ツバキのナビゲートに従い、階段を一気に下りて行く。徐々に喧騒とも取れる様な音と得体の知れない様な気配がまとわりつく様に濃くなり始めていた。
ここが事実上の最終地点でもあり、アリサが囚われている場所である事に間違いは無かった。先ほどの戦いでディアウス・ピターを討伐したものの、最初の頃に見たケースの中身が何故か嫌な感じと共に最悪の予感までもが予想出来ていた。
あの形態は『人型の物』である以上、あれで終わりだと思う事は出来なかった。今の時点ではどこまで行ってもそれは仮定でしか過ぎない。
まずは確認とばかりに目の前にある扉から先に感じる気配を探るべく、3人は様子を見る事にした。
「何だか慌ただしいな。俺たちがここまで来るのは想定外だってのか?」
「まあ、それが一番だろうが、テロ組織のトップらしい人間が居ない以上、指揮系統が乱れているんだろう。これなら警戒する必要性は無いが、さっきから何か嫌な予感がしてならない。大丈夫だとは思うが油断はするな」
右往左往している人間の対処については何も考える必要性は無かったが、ここへ来る途中に感じたまとわりつく様な気配だけが気になっていた。
あれは最初にも感じたアラガミの物である事に間違いはない。となれば、少なくても先ほど討伐したディアウス・ピター以上のアラガミがここに存在する事になる。
油断が無くてもこちらが想定していないアラガミであれば苦戦は免れない。それだけを念頭に今後の作戦行動が先決となった。
「さすがは極東の連中か。元々話にならないとは思ったが、まさかここまで使えないとはな。丁度出来上がったばかりだが、実戦のデータ採取には丁度良いだろう」
別室で侵入者の確認をしつつ、今まで共闘していた者ですら歯牙にもかけずひたすら元のデータを参考に人知れず作り上げた物がそこにはあった。目の前には大車の研究成果とも言える人造アラガミの姿がそこに鎮座している。そもそも大車はこれを作る為にここに隠れる様に居た訳では無かった。偶然エイジスの地下施設に研究出来る様な環境が整い、またそれを可能にするだけの資材がそこにはあった。
驚くべき事に、そこには人造アラガミの源流とも言えるデータと共にその過程が記されていた資料が置かれていた事を見つけていた。アラガミはオラクル細胞が進化する事によって現在の姿になったと言われているが、それを確かめる術はなく、あくまでも推測に基づく結論さとされていた。
発見したその資料にもその件には記されていたが、その中で一つだけ気になる内容が記されていた。
人とアラガミの融合とも言える行為。その資料を見た大車は誰も見ていない場所で狂喜乱舞していた。もしこれが事実であれば、今まで研究されていた技術と内容が一気に過去の物へと変わるだけでなく、新たな新技術を発見した自分が第一人者に躍り出る事が可能だとも判断していた。
「まさに君はある種の天才だったんだろう。ヨハネス・フォン・シックザール。君の実験データは私の野望の為にしっかりと利用させてもらうよ」
その後は人知れず研究にいそしみ、結果として人間を調達し始めてからの研究の成果は著しいほどの成果を上げていた。本来であれば人体実験は非人道的だと糾弾されるが、ここにはそんな人間は一人もおらず、ただ己の自尊心に基づき突き進んでいた。自身の妄執がそれを後押しし続ける。その結果として、新たな人造アラガミの製造に人知れず成功していた。
「さあ、検証するとしよう」
呟きながら端末を操作し、今いる場所へと投入し始めた。まだモニターの前には混乱した状況の人間が慌ただしく動いている。その数秒後にどんな結果をもたらすのかは大車だけが知っていた。
