神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第221話 それぞれの思惑

 

「榊博士!北斗の容体はどうなんですか!」

 

 北斗が負傷して帰還した一報は、すぐさまアナグラの内部を駆け抜けていた。帰還した当初、背負ったシエルのブラウスは既に血で染まっていたのか、それが誰の出血なのかすら分からに程の状態に、待機していた医療班も直ぐにシエルもと医務室へ運ばれて行く。

 一方で助けられたリヴィは暗い表情を浮かべたままだった。

 

 

「薬剤が投与されているから命に別状は無いよ。ただ、思ったより衰弱しているみたいだから、暫くは安静にしておくしか無いね」

 

「そうですか……失礼しました」

 

 ナナの言葉に榊は当然の様に答えていた。本来であれば多少なりとも取り乱す可能性があったが、榊の表情を見る限りでは恐らくは言葉に嘘が無い事だけは理解出来た。

 既に北斗とシエルが医務室に運ばれた以上、この場に残った所でナナは何も出来ないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実際の所はどうなんだい?」

 

 榊はナナだけでなく、シエルが部屋から出たと同時に無明へと視線を動かしていた。今回の捜索の際に、本来であれば外縁部の調査をもくろんでいたが、想定外の北斗の重症に結果的には当初の目的だけを果たし戻る結果となっていた。

 

 

「あのアラガミに関しては新種だとだけ。詳しい事はリヴィに聞くしかないかと」

 

「螺旋の樹がああなってから、周りは少しづつ変化し始めているのは間違い無いようだね。今回の件についてなんだが、一旦フェルドマン局長と話し合う必要がありそうだね」

 

 恐らく今回の内容に関しては真っ先にフェルドマンの耳にも届いているのは間違い無かった。今回の計画の中での最大の焦点はリヴィのブラッドアーツの習得。しかし、その根本は北斗が持つ『喚起』の能力を当てにした内容だった。

 しかし、肝心の北斗は一命はとりとめているが、負傷した箇所が箇所なだけに暫くの間は絶対安静となっている。そうなれば今後の任務の計画に関しても改めて検討する必要があった。

 

 

「時間はかかれど仕方なしです。こればかりはどうしようも無いでしょう」

 

 ブラッドアーツの習得に関しては完全に解明された訳では無かった。これまでの検証とデータから考える事が出来るのは、P66偏食因子を持った者のみが習得できる可能性が高く、現時点ではブラッド以外にはリヴィだけとなっている。

 未だ解明されないP66偏食因子の存在は既にこの場に居ないラケルのみが知りえる内容。密かに榊と無明はこれまでのブラッドのデータを解析しながら、今後の可能性を模索していた。

 いくらリンクサポートシステムがあった所で、どんな戦場でも間に合う可能性が高い訳では無い。そんな事実があるからこそ水面下でフランを利用し、フライアに残されているであろうラケルのデータを探させていた。

 

 

「因みに、フライアの方はどうなんだい?」

 

「未だ手がかりらしい物は無いとだけ」

 

「ブラッドアーツの事だけじゃないんだが、今回の螺旋の樹のジュリウス君の反応は消失している原因が何なのかも分かればと思ったんだが……前途は多難の様だね」

 

 榊の言葉に無明もただ頷く事しか出来ない。今はまだ意識が戻っていないのか、医務室のベッドの上で北斗は眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、シエルちゃん。北斗は大丈夫なの?」

 

「ええ。現地での応急処置で何とかなった様です。ただ、負傷した箇所が脇腹なので、暫くは回復の状況を見るそうです」

 

 医務室から戻った事を確認したナナは真っ先にシエルへと詰め寄っていた。既に榊の口からは命に別状は無いとは聞いているが、やはり実際に見ていたシエルの方が冷静に判断出来るだろうと考えた結果だった。

 

 

「そっか……でも北斗があんな状態で戻ってきてるし、シエルちゃんも実際に血塗れだったから大事だと思ったよ」

 

「あれは私の血ではありませんから。背負った際に北斗の血がそのまま付いただけなので」

 

 ナナが言う様に、最初に見たのは血塗れになった2人だった。シエルが背負っている以上、北斗が負傷したのは理解したものの、背負っているはずのシエルまでもがブラウスだけでなくスカートにまで血がこびり付いた事から、医療班は2人を真っ先に医務室へと運んでいた。

 当初はシエルも早急な治療を促されはしたものの、実際に負傷していない事もあってか、服を脱いで見せた事によってそれ以上の大事にはなっていなかった。しかし、北斗は傷はある程度塞がっているものの未だ昏睡状態なのか目を覚ます気配は無かった。

 一緒に同行したリヴィに関しては既にフェルドマンの下に報告に向かっていたからなのか、ロビーにその姿は無かった。

 

 

