暴挙とも取れる北斗の行動はグレムの怒りを買っていた。
結果的にシエルは無事に帰還したまでは良かったが、待っていたのは懲罰だった。ここの最高権力者の命令に歯向かった代償と言えばそれまでだが、今の北斗に後悔も無ければ悲壮感も全く無かった。
仮にここをクビになった所で、どこかの支部に亡命する様に行けばそれで問題無いだろうと、周りの心配を他所に一人呑気に考えていた。
懲罰房はまだ利用者がいないのか、実際にここに入ったからと言って今の北斗は何も困る事も無かった。元々やるつもりだった事をするに当たって、自室なのか、懲罰房なのかの違いでしかない。今はただ座禅を組んで自分の心に向き合うと同時に、落ち着かせる事だけに集中していた。
「北斗。どうしてあんな無茶をしたんだ?」
「部隊として生きて帰るのが当然なだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。それよりもジュリウスこそ良かったのか?あんなでも一応はここの最高権力者だろ?睨まれると都合が悪いんじゃないのか?」
静まり返った空気を壊したのはジュリウスだった。事の顛末については遠回しに北斗も聞いてはいたが、それよりも今は何でこんな所に来ていたのかが不思議だった。
「俺もブラッドの隊長である以上、部下を護るのは当然の事だ。丁度お前が実践したのと同じ様にな。それよりもシエルがお前に言いたい事があるそうだ。この後ですぐに連れてこよう」
「ここにか?流石に面会は拙いんじゃないのか?」
「今回の件は他の職員も何か思うところがあったようだ。とは言っても、既にここにはグレム局長はいない。本部に行っている関係上、問題無いがな」
ジュリウスの呆気らかんとした言葉に北斗もそれ以上の言葉は出なかった。幾ら組織の長だとしても、人的資源でもあるゴッドイーターの扱いは慎重になるのは当然の事。元々、今回の件は同じ仲間でもあるシエルの救出の結果だった事もあってか、命令違反は確かに褒められた物ではないが、対象となるものが人命である以上、本来であれば称賛してもおかしくは無かった。
ましてや金と命を天秤にかける様な人間では、やはり目が届かなくなればこうなるのは当然の結末だった。懲罰房には穏やかな空気が流れだしていたが、この後シエルが来るのを失念していたのか、今度は冷たい声が響いていた。
「北斗。何であんな事をしたんですか?神機兵の搭乗の際には入念なチェックが必要だんです。それをすっ飛ばしていきなり乗るなんて何かあったらどうするつもりだったんですか?」
入れ替わる様に今度はシエルが窓から顔を出している。呼びに行くと言っていたはずだったが、既にここに来ている以上何も言う事は出来ない。気が付けば既にジュリウスはこの場から撤退したのか、その姿は見えなかった。孤立無援となったこの状況下では反論する事は叶わない。何を言われるのか、今の北斗には想像が出来なかった。
「さっきもジュリウスには言ったが、任務は帰ってきて初めて達成だ。今回はこうなったけど、また同じ様な状況になれば同じ事をするだけだ」
シエルの言葉に悪びれる様子は一切感じなかった。短い間ではあったが、ここまで心を開いてくれた人間をシエルは知らない。マグノリア=コンパスでもレアとは何度も話したが、ここまでの話を今までに一度もした事が無かった。
ここで幾ら何を言おうが、今の北斗はその考えを曲げるつもりすら無い事は間違いなかった。そう自覚したのか、シエルの胸の中に何か暖かい物が広がる様な感覚があった。
「君は本当に馬鹿です。私なんかの為に命を粗末にするなんて……副隊長なんですよ。それじゃあ他に示しがつきませんから、今後は自重して下さい」
「シエル。何でそう考えてるのかはわからないけど、自分をそこまで卑下する必要は無いんだ。シエルは大事な人(仲間)なんだから、今度はそんな状況にならないようにしてくれ。俺が思うのはそれだけだ」
鉄格子越しとは言え、真剣な表情で言われた言葉はシエルの心の中へと染み込んでいく。命令よりも大事な物が何であるのか、何をすれば良いのか。友達になってくれた当時よりも更に暖かい大事な何かがシエルの冷えきった心をゆっくりと溶かしていく様だった。
「命令よりも…大事な物ですか…何だか暖かいですね」
少しだけ触れた北斗の手は今までシエルが感じた事の無い暖かさがじんわりと伝わっていた。
「漸く帰ってきたのか。お勤めご苦労さん!」
「ロミオ先輩。そんな事言わなくても」
当初の予定よりも数日早い日程で北斗は懲罰房から出されていた。詳細に関してはジュリウスからも聞いていたが、どうやら神機兵の有人に関するデータがどさくさ紛れに取れた事もあり、その結果から両クラウディウス博士からの嘆願により早められていた。
「あっ!お帰り~。懲罰房はどうだった?やっぱり退屈だった?一度は経験で入ってみても良いかな?」
