無明と那智のやりとりが終わると同時に、今後の復興計画が一気に行使されていた。組織として動けばそこには何かと手続きが必要となる為に時間だけが浪費される。アラガミが再び襲ってこない保証はどこにも無い。だからこその独断とも取れる決定事項となっていた。
支援物資の支給にアラガミ防壁を構築する為のオラクルリソースなど、これまで懸念されるであろう事項が次々と解決されていく。当初の予定よりも2週間近く早い期間で復興の手筈が整っていた。
議会に関しては那智の予定通り、緊急時におけるアラガミ襲撃による災害対応と銘打った事もあり、反論の余地は無かった。今回の件に関しては極東支部はあくまでも下請けとしての復興に当たる事が正式な文章として議会経由で承認されていた。
未だ戦火の爪痕は生々しく残っているも、それでも生きようとする人々の心が圧倒的に伝わってきていた。
「ごくろうさん。今回の件なんだけど、榊博士からの伝言があるよ」
復興に関しては暫くの間はソーマとアリサが常駐していた事もあってか、それとも気分転換で来たのか、ヘリからコウタが下りてくる。外部居住区とは違った光景に物珍しさもあったのか、色んな所を見ながらも、当初の予定を伝えるべくアリサ達を捜していた。
「博士からの伝言ですか?」
「どうやら今回の件に関してなんだけど、屋敷が仲介に立つ事でネモス・ディアナと極東とで調印する事になったらしいよ。詳しい事は分からないけど、弥生さんが何か書類を作成してたのと、近々極東に代表団を迎え入れるって」
今回の件に関しては、完全に復興するまでの支援で決定したが、今後の事に関しては何も決まっていない。本来であれば神機兵の配備が決定していれば、ここまでの話にはならなかった。
しかし、土壇場でフェンリルはネモス・ディアナを切った事から、住民や議会の内部でも不信感と不安が浸透していた。このままでは更なる混乱を招きかねない。
その結果として極東支部からのゴッドイーターの派遣を渋々ながらも認める事になっていた。
「へ~。よく議会が承認しましたね。そう言えば、あの時来ていた神機使いの人は一体誰なんですか?」
サツキの疑問は尤もだった。那智と無明の間には何らかの信頼関係が存在していた事は何となくでも理解できるが、サツキはその存在を知らない。何気にアリサに聞いたのも、そんなささやかな疑問から出た言葉だった。
一方のアリサはサツキの言う神機使いが誰なのかは直ぐに分かったが、簡単に言っても大丈夫なんだろうか?そんな疑問があった為に言葉に詰まっていた。
「それは……」
「貴女は高峰さんだったか?」
言っても良いのか悩んでいた所で、その人そのものがサツキに声をかける。あの時とは違った服装にサツキとしても何となくそうだとは理解したが、決してそれを軽々しく口に出す事が出来る様な雰囲気では無い事は直ぐに分かっていた。
「そうですが……あなたは……ひょっとして紫藤博士ですか?」
「ああ。今回はアリサ達が世話になったようだな。これからは何かと大変かとは思うが、後の事は頼んだぞ」
「そんな事を私に言われても…それは議会が決める事ですから」
「那智さんには先ほど挨拶しておいたから問題ない。君には何かと世話になったと聞いているから来ただけだ」
威圧的では無いが、どこか気が置けない様な雰囲気にサツキは無意識の内に、身構える様な雰囲気を出していた。この人物が紫藤博士である事は広報時代からの内容で理解していたが、まさかこんな所で会うとは思ってもいなかった。
映像しか見た事がなかったが、目の前の本人はとても研究職の人間が放つ雰囲気ではない。サツキの視界に映る人物像は畏怖とも思えていた。
「そう言えば、八雲さんの事なんだが、どうやら流行り病に少し前から罹患していたようだな」
「そうだったんですか……」
何気に発した無明の言葉にアリサが驚いていた。短い期間ではあったが八雲の言動からはそんなそぶりは全く見えず、アリサ達だけではなく、マルグリットも匿う事をしていた。今考えれば、その行動に納得できる部分も多々あった。
アリサ達が家に居た際にはマルグリットの看病や、運搬に関しては全部八雲がやっていた。この原因不明の病気は接触感染で罹患する。そう考えれば納得の出来る物があった。
「あのさ、話してる所悪いんだけど、この人達って誰?」
空気を読んだのか、それとも敢えて読まなかったのか、話に付いていけないコウタが横から口を挟む。会話の内容が分からない為に今まで介入する事が出来なかったのか、今一度確認とばかりに聞く事にしていた。
