「まさかそんな感応種が居るとはね……今後の対応を急ぐ必要がありそうだね。ヒバリ君、各チームの様子はどうなんだい?」
《現在はアラガミの進行が停止している為に各チームとも小休止状態です。原因は未だ不明なままですが、これを機に各チームとも一旦休息を取っています》
アナグラでは未だに新種の感応種にむけてのデータの整理と今後のリンクサポートシステムの反映の為の更新作業が続けられていた。
既にブラッドの手によって討伐されたコアは解析に回されて居る事もあってか、ラボでも榊の手が止まる事は一切無かった。
既に作戦が開始されてから10時間以上が経過している。このままではこちらのゴッドイーターの方が先に終わるかと思われる頃、突如として波が引くかの様にアラガミの進行がプッツリと止んでいた。
「そうか。すまないが各チームへの物資の手配を頼むよ。長期戦は免れないかもしれないが、こちらで観測できるアラガミの数はかなり減りつつある。後は彼らの奮戦に期待するしかないからね」
《了解しました。各チームへの物資供給は既に手配済みです。お互いの状況を確認しながら情報の共有化をします》
ヒバリの声にも僅かながらに安堵の色が見えていた。今回の作戦に於いては戦場だけでなくオペレーターとしても何かと消耗の具合は著しかった。
ヒバリとフランはまだしも、テルオミとウララに関しては初の実戦投入が最大の防衛戦となっている事もあってか、疲労の色が如実に見えていた。
「フランさん、ウララさん、テルオミ君お疲れ様でした」
「いえ、私の事よりもヒバリさんの方が負担が大きかったのではありませんか?」
これまでにも激戦をオペレートした経験が他の2人よりも僅かに勝っていたからなのか、ウララとテルオミ程消耗はしていないが、それでも疲労感が勝ったからなのかフランも今だけは珍しくソファーにへたり込む様に座っていた。
既にウララとテルオミに関しても声に出せる様な状況は当の前に過ぎたからなのか、今は口を開く事もなくただ座っている。
初めての実戦にしては余りにも緊迫するぎるこれは訓練とは比べものにならなかった。
「私はこれまでも何度かこう言った作戦の経験が有りますから大丈夫です。それよりも2人の方が…」
そう言いながらフランも横目で見れば確かに疲弊しているのが直ぐに分かったからなのか、それ以上の事は口にはしない。
今回の戦いに於いて未だ殉職が出ていないのはひとえに防衛班の指揮の上手さとそれをフォローしている事が最大の要因でもあった。
しかし、完全に無傷と言う訳でも無く、それでも負傷者が新人や上等兵を中心に出ているのはある意味では仕方ない部分があった。
「ぼ、僕の事よりもウララちゃんの方が…」
「私も…何とか大丈夫です」
口では大丈夫だと言っているが、精神的な疲労はそう簡単に癒される事は無い。いくらアラガミが今は襲ってこないと分かっていても、万が一の事を考えれば安易な事も出来ず、今出来る中で最大限の事をやるしか出来ない。
これまでの激戦で培った経験からヒバリは直ぐに行動を起こしていた。
「取敢えず今後の事もありますので3人は一旦休憩して下さい。これまでの行動パターンからすれば夜間の襲撃は無いとは思いますが、それでも万が一の事があります。今夜は交代で周囲の状況を見ますので、先に休んでいて下さい」
完全に終わった訳では無いからなのか、ヒバリは未だ緊張感が抜ける事無く画面を見据えている。現状では広域レーダーにアラガミの反応が無いからと既に現場でも休憩しているのはバイタルのデータから知る事が出来る。しかし、必ず来ないとは限らない以上、完全に気を抜く訳にも行かないのもまた事実。
そんな全体の目となる為に、ヒバリは未だ警戒を解かずにいたままだった。
「流石に今回の襲撃は堪らないね。何だか集団で襲い掛かる事に規則性も何も無いから気を緩める暇も無いってのは厳しいよ」
一旦はアナグラに戻る事も考慮されたが、今回アナグラまで戻るには些か不確定要素が強いからなのか、2台の戦闘指揮車を中心に、4つの部隊は2つになって休憩を入れる運びとなっていた。
これまでの情報として上がっているのは各戦場でも負傷者の数とその度合い。曹長以上ともなれば負傷者は少なくなっているがそれでも上等兵以下は数が多く、一部の神機使いはアナグラへと搬送される事になっていた。
既に今回の戦いに於いての物的な被害は未だ少ないが、これがいつまで続くのが分からない戦いは精神を摩耗する事になる。それが分かっているからこそ現地での確認が急務となっていた。
「でも、当初よりは負傷者の数は少ないですからやっぱりタツミさん達の指揮の効果は出てますよ。僕らだけならちょっと厳しい数字が出たでしょうから」
