「なぁ、ジュリウス。やっぱり俺が副隊長は荷が重い様な気がするんだけど、今からでも交代できないか?」
北斗が副隊長に指名されたから数日が経過していた。これまでは単なる一兵卒として現場で戦っていたが、役職が付けば今度は次の事が待っている。ブラッドの部隊運営について頭を抱えていたが、やはり自分には頭脳労働は向いていないと判断したのか、ダメ元でジュリウスに掛け合ってみようかと、改めて北斗はジュリウスの元を訪れていた。
「何だ?まさかとは思うが、慣れない事はしたくないとでも言いたいのか?」
「そんな事は無いんだが、ここ最近の部隊運営がね…フランまで気が付くって事は相当な状況だろ?やっぱり俺の力不足じゃないのかと思ってるんだけど」
「それは無い。言っておくが単純に雰囲気だけで決めた訳じゃないんだ。お前は気が付いてないかもしれないが、ここに来てからフランだけじゃなく、他の職員も空気が穏やかになっている。如何なる場合でも平時と同じ感覚でいられると言うのは中々簡単な事では無い。これが今回の決定的な部分だ。戦闘能力だけとか、周囲への配慮だけで決めた訳では無い事は理解してくれ」
自分が副隊長に任命された意味がここで初めて公開されていた。しかし、自分では空気が緩くなる様な事をしたつもりもなく、また何がどう変わったのかも今一つピンと来てなかった。
ジュリウスの顔を見れば、どことなく親の立場の様な目で北斗を見ている。これでは、これ以上何を言っても無駄なのではと少しづつ考え出していた。
「そう言えば、シエルとは同じ施設に居たんだよな?当時のシエルはどんなだった?」
「マグノリア=コンパス時代の事か?あれはかなり大きな施設だったからな。事実シエルとは確かに面識があったのは認めるが、当時はあくまでも俺の護衛と言う事で来ただけだ。結果的にはまともに話す事は無かったと記憶している」
小さい頃の事から何らかのヒントが得られる事が出来ればと考えていたが、どうやら幼馴染と言った様な甘酸っぱい関係ではなく、ただの護衛対象程度の認識しか当時は持ち合わせて無かった事しか分からなかった。この状態が続く様ならば、多少の荒療治は必要なんだろうか。今のシエルは余りにも部隊に馴染んでいない事は間違い無い。何か打開策を立てない事には空中分解もあり得る。そんな事を徐々に考えだしていた。
《オープンチャンネルより緊急入電です。直ちに繋ぎます》
突如として館内に緊急入電の警報が鳴り響く。一旦はこの話を棚上げして今は内容を走りながら確認すべくエントランスへと急ぐ事にした。
「緊急入電って大丈夫なのか!」
「まずは内容を確認しない事には詳細は分からない。少し静かにした方が良いな」
《こちらサテライト拠点002建設予定地!感応種と思われるアラガミの反応を観測地より北北東30kmにて確認。行動予測からこちらへと向かう可能性が高く、なお感応種を中心に複数のアラガミ反応も確認されいてる模様。至急応援を求めます!》
緊急入電は感応種を中心としたサテライト拠点への襲撃だった。突如として入った入電に、この地点へと急ぐには周囲にはフライアしかなった。しかも感応種となれば、仮に他のゴッドイーターが向かった所で返り討ちにあう可能性が極めて高いと考えられていた。
「感応種って、俺たちブラッド以外は手も足も出ないんだろ?今すぐに行かないと…」
「ロミオ先輩の言う通りだよ。すぐに行かなきゃダメだよ」
緊迫した空気が周囲を漂い出す。この時点でオープンチャンネルに要請を出しているのは感応種の影響に違いない。このまま見ている選択肢はここには無かった。
「副隊長。先ほどの話はお前に任せる。今は一刻も早い討伐任務をこなす事が最優先だ。フラン!ブラッド隊が緊急出動する。オープンチャンネルの返事と、直ちに準備にかかってくれ」
「了解しました」
ジュリウスが言う前に準備していたのか、既に各方面へと通達が出ていた。事態は一刻を争う中で、遂に感応種の討伐をすべくブラッドとして本格始動する事となった。
「あれが感応種みたいだな。総員準備は良いか?」
現地には緊急入電によって既に現場からは退避したのか、そこには人影が殆ど無かった。これならば周囲を気にする必要が無い。素早く考えをまとめ、ここから部隊の再編を行う。
