神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第247話 甘言

 

「ここは……一体……」

 

 ギルは突如として落とされた穴から変化した風景に思わず周囲を見渡していた。生い茂る森にどこか見た事がある小屋が立ち並ぶそこは、以前に居た場所の周辺に近い。先ほどまでは上をみれば天井が見えるはずの螺旋の樹だったはず。記憶の奥底に漂う風景は嫌が応にもギルのあの時を思い出させていた。

 気が付けばその時に見た黒い蝶がヒラヒラと飛んでいる。その行方の先にはギル自身が直接手をかけたはずのケイトに似た人物が腰を下ろしていた。

 

 

「まさか……ケイト……さん?」

 

 ギルの記憶が確かならあの最後のミッションの際に着ていた服装に、栗色の長髪。赤いメガネをかけた女性はギルの心情に大きく影響を与えていた。

 本来であればあり得ないはずの人物がそこに居る。自身が何故と思う前にギルの足は自然とその場所に走り出していた。

 

 

「ケイトさん!」

 

「やあ、どうしたのギル?何かあったの?」

 

 俯いた頭が上がると、その顔とその声は紛れも無くケイト・ロウリーその人だった。自身が直接手にした記憶が未だに残っている以上、目の前の女性が偽物なのは間違い無い。しかし、ゆっくりと立ち上がり、まるで何事も無かったかの様に話かけるそれは、本人以外の何物でもない様にしか思えなかった。

 

 

「いえ、どうして……ここに。ここは螺旋の樹の内部なんじゃ……」

 

「螺旋の樹?夢でも見てたの?ここはグラスゴーじゃない。そうやってボケっとしてるなんて、らしくないよ」

 

 ギルの言葉をまるで夢でも見てたのかとケイトはやんわりと否定していた。改めて周囲を見ればその場所にアラガミの気配は何も無い。手にしたヘリテージスがやけに重く感じていた。

 

 

「まあ、ここで立ち話もなんだし、折角だから一旦は休憩場所に戻ろうか」

 

「あ、はい」

 

 ギルの前を歩くケイトは紛れも無く偽物であるのは間違い無いと当初は考えていた。質の悪い幻か悪夢。それ位の認識しかない。しかし、先を歩くケイトの背中はまるであの当時の事が最初から無かったかの様な感覚がギルの中に出ていた。気付けば休憩場所の小屋が見える。グラスゴーに居た際に割と良く使っていた思い出の場所にケイトは何も思う事無く扉を開けてそのまま入っていた。

 

 

「何だかこうやってここに来るのは久しぶりだね。そろそろハルも来るはずだから、来る前にお茶にしようか」

 

 手慣れた感じでケイトは紅茶とブラウニーをギルの前に差し出していた。紅茶から立ち上る香りはケイトが好んで飲んでた茶葉の香り。その隣にある小さなそれはケイトが得意としているお菓子。余りにも自然に出されたそれにギルはここが本当にどこなのか少しづつ曖昧になり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね……でもギルがまさかそんな大それた作戦に参加するなんて私も鼻が高いよ」

 

 出された紅茶に手を付ける事無く、話し上手なケイトの言葉にギルはやんわりとこれまでの事実を話し出していた。事実上の極秘任務と言う訳では無い為に、一部の部分はぼかしながらもこれまでの顛末を話している。

 既に出された紅茶に熱は無く、ギルは何も手を付ける事無く会話を続けていた。

 

 

「でもさ、その話。ラケルって人だっけ?その人の言ってる事は分からないでも無いかな」

 

「どうしてそう思うんです?」

 

「だってよく考えて見なよ。もし、このまま終末捕喰が完遂されればアラガミはこの地上から居なくなるんだよ。そうなればゴッドイーターだって要らなくなる。ギルも知っての通り、私達がアラガミを根絶する事は事実上不可能なんだ。だったらこのまま終末捕喰に賭けてみるのも悪くは無いんじゃないの?私は少なくともそう思うよ」

 

 ケイトの突然の言葉にギルはそれ以上の事は何も言えなくなっていた。以前に榊から聞かされた終末捕喰は生命の再分配。地球を一旦リセットする為の装置でもあり、今もなおそれを実行せんとする意志は継続されている。確かに極東に居る榊や無明がフェンリル内部でも上から数える程の研究者であっても、その根本をどうにかする事が出来ないのは紛れも無い事実だった。

