「まさかこんな事で再びフライアに来るなんて…ジュリウスはこの事実をどう考えているのかしら?」
北斗達の特務に関して準備をしていると、先ほどまでの話をどこから聞いたのかユノが出発用のヘリの前で仁王立ちしていた。特務は基本的には極秘ミッションの為にその存在すらしらないままに実行される事が多く、その結果として内容そのものも公言を憚る様な内容が殆どだった。
当初はなぜこんな所に居るのかすら理解していなかったが、ユノも今回の件に関して色々と調べていた結果、その情報はサツキからもたらされていた事が発覚していた。今のユノの表情はいつもの穏やかな表情とは違い、少し怒りが滲んでいる様にも見えていた。
「ユノさんは非戦闘員なので、万が一の事を考えて我々の指示が無い限り最後尾で待機して頂きたいのですが、それが守れますか?でなければ我々としてはユノさんの心情は理解しますが、この任務に関してはユノさんは当事者ではありません。
厳しい言い方になりますが、万が一の際にはフライアが戦場となります。そうなれば出来るだけ身を護るつもりではありますが、それ以上の状況になった際には我々が処分を受ける事になります」
恐らくはユノは付いて来るつもりなんだろう事は察する程度には北斗も理解していた。今回の任務に関しては黒蛛病患者の奪還が最優先ではあるが、神機兵に利用されているのであれば、妨害される可能性は高く、そんな所に非戦闘員を連れて行くのは作戦上どう考えても愚の骨頂とも言える行為だった。
「それは私も理解しています。北斗さんの指示には従いますので、お願いします」
頭を下げられはしたものの、ここではユノの立場はVIPと変わらない。北斗の一存で決めて良い様な内容ではなく、また万が一の際には責任の所存は極東支部へとなる可能性が高い。敢えて厳しい条件を出したつもりではあったが、今のユノは梃子でも動かないつもりな事も理解していた。
「榊博士からの許可が出ました。ただし、戦闘に巻き込まれる可能性がある為に細心の注意を払って貰う事が条件となります」
このままでは何もで居ない可能性が高いからと、北斗は榊へ連絡を入れていた。今回の件に関しては建前としては安全が確保されているはずではあったが、既に研究者としてのレアを排除している時点で何かしらの反応があるのは既定路線に沿ったものであると考えられていた。
どんな形で患者を利用しているのかは不明であっても、確実にそれが今の神機兵に利用されているのであれば、最悪の場合は実力行使となり現段階でフライアそのものに戦闘する手段は一つしかない。
となればそれがどんな結果を生み出すのかすら容易に想像出来ていた。
「分かりました。ありがとうございます」
「これは推測になりますが、今のフライアには戦闘手段が唯一と言える物しかありません。最悪の場合は神機兵が我々と対立する可能性がある事を忘れないでください」
最悪の事態を想定するのであれば、北斗の忠告はあるい意味当然とも考えられていた。神機兵がどれ程の戦力になるのかユノは知らなくても北斗達は良く知っている。これから行く場所を考慮すればその結果はある意味当然とも取れていた。
「って事で、ユノさんの同行が認められたから、皆も頼んだ」
先ほどのユノに対する忠告とは違い、今はこれからがある意味では厳しい物になるであろう予測はしていた。神機兵が相手とは言えジュリウスが教導している以上、それはジュリウスの対決とも考える事も出来る。
もしそこにジュリウスの影を見た事によっての戦力の低下は避けたいとの思惑から、北斗も敢えてそのことを口に出していた。
薄暗い神機兵の保管では誰も居ないにも関わらずガイダンスが何かを告げるかの様に流れていた。それは侵入者を排除する為なのか、それともこの場に居る職員に対する警報なのか、それを確認する術は無いが警報と共に無機質なアナウンスが保管庫の内部に広がりを見せていた。
「これは一体…」
「これって……酷いよ」
シエルとナナが一番最初に目に留まったのは黒蛛病患者と思われる人間がガラスの様なケースに入り、まるで何も無かったかの様に眠っている光景だった。レアの言う様に患者の何かを利用しているのであれば、それは治療の為のケースではなくむしろ何かを取り出す為の保管庫の様にも見えていた。
「お前達、そこから離れろ。勝手な真似は許さん」