アラガミは感応種だけではなく、通常種までも居る。その為には一亥の猶予も無かった。
「この場は北斗が取り仕切れ。チームを二手に分けての討伐が一番効率が良いはずだ」
「だったら…シエルとロミオ先輩。ここで感応種と交戦しますので、お願いします」
チームを決めてからは一気に戦闘が開始された。今回のアラガミはシユウ感応種が進化したと思われる個体。シユウの様な男性的な雰囲気ではなく、そこにはどこか女性の様な雰囲気を持ったアラガミ『イェン・ツィー』だった。
既に周囲に降り立ったのか、それともジュリウスのチームが通常種を引き寄せたのか、ここにはそれ一体だけが確認されていた。
「一旦陣形を考えてはどうでしょうか?」
「いや、ここは感応種相手だと陣形は無意味になる可能性が高い。ましてやシユウ神族種だ。各自最低限の攻撃範囲に注意して交戦。ロミオ先輩頼みますよ」
「なに言ってんだよ。今さら固い事は言いっこ無しだろ。いつも通りにやるだけだ」
気負う事無く討伐任務が開始される事になった。シユウ神族種の一番の特徴は高い地点からの攻撃が多発する点だった。特に高高度からの攻撃となれば着地点を素早く判断しない事には直撃を受け易く、それは感応種に限った話ではなく、通常種と言えど大ダメージを受けやすい。その為には飛び立たせる事を阻止するか、空中で止まった瞬間を狙う以外に方法が無かった。
「シエル!万が一高高度に移動した際には撃ち落としてくれ」
「了解しました」
北斗の指示により一斉に攻撃が開始された。全員が一斉に飛びかかる様な攻撃をする事はなく、銃形態へと変形させる。一斉射撃によってイェン・ツィーの頭部に集中砲火を浴びせだした。
単発で響く音の後に残されたのはイェン・ツィーの悲鳴の様な物だった。一点突破するかの様な精密な射撃は短時間でイェン・ツィーの頭部を結合崩壊させる。
その中でもシエルのスナイプは正に正確無比とも言える程の集中を見せ、遠目からは判断しにくいが、頭部の中心から直径5cmの中に全て着弾していた。
「なんだあの正確さ?俺、初めて見たよ」
ロミオが驚愕とも取れる呟きが聞こえたのか、ほんの少しだけシエルの表情が和らいだ様に見えた。幾ら厳しい訓練をしていても、本音で褒められれば嬉しくない訳は無い。無自覚の表情に北斗もこれならばと少しだけ今後の事を考える様にしていた。
「ここからが勝負だ」
突如として北斗が銃撃から剣形態へと変化させ一気に距離を詰める。結合崩壊を起こしたとは言え、まだ戦いは始まったばかり。周囲にアラガミが居ない以上、ここは追加でダメージを与えんと行動していた。
更に加速するかの様な勢いと共に、北斗は刀身をそのまま振り払う様に大きな弧を描く。斬撃の速さが功を奏したのか、イェン・ツィーは回避が遅れ、腹部に大きな斬撃を受けながらも大きくジャンプする様な行動で上空へと羽ばたきだそうとしていた。
両腕の羽の部分が大きく動き出し、飛び立つ瞬間だった。まるで罠でも仕掛けたかの様に、鋭いと言いたくなる様な銃撃がその行動を阻む。振り返らなくてもその向こうにはシエルが構えているのが分かっていた。
「うりゃあああああ!」
動きを制限された瞬間、羽の部分に大きな刃が横薙ぎに直撃する。隙を見てロミオが放った一撃は想像以上のダメージを与えたのか、その場で大きくよろめいている。今がチャンスだと改めて接近した際に、人知れず周囲の空気が変化していた。
《偏食場パルスが大きく変化しています。北斗さん注意して下さい》
接近していた北斗の周囲に偏食場パルスがまとわりつく様に変化していた。ここから何が起こるのか、様子を見る間もなくそれは唐突に起こった。
「北斗気を付けろ!」
ロミオは叫んだ瞬間に、突如として地面から3体の小型種アラガミが湧き出ていた。原因は不明だが、恐らくはこのイェン・ツィーが呼んだのだろう、そのそれが突如として集中するかの様に北斗に襲い掛かる。
「副隊長!今すぐその場から脱出を!」
シエルからでは援護射撃するほどの余裕は無かった。小型種が細々と動けば流石にシエルとて狙いはつけにくい。仮に撃っても
「大丈夫だ、こいつらは何とかする。それよりもロミオ先輩と本体を叩いてくれ!」
