「まさか…こうまで…予想と違うとは」
肩で息をしながら北斗は現状を把握しようとしていた。
交戦してから5分。当初だけは互角の戦いではあったが、そこから数分も経過しないうちに、ブラッドの面々は一方的とも取れる程にキュウビに抑え込まれていた。
ギリギリの中での戦いであるだけではなく、携行品が殆どないままの戦いは肉体よりも精神を激しく消耗させる。精神的な負担は焦りを呼ぶ事によって冷静でなければならない判断を狂わせるのか、動きが一気に鈍くなる。
その結果として僅かな時間でありながらも既に手持ちの品は使い切っていた。
「北斗…大丈夫です…か?」
「何とかって所だけど、ナナとギルの様子は?」
想定外の速度はブラッドの予想を大きく裏切る結果となっていたのか、数度交戦した途端キュウビの周囲へまき散らすレーザーの一部が被弾した事で、即時散開したままだった。
既に回復の手段が無いだけではなく、僅かな声も聞き取る事から、お互いが近づき合わないと会話すら厳しい状況にまで追い込まれていた。
「今の所は問題ないはずです。がしかし、このままここで隠れている訳には行きません。そろそろ何らかの対処を必要とします」
シエルの言葉が全てを物語っているが、現状では通信する事で所在地を知られるのは悪手意外の何物でもない。
『直覚』によるアラガミの位置は捉える事が出来るが、そこからの行動をどうやって全員に伝えるのかがいかに難しいのは数分とは言え、交戦した結果でもあった。
「仕方ないか。シエル、俺が囮になるから全員に通信を繋ぐんだ。そうすれば現状からは多少でも挽回できるかもしれない」
「しかし、それだと北斗が」
このままの会話がどれ程危険な状況なのかは2人とも知っている。既にキュウビの意識はこちらを向き始めているのか、距離をジワジワと詰めているのがシエルには理解出来ていた。
このままではどうなるのかは考えるまでも無い。北斗が言う様に、誰かが囮になる手段しか方法が無いのかと思った矢先だった。
2人の場所から少し先で敢えて気が付く様に信号弾が上空へと打ち上げられる。それが何の合図なのかは直ぐに理解出来た。
「シエル、全員に対し回線を開いてくれ。クレイドルが到着したらしい。それと同時にクレイドルの場所も確認してくれ」
疲労だけでなく、既に交戦した結果なのか身体にはあちこちに傷が出来ているのか、服の破れた部分からは血が滲み出ているが、上げられた信号弾の存在が疲労を訴える身体の意識を遮断し、無理にでも身体を動かす。
信号弾が上がった以上、キュウビの意識は確実にそっちに向かうのはこれまでの交戦での経験から容易に判断が出来ていた。
「了解しました」
シエルに指示を出すと同時に北斗は疲れ切った身体を無理矢理動かし、周囲を確認する。北斗が予想した通り、そこにキュウビの姿は無かった。
「こちらクレイドル。ブラッド全員生きてるか?」
《こちらブラッド。全員無事ですが携行品は既に切らしています。現在は各々がキュウビを回避しながら警戒しています》
「良かった。ブラッドの分も用意してあるから、こちらが指示するポイントまで来てほしいんだ。現在はエイジとリンドウさん、ソーマがキュウビを索敵後交戦の予定をしているから」
シエルからの通信でコウタもまずは一安心だった。ここに向かう道中で色々と情報を整理すればするほど、今回のキュウビがどれほどの物なのかは交戦していないコウタにも予測出来ていた。
如何にブラッドと言えど、回復の手段を持たないままの交戦は時間の前後があったとしても最悪の展開しか予測出来ない。まさに、危機一髪の状況下で到着出来たのは正しく僥倖だった。
「アリサ、これからブラッドがこっちにくるから個別での装備品を渡してくれ」
「分かりました。全員分は既に準備済みです」
万が一の事を考え距離を取った状況が功を奏したのか、ヘリはダメージを受ける事なくそのまま離脱が可能となっていた。
本来であれば余計な荷物は邪魔以外の何物でもないが、既に簡易コンテナに搭載した物資は開封する事で遊撃と後衛でもあるアリサとコウタはブラッドが来るのを待っていた。
「全員クレイドルのポイントまで急いでくれ。キュウビはエイジさん達が交戦している。とにかく時間を最優先してくれ。シエル、俺達も行くぞ!」
「了解です」
北斗の言葉と同時に全員が一気に動き始める。
本来であれば警戒しながらの行動ではあるが、既に交戦しているのであればこちらが気を使う必要性は無い。それならばと全員がクレイドルの待機ポイントまで一気に駆け抜けていた。
