リンドウの捜索を開始してから既に3日が過ぎた。
当初は現場を見て色々な可能性と行動予測範囲を検証しつつ、想定出来る所はしらみ潰しに捜索するも一向に見つかる気配が感じられない。
現場検証で分かった事実は一つだけ。現場で確認出来たおびただしい血痕と破片の様な物が飛散していたら事から、リンドウのP53アームドインプラントは破壊か、若しくは捕喰されており、現在は生存確認のビーコン情報が読み取れなくなっていた。
最悪、このままではどうなるのはゴッドイーターであれば誰もが知っている予測通りの結果となるが、以前手がかりは見つかりにくいままが続く。
幸いにしてまだ死体らしき物とは遭遇していない事だけが唯一の救いだった。
エイジが原隊復帰する事で第1部隊は凍結が解除され、ようやく日常を取り戻しつつあった。
「アリサの面会が可能になったみたいだよ。ミッションの後に行ってみないか?」
受注したミッションは思いの他簡単に終わり、時間にもゆとりが出来た関係でコウタと二人医務室に向かおうとした時に、後ろから厳しくも聞きなれた声で呼び止められた。
「コウタ。お前の出した報告書だが、あれでは話にならん。もう少しまともに書け。あれでは上には出せないぞ」
ツバキからの厳しく、あまりありがたくないお言葉。
思い当たる節が有ったのか、コウタを見ると残念な位に落ち込んだ表情をしている。このままでは医務室どころか確実に深夜までかかる事だけは確実だった。
しかしながら、この状況を打破できる根拠も気概もない。エイジも自分の分は直ぐに提出するが、他の人間の報告書まで手伝うつもりは無い。
「エイジ。悪いけど一人で行ってきてくれるか?多分、今日はもう無理だ」
エイジにそう言い残し、コウタはまるで刑罰が決まった被告人の様に重い足取りで自室に向かっていた。あの調子だと深夜所か明日までかかる可能性も否定出来ない。
気の毒とは思いつつも、今まであの報告書でよく何も言われなかったのかが不思議でもあったが、おそらくはツバキがフォローしていたが、改善の兆候が無かったのか、流石に堪忍袋の緒が切れたのだと本能的に判断した。
ゴッドイーターの業務は単にアラガミを討伐するだけではなく、今後の情報収集も兼ねて、出現した内容や討伐の内容など、色々と細かく記載す必要がある。
普段のデータの蓄積が最終的にノルンに記載され、今後の為に役立つ事になる。
そう考えると適当な内容では今後に大きな影響を残す可能性がある。
どうひいき目に見ても、今のコウタには残念ながら同情の余地は無かった。
そんな事を考えつつ歩いていると、いつの間にか医務室の近くまできた。丁度部屋から主治医のオオグルマが出て来た直後だった。
「見舞いかい?さっき届いた鎮静剤が効いているから、まだ眠ったままだ」
そう言われてなのか、開いたドアから覗けば確かに眠った状態となっている。しかしながら、このまま帰るのも何だと思いせっかくだからと医務室の中に入る事にした。
医務室は誰も居ないのか、それとも見舞にも来ていないのか殺風景な雰囲気だけを残し、ベッドの上でアリサはただ眠っている。
元々錯乱してただけなので、特に目立った外傷もなく、傍から見れば本当に問題があるのかと錯覚すら覚える様な寝顔だった。
不意にアリサの手がベッドから零れ落ちるかの様に出たので、エイジは戻そうと手を触った。その瞬間に何かが強引に脳内に映像を送り付けた様な錯覚が走った。
「もういいかい?」
「まあだだよ」
小さい子が何かの中に隠れてかくれんぼをしている風景。
明らかに自分ではなく、だれかの視点から見ている様な。それでいてまるで映画か何かを見ている様な第三者的な感覚が頭の中に広がり視覚情報として広がる。
そこにはただ仲の良い親子が遊んでいる様にも見えた。微笑ましく思った矢先に空気が変わり、状況が大きく一転する。
「アラガミが来たぞ早く逃げろ!」
誰ともなく叫ぶ声。慌てて逃げている人々の中に、その子の親とも言えるべき人が目の前でアラガミに頭から食われ絶命したのだと唐突に理解していた。
アラガミが食べているのは間違いなく先ほどまで人間であった物。
まるでそれが当たり前だと言わんばかりの行為と共に、口から血がヨダレの様に溢れてるいるのか滴り落ちている。
それと同時に声にならない悲鳴が頭の中に鳴り響く。
これは一体何だと考えている間に、いつの間にか場面が転換していた。
先程とは打って変わって、何かの施設内で映像を見ながら何かをぼんやりと聞いている様子。
その声は最近どこかで聞いた記憶のある声。まるで脳の内側を舐めるかの様に一言一言がこびりつき、その声に逆らう事が出来ない。
「これが憎いアラガミ達だよ」
「これがアラガミ?」
「そうだ。君の両親を殺した憎いアラガミだよ」
目の前に見せられたのは何かを映した画像。そこには先ほどの両親を食べたアラガミではなく、何故かリンドウの写真が出ていた。
「アラガミを倒す時にはこう唱えるんだ。アジン」
「один」
「ドゥバ」
「два」
「トゥリー」
「три」
