ジュリウスとユノによって作られた終末捕喰はユノの特異点化を確かな物にする為の措置として全世界に映像を流した事により、後日フェンリル全体での対応に追われる事になっていた。
前回の終末捕喰の様に秘匿された物ではなく、むしろ積極的に開示した事によってフェンリル得意の隠蔽工作以前の状況もあってか内部で人知れず混乱している。
市民の反応は各地によって様々ではあるものの、映像だけでは分からない部分をクローズアップする事で、結果的には特定の情報を加工する事によって受け止めるニュアンスの変更が功を奏したのか、事態の鎮静化を図る事に成功していた。
「しかし、フェンリルは相変わらずですね。まさか容疑者から一転して救国の英雄の様な位置づけにするなんて。……とは言っても、今はそうする以外には手段が無いのもまた事実なのはどうかと思うんですが」
サツキの若干棘がある言い方に、相変わらずであると考える人間は3年前の事情を知る者からすれば、呆れて物が言えないと思えるのは仕方ないとまで思えていた。当時は極東支部の一部だけに留まったものの、今回は映像とその全容までもがバッチリと公開された為に、当初は批判の嵐であると予測したフェンリルの上層部は、すぐさま今回の件についての公式発表と同時に、現在に至るまでのカバーストーリーを発表していた。
人類が救われ安堵した瞬間を狙ったのは、時間の経過と共に批判の声が高くならない為の措置でもあった。
「でも、結果的には良かったからそれ以上の事は良いんじゃない?」
「ユノがそう言うなら、私はそれ以上の事は言わないんだけど、でも良い様に使われるのは癪なんだと思うんだけどね」
この時点では当初はジュリウスとユノに責任を被せ、そのままスケープゴートにする案も存在していた。一番やり方としては姑息ではあるが簡単でもあり、それが尤も効果的であるとまで考えられていた。
しかし、そんな状況をどうやって知ったのか、極東支部からの案として今回のカバーストーリーが作られると同時に、その公表のタイミングと責任者の追及をどうするかへと議論を少しづつ誘導していた。
「サツキ。命が惜しいならそれ以上の言葉は出すな。結果論ではあったが、今回はユノが魔女裁判にかかる可能性もあった。それが嫌ならこれ以上の事は口にしない事だ。今回の件に関しては既に本部でも緘口令が敷かれている」
無明からの声で流石のサツキもそれ以上の事は言えなくなっていた。事実として、カバーストーリーと今後の事に関しての計画を立案し、それを上層部に飲ませたのが無明である以上、改めて秘匿事項が増えた事だけを理解していた。
既に終末捕喰の跡とも取れる物は『螺旋の樹』と命名され、現在は極東支部の近隣10キロ圏内であればどこからでも見える程の位置にあった。
「ジャーナリズムを前面に押し出すだけが能じゃない。事実、全ての情報開示が正しい訳ではない事位は理解出来るだろう。時には優しい嘘が必要になる場合もある。人間誰もが清廉潔白を貫ける世の中では無い」
「そ、それは……」
続けざまに発せられた言葉にサツキは背中に嫌な汗をかいていた。清廉潔白が全て正しいとは限らない事をサツキとて理解している。事実、ネモス・ディアナでもギリギリの所でマルグリットの生命の灯が消える直前に黒蛛病が消滅した事で生きながらえる事に成功していた。無明の言った言葉は暗にその事実を指していた。
ただでさえ使い捨て同然に自分達の利益の為だけにゴッドイーターが使われていたと知れば、今までユノとサツキが苦労して築いた物が一瞬して瓦解するだけではなく、今まで築いた印象が一瞬にして反転して襲い掛かるのは間違い無い。勿論そんな事も重々承知したからこそ、無明の言葉に対しての反論が出来なかった。
「しっかしまた終末捕喰を目にするとは、俺達も早々こんなケースは無いだろうな」
全世界に中継され、お互いの終末捕喰が発動された映像は本部にいたリンドウとエイジ、ツバキも同じだった。奇しくも3年前の当事者でもあったリンドウとエイジは驚きよりもよくやったと言った感覚が強く、またそれと同時にその場に居なかった事が悔やまれていた。
本部でもその内容に関しての情報を得はしたものの、あまりにも大胆なその計画に対し上層部と一部の上級職にだけ通達が出ていた。本来であればツバキの下には情報が届く事は無いはずだったが、やはり今回のフライアの件のフォローも含め、無明からの提案をツバキを介して提案した事から、極東支部が取る作戦群の全容は確認していた。
勿論、通信によるアリサからの情報も同じであった事から、本部としては既にこのカバーストーリーをそのまま継続する事もエイジ達は知っていた。
