神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第239話 ギリギリの選択

「……斗。北斗!どうかしたんですか?」

 

 シエルの言葉が北斗の耳に届いた頃には、既に周囲の景色は先ほどの場面へと戻っていた。夢にしてはあまりにもリアルすぎる感覚に、気が付けば手にはジットリと汗が滲んでいる。既にどれ程の時間が経過したのか、全員の視線は北斗へと向けられていた。

 改めて周囲を見れば、のどかともとれる風景が広がっている。全員の視線に気が付いたからなのか、北斗は先ほどの状況を思い出し、その事実を伝える口を開こうとした瞬間だった。

 

 

「おい!何だあれは」

 

 ギルの言葉に全員の視線が集まる。少し前に見た黒い蝶が再び周囲を巻き込むかの様に湧き出たと思った瞬間だった。

 その場に居た5人を取り囲むかの様に襲いかかる。元々実体を持たないそれに対し、神機を振るった所で何も解決する事が出来なかった。

 襲い掛かる黒い蝶からの攻撃を防ぐ為に盾を展開する事だけで精一杯だった。時間にして数秒程度。先ほど襲い掛かった黒い蝶は群れの様に一つの塊になってその場から上空へと移動している。一塊だったそれが徐々に大きな個体へと変化している。その姿は終末捕喰の最終局面で見たジュリウスが乗っ取られたアラガミと酷似していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員散開!」

 

 北斗の怒号の様な指示と同時に全員がその場から一気に離散していた。以前に戦った個体とは似ているが、よく見れば明らかに異なる点がいくつか存在していた。

 以前の様に捉えられたジュリウスが居た場所には王冠を被った様な骸骨の面が付けられている。既に臨戦態勢に入っているからなのか、一つの個体の様なそれが全員に対しむき出しの殺意を持って対峙していた。以前の様な羽は既に失われたからなのか、それとも今のアラガミの体をそのまま体現しているからなのか、これまでに何度か討伐した神融種の特徴と酷似していた。

 最大の違いでもある羽の部分に変わって存在しているのは明らかに神機の刀身部分を模した物。8本の刃が宙を漂い付き従うそれは紛れも無くこちらの命を奪いかねない代物だった。既に刃が周囲に向かって回転を始めている。それが起点で始まる攻撃は既に予測出来ていた。

 

 

「思ったよりも……厳しい…な」

 

 盾を展開する事で直撃は避けるも、斬撃と変わらない一撃はこれまでに感じた事が無い程の重さを秘めていた。無理矢理回避する事も可能ではあるが、当時の攻撃をそのまま周到するのかは対峙しない事には何も分からない。最悪は自分の命と引き換えになり兼ねない為に、確認すべきとばかりの行動でもあった。

 突きの一撃はそのまま斬撃に変かする事はなく、元の場所へと戻っている。先ほどの一撃によってどれほどの強さなのかが改めて浮き彫りとなっていた。かつての攻撃の気配は僅かに残るも、その色は殆ど見える事は無かった。当然だと言わんばかりに羽の刃が斬撃の嵐とばかりに全員に襲い掛かる。

 以前の様な攻撃の甘さはそこにはなく、ただ命だけを奪い去るだけの殺戮機械でしかなかった。

 

 

「クソッ!またか。シエル頼む!」

 

 8枚の刃は厄介以外の何物でもなかった。以前同様に、刃を回転させる事によって接近戦に持ち込ませる様な隙を作らず、また銃撃をメインとした攻撃の際には幅広の刃を盾の様に扱う事で直撃する事は適わなかった。

 対峙してからの時間の経過を感じる暇はなく、戦闘中の頭脳は常時働き続けていた。このままの上体が続く様であれば、体力差を考えれば最初に疲弊するのはこちら側。しかし、現時点での対処は遅々として進まなかった。

 

 

「ダメです。本体に届きません」

 

 ギルの言葉でシエルのアーペルシーから放たれた銃弾はこれまで同様に刃に阻まれ未だ着弾した事は無かった。厚みを増した刃は以前の様な隙間を発生させる要素はどこにもなく、回転させる事によって近接攻撃すら受け付けない。現時点でやれる行動は限定されていた。

 これまでの攻撃がここまで続けば本来であれば刃の一枚も破壊される可能性があるものの、常時回転している為にどれがどれだけのダメージを与えているのかすら分からない。全部にそれなりのダメージがあるのかもしれないし、ごく一部にだけ深刻なダメージがあるのかもしれない。しかしその確認をする事は適わない以上、今はただひたすらに攻撃を与え続ける以外の方法は無かった。

 

 

「だったら!」

 

 ナナの気合いの入った声と同時に目の前のアラガミの背後に回っていたナナのコラップサーは既に準備が完了していたのかチロチロと見える青い炎が姿を現している。渾身の一撃と思われるそれが1枚の刃に始めて直撃していた。

