神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第236話 訓練中

「なぁ、ちょっと休憩させて……」

 

「何言ってんだよ。お兄さんはゴッドイーターなんだろ?だらしないな」

 

 息も絶え絶えにロミオはその場にへたり込んでいた。目覚めてからまだ数時間しか経過していないにも関わらず、気が付けばここでの稽古着を着て動き回っている。ロミオが座り込んだ事によって、先程まで一緒にいた子供達がロミオの下へと寄って来ていた。

 

 

「いや。ちょっと慣れてないんだよ。少し休憩させてくれよ」

 

「こんなんで休憩なんて早すぎるよ。まだ時間があるからもう1回だよ」

 

「ちょっと勘弁してくれよ!」

 

 子供達の声にロミオは大きく悲鳴をあげる事しか出来なかった。検査が終わってから今に至るまでに怒涛の時間は過ぎ去っていた。屋敷だとは聞いていたが、ここに榊博士が居ただけでなく、指導教官のツバキも一緒に居た事に驚きを隠す事が出来なかった。

 一通り説明を受けはしたが、それが何を意味するのかを説明された訳では無い。ただ言われるがままにやったまでは良かったが、まさかここまでのレベルだとは予想していなかった。

 

 

「今日から暫くの間は、ここで過ごしてもらう事になるよ。君が戦線から離脱してから今に至るまでの事はおいおい説明するが、まずは君の身体の調子を整えながら戦線に復帰する事を最優先とするからね」

 

「今回の件に関してだが、ブラッドにはまだ何も伝えていない。現時点でのアナグラを取り巻く環境は厳しい状況だ。既に我々もかなりの配備をやっている為に、ゆっくりとリハビリと言った考えは無い。早急なトレーニングメニューで戦線に復帰してもらう事になる。なお、私の言う事にはすべてイエスで答えろ。良いな?」

 

 榊の言葉だけでなく、隣にいたツバキは初対面ではあるものの、その雰囲気はこれまでにロミオが経験した事の無い物だった。フライアではありえない程の迫力に何も言葉が出てこない。仮に出たとしても口答え出来る雰囲気は微塵もなく、今はただ頷くより手段は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが復帰のメニュー?」

 

 ロミオが最初に聞かされたのは子供達と遊ぶ事だった。見れば一番上でも10歳前後、下は4歳位の少年少女がそこに居た。聞かされたのは走り回る鬼ごっこ。単純なルールであると同時に、ロミオが全員を捕まえる鬼となる事だけが聞かされていた。

 

 

「なんだ、お兄さん新入りか?ここの遊びは半端じゃないぜ」

 

「いや。俺ゴッドイーターだぜ。こんなの直ぐに決まってるだろ?」

 

 ロミオの言葉に誰もが笑顔を崩す事は無かった。一般人とゴッドイーターの身体的能力の違いは誰もが知っている常識でしかない。もちろんロミオもその事を理解しているからこそ出た言葉だった。しかし、目の前にいた子供達はそんな事すら無関係だとばかりに笑顔のままだった。

 

 

「まぁ、何でもいいけど。じゃあ、10秒数えたら開始だぞ。皆!やるぞ!」

 

「お~!」

 

 子供の遊びに付き合う事のどこが訓練になるのか分からないままロミオは数を数える。これのどこが訓練なんだろうか?何も知らされない事実だけがそこに残されていながらロミは数を数え始めていた。

 数え終わったその数分後には後悔する事となっていた。事前に聞かされた範囲は屋敷の敷地全域。しかし、子供の脚力とゴッドイーターでもある自分の脚力を考えれば自ずと答えは出てくるはず。そう考えながらロミオは最初に見つけた子供へと肉迫する寸前だった。

 

 

「え?」

 

 ロミオは驚愕の表情を浮かべるしかなかった。今さっきまで目の前に居たはずの子供の姿が僅かな音を残して一気に消え去る。突如として消えた事によってロミオは周囲をただ見ていた。

 

 

「お兄さん。上だよ。う・え」

 

 言葉通り上を見上がれば先ほどまでいた子供が屋根の上に立っていた。改めて周囲を見ればいくつか足場があるのか、そこから踏み上がった事だけが予測出来る。視界から一気に消え去った事によってまるで姿が消えた様な錯覚を覚えていた。気が付けば他の子供も何かしらの上に立っている。この時点でロミオは嫌な予感だけが走っていた。

 

 

「待てこの野郎!」

 

「そんな事言って待つやつなんて誰もいないぞ!」

 

