「北斗、少し時間がありますか?」
ブラッドの歓迎会はトラブルも無く無事に終了していた。良く働き、良く遊ぶと考えているのか、とにかく極東支部の皆はこんな馬鹿騒ぎが好きなんだと改めて考えていた。しかし、それとは裏腹に苛烈なミッションは毎日続いて行く。既に何度かミッションにも出ていた頃、シエルからの相談があった。
「時間は大丈夫なんだけど、何かあった?」
「ええ。実は以前から兆候はあったんですが、ここ最近、銃形態での運用が以前よりもスムーズに行っていないと言うか、何か挙動が変だと言うか、とにかく少しおかしいんです。最初は故障かとも思ったんですが、ここの技術班の方の腕前からすればそれはあり得ない事なんです。すみませんが一度挙動確認の為に一緒に出てくれませんか?」
「構わないよ。だが、挙動がおかしいとなれば今後のミッションにも影響が出そうだな」
「万が一もありますので。お手数ですがお願いします」
銃形態に関しては北斗もどちらかと言えば門外漢に近い物があった。ここ最近になって漸く簡単なバレットエディットのレシピを教えて貰って何とか利用しているレベルでしかない。にも関わらず、実際には専門だと言っても差し支えないシエルの相談は割と深刻な様にも思えていた。
「で、どうだった?」
銃形態での動作確認の為なのか、ミッションそのものは簡単に終了していた。今の北斗達のレベルであればサイゴードとドレッドパイクのミッションは本来であれば受ける内容では無い。
だからこそ動作確認にはもってこいのミッションだった。
「どうやら神機の整備不良ではありません。しかし、バレットの挙動が安定はしてませんが、良い方向に働いている様な気がします」
「一度リッカさん?に相談したらどうかな。多分何かしら分かるだろうから」
言葉そのものを言っただけではあったが、どこかシエルの表情が何時もとは違う様にも見える。何かおかしな事を口走った覚えは無いが何故なんだろうか。そんな疑問が少しだけ過っていた。
「まさかとは思いますが、リッカさんの顔と名前は一致してますか?」
どこか疑う様な目で見られていたからなのか、北斗は内心かなり焦りがあった。技術班には一度顔を出した際には紹介されたものの、流石に完全に覚えた訳では無かった。
どうやらそんな部分を見透かしたからなのか、ここに来て漸くシエルの表情の理由が理解出来ていた。
「も、勿論だって。ちゃんと覚えてるから。そうだ、ここはリッカさんに一度相談するのはどうだろうか?その方が確実性が増すと思うけど」
「やっぱりそうですよね。では、改めて覚える為に一緒に来てくださいね」
「……はい」
これ以上の事は無駄だと悟ったのか、北斗はただ頷く事しか出来なかった。
「う~ん。神機そのものは問題無いと思うんだけどね。やっぱり一度完全整備した方が良いかな。シエルさんは今日の予定はどうなってる?」
リッカに確認したが、原因の究明にはやはり時間がかかる様だった。事実この極東支部は激戦区の名の通り、神機の整備も順番にやっているが、それでも数が多い事から時間が足りず、実際にはオーバーホールとなれば時間がかかるのは誰の目にも明らかだった。
「私は構いませんが、リッカさんの方は大丈夫なんですか?」
「私?私なら大丈夫だよ。もう一人整備する人間が帰ってくるから、時間に関しては問題無いよ」
そんな話をしていた頃だった。背後から存在感が示すかの様に一人の男性がやってきた。
「あれ?お客さんか?見ない顔だけど」
「あっ!お帰りナオヤ。この人達はブラッド隊の人だよ」
ナオヤと呼ばれた男性はどこか北斗と似たような雰囲気が漂っていた。技術班にしては他の人達よりも鍛えているのか、動きが明らかに違う。存在感は気が付けばあるが、普段は気配が無いかと思われる程に足音すら聞こえる事は無かった。
「初めまして。リッカのサブをやってる技術班の黛ナオヤです。出張してたんで、詳しい事は少しだけ聞いてます。何でも感応種討伐のエキスパートだとか」
