神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第102話 それぞれの腕前

 榊が企画したイベントは大盛況のまま終了となり、ここにきて漸く落ち着いた時間を過ごす事となった。慣れない仕事に疲れ果てたのか、通常のミッション以上の疲労感と共に、これで解放された事による安堵感が広がっていた。

 

 

「アリサ、お疲れ様」

 

「あんなに人が来るとは思ってもいませんでした」

 

「俺も、暫くたこ焼きは見たくない」

 

 既に疲れ果てたのか、返事もそぞろにこのまま終了となる事が予測された頃、緩みがちな空気を裂く様に突如として緊張感が走った。

 

 

「リンドウ、……破水したかも」

 

「おい!サクヤ大丈夫なのか?」

 

「リンドウさん、ルミコ先生呼ばないと」

 

 疲れ切った身体をどう休めるかと考えていた頃、突如としてサクヤの弱々しい声と共に周囲に緊張感がはしる。ここにいるメンバーは歴戦の猛者かもしれないが、こと出産に関してはド素人の集団でもある。

 だからこそ、まずは医者を呼ばない事には何もする事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として起こった出来事に、動く事が出来ないメンバーを尻目に呼ばれたルミコが次々と指示を出す。この場で出産する訳では無いが、事前の準備だけは必要となる為に、少人数での行動となっていた。

 

 

「ルミコ先生、サクヤは大丈夫なのか?」

 

「父親になるなら少しはどっしりと構えなさい。このままここに居ても邪魔だから」

 

 これから出産となる事で急遽医務室での診察が始まると、リンドウはどうする事も出来ず医務室の外を冬眠前の熊の様にウロウロする以外に何も出来ない。待ち時間がいつも以上に長く感じる。自分が産む訳ではないが、既に緊張はピークに達していた。

 

 

「リンドウさん、少しは落ち着いてください」

 

「分かってはいるんだが……やっぱり心配なんだよ」

 

「何も出来ないならここで待つしか無い以上、少しは落ち着け。いくらお前が心配しようが、後の事はサクヤが頑張るだけだろうが」

 

 ひたすらウロウロしているリンドウを落ち着かせるべく、エイジとソーマが声をかけるも見えない事が起因しているのか、時折聞こえる声に心配げな表情が一向に直る事は無い。いつまでこの状況が続くのかと思われた頃だった。

 

 突如として子供の火が付いた様な鳴き声が扉の向こうから鳴り響く。声から元気に産まれた事が理解出来たと同時に、リンドウが慌てて扉を開こうとした時だった。

 

 

「リンドウ、お前も一人の親となるのなら少しは落ち着いて行動しろ。不衛生なままで入れる訳がないだろう」

 

 サクヤの状況を聞きつけたツバキがリンドウを制するべく声をかけると、扉の向こうが開き、ルミコが出て来た。

 

 

「処置は終わったので、身綺麗にして入室してください。でも、サクヤさんも疲れ切ってるのでリンドウさんだけです。後は後日にしてください」

 

 医師でもあるルミコの指示に、一同はその場から解散となり、リンドウだけが医務室へと入る。突如として起こった出来事ではあるが、無事に産まれた事に安堵しつつ報告とばかりにロビーへと戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクヤさんの子供が産まれたんですか?」

 

「無事に産まれたみたいです。今はリンドウさんが一緒なので、私たちは後日に見に行こうかと思います」

 

「これで漸く一件落着だね。しかし、突然の事だったから驚いたよ。私、関係無いのに焦っちゃったから」

 

「こんな時は男性陣は役に立たないですからね。リッカさんにもご迷惑おかけしました」

 

 慌てて連れらて行ったまでは良かったが、現状は何も分からないままだった。どれほどの時間が経過したのか、アリサの表情が穏やかな事から無事に産まれた事は分かったが、あまりにも突然過ぎた事でロビーも少し雑然としていた。

 新しい生命の誕生に、女性陣はどこか憧れる様な空気が漂っている。この空気は決して悪い物ではない。そう考えるには十分すぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?アリサが買い物なんて珍しいね」

 

 久しぶりにショッピングでもとリッカとヒバリが外部居住区を歩いていると、店先には珍しくアリサが一人で買い物していた。いつもであればエイジも一緒にいるのが、今は生憎と一人だけ。ある意味珍しさが先に出ていたからなのか、リッカはおもむろに声をかけていた。

 

 

