神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第105話 新たな一歩

「そう言えば、いつから弥生さんはここにいるんですか?」

 

 エイジが予想していた以上に半年の時間は大きかったのか、帰国後の状況はかなり変化していた。帰国当時にはあまり意識は向いてなかったが、一晩が過ぎてからはどことなく身に覚えのある視線がいくつか突き刺さっている。しかし、ここは元々所属していた極東支部だけに、他よりも視線は幾分かは和らいでいた。

 

 

「あなたが派兵に行ってから割とすぐよ。まさか当主から直々に連絡が来るとは思ってなかったから驚いちゃったけど、ここは本部と違って良い所よね」

 

 秘書の仕事はそんにも暇なのか、それとも仕事が既に終わっているのか、弥生はラウンジに居る事が多く、今も会話をしながらも手は何かと作業を続けている。カウンター越しに弥生と話しをしながらも、エイジは食事をとりながら不在だったこれまでの事を確認しようと考えていた。

 

 

「屋敷から近いんですから、そんなに知らない訳ではないでしょう」

 

「でもね、ここよりも本部の方が長かったから、やっぱり懐かしい気持ちの方が強いのよ。あんなに小さかったエイジとナオヤがここまで活躍するなんてね」

 

「それはいつの頃の話ですか?個人的にはあんまり他の皆には言ってほしく無いんですけど」

 

 幾ら身内でも、流石に子供の頃の話を色々とされるのは気恥ずかしさが先に出てくる。事実、弥生が配属された直後の話はナオヤからも聞かされたが、どうやら精神的にも頭が上がらないのか、何となく苦手な空気がそこにはあった。

 

 

「よう!欧州派兵お疲れさん。本部とかはやっぱり言ったとおりだっただろ?」

 

 このままでは弥生の話のペースに持って行かれそうになると考えた頃、任務帰りのタツミがラウンジへと入って来た。帰国直後は何かと慌ただしかった事もあり、ゆっくりと話をする事が出来ず、結果的には翌日になって漸くまともに話が出来る状態となっていた。

 

 

「タツミさんの話の通りでした。でも、最後はそうでもなかったんですけどね」

 

「らしいな。榊博士から聞いたぞ。かなりやらかしたらしいな」

 

 既に派兵先の事を聞いていたのか、ニヤリと笑うタツミの表情はどこか同類相憐れむ様な表情にも見える。口には出さないが、その表情が雄弁に語っていた。

 

「人を暴れん坊みたいに言うのは止めてください。ここと同じ様にやってただけですから」

 

 食事を兼ねての話にゆっくりとした時間が流れる。ラウンジは既に極東支部に馴染んでいるのか、周りを見ればリラックスできる空間となっていた。ここでは先ほどのロビーの様な視線が突き刺さる事は無く、静かな時間が流れていた。

 

 

「まぁ、これからはここが主戦場だからな。今まで以上に頼むぞ」

 

「分かってます。伊達に半年間派兵で色んな所に行ってた訳じゃないですから」

 

 些細な事ではあったが、こんな空気が極東に帰って来たことを意識させる。これからどうしたものかと予定を考えようとした際に、改めて弥生の口から爆弾が投下されていた。

 

 

「そう言えば、貴方が居ない間にアリサちゃんから相談を受けたんだけど、ちゃんと聞いた?」

 

「そう言えば…まだ聞いてないですね。どんな話ですか?」

 

 何気ない話のはずが、急に周りを確認した事思うと突如として小声で話始めていた。隣に居たはずのタツミは空気を読んだのか、既にその場から離れていた。

 

 

「ほら、あなた達このままずっと居たいなら何かしらの行動しないとダメでしょ?いつまでも今の様にするのはね。アリサちゃんだってお年頃だから言いにくい事もあるでしょうから、あなたからハッキリ言わないとダメよ。自分のしたい事だけじゃなくて、話もしないと。夜だってしっかりと寝かせてあげなさい」

 

「え?なんでそれを…」

 

 何故そんな事まで知っているのだろうか?真意はともかく、まさかそんな事を言われると思わなかったのか、珍しく羞恥で顔が赤くなる。ここにはまだそんなに人が居ない事もあってか、この現場は見られていなかった。

 

 