「確かに終末捕喰をこの目でそうたて続けに見るなんて考えても無かったですからね。多分上は大事になってるんじゃないですか?」
「今回はカバーストーリーの発表のタイミングまで指示が出ている以上、それほど混乱はしてない様だな。しかし、よくもまああんな無茶な計画を実行するもんだと関心したぞ。確かにらしいと言えばらしいがな」
エイジの言葉にツバキがため息交じりに現在の状況を口に出していた。最悪の展開で本部の肝入りとも取れる部隊の離脱からの敵対。そして人類滅亡とも取れる内容はフェンリルだけではなく全世界にも激しい動揺を呼び起こす。それもまた3年前に学んだ結果とも取れる内容だけに、リンドウもエイジもそれ以上の事は何も言わなかった。
「って事で、俺達はまた新種の索敵としゃれこむか。ここまで来て手がかりがまだ殆ど無いのは困るからな」
今回呼ばれた最大の要因は新種の討伐及びデータの採取に2人は難航していた。本来アラガミは知能が然程高い訳では無く、また個体の大きさから言っても完全に隠れようとする事が出来ず、その結果として生息している地点等が容易に分かっていた。
しかし、今回の対象となるアラガミは今までの討伐内容からしても、ありとあらゆる系統に入る事が無いのは事前の調査で確認されていた。にも関わらず痕跡しか現在は見つかっていない。
これだけ捜しても見つからないのであれば、余程小さいのか知能が高いのかのどれかでもあった。
終末捕喰がつつがなく進行し、結果的には被害は殆ど無い結果に終わったのは、まさに奇跡としか言い様が無い事実に、榊は珍しく興奮していた。科学者の性とも言える客観的に事実に対し、あまりにも不明瞭な内容の作戦は終始綱渡りをしたままだった。
最悪はどちらに転んでも終焉を迎えうるのは間違い無く、ただそれがジュリウス元でなのかユノの元でなのかの違いでしかなかった。しかし、以前にブラッドにも説明した良き友人と言わしめた当時の第1部隊のメンバーと同じく、諦める事をせずもがき苦しみながらに出した結果が良い方向へと転んでいたのもまた事実だった。
「やはり、人間とは常に進化すべき生命なのかもしれないね。出来る事ならこの光景を一緒に見たかったよ」
既に故人となったヨハネスとの当時のやり取りを思い出す。ペシミスト過ぎたが故に起こした事件と今回の起きた事件は結果的には同じ事ではあるが、その中身とも言えるアプローチは正反対とも取れていた。
人為的な物なのか、それともこの地球の意志なのか、螺旋の樹に飲みこまれた事でラケルを捜索する事は困難でもあると同時に、自身が発見したP73偏食因子との因果関係がどんな物なのかも調べたいとも考えていた。
「あら、珍しいですね。普段はそんな感傷的になる姿は拝見した事はありませんが」
「いや、今回の感応現象は正直な所、僕も感動したんだよ。まさかあんなに素晴らしい結果が出るのであれば人間もまだ捨てたもんじゃないとね。出来る事ならば当時のヨハンにも見せたかったよ」
弥生が居た事を失念していたのか、感傷的な榊の姿を弥生は初めて見ていた。科学者は冷徹ではなく冷静でなければ目の前の事象の解析は出来ない。フェンリル内部でも天才と呼ばれた榊ではあるが、やはり今回の結果に関しては何かしら考える部分が存在しているのだと弥生は考えていた。
「それもなんだが、無明君のカバーストーリーはいつ考えていたんだい?」
「当主の考えを私如きが知りうる事は有りません。ただ、この決戦の前には既に出来上がっていたのではないかと思います」
あまりにも早すぎた行動ではあるが、問題なのはその内容。知らない人間からすればこれ以上の事はあり得ないと思える程に、真実と虚構が入り混じっていた。
全部が虚構で無い以上、その線引きが出来るのは当事者だけ。しかし、その当事者と言えど、こうまで説明が出来るかと言えば、それは否であるのは間違い無かった。
既に公式見解として発表された以上、こちらに問い合わせが来る事は殆ど無い。だからこそ今回の件の事後処理は以前の物とは打って変わって穏やかな空気を醸し出していた。
「ジュリウスが少しでも安心できるように私達も頑張らないとね」
「そうですね。あの時の言葉は今でも胸の中にあります。ジュリウスは向こうで一人ですが、こちらは4人居ます。一人に負けない様にやるしかありませんね」
最終決戦とも取れた戦いから帰還した際に、既に内部の映像で結果を知っていたからなのか、ブラッドが極東支部に帰還すると同時に手荒い歓迎とも取れる程に祝福を受けていた。
特異点化したユノをガードすべく全員が一丸となって防ぐ姿は全世界に公表された事に
