神を喰らいし者と影   作:無為の極

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2015年の【GE作者合同投稿企画】聖なる夜だよ、神喰さん!
で掲載された物の加筆修正版になります。
本編ではクリスマスの内容を一度も掲載していませんでしたので、完結はしましたが、特別版で掲載します。


幕外
番外編 20話 クリスマス


 

「あれ?こんな所でも雪が降るんだ」

 

 依頼されたミッションが無事に終わり、帰投までの待ち時間にナナの顔に不意に冷たい物が触れた瞬間に融けて消えている。どんよりとした天空の色は明らかに何時もとは違う色。ここ数日に及ぶ寒気の影響もあってなのか、空を見上げれば雪がチラチラと降っていた。

 

 

「もう12月ですからね。雪が降っても問題ありませんよ」

 

「そっか。もうそんな時期なんだね」

 

 空を見上げれば、しんしんと降る雪は大地を白く染め上げるかの様に降り続く。鎮魂の廃寺エリア以外での降雪は珍しくその季節の印象を深くしていた。気が付けば既に12月も下旬。世間ではそろそろ電飾に彩られたツリーのお目見えになる時期にさしかかろうとしていた。

 

 

「そう言えばシエルちゃんはサンタクロースって何時まで信じてた?」

 

「サンタクロース……ですか?」

 

「そう。サンタクロースがね、良い子にしてたらプレゼントをくれるんだよ!シエルちゃんはどうなの?」

 

「私……ですか……」

 

 突然のサンタクロースの話が何を意味するのかシエルには判断出来なかった。改めて振り返ると、これ迄の人生の中でそんな単語を聞いた記憶が無かったのか、言葉に出たのは確認の意味合いでのそれだけだった。当然ながらナナとシエルには明らかに温度差がある。だが、それを指摘する者は居なかった。

 

 

 

 

 

「そう言われればそうかもしれんな」

 

 帰投後、ラウンジではシエルの言葉の真意を確認する為にナナはジュリウスに先程の顛末を話していた。あの時のシエルの反応は誤魔化しているのではなく、純粋に知らない可能性が高い。最初こそ何も感じなかったが、帰投の際にそんな話をしても一向に反応が無いシエルを見た為に、ナナは改めて確認をする事を決めていた。元々同じマグノリアコンパスの出身ではあるが、ナナとシエルは明らかにここに至るまでの過程が異なっている。だとすれば、それを一番理解していると思われるジュリウスに確認するのが一番だと考えていた。

 

 

「流石にサンタクロースは無理があるけど、パーティーとかだったら皆でやったらどうかな。きっとその方が楽しいよ」

 

「ふむ。それについての異論は無いが、準備の方は大変じゃないのか?」

 

「そこはほら、北斗の力を借りて何とか…」

 

 ナナの言いたい事が現時点でジュリウスにも理解出来ていた。本来であれば自分達で企画を立てるのが一番手っ取り早い。だが、生憎とそれを実行するだけの段取りを組むのがナナだけでなく、ジュリウスも苦手だった。そうなれば、実行すべき段取りを出来る人間に任せるのが確実性が高い。手っ取り早いのは北斗を経由して弥生に何か提案をしてもらう事だった。

 

「だが、北斗に何でも頼るのは些か気になるな………」

 

「まあ、確かにそうなんだけど……」

 

 ジュリウスの言葉に、ナナも一気にテンションが降下していた。ここ最近の北斗の出動を考えると安易に頼む事は出来なくなっていた。赤い雨が降らなくなってからは既に久しく時が過ぎているが、それでも感応種が一つの個体として定着した段階で、極東支部としても厳しい状況が緩やかになる事は無かった。リンクサポートシステムによるフォローが可能であっても、その数には限りがある。ましてや緊急ミッションともなれば必然的に北斗が駆り出されるのは必然だった。ブラッド単体で動く事もあるが、その殆どが混戦状態の中での乱入。部隊の全滅の可能性が無ければ北斗とブラッドの誰かが派遣される程度だった。そうなれば必然的に北斗の出動回数は多くなる。事実、今もまだ北斗は現場に向かっている最中だった。