「リッカさんですか。実はこの前産まれたサクヤさんのお子さんの件で、皆で簡単なお祝いをしようって話になったんです。で、その関係で持ち寄りで何かを作ろうって話が出たので、買い出しに来てるんです」

 

「そうなんだ。でも、買い出しって何を買うの?ここは食料品しか売ってないよ」

 

「持ち寄りは各自が何かを作るんですけど、いつもエイジばかりでは申し訳ないと思って……」

 

 今回の発案者は誰なのかは分からないが、随分とギャンブルに出た物だとリッカとヒバリは驚いていた。第1部隊であればエイジが取敢えず全部作れば問題無いはずだが、発案者はどうやらその辺りを考慮していないらしい。お祝いと言う名のカオスな現状を予測しながらも、その事については何も触れないままとなった。

 

 買い物カゴの中身をそっと見れば、極当たり前に使う物ばかりが入っている。これならば大丈夫だろうと考えたが、リッカとしてもアリサの料理の腕前は良く知っているので、それ以上の事は何も言うつもりは無かった。万が一があってもエイジがきっと何とかするはず。そんなとりとめの無い事を考えながらも改めて何をどうするのか、興味だけが前面に出ていた。

 

 

「でもさ、エイジは何も言ってなかったの?」

 

「実はエイジには内緒で作ろうかと思ったんです。でも、私の腕前だと簡単な物位しか作れないかと思ってるので、お菓子でも作ろうかと」

 

「……まさかとは思うんですが、一人で作るつもりですか?」

 

「そのつもりですが」

 

「サクヤさんのお祝いなんだよね」

 

「そうですよ」

 

 この時点でかなり危険な事に首を突っ込んでいる事を自覚していたが、恐らく撤退する事は不可能に近い。アリサは口には出さない物の、リッカとヒバリには手伝ってほしいと目で訴えている様にも思えていた。

 

 

「……何か手伝おうか?」

 

「良いんですか!」

 

 満面の笑みで言われた事で、ここからは一蓮托生となった。しかし、アリサの腕前で何を作るのかによっては多大なる犠牲が発生する可能性が高い。だからこそ自分以外の人間も巻き添え…ではなく、協力を仰ぐ事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は構わないけど、何作るつもりなんだ?」

 

「個人的にはケーキなんかが良いかと思うんですが、どうですか?」

 

 リッカから連絡を受け状況を説明されると、ナオヤは直ぐに来ていた。リッカとヒバリだけでは万が一の可能性を考慮したのか、それとも何か別の思惑があったのかは分からない。

 しかし、共通する思いはお祝いの席で犠牲者を出したくない。仮に出るならば彼氏一人が犠牲になれば良いだろうとの判断がそこにあった。

 

 

「ケーキか。スポンジから作るんだよな?」

 

「そのつもりですけど…」

 

 何気に話したアリサの言葉にナオヤが一人、難しい顔をしている。ナオヤも料理は作るが、エイジの様にお菓子を作る様な事は殆どない。しかし、どれ位の難易度なのかは理解していた。

 

 

「ねぇナオヤ、何でそんなに難しい顔するの?」

 

「スポンジは配合が間違ってなくても、空気と熱の入れ加減で結構苦労するんだよ。オーブンごとに癖もあるから、見た目以上に厄介なんだ」

 

「案外と難しいんですね。もっと簡単だと思ってました」

 

 恐らく普段からエイジが簡単に作っている様に見えたからの判断なのか、ナオヤの意外な一言に3人は驚きを隠す事が出来なかった。ナオヤもケーキそのものは作った事は無いが、以前にエイジから上手く焼けないと言われた話を記憶していた事を話すと、アリサは何か納得したのかケーキは諦め他の物へとシフトする事にした。

 

 

「でしたら…そうですね…」

 

「なぁ、アリサ。最近作った物ってなんだ?」

 

「少し前にボルシチを作ったんです。そうだ、聞いてください。コウタったら、口に入れた瞬間に顔色が悪くなったかと思ったらすぐにどこかへ行ったんです。ソーマも何だが不思議な顔をしてたんですけど、失礼だと思いませんか?」

 

 アリサの熱弁を他所に、その時の状況は後日談としてコウタから聞いていた事を思い出していた。少し時間があるからとロシアの郷土料理とも言えるボルシチを振る舞われたが、口に入れた瞬間に意識が飛びそうになったと聞いた記憶があった。

 

 確かにあの時の表情は若干虚ろな感じに見えなくもなかったが、まさかそれが原因だとは予想もしていなかった。

 

 

