神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第253話 決戦前

 激しい呼吸音と同時に時折聞こえる剣戟の音は、まるで周囲を破壊するかと思わせる程の高音を発しながらリズムを刻むかの様に響く。既にお互いが対峙してからどれ程の時間が経過したのかすら忘れそうになるほど高度な戦いが訓練室内で行われていた。

 ロング形態の刃が空気を斬り裂かんと上段から袈裟懸けに斬り落とされる。既にそれを察知していたからなのか、バスター形態の刃は紙一重と言わんばかりの距離を見切り、攻撃の隙を見逃す事は無かった。反撃とばかりに重量感のある刃は目の前にある胴を薙ぐかの様に振り切っていた。

 

 

「改めて見るが、まさかここまでとはな……」

 

 訓練室の窓から見る光景にギルは暫し言葉を発する事すら忘れ、眼下でくり広がられている戦いに目を向けていた。体感的には1時間以上戦っている様にも思えるが、時計を見ればまだ5分にも満たない時間しか経過していない。

 どれ程の鍛錬をしたらこうなるのかを考えながら傍観するしか出来なかった。

 

 

「そうですね。今のロミオは確実に自分の間合いと動きを理解しているとしか言えませんね。北斗であれなら、私は当の前に倒されているでしょう」

 

 ギルの隣で呟く様にシエルの声が聞こえていた。既に対峙したリヴィは自身の経験を踏まえた上で模擬戦を見ているのか、目はロミオの行動から離れる事は無かった。

 一方でナナはロミオのあまりにも変化しすぎた姿に呆然と見ている事しか出来なかった。時間は確実に刻まれて行く。お互いに決定打が入る可能性はなく、このまま永遠に戦いが続くのではと思えるほどだった。このままではお互いが消耗するだけ。

 永劫とも取れる戦いは無情なブザーの音と共に終了する事となっていた。

 

 

「流石はロミオ先輩ですね」

 

「何が流石はロミオ先輩だよ。俺だってこれでも目一杯やってるのに決定打が当たらないなんて、北斗の方こそふざけてるとしか言えないぞ」

 

 お互いの感想を言いながら2人は神機のモックを片付けていた。

 事の始まりは悩んだ末にナオヤに相談に行った事がキッカケだった。自分が自分の事を信用出来ない様な状況はあり得ないのと同時に、今一度頭の中を空っぽにする為にロミオとの模擬戦をしたのが始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロミオ先輩。時間があるなら俺と模擬戦やってくれませんか?」

 

「へ?なんで?」

 

「少し思う所があったのと、やるならロミオ先輩とやれってナオヤさんが言ったので…」

 

 当初はラウンジで寛いでいたはずのロミオだったが、北斗の深刻な表情に何か思う所があった。しかし、今の北斗がどれ程の力量なのかはロミオとて知っている。だからこそ自分と模擬戦をする意味が分からなかった。

 

 

「ふ~ん。別に構わないけどさ、これから直ぐか?」

 

「はい。そうして貰えれば」

 

「そっか。じゃあ、行こうか」

 

 ラウンジにはロミオ以外にもブラッドのメンバーが休憩とばかりに腰を下ろしていたが、北斗の真剣な表情とロミオとの模擬戦に何か思う所があったのか、既に視線は2人へと向いている。気が付けば先ほどの様な穏やかな雰囲気は無くなっていた。

 

 

「だったら俺も見に行っても良いか?今のロミオの力量がどれ程なのか知りたいからな」

 

「それならば私も同席したいですね」

 

「じゃあ、私も。リヴィちゃんも見るよね?」

 

「ああ」

 

 何かを思う部分があったからなのか、ギルだけでなくシエルもそれに続いていく。そんな2人を見たからなのか、ナナとリヴィも一緒に訓練室へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何か分かったのか?」

 

「はい。何となくですが」

 

 お互いがタオルで汗を拭きながら先ほどの模擬戦の事を思い出していた。当初はいつもの如く仮面を付けたロミオだったが、北斗からの提案で仮面を外した状態で開始する事となっていた。

