「エイジ、本部はどうだったんですか?」
情報交換が終わると同時に食事会が開催され、久しぶりの逢瀬にアリサはそのまま屋敷に滞在する事なった。自分自身も大変な環境に居たにも関わらず、こちらの心配が最初に来るあたりがアリサらしいが、それはエイジも同じ感覚だった。
ネモス・ディアナでの顛末は聞いていたが、実際に細かい話を聞くと想像以上に大変な事態となっており、その結果がアリサとの通信に表れていた事が理解できた。
「こっちは何も変わらないよ。討伐対象が接触禁忌種なだけで、基本はここと同じだから。それよりもアリサの方が大変だったろ?」
「私の所は……色々有り過ぎたので、何から言えば良いのかすら分かりません。でも、以前にエイジが言った様に、私も出来る事をやろうかと考える事にしました」
あの後は何となく那智とも話し合いが済んだ事もあってか、以前の様な敵視する視線は少なくなってはきたが、それでも完全にそれが無くなった訳では無かった。大いなる計画の最初の一歩と同時に、ネモス・ディアナを今後の参考にしながら新たなサテライト拠点を探す事になる。その道のりはまだまだ遠いが、最初に第一歩だけは始まっていた。
「そう言えば、アリサの新しい制服すごく似合ってたよ。まぁ、あの開き具合はどうかとは思ったけど」
「そうですか?最初はちょっと驚きましたけど、ソーマやコウタが何も言わなかったので、私も気にしない様にしてるんですけど」
アリサの制服姿を見て褒めはしたものの、エイジが心配するのはある意味当然だった。初めて袖を通した際にも少しは見たが、出発直前の影響もあって慌ただしく過ごしていた。当時、どうして気が付かなかったのか僅かに悔やむ。
ソーマやコウタからすれば今までの服と大差が無い程度にしか考えて無かったが、恋人のエイジからすればあの制服姿はある意味煽情的にも見えていた。
一方のアリサも最初に着替えた際に、何人かのゴッドイーターから言われていたが、その意味をアリサが理解していないのと同時に、その場にエイジが居なかった事もあってか周りの影響を知る事は出来ない。
本来ならばもっと違うデザインでお願いしたい所だったが、アリサ自身が何も疑問に思わないのであれば、それ以上突っ込む事は出来なかった。
「どうしたんですか急に?」
「……ちょっとね。せめてもう少し下までファスナーが下りなかったのかなって」
何気なく言葉にしたエイジの台詞にアリサの頬に朱が走っていた。
「それに関しては…エイジのせいです。だって採寸の時よりも……その……」
「その?何かやったっけ?」
アリサからすれば誰のせいでもないのだが、目の前のエイジが原因だとは完全には言いにくい部分もあった。それでも大半の責任はエイジにあると言いたい気持ちがあったのか、それとも自分も自覚しているからなのか、どこか言い淀んでいた。
まさかこんな事になっているとは本人ですら予想しておらず、事実上のとばっちりはエイジへと向かっていた。
「…それが…」
「それが?」
あまりにも反応が鈍いのか、本当に気が付かないのか、これ以上はエイジに中では理解出来ないのだろうと、アリサは思い切ってハッキリと言う事にした。
「もう。…少しは察してください。採寸の時よりも胸が大きくなってたんです。今までこんなに短期間で大きくなった事は無かったのと、エイジと付き合う様になってから急に変わり出したんです」
「へ?…そ、そうなんだ。なんか…ごめんね。でも、恋人としては見せてほしくないと言うか…何となく見えそうな様にも…」
何処となく怒った様な口調ではあったが、顔が赤い状態では説得力に欠けている。胸が大きくなったのかどうかはエイジも確認した訳では無いので確かめようも無いが、本人がそう言うのであれが間違いないのだろう。何となく意識し始めたのか、お互いの顔が少し赤くなっていた。
「どの位なのか、自分で確かめてください。でも優しくしてくださいね」
「…頑張ります」
久しぶりの逢瀬に火が付いたのか、いつも以上にキスから始めるアリサの甘い嬌声は宵闇の中へと消え去って行く。情熱的な夜は瞬く間に過ぎ去り、翌朝には艶やかな2人が朝食を取っていた。
「ナオヤ、ちょっと確認した事があるんだけど」
「エイジか。何だ、不具合でも起きたのか?」
ツバキからの話では暫くの間は派兵に出る事が無い為に、クレイドルとしての業務の傍ら、通常の討伐任務がいくつか入っていた。ここに帰ってくると日常が戻った感覚がするのか、今のエイジには精神的にも落ち着いていた。
「不具合じゃないんだけど、本部で新しい神機が開発されてたのを見たんだけど、ここには配備されたの?」