「でも、今後はどうなるんだろうね。『喚起』の能力でリヴィちゃんのブラッドアーツの習得が条件なんだよね?」

 

「恐らくは北斗が目覚めてから改めて計画を進めるのではと思います。ただ……」

 

 ナナの言葉にシエルも今後の可能性の事は脳裏を過っていた。計画の根幹でもあるブラッドアーツの習得は北斗以外の人間が代わりに行う事が出来ない。もちろん、これまでにも何度か榊や無明の検証実験と生体データから判断した結果である以上、その事実が揺らぐ事は無い。

 本来であれば数日で現場復帰は可能だが、現時点では意識が戻らない以上シエルとしてもそれ以上の推測が出来なかった。

 

 

「ここで俺達がああだこうだと言っても仕方ないだろう。そんなに心配なら見舞いにでも行ったらどうだ?」

 

「そうだよね……でも面会謝絶じゃなかった?」

 

「それなら、既に解除されてるみたいですよ。治療に関しては事実上終了してますから。後は意識の回復だけみたいです」

 

「あの、北斗は怪我でもしたんですか?」

 

 ギルの提案にナナとシエルも色々と思う所が多分にあった。しかし、意識が戻らない以上は面会した所で何かが変わる訳では無い。そんな堂々巡りの様な思考に陥りそうな時だった。背後から聞こえたのはこの場には居ないはずの人物。

 振り返るとそこにはツアーに出ているはずのユノが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……は…?」

 

 北斗が気が付いた先には荒廃した様な大地の平原の上だった。先ほどの戦いで新種のアラガミと対峙し、リヴィへの一撃を身代わりになって防いだ所までは記憶があった。

 本来であればここがどこなのかは全く分からない。しかし、どこか見た記憶が有った様な場所でもあった。改めて周囲を見渡すも手がかりらしい物は何一つ無い。それどころか生命の息吹すら感じない虚構の空間は確かにどこかで見た記憶だけが残っていた。

 

 

「…少なくとも現実では無いのか」

 

 人知れず呟くも、その返事が返ってくる事は無い。この地に居るのは問題無いが、本来であれば右手にあるはずの神機は姿形すらない。ゴッドイーターになる前はこれが当たり前だったはずが、気が付けばそれが無い事がどれ程危険なのかを改めて感じ取っていた。

 

 

「気が付けば随分と遠くまで来たもんだな」

 

 北斗の言葉は単純に距離を表している訳では無かった。既に初めて適合試験を受けてからどれほどの時間が経過したのかは思い出す必要が無い程に濃密な時間を過ごして来た事は自覚している。

 右手に何も持たない丸腰のまま見知らぬ土地を歩いたのは何時だったのかと思い出していた。そんな中で北斗の耳に僅かなノイズの様な音が聞こえて来る。当初は静かすぎたが故の耳鳴りかと思ったが、音に規則性は無く何かと何かが戦っている様な音にも感じていた。

 再び周囲を見渡すも、北斗の視界に飛び込んでくる物は何も無い。ただ音が聞こえる方へと足が自然と向いていた。

 

 

「なんで……」

 

 どれ程歩いたか分からない程の時間が経過した際には大型種と戦う一人の人間がそこに居た。それが誰なのかを確認するまでもない。螺旋の樹の直接の原因となったはずのジュリウスが目の前のアラガミと戦っている。北斗は既に考える事を放棄したかの様に丸腰のままその場へと走り出していた。

 

 

「ジュリウス!」

 

 北斗の叫びに気が付いたのか、振り向いた顔はまさにジュリウスその人。既にどれ程戦っているのかを考える必要が無い程に着ている服はボロボロになり、肝心の神機は右手には存在していない。

 ジュリウスも北斗の姿を見た事に驚きはあった。しかしそんな事はおくびにも出さず目の前のアラガミをただ屠り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだったんですか……でも命に別状は無いんですよね」

 

 ユノはこれまでの顛末をシエルから聞いた事で漸く事態を飲みこむ事が出来ていた。ここには時間に少しゆとりが出来たからと軽い気持ちで足を運んだまでは良かったが、まさかそんな事態になっていると思っていなかったのか、当初は驚きを隠す事すら無かった。

 

 

「まだ意識だけは回復してませんが、それも時間の問題らしいです」

 

「そう…私もお見舞いに行って良いかな?」

 

「それは構いませんが」

 

 ユノの何気ない一言に了承こそしたものの、何となく嫌なドス黒い感情がシエルを襲っていた。それが何なのかは分からない。自分の気持ちにも関わらずなぜそうなるのかを今は考える事を止め、お見舞いに行くと言っているユノの後を歩く事しか出来なかった。

 

 

「本当に寝てるみたいだね」

 

「当時の傷は全て癒えてますので、あとは意識の回復だけと聞いています」

 

