神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第231話 適合

 幾らフェンリルが誇る頭脳を持ってしても、手さぐりで進むそれに対し有効的な提案が出る事は無かった。

 事実、可能性の一つとしてはツバキの言葉が全てではあるが、既にその所有者は螺旋の樹内部に居る可能性が高く、また、もう一つの提案に関してはフェルドマンの口から直接聞いた訳では無いが、大きな懸念事項が存在していた。

 

 これまでのオラクル細胞学のスタンダードな考えからすれば、リヴィの存在はある意味では特異な存在だった。あらゆるオラクル細胞を受け入れる事が可能な為に、これまでの様に特定の神機だけを運用するやり方ではなく、神機にこちらが合わせる事によって適合を半ば強引に可能とさせていた。

 冷静に考えればその異質な能力はある意味では迎合出来る物ではあるが、全部がと言う言葉に対しては語弊があった。実際には適合する際には抑制剤を使用しなければ、自身の身体が浸食される危険性は今でも内包している。対外的にその事実を知っているのは本人以外では局長のフェルドマンだけだった。

 

 

「フェルドマン局長。可能性についてですが」

 

「リヴィか。その件ならば私も確かに考えはした。しかし、現実問題としてはどうなんだ?」

 

 フェルドマンの言葉は短いものの、口から出た言葉にその人となりを知っている人間からすれば珍しいとさえ思えていた。既に会議は終わり、この場にはフェルドマンとリヴィだけしかいない。短い言葉の内容を理解したからのか、リヴィは言葉を多く語る事は無かった。

 

 

「問題は特にありません。ジュリウスの神機に慣れてはいますが、今後の事を勘案すれば今必要なのはジュリウスの神機ではなく、ロミオの神機です。局長さえ問題が無い様であれば直ぐにでも適合の準備をお願いします」

 

 フェルドマンの心配を他所に、リヴィは何時もと変わらない回答を示していた。これまで同様にゴッドイーターの神機を適合させる事に何の抵抗も無い。それが現時点でのリヴィの考えでもあった。

 

 

「そうか……ただ、今回の件に関しては少し我々も確認したい事がある。一両日までは現状を維持とし、その後は指示に従う様に」

 

「了解しました」

 

 誰も居ない場所での指示が今後の行方の全てを物語っていた。現時点で螺旋の樹の内部の鎮静化の可能性はロミオの神機だけ。それしか手立てが無い事は間違いないが、それが果たして正しいのかと言われれば即答できない部分が存在していた。

 通常の適合とは違い、ブラッドアーツに関しては未だ完全に解明された訳では無かった。今もなおリッカやナオヤが整備の傍らで、第三世代の神機の解析を止める事無く続けている。

 現時点で分かっているのはP66偏食因子の適合者で、北斗の『喚起』の能力によって引き出される事しか判明していない。そう考えれば開闢作戦そのものも仮定の上に立案された作戦なだけに、本来であればじっくりと検証をしなかればならない現実があった。

 しかし、時間の経過と共に悪化する螺旋の樹が今後どんな形で変貌するのかは誰にも予測出来ない。そんな焦りにも似た状況での結果がこれである以上、次は無いとしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェルドマン局長は何も言わなかったけれど、あの調子だと間違い無くリヴィ君にロミオ君の神機を適合させる事を選ぶだろうね」

 

「現状はそれしか手立てが無いのもまた事実です。それは止むを得ないとしか」

 

 会議室から支部長室に移動した榊は紫藤と先ほどの会議の内容を改めて考え直していた。

 現時点で分かっているのは、汚染された螺旋の樹への侵入そのものは開闢作戦で作られた入口から出来るが、問題なのはその荒れ狂ったオラクル細胞の中をどうやって移動するのかだった。ロミオの神機が発端となった現象を使えば確実に起こるであろう結果は予測出来る。しかし、リヴィの状態を考慮すれば、今後はそう簡単に適合させるのは躊躇せざるを得なかった。

 

 

「確か、抑制剤を使ってるんだったね。実際に効果そのものは信用出来るが、副作用等はどうなんだい?」

 

「副作用に関しては、正直な所何とも言いようが無いと言った方が正解でしょう。本来であれば緊急時に使う物であって、常時使う物では無いので」

 

 開発に携わった紫藤からしても、まさかそんな使い方をするとは思っても無かった。事実、緊急時のアラガミ化を緩和させる用途で作った物が、お互いを融和する効果が認められた結果、現在に至っている。

 当初の時点で想定した用途とは異なっている以上、今後の可能性に関しては未知数でしかない。本来の用途からかけ離れた使用方法も、今の様な状況下で無ければ論文に値する内容ではあるのは間違い無かった。

 仮に適合率が低かったとしてもそれを使う事によって適合が可能となれば、世界中で広がっている人員不足の解消に大いに役立つのは間違い無かった。しかし、完全に神機と適合出来ないのであれば、一般的なゴッドイーターよりも能力が劣る可能性が高く、実際に現場レベルで適合出来ない人間に無理矢理適合させるとなれば、最悪は非人道的だと言われる可能性も内包していた。