「例のチャージスピアとブーストハンマーの事か?それならここにも配備はされる予定だけど、まだ整備のマニュアルとマニピュレーターがまだだから、それ次第だな。今はリッカと博士が奮闘中って所だ」
本部での討伐任務の傍らで整備班に行くと、何機かの新型兵装が見えていた。実際に使った訳ではないが、遠目から見ても今までの刀身系統ではなく、むしろ異質な物の様にも見えている。
今までに見た事が無い兵装に、エイジも何となく関心はあったが、未だ自分の神機との折り合いすら付いていない状態であれば、それ以上の事は何も出来ず、また本部でも実戦投入には時間がかかっていた事が思い出されるが、ここでは未だ配備すらされていなかった。
「遠目で見たんだけど、何となく面白そうな装備ではあったけど、恐らく運用には時間がかかりそうだね」
「話だと、他の支部では徐々に変更されてるらしいから、ここに来る頃にはある程度のノウハウは出来るだろうな」
「でも、実機は無くても訓練用はあるんだよね?」
「サンプルでは来ているな。…確かエリナが使ってるはずだぞ」
新型の兵装は各支部でも期待値が高かったのか、予定よりも早い実戦投入されていた。既に他の支部では運用実績がそれなりに上がってはいたが、それと同じ位に事故も多かった。
他の支部は分からないが、極東では神機の故障や動作不良は即、死に繋がる。何も決まらないまま実戦配備では死傷率が増加する事は間違い無い。だからこそ、リッカも安易に導入するつもりはなく、その結果として運用には慎重な対応をせざるを得なかった。
「エリナって例の?」
「そう、あのエリナだ。……ってほらあそこ歩いてるだろ?」
目線を追えば、何か疲れ切った様な表情とトボトボと歩く様子が見て取れる。思った以上に上手く行っていないのか、足取りが異様に重く、どことなく生気が無い様な雰囲気が滲み出ていた。
「エリナ。ちょっと良いか?」
「ナオヤさん。私に何か?」
ナオヤに呼ばれた事でこっちに来たのは良いが、どことなく疲れが抜けきらないのか、表情が冴える事無く雰囲気も決して良い物だとは思えなかった。ナオヤはリッカと共に、チャージスピアの実戦運用の為にチューニングをしてるが、エイジは碌に話した記憶も無かった事もあり、とりあえずは様子を見る事にしていた。
「お前、また無理な訓練してんじゃないよな?無理にやっても良い結果が出ないと前に言ったはずだが?」
「…そんな事はしてません。ちょっと人よりも詳しく知りたいと思ってるだけですから」
「馬鹿だな。整備班に神機の件で隠し事なんて出来る訳無いだろうが。今日の訓練は終了だ。これ以上やろうとするならこちらにも考えがある」
普段から厳しい事は言われても、それは自分の為を思っての発言である事はエリナにも分かっていた。ナオヤに言われるまでも無く、オーバーワークなのも理解している。今はそれよりも一刻も早く戦場に出る事が優先だと考えての行動だった。
「分かりました。今日はこれで終わります」
厳しい一言を受けてなのか、疲れ切った様子を隠す事もなくエリナは自室へと戻る。恐らくは帰ればすぐに寝てしまうのではないだろうかと思う程の疲労感を漂わせていた。
「ナオヤ、エリナって新兵の訓練カリキュラムは受けたんだよな?」
「エリナの場合は中級までだ。上級は受けていない」
「何であそこまで拘るんだ?ここは上級の認可が出ないと次の実戦カリキュラムには行けないはずだぞ?」
極東支部は以前に実戦カリキュラムを変更した際に一定以上のレベルに到達しない限り、次のステップへと移行する事が出来ない様に変更されていた。勿論、教導担当者が認可すれば時間に関係なく次へと進むことが出来るが、エリナに関してだけは次のステップには中々進む事が出来なかった。
「今の内容だと新型兵装には対応しきれないんだよ。今の所は作成中なんだが、これが中々上手く行かなくてな。他の教導の連中も今後の事があるから、簡単に出来ないんだろうな」
ナオヤの言い分はエイジには直ぐに理解出来ていた。新型兵装に限った話ではないが、今まで使っていた神機を新たに違う系統に変更すると、どうしても間合いの取り方や戦術が変わってくる。
今までは刀身型だった事と、今までの利用実績から新たな教導が可能ではあったが、チャージスピアとブーストハンマーはここだけではなく、世界中の支部でも未だに思考錯誤を繰り返しながら開発をしていた。
手さぐりであれば、当然一つ一つの動作の検証が必要となり、未だ実戦配備出来ないのは神機だけではなく、整備班も同じ事だった。
ゴッドイーターでさえも実践を繰り返しながら経験を積むしかない。運用に関しては手さぐりの状態が続いていた。