 

 それだけではない。聖域が出現してからは新しい計画も発動していた。種の保存と言う大義名分を抱えた農業は、実質的にブラッドが従事している。それは、あくまでも未来に向けた壮大な実験であって本業では無い。既にオーバーワークとも取れる程にブラッドの活動内容は多岐に渡っていた。

 

「あら、何だか楽しそうな計画ね」

 

「あっ!弥生さん。丁度良かった!実はお願いが……」

 

 そんな2人の会話に割り込んできたのは秘書の弥生だった。まだ仕事の途中なのか、手には書類が幾つも所持している。しかし、既に殆どが終わっているのか、遠目から見るそれは支部長の決裁印が全て押されていた。

 

 

「ナナちゃん。計画を立てるのは良いけど、しっかりとやらないと後が大変よ」

 

「そこは……適材適所で良いかな~なんて。ははは……」

 

 笑って誤魔化す以外の手段が無かったのか、弥生の言葉にそれ以上の事は言えなかった。事実、ブラッドの場合、隊長だけがレポートを提出している訳では無い。ブラッド固有の能力。P66偏食因子からなるブラッドアーツもまたミッション中での作用を確認する必要があった。

 従来のP53偏食因子とは異なる為に、データそのものが少なく、また未だブラッド以外に適合者が世界中で現れた報告は無かった。本来であれば世界中で一気に適合者を発見する必要があるが、生憎と感応種に関しては極東支部以外での観測はされていない。その結果、新しい種は極東地区固有の種として認定されていた。

 そうなれば、態々適合者を絞る必要が何処にも無い。その結果、ブラッドは全員が毎時戦闘終了後のレポートていしゅつが義務付けられていた。そんな中でもナナは提出に襲い部類に入っていた。イメージとしては北斗も遅いが、これまでの隊長経験から提出の早さは上位に入る。ナナに関しては完全に苦言を頂戴する一歩手前の為に、弥生だけでなくツバキやサクヤにも頭が上がらなかった。その為に、弥生の言葉に笑ってごまかすしかない。何気ない一コマではあるが、ナナの背中には嫌な汗が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。でもそれなら弥生さんに許可を取れば良いだけじゃないの?」

 

「確かにそうなんだけどさ」

 

 任務から帰ってきたのか、ラウンジではロミオがジンジャーエールを飲みながら、ナナの提案とも言えるクリスマスイベントの概要を聞いていた。ここでもこれ迄にハロウィンなど季節の行事が敢行されていたものの、全てが弥生の下で為されていた。事実、許可を取る事を考えればこれ程最適な人選は無い。だからこそナナもそんな考えがそこにあった。

 だが、その考えは一蹴される。弥生から一度自分達で計画したらどうかとの提案にナナが頭を抱えていたのが実情だった。

 

 

「だったら俺が考えるよ。一度イベントを仕切ってみたかったからさ」

 

「ロミオ先輩、大丈夫?」

 

「大丈夫だって。少しは俺の事を信用しろよ」

 

 笑顔で安請け合いしたロミオに、ナナは僅かな不安を感じていた。これまでのイベント事を思い出すと、全てが予定調和だったかの様に滞りなく実行されている事は誰もが知っている。舞台裏はともかく、表の部分だけ見れば、如何にスームズに進んでいるのかを見ればその苦労は考えるまでもなかった。

 しかし、その弥生から自分達でと言われた時点で頼む事が事実上不可能となっていた。恐らく無理にお願いすれば結果的にはやってくれるかもしれない。だが、確実に次の機会が無いのも事実だった。要求されるのは緻密さではなく勢い。それを実感するからこそ、ナナはロミオの言葉を冷静に考えていた。

 

 

「じゃあ、ロミオ先輩に任せるよ!」

 

「おう!任せとけよ!」

 

 このまま自分がやるよりはとの意識が働いたからなのか、ナナはそれ以上の言葉を出す事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロミオがね。でも、何事も経験じゃないの?」

 

「確かにそうですけど、既にクレイドルとしても動いてるなら、一言位は言った方が」

 

