防衛任務の打ち上げも終わり、アナグラの内部はいつもと変わらない空気が流れていた。今回の防衛任務に於いてはクレイドルやブラッドの戦力もさる事ながら、これまでは日陰の花の様な扱いだった防衛班が改めてクローズアップされる事になった。
各個人の技術の結果なのか第一世代と第二世代の神機の差をもろともせず、また負傷者こそ出したものの、死者数ゼロの結果は少なからずともアナグラ内部でも話題に登っていた。
「任務の合間にすまないね。実は今日来てもらったのは、今後の防衛班についての打診なんだ」
「はあ。それで要件とは何でしょうか?」
榊の言葉に呼ばれたタツミは生返事しか出来ない。サテライトの防衛任務に就く様になってからの無茶ぶりは既に無いが、態々呼び出す以上これまでの経験からロクでも無い話になるのではと思ったのか、タツミは無意識のうちに身構えていた。
「そんなに警戒しなくても良いよ。実は今回の防衛任務遂行の後で第2、第3部隊へと志願する人間が一気に増えてね。もちろん僕達としても有難い事だから、今回を機に部隊の再編をしようかと思うんだ」
「部隊の再編だと?何でそんな面倒事を引き受ける必要があるんだ?」
榊の言葉にカレルが真っ先に反論していた。これまで防衛任務は事実上の単独任務に近く、またサテライトやその予定地も元々アラガミの出没率が低い事から報酬を第一と考えるカレルの主義に反する任務に仕方なく就いている。
そんな中での増員は報酬の事を考えると賛成したいとは思えない結果だった。
「カレル君。その件に関してもなんだが、今回の結果から我々としては君達をそれぞれの部隊長へと昇格。それと同時に各個人の裁量によって従来の様なミッションの受注も許可出来る様になる。もちろんリンクサポートシステムが完全に稼働するのであれば感応種の
討伐も受注してもらっても構わないよ」
感応種の言葉にカレルの目に力が宿る。これまで討伐はブラッドか一部の人間のみ対応だった事もあってか、報酬は他のミッションよりも割高傾向になりやすく、その結果従来のミッションを回すよりも効率が格段に良くなっていた。そんな中での榊の言葉は余りにも分かりやすい。
報酬を第一と考えるカレルからすれば断る理由はどこにも無かった。
「って事は、これまでの様に防衛任務をこなしながらやれって事なのか?」
榊の言葉を単純に考えれば、今後は防衛だけでなく討伐の任務もこなしていく事になるのは予想出来る。確かに人員を増やせばそれは可能だが、それでもやはり足手まといの人間が居れば、今度はそれが自分にも跳ね返ってくる。となればその言葉の真意を確認しない事には安易に受託する事が出来ない。
だからこそカレルは榊ではなく、秘書の弥生に話をした方が手っ取り早いと判断していた。
「カレルさん。今回の防衛班の部隊編成は防衛任務をこなしながら討伐任務が受注出来るって事。極東支部としては戦力の確保と防衛の両輪を回せるのであればこれまでの様に制限する必要が無いって事です。極東支部としては極論だけ言えば今は以前とは違って第1部隊だけが討伐に力を入れる様な事にはならないから、その辺りは考慮してもらえると助かるわ」
「弥生さん。それは私達も同じ事なのかしら?」
カレルの質問には弥生が答える。榊の口からでは信用性が無いからなのか、それとも今後の事を考えれば弥生の報から話した方が何かと都合が良いと判断したからなのか、カレルからはそれ以上の質問は出なかった。
「今回の再編の最大の趣旨はそうですね。もちろん、防衛任務が最優先ではありますけど」
「…それなら私はその話に乗るわ。普通のアラガミも悪く無いけど、感応種がどんな花を咲かせるのか興味あるわ」
弥生の言葉を理解したのか、ジーナは当然とばかりに榊の打診を受けている。カレルも何かを考えていたのか、暫く考えた後に受託していた。
「なぁ、部隊長って事は少しは昇給もするんだよな?」
「もちろんそうなります。ただし、権利が発生すると同時に部下の指導は義務になりますが」
カレルとジーナが応諾したと同時にシュンも声を挙げる。
部隊長になれば報酬面だけで無く、色んな特典がある事を優先したのか深くは考えている様には見えない。そんな中で未だ沈黙を保つブレンダンに視線が集まっていた。