「初めまして饗庭北斗です。自分たちは偏食因子が異なるので影響を受けにくいだけで、エキスパートと呼ばれる程ではありません」
2人はそう言いながらも握手している。その握手で何かを悟ったのか、改めて北斗が口を開いていた。
「あの、黛さんは何かやってるんですか?そんな気がしましたが?」
「俺?俺はただの整備士だけど」
「あのさ、謙遜しても無駄だよ。北斗君。ナオヤはね、ここの中級カリキュラムの教導教官も兼ねてるから、たぶん腕前は新兵なんか比べ物にならないよ」
リッカが苦笑を漏らしながらに話す。それを聞いたのかナオヤはバツが悪そうだったが、目の前の北斗とシエルは逆に目を輝かせている様にも見えていた。
「あなたが教導担当の方だったんですか。私はシエル・アランソンと申します。実はここの教導カリキュラムには関心があったんです。短期間での教導の割には効率的に実力が身に付いている様にも思えました。まさか神機使いじゃない人がやってるとは思ってませんでした」
極東に来た際にどこかで教導カリキュラムの話を聞いていたのか、普段のシエルから考えれば興味深いからなのか、ただ感心していた。
「そうだ。シエルさん。後で良かったら教導カリキュラムの元になった映像があるけど、見てみる?結構凄い事になってるから」
「まさかとは思うけど、アレの事か?それはちょっと止めてほしいんだけど」
「結果的には皆見てるんだし、折角なんだからナオヤの実力を見せた方が今後の役に立つんじゃないの?」
ナオヤの静止は一切聞かず、リッカとシエルの間に話が次々と進んでいく。今さっき帰ってきたばかりなのに、こんな事になるとは思ってもいなかったのか、ナオヤがどこか居心地が悪そうにしていた。
「これは凄いですね。一般の人で、この動きは中々出来ないんじゃないですか?北斗はどう思いました?」
見せられた映像は正に圧巻と呼べる物だった。ここのカリキュラムを終了した者は一度は見ている映像。一番最初にここでエイジとナオヤが激突した戦いでもあった。
チャージスピアでは無いものの、お互いが槍術とあってか動きはかなり早く、まるで演武かと錯覚する程に洗練された動きだった。
3種類の基本動作しか無いにも関わらずにこの動きとなれば、それはある意味では脅威とも取れた。既にお互いの槍が何度も交差しているにも関わらず、直撃した様子は一切無い。それがどれ程の技術なのかは考えるまでも無かった。
「いや、想像以上だった。ゴッドイーターの方は誰か分からないけど、こっちは少し苦手なんだろう。動きがナオヤさんよりもぎこちない様に感じた」
「しかし、槍術であれならゴッドイーターになればかなりの腕前じゃないのか?少なくとも曹長クラスは簡単に行けるだろうな」
映像を見ようとすると、何故かそこにはギルまでもが同じ槍だからと一緒になって見ていた。映像の時間は僅かだが、見る者が見ればどれ程の攻防なのかがよく分かる。教導教官の名に相応しい動きにこれが極東なのかと3人は改めて感心していた。
「あれ?みなさんこんな所で何を見てるんですか……ああ、これですか」
背後から聞こえた声は任務に一旦ケリがついたのか、ここに戻っていたアリサだった。当時の状況は映像を見なくても思い出す程の戦い。モニターを見ながらもそんな過去の記憶が蘇ってきていた。
「アリサさんもご存じなんですか?」
「知ってると言うよりも、これを撮影した時にはこの場に居ましたので。でも、これは確か教導カリキュラムで見てたはずだと記憶してますが?」
「これはリッカさんの所に行った際に見せてくれた物だったんです。詳しい事は聞いてなかったので、一度見た方が良いかと思いましたので」
シエルの言葉に漸く理由が分かったのかアリサは一人納得していた。しかし、なぜこれがこんな所で見る事になったのだろうか?まずは確認するのが一番だと、改めてアリサはシエルに確認する事にした。
「シエルさん。どうしてこれがこんな所で?」
「実は先ほどリッカさんに相談があって技術班に行ったんですが、その際に黛さんと言われる方が戻られたので、その話の流れでお借りしたんですが」