「あ、あのさ。エイジはどうしたの?」

 

 まさかとは思ったが、エイジが食べない選択肢は無いはずとばかりに確認してみたが、そこには驚愕の回答が返ってきていた。

 

 

「一口食べて、これでも良いんだけど、ちょっと好みの味に仕上げたいからって調味料を幾つか入れて食べてましたよ」

 

「…因みにそれってアリサも食べた?」

 

「勿論です。普通に美味しかったですけど。だから失礼しちゃうと思いませんか?」

 

「あ、ああ。確かにそうだな………」

 

 今の一言が全てを物語っていた。見た目はどうしようも無いが、調味料で味を調えれば食べる事は出来る。恐らくはアリサに直接言うのは申し訳ないと考え自分で整えたのだろう。

 この時点で恐るべき技術ではあったが、最悪は何とかしてくれるだろうとの考えから、少しでも簡単に出来そうな物を考える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクヤさん。おめでとうございます」

 

「あら、ありがとうアリサ。皆も悪いわね私の為に」

 

 結局の所は第1部隊の内輪でのお祝いの為に、出来たばかりのラウンジで開催されていた。本来であれば利用はもう少し先の予定だったが、今回の内容を榊に伝えた所、快諾された事もあり、一足早く利用する運びとなっていた。

 当初の予定通り、料理の大半はエイジが用意し、そこにコウタとソーマも珍しくちょっとしたお菓子を作ってきていた。

 

 

「2人も作ったんですか?」

 

「流石にエイジ一人にって訳には行かないからさ。作り方はエイジに聞いたけど、自分達で作ったぜ」

 

「俺も少しは確認したが、何とか出来たぞ」

 

 今回の件でコウタとソーマは何も作らないだろうと予測し、自分の作った物を見せて驚かすつもりだったのかアリサの表情は冴えない。しかし、このまま隠すのも癪になるので、まずはお披露目とばかりに作った物を出す事にした。

 

 

「私は今回クッキーを作ってきたんです」

 

「えっ?アリサにしちゃ随分とまともな物だね」

 

「一言多いんですよ。で、そこまで言うならコウタは何作ったんですか?」

 

 アリサの一言に待ってましたとばかりに胸を張り、コウタは白いプリンの様な物を出す。

 

 

「パンナコッタを作ったんだよ。案外と簡単だったよ」

 

「コウタの癖にやりますね」

 

「アリサこそ一言多いんだよ」

 

 コウタが胸を張るのも無理は無かった。味はともかく見た目は既製品と何ら変わらない出来栄えにアリサは驚きを隠せない。それならばと、ソーマは何を作ったのかと改めて見ていた。

 

 

「あの…ソーマ。これは一体?」

 

「見ての通りだが?」

 

「見ても分からないので聞いてるんですけど?」

 

 アリサが疑問に思うのは無理も無かった。見た目は茶色く丸い物が置かれているが、これは一体何なのか理解出来ない。パンケーキの様にも見えるが、飾り気も無ければ、ただ焼いてあるだけの代物に、確証が持てなかった。だからこそ確認の為に聞いたがアリサには理解出来なかった。

 そんなアリサの疑問に答えたのはエイジだった。

 

 

「それパンケーキだよ。チョコレートソースと生クリームは用意してあるから、これをかけてね」

 

 そう言いながら、柔らかくなったチョコレートと小さな入れ物に入った生クリームが横に置かれていた。これをかければ立派な物になるのは間違いない。だが、ソーマが作ったのは土台の部分だけに、コウタから抗議が入った。

 

 

「ソーマそれはずるいんだよ。そんなん作ったら簡単だろ!」

 

「何を訳の分からない事言ってるんだ。これは余興みたいな物なのと、エイジが作る物を余分に分けて貰っただけだ」

 

 正論の様に聞こえる事でこれ以上何も言う事は出来ない。折角のお祝いだからこれ以上揉めるのは良くないとばかりに落ち着かせる事となった。

 

 

「まぁまぁ、私の為ならその気持ちだけでも嬉しいから。リンドウなんて何にもなのよね」

 

「そこでこっちに来るのか。まぁ、この前の焼きそばで暫くは良いだろう」

 

 これ以上は勘弁してほしいとばかりに白旗を上げる頃、全部の料理が出来上がりそのまま食事会が開催されていた。以前にアリサの件で屋敷で食べた朝食とはまた違った空気がそこに漂う。いつもの光景がそこに存在していた。

 