 北斗はロミオが模擬戦の際に気配を探知せざるをえない状況を作り出す為に仮面を付けている事をナオヤから聞かされていた。視界が事実上失われた場面を想定したからなのか、それとも未だ訓練中だからなのか、ロミオはこれまでの教導の殆どがそうだった事から特に疑問を持つ事は無かった。

 しかし、北斗からすれば今のロミオの全力が知りたいからと仮面は外した状態での模擬戦を提案していた。実際に対峙した瞬間、北斗はこれまでにナオヤやエイジと対峙した雰囲気をロミオから感じ取っていた。

 

 攻撃の際に視線が動く事でどこに攻撃が来るのかを予測し、先手を取る事がこれまでのやり方だったが、ロミオは常に視線は半目のまま固定されている様に見えていた。

 攻撃の意図が見えない箇所に来る斬撃は、油断をすれば確実に致命傷となりかねない勢いでいくつも飛び込んでくる。当初はその異様な攻撃方法に、自分の攻撃のリズムが組み立てられなかったが、時間の経過と共に何となくロミオの攻撃の癖の様な物が見え始めていた。

 無意識にされる攻撃は狙いがどこなのかすら判断出来ない。事実上の無心となった攻撃は、ある意味では反撃し辛く、また回避行動も厳しい物だった。

 

 

「そっか。俺もまだまだだからな」

 

 座り込みながら用意したドリンクを口にする。事前に用意したそれは今のロミオだけでなく北斗にとっても甘露の様な味わいだった。

 

 

「ロミオ先輩凄かったね。私ビックリしちゃったよ。何か手品でも使ったの?」

 

「んな訳無いだろ。屋敷で毎日教導メニューやってただけだって。ツバキ教官からこれが上級カリキュラムだって聞いてたからさ。だって尉官級は全員やってるんだろ?ブラッドは尉官持ちだから当然だって聞いているぞ」

 

「え……?」

 

 何気に言ったロミオの言葉に笑顔だったナナの表情が一気に曇る。話の内容は分からないが、どうやらロミオはこれが基準だと勘違いしている様だった。

 困惑とも取れる表情を見たロミオも何か間違った事を聞いたのかと疑問を持ち出す。そんな状況を見たからなのか、北斗はフォローとも取れる言葉をかけていた。

 

 

「まだ昇格したばかりなのと、教導メニューに関しては螺旋の樹の探索が終わってからって聞いているので。恐らくはロミオ先輩の教導の方が多分早いかと」

 

「そうなんだ……だよな。じゃなきゃ、あんな過酷な事しないもんな」

 

 疑う概念が無かったのか、ロミオの表情が一気に晴れていた。実際に上級者カリキュラムがどうなのかは知らないが、以前に聞いた内容は明らかに常軌を逸している事に間違い無かった。

 今後の事も考えれば、今はロミオの戦力は嬉しい誤算でしかない。ならば、このまま勘違いさせた方が良いだろうと判断した結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思った以上に状況は悪くなってるみたいだね」

 

 訓練室で模擬戦をする頃、会議室内は重苦しい空気に囚われていた。上層部でのベースキャンプ設置のついでとばかりに調査した結果は、榊だけでなく紫藤にとっても良いとは言えない内容が報告されていた。

 今回の目的でもある特異点となったジュリウスの取扱いをどうするのかが最大の要因だった。ここに来るまでにジュリウスの特異点としての反応が無くなっているだけでなく、ブラッドの意志はジュリウスを救出する一点にだけ絞られている。

 このまま螺旋の樹を維持する為には再度お互いが喰らい合う姿勢を打ち出すのが本来であればベストな選択ではあるが、ブラッドの事を考えればその選択肢は事実上あり得ない。事実上の頭頂部はこれまでに無いほどのオラクルの嵐である為に、ブラッドのP66偏食因子を持たないゴッドイーターは活動すら阻まれる。

 仮にブラッドが何かしらの手段を講じようとしても、そのフォローすら出来ない事実はその場に居た人間全員が理解していた。

 

 

「ここまで荒れるとなれば神機兵と言えど厳しいのは間違いありませんね」

 

「とすれば、事実上はブラッドに全てを委ねる事になるのか……」

 