「多分ナナなら半日でお手上げかもね。おでんパンも好きに食べられないから」
「それは困る。やっぱりちゃんとしてるのが一番だよね~」
懲罰房から出て最初に暖かい声をかけられたのはやはり嬉しかった。懲罰房に入ってるからと言っても何もしていない訳ではなく、この時間を無駄にする事無く自己鍛錬をしながらも今後の事について考えていた。上司は尊敬する価値は無いが、仲間は大事である。フライアに所属はしているが、それでも自身の力はブラッドの為だけに使おう。北斗は改めてそう考えていた。
懲罰房から結果的には早く出たものの、やるべき事は何も変わらない。これを機に降格したかと思われていた立場は副隊長のままだった。
「ご苦労だったな。そう言えばラケル先生が呼んでいたぞ。時間があるならこのまま研究室に行ってくれ」
「ラケル博士がですか?分かりました。これから向かいます」
こんな日に一体何があるのか分からないが、今後の考えれば少なくとも良い話で無い事位は理解出来た。
いくら有用なデータが取れたとは言え、独断での無断運用となれば今後の計画に何らかの障害を残す可能性がある。そうなれば自分だけではなく、全体的に迷惑がかかる事位は理解できていた。とりあえずは一度怒られる前提で行くしかないと、北斗は行動しながらに考えていた。
「饗庭北斗入ります」
空気が抜けた様な音と共に扉を開けたその向こうには、なぜかラケルとシエルが一緒に居た。これから怒られるのに、何故シエルが居るのか理解が追い付かない。そんなどうでも良い様な事を考えながらラケルの元へと歩み寄っていた。
「ご苦労様。中々大変でしたね。あなたのお蔭でシエルの命は助かり、神機兵の有人による有用なデータも取得できました」
怒られるつもりが、その逆にお礼を言われた事で呆気に取られている。何を考えてそんな言葉が出たのかは分からないが、今回の期間の短縮にはラケル博士の尽力もあったのは既に聞いている。だからこそ、ラケルのその言葉に疑問が出ていた。
「そう構えなくても大丈夫ですよ。今回の件はグレム局長も内部の事で処理すると言ってましたから、査問委員会に取り上げられる事はありませんので安心しなさい。それよりも、あなたの血の力の正体が漸く判明しました」
どうやら、これが今回の呼ばれた内容の趣旨だった。実際に北斗も血の力に目覚めてからはブラッドアーツは確かに出現しているが、ジュリウスの統制の様に周囲に対しての反応は何も起こっていない。ブラッドアーツが使える事から、何らかの力は出ているも、その内容までは判明していなかった。
そんな折でのラケルの言葉は北斗としても渡りに船でしかない。何かしらの根拠を確認したい所でもあった。
「今回の件で判明した事が一つあります。まず最初にあなたの血の力は、芽吹く大地に命の水を与えるかの様に、心を通わせた人間の潜在能力を発揮させる様にその力を開花させる能力だと考えています。
今回の件ではシエルがそれに該当してる以上間違いありません。あなたの血の力は『喚起』と名付けましょう。これからは遍く神機使い達を導いて下さいね」
ラケルの発言に驚くも、直ぐにシエルの顔を見ればどこか照れたような表情を浮かべている事からも、それが間違い無い事が理解出来た。結果はともあれ、自分が何らかの形で影響しているのであれば、今後はその能力を更に開化させる事が出来れば、ブラッドの全員が目覚める日はそう遠くない。そう考えれば今の北斗にも何となく今回のシエルの事も良かったと素直に喜ぶ事が出来た。
「北斗。少しだけ良いか?」
ラケルの研究室から戻ると、ギルが真剣な面持ちで話しかけてきた。何の事かは分からないが、ギルのこんな表情は中々見る事は無い。そんな雰囲気を北斗も感じ取ったのか、今はギルの言わんとする言葉を待つしかなかった。
「どうしてあんな無茶をしたんだ。シエルからも聞いたが、有人型の神機兵は場合によっては命を落とす危険性を含んでいる。もし万が一、お前が死ぬような場面があれば、残された人間はその気持ちを持ったまま生き続ける事になるんだ。お前の前向きな所と生きて帰ると言った考えは嫌いじゃないが、ただその可能性も少しは考慮してくれ。説教じみてすまないが、それが俺の考えなんだ」
「なぁギル……」
「なんだ?」
「……いや、何でもない。ギルの言葉はちゃんと受け止めておくよ」
恐らく今何か口を開けば決して良い結果にならない事は直ぐに理解していた。ギルの過去に何かしらあったからこそ、そんな発言が出ているのかもしれないが、それは各自の中で消化すべき事であって、決して他人が口を挟んで良い事ではない。そんな事を考えながらエレベーターへと向かうギルの背中を眺めていた。
「へ~。『喚起』の能力か。って事は今後は北斗と一緒にミッションに出れば目覚める可能性が高いって事なのか?」