 エイジはアリサの話を聞きながらも手を止める事はしなかった。ナナ達がラウンジで色々と予定を考えている頃、自室ではクリスマスに向けての仕込を続けていた。シュトーレンの仕込みの為に、僅かにアルコール臭が部屋に漂う。元々時間をかけて馴染ませる事が重要な為に、エイジはかなり前から仕込みを始めていた。既に幾つかの出来栄えをチェックしている。時間をかけただけあって、生地にはドライフルーツとブランデーが調和したかの様な味わいとなっていた。今やっているのはジンジャークッキーの生地を人型に模る事。ラッピングする前の試作をアリサもまた少しだけ口にしていた。

 

 サテライトは既に軌道には乗っているものの、イベントをする迄の余裕がある訳では無い。その結果としてハロウィンの様にアナグラに招く事を決めていた。既に立案が終わり、現在はそれに向けての準備を続けている。本来であればラウンジか厨房施設を利用するのが一番ではあるものの、ロミオ達の事も考え自室で作業を続けていた。

 

 

「でも、案ずるより産むが易しだよ。アリサだって最初から今みたいに出来た訳じゃないでしよ?」

 

 エイジの言葉にアリサは言葉に詰まっていた。今ではある程度の件数をこなしたからなのか、サテライトの立案から申請に至るまで然程時間を必要としなくなっていた。

 当初は誰もがやった事が無い手探りの状況が続いた事がまだ記憶に新しい。何をするにも前例が無く、一つの事をすれば三つの問題が生じる程の状況に、他の部隊の人間も一時期はアリサの体調を心配していた。

 

 

「それは否定しませんけど……」

 

「これは弥生さんとも話したんだけど、今後はブラッドも何かと立案する場面が必ず出てくる。事実、聖域の事業はブラッドが専任でやっているんだ。そうなれば聖域絡みの話の窓口になるのは間違いない。今回の事は一つの試金石になるはずだよ」

 

 エイジの言葉にアリサは改めてその事を思い出していた。初めて収穫した野菜を使ったカレーパーティーはブラッドに近い人間だけを集めた結果でしかなかった。現時点で聖域は本当に僅かながらに拡大している事から、今後は身内だけにとどまらず、最悪は他の支部のやっかみも集める可能性がある。

 幾らアラガミ討伐の力量があっても、現在のメンバーでは年長者のギルを除けば、ジュリウスを筆頭に人間の持つ悪意や欲望を上手く躱す手段は持ち合わせていない。本当の事を言えばクレイドルも同じだった。だが、クレイドルの場合にはエイジを筆頭にツバキやサクヤもまた多方面からの話を受け持っている。部隊としての単独ではなく、支部が絡むからこその対応だった。だが、ブラッドに関してはその限りではない。

 だからこそ、こう言ったイベントの内容を仕切らせる事によって、もっと視野を広げる為に訓練させるのが目的の一つだった。

 

 

「まさかそんな裏があるとは思いませんでした」

 

「もちろん、放置するつもりは無いから、徐々に誘導する必要があるけどね。そろそろ焼けたはずだから、粗熱取ったら一気にラッピングしようか」

 

「そうですね。早く皆の顔が見たいですね」

 

 オーブンには焼きたてのジンジャークッキーが入っていた。簡単な人形のそれは、粗熱が取れたらそばから次々とラッピングをしていく。既に焼かれたそれは香ばしい匂いを出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年ももうそんな時期なんだね。有難くお伺いすると伝えてくれるかい?」

 

 支部長室には珍しい来客でもあった一人の着物を着た少女。普段であれば珍しい赤地に華の刺繍が施されていた。全身が白い為に、着物色は華やかさを彩る。誰もが見惚れるはずの少女を支部長の榊は何時もと川穴井対応をしていた。

 既に顔見知りなのか、榊は特段気にする事もなく、少女が差し出した目録と要綱を受取り内容を確認していた。気になる変化は何処にも無い。榊もまた当たり前の回答をしていた。

 

 

「分かった。そう伝えておく」

 