様子を窺っていた無明たちは不意に開いた扉に視線が動く。本来であればこの状態での可能性は無いと思われていた最悪の事態。まだ仲間と思われた人間がその場に居るにも関わらず、大きな塊とも思える様な青い身体のアラガミがそこに姿を現していた。
そのアラガミの出現は無明の予想していた最悪の事態とも言えた。
声にならない様な叫び声が鳴り響き、そこにいた人間を次々と捕喰し始める。辺り一面はあっという間に血の海となり、そこは正に阿鼻叫喚の地獄の様な状況に陥っていた。
「無明、何だあれ?アラガミだとは思うが……まさかアルダノーヴァか?」
「あれはセットになっていたが、これは明らかに違う。ベースはそうだが明らかに別種だ」
「兄様、このままだと全て捕喰されます。このままだと拙い事に」
「見殺しにするつもりは無い。このまま突入するぞ」
3人が扉を開け一気に躍り出る。突如現れたアラガミの影響で、混乱しているのか侵入者に対しての警戒をする事すら無かった。
「ようこそ極東の者ども。これは開発してきたアラガミでもあるツクヨミだ。来てもらって早々だが、このままこのアラガミの餌となってもらおう」
部屋全体に鳴り響くかの様な音量で、この状況が理解出来ていた。この声は紛れも無く大車の声。となれば、目の前に居るのは侵入した当初に見たアラガミと人間のなれの果ての完成形である事が理解出来ていた。
そこにはこれまでやって来たと思われる残虐非道な実験の結晶とも言えるアラガミが無明たちに襲い掛かる。これが最終決戦だとばかりに戦闘態勢に3人は入った。
どこかで大きな音が聞こえる。アリサの意識は最早ほとんどなく、先ほど大車に触られていた際にもどこか遠い場所での出来事の様にも思えていた。既に時間の経過は感知する事は出来ない。
ただ、大きな音共に微かに聞こえるその他の何かが来た事だけは辛うじて判断する事が出来た。誰かが来たのか、それとも新たな大車の仲間なのかは今のアリサには判断する材料も気力も何も無く、ただそこに居る事だけしか出来なかった。
この音が希望をもたらすのか、それとも更なる不幸がやってくるのかをかを今のアリサには確認する事は出来なかった。
人造アラガミと言われていたツクヨミは他のアラガミとは一線を引くほどの動きと、想像以上の攻撃力を秘めていた。通常の攻撃だけであれば恐らくこのメンバーで苦戦を強いられる可能性は皆無とも思われていた。しかしながらここまで苦戦していたのには大きな理由がそこにはあった。
一つは異常とも言える程の攻撃の早さ。攻撃を完全に躱すのであれば射程外まで外れる必要が出てくる。しかし、射程外に出ると言う事はすなわちこちらの攻撃も当たる可能性は低いと言う事実。エイジとリンドウが射撃の体制に入る頃にはそこにはツクヨミの姿は無く、狙いをつける事が出来なかった。
もう一つは状態異常攻撃の多さ。攻撃の一つ一つにスタンの効果が付き、また広範囲に渡っての攻撃にはデッドリーヴェノムが付いて来る。
この効果の為に安全策を重視すれば攻撃の機会は自ずと少なくなり、その結果時間だけが悪戯に経過していた。
「無明、何か良い方法無いのか?このままだととジリ貧だぞ」
「今は一つに固まらずに散らしながら攻撃する以外に方法が無い。何か弱点があればそこに集中攻撃するのが最善だ」
リンドウがぼやくのも無理は無かった。ただでさえ素早い移動と圧倒的な攻撃力。恐らくは終末捕喰の際に戦ったアルダノーヴァに匹敵するか、それ以上ともとれる能力を持っていた。
このままではジリ貧どころか、気を抜けば一気に押し切られるのではと思わざるを得ない状況が長く続いていく。同じ攻撃を繰り返せば慣れから反撃のチャンスも出来るが、同じ攻撃はそう簡単には続かない。
移動攻撃によって回避する場所を潰しながらツクヨミはリンドウに向かい、細長い腕を振り回すかの様に攻撃をしかける。当初は完全に躱す事が出来たが、学習能力の高さから次第に回避する事が困難となり、現状は盾で防ぐ事で精一杯とも言える状態が続いていた。