 神機兵の責任者でもあり、開発者のレアの言葉に誰もがそれ以上の言葉をかける事が出来なかった。上層部のベースキャンプの設置に関しても、アリサ達3人からの情報ではギリギリまで近づける事が困難であると同時に、設備の大きさも最低限度の物しか組み立てる事が出来ない。

 最終決戦を前に僅かでも休息を取ってもらおうとした行為が結果的には螺旋の樹の現状を現していた。

 

 

「フェルドマン。確認だが、情報管理局としては着地点はどう考えているんだ?」

 

「我々の考え……フェンリルとしての考えは世界の均衡を得られるのであれば、ジュリウス元大尉はそのままであった方が良いと考えている人間が大多数を占めています。事実、我々としても今回の件は既に全世界に向けて放送した際に、螺旋の樹をシンボルとして考えている事は発表済みですので」

 

「そうなるとブラッドの考えとは逆の結果になるのか」

 

「結果的にはそうなるかと」

 

 事実上の決定者でもあるフェルドマンの言葉はブラッドが考えている事の真逆とも取れる内容だった。お互いを元に戻そうとすれば特異点が残る必要性がある。しかし、現場でもあるブラッドが考えているのはその特異点となったジュリウスの救出でもあり、その結果がどうなるのかも考えた上での結論であるのは既に事実でしかない。

 準備はアリサの指揮下で刻一刻と進められている。ギリギリの場面になった際、どんな結果をもたらすのかを判断する事が出来ない事実に会議室の空気は更に重くなりだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「要件とはなんでしょうか?」

 

「実は今回の件でブラッドの意志を再確認しようかと思ってね。君達も知っての通り、今作戦は現在進行しているベースキャンプの設置と同時に開始される。君達に聞きたいのは特異点となったジュリウス君の救出が一番の目標である事を再確認しようかと思ったんだ」

 

 会議室ではなく支部長室に北斗は呼ばれた矢先の榊の言葉に、北斗の表情が強張っていた。既に螺旋の樹の最上部と思われる場所にあるのは間違い無い事実だが、問題はその時にどんな行動を起こすのかだった。

 螺旋の樹が出来たのはお互いの終末捕喰が喰らい合った結果なのは周知の事実だが、今の時点でジュリウスを外せば終末捕喰が敢行される事実に変わりはなかった。未だ解決すべき手段が無く、そのミッションでさえもラケルからどんな手段を講じられるのかすら予測出来ない。

 そんな手さぐりで進める事実に対し、いざとなれば独断でやろうと考えた際の榊の言葉に北斗の背筋は寒くなっていた。

 

 

「因みに言っておくが、僕の考え方は以前とは変わってないんだよ。君達がジュリウス君を取り戻す為に行動している事実に間違いは無いし、その為の努力をしているのも知っている。上はどう考えているかは何となくでも分からないでもない。しかし、我々としてはそれよりももっと重要な事があるんだよ」

 

「重要な事ですか?」

 

 呼ばれた事に北斗は疑問を持ちながらも榊の言葉を待っていた。ジュリウスの救出を優先すれば終末捕喰がラケルが望む様に、再び終末捕喰が再開する事になる可能性を孕んでいる事は理解している。

 また、フェンリルとしてもどんな結末を望んでいるのかも理解している。決められた未来の選択肢はそう多く無い。仮に止められたとしても決めた内容を覆すつもりは無かった。

 

 

「そう。情報管理局が考えている事じゃない。君達が極限の中でどんな選択肢を選ぶのかは君達に任せようかと思ってね。少なくともフェンリルではなく、極東支部としてはそう考えているんだ」

 

「そう…なんですか」

 

 榊のまさかの言葉に北斗は驚いていた。決して何かを誤魔化す様な雰囲気でも無ければ、試す様な事も無い。何をどうではなく、その潔さとも取れる行動にただ驚くだけだった。

 

 

「言っておくが、今回の件に関しては既に人智を超えた部分に結末があると考えてるんだ。事実、終末捕喰を再び起こせばどうなるのかは考えるまでも無いだけなく、今の時点で既に対抗できる特異点は存在しない。だとすればプログラムの役割を果たすジュリウス君を除いた結果も推論ではあるが、予測出来るんだよ」