「なぁ、少し時間あるならチャージスピアじゃなくて、槍術としての動きの検証をしたいんだが相手出来るか?」
「ナオヤが良ければ問題ないよ。今日は予定がこの後ないから大丈夫だけど」
「すまないが、30分後に第1訓練室に来てくれ」
「了解」
このままでは何も進まないと業を煮やしているのはエリナだけではない。ナオヤも動きの検証をしているが、今はそれと当時にリッカもチャージスピアの実機テストを繰り返している。
何も無いよりは少しでも情報があった方が、今後の事もやり易くなる。だからこそ、お互いがライバルとも言える者同士が検証する事にしていた。
「準備は良いよ。何時始めても大丈夫だから」
モニターを見ながらリッカがガラスの向こうで様子を見ている。今回の件をリッカ経由で聞いたのか、そこにはエリナとアリサ、コウタとエミールがそこに居た。
「槍術は久しぶりだな」
「そうか。俺は最近はこればっかりだぞ。これならお前にも勝てるかもな」
お互いが笑みをこぼして話してはいるが、その眼には溢れんばかりの闘争心が高まっている。ここには何も見えないが、お互いの目の先には火花が散っている様にも見えていた。
久しぶりだからなのか、間合いの確認とばかりに軽く振り回し感触をゆっくりと身体に馴染ませていく。合図と共にお互いが自身の間合いを測るべく、距離を置いていた。
剣術であれば様子もここで見るが、槍術の場合には一定の間隔で離れた距離が得物の最適な距離感となる。静まりかえった空気がまるで周囲を飲み込まんと重苦しい物へと変わり出していた。
「お前本当に久しぶりなのかよ!」
「手加減なんて出来るか!」
お互いが口を出すまでにどれほどの時間が経過したのだろうか?お互いの動きは最低最小限の動きに留まっていた。槍術の基本でもある突き、払い、受けの三動作しかやっていない。基本の動作が定まらないのであれば応用は以ての外。お互いが何を考えているのかを熟知しているからこそギリギリの戦いが繰り広げられていた。紙一重の攻防にどれ程の駆け引きが存在しているのかは当人同士しか分からない。訓練室の空気はいつもの教導ではなく、武術の鎬を削る場と化していた。
2人の動きそのものは何も知らない物からすれば、今がどんな状況になっているのかすら理解出来なかった。既にエミールは息をするのも忘れたかの様に魅入り、エリナは2人の動きに対してまるで見取り稽古をしている様に少しの時間も惜しいとばかりに見ていた。
エイジの繰り出す鋭い突きは、遠目からみれば単なる突きでも、現地で見れば穂先の一つ一つの動きが獣の様に曲線を描きながら素早く襲いかかってくる。フェイントを織り交ぜながら時折渾身の力で突く三段突きの槍の穂先を回転させる事で、ガードさせるつもりは毛頭無い。螺旋を描く攻撃は破壊力を大幅に増加させていた。
ナオヤが受ける際にも放たれた直線が歪む事無く弾丸の如く目的地まで一気に突き進んでいた。
ナオヤも同じく突き返すが、今度はエイジの回転を加えた様な速度の突きではなく、伸びきった所で一気に払う事でなぎ倒すかの様な動きを持ってエイジを追い込む。
槍は突いた後に引き戻さない限り、次の攻撃をする事が出来ない。
だからこそ、その弱点とも言える隙を無くす為に、突いた後の動きは払う事で相手の攻撃を許さず、また払わないにしても突く以上とも思われる速度で槍を戻していた。
そこには細かいやり取りはなく、純粋な技術とも追われる応酬のせいか、大気を斬り裂き息が漏れる音だけが僅かに聞こえてくる。時折聞こえる攻防の音だけが無機質な訓練室に響いていた。
「ナオヤさんって、理論だけじゃないんだ」
「ああ見えて、ナオヤは結構腕がたつよ」
エリナの呟く事を無意識に拾ったのか、リッカがそれに答えていた。今の動きはモニターされているが、目の前で実際に動いている場面と比べれば、空気感は伝わらないのかもしれない。事実、この部屋にいる人間の殆どが2人の攻防から目を離す事が出来ない。僅かな隙から一気に攻め込まれる。
そこにはお互いの存在を示す様な殺気にも似た圧倒的な空気が存在していた。
「やっぱり槍は久しぶりだからダメだね。たまには鍛えた方が良いかも」
「馬鹿か。お前が努力したら俺の優位が無くなるだろうが」
時間にして恐らくは15分も戦っていない。にも関わらず、お互いはかなりの疲労度からなのか、滝の様に汗が流れていた。これ以上は集中力を確実に欠いていく。無理だとばかりにお互いが戦いを終了していた。
「お疲れ様。中々良いデータが取れそうだよ。これなら、今後の教導プログラムに加えるのも問題ないね」