「俺が凌いでいる間に攻撃しろ」
攻撃の激しさからくるのか、焦りが滲んでいるのか今のリンドウは声を出すにも端的な会話しか出来ない。一人に攻撃の芽が向いている隙を狙っての攻撃に切り替えようとエイジが近づいた瞬間だった。
「圧倒的な力」
合成音とも取れる声が響き、ツクヨミを中心に光の柱が周囲を覆う。攻撃の隙を狙ったエイジはその衝撃で吹き飛ばされ毒を喰らったのか真っ青な顔色に陥っていた。
「直ぐに解毒するんだ。そのままだと死ぬぞ」
無明の声で指示された行動に移りながらツクヨミを見るが、隙の無さと攻撃の威力の高さからやれる事は既にやりつくしたとも思われる中で、一瞬でも大きなダメージを与える事に考えをすべて集中させる。
今までに何度毒を喰らったのか、既に手持ちのデトックス錠の残りはわずかに一つだけだった。
「このまま消えろ」
光の柱が消えたと同時に、高速エネルギー弾がエイジを襲う。回復直後の隙を突かれた5発の光が一気に襲い掛かかるも、回避を選択せずに全てを盾で防ぎきっていた。最早ここまで来ると反撃の隙すら見当たらない。このままでは拙い事は理解出来ていたが、反撃の糸口を探す事で精一杯だった。
完全にエイジに狙いをつけたのか執拗とも取れる攻撃を繰り返す。その瞬間に大きな隙が生まれ攻撃の糸口が見えた瞬間だった。
「これでも喰らえ」
月輪に向けての3発の銃弾が全弾命中。エイジへの攻撃の隙を狙ったリンドウの銃弾は弱点とも言える箇所に着弾し、攻撃の手を止める事に成功していた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴とも取れる様な声が響き、ここで漸く攻撃の流れが徐々に変わり始めていた。防戦から一転し、今までの鬱憤を晴らすかの様な怒涛の攻撃を開始していた。
これまでに無い攻撃は月輪の結合崩壊を起こす。致命傷を与えられたと同時に反撃とばかりに細長い腕が乱舞し始める。その攻撃は無明に向かった繰り出されるも盾の変わりに刃で攻撃を捌き、受け流す事に成功した。
今まで圧倒的な攻撃を繰り広げていたツクヨミもここに来て動きが漸く鈍くなり、3人の攻撃が徐々に体力を削り始めていた。
今まで異常とも言える程の運動能力を誇ったツクヨミも動きが鈍くなると、攻撃方法も徐々に単発攻撃が多くなり、今までの様な勢いは既に見る事は出来なくなっている。動きが鈍くなるにつれ、攻撃が繋がらなくなり一つ一つの動きの隙が徐々に見え始めていた。
「うおぉりゃぁぁぁぁ」
リンドウの声と共にこの戦いで一番とも言える斬撃がツクヨミの腕部を直撃。今までの戦いで酷使されていた左腕が千切れ飛ぶ事で攻撃の方法が一気に狭まられていた。
何時もの戦いであればここから一気に畳みかける様な攻撃を仕掛けるも、今までの状況から様子を見つつ、進攻とも取れる攻撃方法を取っていた。この予想は見事的中したのか、ツクヨミは起死回生を狙って突進し、その後には光球が残されていた。
この光球は予想以上にダメージが大きく、今までの戦いで身をもって知っていた為に手を出す事も無く、消滅を待っていた。
ここが勝機とばかりにツクヨミは崩壊した月輪を前に出し、レーザーで辺り一面を薙ぎ払おうとした時だった。
「これで終わりだ」
一言だけ告げた無明の刃がツクヨミの胸を貫く。誰も気が付かない僅かな隙をついてバーストモードに突入し一気に懐に忍び込んでいた。ドス黒いオーラを纏いながら死神の一撃とも言える一刺しが身体のコアを貫いた事と、突いた感触で絶命した手ごたえを感じ取っていた。
ツクヨミの目の輝きが失せ、ここで漸く動きが停止し絶命をした事を伝えていた。