「今日のミッションはどうでしたか?」
カノンの何か力が抜けたような、それでいて何か確認するかの様な声が帰投準備中のタツミの耳に届いていた。事の始まりは少し前に討伐したハンニバル戦にまで遡っていた。
緊急事態とは言え、エイジ、アリサ、無明の3人と巻き込まれ気味に参加する事になった対ハンニバル戦は、帰投してからのカノンの評価を一転させていた。『極東の誤射姫』などと、本人のあずかり知らない所での不名誉とも取れる二つ名はアナグラだけではなく、一部の支部にまで名声は轟いていた。
入隊直後の今までにない程の神機との適合率は実戦投入前からも注目の的となり、早い時期からの多大なる成果が予想されていた。
しかし、その期待は瞬く間に失望へと変化していた。一番の問題点はある意味脅威とも取れる誤射率。本人の言葉を借りれば、狙っている間にアラガミが移動しいているとの談だが、実際の所は誰にも事実は分からない。だからこそ、本人の教育を兼ねてタツミが通常の出動の中で一番同行回数が多かった。
「…ま~。そうだな…いつもよりは良かったと思う」
「そうですか。この前のハンニバル戦の教訓が生きてるんでしょうか?」
どうやらこの前のハンニバル戦で、カノンの中で何かがブレイクスルーしたのだろう。
人間誰しもが困難な状況を問題なくクリアすれば、それが強烈な体験となり、今までに培ってきた物が一気に開花するケースがある。もちろん、それは神機使いにも当てはまる事でもあった。
だからこそ、カノンはあれから今日に至るまでに何の疑問も持つ事もなくミッションへと参加していた。
「だとすれば、あの当時の状況を常時出す事が出来れば、もっと数字は良くなるはずだ。だからこそ、もっと精進しないとダメだぞ」
「はい!私にもまだまだ伸びしろがある事が証明されましたから!」
タツミはどこか力が抜け落ちたかの様な声で返すも、肝心のカノンはそれに気が付いていなかった。厳密に言えば、今回の内容も誤射が無かったかと言えば、答えはNOだった。
「射線上に立つなって私言わなかった?」
「お前が勝手に立ってるんだろうが!そして直ぐに引鉄を引くな!」
実際にはこんなやり取りを何度かしていた。数回は射撃の気配を感じ取った事で回避に成功していたが、戦闘中に事実上の挟み撃ちで回避不可能なポイントが幾つか存在していた。その結果2回程背後から直撃したが、いつもに比べれば格段に少なく結果的には討伐時間の大幅に短縮されていた。
「なぁカノン、そんなにハンニバル戦の時はすごかったのか?」
「いや、あれは凄いなんて言葉で片付ける事は出来ませんよ。引金を引けばすべてが着弾して、結合破壊が起きましたから」
「いや、そうじゃなくて、無明さんの動きとかはどうだった?」
「動きですか……すみません。記憶にはあまりありませんでした」
「そうか……そうだろうとは思ったんだがな……」
ある意味予想通りとも言える回答ではあったが、タツミとて隊長と言う職務に付いている以上、部下の指導はある意味必須条件となっている。当時の事だけでは無く、現在も何度か自分以外の人間とミッションに行った際のログまで確認している。
だからこそ、一つの事実が浮かび上がっていた。
「エイジ、少し時間良いか?」
「大丈夫ですけど、どうしたんですか?」
帰投してからエイジの元へと移動した先で、エイジは白い塊と格闘している最中だった。話はしているが、先ほどからは何かをこねている様にも見える。当初は子供の頃に遊んだ粘土かと思ったが、こんな所でやる事はないだろうと、改めて視線をエイジへと戻していた。
「ちょっと相談があったんだけど……なあ、その白い塊は何だ?」
「これですか?これは生地を作ってるんです。作り置きがあると時間が無い時に便利なので今の内にと思って」
恐らく何かの食べ物を作っているのだろう事は分かったが、一体何を作っているのかタツミは当初ここに来た用件を半分忘れたかの様にエイジの手元を見ていた。ある程度こねられた生地をボウルに入れた所で、漸く時間の余裕が出来たのか、改めてタツミの話を聞く事にした。
「相談って何です?」
「…ああ、すまない。実はカノンの事なんだけど、ハンニバルと戦の時の無明さんの動きが知りたいんだ。ログだけだと判断出来ない部分が多数あったから、目の前で戦っていたお前ならひょっとしたら何か分かるかと思ったんだけど」