 今出来るのは、対処治療に等しい行為である事はギルも理解している。だからこそケイトの言葉はギルの心に忍び込む込む様に入っていた。

 

 

「そうしたらさ……私みたいにアラガミ化するゴッドイーターも居なくなる訳だし、そうすれば誰も傷つく必要は無いはずだよ。私はさ……結果的にはもう手遅れだったけど、こんな最悪な世界を次代の子供達にまで引き継がせたく無いんだよ」

 

 そう言いながらケイトは自身のカップの紅茶を飲み干し、再びポットから紅茶を入れ直す。改めて立ち上る香りが改めてギルの思考を溶かそうとしていた。

 

 

「ギルだって将来、結婚して自分の子供が産まれた時に、こんな過酷な世界は見せたくないでしょ?」

 

 ケイトの視線がギルを射抜くかの様に力が籠る。何かを伝えたい気持ちが真っ直ぐ伝わるのは紛れも無くケイトの癖なのはギルも知っていた。これが現実ならどれほど良かっただろうか。ギルは内心そう考えながらも一言だけケイトに告げていた。

 

 

「それは違う」

 

「そうしてそう思うの?」

 

「確かに終末捕喰は地球の意志で行われている物であると同時に、今の全てを解決する物なのかもしれない。極東だけでなく世界の視点からすれば正しい事なのかもしれない。でも……それは結局誰かの想いを……誰かが命をかけてまでやった行為を踏みにじる物…だ」

 

 気が付けばギルは無意識の内に立ち上がっていた。これまで螺旋の樹の内部に留まったジュリウスの意志を、この場所を護る為に散った仲間たちの意志を、そしてなによりも目の前に居るはずのケイトの意志さえも踏みにじる様な台詞をそれ以上聞きたく無いとさえ感じた結果でしかなかった。

 既にこの場所がどんな場所でも関係無い。今のギルは何よりもそう感じていた。

 

 

「ギル……」

 

 ケイトの手がギルへと延びる。まるで何かに縋るのか、それとも何かを捉えるのか。ケイトの手はゆっくりとギルに近づいていた。

 

 

「だからこそ、俺はラケルのやった行為を認める事は出来ない。そして……お前はケイトさんじゃねぇ。ラケル!俺は貴様を絶対に許さねぇ!」」

 

 近づく手を叩き、ギルは隣にあったヘリテージスをケイトの喉元に突きつける。その瞬間ケイトの姿がラケルへと変わっていた。

 気が付けば周囲の景色は螺旋の樹の内部へと戻っていた。ゼロ距離からの攻撃の為にギルは全身をバネにし、手首を捻りながらそのまま一気に首へと突き刺す。この距離であれば確実に躱す事は不可能なそれはラケルの喉に直撃する前に黒い蝶へと変わっていた。

 

 

「折角のお誘いを断るとは……ギルバート。貴方は随分と無粋なのですね」

 

「最初から分かってただけだ。貴様とケイトさんはあまりにも違い過ぎる。三文芝居にこれ以上は付き合えない」

 

 姿無きラケルの声だけが響く。既に自身の右手のヘリテージスは何時もと変わらない重みと、現実に戻った事に答えるかの様に鈍く光っていた。

 その瞬間だった。先ほどまで周囲に飛び散ったはずの黒い蝶が再び周囲から集まり出す。塊の中からは以前に聞いた事が無い咆哮が周囲に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろこの辺りのはずなんだがな……」

 

 リンドウは僅かにキャッチした信号からギルが居ると思われる場所に向かって歩いていた。ここに来るまでにアラガミとは殆ど遭遇する事が無かったのはひとえにロミオの力が働いていた事だった。

 時折出てくる小型種程度であれば討伐に時間はかからない。路傍の石の様にそれを一気に消し飛ばしながら探索を続けていた。

 

 

「リンドウさん。何か聞こえませんか?」

 

「言われれば確かに…な」

 

 周囲を見渡しながら探索を続ける中で僅かに聞こえた咆哮は明らかに大型種特有の物だった。視界の中にまだそれらしき物が見えない。

 視界に入るよりも遠距離なのか、それとも最初から視界には入らない場所での出現なのか、エイジは視覚、聴覚を最大限に活用するかの様に神経を集中させていた。咆哮以外に聞こえるのは僅かに響く地響き。自分の感覚が正しければそれは自分達の足元からの様に思えていた。

 

 