 全力で走りながらロミオは改めて他の子供達を見ていた。どの子供も当たり前の様に足場を使い一気に上昇したかと思えば、今度は駆け降りるかの様に建物から降りている。一足飛びで行動する子供達に比べ、ロミオは終始振り回されていたままだった。

 今のロミオには既に遊びの感覚はなく、間違い無くこれが訓練である事が嫌が応にも意識に叩きつけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう時間みたいだ。じゃあ、お兄さん。また明日な!」

 

 楽しそうな子供の声と同時にまた明日の言葉にロミオは既にうなだれていた。

 いくらゴッドイーターとしての強靭な肉体があっても、肝心の動かし方までは習っていなかった。事実、フライアでの訓練はダミーアラガミとの戦いを想定はしていたが、身体の運用方法までは指導されていない。現時点ではまだ完全に理解していなかったが、一番最初に極東に来た際に、北斗とシエルが嬉々として教導メニューに取り組んでいた意味がここで漸く理解出来ていた。

 気が付けば既に太陽は大地へと沈み始めている。遊びのはずが想定外の運動量に、ロミオの表情からは生気が失われつつあった。

 

 

「どうした?もうたべないのか?」

 

「し、食欲が無いと言うか……あまりにもハード過ぎて胃が受け付けないんだよ」

 

 夕食は折角だからと一人では無くシオやそれ以外の人間と一緒に食べていた。気が付けば先に会ったゴッドイーターの女性は少しだけ給仕をしていたのか、色々と動き回っていた。

 

 

「いきなりのあれはビックリだったでしょ?実は私もなんだ」

 

「え?そうなんですか?」

 

 ロミオの表情を見て何か気が付いたのかマルグリットがロミオに声をかけていた。自身も経験があったのか、それとも当時の状況を思い出したのかマルグリットもどこか乾いた笑いがそこにはあった。

 まだ初日にも関わらず、ここまでの内容だとすれば明日からどうなるのだろうか?今のロミオにはそんな考えだけが胸中に広がっていた。

 

 

「私の場合は期日があったんだけど、ロミオさんは何時までなんですか?」

 

「それは……」

 

 マルグリットの言葉にロミオは改めて思い出してた。ツバキからの言葉は早急なトレーニングによる戦線復帰としか聞いていない。それが何時までとの発言が無かった事を思い出したのか、それ以上の返事は無いままだった。

 

 

「多分、状況を見極めてじゃないかな。今はちょっと厳しいのも事実だし。私も今日はここに予定があったから来ただけなんだ」

 

 言葉に詰まったロミオを見た何かを察したのか、マルグリットは改めて目的の可能性を告げていた。目的が無いままの訓練はある意味では精神を鍛えるには問題無いが、それはあくまでもその人による話。今出来る事はロミオにフォローを入れるだけだった。

 

 

「そうなんですか?」

 

 改めて見るマルグリットの笑顔にロミオは少しだけ何か惹かれる様な感覚があった。これまでに無い対応が原因だったのか、それともしっかりと向き合って話をしてくれたからなのか、ロミオは少しだけ何かを想う部分がこの瞬間まであった。

 

 

「あれ?もう目覚めたんですか?」

 

「あれ?アリサさん。どうしてここに?」

 

 食事中の部屋に来たのはアリサだった。何時もの制服ではなく浴衣に着替え、何事も無い様に空いている場所に腰を下ろす。その雰囲気はまるで自宅に居る様な感覚にも見えていた。

 

 

「ここは、私にとっては自宅みたいな物ですから。今日は少しだけここに予定があったので」

 

 これまでに見た事が無い姿にロミオは少しだけ落ち着きを無くしていた。目覚めて早々にシオやマルグリットと会うだけでなく、浴衣姿のアリサまで居るとなればかなり良い物を見れた様な感覚があった。

 何事も無かったかの様にアリサは隣に座っているマルグリットと話をしながら食事をしている。既にロミオの中ではそれどころではなかった。

 

 

「そう言えば、最近はこっちも忙しくて詳しい事は分からないんですが、大丈夫なんですか?」

 

「今の所はって前提であればですけど。でも、コウタだけじゃなくてエリナもエミールも皆頑張ってますよ」

 

「コウタの場合は単純に良い所見せようとしているんじゃないです?」

 

「別にコウタの良い所だけしか知らない訳じゃないんで」

 

「…ごちそうさまです」

 

「いえいえ。アリサさん達ほどじゃないですから」

 

 食事をしながら聞こえてくる話を聞いた際に、ロミオは少しだけ疑問があった。今のアリサとマルグリットの話からするとコウタとは随分と親しい様にも聞こえて来る。アリサはともかく、改めてマルグリットの顔を見れば先ほどとは違い、頬に赤みが差している様にも見えていた。