「コウタは少しは空気を読んでください。この人は高峰サツキさん。で、この人が…」
「誰、この綺麗な娘。俺は藤木コウタって言います。よろし……」
「ちょっとあなた、何考えてるんですか。ユノが怯えるじゃないですか」
サツキの影であまり意識してなかったからなのか、ユノを見つけたコウタが素早く挨拶をする。全てを事も無視した事と、取敢えずユノが目当てだと分かったのか近寄るコウタの背中に蹴りを入れた事でコウタはよろめいていた。
「なんだこの態度の悪いおばさ……」
「どうやらもう少し教育が必要みたいですね」
「…いえ、すみませんでした」
コウタが会話に入ってきた事で、今までのシリアスな空気が一気に変わり、そこは日常の様な空気となっていた。
「コウタ。後の件だが、俺は榊博士と話の内容を詰めておく。それと今回のアラガミに対する今後の対応を考える必要があるからこれからアナグラへと戻る。それと、さっきからシオがあっちこっち歩いてるんだが、どうやって連れて来たんだ?」
「えっ?シオなんて連れてきてないですよ」
無明から言われた言葉に理解が付いて行かないのか、コウタは無明の視線の先を振り返る。コウタだけではなく、アリサとソーマもその視線の先を見て驚きを隠せなかった。
「あっ!ソーマ。今回はたいへんだったな~。ここは良いところだな」
「おい、コウタ。お前何考えてるんだ?」
確認とばかりにソーマが詰め寄るが、コウタも何故こんな所にシオが居るのか分からなかった。知らない以上、答える事が出来ないが、このままソーマの視線を受け止める事が出来ないのもまた事実だった。
「い、いや。俺は知らない。さっきまで居なかったはずだぞ?」
「じゃあ、なんでここに居るんだ?」
このままいつまでこんな事が続くのだろうか?分からない答えに対して、これ以上はどうする事も出来ない。どう答えればいいのだろうか?残念ながら今のコウタに答えてくれる人間はどこにもいなかった。
「コウタ、あのヘリのにもつ入れにはいってたけど、中々よかったぞ。こんど入ってみるか?」
「へっ?荷物入れ?あの中に入ってたのか?」
「ぐうぜん隠れてたら、ヘリがとんでここにいたぞ」
あまりの想定外の内容に誰もが言葉を発する事が暫く出来なかった。どれほどの時間が経ったのか、シオの言動からは悪い事をしたとは思ってもいない。いち早く動く事ができたのはソーマだった。
「シオ、どうやってヘリに乗ったのかは知らないが、万が一の事があったらどうするつもりだったんだ?」
「どうって…これはえらくない事だったのか?」
天真爛漫を絵にかいた様なシオがうなだれると、何となくこちらが悪い様な気持ちになってくる。もちろん、ソーマとしても怒る気持ちもだが、その前に確認したい方が先に出ていた。
「シオちゃん。ソーマは怒ってるんじゃなくて、知りたいだけなんです。だから本当の事を言ってくれますか?」
既にサツキやユノは蚊帳の外となっていた。あんなに真っ白な娘がネモス・ディアナに居たのかと、どうでも良い様な考えと共に、ここにこれ以上居た所で仕方ないと考えていた。サツキは改めてアリサ達に挨拶をし、別れる事となった。
「そう言えば、ネモス・ディアナの葦原那智君だったっけか?彼の理論は素晴らしい物があるようだね。これは我々にとっては大きな内容だよ。なぜ彼はこれを発表しなかったんだろうね?」
榊が疑問に思うのは無理も無かった。今回の支援の際に、一方的な施しは受けないとばかりに、ネモス・ディアナのアラガミ防壁の技術を公表していた。
神機の事やアラガミの事であれば、誰もが驚く内容ではあるが、アラガミ防壁に関しては関心が薄いのか、それとも理解されにくい内容だったのか一部の技術者は内容に関して驚いていたが、それ以外に関しての関心は低かった。
極東支部は常時ゴッドイーターが討伐の際にコアを取得してくる関係上、オラクルリソースが枯渇する様な事は一切ない。しかし、何の手立ても持たない居住区であれば、そのリソースそのものが無い事もあり、今回の内容は今後の展望を考えると望ましい結果がもたらされていた。
「ヨハネス前支部長の事も恐らくは要因としているのかもしれませんね。彼はそこまで大事になるとも考えていなかったのかもしれませんが」
「しかし、今計画している内容からすれば、ゴッドイーターの負担は間違いなく軽くなるのは確かだね。まさかここまでのコストで従来並みの結果を出そうとすれば、膨大な時間が必要になる。本来だったらかなりの労力が必要だよ」