「え?ナオヤが居たんですか?」
「そうですが、それが何か?」
「そうだ!私、用事を思い出しましたので、これで失礼しますね」
何かを思いついたのか、アリサは突如としてエレベーターへと走り出していた。一体何があったのかその理由は誰にも分からなかったが、アリサは今までに見た事も無いような笑顔だった事だけが3人には理解出来ていた。
「あれ、こんな所で何してんだ?」
アリサと入れ違いで今度はコウタがロビー来ていた。どうやらミッションから帰投したのか、後ろにいるエリナとエミールがどこか疲弊した表情のまま歩いている。任務お疲れ様ですと思いながらに、アリサ同様に理由を話していた。
「なるほどね。そりゃアリサがご機嫌になる訳だ」
「あの、ナオヤさんが帰ってきた事に何か意味があるんです?」
「ああ、ナオヤは偶にクレイドルのサポートで移動する事があるんだ。で、あいつが帰ってきたって事は、もれなく他のメンバーも帰ってきているって事なんだよ。よぉうし!今晩のメシは期待できるぞ!そうだ、皆も機会があるならラウンジに行くと良いよ。良い事あるぞ」
やはりコウタも同じように機嫌を良くしたままエレベーターへと足を運んでいた。ラウンジで何かイベント事でのあるのだろうか?コウタとアリサの表情からは何も判断が出来ないものの、まずはラウンジへと行った方が良さそうだと、この後で改めて足を運ぶ事にしていた。
「ねぇ北斗。ラウンジで何かあるの?」
「さぁ?良くは分からないけどコウタさんがラウンジに行くと良いって言ってたから、行くだけなんだけど」
取りあえずは全員でラウンジまで足を運ぶ事にした。扉を開ければかなりの人数が居たのか、それぞれが思い思いに過ごしてた。
「一体何なんだろうね」
「でも何時もとは雰囲気が違う様ですが?」
ナナとシエルが疑問に思うのは無理も無かった。時間は食事の時間からを少し遅くなっている。本来であればこの時間帯に人は少ないはずだったが、なぜか何時もと変わらない人数がそこに集まっていた。
「あれ?カウンターの所にアリサさんとムツミちゃんが居るよ。でも、なんでムツミちゃんがカウンターの中じゃなくて外なんだろう?」
「ナナ、どうやらカウンターの中に人がいるみたいだ」
北斗の指摘通り、カウンターの中には男性が色々と何かを作っている様にも見えていた。ラウンジは若干ではあるが女性陣の方が多い様な気がする。ロミオも一体何が起こっているのかと周りをキョロキョロとするだけだった。
「あれ?皆さんも来てたんですか?」
「あの~アリサさん。これは一体?」
既にアリサの目の前には見た事も無い様なケーキと飲み物が置かれている。隣のムツミの前にもアリサとは違う物が置かれていたのをナナは見逃さなかった。しかし、ここに来てからケーキの様な類の物は口にした記憶が無い。
これは一体なんだろうと周りを見れば皆が思い思いに食べているようだった。
「アリサさん、これはどうしたんですか?」
「君達がブラッド隊の人なの?」
ナナの疑問に突如として呼ばれたのか、北斗がいち早く反応していた。
「そうですが、ええっと…」
「僕の名前は如月エイジ。アリサたちと同じクレイドルの所属だよ。アリサがお世話になったみたいだね。これからも宜しくね」
そう言いながらも手が止まる事は一切無かった。カウンターの向こう側からは次々と色んなケーキ類が出てくる。それが次々と運び出され、落ち着いた頃に漸く全員が改めて自己紹介する事になった。
「おお。流石は極東支部。ムツミちゃんの料理も美味しいけど、このケーキはまた格別な味が……」
「ナナ、食べるか話すかどっちかにしないと行儀悪いぞ」
頬張るまでは行かないが、一口食べればどれ程のレベルなのかは素人でも分かり易い程に違っていた。気が付けば女性陣が何故多いのかが容易に想像できる。北斗も一口食べはしたが、ここまでの物を口にした記憶は今までに一度も無かった。
「饗庭さんでしたっけ。気にしなくても良いよ。こうやって喜んで食べてくれた方が嬉しいからね」