「まぁ、それはどうでも良いんだけど。知らないかもしれないけど、アリサちゃんは最近やたらとモテるみたいだから気をつけなさいね」

 

「はぁ。肝に銘じておきます」

 

 こちらが事情を聞くつもりが、なぜか尋問気味にプライベートの事まで言われた事で判断できなかったのか、動きが緩慢になる。ここが戦場であれば確実に命を落としているのではと思える程に今のエイジに精彩は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、何か言いたい事って何だったの?」

 

「それですか……もう少し時間が欲しいんですが」

 

 弥生から聞かされた事で、何かが影響したからなのか、何となく不安な気持ちが優っていた。派兵に出ていた時には意識しなかったが、不意に言われた言葉にどこか落ち着かない。そんな考えが勝ったからなのか、エイジはアリサに不意に確認したくなった。まさか突然そんな事を聞かれるとは思わなかったのか、何となくアリサがうろたえて居る様にも見える。

 事情が分からない以上、確認しない事にはエイジの心が晴れなかった。

 

 

「実は、弥生さんからアリサが最近モテるって聞いたから、何かあったのかなって思ったんだけど…」

 

「へ?なんでそんな話が?私は知りませんよ」

 

 一体何の話なのか今のアリサには皆目見当もつかない。しかし、弥生がエイジに言った事は間違いでは無かった。ただし、アリサを見ていれば、休憩中のラウンジで右手のリングを無意識に触っているシーンを見る事が多く、また普段からヒバリやリッカとも話をしている事を聞けば、想いを言った所で確実に玉砕するのは誰の目にも分かっていた。

 それは第三者として見れば直ぐに分かるが、当事者からすれば見当が付かないのは、単に何も知らないからでもあった。

 

 

「いや、なら良いんだけど。随分と弥生さんと話をしてるんだと思ったからね」

 

「それは…エイジのお姉さんみたいな人ですし、やっぱり仲良くしたいと思うのは当然じゃないですか」

 

「…あの人は昔からあんな調子だからね。嫌いじゃないんだけど、結構苦手なんだよ。今回だって……」

 

 ここで漸く弥生がどうしてそんな話をしたのか唐突に理解していた。自分でも認めたくないが、ほんの僅かだがエイジの中に嫉妬する部分と同時に、誰にも渡したく無い独占欲があった。

 ほぼ毎日通信やメールで連絡しても、画面越しからは細やかな感情は感知しにくい。だからこそ、気が付かない中でアリサを渇望している自分がそこに居た事を理解していた。

 

 

「エイジ、今回だって…どうしたんですか?」

 

「……何でも。いや、多分長期間会えなかったから自分の感情に少し向き合ったのかもしれない」

 

「そうなんですか」

 

 自分の気持ちがどれほどアリサに向いているのかを理解すれば、後は細かい事を考える必要は無かった。だからこそ、この状況で思い切って言うのもアリだろうと判断し、エイジは改めてアリサと向き合った。

 

 

「アリサ、お願いがあるんだけど?」

 

「何でしょう?」

 

 果たしてここから先の事を告げるのはどうなんだろうか?いつもならばそんな考えが頭をよぎるが、今のエイジの中にそんな考えは微塵も無かった。勢いで言うのはどうかと思うが、今のチャンスを逃せば、またこんな感情が沸き起こるのは早々ない。今のエイジはまるで戦場に赴く様な決意で言葉を告げた。

 

 

「これから先の事も踏まえて、一緒に暮らさない?」

 

 何気に放った一言ではあったが、冷静に考えればとんでもない事を口走った様にも思えた。事実、突然の事で感情が追い付いていないのか、言われたアリサは未だ固まったまま動く気配は無い。

 少し早すぎたのかと後悔の波が襲い掛かろうとした頃、まるで再起動でもしたかの様にアリサに変化が起こっていた。

 

 

「あの、もう一回言ってくれませんか?」

 

「一緒に暮らしたいんだけど」

 

「私、炊事も掃除も苦手なんですよ?」

 

「知ってるよ」

 

「整理整頓も思う様に出来ませんよ?」

 

「それも知ってる」

 

「それに…」

 

 感情があるのか無いのか、アリサは自覚している事を次から次へと言い出すが、それとは逆にエイジは一つ一つを肯定していく。療養中の屋敷での一コマが突如として思い出され、気持ちがあふれて来たのかアリサの涙が止まる事を知らない様にポロポロと零れ落ちていた。