声の持ち主が今さら誰なのかは確認するまでもなくジュリウスその人だった。本来であれば懐かしい対面ではあるものの、お互いの立場とこの場に来ている状況がそんな空気を作る事はなく、まるでただの侵入者に対する警告の様にしか聞こえなかった。
「ジュリウス。これは一体どう言う事ですか?我々は説明を求めます」
シエルの鋭い声が音の発生源でもあるスピーカーへと向けられる。既にこの空気は和やかな物では無く今にも火が付きそうな鉄火場の如き重苦しい空気が漂っていた。
「特に説明する必要はどこにも無い。今直ぐに極東支部へと帰るのであれば穏便に済ますつもりだ」
「穏便にってどう言う事だ」
ジュリウスの言葉にギルが反応する。本来であれば穏便にの言葉が出ている時点で敵対しているのと何も変わらない。ましてやこの光景はどう贔屓目に見ても非人道的なな措置である事は誰の目にも明らかだった。
「このまま帰る訳には行きません。……ジュリウス、貴方のやっている事は明らかに非人道的な物でしかありません。私達は……今回の件を全て明るみにし、極東支部やフェンリル本部に通告しその是非を問います。もちろんそれが神機兵の開発が中止になったとしてもです」
北斗達の背後にいたはずのユノが現状を見たからなのか、厳しい非難の言葉を向けている。しかし、その表情は決して怒りにまかせた物では無く、どこか悲しげな表情でもあった。
「ジュリウス、最後に一つだけ教えて下さい。サテライト拠点の人達の為に尽力を尽くし、極東支部の人達と一緒にやってきたあの態度は嘘だったんですか?」
今までの事を思い出していたのか、ユノの目に光る物があった。初めてサテライトを見た日から今に至るまでに、何度も支援の現場に足を運んだり、そこに住まう人達との交流をしていた事が思い出されていた。
しかし、今目の前に拡がるその光景はあの時の様な雰囲気は一切無かった所か、その人達をまるでただの部品にでもしたかの様な光景しかない。あれ程献身的と言えるまでやってきた行為をひっくり返す様な言動がユノには信じられなかった。
「その件に関しては答える義務は無い。もう一度警告する。この場から即刻立ち去れ。それが出来ないのであれば全力で排除する事になる。仮にフェンリルの戦力を投入したとしてもだ」
ユノの言葉はジュリウスには届く事は無かった。既に2度の警告により、今まで鳴り響いた警報が更にけたたましくなる。これ以上この場に留まるのは危険だと判断せざるを得ない状況になり始めていた。
「これ以上この場に居るのは拙い!ユノさん、これ以上の説得は無駄だ!この場から退避するんだ!」
警報が変わった事だけではない。既にここに何かが投入される準備が整ったのか横の扉がゆっくりと開きだす。その先には今までに何度も見てきた神機兵の姿がそこにはあった。
「北斗、このままでは危険です。今は神機兵を食い止めましょう」
シエルはすぐさま銃口を神機兵に向けると同時にすぐに牽制の為に発砲していた。
「やっちまったな」
「今さら後悔しても始まらないぞ」
牽制したまでは良かったものの、やはりジュリウスは有言実行とばかりに神機兵をそのまま投入していた。初見であれば苦戦する可能性もあったが、これまでに何度もその動きを目にしていたのと同時に、マルドゥーク戦では共闘している事もあってか、想定外の行動を起こす様な事は無かった。
しかし、その巨体から繰り出される重々しい一撃と高火力な射撃は油断する訳には行かない。万が一の状況ではユノにまで攻撃が届く可能性がある。そう考えると目に見えない枷が煩わしいとまで考え出していた。
「ユノさんは最後方まで退避!全員攻撃の位置に注意して戦ってくれ。相手は1体だが油断はするな!」
北斗の激しい指示と同時に各自がそれぞれの位置取りを考えながらに散開していく。神機兵だからと構えれば何かしらの制限が付く可能性があったが、今は神機兵ではなくただのアラガミと変わらない様に意識を変えたまま戦闘が始まっていた。
アラガミとは違うのは特殊な攻撃が一切無い事と同時に、ここで今まで極東での教導カリキュラムの効果が発揮されていた。神機兵はその名の通り、人間の形で作られている為に、その行動原理や関節の稼動領域はそれに近い。そうなれば単独で攻撃するよりも全方向から一気に攻撃した方が効果的である事は言葉に出さなくても直ぐに理解していた。
「これならエイジさんとやってた方がまだ厳しいぜ」