 一人で食べる食事よりも大勢で食べる食事の方がより美味しく感じる事を考えると同時に、このまま楽しい時間が過ぎる事を全員が願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ?ラウンジの利用ってもう良いんですか?」

 

「今日は特別に許可をもらったからね。ヒバリさんは食事は終わった?まだなら一緒にどう?」

 

「皆さんが良いと言われるのであれば、遠慮なく頂きます」

 

 閉じられているはずのラウンジの扉がが開いていたいた事で、何か追加工事でもあったのかと確認に来たのか、入ればそこで食事会を開催していた。カウンターにはいくつもの料理が並べられ、少しづつ味わう事が出来るようになっていた。

 

 

「ヒバリ…ここに居たんだ。あれ、良い物食べてるね。ねぇ、私も食べて良い?」

 

「まだあるから大丈夫だよ」

 

 ヒバリと一緒に食事でもと考えていたのか、リッカも誘われる様にラウンジへと足を運んでいた。食べているヒバリを見て理解したのか、リッカもまたエイジに確認していた。

 

 

「これってこの前、好評だったオムレツですよね?」

 

「そうだよ。今回は少し落ち着いて作ったから、中身は少し変えてあるけどね」

 

「結局私は食べれなかったので残念に思ってたんですけど、皆が絶賛するのが分かりました」

 

 綺麗に整えられた形のオムレツはナイフで切ると中が半熟だったのか、具材と一緒にドロリと出てくる。それを周りにかけてあったホワイトソースと絡めると、絶品とも取れる味だった。

 オムレツ以外にもパスタやピザなどが用意され、2人も納得できる味に舌つづみをうち、これで食事会は終わるかと思われていた頃だった。

 

 

「よし、皆持ってきたお菓子を食べてみるか?」

 

 リンドウの何気ない発言で、あの当時のやり取りをしていたリッカが漸く理解していた。どうやらギャンブル的な要素を作っていたのはリンドウである事がここで発覚した。

 

 アリサのクッキーは見た目は確かに平凡だが、それでも作る事は困難を極めていた。あの当時の事は思い出すと涙が出そうになる。今のリッカにはそんな思い出しかなかった。

 

 

「ひょっとして、今回の発案者はリンドウさんだったんですか?」

 

「まぁな。折角だからと思って持ち寄った方が気兼ねがないだろ?」

 

 悪びれる事も無く、さも当たり前の様に言われると、それ以上追及する事は出来ない。だからこそ、何となく癪に障るのだが、今ここで何か出来る手段は何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的にギャンブル的な要素はアリサのものだけだったが、それもリッカとナオヤの監修によって、しっかりと食べる事が可能な物へと変貌している。お祝いだからある意味仕方ないのだが、このまま終わるのは面白くない。だったらこの状況を楽しむ事に専念していた。

 

 

「そう言えば、エイジは何も作ってないの?」

 

「流石に作ってる暇は無いんじゃない?」

 

「ちゃんとあるよ」

 

 何気に聞いた質問だったが、まさか用意していたとは思ってもおらず、その事にコウタも驚きを隠せない。時間にもよるが一体何を作ったのだろうか?これまでの事を考えると、嫌が応にも期待が高まっていた。

 

 

「エイジ、これは何ですか?」

 

「これ?これはこうするんだよ」

 

 アリサの質問に行動で示すべく、出された皿の上に乗った白い小山の様な物に火をつける。蒼白い炎が一気に広がったと同時に火を消すと、そこには焦げ目が付いたデザートが置かれていた。

 

 

「これ…すごく美味しいです」

 

「これは美味しいわね。中身はアイスクリームなの?」

 

 初めて食べる食感にアリサは驚き、サクヤも物珍しげに食べる。表面は香ばしく温かいが、中身は冷たい。今までに無い感想にそれを見たリッカとヒバリも驚きを隠せなかった。

 

 

「中身はそうですね。周りをメレンゲで固めた後で、ブランデーの香りづけとアルコールを飛ばすのに火をつけたんですよ。偶々アーカイブ見たら面白そうだと思ったんで作りました」

 

「何だかゴッドイーターとしてやるよりはこっちの方が良さそうね」

 

 サクヤが何気に呟いた一言はある意味正鵠を射ぬいていた。このまま何も起こる事がなければもう一つの可能性とも思われる内容ではあるが、アラガミが絶滅する事は今の所は有り得ない。

 

 ささやかな一時は、未来に向けた何かになれば良いと、そんな空気が流れていた。

 

 

 

 

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