 高速回転していなかった事が拍車をかけたのか、1枚の刃はミルミル皹を大きく広げ出していた。既にその用途に適さないと判断した結果なのか、それとも放棄したのは8枚のうちの一枚はそのまま崩壊していた。

 

 

「行くぜ!」

 

 刃の一枚が破壊された事が最大のチャンスだととばかりにギルは自身のヘリテージスを赤黒く光らせる。既に突進の体制が出来上がっているのか、あと半歩足を踏み出す事が出来ればそのまま自身がオラクルの塊となって突撃する事が可能となる。

 既に視線はアラガミから外れる事は無い。本来であればこのまま一気に追撃するのがこれまでのパターンだった。

 

 

「ギル!ストップだ」

 

「北斗、どうかしたんですか?」

 

 このまま一気にケリを付けようとした所で北斗はギルを制止させていた。アラガミの様子は先ほどに比べれば若干弱っている様にも見える。千載一遇のチャンスを不意にした事に誰もが疑問を持っていた。

 

 

「まだ弱っている様には見えない。理由は分からないが何となくそう感じるんだ。ナナ!その場から離れろ!」

 

 北斗はナナに退避の命令を出すと同時にアラガミを注視するかの様に視線を定めたまま動く気配は無かった。そんな北斗の意図を汲んだのか、シエルは改めてアラガミに向けて今まで使用していた物とは違うバレットをアーペルシーに装弾すると同時に、すぐさま銃弾を撃ち込んでいた。

 轟音を挙げながらシエルが自身の研究の成果とも言えるバレットは着弾すればかなりのダメージを与える事が出来る、事実上の止めの一撃の様な役割を果たしていた。仮にギルのチャージグライドが直撃したとしてもほぼ同レベルかそれ以上の破壊力を秘めている。もし、致命的なダメージを負っているのであれば、着弾した後の事は考えるまでもない。そんな思惑が存在していた。

 

 

「やっぱりか……」

 

 北斗の呟きの様な言葉はすぐに結果となって表れていた。先ほど破壊したと思われた刃は擬態だったのか、改めて数を確認するとこれまで同様の8枚の刃が周囲を囲むかの様に浮かんでいる。

 もしあのままギルが突撃する様な事があれば、ギルの胴体は上下に分離した可能性を秘めていた。

 

 

「まだ蟠りがあるとでも言うのか……」

 

 誰にも聞こえない程の呟きが北斗の口から洩れるかの様に出ていた。目の前のアラガミが強固な個体であるだけでなく、先ほどのラケルの言葉が北斗の行動を制限するかの様に封じ込めている。良く言えば慎重ではあるが、悪く言えば迷っているとも言える行動は部隊全体に広がりを見せていた。

 既に時間の概念はどこにもなくこれまでにどれ程の攻撃を当てようとも8枚の刃の鉄壁の防御は崩れる気配がどこにも無かった。既に携行品も底をつきかけている。上層部に入った途端の戦闘は予想を超えた苦戦を強いられてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方のシエルだけでなく、先ほどの攻撃を制止させられたギルもまた僅かながらに戸惑いを覚えていた。この上層に入った瞬間に襲い掛かった正体不明の黒い蝶が全員を襲ったかと思った瞬間、北斗の行動がおかしくなっていた事を思い出していた。慎重と言えばそれまでだが、これまでの様な早さを活かした攻撃がなりを潜めていた。

 結果的には先ほどの崩壊に関しては完全にブラフだった事は良かったが、その後の指示はやはりどこか違和感を感じ得なかった。

 

 

「北斗。こんな時に言うのもなんだが、どうかしたのか?」

 

「いや。なんでもない」

 

 ギルの言葉の意図は北斗も理解している。自身でも明らかに行動が鈍いのは自覚している。しかし、先ほどのラケルの亡霊に言われた言葉が自身の行動を蝕んでいるのは間違いない。最低限のダメージを避ける事は各自の技量で何とか凌いでいるも、このままの状況が続くとなれば最悪の展開になるのは時間の問題だとも思われていた。

 戦闘以外の思考がほんの僅かの判断を狂わす。今の状況を理解しているかと思える程にアラガミの刃は北斗へと向いている。既に8枚の刃は花の花弁の様に展開していた。以前にも自分達が感じた最大の脅威。既に刃の光が中心に集まっていた。

 

 

「くっそたれ!」

 

 時間にして恐らくは1秒の時間にも満たない中での意識の遮断は死の臭いを予感させるには十分すぎた。時間にして僅かコンマ5秒。北斗に向けた一撃は既に回避の選択肢を奪い去っていた。

 

 

「北斗!」

 