「エイジさん、リンドウさん。多分あれなんじゃ!」

 

 ロミオの差した先にはおおきな窪みがある様にも見えていた。周囲が完全に照らされた訳では無い為に、差した先は今一つ見えにくい。アラガミや罠の可能性を考慮しながらも5人は急いでその場所へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また随分と洒落が効いてるみたいだな。だが、それがかえって命取りだ」

 

 ギルは黒い蝶が固まった後に出てきたアラガミを見て、思わず零れるかの様に呟いていた。ケイトの死を招くだけでなく、自身の存在すら疎まれる原因となったアラガミに見えるが、大きな特徴が一つだけあった。

 本来であればこの種にそれがあるはずの無い物。額の部分から突き出た凶悪なそれは神機のチャージスピアの様にも見えていた。既に臨戦態勢に入ったギルは先手必勝とばかりにヘリテージスにオラクルを集める。赤黒く光る威力をそのままに、先端はそのアラガミへと自身も同時に突進を開始していた。

 

 

「どうやら交戦中だな。こちらリンドウ。ギルを発見した。現在はカリギュラ種と交戦中。こちらもこのまま一気に加勢する」

 

《了解しました。こちらで分かる範囲ではカリギュラ種の特定は出来ません。恐らくは変異種か神融種の可能性があります。そのメンバーならば問題は無いと思いますがお気を付け下さい》

 

「って事で、これからギルの加勢に入る。全員油断するな!」

 

「了解!」

 

 リンドウはアナグラへの通信を切ると同時に振り向くと、全員が臨戦態勢に突入していた。窪みだと思われたそれは大きな空洞となっている。そこから見えたのは赤黒い光を帯びながら突進するギルの姿だった。

 既に戦端は開かれている。このまま見ているだけのつもりは誰も無く、全員が一気に穴の中へと飛び降りていた。空洞は天井の高さがそれなりにあったのか、飛び降りた瞬間に周囲リンドウとエイジは全体像を確認していた。遮蔽物は一切無く、場所そのものも広い訳では無い。無駄な行動を避け、一気にケリをつけるのが得策だと考えていた。

 

 

「周囲にアラガミの姿は無い。万が一の可能性はあるから警戒は怠るな!」

 

 エイジの言葉が周囲に響く。その言葉が聞こえたからなのか、これまで単独で戦っていたギルは内心感謝しながらも目の前のアラガミから視線を外す事はしなかった。

 背後からは援護射撃の様に銃弾がアラガミに向かって放たれる。顔面に集中砲火されたからなのか、アラガミは僅かに怯んでいた。

 

 

「援護有難うござい……ます」

 

 背後からの攻撃に感謝しつつギルが後ろを振り向いた瞬間だった。あの事件以降、絶対に見る可能性が無いはずの人物が神機を肩に担ぎ、既にチャージクラッシュの態勢に入っている。そんなギルの驚きなど無視だとばかりにロミオの一撃がアラガミを襲っていた。

 闇色と赤黒い光が混じった様な一撃はアラガミの左腕にあった装甲を一気に破壊していた。既にその攻撃が当たる事を前提としたからなのか、ロミオだけでなく、リンドウと北斗は右手から、エイジとリヴィは破壊された左手側からアラガミに向かって距離を詰める。一撃で結合崩壊を起こした際に出来た隙は致命的でもあった。

 

 

「ギル!ボケっとするな!」

 

 反撃とばかりにアラガミの右腕には刃を展開すると同時に横なぎに振り払っていた。刃は北斗へと向けられている。強烈な一撃はまともに盾で受ければ弾き飛ばされるのは必至だと思われた瞬間だった。

 距離を詰めながら北斗はしゃがむと同時に頭上にはアラガミが振るった刃が走る。それは致命的な隙となったのか、北斗はギルに叫びながら白い刃を下から一気に振り上げる。横への斬撃はそのまま下からのベクトルを受けた事によってアラガミの腕は方向転換し、上に弾き飛ばされていた。

 

 

「お前ら!一気に決めるぞ!」

 

 跳ね上げられた腕に対し、胴体は事実上の無防備となっていた。固い鱗の様な物に覆われているはずの胴体の中でも唯一柔らかそうな腹部はリンドウの格好の斬撃の的となっていた。