移動しながらもキュウビへと意識を向けるとやはりクレイドルとキュウビが既に交戦しているのか、何度も戦闘音が鳴り響く。
ブラッドもアナグラでは精鋭部隊ではあるが、クレイドルと直接の戦闘能力を比較した事は無いが、やはり普段から教導で出ているエイジやリンドウの実力を考えれば、これから始まる戦いの結末の中に自分達が入れないのは歯痒い気持ちしかなかった。
「お~い。こっちだこっち」
北斗達を見つけたのか、コウタが手を振って知らせている。恐らくは窮地に陥る可能性を考慮したからなのか、コウタとアリサの隣にある簡易コンテナが何なのかが何となく予想出来ていた。
「皆さんの携行品一式です。これを装備して下さい。それと、これが偏食因子の簡易キットに、これがすぐに使う回復剤です」
アリサから手渡された回復剤を口に含むと、何となく何かが急激に回復した感覚がしたのか、既に当初の疲労感が完全に抜けていた。
この場所はあくまでもキュウビに感づかれない為の拠点ではあるが、決してベースキャンプする様な物では無い。既にコンテナが空になると同時に、それを畳むとその場に放置していた。
「ありがとうございます。俺達も直ぐにエイジさん達の所へ行かないと」
「その件ですが、現在の時点では私が遊撃、コウタが後衛になっています。ブラッドも交戦する事は既に計画の中に入ってますが、特に取り決めはありませんので、各々が各自で行動してほしいとの事です」
今回の特注品だったのか、回復剤の効果は直ぐに表れていた。今はまだ任務に入る間際の状態にまで回復したからなのか、先ほどまでの窮地に追いやられていた感覚は既に無く、これが最前線で培われた技術だと改めて感じ取っていた。
「……これ凄いね。さっきまでの疲労感が無かったみたいだよ」
「確かにこれはそうですね。これなら私達も再び戦えます」
ナナとシエルは驚愕すると同時に、今まで使っていた回復剤とは全く性質が異なる物資なのは理解できた。しかし、これが何なのかを今はじっくりと考える余裕は既に無くなっている。
全員の視線がまるで固定されたかの様に、今の戦場へと向けられていた。
「やっぱ前の時よりは格段に早いな」
「結合崩壊したままの放置ですから、ある意味では想定内じゃないんですか?」
ヘリでの移動の際に、今回のキュウビの現状がなぜ大きく変化したのかを事前に予測していた。
一番可能性が高ったのは、中途半端の状態が招くキュウビの更なる進化の可能性だった。いくら純血種だと言ってもどこかで捕喰行動を起こせば何らかの形で吸収される。
それが恐らくは今回の結果だとエイジは考えていた。
「あいつらにもちょっと良い所見せるか。ソーマ、エイジ、打ち合わせ通りで行くぞ!」
「了解!」
リンドウの合図と同時にエイジとソーマは回り込む様にキュビへと向かう。
先ほどとは打って変わってこれからが本番だとも言える速度で一気に距離を詰め、これが決戦だと言わんばかりに攻撃を開始していた。
三方からの同時攻撃はほんの一瞬ではあるが、キュウビの判断を迷わせていた。記憶にあるからなのか、キュウビはソーマとリンドウの事は無視すると同時にエイジに向かって全身の毛を逆立てるかの様に大きく威嚇すると同時に、これからそこへ向かうかの様に進行方向にまるで道が出来たかの様に黒い筋が浮かび上がる。
この黒い筋に見覚えは無いが、その行動パターンには記憶があった。
互いが対峙したのは既に日が沈んでからだった事もあってか、当時のこの攻撃のパターンは行動を見切る事が出来ないままに回避したが、今はその黒い道筋が見えるからなのかキュウビはそれが通り道だと言わんばかりに筋に沿って突進している。
これが初見であれば完全に回避する以外の方法が無かったが、今はそれが見えている以上、単純に回避だけするつもりは無かった。
キュウビがこちらへ向かうのを確認すると同時に、エイジも今まで以上に速度を出して走り出す。時間にしてほんの一瞬だけ交差した瞬間、キュウビの胴体には大きな赤い筋が出来ていた。
交差する瞬間、移動する際にギリギリの距離を見極めた事で黒い刃がキュウビの胴体を斬り裂きながら交差する。互いの速度が出ていた事もあってか通常よりも深手を負わせる事が出来たと同時に、エイジはそのまま行動を止める事無くキュウビと再び対峙した瞬間だった。
「このまま死ね」
