青い薔薇たちの物語   作:白羅

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第5話

『明日の放課後は芝のコースで待っててね~

 私は用事があるからちょっと遅れる

 ライスちゃんの適性を見るために何本か走ってもらう予定だから準備体操をして待ってること

 それが終わったら今後のトレーニングの方針を決めて軽くランニングしてから終わりの予定だよ

 じゃあぐっすり寝てね~』

 

 

 

 という連絡を受け、ライスシャワーは授業を終えてからコースで準備運動をしていた。足首や腰といった走るのに重要な部位はもちろん、体を柔らかくするためのストレッチや温めるための軽いジョギングも行う予定である。

 ちなみに、昨日ベッドに入った時間は午後九時である。実に健康的で羨ましい。

 一通り体を動かし終わり、ジョギングを始めようとしたところで近づいてくる人影がある。橘だ。

 

「お待たせ。準備はいい感じ?」

「うん。体も温まってきたし、それに──」

 

 ライスシャワーが向ける視線の先には大きく膨らんだリュックサックがある。折り畳みのテントもあった。

 

「──何があってもいいようにしてきたよ!」

「あー、準備……」

 

 ライスシャワーと同じ場所に視線を向ける橘。山積みになった荷物の中に、トレーニングに役立つようなものはあまりない。むしろトレーニングには必要ないものが多い。

 どう怒るべきか、どう注意するべきか。頭の中で五秒間をたっぷりと使い、口を開く。

 

「うん、いい感じだね」

 

 怒れない。怒れるはずがない。

 イタズラなどではなく善意にあふれた行為である。そのために橘は叱ることもできず、かといって嘘で喜ぶこともできず。とりあえず何となくいい感じの反応を返すほかなかった。

 

「それで橘さん、もう走ってきていいの?」

「まだ待ってね。ストップウォッチとか取りに行ってもらってるから、それを持ってきてもらってから走るよ」

「……え? 取りに行かないの?」

「うん、行かない。理由は後々のお楽しみってことで」

 

 期待しててねと言いながらサムズアップ。ライスシャワーは頭に()()()を浮かべる他なかった。

 そのお楽しみが来るまで、二人で準備体操を続けることにした。大きく体を動かした後、怪我を防ぐためにストレッチを行うのだが

 

「ライスちゃん、硬いね」

「はうっ」

「これはずっと続けないと危ないかもね。お風呂上りにストレッチすることを日課にしたら?」

「そうします……」

 

 ライスシャワーはとにかく体が硬かった。

 体の柔らかさを測るため『ちょう座体前屈』を行うことがある。壁を背に着けて足を延ばして座り、段ボールとかで作られたよくわからないものをできるだけ遠くに押すアレだ。苦しそうにうめき声をあげる者もいれば、簡単に体を折り曲げて限界まで押す者もいる。その中に『え、ホントにやってる? 遊んでない? マジで動かないの?』って思うぐらい微動だにしない者がクラスに一人ぐらいいたかもしれない。

 悲しいことにライスシャワーはそのクラスに一人に当てはまる人物だった。

 

 そんな驚くほど硬いライスシャワーの体に苦戦しながらストレッチを進めることおよそ20分。校舎のある方向から二つの人影が近づいてきた。二人とも髪をツインテールにしている。ピコピコと耳を跳ねさせて何かを話しながら楽しそうに近づいてくる様は、両者の仲の良さをアピールしているようだった。

 

「お、来た来た。おーい、こっち」

 

 橘が手を振ると、その二人のうち一人──身長の小さい方がもう一人に持っていた物を全て渡して橘に向かって走ってくる。もう一人は文句を言うことなく、むしろわかっていたかのようにそれを受け止め、やれやれといったようにため息をついた。橘達からは距離が遠く、もう一人は後ろに目がついていないので、それを知る人物はいない。

 海のように青いツインテールをなびかせながら走ってきたそのウマ娘は、橘達の前で急停止し、満面の笑みでギザギザとした歯を見せつけた。

 

「久しぶりだな橘!」

「久しぶりだねタボちゃん。元気?」

「もちろん!」

「そりゃよかった。ところで新学期最初のテストは?」

 

 タボちゃんと呼ばれたウマ娘はその場で石のように固まってしまった。()とも()とも声を出さなくなってしまい。しまいには隣にいる人物に助けを求めるような視線を向け始めた。

 キラキラとした目で向けられる視線に対し、少女は笑顔で答える。

 

