榊の衝撃の発言を前にコウタは激しく動揺し自室に戻ったが、エイジ自身も目に見えるレベルではないにしろ今までの計画が全て虚構であった事に驚きを隠す事は出来なかった。
ただでさえ支部長からの特務案件でシオの捜索を命じられ、そのシオもエイジ達の目の前で何かに引きずられたかの様な逃走。
最後には今まで人類の希望とも言えるはずだったエイジス計画がただの張りぼてであり、本当の計画は決められた人間だけが助かるアーク計画。
そしてそのキーとなるのが特異点と呼ばれしアラガミの少女シオのコア。
短時間で今までの価値観の全てを覆すかの様に、この場に居た全員の価値観が一気に変貌していた。
いくら第1部隊の隊長とは言え、一人の人間に対してあまりにも大きすぎる衝撃を受け止める事は困難だった。榊の話では現在の所行方不明となっているシオを早く捜索しなければアーク計画は一気に進み、人類滅亡に等しい行為のカウントダウンが始まる事になる。
いくらどれ程悩んだとしてもこの事実に何の変更も無かった。
今後の事も考えればやるべき事は限られてくる。そう決意し、行動に移そうかと考えた矢先に、エイジの通信端末が鳴り響いた。
「如月エイジ出頭しました。ご用件は何でしょうか?」
「来て早々だが、先日の特務の追加で再度エイジス近海で特異点の反応が見られた。前回同様ソーマと協力し、可及的速やかに回収してくれたまえ」
呼ばれた時点である程度の予想はしていたが、やはりかと思った感情が表に出たのか、話は聞いたものの何の返答もないエイジに対しヨハネス支部長は続けざまに言葉を放った。
「何か言いたそうな顔をしてるが、発言があるならば許可しよう。それとも計画の真の姿をペイラーから聞いて憤りを感じているのかね?」
この言葉にエイジは驚きを隠す事は出来なかった。エイジ自身が話を聞いたのは今から30分前。
しかしながらヨハネス支部長の言い方では、今回の計画については今に始まった話でなく以前から知っていたかの様な口ぶりだった。
今このまま感情的に発言すれば動揺しているのが容易に察知される。せめてそれだけは避けようと、あえて発言をする事は無かった。
「どうして知っていると言った顔しているね。この件に関しての君たちの行動は常時監視下に置いてあったから、内部に関しての事情はある程度知っているもりだ。まあ、君たちが聞いたのは恐らくはペイラーからだろう。それとも君の兄さんかな。極東の影が居る事を失念していたよ」
この支部長は一体どこまでの情報を有しているのか見た目では分からないが、支部長と対峙したているエイジの背中に冷たい汗が流れていた。
「正直、君には今までの事も含めてだが、今後も大いなる期待はしているんだよ。だからこそ、君には次代を担う役割を果たしてほしい。その為に君にも今回の件に関しては搭乗チケットを渡したいと思うがどうだね?」
ここに来る前に榊から話を聞いていなければ、間違いなく動揺している事が表情に出ていた事は間違いなかった。
初めて聞いた時点で今までやって来た事の全てが全否定された気分だったが、今の話はここに来るまでにある程度の仮説を立てた上での判断の為に、エイジは動揺する事無く支部長との対峙が出来た。
今の時点でこの計画に乗るつもりは一切無いと判断していた所に追い打ちをかけるかの如く支部長からの言葉が続いた。
「そう言えば、君の親友でもあるコウタ君はチケットを受け取ってもらえたよ。今すぐの返事は特に待っていないんだが、悠長に待つ程の時間もないのでね。なるべくなら早めの返事を期待してるよ」
この一言で、先ほどのラボでのコウタの表情と態度が理解できた。初めて会った時から今に至るまでに、コウタがいかに家族を大事にし、その生活を支えているのかをエイジは理解していた。
エイジス計画に多大な期待を寄せていたが、現実は単なる虚構にしかすぎず、また全員が助かる様な内容でも無かった。
今まで命の限りやってきた事への冒涜とも取れる内容。そしてその落胆する様相はつい先ほどの出来事とは言え、あまりにも無常すぎた。
そこに加えて今回の内容。おそらくは自分自身が同じ立場であれば間違いなく同じ返事をしたであろう事は容易に想像できた。
そんな感情を無視するかの様にヨハネス支部長が淡々と話しているのをただ聞いている事だけしか出来なかった。
「そこへ襲い掛かってくる訳よ。それをヒラリとかわしてズドンだ」
「お兄ちゃん、まるでバガラリーのイサムみたいで、すごいよ」
「だろう。兄ちゃんは強いから心配するな」
「なに言ってるの。心配するに決まってるでしょ」
「大丈夫だよ。そんな心配しなくても」
「まあ、ここに居る間は心配する必要はないんだろうけど。しばらくは休めるんでしょ?」