ギルの言葉が示す様に、対人戦闘は結果的には全員が受けていた。当初はナナが渋る場面もあったものの、今ではそんな事すら関係無かった。キッカケは屋敷での無明と北斗の戦闘訓練ではあったものの、やはりその恩恵は絶大な物だった。
神機兵の大ぶりな刃は動きこそ早いが軌道が読みやすく、一旦振り下ろせばどこに向かっているのが直ぐに読めていた。その為に神機兵の攻撃の始動が見えた瞬間ギルはその先の行動を予測しながら神機兵の懐へと入りこむ。渾身の突きは腹部に命中した事から、神機兵は大きく怯んでいた。
「ナナ!膝裏を狙え!」
北斗の指示がナナへと飛んでいく。既にブーストラッシュの態勢が出来ていたのか既にハンマーの後方は炎で揺らめいている。そこから先は指示する必要はどこにも無かった。
「吹っ飛べ!」
ナナの渾身の一撃が神機兵の膝裏に叩き込まれると同時に、関節のパーツが損傷したのかバランスを大きく崩し、その場に倒れる。この時点で各々が何をするか決める必要はどこにも無く、目の前に倒れた神機兵に対して最大限の攻撃を仕掛ける事にしていた。
「このまま決めるぞ!」
北斗の言葉に全員が一斉攻撃を開始する。全員のブラッドアーツを放つべく、それぞれの神機が赤黒い光を帯びながら倒れている神機兵に襲い掛かる。態勢を整えて立ち上がろうとする神機兵に対しては、その都度バランスを大きく崩すべく、両足の関節の部分を念入りに破壊し、その場から立ち上がる事さえも許さない程に、渾身の一撃は次々と神機兵の装甲の脆い部分へと入って行った。
既に神機兵の装甲は各所の大きな皹が入ると同時に一部のパーツが剥がれ落ちている。既に破壊されるのは時間の問題だった。
「サツキ聞こえる?予定通り患者を搬出しましょう。突入して!」
ブラッドの戦いはまさに一方的とも言える内容に、これならばとユノは待機させていたサツキに指示と飛ばしていた。今回の一番の任務は搬送された黒蛛病患者の奪還。その為にはフライアで起こるであろう戦闘能力をどうやって無力化するかが一番のポイントだった。
当初は数に物を言わせた物量作戦を展開される可能性もあったものの、やはり神機兵のキーとなる黒蛛病患者がいる事で、容易に戦う事は制限されていた。結果は賭けに勝った事から、サツキ達の別働班が直ぐにかけつけ罹患しない様に、細心の注意を払いながら次々と搬出を始めていた。
「まさか……まずは一旦極東支部に戻りましょう」
帰投のヘリの中の空気は重々しい物だった。神機兵を完全に破壊したまでは良かったが、まさか追加投入されるとは思っても無かったのか、別の方向から来た神機兵がユノめがけて襲い掛かっていた。
搬出の作業がほぼ終わっていた事が功を奏した形となっていたからなのか、結果的には人的な被害は全く出ていなかった。しかし、残されていたのがアスナだった事から、ユノは感染用の防具も無いままにそのままケースから搬出した結果、一つの可能性が考えられていた。
接触感染による黒蛛病の罹患は100%の可能性を示すと同時にその致死率もまた罹患率と同様の結果をもたらしているのは過去の事例を見ていれば明らかだった。
結果的には全員の搬出は出来たものの、まさかのユノの罹患の可能性は帰投のヘリの内部の空気を重苦しい物に還るには十分すぎる内容だった。
「榊博士。ユノの様子は?」
「…君達が思っている結果の通り、陽性反応が出ている。我々としても、今の所はこれが治す事が出来る治療の手段は持ち合わせていないんだ。何とか進行を遅らせる様な物は投与できるが、これもどこまで対抗手段として使えるのかは、未だ未知数なんだよ」
榊の言葉はブラッドの全員が予想した通りの結果だった。陰性になる可能性があるとすればほんの一瞬触った程度なのかもしれないが、ユノはアスナを抱きかかえて運んだ為に、その可能性を否定出来る根拠は何も無かった。
だからこそヘリの内部には重苦しい空気が流れていたが、未だ解決の道が開かれない病気は現状では最大級の脅威となっていた。
「みんな。私の事はそんなに心配しなくても平気だから。あの場では他に手段は無かったんだし、私だって今は後悔してない。それよりも今はフライアに対しての抗議の方が先決だと思うの」
罹患した人間が気丈に振舞う以上、北斗達はそれ以上の言葉をかける事が出来なくなっていた。現時点で隔離されるのは勿論の事だが、これがいつ急激に発症して命が終わるのかは身体に浮かぶ蜘蛛の様な痣だけが知っている。ユノの気持ちを汲んだのか、今はただ一人にすべく全員が医務室から出ていた。