部隊に招集がかかると同時に、本部から帰って来たツバキが今回の任務を伝えるべく3人を待っていた。今の状況について、帰って来た時点で今回の状況については聞かされていた物の、ツバキとしても内心は面白くは無かった。
過去に自分も隊長として努め、身内でもあるリンドウの下に鍛えられた部下が蔑ろにされて面白い訳が無い。しかし、仮にも支部長が判断した事に対して今さら抗議した所で何かが変わる訳では無かった。
榊の言葉にすら耳を貸す事もせず、自分の子飼いの部隊だけを優遇するやり方は、確実に支部内にしこりを残す。本来であれば、現場と上層部に亀裂が確実に入る事は間違いない。ましてや支部長であればそれが何を意味するのかは理解しているはず。にも関わらず、自分のやりたい事だけをやるガーランドに対し、ツバキは静観する事を決めていた。すなわち、幾ら憤りこそあっても今の状況を覆す事は不可能である事を悟っていたに過ぎなかった。
「お前たちにはすまないと思うが、今回の任務は今回新しく導入される部隊の為に一定数のアラガミの討伐が任務となる。詳細については、ハッキリ分かる物だけでも小型種と中型種がかなりの数になる。今回は導入に伴う運用の確認だ」
「ふん。要は露払いしろって事だろ」
「有体に言えばそうだ」
本来であればこんな任務は到底受理出来る内容では無かった。今でこそ控えに甘んじているが、元々精鋭が揃った第1部隊は決して使い捨てて良い物ではない。にも関わらず、ソーマが敢えて露払いと言った事に対してツバキは随分と冷静な事だけ理解し、それ以上の言及は避けていた。
既に他の2人も腹の中は決まっているのか、反論は一切無かった。
「お前たちの気持ちは分かるが、ここから先は冷静に対処するんだ。今回のミッションはアラガミの数が多い。自分達の状況を見極めて行動するんだ。いいな」
本来であれば多少なりとでも感情的な部分が見えるかと思われていたが、3人の予想以上に冷静な表情を見たツバキは頼もしく感じられた。今のツバキに出来る事は限られている。まずはこのミッションが無事に終わる事を念頭に、敢えていつもと変わらない対応で送り出していた。
「本当にこれ全部やるのか?」
「なんだ?ここにきて怖気づいたのか?」
「そんな訳ないけど。ただ思ったより多いと思ってさ」
「旧型は旧型なりにやれば良いんだよ」
「ちょっと!ソーマなんでその話……」
いつかどこかで話した会話。まさかそれをソーマが知っているとはアリサは思ってもいなかった。慌てて事実を確認しようかと思った矢先にソーマは時間が惜しいとばかりに一気に飛び降りる。それに倣うかの様にコウタが飛び降り、そのままアリサもつられて飛び降りた。
今回のミッションはアラガミそのものの強さは何ら問題が無かった。がしかし、決定的に違ったのはあの時のミッションと同じようにアラガミの統率が怖い位に取れていた事実だった。
本能のおもむくままではなく、まるでシミュレーションゲームの様に、陣形の隙をつつく様な攻撃を仕掛けてくる。当初は着地した勢いのまま一瞬にして小型種を何体も討伐していたが、陣形の乱れをついて来るやり方は、どんな部隊でも苦戦を強いられていた。
これが他の部隊であれば確実に破滅への足音が聞こえるが、百戦錬磨とも言える第1部隊は辛くもその状況に陥る事は無いまま戦線を保っていた。
医務室で未だ眼覚める気配が無かったエイジの脳波が徐々に反応を示しだしていた。アリサの献身とも取れる看病の影響なのか、それとも手を握った際に何らかの反応があったのかは分からない。
しかし、今ここに誰も居ない以上この変化に気が付く人間は居なかった。
「ここは確か……」
無意識なのか夢を見ているのか理解する事は出来ないが、この景色にエイジは見覚えがあった。これはまだ無明に保護される前の景色。外部居住区ではなく、外に放り出され命がある事に感謝しながら生きる日々が続いた頃の情景だった。