「で、ブレンダンはどうするんだ?後はお前だけだけど」
「今回の話は確かに悪く無い。ただ、俺なんかが本当に部隊長になっても良いのだろうか?」
今回の防衛戦でのブレンダンの立ち位置は防衛よりも寧ろ討伐のそれに重点を置いた戦いだった事が踏み切れない一因だった。
本来ならば他の人間の指揮を執り、僅かな懸念材料すら払拭するそれは防衛班としての当たり前の話だった。しかし、実際にはアラガミが出没する場所を察知し、神速の如き速度で討伐している。
もちろんエイジの提案だけで無く、出没する頻度とそれぞれの個体の強固さが導き出した結果、全員一致での行動ではあるが、それを差し引いたとしてもブレンダンには重荷の様にも感じていた。
「なぁ、お前の考えは尊重したいが、防衛班の基本は被害を如何に少なくするか。だろ?今回は討伐が結果的に防衛に繋がってるだけで、被害が無いなら本質は間違って無いと思うぞ」
ブレンダンの悩みを解決するかの様にタツミは自身の考えを口にする。防衛班の最大の任務は居住区の住民の保護が最優先。今はそれがサテライトに変わっているだけだった。
部隊長ともなれば権利と義務は表裏一体となっている。既にそれなりに実績があったとしても、それはあくまでも個人の判断による結果でしかなく、仮に就任したとしても果たして部下を指導しながら自身も戦場に立つ事が可能なのかは、このメンバーの中でも一番戦術を学んだと自負するブレンダンにとっても簡単に出せる問題では無かった。
「タツミの言いたい事は分かるが、俺には本当にやれるのかと言われれば、正直な所分からないんだ。事実これまでの実績は俺の個人だけの判断になる。しかし、今後は部下が居るのであればそれらの命を護る事も考えなければならない。出来る事なら少しだけ時間をくれないか?」
ブレンダンの考えは分からないでもなかった。隊長職ともなれば自分の命だけでなく、部下の命までも責任の範囲となってくる。他のメンバーの様に楽観論で考える程にブレンダンは軽く考えて居なかった。
「あのさ、俺だって最初から部隊長をしっかりとやれた訳じゃない。事実、俺なんかよりももっとふさわしい人間はこれまでにも居た。だが、この日常ではそんな事を一々考える程に寛大な世界じゃない。俺だって事実まだまだだしな」
「そうね。あの後、ヒバリを盛大に泣かせたんだったわよね。同じ女としてヒバリの気持ちは分かるわ」
「その話は今は良いだろ。弥生さんもそんな目で見ないでくれよ」
「あれは仕方ないわよね。ヒバリちゃんだってそれまで気丈にオペレートしてたんだから。タツミさんだって悪い気はしなかったでしょ?」
何気にブレンダンの説得をしていたはずが、気が付けば帰投直後の話をジーナは持ち出していた。
止めとばかりに弥生の口から出た言葉は、当時の状況はその場にいた人間以外にも大半の人間がその状況を見ていた。
ギリギリの戦いだった事は誰の目にも明らかで、その中でもタツミの負傷が一番酷くなっていた事が記憶に新しかった。
「まぁ、とにかく俺だって未だに出来てるかって言えば全然なんだぜ。それなら一回やってから考えるか、修正すれば問題無いだろ?」
何となくしんみりしたはずの空気はいつもの如く霧散したからなのか、それとも何かを考えていたのか、ブレンダンは思考の森を彷徨っている。何かを考え着いたのか、改めて弥生に確認すべく口を開いていた。
「弥生さん。部隊の件なんだが、今後の対応な運用方法は部隊長に一任されるのか?」
「もちろん。基本的な運用に関しては各部隊長に権限がある以上、それは当然の事よ」
弥生はそう言いながらも榊に視線を送る。それに関しては問題無かったのか、榊はそのまま頷くだけだった。
「そうか……だったら今回の件は改めて受託したい」
既に先ほどは違いブレンダンの目に迷いは無かった。
既に何もかもが決まっていたのか、全員に対する新たなパスコードが配布される。そんな中でタツミの反応だけが少しだけ違っていた。
「あの、俺だけ何か違ってるみたいなんだけど……これってどう言う事?」
「その件に関してなんだが、タツミ君には今回の防衛班の総隊長としてやってもらう事になるんだよ。今回の件で人員の配置に伴う部隊編成はこちらで決めるよりも君達が決めた方が何かとやりやすいかと思ってね。今後の件に関してはヒバリ君が窓口になるから、これからも宜しく頼むよ」