「そうそう。今日はこのフロアの会議室でクリスマスパーティーをやっているから、帰りに寄って行くと良いよ」

 

「そっか。じゃあ寄ってくね」

 

 無邪気な声に榊は笑顔を浮かべていた。既にこのやりとりはどれくらいになったのかは分からないが、目の前の少女は以前に比べて少しづつ大人びた容姿へと変化していた。このまま成長すれば間違い無く大輪の華を連想させる程の美貌になる。そう考えると少しだけ温かい気持ちが過ってた。

 あの時の状況は既に一部の人間しか知りえていない。だが、結果的には良かったんだと一人考えていた。

 

 

 

 

 

「メリークリスマス!」

 

 会議室の中を飾り付けた事でクリスマスパーティーは開催されていた。本来であればラウンジで開催する予定ではあったが、クレイドルが立案したサテライトの子供達を招く事があるでけでなく、内部の職員の慰労やついでの食事とばかりに会議室を開放する事が決定していた。

 当初はブラッドが単独でとの話もあったものの、時間と場所の関係上、弥生からやんわりと打診された事をそのままロミオが受けた結果、クレイドルとの合同で開催される運びとなっていた。そうなればあとは会場設営に集中するだけ。これまでに幾度となく行って来たからなのか、クレイドルのメンバーに澱みは無かった。次々と飾り付けられる会議室。時間の経過とともに武骨な部屋は少しだけ華やかになっていた。

 

 

「一時期はどうなるかと思ったけど、結果オーライで良かったよ」

 

「本当にヒヤヒヤしましたよ。弥生さんからの提案が無ければ、開催すら危うかったですから」

 

 ナナとシエルはここに至るまでの苦労をシミジミと思い浮かべていた。元々やった事が無い所に加え、何かとパーティーの中に色々なイベントを入れて行こうとすると、時間やスケジュールに大きな問題が幾つも発生していた。

 アイディアは良いが、肝心の予算や人員の確保が思う様に行かず、また、ブラッドだけでやるにしても事実上の戦力が殆ど居ない事が、結果としてコウタを巻き込んでの大騒動となっていた。結果オーライだったのはコウタをはじめとしてクレイドルの有志が参戦した為。その結果、今に至っていた。

 

 

「本当だよ。こっちがどれだけ頭を下げたか分からない位なんだけどさ」

 

「コウタさんもご苦労様でした」

 

 スパークリングワインを片手に、シエルとナナの傍に来たコウタはこれ迄の事を思い出していた。思いついた物を次から次へと入れて行こうとすれば時間の都合が合わず、また、資材発注をかけた途端の計画の変更は、流石にコウタもキレそうになっていた。

 アリサとエイジに関してはクレイドルとして準備をしていた為に手が一切回らず、ソーマとリンドウに関しては最初から戦力外通告をしていた為に、コウタとしても部隊の事をマルグリットに任せギリギリまで調整に走っていた。もし、有志が無ければどうなっていたのだろうか。考えるだけも恐ろしい結果になる事だけは間違いなかった。思い出したからなのか、コウタの躰が僅かに震える。ある意味では時間との戦いだった。

 

 

「俺も乗りかかった船だから仕方ないんだけどさ、もう少しだけ何とかロミオの暴走を止めて欲しかったよ」

 

「まぁ、その辺りは結果オーライで……。そう言えば。マルグリットちゃんはどうしたんです?」

 

「ああ。それなら……」

 

 半ば呆れた様なコウタの視線を交わし、話題の転換を図るべくナナはここに見当たらない人物の名前を出していた。いつもであれば第1部隊の副隊長としていたはずが、今は珍しくここに居ない。それが何かの合図になったのか、会議室の扉が開いていた。

 

 

「メリークリスマス!」

 

 扉の先にいたのはマルグリットだけでなく、アリサとリンドウ、エイジが何時もの制服ではなくサンタの衣装をイメージした赤い服を着ている。ゲストで来ていた子供達にプレゼントの代わりにジンジャークッキーやシュトーレンを配っていた。参加者の数の分だけラッピングした袋をそれぞれに渡す。子供達もまた、貰えると思っていなかったからなのか、驚きの後は終始笑顔だった。

