてあるから大丈夫よ」
「...それならいい。では、春姫の所へ案内する」
イシュタルの案内の元、春姫が待っている極東様式の名称で遊廓と
呼ばれる店にネフテュスは案内される。
遊廓へ着くと、様式美と言っていいのか不明だが入る際も極東の
習わしにより茶店へ入り、そこから遊廓へ向かった。
フローリングとは違う木床の通路を進んで行き、襖が開かれて座敷へと
ネフテュスは入る。
そこで正座をし待っていた春姫が、お辞儀をして出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。ネフテュス様。
私、春姫と申します。
この度は私の様な卑しい娼婦を身請けしてくださり、誠に嬉しく」
「春姫。ずっと黙っていたがお前の体も貞操も汚されてなどいないぞ」
「...ふぇ?」
ネフテュスの隣に座ったイシュタルにそう告げられ、春姫は
目を点にしながら顔を上げた。
煙管を吸い、ため息をつくのと同時に煙を吹く。
「床を共にする前に倒れてしまってたからな。
倒れた後のお前に手を出さなかった上、返金も受け取らず許した客人達の恩情に感謝しろ」
「...ぁ、ぅ...はわわわわわ...!
で、ではあの時のあれやこれやは全て...」
「夢だ。ムッツリスケベ雌狐」
思わず吹き出すネフテュスの反応がトドメとなり春姫は全身を
真っ赤にして跳び上がる。尻尾をビーンと伸ばしたまま。
着地するとスススと後退りをし、背後にある襖を勢いよく開けて
中に仕舞っていた布団を全て引き出すと空いた押し入れの中に
入り込んで襖を閉じた。
穴が無いため、そこに入るしかなかったのだろう。
「あらあら...笑ってはいけなかったわね」
「おい春姫!客人に対してその様な態度を取って良いなどと教えられたか!?」
すると中からくぐもった声が聞こえてくる。
「(サンジョウノ家での不始末に留まらず、ここでも私は...
私は何という恥を掻いてしまったのでしょう...!
このご無礼は私の命を捧げてでも)」
「そう自分を責めてはダメよ。
いいじゃない。相手が許してくれていたのだから、ね?」
幼い子供をあやす口調で説得をするネフテュス。
先程まで怒鳴っていたイシュタルはその様子を見守る事にしたようだ。
「不始末の事は知らないけれど...
貴女を許してくれた人の気持ちを受け取る気持ちが重要なの。
いい?人誰しも失敗なんてするものらしいのだから、気にするのは少しだけでにして。
ずっと思い詰める人生なんてつまらないもの」
ネフテュスはソッと襖の取っ手に指を入れ、ゆっくりと開けた。
イシュタルが覗き込んで見てみると、膝を丸め込み涙目で様子を
伺っている春姫が居た。
「出てらっしゃい。もうイシュタルも怒ったりしないから...ほら」
「...ありがとうございます」
手を引かれて春姫は押し入れから出てくる。
イシュタルが日頃隅々まで綺麗にするよう指導している事もあってか
金色の美髪や赤い着物は一切、埃などで汚れてはいなかった。
恐る恐る春姫が自分の事を見ているのを察して、イシュタルは
仕方なしにといった面持ちで怒らないと頷く。
安堵してため息をつく春姫は、改めてネフテュスと対面した。
「改めまして、春姫と申します」
「私はネフテュスよ。神々の先輩って立場だけど、恐れ多くしなくていいからね?」
「は、はい...」
「ふふっ...