より、FSDの時以上に各地から違う意味で問い合わせは来ていた。事件の全貌に関しての問い合わせでは無い為に、既にFSDで鍛えられたスタッフは何の問題も無く返答している。
それが何に繋がるのかは現段階では予測できないものの、それよりもやり遂げた任務に対する達成感に浸りたいと、それ以上の事は誰も考えない様にしていた。
「で、北斗はどうしているの?」
この場に居るべき人物でもあった北斗はこの場には居なかった。一番の要因はジュリウスとの戦いの際に神機の限界を突破させた事によるデータの収集と、それによる検査が到着した瞬間に言い渡された事で、現在は技術班に軟禁状態となっていた。
今回のデータの有用性はもちろんではあるものの、一番の問題は神機の限界値を超えた事による弊害の確認でもあった。エイジの様に全身の力が吸い上げられる様な性能では無い為に、肉体的な損傷の心配は無い物の、それでもオラクル細胞の急激な変化に対する状況を確認し無い事には今後の運用にも多大な影響が出てくる。
事前に念は押されたものの、結果的には成る様になるだろうと言った軽い考えを持った事も、今回の状況を迎えた一因でもあった。
「今は技術班であの2人からデータ採取だ。多分、羽をやった時のデータが異常値を示していたらしい。本来ならば暴走する可能性もあったが、今回は神機の影響でそれからは免れたって所だな」
「ギルは誰から聞いたの?」
「ナオヤさんだ。北斗の神機の数値もどうやらモニタリングしてたらしいから、帰投直後に即技術班に直行だ」
ギルの言葉にやっぱりかと言った表情をシエルとナナは浮かべていた。あの一撃が無ければ戦局がどうなたのかは考えるだけも恐ろしい結果しか生まれてこない。そう考えれば身震いしそうな未来に2人は少しだけ考えるのを止めていた。
「多分大丈夫だと思うけど、念の為に技術班に行ってみない?やっぱり心配だし」
「そうですね。今回の件に関しては北斗の攻撃が無ければ今頃は私達はこの場に居ない可能性がありましたから」
普段の行動から考えれば褒められるイメージが全く無いのか、ナナの言葉にシエルも同調する。功績がある以上、怒られる様な事は無いとは思うが万が一の際には多少なりとも弁明した方が良いかもしれない。そんな考えの下、2人は技術班へと足を運んでいた。
「あの、北斗は居ますか?」
普段は来る事があまりない技術班にナナは少しだけ緊張感を持って入室してた。偶に神機の件で来るシエルはともかく、ここに来てから今まで一度も足を運んだ事が無いナナからすれば、ある意味未開の地に入る様な感覚で行動していた。
「ああ、ナナ。北斗ならもうすぐ検査が終わるから、少しだけ待っててくれない?」
緊張感で一杯だったナナの顔を見たからなのか、リッカは普通に話しかけていた。今回のミッションではあらゆる場面で激戦が繰り広げられた事もあり、結果的には技術班全員が野戦病院にでも居るかの様に片っ端から神機の整備の為に動き回っていたからなのか、この場にはリッカ以外の人影は見当たらなかった。
「あ、はい」
普段は来ないからなのか、すべてが物珍しいのか、ナナの視線は一つの所に留まる事無く色んな所をキョロキョロと見ている。まるで子供の様な視線の移動にシエルはほほえましくナナを見ていた。
「ナナさん。そんなに慌ただしく見なくても、何かあったらここに来れば良いのでは?」
「それはそうなんだけど、中々ここに来る機会が無いと言うか……ちょっと入りくいんだよね」
「そうですか?私も北斗も割とここに来ますが、皆さん良い人ばかりですよ」
ナナの言葉にシエルがフォローを入れるも、やはりここは気軽には足を運びにくいのか、ナナの表情は曇ったままだった。時間にして僅かではあったものの、そんな状況がいつまで続くのかと思われた頃だった。
「あれ?どうしたんだ」
「実は北斗を捜しに来たんです。ギルからはここだと聞きましたので」
その一言で北斗は察したのか、それ以上の疑問は出てこなかった。確かに任務直後にここに直行では心配したのかもしれない。そんな事を北斗は考えていた。
「今回の件は事前に聞いていたデータの採取だから気にする必要は無い。今回の件で今後の神機のアップデートがやりやすくなれば、今後の任務にも好都合だし」
「そうそう。今回のデータ採取は事前に話してあった通りの事を実行しただけだから、2人が気にする必要は無いよ。……それとも、何か気になった?」
北斗とのやりとりを見たリッカがにんまりとした表情で近づいてくる。何か弄りたいと考えていたからなのか、更に口を開こうとした時にナオヤの通信機が都合良く鳴り響いていた。