 

 北斗が驚いている事を見越したのか、榊はそのまま説明を続けていた。今回の発端は本来では唯一のはずだった特異点が2つ出来た事が当初の始まりだった。しかし、ラケルの妨害ともとれる手段により既に螺旋の樹の終末捕喰はコントロールできない事態にまで進んでいた。

 このままの状況が進行すれば、ラケルの思惑通りの結果だけが待っている。だからこそ、その考えを逆手に取る様な考えを榊は北斗に伝えていた。

 

 

「我々はね。目の前で人間の可能性……いや、諦める事をせずに今の状況に持ち込んだ現場を見ているんだよ。そして、それが何を意味するのかもね……」

 

 北斗に伝える榊の目は以前の出来事を思い出していたのか、どこか懐かしむ様な目をしている。事実上の許可が出た以上、今の北斗に迷いは無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗。榊博士の話は何だったんですか?」

 

 北斗が呼ばれた理由を理解していたのか、エレベーターの扉が開くと同時にシエルが目の前に立っていた。ここに至るまでにブラッドでもその行動をどうするのかは何度も考えた末の結論である事に変わりはない。そんな状況を察知したからなのか、シエルの後ろにはナナやギルも立っていた。

 

 

「ここでは言いにくい。場所を移動しよう」

 

 ロビーで気軽に出来る話題ではないと判断したのか、北斗は場所の移動を促していた。自分達の行動を肯定されると思ってなかったからなのか、万が一その事実を公共の場所で話す訳にも行かない。

 話が出来る場所は限られているからと、自分の部屋へと誘導していた。

 

 

「そうか……榊博士は肯定したのか…」

 

「ああ。まさかこちらが考えていた通りの事を容認するとは思わなかった」

 

 北斗の部屋で榊博士から言われた事実を公表した途端、全員の表情は驚愕に包まれていた。事実上の答えが存在しないだけでなく、落とし穴に落とされた際に言われたラケルへの返事が全員の意志でもあった。

 詳細までは誰にも伝えていないが、その意味はこのままで有ってくれた方が助かるとも取れる言葉。それが意味するのはラケルの行動が完全に完了した訳では無い事実だった。

 

 

「以前に、コウタ隊長から少しだけ聞いた事があったんだ。元々エイジスは一つの計画を実行する為に建造された物だったんだけど、その当時アナグラの中がバラバラになったって。でも、結果的に誰もが諦める事をしなかった結果が今に至るんだって」

 

 北斗の言葉にまだ終末捕喰が敢行される直前の事をロミオとリヴィを除く3人が思い出していた。月の緑化現象の真相は終末捕喰が発動した結果。そして、それを阻止したのは今のクレイドルである事だった。

 人間が持つ可能性だけでなく、生きる者すべての意志を尊重するかの様な榊の言葉が再び全員に聞かされる。その言葉が意味する事実が何なのかは改めて考えるまでもなかった。

 

 

「リヴィ。情報管理局の人間としての立場は分かる。何をどうしたいのかは強制するつもりはない。今のブラッドの考えはさっきの通りだ」

 

 このメンバーの中でリヴィは情報管理局の所属である為に、基本はフェルドマンの部下となっていた。基本的なスタンスはブラッドとはまるで異なる。だからこそ、それ以上の踏み込んだ内容を実行するには意志を確認する必要があった。

 

 

「それに関しては愚問だ。私はフェルドマン局長からは何も聞かされていない。私が聞いた命令はラケルの野望を砕く事であって、それ以上でもそれ以下でも無い。知っての通り、私も今さら後に引く事は出来ないのもまた事実だ」

 

 抑制剤が効かなくなった時点でリヴィは自分の与えられた任務が今後行使出来ない事を理解していた。自分の異能が無くなれば情報管理局に居場所は無い。既にそう考えていた事を改めてこの場で口にしていた。

 事実上の参加宣言に改めてその時が来るのを待つしかない。今はアリサからもたらされる一報を待つより無かった。

 

 

 

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