「ターボ、自分で頑張りな」

「ええー!?」

「だよね。ネイちゃんも勉強しないとだし、当然かな……無理だって思ったら早めに相談するんだよ?」

「わかった! 橘は今日暇か?」

「今日はちょっと忙しいかな」

「むー、教えてもらおうと思ったのに……なんでみんな忙しいの!」

「そういう仕事だからかな」「勉強はして当たり前だから」

 

 と、頼みの綱が切れ、青髪の少女がぶーたれたところで、ライスシャワーが控えめに橘の袖を引っ張る。どこからどう見ても保護者とその子供である。爲山なら事案だと騒がれていたところだろう。

 

「ん?」

「えっと……橘さん、この人は?」

「ああごめん、タボちゃん自己紹介」

 

 一歩下がり、腰に手を当てて胸を張り、もう一度ギザギザの歯を見せる満面の笑みを見せた。

 

「ターボはツインターボ! 目標は打倒トウカイテイオー!」

「そのためには次の青葉賞勝てるようにしないとね。そのためには勉強もそこそこな成績じゃないとダメなんだけど。そこんところどう?」

「べ、勉強……」

「ちょっと危ういかなってところですねー。ま、いつものことですけど」

「じゃあネイちゃんが助けてあげるんだ」

「まあ、そうなりますねー。どこまで助けられるかわかんないですけど。っと、私はナイスネイチャ。気軽に呼んでください」

 

 はいこれとナイスネイチャは持っていた荷物を橘に渡していく。ストップウォッチにバインダー、メガホンに双眼鏡、それから引き金を引くと音が鳴るおもちゃ。両手で持つにはいささか多い荷物を受け取り、ありがとねと言葉を返す。

 

「そうだネイちゃん。足の方は大丈夫?」

「まーぼちぼちって感じです。無茶するなよーっておっちゃんに言われました」

「そっか。無理言ってごめんね」

「いえいえ、むしろ本調子じゃないけどいいんですかって話ですよ」

「走ってくれるなら何でもOKって話だと返しておこうかな」

「じゃあお互いさまってことで」

「うん、お互いさまってことで。じゃ、確認するからちょっと待ってね」

 

 途中足の話題が出たタイミングでライスシャワーの視線がナイスネイチャの脚に移る。ジャージを履いているため詳細な状態はわからないが、それでもどこか悪いようには見えなかった。少なくともギプスを付けるような状況でもなさそうだ。

 あの二人だと話がポンポンと進むなあと、ライスシャワーは心の中で呟いた。波長や思考が合うのだろうか、それとも事前に仕込んでおいたのだろうか、二人だけの会話はポンポンと進む。ほんの少し人見知りなライスシャワーは少し羨ましかった。

 そして子どものような──中等部所属なので実際子どもらしい人当たりの良さというか、コミュニケーション力を持ったツインターボはその気持ちを見逃さない。

 

「お前は誰?」

「っ、えっと、ライス、シャワーです」

「ライスシャワー、ライスシャワー……よし! よろしくなライス!」

「今日はよろしくお願いします、ライスシャワーさん」

「は、はい! よろしくお願い、します!」

 

 にししと見た目相応の笑顔を見せるツインターボに対し、深く頭を下げるナイスネイチャ。反応が間反対なのは二人が仲がいい証拠だろうか。

 深く頭を下げられたので思わず頭を下げてしまうライスシャワー。頭を下げられるとこちらも下げねばと思うのは日本人としての気質なのだろうか。それとも彼女が気弱だからだろうか。

 ともかく、二人の少女が頭を下げ合いそのうちの一人に向けてまた別の一人が胸を張るという、傍から見るとなんだこれという状況になっていた。

 

「何その状況、何をどうやったら自己紹介だけでなるの?」

「あう、えっと」

「ああごめん。責めてるわけじゃないから安心して」

 

 そういえばと言葉をつづけながらストップウォッチを止める。時間は5秒とコンマ02、惜しくもちょうどにはならなかった。

 

「ネイちゃんライスちゃんのこと知ってたの?」

「はい。カフェテリアでよく食べている人って目立ちますから」

「ふえ、そうなの?」

「普通の人間代表の私からしたら、ウマ娘はみんなよく食べると思うけどね。タマやんみたいな子もいるけど」

「ターボもたくさんは食べられないぞ」

「タボちゃんも大食いじゃなかったね、たくさん食べて強くなるって言ってたから忘れちゃってた」

「それは今も頑張ってるぞ!」

「そっか、偉いね」

 