「あの、如月さん。どうして俺の名を?」
北斗は一度も自己紹介をしていない。にも拘わらずエイジは自分の名前を知っていた事が疑問だった。どうやって知ったのかは知らないが、同じ支部内である以上、誰かから聞いたんだろう位にしか考えていなかったが、それでも気になるのは間違いなかった。
「ああ、アリサから聞いたんだよ。002号建設予定地の感応種討伐の事も聞いてたからね。でもこれで全員じゃないよね?」
「そうですね。ケーキを食べてるのがナナで、こっちがロミオ先輩。で、こっちがシエルです」
北斗がそれぞれを紹介し、お互いが自己紹介をする。北斗の見立てからすれば、先程のナオヤの方が存在感が大きく、恐らくは何も隠すつもりは無い様にも見えたが、目の前のエイジに関してはどこか異質な様にも感じていた。
こうやって対峙していればハッキリと存在感が分かるが、恐らくは暗闇などの視界不良な中では視認する事は不可能な程に気配を感じる事は無かった。
恐らくは常用的に気配を殺しているか、それとも何らかの形で必要になっていると考える事が出来た。
「そう言えば、先程までギルも居たはずですが、一体どこへ?」
「ギルバートさんなら、多分あそこだよ」
シエルの疑問に答える形でエイジがラウンジの端の方を見やると、そこにはギルと同じ極東の誰かが隣同士で飲んでいる様にも見えた。
「あれは、どなたなんでしょうか?ここに居る方の様に見えますけど?」
「…ああ、あれはハルオミさんだね。確か、ギルバートさんが以前に居た支部の上司だったと聞いた記憶があるけど、多分そうじゃないかな」
「そっか。ギルにもそんな時があったんだ」
「ロミオ先輩。いくらギルでも新人の頃はあるんじゃないんですか?」
「えーそうか?最初のイメージが強いからそんな感覚は無かったんだけどな」
ロミオが言う様に、ブラッドにおけるギルの立ち位置はベテラン的な事もあってか、どこか他のメンバーとは違うような雰囲気を纏っていた。口には出さないがそれは誰もが思っている事でもあり、ここに来る事が決定してからは時折何か考え込んでいる様にも見えていた。
「多分、久しぶりだから積る話もあるんじゃないかな。そう言えばアリサ、明日の午後までちょっと時間空いてない?」
「明日ですか?明日は一日申請関係で書類作業ですけど、どうかしたんですか?」
突然話が来た事でアリサも明日のスケジュールを色々と思い出す。確か明日は建設予定地における各施設の概要と予算の事で何かとやる事が多かった記憶があった。
エイジからのお誘いは有難いのだが、この書類も何とか時間を捻出した結果、時間ギリギリとなっていた事が同時に思い出されていた。
「ちょっとした事なんだけど、ここでは言いにくいんだ。それと、書類の事なら心配しなくても後はサインするだけになってるから、時間はかからないはずだよ」
エイジが何を考えているのか分からないが、明日やるべき事のほとんどが終了しているとは思ってもいなかった。昨日の時点では今日帰ってくるなんて話は出ていなかった。アリサが知ったのは偶然にしか過ぎない。
にも拘わらずやるべきことが片付いていると言う意味が理解出来なかった。
「ちょっと待ってください。今確認します」
アリサは慌てて端末からデータを確認する。建設予定地での資材調達やコスト計算、それ以外にも人口の収容における申請など殆どの内容が完了していた。未記入なのはアリサの署名する部分だけ。まさかとは思うも恐らくは何も答えてくれる事は無いのだろう。
あまりにも当たり前の様にここに居るのに、大半の事までもが完了しているなんて事は想定外だった。
「……ありがとうございます。助かりました」
「リンドウさん程じゃないから気にしないで良いよ」
このやり取りが一体何を指しているのか当事者の2人にしか分からない。詳しい関係性は分からないが、何か特別な絆がある事だけはカウンターに居た誰の目にも明らかに理解していた。
以前に話しいたアリサの恋人が恐らくは目の前にいる当事者なんだろうと北斗は一人考えていた。