「詳しくはわかりませんが、ラケル博士の話ではそうなりますね。ただ、顕現の方法は未だに不明なんですが、恐らくは何らかの昂ぶりがもたらすのではないのかって話です」
呼ばれた内容をロミオに話すと、どうやら呼ばれた意味が理解できたのか、北斗の能力について色々と話し合っていた。『喚起』の能力は何となく顕現するのではなく、何らかの精神的な昂ぶりが条件の一つになっている様だった。
今後は血の力の発露が優先と考えたのか、それとも単純にそうだと判断したのか、自分の事でありながらに良く理解していない北斗には難しい話だった。
「でも、シエルちゃんも精神が昂ぶる時があったんだね。ねぇ、どんな事がキッカケだったの?」
「キッカケですか?……それは……」
ナナの一言にシエルは少しだけ頭を抱えていた。何がキッカケとなったのかは言わなくても本人が一番自覚している。あの懲罰房での出来事が何らかの形となった結果であるのは間違いないが、それを口に出せば当時の気持ちが一気に色褪せる様な感覚があった。
ナナには申し訳ないが、今はその気持ちを大事にしたいと考えていた。
「ナナさん。すみません。私にもよく分からないんです。気が付いたら神機に赤黒い光を帯びていたのでそうだと判断したんですが」
「そっか~。でも北斗と一緒なら目覚めるんだとすれば、これからはずっと一緒の方が良いのかな?」
突然の発言に北斗だけではなく、その場に居たロミオとシエルも驚いていた。ずっと一緒なんて言われれば、それこそ四六時中くっついている様なイメージしか湧かない。事実、それを真っ先に考えたのかロミオの顔が少しだけ赤くなっていた。
「流石にそれは無いんじゃない?」
「なになに~?北斗は私と一緒に居るのが嫌なの?」
「そうじゃないけど、ちょっと恥ずかしいと言うか、その……ナナの場合はちょっと…」
何が言いたいのか北斗は珍しく言い淀んでいた。まさか本当の事を言う訳にも行かず、万が一それを言えばどうなるのかがあまりにも分かりやすい。このままでは時間の問題だと考えていた所に神の救いの手が舞い降りていた。
《ブラッド隊副隊長、直ちにカウンターまでお越し下さい》
館内放送が鳴り響く。今がチャンズだとばかりに、北斗はその場からの離脱に成功していた。
カウンターに行くと、そこには銀髪の女性が佇んでいた。北斗の記憶には無かったが、着ている服装と右腕の存在感を示す物からはゴッドイーターである事だけは直ぐに理解していた。
「先だっては救援要請ありがとうございました。改めて私は極東支部所属独立支援部隊クレイドル所属のアリサ・イリーニチナ・アミエーラと申します」
「ああ、あの時の方ですか。極致化技術開発局ブラッド隊所属の饗庭北斗です。今回のご用件はなんでしょうか?」
感応種討伐の元となったオープンチャンネルの相手だとは記憶していたが、直接会った訳ではないので、北斗は顔も殆ど覚えていない。お互いがそれを理解しらからなのか、どこか余所余所しい部分があった。
「実は先だっての救援要請の件でのお礼と、改めて感応種討伐の件でお願いしたいと考えてここに来ました。事前に隊長のジュリウス・ヴィスコンティ大尉には話をしましたが、時間が少し会わないとの事で、副隊長さんにとお聞きしています」
「え?ああ、そうでしたか…」
目の前に居るアリサと名乗る女性の話に関しては、未だジュリウスからは何も聞いていなかった。念の為にフランに確認するが、生憎と何も聞いていないからなのか、ジュリウスとの通信を繋いでいた。
《そうか、今日だったか。すまないが伝えるのを失念していた。俺も今そっちに向かっているが、まだ少し時間がかかる。内容に関しては例のミッションと同じ感応種の討伐になるとは聞いている。すまないが俺が戻るまで少し、相手をしてくれないか?》
「了解した。後はこっちで何とかするから、早く戻ってきてくれ。自分の能力では多分話が持つ自信が無い」
《本来ならばそれ位の事は何とかしてほしいんだが…まぁ、お前の性格を考えれば仕方ないのかもな。急ぐ様にはするが、出来るだけの事はやっておいてくれ》
どうやら話の行き違いがあったのか、帰投中のジュリウスが戻るまでの時間を稼ぐ事が必要となっていた。
助け舟を出してもらうつもりだったが、通信が切れた後に確認すれば、最低でもフライアへの到着には1時間以上かかる。人の名前をあまり覚えないのは難点だが、先程の自己紹介をしてもらった以上、後は何とか会話をつなげる事だけを優先していた。
あとはロミオ先輩のコミュニケーション能力にかけるしかないなどと、どこか他人事の様な考えが頭の中を支配していた。
アリサは何となく居心地が悪いのか、それとも物珍しいのからなのか少しソワソワしている様にも見える。まずは内容を確認すべく、ちょうどエントランスに全員が居る事から、そのまま一緒に行くように提案する事にした。