 改めてユノとシエルは医務室のベッドで寝ている北斗の表情を見ていた。未だ目が覚める気配は無い物の、見ている分にはただ眠っている様にも見える。

 怪我の大きさと目覚無い原因の因果関係が分からない以上、今はただ様子を見る事しか出来ない事は榊からも聞かされている。既にやるべき事はシエルが全部やっていた事から、ユノはただ北斗の顔を見ている事しか出来ないでいた。

 

 

「原因が分からないって事はミッションで何かあったんですか?」

 

「すみません。今回のミッションに関しては緘口令が出ています。ユノさんもご存じだとは思いますが、今は螺旋の樹のミッションの関係で部外者に対しての情報漏洩は出来ないんです」

 

 シエルの言葉は半分は事実ではあったが半分は嘘だった。ユノがどれほど多忙なのかはシエルとて知っている。もちろん終末捕喰を乗り越えた仲間である事は理解しているが、元来ゴッドイーターのミッションは一般に知らしめる必要性は何処にも無い。ましてやアナグラに常時いる訳では無いユノに対し、全てを話すのはかなりリスキーな行為でもあった。

 実際にユノは本部からも目を付けられている以上、下手な事を言えば世界中が混乱する可能性も出てくる。情報管理局がここに居る時点でそれ以上の口外はシエルの責任の範疇を超えていた。

 

 

「そっか…情報管理局が来てるんだもんね。私もサツキからは嫌と言う程聞かされてるから。でも、何かあったら言って欲しいの。私に出来る事があればやりたいから」

 

 ユノの言葉は間違い無く善意である事は確かだった。しかし、今回のミッションに関してはこれまでずっと同じ部隊として戦って来たはずの北斗がブラッドアーツの習得の為にリヴィと出向いていた為に何も状況が分からないままの結果。

 何も知らないままの結果だった事からもシエルの心には棘が刺さった様な感覚だけが残っていた。

 

 

「気を使わせる様ですみません。でも、今は私達もただ見ているだけなんです」

 

 何気に言ったはずの言葉のつもりではあったがそれが今の現状を示している事はユノも気が付いていた。それと同時に、今のシエルの表情に一つの疑念も生まれていた。

 

 

「私が居てもお邪魔だよね。少しアリサさんと話す予定があるから、私はここで失礼するね」

 

「何も出来ないままですみません」

 

 シエルの言葉を聞くとユノは医務室を出ていた。先ほどのシエルの表情が何を示すのかは何となく予測出来るものの、今はそんな事を本人に話す訳にも行かない。色々と思う部分があるのは間違いないが、今は先ほどの言葉通りユノはアリサがいるであろうラウンジへと歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですね。確かに現状はそれしか手段が無いのは否めないですからね」

 

 ラウンジの片隅で書類と格闘しているアリサを見つけたユノがこれまでの顛末を聞いていた。既に一時期とは違い、ラウンジに情報管理局の人間は居なくなっている。

 フェルドマンの方針なのか、それとも何か別の思惑が働いているのかは分からないが、ここに居るゴッドイーターは以前と変わらない様子で各々の時間を過ごしていた。

 

 

「今回の作戦がどんな影響を及ぼすのかは分からないんですか?」

 

「その件に関しては、私も分からないんです。そもそも極東支部に情報は殆ど降りてきませんし、今回の作戦に関してはクレイドルは蚊帳の外なので」

 

「そうだったんですか……」

 

 ユノはアリサに確認したものの、やはり今回の作戦に関しては情報管理局の主導でブラッドが関与しているだけなので、アリサも何も分からないままの状態だった。

 仮に聞いていた所でアリサもユノに口を滑らせる様な事は一切無い。それほどまでに今回の作戦群に関しては極東支部そのものも知りえない内容に変わりなかった。

 

 

「医務室で北斗を見ていたシエルさんの表情が切ない様に見えたんで、余程の事があったのかと思ったんですが…」

 

 ユノの言葉に改めてアリサはここ最近の様子を思い出していた。アラガミの討伐そのものは何時もと同じだが、ここ最近のサテライトの進捗状況が少しづつ早くなっている事から、関係各所への通達の事務仕事がやたらと多くなり始めていた。

 既に完成したサテライトも新たな入植者の書類や本部への申請など優先順位を付けない事には終わりが一向に見える気配は無い。いくらエイジが手伝ってくれても、次から次へと舞い込む仕事はアリサを安穏とさせるつもりは毛頭無かったからなのか、今の状況を詳しく知らなかった。

 しかし、ユノが言う切ない表情には何となく想像がついていた。以前に自身も経験したそれが間違いないと考えていた。

 

 

「多分……いえ。私がそんな話をする必要は無いですね」

 

 ユノに言葉にアリサはやや意味深気に話題を打ち切る。それが何を示すのかはユノには何も分からなかった。

 

 

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