 元々クレイドルとしての内容ではあったが、折角だからと第1部隊も参加した事によりマルグリットがその役目を引き受けている。ミニスカート姿のサンタは何時もの雰囲気とは違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、機嫌が悪そうだな」

 

「ほっとけ。それよりも自分の役目は終わったのか?」

 

 部屋の片隅で食事がてらに来ていたソーマをリンドウは目ざとく見つけていた。既にプレゼント代わりのお菓子を配り終わったからなのか、リンドウはいつものビールではなく珍しくスパークリングワインを片手にしていた。テーブルの上には各自で取る事ができる様に大皿に乗せられている。会場内はあちらこちらで盛り上がっていた。その正反対なのがソーマの存在。リンドウから見れば、不機嫌の理由は何となく察していた。周囲を見ればある意味分かりやすく、またソーマが望む人物がここに来る可能性が少なかったからだった。

 今日はあくまでもフェンリルの組織としてのイベント。元々無関係な人間はここに来るはずが無かった。

 

 

「ああ。それなら全部配り終わったぞ。クッキーはともかく、シュトーレンに関してはサクヤも手伝っていたからな。お蔭で秘蔵の酒が半分以下になったぞ。流石に子供達のケーキの為だと言われれば何も言えないからな」

 

「そうですか?サクヤさんはこれを期に、少しは在庫整理出来て良かったって言ってましたよ」

 

 2人を見つけたのか、アリサもミニスカートのサンタ姿で来ている。同じく配り終えたからなのか、アリサもグラスを片手にしていた。本来であればエイジが隣にいるはずだが、生憎とその姿は無い。エイジは舞台裏で奮戦しているからだった。本当の事を言えばアリサも少しだけ残念に思っている。だが、この人数を前に一方的に負担を押し付けるのは申し訳ないとの理由が全てだった。そう言われればアリサも反論は出来ない。これが終われば改めて二人でと言われている為に、機嫌そのものが悪くなる事は無かった。

 

 

「あれ?エイジはどうした?」

 

「皆の為に厨房ですよ」

 

「それは……まあ、残念だな」

 

「これが終わればゆっくりとしますから大丈夫ですよ」

 

「そ、そうか……」

 

 アリサの隣にいない人物の事を思い出したからなのか、リンドウは探るかの様にアリサに確認していた。確かにこのメンバーと人数を考えれば厨房は火の車になっている。エイジの性格を考えればある意味当然だった。完全に理解しているからこそアリサもまた落ち着いている。返事から察したのか、それ以上の言葉を口にする事は無かった。

 

 既にそれなりに時間が経過したのか、パーティーも中盤に差し掛かろうとしていた。

 アルコールが入っているからなのか、それとも子供達も一旦はお開きになって居なくなったからなのか会場の空気は少しだけ騒がしくなっている。既にイベントをいくつかこなした為に、それ以上の出来事が起こるとは誰も予想しないままのはずの空間が僅かに変化していた。

 

 

「何だか騒がしくなりましたね。誰か来たんでしょうか?」

 

「さあな。アリサが知らない事を俺が知るはずないだろ」

 

 扉が開いてからその騒ぎの元は少しづつ移動しているのか、こちらへと近づいて来ている。その元となった人物を目にしたソーマは固まっていた。

 

 

「メリークリスマス!ソーマ」

 

 この場に合わない着物を来たアルビノの少女シオ。クリスマスに相応しい色合いの着物は周囲の眼を奪うかの様だった。何も知らない人間はシオとソーマの関係性に疑問を持っている。だが、それを問いただすだけの勇気は無かった。

 周囲の眼など知らないとばかりにシオは迷わずソーマの下へと歩いていた。アリサの記憶が正しければ、元々シオも誘いはしたが、予定があるからと断られていた経緯があった。もちろんその事実はソーマとて知っている。だからこそシオが現れた事に驚きを隠せなかった。心なしか持っているグラスが僅かに揺れる。それ程までに動揺していた。

 

 