「あ、ああ。そうだよ」
「お兄ちゃん、それりもお土産は?」
「そうだ、今回はすっげえビッグニュースがあるんだ」
「なに、なに?」
「まだ内緒だけど、みんなで一緒に暮らせるすっげえチケットがあるんだ」
「それ本当なの?皆で暮らせるの?お兄ちゃんもお母さんも?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、ユキちゃんも?ナオちゃんも?ヒロちゃんも?」
この瞬間、コウタはこの話に対して簡単に説明し過ぎたと後悔していた。このチケットの対象となるのはかなり親しい人間か、または2親等以内までと説明を受けていたる。
もちろん、親兄弟は問題ないが、縁戚にあたる人間は対象外となっている事をコウタは知っていた。
しかし、目の前にいるノゾミに対して、そこまで簡単に言えるはずもなく、純粋過ぎる言葉にコウタはそれ以上の事は言い辛くなっていた。
時間は既に夜になり、部屋でコウタは自問自答を繰り返していた。
支部長からの話聞いた後で、エイジには一言だけは話そうと思い、皆の所へ足を運んでいた。
アリサは糾弾してきたが、エイジやソーマ、サクヤに関しては当時の状況を知っているだけに笑顔で送り出してくれた。
家に帰ってからは心の奥底にあった葛藤はなりを潜めていたが、こうやって一人になると黒い靄の様な物が心の奥底から滲み出しているのを理解していた。
優先順位はどこで何を捨て、何を拾うのか。あの時点では自分自身の心を納得させていた。ならば何故こんなにも心の中で引っかかっているのか。
コウタ自身の答えは既に出ていたが、口に出す事が出来なかった。
シオの行方不明から迅速に動いた事と元々取り付けらていた発信機から、シオの確保にはさほど時間がかからなかった。
「今の君はシオかい?それとも星を喰らい尽くそうとする神かい?」
「う~ん。このほしはおいしいのかな?」
「さあな。こんな腐りきった星なんざ食うやつの気がしれん。精々腹を壊して終わりだ」
「そっか。でも、たまにこのほしをたべたいって」
「ああ、ご飯ならそこにあるからたくさん食べるんだ」
「お~はかせ、いいやつだな~」
シオの様子は行方不明になってから明らかに回復する気配は見えない。このままどうなるのだろうか?今はシオの様子が回復する事を祈る以外に何も出来なかった。
「おい、どうなってんだこいつは?」
「恐らくはこの前の状況がより一層進んだ状態なんだろうね。今はギリギリの所でせめぎ合っているのかもしれないね」
「おい博士、俺はこちら側についたつもりは毛頭ない。だたシオをおもちゃにする事でだけは許せねえ」
「ソーマ、そこまで怒る必要はないよ。少なくとも僕自身はシオに対して何かするつもりは無いんだよ。ただ。今以上に人間に近づいてくれればそれだけで……」
その瞬間、どこか遠くで大きくはないが爆発音と振動が響き、辺りは一面が真っ暗になった。
「おい博士、ここは大丈夫なのか?」
「ここについては心配はいらない。直ぐに中央の予備電源が……しまった!」
博士の焦りと共に室内に向けたスピーカーから榊に向かって支部長の声が鳴り響く。
「ペイラーまさか君がそんな所に特異点を匿っているとはな。灯台下暗しとはこの事だよ」
その声が響き終わると同時に、急に小さな空気が抜ける様な音と共にラボの扉が開く。真っ暗な中で数人の闖入者がシオだけを狙いそのまま拉致し去って行った。
エイジ達も慌てて追いかけるが突然の暗闇の為に視力が追い付かず、そのまま追跡する事が出来なかった。
《ここで臨時ニュースをお送りします。今日14時頃、極東支部で小規模の爆発があり極東支部がアラガミの襲撃を受けました。現在の所被害状況等についての当局からの発表は無く、現時点の被害については不明となっております。なお、この原因不明のアラガミの強襲により、外出には十分気を付けてください》
家族団欒ですごしていたコウタ達の前に、臨時ニュースが流れた。いつもであれば神機を持って出動だが、今のコウタは休暇中の為に丸腰の状態となっている。
このままでは埒が明かないと感じ取ってのか、すぐさま榊に連絡を取った。
「博士、アナグラが襲撃されたって」
「コ…ウ……タ君かい。残念ながらここが急襲……てシオが…らわれた。我々は無事だ……まさかここまで強硬に来るとは想定外だっ……」
いくらコウタが呼びかけても、これ以上はノイズが激しく、このまま会話をする事は困難となった。
シオがさらわれている以上、この後に何が続くのかをコウタは知っていた。しかし、親友を裏切ってまでここにいる自分に今何が出来るのか。
それを誰も答える事は出来なかった。