既に北斗は小型種の掃討をすべく、神機を振るい続けていた。呼ばれた小型種は元からそうなのか、それとも偶然なのか、攻撃が一定以上当たると直ぐに霧散していく。この調子であれば問題ないと判断したのか、ロミオとシエルは本体に攻撃を仕掛けていた。
連続した攻撃はイェン・ツィーの反撃を与える隙は無かったのか、頭部に続いて両腕羽までもが結合崩壊を起こす。感覚的にはそろそろ限界が近いかと思われていた。
「このまま死ね」
小型種の掃討が完了した所に間髪入れずに次の行動へと移行していた。北斗は大きく跳躍したと同時にイェン・ツィーの結合崩壊を起こした頭部に狙いを付ける。落下エネルギーを活かしながらの攻撃は普段以上の攻撃力を持っている。完全に重力を味方に付けた攻撃はイェン・ツィーの虚を付くだけでなくその命を確実に奪い去る勢いだった。
その斬撃が致命傷となったのか、程なくして力尽きたのか、イェン・ツィーは動く事無く生命活動を停止させていた。
「あれ?こっちはもう終わったの?」
「こっちは楽勝だったよ」
「え?ロミオ先輩活躍したの?」
「ナナ、ちょっと扱い酷くないか?」
向こう側でも討伐が完了したのか、急いでこちらへと走ってくるジュリウスの姿が確認出来ていている。いち早く着いたナナは、その早さに驚きながらもロミオと話をしている。そんな中でシエルは一人考え込んでいた。
「シエル、どうかした?」
「いえ、何でもありません。ただ、今回の戦いでこのブラッドと言うチームの考え方が何となくですが分かった様な気がしました。今なら副隊長の言ってた意味が分かった様な気がします」
「?そ、そう。良くは分からないけど、楽しみにしてるよ」
「お前たち、まだここは戦場だ。周囲の警戒を怠るな」
ジュリウスからの指示で緩み始めた空気が改めて引き締る。周囲の警戒をしていた際に、一人のゴッドイーターが物陰から出てきていた。
「あの……私はフェンリル極東支部所属のアリサ・イリーニチナ・アミエーラと申します。応援要請感謝します」
「我々はフェンリル極致化技術開発局所属ブラッド隊隊長のジュリウス・ヴィスコンティと申します。オープンチャンネルでの救援要請でこちらに参りました」
物陰から出てきたのは銀髪の女性だった。未だ極東支部では感応種に対抗出来る人材が限られている事から、対処すべくオープンチャンネルでの救援要請を同に出していた。
幾ら歴戦の猛者と言えど、神機が動かなければゴッドイーターと言えど一般人と変わりない。そんな事も考えた結果だった。
「私の部下が何か?」
何かの視線を感じたのか、ジュリウスがアリサと名のった女性に問いかける。視線の先には北斗が居るはず。知り合いではなさそうだが、何かあってからでは遅いとばかりに確認する事にしていた。
「いえ、知り合いにちょっと似てた様でしたので」
「そうでしたか。恐らくこの区域に感応種はしばらくは出没しないと思われますので、我々はこれで失礼させて頂きます」
「救援ありがとうございました」
アリサをこの場に残したまま、全員がフライアへと帰投する事になった。
フライアに帰投すると感応種の討伐完了の一報が既に入っていたのか、いつもの帰投とは違った雰囲気はそこにはあった。元々、この極致化技術開発局は次代のゴッドイーターを導く為につくられた組織でもあり、またブラッドに関してはその最たる任務、すなわち感応種の討伐に対して期待されていた。
だからこそ、その存在意義が改めて確認された事に、職員一同は喜びを隠すことは無かった。
「皆、感応種討伐ご苦労だった。今後はこの様な判断が多くなると考えられる。今後の事もあるが、一先ず休息してくれ。改めて任務があれば集合をかける。それと北斗、今回の件でシエルが話したい事があるらしい。疲れてる所すまないが、庭園に行ってくれ」
完勝気分をそのままに、この任務に出る前にあった事が改めて北斗にのしかかっていた。元来北斗は人当たりは悪くないが、意外と人の好き嫌いが多い部分があった。
パーソナルスペースが狭く、また半裸に近い格好のナナは違った意味で困る事があっても、今のシエルにどう対処して良い物なのか自身でも判断する事が出来なかった。