 渾身の一撃がアラガミの腹部を斬りつける。カウンター気味に入った一撃はアラガミの反撃を許す事さえしなかった。斬りつけらた腹部からは当然の結果とも言う様に血が噴き出している。リンドウの斬撃の鋭さを如実に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にロミオなのか?」

 

 カリギュラの亜種か神融種はその後の戦闘で地面に沈む結果となっていた。

 カリギュラ種そのものは接触禁忌種に指定されているだけでなく、今回のアラガミは明らかにこれまでの物とは違っていた。

 額に生えた槍の様な物だけでなく、振りかざす刃の強靭さと時折吐く冷却のブレスはこれまでの物とは一線を引く程の威力を有していた。通常のミッションであれば4人で回す戦闘も極東が誇る戦力の前では歯ごたえが無いとも言える程だった。

 

 的確なエイジの銃撃に加え、僅かな隙すら斬り刻むリンドウの斬撃だけでなく、北斗とリヴィの移動しながらの攻撃はアラガミの狙いを碌につけさせる事なく次々を赤い線を作り上げていた。ここまでならばギルとて見た事が無い訳ではない。未だ信じられないと思えたのはロミオの存在だった。

 バスター型の神機はその特性から機動性はロングやショートに比べれば格段に落ちる。ギルが最後に見たロミオは攻撃ばかりに意識が向いていたからなのか、被弾率がかなり高い記憶しかなかった。しかし、目の前のロミオは決してむやみやたらと神機を振り回す様な真似はせず、アラガミの行動と攻撃範囲を確実に理解した上で攻撃を加えていた。

 バスター型の神機の破壊力は自分が使うチャージスピアよりも大きい。ロミオの攻撃を軸に4人だけでなく、気が付けばギルもその行動の中に自然と入っていた。

 

 

「あったりまえだろ?何を訳の分からない事言ってんだよ。そもそも勝手に俺の事を殺すなよな」

 

「ああ。すまない。まさかロミオがこの場に居るとは思わなかったんでな」

 

 横たわるアラガミは既に両腕が切断されただけでなく、額にあった槍も破壊されていた。既にコアが抜かれた為に霧散するのは時間の問題。油断はしないままにギルは今の現状を把握したいと考えたからなのか、目の前のロミオのこれまでの経緯を聞いていた。

 

 

「そうだったのか……」

 

 先ほどの戦闘能力から考えればギルとて納得は出来ないが理解は出来ないでもなかった。北斗と同様にあの時点でのロミオは確かに焦燥感に囚われた行動をしていた記憶しかなく、実際に戦ったロミオはまるで別人だと言っても過言ではなかった。

 短期間での急成長だけでなく、血の力にも当然の様に発露している状況はギルを軽い混乱状態へと陥らせていた。

 

 

「だが、それがあるからこそ今があるんだろ?」

 

「応よ。って頭に触るなよ」

 

「幾ら何でも雰囲気が変わりすぎだろ?それにその髪型は偶にやる俺と被るんだよ」

 

 何かを誤魔化すかの様にギルはロミオの頭をぐしゃぐしゃにしていた。

 束ねた髪型は今のロミオに似合っていない訳では無いが、時折自分も長髪を束ねる時がある。いくら病み上がりだと言われても、あの時のロミオはこれまで記憶にあったロミオではなく、既に歴戦の猛者と組んでいる様な感覚にギルは口こそ何時もと変わらないが、内心は喜んでいた。

 自分の道を見つけるの事の難しさは、ブラッドの中では誰よりも理解している。図らずもラケルが見せたケイトの幻影はギルの気持ちをより強固な物へと変えていた。

 

 

「おい。じゃれるのはその位にしておけよ。今回はここでアナグラに戻る予定だからな」

 

 そんなやり取りを見ながらリンドウは少しだけ安堵していた。幾らゴッドイーターと言えど、一生戦場に立ち続けるのは不可能である事を誰よりも一番理解している。

 今は螺旋の樹の作戦に就いている為に忘れそうになるが、今もなお極東が激戦区である事は紛れも無い事実。元が人間であれば代変わりすればその戦力がどうなるのかはリンドウも一抹の不安があった。

 しかし、今回の件に関しては自分は教導には加わっていないが、事の一部始終はツバキから聞かされていた。それと同時に、直接の原因となったマルドゥーク戦はリンドウも参加している。ブラッドの中でも確執があったこの2人の様子が悪くないと判断したのか、それともこれから先の世代に対する期待の表れなのか、その目は穏やかな物だった。

 

 

 

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