 頭をなでる橘、頭を撫でられながら胸を張るツインターボ。どこから見ても年の離れた親戚のようにしか見えない二人だった。実際はそこまで歳が離れていない二人だが、ツインターボの子どもらしい性格がそうさせるのだろう。

 そんな風に仲良ししている二人の横で、再び()()()を頭に浮かべるライスシャワーとジト目を向けるナイスネイチャ。後者が橘に向ける視線には()()()の感情が混ざっていた。

 

「……その呼び方、怒られるって言ってませんでしたか?」

「聞かれてないしセーフセーフ。()がなくなって()()が増えただけの呼び方だし怒られるとは思わないんだけど」

「それでも怒られるもんですよ。おっちゃんもおっちゃんって呼ばれたら怒られますからね」

「それはおっちゃんだし気にしてない。おっちゃんも手を出してこないし大丈夫」

「じゃあターボもおっちゃんって呼んでやるぞ!」

 

 無邪気なその言葉に二人は固まった。

 先ほどからおっちゃんと言われている爲山雄人、ガサツなところだったり体育系の気質だったりが相まって一目見ただけだと30代後半といった年齢に見えてしまう。だが本人の年齢は25、おっちゃんじゃなくてお兄さんだと言い張る年齢である。別に何歳でもお兄さんだと言い張っても構わないが、大幅に老けて見られるというだけで精神的にグサッとくるものがあるだけだ。

 そんな彼を()()()()()ではなく()っちゃんと愛称で呼ぶ橘、嫌っているためあえて()()()()()というナイスネイチャ。そこにもっと仲良くなりたいという理由で()()()()()と呼ぼうとするツインターボが加わることになる。前者二人は良くないがいいとして、無邪気な子から呼ばれる()()()()()ほど刺さる物はない。橘とトレーナーは視線で会話し、お互いに意志を固めた。

 なお、ライスシャワーは話の流れについていけず置いてけぼりになっていた。

 

「タボちゃんはやめといたほうがいいかな」

「ターボ、悪いことは言わないからあんたはトレーナーさんって呼んであげな。ダメージがデカい」

「だめーじ?」

「大きくなったらわかるよ。タボちゃんが理解するにはまだ早いかな」

「じゃあターボもっとおっきくなる!」

「そうそう、それがいい。大きくなれたらテイオーにも圧勝できちゃうかもよ?」

「……!」

 

 目を爛々と輝かせ、大好物が晩御飯に出てきたような満面の笑みを見せるツインターボ。それほど身長が高くないのも相まって、ヒーローを目の前にした小学生が喜んでいるようにしか見えない。

 なお、同じぐらいの身長のライスシャワーはやはり流れにはついていけず、その場でおろおろとし始めた。

 

「その……橘さん」

「何かな、ライスちゃん」

「えっと、ライス邪魔じゃない?」

「全然邪魔じゃないよ。というか今日の主役はライスちゃんだから、いなくなったら困っちゃう」

「今日……そうだ、今日は適性を見るって」

「そうそう、そのためにいくつか走ってもらうから、準備運動をお願いしてたんだ。あの二人も走るから、もうちょっとしてからになるけどね」

「ツインターボさんとナイスネイチャさんも?」

「うん。今からライスちゃんに説明するから、二人は準備体操しててもらえる」

「はーい」「わかった!」

 

 二人は元気に返事をして、仲良く準備運動を始めた。その景色をしり目に橘はバインダーに貼り付けた紙を見せながら走る。

 

「この神にある通りにいくつか走ってもらうんだけど、大丈夫?」

「うん。でもどうしてあの二人を呼んだの?」

「走ってみるとわかる理由もいくつかあるんだけど、一番は私よりもよく見てくれるからかな」

 

 紙を裏返し、楕円二つで簡単にコースを描く。それから丸を三つ、コースの中に二つと外に二つ描いた。

 

「この外側の丸が私、コースの丸がライスちゃんとネイちゃんね」

「……あれ、ツインターボさんは?」

「それは走ってみてもお楽しみ。タボちゃんはすごいよ。で、走るってなったら右回りならこっち、左回りならこっちに走るでしょ?」

 

 丸から左右に矢印が描かれ、反対側まで伸ばして同じように丸を作る。丸の数は四つに増えた。

 

「今回はマイル、中距離、長距離と走ってもらうから、ゴールは反対側だったりこっち側だったりする。でも私の立っている場所はここ」

「あ、変わってない」

「そう、変わってない。でも距離は遠くなってる。なら見えにくくなるのも当然だよね。じゃあネイちゃんにお願いしているみたいに一緒に走ったなら?」

「それなら距離は大きく変わらない……でもそんなことできるの? 走りながら他の人を見るってとても大変だし、ライスは全力で走るよ?」

「全力でOK。ネイちゃんならできるよ。だって素晴らしい素質(ナイスネイチャ)だもん。ま、ゴールは一周戻ってきてここになるんだけどね」

 