移動した先で待ち構えていたかの様にソーマのイーブルワンはキュウビの頭めがけて凶刃を振るう。この一撃は完全にキュウビの意志の外から出された事により、僅かながらに反応が遅れたのか回避したまでは良かったが、完全に交わしきれなかったのか、キュウビの首筋に少しだけ斬りつける事が出来た程度だった。
バスターの大きな隙はそのまま反撃の格好の的となる。本来であればソーマの大きな隙はキュウビにとっては格好の的ではあるが、すぐ近くの存在がそれを許さない。
ソーマの一撃が大きく地面を抉った瞬間、リンドウの攻撃が三度キュウビに襲い掛かっていた。
「俺の事も忘れるなよ」
凄まじい程の速度で横なぎに飛ぶ斬撃はキュウビの反撃を許さない。危機管理能力が如何なく発揮されたのか、リンドウの一撃を大きく回避していた。
ソーマも再び態勢を立て直すと同時に3人とキュウビは距離を置きながら再び対峙していた。
「これがクレイドルの戦い方ですか……少なくともこうまでお互いの行動を読みあった攻撃は見た事がありません」
距離を空けながらもブラッドは現地に視線を向けながら同じく距離を詰めていた。
シエルの視線の先にあったのは先ほどのキュウビに対するクレイドルの流れる様な連携だった。まだシエルが入隊直後だったブラッドの連携も有用的に動いていたが、それに比べれば今見せた連携はまるで大きな生き物がお互いの行動を妨げる事無く自然に動いている様にも見えていた。
自分達も当時に比べれば連携に関してはスムーズになったと思っていたが、今の連携と比べれば雲泥の差だと思わずにはいられない。
それほどまでに自然に動いている様に見えていた。
「偶にミッションに行くけど、こうまでの連携は見た事無いな。これがクレイドルの戦い方なのかもな」
北斗も先ほどの場面を見たからなのか、不意に言葉がこぼれていた。
お互いの隙がどうやったら出るのかを理解しながらも攻撃の手は緩まない。恐らくは従来のアラガミであればソーマの一撃かリンドウの追撃でそのまま命を散らすが、キュウビは回避した事によってその能力の高さだけでなく、クレイドルの連携の隙の無さがハッキリと理解していた。
「俺達もああまで出来る様に研鑽すれば良いだけだ。クレイドルは極東一の部隊なら、目指す頂きがそこにある。要はシンプルに考えるだけだ」
「そうだよギルの言う通り。私達だって頑張ればやれるんだから!」
驚愕とも取れる内容ではあるが、同じゴッドイーターである以上、並び立つ事は不可能ではない。
今はただ眺めるだけではなく、同じステージまで自分達を昇華させる事が大事だからと再び気を引きしめながら4人はエイジ達の下へと再び走り出していた。
本来であれば1体のアラガミを討伐するにあたっては、こうまで部隊を投入する事はあり得なかった。
人員的な問題も去る事ながら、一番の要因は部隊間での実力差。
一方が格段に能力が高い場合、アラガミは弱い部分を責め立てる。結果的には討伐が出来たとしても最悪はどちらか一方の部隊が囮となる可能性が高く、その結果としては殉職率が上昇する可能性が高い事もあってか、実力差が激しい部隊運用は禁止されていた。
僅かな攻撃とは言え、今のクレイドルとブラッドではどれ程の差があるのかは口にはしないが、見た瞬間当事者には理解出来ていた。感応種相手では問題が無いと判断しても、やはり以前のマルドゥーク戦の様に純粋なアラガミ討伐ではクレイドルの方が力量が上なのは今に始まった話ではない。
だからこそ、目の前にある頂きはどれ程の高さなのかはブラッド全員が理解していた。
「アリサ。俺達も動くか」
「コウタ、キュウビの動きはかなり早いです。さっきのエイジ達の攻撃が完全では無いにしろ躱された以上、油断は禁物です」
少し距離が離れた場所からアリサとコウタも先ほどの連携を目にしていた。連携の速度に関しては今更驚く事は無いが、それでもあの攻撃を躱しきったキュウビの行動は警戒のレベルを引き上げるには十分過ぎていた。
「その辺は大丈夫だろ。今の攻撃でキュウビの意識は完全にエイジ達の方に向いているんだ。俺がやる事はキュウビの集中力低下だからな。アリサも前線に向かっても問題ないから」
「後衛は頼みました」
コウタの言葉にアリサは改めてキュウビと対峙しているエイジを見ている。
戦いが未だ序盤の中でもまだほんの少しだけ足を踏みいれたにしか過ぎないのは直ぐに理解出来ていたのかアリサもキュウビと対峙するエイジ達の下へと走り出してた。