 

 

「さてと…我々としてもただ祈るなんて事は考えたくないんだが、こればっかりは方法が見つからないのもね……」

 

 榊の言葉に反論する材料は何処にも無かった。事実上の決定事項をひっくり返すのでれば、それ以上の内容を対案として出す必要がある。ただでさえ推論に推論を重ねる現状を打破できる材料はどこにも無いまま時間だけが悪戯に過ぎ去っていた。

 これまでに何度も対策会議を開くも決定打にはどれも欠けている。既に内部では止む無しの意志が充満していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回来て貰ったのは、今後の展望と行動についてだ」

 

 未だ決定的な物が出ないままに主要な人間が会議室へと集められていた。既に内容そのものに関しては大よそながらの方針が打ち出されているが、誰もが詳細を確認した訳では無かった。

 この場に居る全員の顔が自然と引き締まる。全員の視線がフェルドマンへと向けられていた。

 

 

「君達も知っての通りだが、先のアラガミの逃走に関してはやはりロミオ・レオーニの神機を媒介とした血の力である事を認定した。それによって今後の作戦は次の様になる」

 

 フェルドマンの口からでた内容はジュリウスの神機を使用したのと同じ内容だった。事実、それに関しては上層部はそれ以外の手だてが無い事は既に知っているからこそ、今度はリヴィの犠牲の下に作戦を行使し続けるのは如何な物かとの結論から対案を模索していた。しかし、結果はいずれも非現実的であった事から、フェルドマンの案を採用せざるを得なかった。

 

 

「そこで今回も前回と同様に、君達には再びリヴィがロミオの神機を適合させる事が出来るように支えて欲しいと考えている。今回の作戦についても君達に負担がかかることは承知しているんだが、現時点でやれる事はそれしかない。すまないが改めてリヴィの事を宜しく頼む」

 

「了解しました」

 

 改めてフェルドマンの口から出た言葉に北斗達は返事をするしかなかった。何時もであれば何らかの対策がこれまでに榊の口から出ていたが、今回に限ってはその言葉が何も出てこない。そんな状況を察知したからなのか、今はただ頷くしか出来なかった。

 

 

「それと、今後についてだが作戦の指揮そのものは我々情報管理局がこれまで同様に執るが、厳しい台所事情を考えれば、我々だけの手に負える状況では既になくなっている。

 今後は極東支部とも連携を取りながら君達に指示を出す事になる。螺旋の樹への侵入が確認出来ると同時に、調査を開始する。最終目的は螺旋の樹に纏わりつくラケルの意志を断ち切ると同時に終末捕喰を留保する者、即ちジュリウス・ヴィスコンティ元大尉の復活が最終目的となる」

 

 フェルドマンの口から出たジュリウスの言葉にナナだけでなくシエルも僅かに口元が緩んだ気がしていた。以前までの状況であれば、螺旋の樹に関して対外的には英雄視しているものの、それ以外の場面ではどこか胡散臭さがあった。しかし、先ほどの言葉にそれらしい事は一切感じられない。何が起きたのかは分からないが、これまでの状況から一転した事だけは間違い無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで少しはやりやすくなったのかな」

 

 会議室から出た後の雰囲気は格段に良くなっていた。先ほどまでの厳しい雰囲気は既に無く、これからの任務に対し、情報が逐一開示される事になったのも一つの要因だった。

 ナナの言葉ではないが、一定以上の目的が開示されるのであれば、少なくともこれまでの様な雰囲気にならない事だけは間違い無かった。

 

 

「喜んでばかりではいられないぞ。俺達がやるのは確かにこれまでと変わらないが、今はジュリウスの神機からロミオの神機に持ち替えて再び使いこなす様にするのが優先されるんだ。気持ちは分かるが、ここで油断すればすべての作戦が瓦解する事を忘れるな」

 

「私だってギルが言わなくてもそんな事は理解してるよ。でも、今までみたいに何をどうやっているのかすら分からない状況よりはマシになったんだからさ…」

 

「ナナさん。それ以上の事は……」

 

 会議室から出たとは言え、この場にはリヴィが居る。それ以上の批判じみた言葉は危険だと判断したのか、シエルはやんわりとナナを窘めていた。

 

 

「シエル。私の事は気にするな。これまでやってきた中で作戦の全容が知らされていないままに行動するのがそれほど精神的に厳しい物なのかは私も理解出来る。確かにフェルドマン局長のやっている事が気になるのは仕方ないが、これも万が一の情報漏洩に対する策なんだ。これまでの事に関しては局を代表して私が謝罪しよう」

 

「リヴィがそんな事をする必要はない。俺達がやる事はシンプルなんだ。実際に俺達だけでなく榊博士や無明さんがいても対策が進まない以上、それは仕方ない事だ」

 