 少し離れた場所にて。柔軟体操の途中、ナイスネイチャはクシュンとくしゃみした。ツインターボはナイスネイチャを心配しなかった。

 

「走ったらすぐにあったかくなるぞ!」

「ターボは元気だもんねぇ。とにかく怪我しないように念入りにしないと」

 

 さてそんな一幕は置いといて、橘による説明に戻ろう。

 

「というわけで二人が一緒に走るわけだけど、わからないことはない?」

「えっと、じゃあ一ついい?」

「もちろん」

 

 ライスシャワーは紙を裏返した。

 表面には距離と芝かダートかでタイムが書き分けられるように表が作ってある。だがそのうちの短距離の項目にはバツ印が書かれていた。

 

「短距離は計らないの?」

「うん、計らない。ライスちゃんが短距離得意ならいいんだけど、今年からトゥインクルシリーズに参加って考えるとやめておいた方がいいかなって」

「それは……どうして?」

「相手が悪い。勝てないレースはなるべくなしの方がいいでしょ?」

「そんなに強い人がいたんだ……」

「まあね。まあね、ゴルシちゃんはどこでも走るから本当の適性がどの距離かわからないけど、短距離だと今の段階では勝てるビジョンがないかな」

 

 そう言って橘は先日見させてもらったレースを思い出す。

 明らかに調子のいい二人、ストップウォッチがなくともわかる速さ。そんなウマ娘を彼女の師に当たる人物がスカウトする予定である。となれば避けるのは無難だと橘は判断した。もっとも、師である人物は「挑んでみろ」というんだろうとすぐ想像がつく。

 一番いいのは距離適性が違うこと。必然的に同じレースで走ることはなくなる。そうなると無用な負けを重ねることもなくなる。だがそれは橘が判断することではなく、ウマ娘──ライスシャワーが判断することだ。

 

「で、どう? ライスちゃんは距離が短い方が得意だったりする?」

「えっと……走ってみないとわからない、かな」

「じゃあマイルを計ってみてから判断しようかな。中距離、長距離、マイル。それからダート。5、6本走ってもらうけどいい?」

「うん。ライス、頑張るよ」

「決まり! じゃあ二人が終わったら早速芝の中距離、2000mから始めるね」

「わかった。よーし……」

 

 ライスシャワーが拳を握り、ほんの少しだけ小さくなる。そして小さくつぶやき始めた。

 その時、橘はその気配を感じ取った。

 

「がんばれライス、がんばれ──」

「「おーっ!!」」

「……ふぇ!?」

「ふふっ。おーって言うの、気合入るよね」

 

 突き上げられた拳は二つ。ライスシャワーの『おーっ!!』に合わせ、橘も同じようなことをした。

 小さな幸せを見つけたように微笑む橘に対し、ライスシャワーはぱちくりと大きな目でまばたきを繰り返すだけだった。

 

「私の場合は、よっしゃやってやるぞーって気持ちを込めた『おーっ!!』になるんだよね」

「橘さんもお母さまに教わったの?」

「んー、()()()から。その時は『やるぞー、おー』だったけど。それからちょっと短くなって『おー』だけになったかな。それだけでも十分気合入るから、それでいいかなーって」

「おー? おもしろい話?」

 

 タイミングよく準備体操を終えたナイスネイチャとツインターボもやってきた。おもしろいことや楽しことが大好きな小学生精神のツインターボはすぐに話に食いついた。その一方お姉ちゃん気質のナイスネイチャはやれやれこの子はといった感じだ。

 

「おもしろいかどうかはわからないけど、何かやる前に『おーっ!!』ってやると気合入るよねって話してた。タボちゃんもやる?」

「やるやる! ネイチャと一緒にやる!」

「ちょ、ターボ」

「やらないの?」

「ネイちゃんやるでしょ?」

「橘さんまでそっち側つかないでくださいよ。まあ、やりますけど」

「わーい!」

 

 というわけで四人で円陣を組んで手を重ねる。

 最初はライスシャワーに音頭を取ってもらう予定だったが、最年長兼でまとめる立場の橘がやったほうがいいという主張が通り、橘に変わった。

 

「それじゃあ今日の練習、というか適性確認の模擬レース。みんなでがんばるぞー──」

『おーっ!!』

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