 

 

「あの、コウタさんって第1部隊のコウタさんですよね?」

 

「そうですよ」

 

 ロミオの確認の様に話す言葉に隣にいたアリサは何となくこの状況を理解していた。

 ここに来る前にツバキだけでなく、無明からもロミオの件を聞かされている。ブラッドに参加させるには現状の技量に大きな差があるだけでなく、一番厳しい局面でロミオの能力そのものが要求される可能性が高い事から、極東での上級向け教導メニューが導入されていた。

 まだ初日である事から身体をな慣らす所からではあるが、明日からは厳しい一日が始まる事を事前に聞いている。アリサもロミオは初対面では無いが、今のブラッドとでは明らかに力量に大きな差がある事は認識していた。

 本来であれば厳しい訓練である以上、多少の気の緩みは必要ではあるが、今後の事を考えれば緩めすぎるのも問題だと判断していた。

 

 

「そうだ。さっきロミオとたのしく話してたぞ。あれはうわきって言うんだよな。弥生がそう言ってたぞ」

 

「そんなんじゃないです。ちょっとお話しただけですから。それは誤解です!」

 

 何気にないシオの言葉にロミオの顔は赤くなり、マルグリットは逆に青くなっている。そんな状況が既に何かを大きく壊していた。

 

 

「シオちゃん。いくらなんでもそれはコウタがかわいそうですよ」

 

「え~そうなのか?」

 

「そうですよ」

 

 この時点でロミオは何となくだった推測が確信に変わっていた。改めて口に出す必要がなかったのか、何となくガッカリとした気分になっている。

 アリサもシオとの話をしながら視界の端でロミオを見ている。どこか哀愁が漂うそれに、少しだけ気の毒とは思うも、それ以上の事は何も言うつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか今日のお兄ちゃんは昨日とは違うみたいだけど、何かあったの?」

 

 色んな意味での激動の初日が終わり、ロミオは再び遊びと言う名の訓練を開始していた。好感が持てる女性がまさかコウタの彼女であると思わなかったのか、ロミオは少しだけ傷心気味となっていた。

 しかし、いくら凹んだ所で何かが変わる訳では無い。既に昨日の事は終わった事だと一人心を入れ替えて子供達と向き合う事を決めていた。

 

 

「何でもねぇよ」

 

「そっか。てっきり振られたのかと思ったけど違うみたいだな」

 

 何気に言われるその言葉にロミオは心に何かが突き刺さったのか、それ以上の事は何も言えなかった。既に訓練は開始されている。昨日のあの感情を晴らすべく、今は目の前の子供達と真摯に向き合う事を一人決めていた。

 

 

「大きなお世話だ。今日の俺は昨日の俺とは一味も二味も違うぜ。覚悟しなよ!」

 

「何だかしらないけどやる気出たみたいだ。今日もまたやるぞ!」

 

 再び子供達の事が周囲に響く。既にロミオは何か吹っ切れたのか、目から出る心の汗をそのままに訓練を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだやれる?」

 

 大の字になったロミオを心配したのか、先ほどまで遊んでいたはずの子供達が次々と寄って来ていた。昨日とは打って変わって鬼ごっこだけでなくかくれんぼまでもが導入されていた事が最大の原因でもあった。

 遊びそのものは至ってシンプルではあるが、問題なのはその内容だった。子供達は隠れると同時に気配が次々と消え去っていく為に、ロミオが鬼の際には一向に見つかる気配は無く、また子供達が鬼の場合には気配を消し去って近寄る為に真っ先にロミオが見つけられていた。

 単なる遊びだけでなく、その中に身体の運用方法が多分に入っていた為に身も心もギリギリの部分まで追いやられていた。

 

 

「まだ大丈夫だ」

 

 そう言いながらロミオは疲弊した身体を無理矢理起こす。既に体力がギリギリだった事を考えれば、子供相手の強がりでしかない。目覚めた際に聞かされた事実を知った際に、ロミオは以前程では無いが、やはり置いて行かれた様な感覚があった。終末捕喰の結末を迎えた先に起こった現実と、その主犯でもあるのがラケルである事実。また、現在進行している作戦の内容、そして今の状態で復帰した場合の戦場がどこなのかを考えると、これでも最低必要現の訓練でしかない事を理解していた。

 

 

「そう?だったらもう少し気合い入れてやっても大丈夫だよな」

 

「………」

 

 無邪気な中に手心を加えるつもりが全く無い言葉は今のロミオの心をへし折るには十分すぎたのか、今のロミオには返事をする気力すら失われていた。

 

 

 

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