 

 

「ひょっとして嫌だった?」

 

「そんな事ありません。嬉しいんです。だって…私が…言おう…としてた事を…言って…くれましたから」

 

 今度は違う意味での感情が追い付かない。欧州派兵の際に、エイジは気が付いていなかったが、エイジ自身も色々な支部からその能力を買われ、秋波が送られていた。

 元々知られていた所に、頭を一つどころか遥かに突き抜けた実力を持ち、普段の生活でも何をさせても率なくこなす姿は誰が見ても魅力のある有力物件。戦場での実力だけでなく、部下の指導をすれば結果が如実に表れる。そんな人間を放置するほど世間は甘くないとアリサは考えていた。

 

 もちろん、ヒバリやリッカに相談しても一笑に付す事で終わるだろうと予測して、何も聞かなかった。しかし、弥生が来た事で事態は大きく変わる。同じ身内でもナオヤには流石に聞けず、やはり同性の方が相談しやすいと何気に話た事がキッカケとなっていた。

 

 

「じゃあ、改めて宜しくね」

 

「私こそお願いします」

 

 アリサの目にはまだ涙は残るも表情は明るい。これから先の未来を共に歩む事を認められた様な気がしたのは一体どっちだったのだろうか?そんな事を思った途端に大きなため息の様にゆっくりと息をエイジは吐いていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「アリサにOKを貰えた事が今になって実感したみたいだよ。何だか少し手が震えているみたいだ」

 

「エイジは大げさなんですから。断る要素はありませんし、私だって嬉しい事に変わりありませんから」

 

 時間が経過した事で向き合う事が出来たのか、それとも少しの間でも離れた結果なのか、お互いの想いと共にこれからも共に歩む形が出来た以上、後ろを振り向く可能性は無いに等しい。二人だからこそ困難が起きても乗り越える事が出来るだろう事を考え、新たな生活が始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このまま、何も無く平和な時間が過ぎる事をこの時代の神は許す事は無かった。

 

 

 現在では未確認ながら、幾つかの集落がひっそりと消え去っている。本来であればアラガミの襲撃は極東支部の観測レーダーに感知される事もあり、場所によっては討伐する事で人的被害が防がれていたが、今の時点でそんな可能性は判断する事は出来なかった。

 原因不明のままで一つの集落がひっそりと無くなる事は無く、その調査として、現地に向けての調査班が極秘裏に立ち上げられていた。

 

 

「兄様、ここが集落の場所ですが、とてもじゃありませんが何かに襲撃されたとは考えにくいです」

 

「ここまで綺麗ならその可能性は無いだろうな。考えられるのは感染が強い病気か何かだろう。念の為に手袋をつけて保護してから周囲の捜索が一番だろう。アラガミの可能性もあるが、今の所気配は感じられない様だな」

 

 時間がどれほど経過したのだろうか?一時期から、突如として小さな集落と連絡が付かなくなり始めた頃、一つの情報が無明の元に流れてきた。何時もであれば気になる様な内容ではないが、一点だけ違ったのがアラガミの襲撃は無いにも関わらず、人の気配が無かったとの内容だった。

 あらゆる地域での事象であれば感染の強い病気を疑うが、実際にはポツンとある様な集落である以上、それはその地域の風土病である事が懸念されていた。

 

 

「廃れた様子からは時間がかなり経過したのも影響してるのだろう。仮に病気だった場合は何かと厄介だな」

 

「何かヒントになる様な物があれば良いんですが…」

 

 人の気配が無くなった住居は一気に朽ちるスピードが早くなる。既に亡くなったのか、それともこの住居を捨て去ったのかは分からない。この場で分かるのは既に生活の跡が何も無い事だけだった。

 

 

「兄様、これは?」

 

 エイジが見つけたのは一つの薬とカルテらしき物だった。小さな集落では病院の様な施設は無いが、どうやら医療に明るい人間が住んでいたのだろう。そこにはカルテと呼ぶにはみすぼらしい程の経過観察が書かれたメモ紙とも言える代物が残されていた。

 

 