「あ、ああ。メリークリスマス」

 

 シオの言葉にソーマはただ返事しか出来なかった。突如として現れた着物の少女の事を知っている人間は現時点では殆ど居ない。だからこそ、会場の全員の視線はソーマへと向けられていた。ソーマの動揺を無視するかの様にシオは何かを確認している。目的の物が見つからないからのか、視線が横や上を向いていた。

 視線の先にあったものを確認したのか、これから何をするのか誰も予測出来ないままだった。僅かに溜まる緊張感。その瞬間、誰もが驚愕の光景を目にしていた。

 

 僅かに響くリップ音。シオの唇がソーマの頬に着いた瞬間だった。先程までの空気が一気に霧散する。普段であればクルーなイメージを持ったソーマが珍しく目を見開いたまま硬直した姿だった。

 珍しい光景。誰もがそう考えた瞬間だった。シオの行為に、周囲の空気は徐々にかわりつつある。気が付けばソーマの頬にはピンクの跡がくっきりと残されていた。

 

 

「……えへへ。プレゼント」

 

 頬を少し赤くしながらシオがほほ笑んだ瞬間だった。先程までの視線の向こう側からは野太い絶叫と同時に黄色い悲鳴がざわめきだつ。何が起こったのかを理解するまでに暫しの時間を必要としていた。

 

 

 

 

 

「随分と大胆なプレゼントだな」

 

「でも良いじゃないですか?こんなソーマの顔なんて見た事無いですから」

 

「確かに。写真を撮っておけば良かったな」

 

「そんな事言ったらソーマが怒りますよ」

 

「でも、あれはソーマが悪いな。あれの下だろ?」

 

「……まあ、そうですね」

 

 リンドウとアリサの言葉通り、ソーマは何が起こったのかを理解してなかったのか、暫し呆けた表情を浮かべていた。頬に残るリップの跡はそのまま残っている。何も知らない人間が見ても何が起こったのかを理解するには十分すぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれってシオちゃんだよね?何か凄い大胆な事してたけど」

 

 チキン片手にナナもその様子を見ていた。この時期に珍しい着物を着ているのは屋敷の人間しか居ない。そんな中でもここに来るのであれば限られた人間だけ。何気なく見ていたはずが、目の前で起きた出来事にナナは珍しくチキンよりもその事実に意志を奪われていた。

 

 

「確かにそうですね。でも、その前に視線は何かを探してたみたいですけど」

 

「なるほどね。あれはソーマがそこにいるから仕方ないな」

 

「ハルオミさん。それは一体?」

 

 シエルの疑問に何か気が付いたのか、その場を見ていたハルオミだけが理解していた。今の状況が分からないのか、ナナとシエルは疑問を浮かべている。このメンバーであれば確実に分かるはずがないと思ったのか、ハルオミは種明かしをしていた。

 

 

「ほら、ソーマの上にヤドリギのリースがあるだろ?」

 

「はい。確かにありますね」

 

 ハルオミの言葉に2人の視線は上へと動く。確かに幾つかのリースがあるが、ソーマの上に有る物だけは僅かに違っていた。人工物の中にある唯一の自然物。ハルオミが言う様にヤドリギを使用したそれだった。誰が何の為に用意したのかは分からない。ただ、会場内でそれだけが異彩を放っていた。

 

 

「クリスマスの時期は、ヤドリギの下でのキスは拒まないのがルールなんだよ。本来は男性から女性にが定番なんだがな。どう?俺と一緒にあの下に行かないか?」

 

「それは遠慮させて頂きますので」

 

「私もそれはちょっと……」

 

「……振られちまったな。やっぱりお前さん方は隊長さんかジュリウスの方が良いのか?」

 

「……それは秘密です」

 

「乙女の秘密は口にはしないよ」

 

 そう言いながら2人をハルオミは見ていた。隊長が誰なのかは言うまでもない。ジュリウスの言葉に反応したのか、それとも隊長の言葉に反応したのかは当人だけが知っていた。先程の光景もまた時間共に消え去っていく。会議室の喧噪は長きに渡って続いていた。

 

 

 


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