「父さん……母さん……」
厳しい生活ではあったが、両親の愛情を受けギリギリの生活をしていた頃の景色が一枚の写真の様に切り取られ、コマ送りの様に当時の状況が徐々に変化する。この当時の記憶が決して色褪せる事は無い。だが、この時間が幸せであればあるほど、この後に予想される出来事がよりショッキングになる事だけは理解出来ていた。
「どうして僕達だけが………一体何をしたって言うんだよ!」
慟哭とも取れる声と、凄惨ともとれる状況。僅かな食糧を巡り、口論となった結果、両親が殺害されたその場に佇む自分がそこに居た。ここから先は今の自分のルーツと言える内容。しかし、コマ送りで行くはずの映像がまるで故障したかの様に制止し、風景がやがて真っ暗に変化する。
「エイジ、お前はそれで満足なのか?もうこれが限界なのか?」
屋敷での訓練と共に毎回の様に言われ続けた無明の言葉。まるで走馬灯の様に過去の内容が一気に流れ出す。これは今の自分が思っている事なのか、それとも過去を強制的に見せられているのか今の状況では理解が追い付かない。
だからこそ抵抗するつもりもなく、流れて行く景色の様に過去の記憶が自分の中を通り抜けていた。次々と通過する記憶に、何かが上書きされる様な感覚がそこにあった。
「エイジ……私はここにいる。あなたの背中を守らせてほしいんです」
「アリサ!」
最愛とも取れるアリサの姿と共に、エイジの中に隠されていた物までもが一度に記憶から浮き出したのか、突如として理解したと同時に一気に目が覚めていた。ここはアナグラの医務室。今の自分が何者であるかなど、態々確認するまでもなくエイジはベッドから飛び起き、神機保管庫へと急いだ。
「やっぱり…今回のミッションも……変だ。やけに…統制された動きを…している。まる…で何かに…操られている様だ」
今回のミッションでも、現地に着いた当初は何の問題も無かった。しかし、時間が経過すると同時にソーマの頭が割れる様に痛み、何か目に見えない物が鳴り響く。それと同調したかの様に突如として統率がとれたアラガミの動きがソーマ達を苦戦させる事になった。
「ソーマ。大丈夫か?」
「アーサソールが来るはずだった時間は既に過ぎています。このままだと、こちらも拙い事になります」
今回のミッションであれば4人で行くのが正解だが、今回は3人と少人数に加え、現在はソーマが謎の体調不良により実質2人での討伐となっている。幾ら個体が弱くても多勢に無勢であれば遠くない未来が見え始めていた。
「まさかとは思うが、あいつらは俺たちを見捨てるつもりなのか?」
コウタの一言が今の状況を物語っていた。数の力は想像以上に大きな物があり、今は一時的に休息を取るべく廃墟の物陰から様子を見ていた。今回も以前と同様にサイゴードが斥候役とばかりに周囲を索敵している。
このままでは見つかるのは時間の問題でもあった。今の状況を冷静に分析するも、ソーマは謎の不調に苛まれ、コウタも大きくな傷は無いが、身体中に細かく無数の傷が付けられている。このままでは全滅は時間の問題。この地から脱出するには誰かが殿を務めて一時退却を余儀なくされる事しかなかった。
「ソーマ、コウタ。私がこの場を引き受けますから、2人は一時退却してください」
「何馬鹿な事言ってんだよ。アリサ一人じゃ無理だ」
「このまま全滅を待つよりはマシです。今は私を信じてください」
アリサの気迫と今の状況から判断すれば、アリサの言っている事は一見マトモにも思えた。しかし、ここまで苦戦している中での殿は自殺と何ら変わらない。既に携行品も底をついている今、ここから挽回するだけの手立てはどこにも無かった。
「…分かった。でも無理はするなよ」
コウタの一言が今後の方針を決定づけた。今出来る事をやりきる事で生きる事から逃げる事はしない。そんな考えと共に、ここから先の事は一旦考えるのを止め、アリサは目の前の事に集中したと思った瞬間、一気に飛び出した。