と言っても初対面の神と話すなんて緊張するのは仕方ないわね。
じゃあ...ファルナを解除している間にお話しでもしましょ」
そう提案した事で春姫はネフテュスと談話をする事となった。
慣れた手付きでイシュタルは帯を解き、赤い着物がスルリと両肩から
擦り落ちて白皙のきめ細かな肌が露わとなる。
豊満な胸がまろび出そうになる際に、イシュタルが気を遣ってか、
春姫の長髪で隠してくれていた。
ネフテュスは春姫の事を知りたいと言ってきたので、春姫は
俯いたまま自身の生い立ちを語り始める。
オラリオより遥か向こうの島国である極東。
春姫は高い地位の役職を持つ朝廷であり、アマテラスに仕えている
三条家の娘であった。
父親は非常に厳しく、屋敷の外へ出る事は許さなかった。
しかし、四季という極東特有の季節によって庭に植えられた
様々な草木を見て回る事と巻物に感情で彩られた煌めく物語を
読む楽しみがあった。
そんな何不自由ない暮らしをしている反面、三条家で働く雑用係の
不満は募っていたという。
当時の極東では飢饉によって人々が相次いで餓死するのが日常的と
なってしまっており、それをアマテラスが何とか打開策を練ろうと
していたそうだ。
アマテラスだけでなく、三条家の裏山ではタケミカヅチが自身の持つ
社で親を亡くした子供を引き取り、面倒をみていると。
「...イシュタル。今でも極東ではそうなの?」
「いや。既に数年前の過去の話しとなっている。
こいつの実家が落魄れ始めたと同時に成り上がったパルゥムの貴族が何かしらの手を打ったとの事だ」
「...続けて?」
「はい...」
そんな話を聞いたある日、門の前から喧騒が聞こえ覗き込んでみると
擦り切れている衣服を着た足に何も履いていない3人の少年と少女達が
居た。
門番の話によれば、裏山に住み着いているという孤児達だという。
話で知ったタケミカヅチが引き取った子供だと春姫は悟り、その日の
夜に戻ってきた父に勇気を振り絞って食料を分けて欲しいとお願いを
申し込んだ。
その時は外へ出ようとしていた事が原因で叱られていたが、あの話を
聞いてしまったからには聞き捨てられなくなっていたそうだ。
その翌日の深夜、名前を呼ばれ庭先を見て春姫は驚いた。
あの時の少年と少女達が食料を分けてくれたお礼を伝えに来たのだ。
社で出来た新たな家族を助けてくれた恩人だと笑みを浮かべる少女に
春姫はとても嬉しかったという。
更に、屋敷の外へ連れ出してもらい少し離れた池へ辿り着き、そこで
ナナイロ蛍が淡い光を漂う幻想的な光景を目にした。
少女はまだまだ見てもらいたいものが沢山あり、毎日少しだけ屋敷の
外を冒険しないかと、そして友達になろうと手を差し伸べた。
春姫は最初こそ父への恐怖心が勝っていたが、少女の優しさと初めて
抱いた友情という感情で打ち破る事ができ、その手を握った。
「ふわぁぁあん...!」
「っ!?」
「え...!?ど、どうかなさりましたか...!?
「うぅぅ、わ、私、友情物語とかそういう話は弱いのよぉ...
良いお友達と出会ったのねぇ...ぐす...」
「...よかったな。今は力を抑えられていて、無事だが...
ネフテュスが泣くと自分の意思と関係なく泣かされる。
体が干涸らびるまでな...」
「そ、そんな恐ろしいお力を...」
「すんっ...だけど、今は大丈夫よ?
イシュタルの言った通り、力は抑えられているから。
さ、まだ話は続くんでしょう?」
「は、はい...」
春姫は少女達と共に様々なものを目にしていった。
社へ来た際にはタケミカヅチとも初めて出会い、その時に縁が
出来たそうだ。
春姫は少女達と仲良しになっていき、以前より明るく笑う様になった。
とても幸せな日々を送っていた。
しかし、ある日を境にその幸せは途切れる事となる。
いつもよりも早い、昼間に屋敷を抜け出したために雑用係がそれを
目撃し大騒ぎとなった。
運悪くその日は早く父が戻ってきていた。
程なくして見つかってしまい、少女達は人攫いの罪に問われそうに
なった。
その際、春姫は付き人と来ていた父に何とか少女達を開放するよう
懇願し事無きを得たが二度と会わない事を言いつけられた。
「...それで?」
「ネフテュス...抑えろ。面倒なのに見つかるぞ」
「あら、ごめんなさい。まぁ、バレても何とかするから」