防衛班として新たに編成された事により、すべての状況がクリアになる。既にアラガミに襲撃されたサテライト候補地も僅かな時間も惜しいとばかりに復興が始まっていた。
「今後はタツミさんを中心に防衛班が再編されるんですか?」
「まだ正式な辞令は出てませんが、近日中に本部に申請の稟議を出してそれが承認されればって話です」
ラウンジではヒバリとフランが先ほど聞かされた防衛班としての再編の話をしていた。 現時点ではまだ正式な物では無いが、今回の様な場面に再び遭遇した場合、速やかな行動が可能になるからと極東支部だけでなく今後は他の支部でも採用される手筈が水面下で決まっていた。
既にその行動を前倒しするかの様に、タツミはこれまでの様にサテライトに常駐するのではなく、他の場所にも顔を出す事になる為に、一旦は極東支部での所属となっていた。
「なるほど……ではこれからはタツミさんと顔を合わせる機会が増えるって事ですね」
「まぁ、そうなりますね。でも、各地に配置された部隊の視察と現場を統括する事になるので、今後はこれまで以上に忙しいのは間違い無いですね」
ヒバリはそう言いながらも内心は少しだけ安心できる部分があった。これまでの様にデータと実際の現場の乖離は今後のオペレートにも影響を及ぼす可能性があった。
一番の問題点は、データ上は問題無いと判断しても本人の状態が悪ければ次の行動を起こす事も出来ず、これが万が一ギリギリの戦いだった場合、部隊の全滅の可能性もあった。
もちろんそう簡単に防衛班として機能している物が全滅する事は無いだろうと分かったとしても、それでも自分の目の届く範囲であれば多少なりとも安心出来る部分が存在していた。
「そう言えば、この前の定例会議でも書類に苦戦してましたね。私が見ても流石にあの量の書類は問題だと思います」
タツミが総隊長となってからの最大の変化は事務処理の多さだった。既にこれまでの部隊に関する書類の提出に加え、各地から上がってくる書類を纏め、それをそのまま支部長に上げる事になる為に、ここ最近ではラウンジで書類と格闘している姿を良く見かけていた。
これが部隊長までならば誰かに頼る事も出来るが、総隊長は他の部隊の内容を把握する必要もある事から書類に関しての代筆を認める事も出来ず、その結果なれない雑務はこれまでの討伐任務以上に過酷な物になりつつあった。
「でも、その量をクレイドルの皆さんもやってきた訳ですし、タツミさんなら大丈夫ですよ」
そう言いながらコーヒーの口に入れると少しだけ酸味の利いた苦味と香りが鼻孔へと抜ける。ここ最近になってからヒバリはタツミの為にコーヒーを入れる機会が増えたのか、当初は紅茶を愛飲していたフランもヒバリのコーヒーを口にする様になっていた。
「あっ!僕もコーヒー貰って良いですか?」
「もう研修は終わりですか?」
「ええ。かなり苦戦しましたが、何とか終わりました。そろそろウララちゃんもここに来ますよ」
テルオミはヒバリとフランが飲んでいるコーヒーを目ざとく見つけると同時に、カウンターにいたムツミからドーナツを受け取っている。余程厳しく鍛えられたのか、テルオミは精神的な疲労を隠す事なくコーヒーを口にしていた。
「皆さんここだったんですか」
「ウララさんも終わったんですね」
「はい。流石にツバキ教官の指導は厳しかったです」
テルオミ同様にウララも少しだけぐったりしていた。
これまでにオペレーターとしての教導は余程の事にならない限り受ける機会は早々なかった。
ヒバリも事実としてこれまでに教導を受けた記憶は殆ど無く、今回の題材もアナグラの防衛戦でのオペレートだけでなく、出現予測出来るアラガミの種類やその対処方法と指示、また戦術的な意味合いでの指導とやるべき事は山積していた。
「僕なんて何回部隊が全滅した事か……」
「それは私も…です」
「まぁ、その辺りは経験を積めば何となく分かる様になりますから。ね、フランさん」
「そうですね。アラガミはこちらの都合で行動している訳ではありませんから、それらの特徴をしっかりと見極めた上での判断は必要でしょうね」
既に休憩とばかりにラウンジで寛いでいる。周囲に香るコーヒーのそれが漸く普段の日常に戻った事を認識させていた。