アリサは飛び出したと同時に、エイジから戦闘方法における身体の運用方法を思い出していた。嫉妬からくる新人研修の際に、エイジが数回見せてくれた神機の運用と身体の使い方。当時の記憶を紐解きながら、一つ一つを体に覚えさせる様な動きを見せる。 あの時はなぜか理解出来なかったが、今ならその考えが理解出来ていた。
「…すげぇ。アリサってあんなに凄かったんだ」
コウタが驚くのは無理も無かった。本来、神機使いだからと言って、身体の運用方法は習う事はない。目の前のアラガミを討伐するのであれば、いかに安全に素早く討伐出来るかは経験がある程度物を言う。
その結果として割と動きが直線的なケースが多く、またそれが一番効率が良いと思われていた。しかし、今目の前で討伐しているアリサの動きはその対極とも取れた。
神機を自分の身体の延長にある事を意識し、その一挙手一投足にまで神経が通っているかの様な運用と、舞を踊っている様な優雅な動きの中に鋭い斬撃が込められている。
一見、神機を無造作に振り回している様に見えるが、あくまでの神機は腕の延長である事を意識する事で、斬撃が当たった後も動きを止める事は無い。むしろその勢いを活かす事で更なる速度と威力を次のターゲットへと向ける。神機と身体が一体化した様な動きを見れば、知らない人間はそこで舞を舞っている錯覚を覚える様な動きだった。
死を司るかの様な舞が通り過ぎた後には、斬り刻まれたオウガテイルとサイゴードが無機物の様に転がっている。このままならばある程度の勝機が見えると希望を持ち始めていた。
『今漸くエイジの言ってた意味が分かりました。これが
新人に教える様な動きでは無く、それなりに基本が出来た人間だから動ける訳では無い。事実、一定の水準までは誰でも真似出来る事でも、詳細まで突き詰めれば最終的には自身の鍛錬が物を言う。
虚の動きは
討伐にかかる時間の概念は既に無く、今はエイジと一緒に戦っている様な錯覚すら覚える程の動きがアリサの心を満たしていく。今のアリサは自然と笑みが浮かんでいた。
しかしながら、これはあくまでも模倣にしか過ぎず、完成形にはほど遠い。アリサの死角から突如として飛来したシユウの翼手がアリサを襲いかかろうとした時だった。
「アリサ!そこから下がれ!」
本来であれば聞こえるはずの無い声が頭上から聞こえる。この声が誰なのかアリサは確認するつもりはなく、ただバックステップで一気にその場から離れた。
「ナオヤ、直ぐに出るから神機とヘリだ。帰投中ならその場で待機させてくれ」
《了解。こっちに来るまでには何とかしておく》
医務室を飛び出たエイジは通信端末で現状を理解すると同時に、ナオヤに出撃の準備をさせていた。本来であれば細かい状況を確認した上で判断するが、エイジの声には僅かに怒りと焦りが滲んでいる。
これ以上は時間の無駄とばかりに指示通りに準備が終わる頃、エイジが現れた。
「準備は出来てる。ヘリは既に待機中だ」
「サンキュー」
この短いやり取りが全てを物語る。近くにいたリッカは一体何があったのか察する事は出来なかったが、ナオヤの顔を見れば、少しだけ納得する事が出来た。
帰投直後のヘリに乗り込んだと同時に、今の状況をヒバリに確認しながら準備を進め現地へと一気に飛び出す。エイジは状況を把握すると同時に300メートル先から一気に降下を始めていた。
地上へと加速するに連れ、状況が徐々に鮮明になる。エイジの目の先にはアリサが孤軍奮闘している姿だけが見えていた。
「アリサ!そこから下がれ」
叫ぶと同時にオラクル解放剤を摂取し、一気に勝負を決めに行く。この時点でエイジは気が付いていないが、バーストモードに入った瞬間、身体からは闇を纏う様なオーラが一瞬だけ湧き起こっていた。