「まったく...春姫。もうすぐ解除するんだ、最後まで話せ」
「...はい」
月日が経ち、1年が過ぎた春姫が11歳の頃。
少女達と会えなくなった事が傷心となり、春姫から明るい笑みが
消えてしまっていた。
だが、傷心している春姫に更なる不運が襲ってきた。
飢饉の厄災を鎮めるために執り行う儀式が近付く頃、三条家には
人種にしては珍しいパルゥムの貴族である客人を招いていた。
春姫の父は夜遅くまで酒盛りに付き合っており、春姫は就寝していた。
しかし、手洗いへ行き自室へ戻る途中、渡り廊下で月に照らされて
いた餅を見つけた。
寝惚けていた春姫は徐ろに近付き、それを食べてしまったという。
それを見つけた雑用係が慌てふためき餅を吐かせようとしたが、
既に遅く飲み込んでしまった。
実は、その餅はアマテラスに献上するための神饌だったのだ。
儀式では神の力を使うのに天界へ伝えるの許可証の様な物が必要なため
神饌がその許可証の役割となるらしく、1つでも無くなれば役割を
持たなくなるのだという。
月に照らされていたのは神の力がより効果を増すためにと、願掛けを
していたのだ。
それを知らずに食べてしまった春姫は父に勘当を告げられる。
本来であれば重大な不始末となり、一生を牢獄で過す事になる所なの
だが、子供のした事だからと三条家が仕えるアマテラスの寛大な処置の
おかげで勘当される程度で収まっていたのだ。
春姫は屋敷を追い出され、どこかへ向かうために案内人と
山道を歩いている道中、地上に棲まうモンスターに襲われる。
だが、偶然居合わせた盗賊が春姫を助け、報酬代わりにと身売りを
させられ、その後、紆余曲折を経て最終的にオラリオへ流れ着いたの
だという。
「...解除は終わった。ネフテュス、今度はお前がファルナを...
と、言った所で授ける訳がないか。そんな話を聞いたからには」
「...ええ...春姫、ごめんなさい。
私は貴女を眷族に出来ないわ。だって...
貴女の居るべき場所は、その友達とタケミカヅチの所よ」
ネフテュスは微笑みながら、春姫の頬に手を添えて目線を合わせる。
それに春姫は目を見開くがすぐに目を伏せて答える。
「それは...。...はい、正直に申しますと彼女達の元へ行きたいです。
ですが...勘当された私がすぐ近くに居ると父が知れば...
今度こそ彼女達が...命ちゃん達が捕まる事になりかねませんっ。
ですからっ」
「いや、タケミカヅチやその命、というのはヤマト・命の事だろうな。
その者達はこのオラリオで冒険者となっているぞ」
「え...!な、何故、ここに...?」
「きっと...貴女を見つけたい想いがあったからでしょうね。
あ、また泣けて、ふわぁぁぁん...!」
頬に手を添えたまま、号泣し始めるネフテュスを余所にイシュタルは
春姫の前に移動し言った。
「私はお前の命を奪うつもりだった。...が、その気はもう無い。
タケミカヅチにその事を話しても構わないぞ。
この顔を殴られるだけで済むなら...安いものだからな」
「...イシュタル様。私は...貴女の眷族でした。
もし、そうなった時、死への恐怖はあると思いますが...
ここに置いてくださった事への恩は...
一度たりとも忘れた事はありません。これからも、ずっと...」
イシュタルは思いがけない言葉に黙り込んでしまった。
命を奪おうとしていたと言っている主神に対して、恩を忘れないと
言っている事が信じられないのだろう。
「憧れのオラリオの地に居る事も、姉女郎の皆様やアイシャさん達アマゾネスの方々も良くしてくださっていました。
...なので、私はその恩を一生忘れる事はありません」
「...馬鹿だな...本当にお前は...だから勘当もされるんだ」
そう答えるイシュタルはそっぽを向いており、よく見れば頬を1滴の
伝う滴が見えたように春姫は思えた。
一方、ようやく泣き止んだネフテュスはもう一度、春姫と見つめ合う。
「...タケミカヅチの所に行きなさい。
そして友達の皆とまた...冒険をするのよ」
春姫の脳裏にあの頃の記憶が鮮明に浮かんできた。
楽しかった、少し恐かった、それでも命達と居る事が本当に
幸せだったと微笑みを浮かべ、目を瞑ると目尻から涙が零れる。
「...はい。そうさせていただきます、ネフテュス様」
「ええ。それでいいのよ」