撮られていることを忘れていたのか、リッカの言葉で2人は現実に戻っていた。恐らくは先ほどの戦いの様子再び見ているのか、エリナはモニターから目を離す事は無かった。
「エイジは何でも出来るんですね」
「いやいや。これ以外はさっぱりだから。しかも握ったのも久しぶりだからね」
タオルと共にエイジの元へと歩み寄るアリサも先ほどの戦いには目が付いて行かない部分が多分にあった。動きだけならば大よそは理解できるが、細かい動きや駆け引きは全く分からない。
対アラガミではなく、対人戦ならではの動きがそこにはあった。
「これはあくまでも槍術での戦いだからチャージスピアとはまた違うよ。流石に銃身と盾が付いてるからバランスが難しいだろうけどね」
「エイジ、今なんて言った?」
「銃身と盾が付いてるからバランスが…」
「それだよ。それ!リッカ。この後時間良いか?あの機構を……だったらどうだ?」
「う~ん。でもされだと……がこうなるから……じゃないかな?」
エイジの何気ない一言が何かを閃くキッカケになったのか、突如としてリッカとナオヤが話し出す。一体何をどう相談しているのかしらないが、今の台詞で何かヒントがあったのかもしれない。
神機を扱うのは問題ないが、開発に関してはエイジよりもナオヤの方が遥か上を行く以上、今はジッと見る以外に何も出来なかった。
「如月隊長。僕は今、猛烈に感動しています!先ほどの動きはよく理解出来ませんでしたが、どれほどの戦いだったのかは理解しています!僕はブーストハンマーなので参考にはあまりなりませんでしたが、今の動きには感動しました!我々には騎士道がありますが、あれが極東に代々伝わる武士道と言う物ですね!」
何を考えていたのか、エイジとアリサの傍に駆け寄ると、エミールは何かに感動したのか凄い勢いで話かけてくる。以前にコウタからも聞いていたが、まさかここまで濃い性格をしているとは思ってもいなかったのか、2人とも呆然としていた。
「騎士道は分からないけど、武士道はちょっと違うんじゃないかな」
最早エイジの言葉すら聞いていないのか、エミールは一人自分の世界へと旅立っている。何度か見直した事で漸く自分が納得できたのか、エリナもエミール程ではないが、どことなく尊敬の眼差しでエイジを見ていた。
「如月隊長はチャージスピアは本部で試したんですか?」
「いや、使ってないよ。流石に本部でそんな事は出来ないよ」
「先程の動きを見ました。私はまだまだなのは理解してます。なので、私にも教えてくれませんか?」
エリナの相談には流石にエイジも困っていた。今はここに居るので教える事は出来るのかもしれないが、今後の事は未だ未定となっている。そうなれば中途半端に教えるのは良い物では無い事はよく理解していた。
エリナの向上心は買うが、継続性を考えれると、どうしても二の足を踏んでしまう。今のエイジにとっては申し訳ない気持ちの方が勝っているが、現実を知ってもらう必要があった。
「多分、槍術に関してはナオヤの方が上だよ。ゴッドイーター同士じゃないんだよ。それでこんな結果ならあいつの方が多分良いと思うんだけど?」
「いえ、そこはエイジさんの方が…」
エリナとエイジのやり取りを見ていると、何処となく疎外感を感じていたアリサは、面白くは無かった。今のやり取りで何か思う所があったのを感じるのはある意味では当然かもしれないが、それとこれは別問題。ほんの少し拗ねた様な表情が表に出てくる。
これ以上ここで話していては、何となく拙いと判断したのか、ここで一旦流れを切る事を優先していた。
「エリナ。エイジも汗を流したいでしょうから、この件はまたにしませんか?」
「…でも、如月隊長は普段から居ないですから、このチャンスを活かしたいんです」
何となく不穏な空気が湧き出してくる。これ以上の滞在は危険だと察知したのか、エイジは一旦流れを切るべく提案する事にしていた。
「もう時間だから、ここは終いにして明日にでも話そう。エリナだって、今日は疲れてるだろうから」
「…わかりました。でも明日必ず教えて下さいね」
「ああ」
何かの嵐が過ぎ去ったかの様な終わり方にエイジは呆気に取られていた。ナオヤとの対戦に汗をかいていたはずが、気が付けば違う意味の汗をかいている。既に対戦した熱は完全に失っていた。
「アリサ、とりあえず僕らも食事にしようか」
「…そうですね。でも、今日はいつものとは違う物が食べたいです」
「…了解」
恐らくは先程のやり取りで拗ねる様な場面があったのだろうか?何だかんだとエイジはアリサには甘い。何時もとは違うと言った時点で少しは機嫌を直してもらうべく、今晩のメニューを考えながら自室へと戻っていた。