 ナナの叫び声と同時に、北斗の目の前でマンチムームーが展開される。脅威の一撃を防ぐには北斗のバックラーではなく、ナナのタワーシールドで防ぐ以外に方法がなかった。通常の一撃とは違う威力にナナは全身を使いながら防いでいるが、徐々に押され始めている。

 以前に見た程の威力は無いが、それでもかなりの威力を有した攻撃にナナの表情が苦痛に歪む。既に靴の跡は徐々に後ろへと延び出しているのか、地面には深く溝が出来ていた。

 

 

「ナナ!」

 

「いつもの北斗らしくないよ。私の事よりも、今は目の前のアラガミに集中しなよ。でないとここまでしてくれた皆に顔向けできないから!」

 

 盾を展開しながらの攻撃はかなりの質量があるのか、気を抜けば確実に弾き飛ばされる程の威力を持っていた。以前にも見たこの攻撃は最新のアラガミ防壁すら凌駕する程の威力を有している。それを自分の盾だけで守るにはあまりにも厳しい状況だった。

 熱線の熱量が徐々に神機にも伝播する。このままではナナの神機に何らかのトラブルが発生するのは時間の問題だと思われた瞬間だった。

 これまで普通に戦って来たはずのリヴィから強力なオラクルの反応を感じている。既にチャージクラッシュの態勢に入ってるのか、通常の闇色ではなく、そこにはブラッドとしてのオラクルの活性化の証でもある赤黒い光を帯びていた。

 

 

「このまま死ね!」

 

 リヴィの言葉と同時に上段に構えたヴェリアミーチェが振り下ろされる。そこから生じた衝撃波は周囲の土砂を巻き込みながらそのアラガミへと走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ今の感じ……ぐわっ!」

 

「訓練とは言え戦闘中によそ見なんかするな!これが実戦なら死ぬぞ!」

 

 訓練中のロミオは現在ナオヤと教導の真っ最中だった。穂先が無いが、先端は何となく槍の形状をしたもののがロミオの腹部を直撃する。気を抜いた一撃はロミオを弾き飛ばすには十分すぎた一撃だったのか、道場の壁に激突していた。

 

 

「痛てててて………よそ見じゃなくて、さっきオラクルの血の力……ブラッドアーツの鼓動みたいな物を感じたんだ」

 

「血の力?」

 

「確証は持てないけど、確かにそれを感じたんだ。まるで何かを引き寄せる様な、呼んでいる様な……」

 

「そう感じるとはね……」

 

 ロミオの言葉にナオヤは内心感心していた。事前に聞いた情報ではロミオ自身が自分の力だけでブラッドアーツを行使した事実はどこにも無かった。

 教導教官としてロミオと対峙する前に、細かい部分のログまで事前に確認していた。

 精々が瀕死の間際の一撃にその痕跡があった事を、整備をしたナオヤは知っていただけに過ぎない。詳しい理論は分からないが、これまでに血の力を感じたジュリウス以外ではこのロミオもまたその血の力が完全に覚醒している事だけが予想出来ていた。

 既に教導は終盤にさしかかりつつある。時間的にはそろそろなんだと目の前のロミオを他所にそう考えていた。

 

                                                                                                         

 

 

 

 

 

 

 

 リヴィの一撃はこれまでの戦った事によるダメージの積み重ねの総決算とばかりに繰り出した衝撃波は刃で防御したそれをいとも簡単に破壊し、そのまま消滅させる結果となっていた。

 リヴィの放った衝撃波は地面までも抉るかの様に大地にも多大な跡を残している。止めの一撃となったそれの力の大きさが垣間見える様に思えた。

 

 

「何、今の……」

 

「今のは……」

 

 リヴィが放った後はまるで何もなかったかの様に再び空気が凪いだ状態に戻っていた。

 先ほどの一撃はこれまでに感じた事が無い力。厳密に言えば今のメンバーでは感じる事が無かったロミオの力だった。全身の力が全部吸い上げられたかの様にリヴィに虚脱感が襲い掛かる。それが何かの引鉄を引いたかの様に、声が周囲に響いていた。

 

 

「ぐぁあああああああ!」

 

 全員が振り向くと、そこにはリヴィが自分の右腕を押さえながらうずくまる姿があった。先ほどの一撃が自身の限界値を超えた結果なのか、それとも既に身体に限界が来ていたのかは分からない。しかし、現時点でそれを判断出来る材料は何もなかった。

 

 

「シエル、すぐにアナグラに連絡。救護班の手配と護衛の依頼。ギルは神機を頼む。ナナはリヴィは担いでくれ。俺はここで警戒しながら殿を務める」

 

 北斗の指示に従いシエルはアナグラへの通信を開き、ナナはリヴィを背負い出していた。未だアラガミの気配が無かったのは僥倖だが、それでも今後の事を考えると暗い未来しか無かった。

 

 

 

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