アリサを襲おうとしたシユウにターゲットを決め、まるでギロチンの刃が無慈悲に落とされたかの様に肩口から真っ二つに切り裂く。鮮やかな切り口は時間差で断面から血が噴き出し、左右に真っ二つのまま倒れていた。
降下しながらの攻撃は落下による加速と重力の恩恵を受け、斬撃の威力は一気に膨れ上がる。その勢いそのままにシユウを斬り捨てた瞬間、エイジはその場には既に居なかった。
突如現れたゴッドイーターは誰なのか確認しなくてもアリサだけではなく、コウタやソーマも理解していた。今までミッションの度に聞いてきた声。そしてその動きを見ればそれが誰なのかは改めて確認する必要が無かった。
最初の一撃のあと、今度は運動エネルギーを生かし、周囲のアラガミを一気に殲滅し始める。小型種は一合で斬り捨て、中型種も多くて三合、少なければ一合で斬り捨てられていた。エイジのあまりの早さにアリサ達は目がついていかない。
斬り捨てたかと思った途端にそこに身体は既に無く、気が付けば他のアラガミの元へと移動している。
味方からすれば神風の如く、アラガミからすれば触れれば死を撒き散らす竜巻の様な動きで、その場にいたアラガミは一気に殲滅されていた。
時間にして僅かに2・3分程の時間が経過したのだろう。気が付けば死地だと思われた戦場は既に終結を迎え、アラガミの血糊を神機を振って棄てていた。
「ただいま」
僅かな時間で殲滅したかとは思えない笑顔でそこに居た3人に今帰って来た事を告げ、ここに漸く平穏が訪れていた。
一瞬とも取れる討伐が終わったかと思った途端に、エイジの正面からアリサが飛びつき、そのままエイジと唇を重ねていた。突然の事態で理解が追い付かないが、アリサからのキスで漸く状況を理解していた。
このまま続けても良かったが、ここは戦場でもあり、2人以外にはコウタとソーマも居る。そんな状況を理解したと同時に、他の目があるからと一旦は離れはしたが、まるで関係無いとばかりにアリサはそのまま続けていた。
「なぁソーマ。なんかこんな場面って、旧時代の映画のエンディングなんかでよく見た覚えがあるんだけど……」
「……俺たちはせめて周囲の索敵でもして少しここから離れれば良いだろう」
「だな。これ以上はアリサに何言われるか分からないからな」
そんなコウタとソーマのやりとりをよそに、今まで心配していた事が馬鹿馬鹿しいと思える程の様子をずっと見るような趣味は無い。だからこそ2人は気を利かす事で少しばかりこの場を離れる事にした。
そろそろ帰投のヘリが到着するはず。そう考え一度2人の元へと戻り、ヘリに乗り込んだ。
「なぁアリサ。いくら俺たちが居るって言っても少しは自重しない?」
帰投のヘリの中は出撃前の状況とは大きく違っていた。謎の不調も治まった事で、今はコウタとソーマが横に座り、向かい側にはエイジとアリサが並んで座っていた。先ほどの余韻に浸っているのか、アリサはエイジから離れようとはしない。『それが一体何か問題でも?』と言わんばかりの空気がそこにはあった。
「別に誰にも迷惑かけてませんから問題ありません」
「あのさ、一応俺たちも目もあるしさ……」
「だったら、違う所を向くか、目を閉じれば良いじゃないですか」
「それはそうだけど……」
「コウタ。それ以上はアリサに何を言っても無駄だ。到着まで少しの辛抱で済むならそうしてろ」
アリサの様子を見れば今まで心配してきた反動が大きかった影響なのか、タガが外れた状態が続いている。一時期に比べればある程度見慣れた光景とは言え、流石に目の前でされるとコウタも意識せざるを得なかった。
既にソーマは諦めの境地に居るのか、目を閉じ、今回のミッションの事を考えていた。エイジが現場復帰したから環境が変わる訳ではない事は理解しているも、やはり精神的な部分が大幅に違う。いくらあの支部長と言えど、エイジが復帰すれば横槍を入れる可能性は低いだろう。
そんな楽観論を考え出した自分もかなり毒されているとソーマは考えながらアナグラへと帰投していた。