何も無ければこのまま知らないフリで無視もできるが、呼ばれているのと同時に今は副隊長である上、そんな事が出来るはずもない。今だ対処の方法が見えないシエルに対し、そう答えれば良いのだろうか。見つからない答えを探しながら、北斗は足どりも重いまま庭園と足を運んでいた。
「副隊長、お呼びして申し訳ありません。実は折り入って相談があるのですが」
突然の相談の言葉に、北斗は一体何の事なのか理解に苦しんだ。相談と言うからには何らかの考えがあっての事だろうが、さっきの今で何を思うところがあったのはシエル本人以外には分からない。だったら一通り話を聞いてからの方が良いだろうと判断していた。
「実は、先ほどの戦闘の件なんですが、私が予想したように一般的な規律に基づく様な連携は一切見られませんでした。…しかし、結果だけ見れば部隊としては能動的な動きを見せながら淀みなく運用されている様にも見えました。
これではあくまでの個人力量によっての結果であって、集団での結果としてはそれが正しいとは考えにくいです。このままではこの部隊は近い将来に瓦解する可能性があります……ただ、これはあくまでの一般論にしかすぎません。今回の戦いで何か分かった様な気がします。もう少し、今後の事について考える時間をいただきたいのです」
先の感応種との戦いで何か感じる事があったのかもしれない。確かに部隊運用と言った概念で考えれば及第点とは言い難い部分が多いのは北斗にも理解している。しかし、それは寄せ集められた烏合の衆であればの話であって、これが一個の確立した物であれば、その考えには当てはまらない事を知っていた。
もちろん、それを口で伝え説き伏せるのは命令すれば簡単だが、それでは永遠に理解する事は出来ないのも事実だった。何よりも今後の事を考えれば、命令して抑えつければ即解決する。しかし、それではその先の未来が何も見えない事は容易に想像出来ていた。
幾ら何でもこんな難しい事を新米の副隊長がしなくても良いだろうと考える部分もあったが、今はただ、自分が出来る範囲の事を優先する以外に何も出来なかった。
「あら?こんにちは副隊長さん」
考えながら歩いていたからなのか、エントランスではなく高層階に間違えて降り立っていた。気が付けば目の前には妖艶な女性が向こうから声をかけてきている。
北斗の記憶の中で必死に誰だったかを探した結果、それがラケル博士の姉のレア博士である事が思い出されていた。
「感応種の討伐が完了したらしいのね。お疲れ様。……そういえば貴方、シエルと一緒に任務に出てたのよね?シエルの様子はどう?あの子ブラッドに溶け込んでいるのかしら?」
何気に聞かれた質問ではあったが、今の北斗には難しい選択肢が迫られていた。下手なことを言えば心象が悪くなり、本当の事を言えば、とてもじゃないが何かあってもフォローを入れる事すら出来ない。どんな答えが正解なのか、あまりにも単純な問題の割には高度な回答が求められている様にも思えていた。
「そんなに考える必要はないのよ。ただあの子はちょっと複雑なの。元々は裕福な軍閥の出身だったんだけど、両親が亡くなったのを機にラケルに引き取られたの」
この言葉で漸くシエルが何故ああなのかを唐突に理解した。しかし、それだけでああまで人間変わるのだろうか。普通ならばそうまで変わる事は無い。その中で一つの可能性が浮かび上がっていた。
「詳しくは分からないんだけど、マグノリア=コンパスで高度な軍事訓練を受けていたのか、大人でも音を上げる様な訓練が毎日されていたの。それこそ少しのミスで懲罰房に入れられたり、極限状態にまで追い込んだストレステストなんてしょっちゅうだったの。
しばらくして彼女を見た時にはまるで忠実な猟犬かロボットみたいだったわ。それはあまりにも不憫だからとジュリウスの護衛にも着けてみたんだけど、任務に忠実すぎて友達なんて関係には程遠かったの」
「シエルの事はよくご存じなんですね」
「フフ…あの子とは私が一番話してからでしょうね。これからもシエルの事見てあげてね」
レアはそう言い残すと自分の研究室へと戻ったのか、この場にはシエルの事情を唐突に聞かされ、どうすれば良いのかと悩む北斗だけが取り残されていた。