「薬は抗生剤だな。しかし、このメモの内容を見ると、中々厄介な代物に感染したのかもしれない。原因は分からないが、他のメモと併せると、どうやらここ一帯で赤い血の様な雨が降ったらしい。恐らくはそれが感染原だろうな」

 

「赤い雨ですか?」

 

 この時点ではこの残されたメモ用紙以外に何も無く、決定打には欠けるものの、それでも重要な手がかりとなっている。この地域にだけ降るのは自然現象としては考えにくく、仮に人為的な物なのか、それとも本当に自然現象なのか断定する事は出来ない。

 しかし、ここが直接の原因であればこの地に長時間の滞在はある意味危険とも考えられた。

 

 

「この目で見た訳では無いが、用心に越した事は無い。いきなり降る事はないだろうが、それでも空の様子は要注意だ」

 

 今後の方針を考えるべく、一旦極東支部へと帰還しようと準備をしていた頃だった。今まで晴れていたそれが突如として夕焼けの雲の様に赤い色をし、徐々に拡がりを見せる。

 このままでは、何かがあると拙い事になり兼ねないと、一旦建物の中へと非難した頃だった。

 

 

「本当に赤い雨ですね。これが今回の原因だとすれば、今後の対策は必須かもしれませんね」

 

「時間にして約10分程だが、この雨は脅威となる可能性は高いだろう。恐らくゴッドイーターとて例外ではないはずだ。本来ならばこれが原因だと完全に理解できる様な検体があれば間違いなく断定できるんだが」

 

 原因の特定は完全では無いが、この雨が原因なのは間違いないと断定し、一旦非難すべく近く建物の中に入る。そんな時、異臭とも言える物が鼻についていた。

 

 

「この先に何かありそうです。この雨の状況を見てこの先へと行ってみた方が良い様にも思えますが?」

 

 ゴッドイーターの仕事は必ずしも人が生きている場面だけに遭遇する事はない。実際にはアラガミが捕喰する事もあり、現場には何も残らない事が多いが、明らかにこの異臭は何かが腐っている様な匂いしかない。だからこそ、可能性を考えて想定される原因となるべき部屋を探索していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ形として残っていたのか、そこには大きな蜘蛛の様な黒い痣が浮かんだ死体があった。恐らくはもう助からないだろうと見捨てたのか、それとも事切れたから打ち捨てたのかは分からない。

 しかし、これがあった事で漸く原因を突き止める可能性が高いと感じ、細胞片の一部をサンプルとして屋敷へと持ち帰る事にした。

 

 

 

 

 

「で、どうだったんだい?」

 

「解析の結果から見れば、恐らくは何らかの強い感染力を持った病原体と考えて間違いないでしょう。それと現地でも見た赤い雨が直接の原因の可能性は高いですね。念の為にメモを見ましたが、当時の状況が記されいてる以上、これで断定しても問題ないかと」

 

「謎の赤い雨と、死に至らしめる病気とはね。いやはや謎が多すぎるね」

 

「少なくとも感染した場合は隔離する必要があります。空気感染や飛沫感染は無い様ですので、最悪は手袋越しでの治療が必要でしょう。接触感染となれば万が一の可能性もありますから」

 

 触れる事で感染となれば、ある意味厄介とも取れる内容なだけに、無明と榊の表情は暗いままだった。今の段階では原因が分からない以上、接触は最低限にした上での経過観察しか出来ない。

 アラガミではなく、見えない病気ではさすがのゴッドイーターも手の出しようが無かった。

 

 

「やっているとは思うが、エイジ君にも秘匿させる様に伝えておいてくれないかな?今の段階で発表すると混乱が生じる可能性が極めて高いからね」

 

「既に情報に規制をかけてあります」

 

「流石に仕事が早いね。極東支部としても、注意の喚起の必要がありそうだね」

 

 大きな被害がまだ出ていない以上、現状は注意喚起しか出来ない。もし治療方法が確立されていれば、仮に混乱が生じた所で対処出来るが、今はまだ感染の可能性を発見したにしか過ぎない。

 

 あまりにもショッキングな内容をそのまま公表する事は躊躇われていた。しかし、パンデミックの様になれば混乱の度合いが大きくなる可能性も秘めている。

 

 このジレンマを解消する手立てが未だ確立されていないまま時間だけが過ぎ去って行った。

 

 

 

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