その言葉を口にしつつ、一つ一つ脳裏にゆっくりと時間をかけて記憶させる様に脳に刻み込んでいく。そんな場面を見ていると、視界はやがて白く染まった。
気が付けば長い時間が経過していたかと思われたが、時間にして約数秒だと気が付いた。触っていたはずの手に動きが出たのか、本人を見ると眠っていたはずのアリサの瞼がゆっくりと開き、目覚めていた。
「貴方は確か…」
その瞬間、背後で人の気配が大きく動く。振り返るとそこにはオオグルマが驚愕の表情と共に慌てて医務室から飛び出した。
慌てて出たのか、それとも動揺していたのか周りには一切気を使う事も忘れていたのか、微かに声が聞こえる。
「まさか目が覚めるとは。感応現象の影響……このまま隔離した……分かりました」
言葉の端々は聞こえないものの、どこかに電話してたのが徐々に聞こえなくなって行った。その単語の中には隔離と言った不穏な言葉が随所に聞こえる。
その瞬間に先ほど見えた映像、そしてその会話、あの視線の謎が一気に理解できた。
あれは医者なんかじゃない。まるで実験用モルモットを見るかの如き研究者の視線。
治療とは名ばかりの行為で実際には患者ではなく、実験の被験者にしか過ぎない。エイジの思考が怒りで真っ赤に染まりそうになっていた。
おそらくアリサは高度な洗脳技術を施されている。そう考えるとあのミッションは全てが疑惑となる。
しかしながら、今のエイジの立場ではどうしようも出来ない。垣間見た記憶だけでは証拠にはならず、相手が誰なのかすら分からない以上、誰にも相談出来なかった。
仮にこの場に無明が居れば相談出来るが、普段はアナグラに顔を出す事は稀である以上、頼る事も出来ない。
この件を目覚めたばかりのアリサに伝えるのは色々と拙いとしか今は判断できない。仮に知った場合にどんな行動を起こすのかすら想像出来ない。
今後の事でエイジは思考の海に潜っていた。
「……あの、手を」
誰かの呼ぶ声と共に思考の海から引き上げられ、気が付けばアリサは真っ赤な顔でエイジに何かを言いたげだった。
「ご、ごめん。いつまでも握ってたみたいだ。嫌だったよね」
慌てて手を放すが、この後に言われる言葉は辛辣な物に違いないとエイジは心の中で身構えていた。
「い、嫌じゃありませんが、恥ずかしいと言うか何と言うか」
二人を今見た人がいるならば、言葉こそ無いがこれから愛の告白をするかの様な真剣な雰囲気。視線に意識は向いていないが、今のエイジはアリサの顔を凝視している様にも見えた。
見知った人であれば、驚きに満ちた現場となっていた。
この状態に漸く気がつき、二人とも顔を赤くしたまま沈黙が長く続いたかと思われた。
「き、今日は何も持ってきてないから明日、見舞いの何かを持ってくるよ」
動揺を隠しきれず、慌てふためいた状態で自己弁護するかの勢いで話す。
普段の人となりを知っていれば、おそらく今までに見たことも無い様に顔を赤くし、動揺を隠しきれていない事がハッキリと見て取れた。
「とりあえず、みんなには目が覚めた事を伝えておくよ」
「は、はい」
言い逃げるかの如き勢いでエイジは医務室を出た。しかしながらオオグルマのあの言葉と今までに聞いたことの無い感応現象と言う名。
そしてその垣間見たアリサの記憶。色々な事が一度に起き過ぎた為に思考がまとまらない。
まともな考えならば、この時点で首を突っ込まず静観した方が良いはずだが、先ほどの映像が脳裏から離れない。
それを解決する方法は一つ。知っていると思われし人間に聞くのが手っ取り早い。そう考えエイジはラボに足を運んだ。
「榊博士、今少しだけ時間をよろしいですか?」
「エイジ君か。一体どうしたんだい?」
「参考にお聞きしたいんですが、感応現象って何ですか?」
その言葉を発した瞬間、榊の顔色が少し変わるのを見逃さなかった。
ここから想定できる事は碌な事ではない。そう思いつつ、少しだけ相談したことを悔やんだ。
「一体誰から聞いたのかな?それはまだ研究途中の話で一部の人間しか知らない話なんだが?」
ここまで言われて初めてエイジは自分の短絡的思考を悔やんだ。
今の状態であればアリサの事を話す事になるが、万が一榊博士が今回の事件の黒幕と仮定すれば、もはや犯人に対して直接確認するのと同義になる。
だからと言ってその事を隠して説明する事も出来ず、このまま撤退する事も不可能だった。
「実は、先ほどアリサの見舞いで……」
流石に見た記憶は話す事が出来なかったが、最低限の事を伝えると榊は何かを考える素振りと共に話出した。
「実は感応現象に関しては、現在研究中でね。新型神機使いでしか確認されていないんだけど、この件に関しては本部でも実験したんだが、肝心の現象が起きていないから検証のしようが無くてね。出来る事ならもう一度やってもらえないだろうか?」
想定していた答えではなく、榊博士自身さえも確認できない現象。肩を落とし若干落ち込み気味のエイジに、榊はお願いするかの様に肩に手を置いた。
「悪いけど、もう一度やってもらえないかな?」
「え?」
先ほどのオオグルマの目とは違う、まるで新種の実験動物でも見つけたかの様な眼差し。今度は違う意味で拙いと判断し、何とかその場を誤魔化し逃げる事にした。