「これに関してはここだけではなく、今後は場所が厳しい支部でも採用される可能性があるのであれば、一度本人の了承を得て発表するのが一番かもしれませんね」
今回の内容にこの世界での第一人者を自負していた榊は純粋に驚きを隠さなかった。全ての技術が自分だけのアイディアで完結しているとは思っても無かったが、まさかこんな身近な所から純粋な技術提供がもたらされるなどとは想定していなかった。
だからこそ、現在推し進めている計画の上積みが更に可能だと考えていた。
「彼がどう言うかは君に一任した方が良さそうだね」
「この件に関しては、こちらで対応します。そう言えば、本部へ派兵していたリンドウ達がそろそろ帰ってくる様ですね」
「向うの思惑もあるんだろうけど、今回の新種のアラガミに関しては一旦こちらでも対策を取る必要があるからね。データそのものは本部にも送ってあるけど、未だ発表しない事を考えると、手をこまねいている可能性もあるね。まぁ、あそこの事は君が一番良く知ってるだろうからね」
アラガミ防壁も然る事ながら、一番の懸念は神機を制御不能にするアラガミの対策だった。現状ではコアの解析中ではあるものの、未だ対策を立てる事が出来ず、今の所は交戦したソーマ達から確認しない事にはどこから手を付ければ良いのか、皆目見当もつかない状況だった。
榊の脳裏に、人類史上初めてアラガミが誕生した頃を思い出させる。今はまだ完全に対策を立てる事が出来ない以上、対処療法だけでも早急に確立する必要があった。
「まずは情報の確認と現場への周知徹底でしょうね。幸いにも本部から帰ってくるのならば、一旦、全員を招集した方が手っ取り早いでしょうから。この件に関しては内容がまとまり次第アナグラ内部に公表する様に手配しましょう。弥生、聞いていたとおりだ」
「御当主。承知しました。で、開催の日時はどうされますか?」
無明の一言で、先ほどまで他の事務処理をしていたはずの弥生が背後に来ていた。いつもの様な奔放かつ妖艶な雰囲気はそこには無く、ただ一人の部下としての命を受けている様な空気だけが漂っていた。
「いや~久しぶりに帰って来たらレンのやつ思った以上に大きくなって驚いたぞ」
「知らないオジサン扱いはされなかったのか?」
「あのなぁ、うちのレンはお前と違って素直なんだよ。ったくお前の幼少時代のデータがあったらレンに見せて、こうなるなよって言ってやりたいぜ」
ソーマ達のチームは今回の件で一旦は帰還命令が出た事で、同じく帰国したばかりのリンドウ達のチームと屋敷で合流する事になった。内容に関しては目下一番の対策事項でもある特殊な能力を有したアラガミの対策だった。
屋敷に着いた早々は簡単な話の為なのか内輪での話に終始していたが、無明と榊が来ると状況は一転した。実際に戦った経験を元にした説明は知らないリンドウ達でも容易に理解出来る内容でもあった。
神機が動かない可能性を秘めたままでの戦場は一方的な状況へと陥りやすくなる。
いくら実戦経験が豊富な人間と言えど、稼働しない神機ではアラガミの討伐は事実不可能となるのは当然の事だった。だからこそ、その対策とばかりに交戦経験があるソーマとアリサも呼ばれていた。
「なぁ無明。真面目な話、今回の件はソーマの持つ偏食因子が俺達と違っていたから動いたんだよな?」
「今の所、こちらはそう結論付けている。だが、これは俺の推測なんだが、元々P53はアラガミのメインとも取れる偏食因子だからこそ、影響を受けた可能性がある。ソーマの偏食因子は他とはとは違う事から勘案すれば、リンドウもソーマと同じ様に動く可能性が高い」
「俺もかよ?でも俺のはただ暴走してだけだろ?そんな簡単に偏食因子なんて変わるのか?」
リンドウの疑問は無理も無かった。元々ゴッドイーターの適合試験はP53を摂取する事で従来の神機を操る事が可能となっている。これはゴッドイーターであれば誰もが知っている内容だった。しかし、無明からの発言はそんな常識を覆す可能性を示し、その結果どうなるのかが待たれていた。
「厳密に言えば、お前の偏食因子はP53のままだ。ただし、一旦暴走した際に、外部から別の細胞を取り入れている以上、亜種と言った形で変異していると考えている。これは以前にお前がここに居た際に確認した事なんだ。現に、お前に投与している偏食因子は他のゴッドイーター達とは少し内容が違ってる」
今頃何を言ってるんだとばかりに言われた言葉はリンドウも気が付かなかったのか、理解が追い付かないのか言葉を発する事が出来なかった。見た目は他のゴッドイーターと同じ物を投与されていると考えていたからなのか、想定外の話にどう対処して良いのかすら分からなかった。