休憩に入ると同時に、数人が食事の準備をすべく運ばれた物資を使い準備を進めている。今回は人数が多い事もあってか用意だけでもそれなりの数に上るからなのか、準備にはこれまで以上に時間がかかっていた。
「しっかし、あのバーストモードがそんなにヤバいとは思わなかったから、あのままだとしたらゾッとするよ」
「そう?私としては有難かったんだけど、やっぱり近接型は違うのかしら?」
「恩恵は確かにあるんだが、万が一アラガミの手前で神機が動作不全になるとかなり拙いからな。その辺りの感覚なんだと思う」
タツミの言葉にジーナは何気なく状況を確認していた。今回のバーストモードに関しては近接型よりも遠距離型の方が一方的に恩恵を受けていた。
常時バーストモードであればバレットの威力も上がるだけでなく、弾切れにならない間隔が長くなるのか、これまでの中でも最大限に狙う事が出来ていた。
お互いの特性が大きく異なる為にそれ以上の事は何も出来ず、今はただ聞く事しか出来なかった。
「皆さん、とりあえず一旦は食事にしませんか。準備は出来ましたから」
アリサの言葉に情報の共有をここで一旦終えると同時に、今は少しでも体力を回復させる事を優先していた。
既に他の人間も食事にありついた事から、僅かに張りつめた雰囲気が緩んでいた。本来であれば直ぐにも食べたい所ではあったが、ここでタツミは一度確認すべく、エイジの方を見る。
この場にずっと居た以上、何もしていないのは分かっている。となれば誰が作ったのかをまずは確認してからの方が良いだろうと判断した結果でもあった。
「これってアリサが作ったのか?」
「私だけじゃないですよ。今回は有志で作りましたけど、流石にこの量ですからほぼ全部がコンバットレーションです」
「……そっか」
その言葉に何となく安心したのか、タツミはそのまま出されたスープを口にしていた。
暖かいスープが疲弊した身体に染み渡る。如何に今回の作戦が厳しい物なのかを改めて実感していた。今回の作戦で事実上の全精力を投入している以上、これ以上の人員の追加を望む事は出来ない。
既に負傷者は治療の為に運ばれてはいるものの、すぐに回復出来る様な状況はどこにもなく、このままではと嫌な未来だけが現実味を帯び始めている。
疲弊しているのは身体だけでなく心も同じだった。
「せめて原因が分かれば対策の立てようもあるんだけど……アリサ、榊博士は何か言ってた?」
「今回の件に関しては未だにハッキリと分からないそうです。これが通常でない事は分かっているらしいんですが……」
情報の共有化に於いて原因を探るのも一つの考えでもあった。既に先が見えない戦いは如何に強靭な肉体を持ったゴッドイーターとて消耗し続ける。
それがもたらす未来もまた分かり切っていたからなのか、タツミだけでなくエイジも口に出す事は無かった。
見えない戦いがこのまま続くかと思われた矢先だった。嵐は突如としてやってきた。
《エイジ、さっき聞こえた声はまさかとは思うが……》
野営をそのままに朝日が昇る頃、突如としてどこかで聞いた様な声が微かに聞こえたと思った瞬間、エイジの通信機からリンドウの声が響いていた。
既にその正体に気が付いたからなのか、早朝のテンションは既になく、そこにはいつでも交戦可能なままのリンドウが通信機越しに見える様だった。
「間違いないです。あれは……キュウビです。一度アナグラにも確認します」
以前に聞いた声は討伐したキュウビのそれだった。未だ距離があるからなのか、まだ耳を澄ます程度にしか聞こえてこない。
しかし、本来の移動速度を知っていればその距離は既にこちらへと一足飛びで接近出来る距離でもあった。
「ヒバリさん。広域レーダーにキュウビの姿は無いですか?」
《こちらでも既にキュウビはキャッチしています。キャンプ地からの距離であれば恐らくは時間はもう少しかかる可能性は高いです。既に全部隊にも同時に指令が出ています。クレイドルは一旦現状の部隊配置を廃棄し、新たな作戦に任務の更新を行います》
早朝にも関わらずヒバリの声は普段とは変わりは無かった。アナグラのレーダーにキャッチしている以上、ここから先は現状の勢力を変更しての討伐に入る。
その為に準備をし始めていた。
《緊急事態です。キュウビのさらに後ろにキュウビに似たような個体がキャッチしました。詳細は不明ですが恐らくは変異種の可能性が高いです》
ヒバリの声は何時ものアラガミの出現とは違っていた。本来であれば半ば絶望的な状況の様にも思えるも、敢えて冷静に話す事で現場の動揺を抑えている。
既にもう一体のキュウビの情報が流れていたからなのか、上級職の人間は臨戦態勢へと変わっていた。
「了解。ブラッドも一旦はαチームに合流する。こちらも既に引き払う準備は出来てるからすぐにでも行動に移す」