「この前話した通りで、これと言って特別な動きはありませんでしたよ」
「確かにそうなんだけど、さっき行ってきた任務でも結局被弾したから、何かヒントになる物があればと思ったんだが」
極東支部での部隊長職は名誉職ではない。部下の命を預かり、指揮する事でその生存率を高め、その結果として討伐任務も完遂するのが責務とも言える。当然の事ながら特定の人間だけを排除して任務に就く事は言語道断とも言えると同時に、本人の自信をつける事も業務の一つとも取れた。どんなベテランでも僅かに気を抜けばたちまちアラガミに捕喰される。そんな苛烈な地域で戦力のアンバランスは自身の命にも直結するが故の事実だった。
「タツミさんは仕事熱心なんですね」
「あのなぁ、ヒバリちゃんの事だけじゃないぞ。これは当然の事だからな。お前さんだって苦労したろ?」
言葉には出さないが、恐らくソーマの事を指しているのは容易に理解できた。今でこそ丸くなったが、就任当時は何かと大変な部分は確かにあった。特に今のアナグラのメンバーの中で言えばリンドウやサクヤについで付き合いが長いのがタツミでもあり、またあの当時は行く先に関して何かと心配した時期もあった。
「そんなに苦労とは思いませんでしたよ」
「器が大きいやつは、言う事も違うな。……話は逸れたが、カノンとのミッションは割と多いと思うけど、何か注意している事って無いか?」
「注意と言うよりも、どうすれば効果的なのかを考えて行動しているので、あまり考えた事は無かったですかね。敢えて言うならばカノンさんのやりたいようにやらせてそれをフォローしていると言った方が正解かもしれませんね」
「やりたい様に……ねぇ」
何気に言った一言ではあったが、現場の状況を思い出せば、確かにカノンはあまり考えずに撃っている様にも思える。適合率が高い=攻撃力も高いと考えるならば腹にストンと落ちる考えでもあった。
通常、遠距離型は名の通り遠距離から牽制するかの様な動きでアラガミと対峙する事が殆どの為に通常は後ろに配置する事が当然だった。事実、カレルやジーナに関しても、アラガミとの間合いは中距離から遠距離で行動する事が圧倒的に多い。
近距離型と違い、接近戦になると回避行動だけしか出来ず、その結果自分の命が危険にさらされやすくなる事実があった。しかし、その常識を破るのがブラスト型の存在でもあった。バレットも放射型が多く、モルター系統も射程距離は長くない。その結果、ブラスト型は遠距離型と言いながら、実際の間合いは近距離型のそれと変わらなかった。
もちろんバレットを選べば多少は異なるが、生憎と今のカノンが好んで使うのはどれも射程距離が短い物ばかりだった。現在の所ブラスト型の遠距離はカノンしかいない。
あまりにも当たり前すぎたエイジの意見はタツミの目から鱗が落ちた様でもあった。
話始めてからど位時間が経過したのだろうか?エイジは再び生地をこねだし、タツミは先ほどの考えをまとめている様にも見えた。
「多分ですけど、兄様はその特性を勘案した結果かもしれませんね。実はあの時、僕もカノンさんには退避する様に言ったんですけど、兄様が火力を重視した結果で決めたんです」
「えっ、そうなのか?」
「そうなんです。その結果なので本当の事を言えば、僕もカノンさんの事を言う資格は無いのかもしれませんね」
「そうか……」
ある意味反省とも取れる内容に少なからずともタツミは驚きを隠す事は出来なかった。第1部隊で華々しい戦績を残し、現時点でも極東で一番とも取れる様な戦績を誇る人間がまさかそんな事を考えていたとは思ってもいなかった。誰とでも組めるのが新型特有ではあるが、近接だけや遠距離だけとは違い、その遊撃性の高さが一番のウリではある。しかし、その自由度は時として問題にもなり易かった。攻撃レンジが把握できないままに戦えば周囲との連携が上手く行かなくなる可能性を孕んでいた。それも一歩間違えればどっちつかずになりやすい。事実同じ新型でもエイジとアリサでは攻撃のレンジが違っていた。
「だからこそ、今はどうやれば出来るのかを考えながら試行錯誤してますよ」
「そうか。苦労してるな」