 リヴィの謝罪を遮る様に北斗が自分の意見を述べていた。部隊長として何かと重責があるだけでなく、間接的に北斗の能力が敢行された結果が前提の作戦はあまりにも不透明すぎた。万が一があった場合には北斗にも何らかの批判が向けられる可能性を秘めていたからこその発言に誰もが口を開く事は無かった。

 

 

「しかし、ラケルの執念とも言えるそれに対し、俺達の力はあまりにも小さい。螺旋の樹がまさかああなっているとは思わなかったがな」

 

「そうですね。まさかあれが今回の顛末だとは思いませんでした」

 

 ギルのため息交じりに出た言葉が言う様に、今回の顛末に関してもフェルドマンから説明がなされていた。

 オラクル制御装置の中に組み込まれた無人型神機兵の頭脳とも言えるエメス装置を働かせる事により、一旦は水面下にあったラケルの意志を統合するだけでなく、その結果、装置を暴走させる事によって螺旋の樹そのものがラケルの手中に落ちている。そんな事実に呼応する様に、螺旋の樹内部には新たなアラガミでもある神融種なる物が発生した事実に、ナナとシエルは少なからず動揺していた。

 

 

「だからこそ、リヴィにロミオ先輩の神機を制御してもらう事が優先されたんだろう。現時点であの内部に入れば命の保証が無いのであればやむを得ないのもまた事実なんだ」

 

 事態を収拾させるには余りにもリスキーな作戦であるのは間違い無かった。ブラッドアーツにしても、実際に『喚起』の能力があって初めて成り立つと言われているが、それはあくまでもラケルの導き出した結論であり、それを検証しようにも適合者との因果関係までもが一からのやり直しをするだけの時間が残されていない。

 今回の作戦に関しても、それはあくまでも理論上は可能性がある前提でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェルドマン局長。少し確認したい事がある」

 

 ブラッドが会議室から出たのを見計らったのか、紫藤は改めて確認したい事があった。それは今回の作戦の最大の要因と言うべきリヴィの件だった。

 

 

「何用で?」

 

「リヴィ・コレット特務少尉の件だ。確かに事前に聞いたあらゆる神機に適合出来る能力はこれまでに無い程の物だと言うは認識をしている。だが、データ上では一定値以上になると途端に数字が悪くなるのは知っているのか?」

 

「その件であれば十分に理解している。もちろん、その件に関しては本人にも通達済みだ」

 

「なら良い。抑制剤を開発した立場から言えば、今のリヴィは危険な状態になりつつある。知っての通り、本来であれば各自のオラクル細胞はDNAと似た様な性質がある。だからこそ適合者の試験をしなければ神機との接合が出来ない。今直ぐにとは言わんが、そろそろその能力を過信するのは止めた方が良いだろう」

 

 以前に提出されたデータでは確かに当初の適合率はこれまでに無い数値を叩き出していた。理論上はそれで問題無いが、抑制剤を利用しているとなれば話は別物だった。

 一定以上の適合が認められなかった場合、ゴッドイーターは神機に宿るオラクル細胞の浸食を受ける事になる。それは即ち自身が捕喰されアラガミ化するのと同じだった。

 

 抑制剤の使用は現時点で臨床結果は出ているが、本来の用途とは明らかに違っている。

 これが一般人に向けての薬品であれば大問題となるが、元々はこれまでにアラガミ化したゴッドイーターの救済措置の為に開発された物。あくまでも救命の一環であり、それを任務の為に利用する為では無い。そんな経緯があったからこそ紫藤としては、その事実をフェルドマンが留意しているのかの確認の為だった。

 

 

「我々とてこのまま無残にリヴィを人身御供にするつもりは無い。ただ、現時点ではそれ以上の案が無い以上、やむなしとだけ言うしかない」

 

「そうか。厳しい言い方になるかもしれんが、今回の作戦はこれまでに無い程に大ざっぱな概要しかない。良く言えば自由度が高いが、悪く言えば現場に判断を委ねているだけにしか過ぎん。本部がどうなろうと知った事ではないが、ここは極東だ。最悪の展開も常に片隅置いておかない事には作戦の履行など夢のまた夢だ」

 

 これまでに何度も厳しい局面を潜り抜けた紫藤の言葉はこの場に居る誰よりも重みがあった。いくらブラッドと言えど、対アラガミともなれば相応の注意が必要となってくる。そんな中で、時限爆弾を持った人間を任務に放り出すのは事実上の自殺行為でしかなかった。

 

 

「言葉を返す様だが、それは我々とて理解した上での作戦だ。犠牲を出さない様にする為の方法が現時点でこれしかないのであれば、我々は一人の犠牲を払う事で人類を護るしか手立てがないと考えている」

 

 厳しい視線を紫藤に向けると同時に、フェルドマンの手はしっかりと握られている。既に力が入り過ぎたのか、その手からは僅かに血が滲んでいた。

 

 

 

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