ヒバリからの一報はブラッドにも通達されていた。以前に瀕死の状況にまで追い込まれたキュウビとの戦いはブラッドにとっても最早因縁の相手。それが二体となれば確実にこちらも戦力として行動する事を最優先と考えていた。
「キュウビが二体ですか…」
「そうだけど、恐らくそのうちの一体は変異種の可能性が高い。俺達も一旦はαチームに合流する。詳細はそれからだな」
通信越しの状況は決して良い物ではなかった。厳しい戦いを余儀なくされるキュウビの討伐だけでなく、その後方にも同じ個体の変異種が接近し始めているのは既に尋常では無い状況だった。
北斗の通信を横で聞いていたシエルの表情が晴れる事はどこにも無い。再度あの戦いを繰り広げすのであればと言った考えも無く既に臨戦態勢へと入っていた。
「ギル、ナナ。俺達もαチームに合流する。あとはそこでの対応だ」
「あの時の雪辱戦って所だな」
「一気に決めるよ」
一旦合流し、情報の共有を終えたあと、ブラッドは少し離れた場所での警戒をしていた。感応種が出た場合真っ先に動く為にと離れはしたが、そんな事などお構いないなしとばかりのアラガミの動きはこちらの行動を読んでいる様にも思えていた。
既に簡易キットで組まれたキャンプ地を引き払い、合流しようと行動を開始していた。
《ブラッド。現在地より2キロ先に感応種の反応があります。そちらの地点までの到達予測時間は5分です》
突如としてフランから来た通信はまるでブラッドを寄せつける事を阻むかの様な行動の様にも見えていた。
5分であれば事実上移動する事は不可能なだけでなく、今度はブラッドが感応種を他に近寄らせない様に行動する必要が出ていた。既に遠吠えが聞こえる時点で個体が特定できる。
それはマルドゥーク接近の合図でもあった。
「榊博士。いくら何でもキュウビの連続討伐はクレイドルと言えど無理があります。最悪は倒れる可能性もあります」
全体を俯瞰的に見ていたヒバリの言葉は事実だった。今回の任務の中でも難点がキュウビの処遇。
仮にクレイドルが交戦した際に戦闘音を聞きつけたのであれば2体と同時に交戦する形をなってくる。如何に手練れと言えど同時に2体は無理があるのは明確だった。
徐々に近寄るキュウビの個体はまるで試すかの様に移動を開始している。それがもたらす物が何なのかは誰にも分からなかった。
「フラン君。ブラッドの方はどうなんだい?」
「2分前にマルドゥークと交戦を開始しています。リンクサポートの関係もあってか、他の部隊から少しづつ距離を取りながら移動しています。この討伐がどれだけかかるのは未だ見当が付きません」
フランは榊の顔を見る事無く現状を把握し始めていた。既に交戦中であるのは大画面にも記されている。交戦中の感応種を引き離す事が無理である以上、今は考慮する事すら憚られていた。
「榊博士!一体目のキュウビがβチームの場所に最接近まで推定10分です」
既に悩む暇すら与えられない程の時間しか残されていなかった。この状況下で出来る事は限られてくる。今後の状況判断をゆっくりと考える暇は既に無くなっている。
となれば、やるべき事はただ一つだけだった。
「了解しました。直ちに行動に移します」
キュウビの最接近まで残す時間は10分を切っていた。既に咆哮が時折聞こえると同時にやるべき事を明確に決定したからなのか、通信を切ったコウタの行動は迅速だった。
「曹長以下のゴッドイーターはこのまま後方へと退避!この場は第1部隊と防衛班で賄う。既に他の部隊も移動を開始してるが最低限の物だけ持って移動だ!」
コウタの言葉に上等兵クラスの人間が固まっていた。これまでに経験した事が無いアラガミがこの地に来る以上、足手まといでしかない。
既に状況を確認したからなのか大半の人員が退避行動を開始していた。
「ここにキュウビが来るって事は、俺達で何とかしろって事か?」
「なんだ。怖気づいたのかシュン」
「んな訳あるかよ。逆に返り討ちに決まってんだろ」
コウタの言葉を聞いた2人も神機を手に即座に戦闘態勢へと入りだしていた。
この時点で詳細は不明だが、キュウビがここに向かっている事だけは間違い無い。2人の言葉からからも既に迎撃態勢だけが整っている。
それがどんな結果をもたらすのかも分かった上での判断だった。
《キュウビ接近まであと1分!もう間もなく来ます!》
ヒバリの声が通信機越しに響く。既にここからも見えるのか、崖の上からキュウビがゆっくりとこちらに向かって歩き出している。
こちらにも援軍としてαチームが向かっているのは知ってるがそれよりもキュウビの方が行動が早い。残された時間をいかに凌ぐのか、最後の戦いの幕が切って落とされようとしていた。