改めて部隊長としての職務を考えといる内に、今度はリズミカルは包丁の音が聞こえ始める。どうやら先ほどの生地を伸ばして切っているようだった。
「ひょっとしたら、うどん作ってるのか?」
「よく分かりましたね。手持ちが小麦粉だけだったんで、水と塩を使って作ったんです。あとは冷凍しておけば即席麺の変わりになりますから」
「しかしマメだな。いつも第1部隊の連中はこんな物食べてるのか?ある意味うらやましいな」
「食べさせてるつもりはないんですけど、コウタがいつも何かくれって言うんで…もう癖みたいな物ですけどね」
先ほどまでの隊長とはと言った話が徐々に逸れだし、今は切っているうどんを見ていた。しっかりと発酵され、ゴッドイーターの力でこねられればさぞ強いコシのあるうどんが出来るのだろう。
まだ食事前のタツミにとっても、それはかなり魅力のある物に思えた。
「そう言えば、タツミさんはもう食事って終わりました?よかったら少し食べませんか?」
「良いのか?それは保存用だろ?」
「生地はまだあるので大丈夫ですよ。これはこれから食べる為の物ですから」
「だったら御馳走になるよ。最近は味気ない物ばっかりだったからな」
「ヒバリさんと食事には行かないんですか?」
「行くけど、毎回時間が合う訳じゃないからな。お前だってアリサとしょっちゅう食べてる事はないだろ?」
まさかここでヒバリとの話がでるとは思わなかったタツミはお返しとばかりにアリサとの事を話す。よく考えればいつもエイジが作ってアリサが食べる光景は見たが、その逆はあったのだろうか?何気に確認してみる事にした。
「アリサは作らないのか?」
「……今はまだ人に出せるレベルの物は無いですね」
どうやら地雷を踏んだのか、エイジの目から光が消え去り、顔に曇りが生じていた。アナグラの中でも他の部隊の事まで知っている事はあまりなく、実際に帰ってからつまむ程度の物がカウンターに置いてあれば食べた事は何度かあった。
しかし、作っているのはエイジだけ。実際にゴッドイーターの中でも人に出すレベルの物を作るのは他にはカノンしかいない。そう考えれば随分と短期間でここの食に関する環境が大きく変わったのだと、タツミは改めて理解していた。
「エイジ、何か食うもんないか~腹減ったんだよね」
「だから母親じゃないから。たまには自分で作ったら?」
「いや、俺のレベルだと無理だから。アリサだって作れないだろ?」
「私は今は習っている最中ですからコウタとは違います」
「えっ。習ってるの?って言いうか食べる事出来るの?」
「それどう言う意味ですか。一度しっかりとお話した方が良さそうですね」
毎回の様に見る光景。既に何度このやり取りが行われているのか数えきれない程だった。日常とも取れる事の光景に既に慣れたのか、ヒバリも突っ込む様な事は何も言わず自分の作業をしていた。
「おうお前ら、ご苦労さん。今日は珍しく食べる物があるぞ」
「タツミさん。何食わしてくれるんですか?」
コウタの期待の目と同時にエイジの顔をちらりと見やる。何か反応が見たいのかもしれない。
「今日はうどんだ。ちなみに俺も手伝った」
「タツミさん料理出来るんですか!?」
この言葉に一番驚いたのはヒバリだった。このアナグラの中で料理を作って振る舞う人間は殆ど居ない。だからこそタツミの発言にヒバリは驚きを隠せなかった。
「ヒバリちゃん。それ酷くない?」
「だって、今まで作ってくれた事なんてなかったですから」
「タツミさん、少しはヒバリさんにふるまったらどうですか?」
自分の事ではないので、アリサの顔が生き生きとしている。一体何の事なのかと先ほどの声にリッカまでロビーにやって来た。
「まぁ、手伝ったとと言っても、大した事はしてないけど」
予想以上の反響に驚きを隠せなかったが、手伝った事に変わりは無い。確かに鰹節を入れてネギを刻んだのはタツミなのだから。
「大した数はないけど、人数分位はあるはずだから、みんなで食べない?」
「それ私の分もある?丁度お腹減ってたんだよね」
「…多分大丈夫なはず」
穏やかな空気が流れる日常がここにある。激戦区だからこそのゆとりが今の極東支部を支えているのかもしれない。
本編の気分転換と何気に手打ちうどんの記事を見たので書きました。
後悔はしてません。