「リンドウさんの偏食因子の事は横に置いて、今後の対処はどうすれば?」
固まったリンドウをそのままにしても話は一向に進まない。今はそんな事よりも重要な事があるからと、まずは確認が先決とばかりにアリサが口を開いた。
「その件に関してだが、神機が不能になる条件はアラガミが発する感応現象だと考えた方が一番分かりやすいだろう。それはアリサが一番理解しているはずだが?」
「兄様、感応現象はお互いが接触した状態でなければ発動しないはずでは?」
「エイジの言い分は尤もだが、これは仮説の段階にすぎないが、感応現象は本来は空気中でも伝播する物なのかもしれない。音を伝える際に大気の振動を利用するのと同じ現象だと考えるのが自然だろう。
その際に、我々人間であれば、記憶の共有や感情の理解など、多岐にわたるだろうが、アラガミの場合には単純に本能として自分以外の者を従わせる事で対処してるのだろう」
このメンバーであればアリサとエイジが一番感応現象についての理解があった。お互いの感情が入り混じる事で今の関係がある以上、それ以上の説明は不要だった。
「神機も元はアラガミだからね。恐らくは支配下に置かれた事で制御が働かなくなったと考える事で間違ってないだろうね」
「博士の言う様に支配下に置く件に関しては、持続性は無いと考えても差支え無いでしょう。現にソーマが攻撃した際には元に戻ったのであれば、それが答えの様な物だと。あとはスタングレネードで意識を刈り取るのが有効と考えるのが妥当な判断でしょう」
屋敷での会話は絶望からの悲観ではなく、今後前に進む為の準備となっていた。対策さえ立てば、後の事は各自の判断に任せる事で、今後の行方を決めていた。
「御当主、食事の準備が出来ました。皆さんもこちらに来てください」
話もある程度終わりが見えた頃合いを図ったかの様に女性が襖を開けていた。既に準備が終わったていたのか、案内された場所へ移動すると、そこにはレンを伴ってサクヤとシオが待っていた。
「リンドウ、話は終わったの?」
「ああ、何とかな。色んな事が有り過ぎていまだ頭が混乱してるが」
「あなたの混乱は今に始まった事じゃ無いでしょ。ほら、レン。あなたのお父さんが帰ってきたのよ」
何時もは通信でしか見ていないレンも既に立ったまま歩く事が出来るようになってきたのか、未だおぼつかない様子ではあるが、ゆっくりとバランスを取る様にリンドウの元へと歩いて行く。このメンバーの中で唯一、小さな子供がいる事もあってか、一つ一つの挙動に注目を浴びていた。
「リンドウ。知らないオジサン扱いされなくて良かったな」
「何言ってんだ。しかし、レンも大きくなったな。サクヤ、いつも不在ですまないな」
「ううん。それは仕事だから構わないわよ。最近はレンもここに来る事が割と多いから。それに、ここには慣れてるしね」
レンは両親がゴッドイーターであるのと同時に、リンドウの特異性もあってか、毎回検診の結果が必要となる為に、他の子供よりも頻繁に検診に来る事が多かった。
当初は榊のラボでとの話もあったが、最近のゴッドイーターの増加に伴い、検査は屋敷でする事が多くなっていた。
「そうか…ここならアナグラと変わらないだろうから安心だな」
「それに、ここは割と小さい子供もいるからレンの遊び相手になってもらってるのよ」
通信では話すがやはり実際に自分の目で見ると、サクヤが言う様にこの場所に慣れてる様にも思えていた。事実外部居住区とは違い、アナグラでは小さな子供が動ける様な場所は少なく、動きたがりのレンからすればここは十分すぎる程に遊ぶ事が出来ていた。
「リンドウ。今回の派兵で一旦は終了だが、今後も場合によっては突発的な出動がかかる可能性がある。今の内にしっかりとレンと遊んでくんだな」
「姉上、それは一体?」
「今回の実績で、本部から新種における調査や討伐が今後正式にクレイドルに依頼される事になった。今後の件は私が窓口になるから、決定次第に行動に移る事になる」
遅れてツバキが来た頃に、今回の実績と今後の事も踏まえての要請が本部から下される事になった。ネモス・ディアナでアリサが議会に対して言った様に、クレイドルは独立支援部隊となる。
幾ら資金が潤沢にあっても、一支部の予算だけでは今後の運営が伴わない可能性が高く、その結果としてフェンリル本部からクレイドルに対して依頼する体を取る結果となる事で、今後の資金獲得の一因なっていた。
今回の件によって完全にクレイドルは独立支援部隊としての認可が本部からおろされる事となった。